後日譚2 花と言葉と愛情を

「ぁ、てんとうむしさん。いらっしゃ………………多ぃ……」


 俺を見て表情をぱぁっと明るくしたミリィが、俺の後ろからゾロゾロとやって来る大軍を見て困惑の表情を浮かべる。

 まぁ、仕方ないだろう。

 俺、セロン、ジネット、マグダ、ロレッタ、エステラ、エステラのお共にナタリア、いつの間にかイメルダ、そしてなんでかウーマロとベッコ、さり気な~くノーマまで付いてきている。

 総勢十一人だ。


「……今日、何かのパーティー?」

「いや、まぁ……パーティーと言えばそうなのかもしれんが……」


 ほとんどがただの野次馬だ。


 セロンが俺に相談を持ちかけた翌日。

 ウェンディにプロポーズをするということで、俺たちはミリィのもとへ花束を買いに来たのだ……が、どこで話を聞きつけたのか、余計な連中までもがわんさか付いてきてしまったわけだ。


「オイラ、いざという時のために参考にさせてもらうッス」

「拙者もしかり」


 お前らには来ないんじゃないかなぁ、その「いざ」って時。


「なぁ、セロン。なんか、スゲェ増えちまったけど……大丈夫か?」


 さすがにギャラリーが多過ぎて邪魔になるだろうと、セロンに確認を取るが……


「いえ。これだけの方に見守っていただけるなら、きっと僕もやり遂げられると思うんです」


 と、前向きな意見を返された。

 そして、少し困ったような笑みを浮かべて、セロンは自分の足を指さす。


「……正直なところ、不安で逃げ出しそうなんですよ」


 セロンの足は、小刻みにカタカタと震えていた。

 まぁ、なんて可愛らしい。

 俺が三十代のお姉さまなら、迷わずお前をペットにしているところだろう。養ってあげる。


「ぁ、ぁの……もしかして、せろんさん…………うぇんでぃさんに、ぷろぽ~ず、する、の?」


 ミリィが大きな瞳をキラキラと輝かせてセロンを見上げている。

 セロンももう腹をくくっているようで、その問いには素直に返答していた。


「はい。これから、思いの丈を伝えようと思っています」

「ゎあ……! すてき…………うぇんでぃさん、きっと喜ぶょ!」

「だと、いいのですが」

「ぜったい! ぜったいだょ! よぉ~し!」


 ミリィは袖を捲り上げて、細く白い腕で力こぶを作ってみせる。……まぁ、全然作れてないけど。ぷにぷにしてそうだ。


「みりぃが、特別な花束を作ってあげる!」


 花屋の魂が燃え上がる。

 ミリィの職人魂に火がついたようだ。瞳が一段と輝きを放っている。


「ミリィさん。張り切ってますね」


 テキパキと動き回り、花の前であれこれ悩むミリィを見て、ジネットが微笑ましげに言う。

 頑張る妹を見守る姉のような眼差しだ。


「ちなみに、女子的にはどういう花束が嬉しいんだ?」

「へ?」


 何気なく投げかけた質問だったのだが、ジネットは短い音を発した後、フリーズしてしまった。

 あれ? バグった?

 猫がファミコンを蹴った時、こういう感じで画面がフリーズしたことあったけど……蹴られた?


 突然動きの止まったジネットの顔を覗き込むと、目が合った瞬間にジネットの顔がボンッと赤く染まった。軽く爆発した気がした。


「……ぁの、わたっ、わたしは…………ど、どんなものでも………………ぅ、嬉しい……です、けど……っ!」


 カーッと、ジネットの全身が朱色に染まっていき、瞳がうるうると潤み始める。

 そして、蚊の鳴くようなか細い声で、ぽつりと呟く。


「…………想いが、こもっていれば、それで……」


 そうか。

 想いか……


 いや、うん。

 ジネットの態度を見て、こいつが何を思い、何を勘違いしたのかくらいは分かるよ?

 だが、あえてそこには触れない!

 触れてはいけない!


 ……えぇい、くそっ。顔が熱い。


「さ、参考までに教えてやったらどうだっ!? セ、セロンにっ!」

「セッ、セロンさんっ!? そ、そうですよね! セロンさんの参考に、ですよね!?」


 所々で声がひっくり返ってしまった。

 だがそれは、ジネットも同じだからよしとしようではないか。五分五分だ。

 この勝負、ドロー!


「お、おい。イメルダ。お前なら、どんな花束がいいと思う?」


 こういう時は、ターゲットを広げて「別に特別な意味なんかなかったんだよ」大作戦だ!

 俺はただ、ミリィの仕事が終わるまでの間繋ぎに、軽~い気持ちで聞いただけなのだから。

 そんなわけで、イメルダを巻き込んでしまおう。


「あら? ヤシロさんがワタクシにプロポーズする時の花束を選ぶんですの?」

「ううん。違うよ」


 あは。こいつなら、すんなり否定出来る。


「もうっ、つれないですわねっ」


 冗談めかして、イメルダは頬を膨らませる。

 そういえば、イメルダは花束をもらい慣れているんだっけな? こういう雰囲気で持ちかけても、冗談として捉えてくれるわけか。お嬢様の社交スキルの高さを見せつけられた気分だぜ。


「そうですわね……ワタクシ、白いお花が好きですので、白を基調として……情熱的な赤い花を交えた…………」


 そう言いながら、イメルダが店先にある花をひょいひょいとピックアップして手際よく花束を完成させる。


「このような感じがいいですわね」

「わぁ! 綺麗ですねぇ、イメルダさん!」

「当然ですわ」

「お花が」

「…………そこをあえて強調する必要ございましたの?」

「まぁ、そう気にするな。ジネットの言葉に悪意なんかないから」

「……分かっていますわよ」


 当然に、イメルダの作り上げた花束も綺麗なので、ジネットは何も間違ったことは言っていないのだが……ちょっと言い方とタイミングが悪かったかな。イメルダが軽くショックを受けてしまったようだ。


「へぇ。本当に綺麗だね」


 エステラがイメルダの作った花束に気付いてにこにこと近付いてくる。


「花が」

「今のは悪意の塊だな」

「分かっていますわよ」


 ニヤニヤとしているエステラに、イメルダが分かりやすく敵愾心を剥き出しにする。

 相変わらず仲悪いな、お前らは。


「エステラ様も、ご自分に合う花束を作ってみてはいかがですか?」


 おそらく暇を持て余していたのであろうナタリアが、エステラにそんな提案をする。

 いつものエステラなら「やだよ」の一言で済ませるかもしれんが、イメルダが見事な花束を作ってみせたのだ、ここでおめおめと引き下がるわけにはいかないだろう。


「よし。だったら見せてあげるよ。ボクの美的センスを」

「あ、オイラもやるッス!」

「では拙者も」

「……面白い、受けて立つ」

「おぉ、これは乗るべきですね!」


 なんでか、関係ないヤツらまでもが続々と参加を表明し、好き勝手に花屋の花を物色し始めた。

 ……お前ら、使った花、買い取れよ?


「ジネットとノーマはどうする?」

「わたしは遠慮しておきます」

「アタシもやめておくさね。家に飾る花なら、ミリィに選んでもらう方がいいし…………そ、そういう花なら……相手の男に、選んで…………ほしいし……ね」


 ジネットはともかく、ノーマは「あなた色に染まりたいっ!」派だからな。まぁそういう発想になるんだろう。


「ジネットは、こういうの好きそうだと思ったんだがな」

「はい。お花をいじるのは好きですよ。……ですが」


 照れ笑いを浮かべて、頬をかく。

 そんな恥じらう乙女のような仕草の中に、ほんの少しだけ寂しさが混じる。


「……自分に合う花となると…………自分のことは、よく分かりませんので」


 幼き日の過ちを、いまだに懺悔し続けているジネット。

 もしかしたら、そんな自分を美しい花で表現することを躊躇ってしまうのかもしれない。

 ジネットは、自分を低く見積もる癖があるからな。


 ……なら、いつか。俺がジネットにピッタリの花束を作ってやるさ。

 太陽のような、ジネットの笑顔にピッタリの花束を。


「なんてなっ!?」

「ヤシロさんっ!?」


 ンゴスッ! と、壁に頭突きを喰らわせる。

 何をこっ恥ずかしいことを考えてんだ俺は!?

 最近ちょっと、気が緩み過ぎなんじゃないですかねぇ!?

 頭の中、桃色タイフーンか!?


 もっとシャンとしよう!

 詐欺師をやめるっつったって、まだ完全に自分を許せたわけじゃない。

 まだだ……まだダメだ……

 俺は、俺が俺を許せるまで俺が幸せになることを許さない!


 まだまだやるべきことが、俺にはあるはずなのだ。

 もっとこう……色々と。


 それまでは、ダメだ!


「あの、ヤシロさん……大丈夫ですか?」

「あぁ! もうすっかり目が覚めた! 全然大丈夫だ!」

「でも、血が……」

「気にするな! こんなもん唾をつけときゃ治る!」

「ふぇっ!? …………ぁの…………ぉ、おつけ、しましょうか?」

「しなくていいですっ!」


 いやいや、ジネットさんや。献身的にもほどがあるぞ!?

 おでこをペロッとされた日にゃあ、その時目の前にあるであろう大きな二つの膨らみをペロッとしちゃうぞ。物々交換だ。……どっちも俺にメリットのあることだけども。


「出来たです!」


 いの一番に声を上げたのはロレッタだった。


「見るといいです! あたしの作った花束をっ! テーマは、『燃え上がる恋心』ですっ!」


 それは、真っ赤なバラを基調とした、情熱的な花束だった。


「おぉ、ロレッタ!」

「どうです、お兄ちゃん!」

「すげぇ普通!」

「なんでです!?」


 いや、だって……プロポーズに赤いバラの花束って……ベタもいいとこじゃねぇか。


「夜景の綺麗なレストランで食事して、『君の瞳に乾杯』とか言っちゃう感じか?」

「むっはぁ~! なんです、それ!? メチャメチャロマンチックです! 素敵です!」


 えぇ……バブル期の匂いが物凄いのに、なんか食いついてるぅ……


「……ヤシロ。マグダも作った」


 むはむは身悶えるロレッタを押し退けて、マグダが小さめの花束を持ってやって来る。

 丸っこい花を中心に、なんともポップな仕上がりの花束は実にマグダらしく、それでいてどこか大人びた表情も垣間見せるオシャレな仕上がりだった。


「……マグダにも、さっきみたいなヤツをプリーズ」

「さっきみたいなヤツ?」

「……『黄身と白身で乾杯』」

「卵だな、それは」


 ネフェリーなら大喜びしそうな口説き文句だ。

 ……なんて、冗談で済ませようとしたのだが、マグダがジッと俺を見つめている。

 こういう頑なな瞳をしたマグダは絶対折れないし譲らないんだよな…………しょうがない。


 俺はマグダの花束を取り上げると、それを後ろ手に隠し、そしてマグダの腕を掴んだ。


「お前を逮捕する」


 そして、グイッとマグダを抱き寄せて、顔の前に花束を突きつける。


「……俺の心を、奪った」

「…………」


 …………うん。ノリでやる分にはいいんだけど、無言はやめてくれるかな。恥ずかしくて死ねる。


「…………だ」


 だ?


「……誰も、全力でやれとは言っていない」


 小さな腕が俺を押し、花束で顔を隠したマグダが逃げるようにとことこ走り去っていってしまった。

 …………いやいや。全然全力じゃないんですけど。むしろ、悪ふざけレベルで……


「こほん……ヤシロさん。ワタクシにも……」

「ただいまを持ちまして、オオバヤシロの面白プロポーズショーは終了いたしました」

「「「えぇーっ!?」」」


 声を上げたのはエステラとナタリア、それから、さっき花束を作らないと言っていたノーマだった。つかノーマ。何をさり気なく花束作ってんだよ。俺で遊ぶんじゃねぇよ。


 こういうのは早い段階で打ち切っておかないと、全員にやる羽目になっちまう。俺が学んだ経験則だ。


「…………はぅ。残念です」


 見ると、ジネットも何本かの花を手に握りしめていた。

 ……いや、あのな…………早い者勝ちとかじゃないから。


「今のは、俺の故郷で有名な定型文みたいなもので、……あんなのを真面目にやったら失笑レベルのプロポーズだからな」

「そうなのかい? 結構グッとくるセリフだったと思うけれど?」


 マジでか、エステラ?

 お前、あんなんでいいのか?


「じゃあ、猛スピードで走る馬車の前に飛び出して、『僕は死にませんっ!』とかは?」

「え? 轢かれても死なないの? 体力自慢?」

「いや、轢かれないんだよ!」

「じゃあ、死なないに決まってるじゃないか」


 ……うん、これは不評なんだな…………分からん。


「で、お前は完成したのか、花束?」

「それがさぁ……もう少し赤が欲しいところなんだけど……あっ」


 全体的に青っぽい花束を手にしたエステラが、ナタリアの持つ赤い葉っぱに目を留める。


「ナタリア! その赤い花はなんだい?」

「これは葉っぱのようですよ」

「葉っぱなの?」

「そのようです。えっと、名前は…………『ぽぃ~んせちあ』」

「本当にそんな名前なのかい!?」

「残念ですわね、エステラさん。あなたには購入出来ない植物のようですわ」

「ぺったんこ禁止の植物なんか聞いたことないよ!? ……誰がぺったんこかっ!?」


 ポインセチアをめぐり言い争う巨乳と微乳。

 しかし、この街は相変わらず季節感がないな。

 ポインセチアといえば、日本ではとある時期にしかお目にかからないものだ。

 そう、あの……リア充が大量発生するにっくきシーズンにな!

 異国の有名人の誕生日を祝うのに、カップルでイチャコラする必要性を感じませんっ!


「うむっ! 我ながら良い出来でござるっ!」

「オイラも自信作が出来たッス!」

「ミリィ~、そろそろ出来たかぁ?」

「ぅん! できたよ~!」


 よし、見に行こう!


「ちょっとは興味を持ってほしいッス!」

「こうなることは薄々感じていたでござるけどもっ!」


 オッサン二人のフラワーアレンジメントになど興味はない。


「マグダたんの溢れ出す可愛らしさを表現してみたッス!」


 ん、却下。

 興味ない。


「拙者は、ノーマ氏の荒ぶるぼいんを表現してみ……んぁぁあ熱いでござるっ!?」


 ベッコが地面をのたうち回り、ノーマが煙管をくるくると回している。

 誠に残念なことに、ほんのちょっと興味を引かれたノーマのぼいんを表現した花束はノーマの手によって無残に解体され、一本一本の可憐な花へと戻されていた。


「……一度レジーナに頭の中を見てもらうといいさね」


 いやぁ……レジーナに見せると悪化しそうな気がするけどなぁ。

 煙管をぽんぽんと手に打ちつけながら、蔑むような冷たい視線をベッコに送るノーマ。

 まぁ、特定の人にはご褒美になるみたいだし……、よかったな、ベッコ。ラッキーラッキー。


「おぉ……これは、美しい」


 セロンの声に、俺たちの視線はミリィの作った花束へと注がれる。


「わぁ……っ」

「へぇ……」

「まぁ……」


 あちらこちらから感嘆の息が漏れる。

 ふむ……確かに、これは…………


「綺麗……ですね」


 ぽつりと、ジネットが呟く。

 合わせた両手を口元に添えて、キラキラした瞳でその花束を見つめる。


 白と黄色、そして淡いピンクの花が、まるで花畑を舞い遊ぶ蝶々のように可愛らしくまとめられ、ウェンディの清純さや明るさを見事に表現している。

 よく見ると、ハートの形をした花がそこかしこに取り入れられており、溢れ出る愛情を感じさせる。

 ミリィ……やりおるなっ!


「ワタクシ、いただくならこれがいいですわ」

「ボクも」

「あたしもです!」


 いや、お前ら。さっき自分で作ってたろ、理想の花束?

 プロの仕事の前に完敗か。


「オイラが作りたかったのも、あんな感じのヤツッス!」

「拙者もしかりっ!」


 作りたかったものと作れるものは別だもんな。なんとでも言えるわな。


「オイラ、プロポーズの際はミリィちゃんにお願いするッス」

「拙者もしかりっ!」


 いや、だからお前らは無理だって。

 まず、俺がさせないし。

 全力で邪魔するし。


「どう、……かな?」

「素晴らしいです、ミリィさん! 僕は、これほどまでに美しい花束を見たことがない!」

「ぇへへ……だったら、嬉しいな」


 不安そうにしていたミリィの顔に笑みが浮かぶ。

 多少は不安だったのだろうか。

 この花束に文句を言うヤツがいたら、そいつの感性の方がおかしい。ひっつき虫とかがお似合いだ。


「ウェンディも、きっと喜んでくれます」

「ぅん。頑張ってね、せろんさん」

「はいっ!」


 ミリィに背中を押され、セロンが爽やかに頷く。

 さて、色々と関係ないこともしたが……いよいよプロポーズだ。

 セロン。決めるところはきっちり決めろよ。


「よし、じゃあ行くか!」

「あの、英雄様っ!」


 勢いに乗って出発しようとした俺を、セロンが止める。

 心の準備が出来てないとか言わないだろうな?

 心なしか、もじもじとしている。


「待ち合わせ場所に行く前に、ネフェリーさんのお宅へ伺ってもよろしいでしょうか?」

「ネフェリーの?」

「はい」

「まだ野次馬が足りないのか?」

「い、いえ! そうではなくて……手に入れたいものがありまして……」


 手に入れたいものったって、ネフェリーのところにあるもんなんて卵くらいしか………………あ。


「……セロン。お前まさか……『黄身と白身で乾杯』しようとしてねぇだろうな?」

「ドキィッ!? ……ど、どうして、それを……!?」


 やっぱりか!?

 え、なに? さっきの一連見てて『これだっ!』って思っちゃったの!? 

 え、え、えっ!? バカなの!?


 つか、『黄身と白身』の方をやろうとしてんじゃねぇよ!

 百万歩譲っても『君の瞳に』を選べよ!


「とにかく、それはやめとけ。……火傷をするぞ」

「生卵ではないのですか!? まさか、茹でたてなんですか!?」

「どこに驚いてんのか知らんけど、ただじゃ済まないからやめとけ!」

「……有料、なんですね」

「いや、『ただじゃ済まない』ってそういうことじゃなくて……あぁ、もういいや。とにかくやめとけ」


 危ない危ない。

 下手したら、俺のせいでこいつらの結婚が破談になるところだったよ。


「では…………『お前を逮捕する』の方でっ!」

「そっちもやめようか!?」


 俺は、四十二区にトレンディドラマの文化を持ち込むつもりは毛頭ないっ!

 ボディコンギャルがお立ち台で腰をくねくねさせてくれるなら大歓迎するけどねっ!


「とにかく、その二つは忘れろ。いいな?」

「は、はい……英雄様がそうおっしゃるからには、何か深いわけがあるのでしょう……」


 ねぇよ。

 ただただ、『寒いからやめとけ』ってだけだよ。


「では。別の言葉でプロポーズをしてみます」

「『なんだからね』……も、やめろよ」

「……………………………………………………えっ!?」

「引き出し少ねぇな、お前は!?」


 レンガばっかり作ってるから、そういうとこで不器用になるんだよ!

 カッコつけなくていいから、普通にやれよ!


「ヤシロ、大変だ。そろそろ行かないと遅れてしまうよ!」

「プロポーズするのに相手を待たせるとか、あり得ないか…………よし、急いで待ち合わせ場所に向かおう」


 セロンは待ち合わせ場所に向かうが、俺たちはそこから少し離れた場所に待機することになる。

 もちろん、俺たちの存在をウェンディに悟られてはいけない。

 行動は迅速に、且つ、慎重にだ。


「いいか、セロン。待ち合わせ場所に向かうまでに別の言葉を考えておけよ」

「は、はい……やってみます」


 いささか不安ではあるが……プロポーズに必要なのは美辞麗句ではない、誠実な心だ。

 思いがきちんと相手に伝われば、きっと上手くいく。

 そう信じて、俺たちは待ち合わせ場所に向かった。






 待ち合わせ場所は、ベッコの家に向かう途中の小高い丘の上だった。

 見晴らしがよく、ミツバチたちが戯れる花畑が遠くに見える、そこはかとなくロマンチックな場所だ。一つ難点があるとすれば、近所にベッコが住んでいるというところか。


 待ち合わせ場所に着いた時、ウェンディはまだ来ていなかった。

 どうやら間に合ったようだ。


「じゃ、しっかりな!」

「はい!」


 セロンを残し、俺たちは近くの草むらに身を隠す。


「上手くいくでしょうか……」


 不安げな顔でジネットが祈りを捧げる。

 まるで、自分のことのように心配しているようだ。

 少し、不安を取り除いてやるか。


「大丈夫だろ。ミリィの作ってくれた花束もあるんだし」

「そう……ですよね」


 素晴らしい花束を見て、ジネットが顔をほころばせる。


「しっ! みんな静かに! ウェンディが来たみたいだよ」


 通りを監視していたエステラが声を潜めて伝令を寄越す。

 その言葉通り、ウェンディが軽やかな足取りで小高い丘を登ってくる。

 今日も黒い服に身を包んでいるが、表情が晴れやかなおかげで陰気な印象は与えない。

 大きなつばの帽子が、淑やかな女性らしさを演出している。



「セロン!」

「や、やぁ! ウェンディ」

「ごめんなさい。待たせちゃった?」

「いいや。僕も今来たところさ」

「(よし、全員で石を投げてやれ!)」

「(ダメだよ!? 何しようとしてんのさ!?)」


 手頃な小石を手に取った俺を、エステラが素早く取り押さえる。

 えぇい、離せ! あんな絵に描いたような爽やかリア充カップルを野放しに出来ようものか? いや、出来ない!


「(プロポーズが成功するように見守るんだよ!)」

「(……分かったよ)」


 今日だけ我慢してやる。


 セロンとウェンディは、そのまま立ち話をしている。

 昨日も会っていたろうに……数時間ぶりの再会がそんなに嬉しいか?

 二人とも幸せオーラを全方向に放出しやがって。


「(お……お兄ちゃんから、なんだか不幸せなオーラが滲み出しているです……っ!)」

「(ロレッタ。見ちゃダメだよ。負の力にのみ込まれる)」


 エステラが、野次馬どもを上手く誘導して、俺をプチ隔離しようとしてきやがる。

 俺と女子たちの間にベッコとウーマロが配置された。…………不愉快です。


「それで、セロン。話ってなあに?」


 オオバヤシロプチ隔離作戦が完遂したところで、セロンたちにも動きがあった。

 ウェンディが本題を切り出したのだ。

 まぁ、薄々気が付いているのだろうが……やはり、はっきりと口で言ってほしいのだろう。


 ……もう、さっさと言って、さっさと終わらせてくれ。

 …………マジで負の力にのみ込まれそうだ……


「じ、実は…………渡したいものと、伝えたいことがあるんだっ」


 少し言葉に詰まりながら、セロンは言う。

 いよいよ言うつもりだ。

 覚悟を決めろ、セロン!


「こ、これっ!」

「まぁっ…………きれい……」


 セロンが花束を差し出すと、ウェンディはしばらくの間うっとりとそれを見つめ、そして受け取ると同時に満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうセロン。とっても嬉しいわ」


 それは、恋する乙女の輝く笑顔だった。


「そ、それで…………っ」


 ごくり……と、遠く離れた俺たちのところにまで唾をのみ込む音が聞こえてきそうなほど、ガチガチに緊張したセロンが喉を鳴らす。

 すぅ~……はぁ~……と大きく深呼吸をして、セロンはカッと両目を開いた。


 行くかっ!?


「ウェンディ!」


 草むらで、女子たちが一斉に息をのむ。

 みんな口を押さえ、前のめりにセロンたちを見つめている。


 そんな熱い視線にさらされる中、セロンがバッとジャンプした。


 ……ジャンプ?


 そして、両腕を広げて、ウェンディに向かって叫ぶ。


「僕は死にませんっ!」



 …………

 …………

 …………

 …………

 …………このバカチンがっ!



 なんでよりによってそれをチョイスした!?

 あぁぁぁああっ! なんであの時俺は、これを禁止ワードに含めなかったんだろうか!?

 異世界に来て、初めて目撃したプロポーズが、なんかすげぇ既視感あるんですけど!?

 テーマ曲とか、脳内で勝手に流れ始めてるんですけどっ!?


 お前はナニ田鉄矢だっ!?


 こりゃダメだ……

 おそらくだだスベりして、ウェンディにも呆れ返られる…………と、そう思ったのだが……


「うんっ」


 ウェンディは木漏れ日のような温かい微笑みを浮かべて、幸せそうに首肯した。

 そして……


「ずっと長生きして、ずっとずっと、私と一緒にいてね。セロン」


 セロンの首に腕を回し、そっと頬にキスをした。


 …………え?

 ……成功?

 えぇ…………これで、いいの?


「(…………よかったですね……セロンさん)」

「(……あれ、おかしいな……人のことなのに……なんでか、涙が……)」


 えぇ……ジネットとエステラ、泣いてるし……

 ロレッタとノーマは口を押さえてぷるぷるしてるし……号泣しそうな勢いだな、お前らは。


「(……参考にするッス)」

「(拙者も、しかり)」


 おぉ、おぉ、参考にしろ。参考にして盛大にスベれ!


 ……はぁ。

 これでいいのか、セロンのプロポーズ?


 客観的に見て、結婚の意思が伝わったようには見えないんだけどなぁ……

 またどこかで仕切り直す必要が、あるかもしれんな…………


 その時までに、あの引き出しの少ないイケメン男に色々と教育を施してやる必要がありそうだ…………


 心地よい風が吹き抜け、花と太陽の光に包まれたカップルが幸せそうに笑っている。

 たぶん俺だけなんだろうな……なんだか暗い気分になってるのは。


 何はともあれ……これが流行らないように全力で阻止しなくては。



「(……ん? あれ、そういえば…………マグダはどこ行った?)」


 辺りを見渡すも、マグダの姿は見当たらなかった。






 ――その頃、陽だまり亭では…………


「………………むふーっ!」


 マグダの部屋からドタンバタンともんどりうつような物音と、満足げなマグダの息遣いが漏れ聞こえていたのだった。





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