エピローグ 四月七日

 誕生日を祝わなくなったのは、いつからだっただろうか――



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 早朝の陽だまり亭に、次々に人が集まってきた。


「ヤシロ! 今日が誕生日なんだって!? どうして早く教えておいてくれないのさ!? 明日のプレゼントは用意したのに、今日は何もないよ!?」


 エステラがナイフを片手に俺に詰め寄ってくる。


「言い忘れたのは謝るから、こんなことで刺そうとしてんじゃねぇよ!」

「え? やだなぁ。何も用意出来なかったから、ボクのコレクションからお気に入りランキング第八位のナイフを進呈しようとしたまでだよ」

「一位から七位まではどうしても手放したくない逸品なんだな」

「……ま、まぁ……でも、どうしてもというのなら……」

「八位のもいらん。ちゃんと大切に飾っておけよ」

「いいよいいよ。しょっちゅう見に来るし、ヤシロの部屋なら家主がいなくても勝手に入れるしね」

「入んじゃねぇよ!」

「ヤシロ様。私はマイフェイバリットナイフを……」

「お前もナイフか、ナタリア!?」

「そして私は、ヤシロ様が在室の時を狙い撃ちで不法侵入を……」

「怖ぇよ!」


 本当に、四十二区は大丈夫なのだろうか、こんな領主とそのお付きに任せておいて……


 それからも見知った顔が次々にやって来ては、俺に微妙なプレゼントを押しつけようとしてくる。


「ヤシロ! 急だったから朝一で鮭一年分くらい捕まえてきたぞ!」

「デリア、気持ちは嬉しいが生ものはやめてくれ。そんなに食えん」

「はいヤシロ! 昨日生まれたばかりのぴよ子( オス )だよ!」

「生き物はもっとダメだよ!」

「ほなら、ホコリちゃんの弟のダスト君を、進呈したるわ」

「生ものでも生き物でもないけど、それは心底いらねぇ!」

「ぁのてんとうむしさん……みりぃね、森のお花で押し花作ったの……もらって?」

「あぁ、ミリィ! 可愛いなミリィは! 四十二区にミリィがいてくれて本当によかったよ!」

「むっ!? ヤシロ、あたいも可愛いぞ!」

「私も可愛いもん! 見て、今日のトサカ、いつもよりちょっとピンクなんだよ?」

「ウチ……こう見えて…………脱いだら、可愛いんやで?」


 あぁもう、キャラが濃い濃い……


「ヤシロ。チョイと見とくれよ。昨日、物凄いネジが出来たんさよ。これをあげようじゃないかい」

「ちょっと、ノーマ……そんなものもらってもヤシロは喜ばないと思うよ。私のぴよ子( オス )でも喜ばなかったんだし……」

「おぉっ!? すげぇ! ネジ山のピッチがバッチリじゃねぇか!? こっちの世界でここまで精巧なネジが見られるなんて驚きだぜっ!」

「なんだか凄くテンション上がってない!? ねぇ、ヤシロ! なんで!? 私のトサカ、もう一回よく見て? 可愛くない?」


 ネフェリーには分からないだろうな、このネジの精密さが……あぁ、父さんの影響でこういうのめっちゃ好きなんだよなぁ、俺。


「あんちゃん! 聞いたぜ! 今日誕生日なんだってな!? もっと早く言えし、マジで~!」

「おいマグダ!? お前どこまで行ってきたんだよ!?」

「……四十一区と四十区も網羅した」

「頑張り過ぎだろ……」


 今日はメイクのノリがいまいちなパーシーがにこにこ顔で俺にすり寄ってくる。なんでこんなに懐かれてるんだろうな、俺……


「HEY! てんとうむしさん!」

「ハッピー! お誕生日、DA・ZE☆!」

「おぉ、お前らも来てくれたのか……えっと……チックとビーだっけ?」

「「HAHAHA! 誰がニップルだってんだ! 冗談キツイぜ~ぃ!」」


 アリクイ兄弟ネックとチックが大量の砂糖を持ってやって来てくれた。


「おぉ、これだけ砂糖があると、もうしばらくは必要ないかもな。で、パーシーは何くれるって?」

「おぉう!? この順番なんか酷くね!? 作為的なもの感じんだけど、オレ!?」


 まぁ、お前は例によって砂糖なんだろう。

 ウチの砂糖の在庫、物凄いことになってるからな? 闇市に流すぞコノヤロウ。


「ヤシロ~! カンタルチカと檸檬から、ケーキの差し入れだよ~!」

「おう! サンキュウ!」

「もう! 急に誕生日になるのやめてよね!」

「別に今日突然誕生日になったわけじゃねぇよ……」


 パウラが、いたずらっ子のような笑みを浮かべて俺のみぞおちをグリグリしてくる。

 くっそ、尻尾をパタパタしやがって、可愛いじゃねぇか。


「おーっす! ヤシロ! 野菜をたっぷり持ってきたぞぉ!」

「あ、モーマット。その辺置いといて。あっ、ベルティーナ!」

「おい、酷くねぇかヤシロ!?」


 冗談だよ。うっせぇな。ちゃんと構ってやるから待ってろよ。


「ヤシロさん、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうな」

「……よいお顔に、なられましたね」


 そんなことを言われたので……変顔をしてみた。


「ぷぴぃっ!?」

「シ、シスター!? おい、ヤシロ!? お前、シスターになんてことを!? だ、大丈夫ですか!?」


 どうも、ベルティーナは俺の変顔がツボなようだ。

 しばらくは笑っているだろうからモーマットに任せておこう。


「ヤシロさん! オイラも来たッスよ!」

「ウーマロ。プレゼントで二階のリフォーム頼む。部屋広くして増やしといて」

「サラッと無茶ぶりきたッス!?」


 三階建てとかでもいいよ。

 いや、ほら、俺も色々作るからさ、工房的なものとかな?


「ヤシロ氏~! 拙者、イメルダ氏の石像を彫って以降さらに腕を上げたでござる! 見てくだされ、懐かしの英雄像シリーズ! 『英雄のセクシービーム』でござる!」

「オーイ誰か、その忌まわしい像と製作者をどっかに埋めてきてくれ!」

「待ってほしいでござる! この像は夜になるととんでもない仕掛けが……っ!」

「勝手に俺の乳首をいじくってんじゃねぇよ!」


 という俺の発言を聞いて、レジーナが何かを物凄い速度でメモに取っていたので、これ以上の発言はやめておく。

 とにかく、ベッコは退場だ!


「ヤシロさん! 祝いに来てあげましたわ!」

「お、噂をすれば、セクシービーム!」

「誰がセクシービームですの!? まぁ、セクシーではありますけども!」


 そこは認めるんだ。


「それでヤシロさん、プレゼントですけど……『イメルダ邸宿泊券(十枚綴り)』と、『イメルダ様とのデート券(十五枚綴り)』のどちらがよろしくて?」

「え、それって転売可能?」


 ならデートの方をもらって木こりに売りつけるけど。


「英雄様!」

「おめでとうございます!」

「セロンとウェンディ。今日一日イチャつくの禁止な」

「「えっ!?」」

「誕生日くらい、俺に闇のオーラを吐き出させるな……」

「ヤシロ様! 私も、家族一同でお邪魔しにまいりました!」

「おにいちゃん!」

「おめっとー!」

「おめでとうございます」

「おぉ! ヤップロック一家! なんだか大きくなった気がするな。いくつになった?」

「私……お恥ずかしながら、今年で三十八に……」

「お前じゃねぇよ、ヤップロック! トットとシェリルに聞いたの!」


 なんでオッサンの年齢を聞かなきゃいけねぇんだよ! どうせならウエラーの胸のサイズでも聞くわ! どっちかって言えばだけどね!


「ヤシロさん! お誕生日に打ってつけの商品をお持ちしましたよ! あ、もちろん売りつけたりしませんので、ご安心を。んふふ」

「おう! 一応来てやったぜ! 見ろ、俺が! この俺が捕まえたボナコンだ! マグダだけじゃないんだぜ、ボナコンを仕留められるのはよ! はっはっはー! まぁ遠慮せず食えよ! な!?」

「ヤシロちゃん! 今日のパーティーで、この服を着てみませんか? 自信作なんですよ!」

「おにーちゃんー!」

「おめでー!」

「おでとー!」

「めでたさの、大売出しやー!」


 アッスントやウッセやウクリネス、それからハムっ子たちの群れに、飲食関連の店長店員がわんさかと、陽だまり亭に収まりきらないほどの人々がお祝いを言いに来てくれた。


 そして、それだけ多くの人間が…………ヤツを目撃することになったのだ……


「だぁーーーーりぃーーーーーん!」

「全員、あの魔獣を店内に入れるなぁ! 行けぇ!」


 が、当然誰もメドラには向かっていかず、俺はあえなく捕縛されてしまった。


「見ておくれよ、ダーリン! このリボン!」

「あぁ……なんだ、おめかしして来たのか?」

「ん~ん! そうじゃなくてぇ~…………プレゼントはア・タ・シ☆」

「ごめん、クーリングオフって可能?」


 俺の部屋狭いし、置くとこないわー、マジ残念だわー。


「ヤシロくぅ~ん☆ 私も来たよぉ~」

「お、マーシャか」

「ふん! 人魚風情がアタシのダーリンになんの用だい!?」

「ヤシロ君にぃ~、お誕生日プレゼント~☆ はぁ~い、『使用済み』のホタテ貝~☆」

「欲しいっ! メッチャ欲しい! むしろ、お前の貝柱を俺に見せろぉぉ!!」

「ダーリン! 暴れたって無駄だよ、アタシの目が黒いうちは、こんな誰彼構わず媚びを売るような軽薄な女には近付かせないからねっ!」


 くっそ! メドラの力が無駄に強い!

 俺筋トレする! 超筋トレする! 今日決めた! 今決めた!


「お~、いっぱい来たですねぇ!」

「……マグダの人望によるもの」


 え、そこって、俺の人望じゃないの?


「お兄ちゃん、あたしとマグダっちょ、そして店長さんからプレゼントがあるです!」

「え?」

「店長さん!」

「……持ってきて」

「はぁ~い!」


 メドラが空気を読んで俺を降ろしてくれる。うん、ありがとう。出来たらもう二度と捕縛しないでくれると嬉しいよ。


 と、ジネットが厨房から後ろ手に何かを隠しつつ現れる。


「あぁ、なるほど。隠しつつやって来て、段差で転んで手渡す前にプレゼントがバレちゃうヤツかぁ」

「そ、そんなドジはしませんよ!?」

「あ、ジネット、そこ段差あるから。転ぶなよ? 絶対転ぶなよ?」

「や、やめてください! 本当に転びそうじゃないですか!?」


 物凄く慎重に、ジネットがカウンターを越えて、俺の前にやって来る。


「……はぁ…………怖かったです」


 そして、ぴんと背筋を伸ばして胸を張る。

 ぷるぅ~ん。


「みんな、いいおっぱいをありがとう! 最高のプレゼントだ!」

「違いますよ!? プレゼントはこっちですっ!」


 胸を隠しつつ、ジネットが俺に差し出してきたのは――


「これ……」


 それは、黒いエプロンだった。

 首からかけて、胸から下を覆うエプロンで、胸のところに『オオバ・ヤシロ』と刺繍がされている。


「あ、あの、ヤシロさんだけ、ご自分専用のエプロンをお持ちでなかったので……」


 それは、あえて持たないようにしていた物だ。

 一応共用のエプロンがあって、男が俺だけなのでそれが俺専用のような扱いではあったが、ウーマロやベッコに店を手伝ってもらう際はそいつらもつけていたりした。

 共用で十分だと思っていたのだ。

 どうせ、いつかはいなくなるのだから、と。


「……俺専用のエプロン」

「もらって、いただけますか?」


 尋ねるジネットの顔は、嬉しそうで、少し不安そうで……


「ジネット。それからマグダ……と…………え~っと……」

「ロレッタです! 泣くですよ!?」

「冗談だよ。ロレッタ」


 三人の名を呼んで、しっかりと目を見つめて、はっきりと伝えておく。


「ありがとう。すげぇ嬉しい」


 ぱぁっと、三人の顔が明るくなり、手を取り合ってぴょんぴょんと跳ね出した。


「あ、あの。つけてみてもらえませんか?」

「今か?」

「はい! 今です」


 まぁ、もらったものだしな。

 俺はエプロンを首にかけて、紐を結ぶ。


 すると、ジネットとマグダとロレッタが俺の前に整列し、ピシッと背筋を伸ばして姿勢を整える。


「ヤシロさん。ようこそ、陽だまり亭へ」

「新しい従業員を歓迎するです!」

「……先輩の言うことを聞いて、日々精進するように」


 ……こいつら。


「あぁ。よろしくな」


 俺がそう言うと、割れんばかりの拍手が湧き起こった。


 そうか。

 もういちいち言わなくても分かるのか。


 俺が、もうどこかに行こうなんて考えていないことが。

 俺が、陽だまり亭に残ることが……



 ……すげぇ照れくさい………………くっそ、なんかムカつく!



「よし、それじゃあ祝われる者から、一つお願いをしてもいいかな?」

「はい。言ってください」

「可能な限りで協力してあげようじゃないか」


 協力的だな、ジネットにエステラ。


「んじゃ、エステラはここに立っててくれ。で、ジネットはこっちだ」


 エステラを出口のそばに立たせ、ジネットを食堂の一番奥へと連れて行く。


「それで、俺が言う順番に並んでくれるか?」


 そうして、エステラの隣にマグダ、ミリィ、ロレッタ、パウラ、ネフェリー、レジーナ、ナタリア、ベルティーナ、マーシャ、イメルダ、ノーマ、デリア、そしてジネットの順で並んでもらう。

 そして俺は陽だまり亭を一度出る。


 おぉ…………順番に並んでいる。こっちから見ると全員のおっぱいがちゃんと視界に収まる…………乳比べだっ!


「俺の故郷には『ハイタッチ』っていうのがあってな、高く掲げた手のひらを順番に叩いていくってヤツなんだが……今回はそれをおっぱいでやってみたいと思う!」

「じゃあみんな、手を高く上げて~」

「ちょっと待て、エステラ! 俺は『ハイタッチ』ではなく『パイタッチ』を提案しているのであって……!」

「ほら、ヤシロ、早くしてよ」

「とりあえず全員、一回上に着てるヤツ脱いでみないか? やっぱり『パイタッチ』は生乳に限ると思うんだが……!」

「じゃあ、こっちから順にヤシロを一発ずつ殴っていこうか」

「待て! 折角俺が気を利かせて幼いシェリルと恋人持ちのウェンディを外すという親切心を発揮したというのに……!」

「じゃあ、行くよ~!」


 結局、陽だまり亭のドアの前に立つ俺目掛けて、店内から次々出てくる美女美少女たちが、おっぱいの小さい順に俺の頭を軽く叩いたり撫でたりしていくという謎の儀式になってしまった。

 最後のジネットが乱れた俺の髪の毛をさわさわ撫でて整えてくれたのがちょっと気持ちよかったけどな。


「本当は明日、パーティーをするつもりでしたので、みなさんプレゼントが間に合わなかったりしたようですが……気持ちだけは一欠けらも減ることなく、きちんとお伝え出来たと思うんですが、いかがでしたか?」


 俺の髪を撫でながら、ジネットが聞いてくる。


「……まぁ、気持ちは十分過ぎるほどもらったけどな」


『パイタッチ』は出来ずじまいだったが……


「それは何よりです。次は、もっとちゃんと準備をしてパーティーしましょうね」


 と、そんなジネットの言葉に、ロレッタがピシッとした挙手で提案を投げかける。


「店長さん、ご提案です!」

「なんですか、ロレッタさん?」

「明日もパーティーやりましょうです! 計画通り、明日はお兄ちゃんが陽だまり亭に来て一周年記念のパーティーをやるです!」

「二日続けて、ですか?」

「いいねそれ! ボクは賛成だな」

「エステラ様に同意です」

「アタシもまぁ、異論はないさね」

「毎年恒例や~ってなると、ちょ~っとばかりメンドクサイけどなぁ」

「ぁ、みりぃも、お祝いしたい!」

「ウチの店からまた差し入れ持ってくるからさ、やろうよ、ヤシロ!」

「そうだよ、やろうよ、みんな! 私も絞めたての鳥肉持ってくるし!」

「お、ここは鮭の流れだな!? よし、持ってきてやるぞ!」

「では、明日も美味しい物がたくさん食べられるのですね……うふふ、嬉しいですね……じゅる」

「……賛成多数」

「やるです! お兄ちゃん!」

「ヤシロさん」


 最後にジネットがにっこりと笑って言う。


「ここでパーティーを開催することは、ウチの売上に繋がると思いませんか?」


 こいつは……出来もしない変化球を投げてきやがって…………


「よぉし、分かった! 今日も明日もパーティーだぁ!」

「「「「「イェーイ!」」」」」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 誕生日を祝わなくなったのは、いつからだっただろうか――



 それはいまだに思い出せない。


 けれど――




 誕生日を再び祝い始めたのがこの日であることを、俺はこの先一生忘れないだろう――











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