149話 懺悔

「ジネット……話がある」


 厨房へ向かいかけていたジネットを呼び止める。


 すべてを話そう。

 そもそも、残るとかいなくなるとか……俺はそんなことを考えられる立場じゃないんだ。


 ジネットが俺の過去をすべて知れば……




 俺が、日本で詐欺師として多くの者を不幸にしてきたと知れば……俺はここにいられなくなる。当然だ。そんな悪党をそばに置いておきたいと思うヤツなど、どこの世界にだって存在するはずがない。


 俺が今ここにいられるのは…………俺が稀代の大嘘吐きだからだ。

 何も話さず。何も認めず。抜け抜けと、知らぬフリを貫いているからだ。

 こいつらの善意に、遠慮もせずに乗っかっているからだ。


 だってそうだろう……

 誰が好き好んでこんな…………犯罪者と一緒にいたがるんだよ。


「話を……聞いてくれないか」


 気を抜けば、すぐにでも逃げ出そうとする視線を、グッとこらえて固定する。

 ジネットの顔を見つめ続ける。


「……はい」


 たっぷりと間をあけて、ジネットは柔らかい笑みを浮かべた。

 いつもは安堵していたはずのその笑みに……胸が軋んだ。


「では、やはりお茶を入れましょう。すぐに準備をしますので、座って待っていてください」

「え……」


 お茶とかいいから……と、言う前に、ジネットは厨房へと入っていってしまった。

 …………あ、そう。


 とりあえず、俺は適当な席に座る。

 適当に選んだつもりが、いつも俺が好んで座っている、食堂最奥の席になってしまった。

 やっぱり、ここが一番落ち着くんだよな。


「…………ふぅ」


 心臓はいまだ痛むものの、切れそうに張り詰めていた心は、少しだけ緩和された。

 一息入れよう……心臓が暴れ狂っていて、上手く休むことも出来ないが。

 頭に酸素を送り込む。


 そうして、もう一度、ちゃんと考える。

 俺の、これからについて……これから、俺は…………


「……すべてを話そう」


 …………そうして、ジネットにすべてを委ねる。

 正直、もう自分では決められなくなってしまった。


 俺は、俺を過小評価していた。

 いや、あえてそういう態度を取り続けてきた。

 俺なんかがいなくなっても誰も困らない。最初だけちょっと寂しくて、けれどまた元通り……世界はそうやって回っていくものだと、俺はそう思い込もうとしていた。

 その方が、気が楽だから。


 だが、ロレッタやマグダがそれを否定している。

 少なくとも、俺がいなくなることで悲しむヤツらは……なんでかな……確かにいる。それも、一人や二人ではなく……だ。


 だが、だからといって、過去をなかったことにしてここで……この陽だまり亭で穏やかな生活に身を置くなんてこと……許されるわけがない。


 八方塞がりだ。

 思考が行き詰まり堂々巡りを開始する。


「ヤシロさん。どうぞ」


 戻ってきたジネットが、俺の目の前にお茶を置く。自分の分のお茶も置き、俺の向かいへと腰を下ろす。


 こうやって向かい合って座るのも、これが最後になるかもしれないな…………いや、きっとそうなるだろう。

 俺がすべてを話せば……


 とりあえずお茶を飲む。

 温かく、香りのいいお茶が胃を温める。

 だが、心のざわつきまではおさめてくれなかった。


「…………」

「…………」


 ジネットは何も言わず、俺の前に座っている。

 俺の話を待ってくれているのだ。

 催促もせず、飽きもせず、急かしも圧迫もせず、俺がしゃべり出すのをそっと、静かに待ってくれている。


 このまま黙っていても始まらない。

 ……終わらせなきゃいけないんだ。


 もう一度だけお茶を口に含み、俺は口を開く。


「………………もし」


 ……もし?

 あれ? 俺、何言ってんだ?


「……もし、お前の知り合いが……それも、凄く近しい……例えば、一緒に働いているような、そんな親密な関係のヤツが……だな」


 おかしい……

 俺は頭がどうかしちまったのか?


「…………過去に悪事を働いていたとしたら……」


 なんだよ、この例え話……

 俺は一体、何を口走っているんだ?


「そうしたら………………お前は、どうする?」


 心臓が締めつけられ、胃のあたりが急に重くなる。

 濁流にのみ込まれたように体の自由が利かず、息苦しい。

 時間が進まない……重苦しい雰囲気にのまれて……世界から隔絶されたような、そんな錯覚に陥る。


「……悪事、ですか?」


 驚くようなことも、取り乱すようなこともなく、ジネットは静かに言葉を発する。

 ただ、いつものような無邪気な明るさはそこにはなく、真剣に考えてくれていることは、はっきりと理解出来た。


「そうだ……例えば…………」


 例えばじゃねぇだろうが……


「……詐欺師、だった……とか」


 …………とか、じゃ、ねぇ。


 出来ることなら、今すぐに俺を外に連れ出して思いっきり殴り飛ばしてやりたい。

 テメェ、ふざけるなと、罵倒してやりたい。


 いくらジネットだって、このくだらない例え話が誰のことを指しているのかくらい察しがついているだろう。そこまでのバカじゃない。

 なのに俺は、最後の最後までみっともなく、こんな……悪あがきをしてしまうのか。


 みっともないったら、ねぇな。


「……もし」


 自己嫌悪のただなかに沈み、吐き気と自身に対する激しい怒りを覚えて己に深く失望し始めた時、ジネットが口を開いた。

 しかし、そこから出てきたのは回答ではなく、質問だった。


「もし、ヤシロさんのそばにいる者が、本当はヤシロさんの思うような人間ではなかったとしたら、ヤシロさんはどうされますか?」


 それは、俺のしたくだらない例え話によく似ていて……


「……例えば、ヤシロさんと一緒に働く人間が…………過去に罪を犯していたとしたら」


 けれど、俺の底の浅い例え話なんかとは違って……


「……その昔、食い逃げという罪を、犯していたとしたら」


 衝撃的な告白だった。

 ジネットが……食い逃げ?

 この、悪意とは真逆の世界に住んでいるような……ジネットが。


 俺は、よほど間の抜けた顔をしていたのだろう。ジネットがくすりと小さく笑う。

 しかし、その笑みには計り知れない寂しさが滲み出していた。


「程度の差こそありますが、生きるという行為の中で、人の中には罪が生まれます。もし、そんなものとは無縁で、どのような罪も犯さずに生きていけるのであれば、それはとても幸福なことです」


 説法のようなことを説くジネット。

 だがそれは、俺に話すと同時に、自分にも言い聞かせているような、後ろ暗さを感じさせた。


 ジネットはカップを取り、静かにお茶を飲む。

 そして、カップを両手で包み込むように持ったまま、ゆっくりと語り始めた。


「ある少女が、教会に引き取られることになりました。彼女が三歳の頃です。それ以前に彼女がどこにいたのか、どのような環境で生まれ育ったのか……両親がどのような人間で、何を思って彼女を手放したのか……そういうことは一切分かりませんでした。彼女は、湿地帯に捨てられていたんです」


 湿地帯……

 大量のカエルが生息するあの場所は、人間が誰も寄りつかない。

 そこに子供を捨てるってことは……「この子はもういらない」という明確な意思の表れのようにも取れる。


 そのためにわざわざ湿地帯にまで赴いて………………まさか、三十区の崖の上から投げ捨てたんじゃ…………


 恐ろしい想像に全身の肌が泡立つ。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。どういう経緯で捨てられたのかよりも……その後、捨てられた少女がどう生きてきたのか、その方が気になる。


 軽い混乱は残りつつも、気持ちの整理をつけてジネットへと視線を向ける。

 それを待っていたのか、目が合うと、ジネットは再び口を開いた。


「教会では、子供たちに隠し事をしません。どのような過去であっても、すべてを話します。もちろん、その子の精神状態を考慮して、話すタイミングは多少ずらされますが……」


 もう一度、カップに口をつけ、ジネットは唇を湿らせる程度にお茶を飲む。


「その少女には自我というものがあり、自分が捨てられたことを理解していました。ただ……どうしても、両親のことや、実家のことが思い出せないのです。捨てられたショックで記憶が混乱していたのかもしれませんが……やがて時間が経つにつれ、過去の記憶は完全に消滅し、おそらくもう二度と思い出すことはないでしょう……」


 それは、心が無意識に自己防衛を行っているためかもしれない。

 あまりにつらい過去は、人間の心をずたずたに引き裂いてしまう。

 精神が壊れてしまわないように、人間の脳は思い出したくないことを思い出せなくすることがある。

 記憶の欠損は、珍しいことではない。


「思い出せなくても、自分が捨てられたということを認識していた少女は、それから二年……誰にも心を開きませんでした。毎日、優しく接し、いつでも微笑みかけてくれていたシスター・ベルティーナにさえも」


 あのベルティーナにさえ心を開かなかったのか……

 ちょっと想像出来ない。ベルティーナを避けるジネットなんて。


「五歳になる年……教会の慣例で、子供たちは社会奉仕に参加することになっています。といっても、みんなで草むしりをしたり、街の清掃を行ったりという簡単なもので、子供たちはみんな一緒に楽しみながら行っていました。けれど、誰とも打ち解けようとしないその少女だけは、奉仕活動すら上手く出来ず……シスター・ベルティーナに付いて、一人だけ別の奉仕活動に従事することになったんです」


 他の子と上手く出来ない子を大人が個別に管理する。小学校でもよくあることだ。

 ジネットはそんな子供として扱われていたのだろう。


「教会では独り暮らしのお年寄りの方の家を訪問して、お話を聞くという活動を行っていて、その少女はそれに同行することになったんです。そして、教会に引き取られて以降ずっと閉じこもっていたその少女は、初めて外の世界に触れました。それが、陽だまり亭だったんです」


 教会から一番近い、年寄りの住む家がここだったのだろう。

 爺さんが一人で経営していたわけだからな。


「とてもいい香りがして、多くの人が笑顔で話していて……そこに住むお爺さんは、初めて見る不機嫌顔なその少女に対してもとても優しくて…………少女には、その場所がとても眩しく見えました……眩しくて眩しくて…………気に入りませんでした」


 暗闇に閉じ込められた者は光を求め、切望する。

 だが、自分から暗闇に閉じこもった者は、光を忌み、嫌い、拒絶する。闇に閉じこもる自分の姿を照らしてほしくないから……

 光に照らされれば、惨めな自分がさらけ出されると思い込んでしまっているから。


 だが……


「あれほど気に入らない場所だったのに……同時に少女はその場所に憧れを抱くようになりました」


 ……背を向けるということは、常にそれを意識しているということ……憧れの裏返しなのだ。

 自分には叶わない、そう認めているから、見ないフリをするしかない。

 なのに、「見ない」と目を背けている以上、心の中には常に『それ』が存在し、避ければ避けるほど、憧れる思いは膨れ上がっていく。


「そしてある日……少女は教会を抜け出し、陽だまり亭へ向かったんです。今から思えば大した距離ではないのですが……当時の少女にとっては、一人で教会の外に出て、招かれてもいない陽だまり亭へ向かうことは、世界をぐるりと一周するのと同じくらいに、大冒険のように思えたんです」


 脱走……ジネットがそんな思い切ったことをする娘だったなんて……意外だ。

 そういえば、俺はこいつのことを何も知らないのだ。

 そんなことを、今さら知った。


「教会では、大人にも子供にも心を開けなくて、ここは自分の居場所じゃない……なんて、思っていましたから……その少女は」

「…………」

「だからですね、きっと……明るい場所に引きつけられるような、そんな感じだったんだと思います。とにかく少女は歩いて……歩いて……陽だまり亭へやって来ました」


 ふと、ジネットは体をひねり、店の入り口へ視線を向ける。

 つられて、俺もそちらへ視線を向ける。


 ……あそこに立って、こっそりと中を窺ったり、したのだろうか? その小さなジネットは。


「けれど、入れませんでした」


 再びこちらを向いて、ジネットは微かな笑みを浮かべる。


「お金……持ってませんでしたから」

「……ん」


 短い……「うん」にすらなっていない短い音を漏らす。

 そんな短い音なのに……なんだかしゃべり過ぎたような気分になった。

 場違いなところに割り込んでしまったような……居心地の悪さを感じた。


 だから俺は、黙って話の続きを待つ。

 視線をどこに向けたものか悩んでしまうが……とにかく、静かに次を待った。


「陽だまり亭は……とても眩しい場所でした。そして…………とてもいい匂いがしていました」


 居場所を見失った少女の目には、常連客で賑わうこの場所が眩しく見えたのだろう。

 いい匂いは……まぁ、分かる。

 単に料理の匂いってだけじゃないんだ。


 俺が初めてここに来た時も……陽だまり亭からはいい匂いがしていて…………そう、それは、とても懐かしい匂いだった。

 温かくて、優しく包み込んでくれるような……美味そうな飯の匂いってだけじゃない……幸せな、家庭の匂いがしたのだ。


「お店には入れない、けれど帰る場所もない……ふふ、当時は本気でそう思っていたんでしょうね……そんな思いを抱いてお店の周りをウロウロしていると、店の裏手に、小さな穴を見つけたんです。老朽化した塀には、子供が一人屈んで通れるくらいの小さな穴が開いていました」


 俺が初めて訪れた時の陽だまり亭は相当ぼろかった。塀が朽ちて脆くなり、板が割れて穴が開いていたとしても不思議ではない。

 そして、そういう穴を、子供は目敏く見つけ、そして通り抜けてしまうのだ。


「誰かに見つかるかもしれない。怒られるかもしれない。そんな恐怖は、その時はどこかに追いやられていて……少女は中庭を探検して……そして食料庫を見つけたんです」


 当時、教会は今ほど裕福ではなかったはずだ。

 俺がここに来た当初ですら寂れていて、今にも倒れそうな程おんぼろだった。

 当時の教会に、ジネットを腹一杯食わせてやるだけの経済力があったとは思えない。

 まして、ジネットは以前、「捨てられた子供は遠慮して食事をとらなかった」と言っていた。


 それだけ経済的に貧窮していたということだろう。

 そして、誰にも心を開かなかったというジネットもまた……食事を拒否していたに違いない。


 そこにきて、陽だまり亭の食料庫だ……


「罪悪感はありませんでした。ただ、目の前にある食べ物に惹かれて……少女はそれに手を付けました。何かに憑りつかれたかのように、夢中になって食べました。そして…………」


 ジネットは、爺さんに見つかった。


「……心臓が止まるかと、思いました。少女はパニックを起こし、何かを……たったの一言すら……本当に何も言えずに、気が付いた時には走り出していました。無我夢中で逃げ込んだ先は、やっぱり教会でした」


 悪事を見つかった時は、大人だってパニックを起こす。

 開き直って危害を加えてくるようなヤツも、パニックを起こした結果凶行に及んでしまうのだ。その時、罪人が抱く感情は……恐怖。

 その恐怖から逃れるためになら、人はどこまでも残忍になれる。


 もっとも、その後に来る後悔は筆舌に尽くしがたいものなのだが。


「後悔をしました。教会を抜け出したこと、陽だまり亭へ行ったこと、中庭へ忍び込んだこと……そして、盗み食いをしたこと…………少女は不安で不安で、その日は一睡も出来ませんでした」


 逃げ帰った教会でも、味方と呼べる者は一人もいない。

 ……相当、つらかっただろうな。


「結局一睡も出来ないまま夜が明け……顔を洗おうと寝室を抜け出すと……教会にお爺さんがいたんです。そして、シスターと話をしていました…………その時少女はこう思いました…………あぁ、これでまた捨てられる……と」


 自ら輪を外れ、孤独に身を置くような態度を取っておきながら、ジネットは他の誰よりも孤独を恐れていたのだろう。

 そして、自分が犯した罪の重さも、正確に把握していた。


「ですが…………少女の思惑は外れます。そして……」


 ふふっと、ジネットは笑いを零した。


「思ってもみないことが起きたんです」


 その翌日から、爺さんが教会への寄付を開始した。

 今現在、ジネットが行っている朝食の寄付は、その時に始まったというのだ。


「少女は理解出来なくて……ある日、思い切ってお爺さんに尋ねたんです。『あなたはすべてを知っているはずなのに、なぜ黙っているのか』と……『なぜ、わたしを怒らないのか』と……」


 そうしたら、爺さんはこう答えたのだそうだ。


『腹を空かしてる人に美味いもんを食べさせてあげる。それが、食堂の仕事だ』と――


 それからほどなく、ジネットは陽だまり亭へ手伝いに行くようになり、十二歳になる年に正式に引き取られることになった。

 その頃には、すっかり心を開き、ベルティーナとも、爺さんとも、そして街の住民の誰とでも親しく付き合えるようになっていた。


「ヤシロさん。人は生きている限り、罪を犯します。そして、それを悔やみ、心を痛めます。だからこそ、教会は人々の懺悔を聞くんです。それが、救いになることもありますから」

「だが……」


 そう、お前のようなヤツならば、それでいいだろう。

 悔い改めることで、新しい人生を送る権利が、お前にはある。

 けれど……


「懺悔したくらいじゃ、到底許されない罪を犯した者ならどうだ? 散々他人に迷惑をかけて、幸せや平穏を奪って、多くの者に憎まれて……そんなヤツが、懺悔したくらいで許された気分になって人生やり直しますなんて……そんなもん、誰が認めてくれんだよ。認められるわけ、ねえじぇねぇかっ」


 次第に語気が荒くなる。

 八つ当たりか……みっともない。


 気が付けば、固く握りしめた拳をテーブルに叩きつけていた。


「……許されちゃいけないヤツだって……いるだろうが……」


 そっと……俺の拳の上にジネットの手が重ねられる。

 固く握りしめた拳を、優しく包み込んでくれる……温かい手だ。


「違いますよ、ヤシロさん」


 静かな声が、体内に浸透するように広がっていく。


「懺悔をするのは、自分の罪を許してもらうためではありません」


 一言一言を、丁寧に伝えるようにゆっくりと言葉を並べていく。


「懺悔をするのは、忘れないため……忘れないことで自分の罪と向き合って、そしていつか、自分で自分を許してあげるためです」

「自分の罪を……忘れない、ため……自分で自分を…………許す…………」

「はい。未来を真っ直ぐ見つめるために、人は懺悔をするんです」


 懺悔はいつも、自分が犯した罪を自分の口で語るところから始まる。

 罪の自覚。そして、深い反省……


 許しとは、人に与えられるものでは…………ない、のか?


「わたしなんて、今でもしょっちゅう失敗をしてしまいます。ヤシロさんに教えていただいたこともたくさんあります」


 俺の拳を包み込む手に、ギュッと力が入る。


「わたしも……かつて罪を犯したあの少女も……まだまだ未熟ですけれど、今を懸命に生きています。未来を、真っ直ぐ見つめています」


 俺は……未来からは目を背けて……過去からも目を背けて…………そして今、逃げ出そうとしていたのか。


「ヤシロさんの例え話に出てこられた方に、もし言葉が届くのであれば……わたしはこう伝えたいです」


 手を離し、ジネットは胸の前で手を組む。

 瞼を閉じて祈るようなポーズで、ジネットは、よく耳にする言葉を口にした。


「……懺悔してください」



 結局、ジネットからは明確な答えがもらえなかった。

 俺が俺の罪を許せない以上、俺の罪は永遠に続く…………


 永遠に……



 明日は式典がある。

 これ以上、ジネットを夜更かしさせるわけにもいかない。

 こいつはいつも九時前には眠ってしまう体質なのだから。


「ヤシロさん。おやすみなさい」


 結論の出なかった話し合いを終え、ジネットは俺に頭を下げ自室へ向かう。

 そして、去り際にこんな言葉を残していった。


「また、明日」


 なんてこった……立場が変わればこんなにも分かりやすいもんなのか。


「あぁ。また明日な」


 こんな十文字にも満たない短い言葉が…………不安を和らげてくれた。



 ジネットが自室に戻り、再び一人きりになる。



 もう、考えても答えは出てこない。

 ジネットに委ねることも出来ない。


 明日行われる式典で、何かトラブルでも起これば……何も考えずに、答えを保留に出来るのに…………


 そんな益体もないことを考えながら、俺も寝室へと戻った。





 そして、翌日。滞りなく式典は終了した。






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