147話 みんなでバカ騒ぎ

「まだですの? ワタクシはいつになったらここを出られますの?」


 先ほどから、イメルダがそわそわと落ち着きなく、「早く会場へ向かいませんこと?」と、何度も同じことを繰り返している。

 会場の準備が終わり次第、迎えが来ることになっている。

 だからそれまでは大人しくしていろと言っているにもかかわらず、早く見たくて仕方ないようだ。


 会場がイメルダの住む木こりギルド支部であるにもかかわらず、イメルダにサプライズを仕掛けなければいけないということで、今日は早朝から、半分寝ぼけていたイメルダを陽だまり亭へと連れてきて、その間にハムっ子総動員で会場の準備を行わせている。

 設営はウーマロが指揮し、料理はジネットが総監督だ。

 マグダはベッコのもとへと行きサプライズの準備を手伝い、ロレッタはネフェリーたちと一緒に来賓のもてなしをしている。まぁ、来賓と言ってもハビエルたちなので、多少の失礼があってもご愛敬だ。


 そんなわけで、現在陽だまり亭にいるのは、俺とイメルダ、そしてエステラとナタリアのみだ。

 ナタリアはイメルダのドレスを着せるために呼んでおいた。

 ウクリネスは向こうで参加者の服を着せなきゃいけないからな。


「もうそろそろ、ヤシロさんのタキシードも見飽きてきましたし……早く会場へ向かいたいですわ」

「悪かったな、飽きの来るしょうもない格好で」


 くそ。昨日はなんかキャーキャー言われてたから、「ふふっ、俺も罪な男だぜ、ベイベー」とか思ってたのに……イメルダときたら……

「なかなか見られますわね」の一言で済ましやがって……そりゃお前はこういう格好の男を腐るほど見てきたんだろうが……まぁ、いいけどね、別に。


「ほら、ご覧よイメルダ。イメルダが褒めないから、ヤシロが拗ねてるよ」


 心外だな、エステラ。

 誰が拗ねてるか。

 ただほんのちょっと、「つまんねーのー! もうやめちゃおっかなぁ!?」って気分になってるだけだ。


「服装を褒めるなどナンセンスですわ。いくら着飾ったとしてもつまらない男はつまらないものですわ」


 悪かったな、つまらない男で。


「ヤシロさんの良さは、服装などに左右されず、常日頃からしっかりとこの目で見ていますわ。今さら褒めるなど、それこそ失礼というものですわ」


 ん? なんだ?

 つまり、「ヤシロさんってば、いっつもカッコいいんだから~!」ってことか? そういうことなのか?


「お前は見る目があるな、イメルダ」

「安いね、君は!?」


 黙りなさい、エステラ。

 人間誰しも、褒められれば嬉しいものだ。

 お前だって、「世界最高峰のぺったんこだ」とかって言われりゃ嬉しいだろ?


「おにーちゃん!」


 そこへ、イメルダが待ちに待ち続けた迎えの者が姿を見せる。


「スペシャルな日の、お召し物やー!」


 小さなタキシードをピシッと着こなしたハム摩呂だ。

 一丁前に髪型もいじっているようだ。


「それじゃ、向かうとするか」

「馬車を待たせてあるから、それに乗っていくといいよ」


 エステラの言葉を聞き、ようやくイメルダの機嫌が直ったようだ。


「待たせた分、割増しで素晴らしいパーティーにしてくださいましね」


 などと高飛車な発言をしつつも、顔は遠足当日の小学生みたいにわくわくキラキラしている。

 わがままキャラは、このまま貫くつもりなのだろうか。もうかなりメッキが剥がれているんだが。……あぁ、ほら。スキップとかしちゃってるし。


「早く行きますわよ! 早く! ハリーアップですわ!」

「いや、……いいから落ち着け」

「落ち着いてますわ~♪」

「なら、歌いながら踊るのをやめろ」


 くるくると回るイメルダを上手く誘導し、陽だまり亭を出る。

 と、そこには、シンデレラが大挙して押し寄せてきそうな、なんともメルヘンな意匠の馬車が停まっていた。

 イメルダがとても好んでいる大工、トルベック工務店のナンバー2、ヤンボルドの作品だ。


「まぁっ! 素敵ですわ! こんなに美しい馬車は、ワタクシ、今までに見たことがありませんわ!」


 従来は、いくらオシャレな馬車といっても壁や天井は直線の箱型で、そこにどれだけ美しい細工を施すか、という程度のことしかされていなかった。

 しかし今回の馬車は、壁が緩やかなカーブを描き、まさにカボチャの馬車のようなキュートなフォルムをしているのだ。


 そして、そんなキュートな馬車を引く馬も、普通の馬ではない。

 イメルダがとことん気に入るように、特別な馬を、本日限りで、交渉に交渉を重ねて、なんとかかんとか手配したのだ。

 この馬車を引く馬……それは!


「……会場まで、案内する。オレ、馬車、引く!」

「ヤ、ヤンボルドさん!?」


 そう! ウマ人族、馬面、馬並みのヤンボルドだ!


「イメルダがお気に入りみたいだったから、馬車を引いてもらうことにした」

「扱いがおかしいですわ!? ヤンボルドさんにそんな真似……もし、手に怪我でもされたら……!?」

「ヒヒーン!」

「ヤンボルドさんがやる気ですわっ!?」


 まぁ、そう心配すんな。ヤンボルドは力が強いタイプの獣人族で、樹齢数百年の巨大な丸太を軽々と持ち運べてしまうような男なのだ。人間が二人乗った程度の馬車くらい、余裕なんだよ。

 そしてこいつは、こういうバカバカしいことが大好きなのだ。


 エスコート役として、俺とハム摩呂が同乗し、イメルダを挟むようにして席に着く。


「さぁ、行くのだヤンボルド!」

「メェェエエッ!」


 ヤンボルドが嘶く! ……嘶いてないけど! 「メェエ」だったけども!

 とにかく、張り切ったヤンボルドに引かれ、俺たちの乗った馬車はゆっくりと動き始め、そして、会場へ向かって走り出した。

 エステラとナタリアは、あとから徒歩でやって来る。

 この馬車は、本日の主役であるイメルダを優雅に会場へ連れて行くための演出なのだ。


「ヤ、ヤシロさんっ!? あ、あの!? 速ッ、も、物凄く速いですわ!? カーブが! カーブが怖いですわ!?」

「かかるGが、魔獣級やー!」

「ヤンボルド! もっとゆっくり! ゆっくりでいいから!」

「ゲロゲーロ!」

「お前っ、悪ふざけもいい加減にしろよっ!?」

「荒れ狂う、慣性の法則やー!」


 凄まじい速度で疾走する馬車の中で、イメルダとハム摩呂が俺の腕にしがみついてくる。いつの間にか俺が真ん中になっていた。ハム摩呂軽いから、Gがかかると飛んでっちゃうんだよな……


 その後もヤンボルドの暴走は続き、木こりギルドを通り過ぎては引き返し、そして引き返し過ぎてはまた通り過ぎるまで爆走し、その度その度、凄まじい重力を俺たちにかけつつUターンを繰り返して……完全に悪乗りしてやがる。馬車でドリフトとか、初めて見たっつの。


「ヤ、ヤンボルドさんに対する評価を……改めさせてもらいますわ……」


 真っ青な顔をして、イメルダが言う。

 仕事は出来るヤツなんだが……そもそも何を考えているのかまったく分からないヤツでもあるのだ。職人って、そういう人多いよね。


「ヤ、ヤシロさん、大丈夫ッスか!? だからオイラ、ヤンボルドだけはやめた方がいいって……」


 会場前に急停車した馬車に駆け寄ってきたウーマロがおろおろとした顔で言う。

 ホント、よく知っているヤツの忠告は素直に聞くもんだよな……サプライズにこだわり過ぎて命を落とすところだった。


「オレ、サプライズっ!」

「……こっちがサプライズだっつの……」


 まさかここまで酷いとは……


 少々衣服が乱れてしまったため、準備委員会館の中で服装やメイクの乱れを直してもらう。

 待機していたウクリネスが器用にパパパッとやってくれた。こいつはメイクも出来るのか……万能だな、服屋。


「ワタクシ、ここには初めて入りましたわ」

「今回のパーティーの準備をしていた場所だからな、入れるわけにはいかなかったんだよ。それから、他の部屋には入るなよ。まだ見せられない物がしまってあるからな」


 例えば、お前んとこの親父、とかな。


「まだ何かあるんですのね。楽しみですわ」


 馬車酔いもどこへやら。会場が目の前に迫り、イメルダのわくわくはピークを迎えているようだ。

 会館に、エステラが入ってくる。


「それじゃあ、会場に向かおうか」

「どうやって先回りを!? サプライズですわ!?」

「いや……君たち、結構な時間行ったり来たりしてたからね……」


 徒歩の方が断然速かったというオチである。

 サプライズが留まるところを知らない。


 エステラに先導され、五分ほどの道のりを歩く。

 先ほどから何度か見切れてはいたのだが、改めて見ると、こう……「おおぉお……」と、息が漏れてしまう。


 会場は、とても華やかに、そしてエレガントに、美しく飾りつけられていた。


 ミリィとアリクイ兄弟が用意した花の絨毯。通路の周りを埋め尽くす色とりどりの花からは、甘い香りが漂い、目だけでなく鼻までもを楽しませてくれる。


「素敵ですわ」


 イメルダがちょっとうるうるしている。

 よしよし、いい感じだ。


 花に囲まれた道を進み、大きな中庭へとやって来る。

 以前、イメルダの家に泊まりに来た際、ジネットが怪しい動きをしていた場所だ。

 あの頃はこの屋敷しかなく殺風景だったが、今は周りに様々な建物が立ち並び、ちょっとした町のようになっている。

 木材を保管する倉庫や、加工をするための工場、木こりたちがくつろぐための施設など。実に充実している。

 よくもこれだけのものを作り上げたもんだな。


「イメルダさん、ヤシロさん。お待ちしていました」


 中庭には、四十二区の住民たちが集結しており、盛大な拍手をもってイメルダを出迎えた。


「みなさん……どうされたんですの、その服…………が、柄にもなくおめかしなんてなさって……ま、まぁまぁ、見られますわね!」


 自分の発案したパーティーに、これだけ多くの者が、それも正装して、誠意をもって集まったのだ。

 イメルダにとっては、さぞ嬉しいことだろう。

 瞳に薄く張った水の膜が、太陽の光を反射してきらりと光った。


 中庭には、長いテーブルがいくつも設置され、その上には色とりどりの料理が並んでいる。

 デリアが目を輝かせて眺めている付近はケーキコーナーで、四十二区内に存在するすべてのケーキがそこに並んでいる。


 屋敷を背にして立てるようなポジションにちょっとしたステージが設けられている。一度登れば嫌でも注目される、そういう場所だ。

 

「じゃあ、主催者の挨拶といこうか」

「分かりましたわ」


 さすがというべきか、こういう場所でのスピーチを臆することなく、イメルダは胸を張って壇上へと上がる。

 

「皆様………………以下同文」

「落ち着け、イメルダ! 普通でいいから、挨拶して!」


 壇上に上がり一気に視線を集めると、さすがのイメルダも緊張してしまうようだ。

 すーはーと深呼吸をして、イメルダが再び話し始める。


「本日はお集まりいただき、感謝いたしますわ。多くの方に協力していただき、こんなに素晴らしいパーティーが開催出来ること……嬉しく思いますわ。本当に、ありがとうございます」


 とても素直に、イメルダが感謝の気持ちを述べて頭を下げる。

 頭を上げた後、チラリと俺を見たかと思うと、にこっと微笑みをくれた。

 小さく手を振ってそれに応えると、イメルダは嬉しそうに前を向き、話を続けた。


「これだけの人数が集まってしまっては、室内でのパーティーは不可能ですわね。屋外で何かと不便はあるかもしれませんが、どうか、心ゆくまで楽しんでいってくださいまし」


 イメルダが礼をすると、拍手が巻き起こる。

 そんなわけで、パーティーの始まりだ。


 乾杯の後、招待客たちは一斉に食べ物へと群がる。

 ケーキが大人気だ。……いや、まず飯食おうぜ。


「魔獣ソーセージくださいです!」

「ちょっと、ロレッタ! 一人でそんなに食べないでよね!?」

「今日は食べ放題です!」

「他の人の分もあるんだからね!」


 飯は飯で、なんだかんだ盛り上がっているな。 

 ……つか、どんだけ好きなんだよ、魔獣ソーセージ。





 ひとしきり飯を食い、あちらこちらで歓談し、招待客は思い思いの時間を過ごす。

 そんな中、密かに行動を開始した一団がいた。


「みんな、注目するさね!」

「アテンションプリーズです!」

「……括目せよ!」

「ぇ……っと、……み、見て、くださぁ~い!」

「食べながらでいいからね~! ちょっとこっち向いて~!」

「みんなー、鮭食ったかー!?」


 壇上に、ノーマ、ロレッタ、マグダ、ミリィ、ネフェリー、デリアが登場する。ジネットとパウラは食事の準備があり、ナタリアはエステラのそばに付いていなければならず、エステラとベルティーナは立場上遠慮してもらい……このような面々になったわけだが……さて、こいつらが何をするのかというと……


「これから、ちょっとしたショーを披露するさね!」


 ノーマが宣言すると、会場の……主に男どもが……歓声を上げた。

 思い思いに食い物を摘まんでいた連中がステージ前に殺到し、立食パーティーは野外ライブのような盛り上がりをみせる。


「まずは、今回の目玉さね! ロレッタ!」

「はいです! 本日、正式に、四十二区に木こりギルドの支部が誕生したです! おめでたいです! 拍手です!」


 腕をぶんぶん振り回して会場からの拍手を煽る。

 盛大な拍手に満足したのか、今度は腕を「すーっ」と下ろして拍手を静める。

 これでサングラスでもかけてりゃ、とある司会者にそっくりなんだがな。まぁ、三拍子で締めるなんてことはしてないけども。


「では、このめでたい日を歴史に刻むために、四十二区が誇る職人たちが、スペシャルな贈り物を用意したです! それが……あちらです!」


 ロレッタが中庭の奥の方を指さす。

 と、ハムっ子たちが曳く荷台に載せられて、巨大な『何か』が運ばれてきた。その『何か』には大きな布がかけられており、中を窺い知ることは出来ない。


「物凄く重いんで、マグダっちょデリアっちゅ、ちょっと降ろして、いいところに設置してきてです」

「……任せて」

「デリアっちゅってなんだ、デリアっちゅ!? ……ったくもう」


 群がる観客を掻き分け、巨大な『何か』を荷車から降ろし、中庭の目立つところへ設置する。布の中を覗き込み、向きを確認して、マグダがこくりと頷いた。


「では! 主役のイメルダさん! 一番よく見えるここに来るです! ここですここ! そして、お兄ちゃんとエステラさんはあっちで除幕の準備をしてです!」

 

 ロレッタに言われるがまま、イメルダが壇上に上がり、俺とエステラはその『何か』の両サイドに立った。


「これ、何か知ってるのかい?」

「あぁ。俺が発注したヤツだ」

「へぇ……楽しみだね」


 そして、各々の準備が整ったところで、ベッコが壇上に上がる。続いてセロンとウェンディも壇上へと上がり、ノーマを含めて四人が横一列に並ぶ。

 今回、この『何か』を制作した四人だ。


「では、製作チームのリーダー、ござるさんから一言もらうです」

「む、むむ……緊張するでござる。え~……こほん」


 ガチガチに緊張しているベッコ。だが意を決して口を開き、堂々とした口調で話し始める。


「今回、拙者は初めて石の彫刻に挑戦したでござる。初めての挑戦、記念すべきめでたい日のメモリアルとなる重要な彫刻。凄まじいプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、協力してくれた仲間のおかげで、最高傑作と呼べるものが完成したでござる! 超自信作でござる! 実は拙者、この家にはしょっちゅうお邪魔して……というか、強引に拉致されて、訪問していたでござる。美しいもの好きのイメルダ氏の要望で、食品サンプルをたくさん作り、時には厳しい叱咤を受けながらも、実に充実した時間を過ごしたでござる。アノ時間があったからこそ、拙者はこの石像を作ることが出来たでござる。だからこそ、あえて言わせてほしいでござる。イメルダ氏、拙者に新しい世界を教えてくれて、ありがとうでござる」


 深々と、腰を九十度に曲げる最敬礼をしたベッコ。イメルダは驚き、口元を覆っている。大きな目が零れ落ちそうなほど見開かれて……微かに潤んでいる。


「それでは、見ていただくとするでござる! タイトルは、『闇を照らす女神』!」


 ベッコが叫び、ロレッタが「GO!」と合図を出す。

 俺とエステラはその合図に合わせて、石像にかけられた巨大な布を引っ張った。


 布が落ち、中から現れたのは……


「「「おぉ……」」」


 思わず息をのんでしまうほど美しい、柔らかい笑みを湛えたイメルダの像だった。

 気高く凛とした佇まい。誇らしく堂々と胸を張り、天を見つめるその姿はとても勇ましくもあり、包み込むような笑みを浮かべたその表情はとても淑やかでもあった。

 静と動、明と暗、相反する二つの性質を兼ね備えたその姿は、まるで女神のように美しく、見る者の心を惹きつける。


『闇を照らす女神』――その名に相応しい、素晴らしい石像だ。


 しかし、『闇を照らす』の部分の説明が一切なされていない。

 まぁ、それは『闇』が訪れた時に分かるさ。


「大変素晴らしいものを……ありがとうございます。感謝いたしますわ」


 イメルダが……アノ、イメルダが、自らの意思で深々と頭を下げる。

 こいつは、本当に成長しているんだな。おそらく、これからもっと大きくなるに違いない。


「ではではみなさん! ここからは楽しくも可愛い、あたしたちのショーをご覧に入れるです! みなさん! 衣装チェンジです!」


 ロレッタのセリフに合わせて、ノーマたち、壇上に上がった女子チームがその場でドレスを脱ぎ捨てる。


「「「ぅぉおおおおおっ!」」」


 先ほどの数十倍の歓声が……ほとんど男どもから……湧き起こる。

 ドレスの下から姿を現したのは、アイドルが着ていそうなふりふりふわふわしたお揃いのコスチューム。

 ミニスカートから伸びる健康的なふとももがまぶしいっ!


「さぁ、みんな! 歌うさねっ!」

「「「はいっ!」」」


 ノーマを中心に、女子たちがステージいっぱいに広がり、これから踊りますよと言わんばかりのポーズを取る。

 そう、彼女たちはアイドル……それも、各々の職業を極限まで窮めたプロフェッショナル中のプロフェッショナル――マイスターたちが集まって結成されたアイドル、その名も――


 アイドル・マイスターなのだっ!


 見よこの独自性! 決して何かのパクリではないっ!

 マイスター(超一級技術者)たちによるアイドルなのだっ!


 これから始まるショーを前に、会場は興奮を孕んだ静寂に包まれる。

 そして、音楽が流れ出す――



 ズンドコ ドコドコ

 ズンドコ ドコドコ

 ズンドコ ドコドコ

 ズンドコ ドコドコ


 ♪~ はぁ~ 海辺の女はぁ、海女になぁるぅ~ ~♪


 ズンドコ ドコドコ

 ズンドコ ドコドコ

 ズンドコ ドコドコ

 ズンドコ ドコドコ


 ♪~ あぃ~やっ 山辺の女はぁ、山姥~にぃ~ ~♪



 ……うん、すまん。

 この世界には、ポップなミュージックってもんがなくてな……

 今のは、川漁ギルドが漁をする時に歌う歌みたいなんだが……山に住んでも山姥にはならねぇよ……


 ちなみに、演奏は『オメロ with 川漁ダンスィ~ズ』だ。


「はぁぁああん! マグダたん、マジ天使ッスー!」

「ネフェリーさん! こっち! こっち見てー! うっしゃぁ! 目が合ったぁぁあー!」

「チアガールリーダー氏ぃぃい! 揺らしてっ、もっと揺らしてでござるぅ!」

「デリアさんっ! デリアさぁぁああん!」


 まぁ、どんな曲であれ、ファンにとってはなんだっていいみたいだが……

 グーズーヤ、お前まだデリアのファンやってたんだな。お前だけは必要以上に会いに来ないからちょっと影薄かったよ。いや、お前こそが常識人で、あのキツネとタヌキが異常なんだけどな。


「拙者! 拙者! ここに通った日々の中で、新しい自分を見つけ、大会でのチアガールリーダー氏の谷間にて開花したでござるっ! もっと揺らしてでござるっ!」


 ……ベッコ。お前さっきの、ちょっと感動しそうなスピーチ…………貧乳派から巨乳派へ転身して、新しい世界が開けたって意味だったのか?

 つまりあれか? しょっちゅうイメルダと会うようになって、ちょっとずつちょっとずつ、イメルダの巨乳に心奪われてたってことか? やっぱり間近で見る巨乳は凄まじかったって、そういうことなのか!?


「ミリィちゃーん!」

「ミリィィイイイイイイイっ!」

「ミリィ様ぁぁぁああ!」


 ……なんか、ミリィに変なファンが付いてるな……こいつら、あと10センチでもミリィに近付いたら強制排除してやる。

 ミリィは静かに愛でて楽しむのが礼儀ですっ!


「ア、ソーレソレソレソレ!」

「「「FU・TSU・U!」」」

「ア、ドーシタドシタドシタ!」

「「「FU・TSU・U!」」」


 あ、これ、ロレッタのファンだな。


「なんだか、あたしの時だけ変な人たち過ぎるです!? 物申したいです!」


 まぁまぁ、そう言わずに、カリカリするなよ『FU・TSU・U』


 これまで、四十二区の中でなんだかんだとやってきた連中には、いつの間にかファンが付いていた。この前の大食い大会でのチアリーダーが決め手になったのだろう。

 アイドル・マイスターの人気ぶりは凄いものがあった。


 基本、伴奏が打楽器しかないくせに、この後六曲を熱唱したアイドル・マイスターのメンバーたち。

 額にキラキラと輝く汗を浮かび上がらせて、ステージ上から応援してくれたファンたちに手を振っている。


 ……こういう文化が根付きつつあるのって、俺のせいじゃ……ない、よな?


 アイドル・マイスターがステージから降りて、きゃっきゃっと身内で盛り上がり始める。

 うむ、この盛り上がりをここで終わらせるのはもったいないな!


「よし、次はウーマロ! 何か一発芸をやれ!」

「はぁぁ!? 聞いてないッスよ!?」

「今言った! ほら、ステージに上がれ」

「そんな、急に言われても困るッスよぉ~! ……まぁ、とりあえずステージには上がるッスけど」


 この前向きな姿勢が、ウーマロなのだ。

 とりあえずやってみる! だからこそ、こいつは今の地位にいるのだ!

 俺の、ベスト・オブ・弄りキャラの地位にっ!


 言われるまま、ステージに立つウーマロ。

 しかし、なんの準備もしていないだろうから、出来ることなどほとんどない。

 耳に漆とか山芋をたっぷり塗り込んで、かぶれるだけかぶれさせて、パンパンに膨れ上がったところで、「耳がデッカくなっちゃった!?」とかやらせてみるか? デッカくなった耳は元の大きさには戻らないけどな。


 あ、そうだ。


「ウーマロ! 木こりギルドのギルド長、スチュアート・ハビエルのモノマネとかどうだ? よく見てたから知ってるだろう?」

「そりゃ、知ってはいるッスけど…………いや。他にいい案がない以上、ここはヤシロさんに乗っておくべきッスね! オイラやるッス!」


 まゆ毛をキリッと吊り上げて、ウーマロがステージ中央に立つ。

 そして俺はさり気なくナタリアとアイコンタクトを取っておく。こくりと頷き、ナタリアが静かにその場を離れていく…………


「それでは、究極の無茶ぶりに応えたいと思うッス! 木こりギルドのギルド長、スチュアート・ハビエルの真似!」


 イメルダが苦笑いをしながらも、少し興味深そうに視線を送る。

 会場にも、ハビエルを知る者は数名ばかりいる。

 なんとも微妙な期待を一身に受け、ウーマロはボディービルダーのようなポーズを取り「ウッシャッシャッシャッシャ!」と笑い出した。


「『ワシは、実の娘と、つるぺた幼女がだ~い好きじゃぁ~!』」


 ぶふっ!

 と、思わず吹き出してしまった。

 ……くそ、ウーマロのくせに、いいところを突いてくるじゃねぇか!

 だが、見所はこれからだっ!


「だ~れが、幼女好きじゃ、このキツネ野郎がぁ!」

「のょ!? こ、この声は!?」


 ステージ上で身を固くして、どこかから聞こえてきた声に怯えるウーマロ。

 そう、この声の主は……


「ワシじゃー!」

「スチュアート・ハビエルッ!?」


 まさかのご本人様登場に、会場は熱狂の渦に巻き込まれる。

 へぇ、やっぱり盛り上がるもんなんだな、ご本人様登場。異世界でも通用するのかぁ。


「な、ななな、なんであんたがここにいるッス!?」

「娘のパーティーに父親が来て、何が悪いっ!?」

「何もこんなタイミングで来なくてもいいじゃないッスか!? 心臓止まるかと思ったッス!」

「お前が人のことを、陰でこそこそ笑いものにしようとしたからだろうがっ!」

「むむむ……とにかくっ! これだけは言っておくッス!」

「なんじゃいっ!?」

「ごめんなさいッス!」


 素直だな、オイ!?

 とにかく謝っておくのがいいよね、うん!


「お父様っ!」

「お~、イメルダ! 来てやったぞ~!」

「ご招待しておりませんわっ」

「そりゃねぇだろ、イメルダぁ!?」


 会場からドッと笑いが漏れる。

 とにかく、イメルダが驚きそうなことを詰め込めるだけ詰め込んだサプライズパーティーだ。

 イメルダが驚き、ついでに招待客どもが大いに盛り上がってくれればありがたい。


「オオバ君。ようやく外に出られてホッとしたよ」


 デミリーがにこやかな笑みを浮かべて歩いてくる。

 サプライズゲストのハビエルと一緒に、会館に身を潜めていてもらったのだ。

 イメルダに見つからないようにな。


「凄い盛り上がりだね」

「おう。お前もステージでなんか笑い取ってこいよ」

「オオバ君……それね、他の区の領主に言うセリフじゃないと思うんだ。いや、もう別に君ならなんだっていいんだけどさ……」


 頭をツヤツヤさせてデミリーは嘆息する。

 しかし、実にナイスな照り返しだ。

 年齢の割に瑞々しく、まるで輝いているような……


「お前は炊きたてのお米粒か!?」

「どういうことかな、オオバ君!?」


 そんなくだらないことを繰り返し、パーティーは賑やかに進行していく。

 パーティーというか、もはや宴会だ。気品なんてものとは無縁の、大騒ぎだ。


 今日という日は、その場にいる者みんなが、嫌なことや不安なことをすべて忘れて大騒ぎをする。

 いつの間にか、そういう日になっていた。


 そして、気が付けば――空はすっかり暗くなっていた。


 いよいよ、仕上げか……


「さぁさぁ! みなさん! 大いに盛り上がっているところ申し訳ないですが、今一度、ステージに注目してほしいです!」


 ロレッタがステージに上がり、招待客の注目を集める。


「それじゃあ、お兄ちゃん。お願いするです」

「おう。じゃ、行こうか、イメルダ」

「ワタクシもですの?」

「最後の仕上げだ」


 そう言って、そっと手を差し出す。紳士のように。


「分かりましたわ」


 俺の手に、そっと手を重ねるイメルダ。

 注目が集まる中、俺はイメルダをエスコートしながらステージへと上がる。


 ステージ中央に立つと、俺はよく通る声を意識して話し始める。


「宴も、もうそろそろ終わりだ」


 さわりと……風が吹き抜けていく。微かに物悲しい雰囲気が辺りに漂う。


「だがその前に、今一度、『闇を照らす女神像』を見てほしい!」


 いい具合に、闇が広がってきたからな。

 招待客たちが、ステージから女神像へと視線を移す。

 女神像の足元にはノーマとセロン&ウェンディが立っていた。


「この『闇を照らす女神像』は、ただの石像じゃない。それを今からご覧に入れよう」


 片手を上げ、ノーマに合図を送る。

 こくりと頷いて、ノーマが石像の台座に仕込まれた金属板をカチャカチャと弄る。

 どうやら準備が出来たようなので、俺は、カウントダウンを始める。


「5秒前……4……3……2……1…………っ!」


「ゼロ」に合わせて、ノーマが金属板に取り付られたレバーを引く。

 と、石像の胸の一部が、具体的に言えば両方の乳首の部分がパカリと開き、中に仕込まれていた光るレンガがそこから眩い光を発射させる。

 乳首から真っ直ぐ伸びる眩い光線。

 俺はそれに合わせて、声の限りに叫んだっ!


「セクシィー・ビィィイイイムッ!」

「なにやってんッスか、ヤシロさんっ!?」


『闇を照らす女神像』は、セクシー・ビームで闇を照らすのだ!


 制作チームのベッコ、ノーマ、セロンとウェンディは、みな一様に満足げな表情を浮かべている。


「いや、なにやりきったみたいな顔してるッスか!? ちょっと、みんな!? ヤシロさんに毒され過ぎッスよ!?」


 一部やかましいヤツがいるようだが……

 俺の隣で、闇を照らすセクシー・ビームを見つめていたイメルダは、たった一言、こう呟いた。


「…………ステキ、ですわ」

「気に入っちゃったッスか!? 自分そっくりな石像の乳首から光線が発射されてるんッスよ!?」


 本人がいいと言っているのだから、それでいいのだ! 口を慎めウーマロ!


「しかも、このセクシー・ビームは、角度を変えることが可能だ」


 ノーマに視線を送ると、カチャカチャと金属板のレバーを操縦してセクシー・ビームの角度を変更してくれる。


「なんか、乳首が大変なことになってるッスよ!?」


 そして、セクシー・ビームは縦横無尽に夜の空を切り裂いた後、ステージに立つ俺とイメルダをピンスポットライトのように照らしてくれた。


「乳首に浮かび上がる二人……って、おかしいッスよね、この光景!?」

「……ウーマロ、しっ」

「はぅ……マグダたんに怒られたッス…………なんだろう、ちょっと嬉しいッス」


 外野が静かになったので、俺は予定通り、『最後のサプライズ』を実行する。

 とはいえ、ド定番で、地味なものだけどな。


「イメルダ。ようこそ、四十二区へ」

「え? あ、はい。ありがとうですわ」

「これから、お前はこの支部の長として、四十二区の一員として、この街とこの街に住む人々のために、バリバリ働いてくれるな」

「えぇ。当然そのつもりですわ。ワタクシが、四十二区を変えてみせますわ」


 スポットライトに照らされて、ステージ上で朗々と宣言する。

 あぁ。そうだ。


 これからの四十二区は、お前たちが変えていくんだ……


「そんなイメルダに、俺個人からプレゼントがある。世界にたった一つ、お前のためだけに作ったものだ。受け取ってくれるか?」

「まぁ。まだプレゼントを隠していましたの? 石像でもうおしまいかと思っていましたのに」

「サプライズ、だろ?」

「えぇ……確かに、驚きましたわ。今日は本当に……驚かされっぱなしでしたわ」

「じゃ、これが最後の一発だ」


 俺は、細長い木箱に入れたプレゼントを手渡す。

 イメルダはゆっくりと蓋を開け、中に入っていたものを取り出す。

 俺が作ったペンダントだ。

 作り自体は単純で平凡な、どこにでもあるペンダントなのだが……


「…………これは……」


 取り出したペンダントを見て、イメルダが言葉を失う。

 大きな瞳に膜が張るように涙が溜まり……音もなく流れ落ちていく。


「………………お母様」


 ペンダントトップには、イメルダの母親の顔が刻まれていた。

 ハビエルの書斎で見た、家族の肖像画。あそこに描かれていたイメルダの母親をペンダントトップに刻んだのだ。

 腕に抱いた、まだ小さい我が子を見つめる優しさに満ち溢れた瞳。

 その瞳は、まだ年端もいかない幼い我が子に問いかけているようだった。


『大きくなったら、あなたはどんな大人になるのかしら?』


「お…………かぁ…………さま…………っ!」


 口を押さえ、嗚咽を漏らすイメルダ。

 幼い頃に母を亡くし、その温もりに触れる機会が少なかったイメルダ。

 これからは、どこにいたって母親と一緒にいられる。

 独り立ちして、踏ん張らなきゃいけない時に、ほんの少しだけ弱さをさらけ出せる……それを許してくれる……そんなものになればいいという願いを込めて、俺はこのペンダントを作った。


 もしかしたら、俺が今一番欲しいものが、それなのかもしれないな……


 ペンダントトップに描かれた彫刻の母親を握りしめ、イメルダは声を殺して泣いていた。

 気丈に、誰にも寄りかからず、しかし、みっともない姿を隠すこともなく。


 ひとしきり泣いた後、イメルダはペンダントを俺に手渡し、背中を向けた。


「つけて……くださいまし」


 そう言って、自身の長く美しいブロンドを掻き上げる。

 真っ白なうなじが覗く。泣いたせいでほんのり蒸気した肌と相まって、とても色っぽい。


 俺は腕を回し、そっとイメルダの首にペンダントをつけてやる。

 髪を下ろし、ふわりと指で梳いて、くるりとこちらを振り返る。


「……似合いますこと?」


 少し不安げに、上目遣いで聞いてくるイメルダ。

 そんなもん、答えは一つしかないだろう。


「あぁ。とてもよく似合っているよ」

「そう……ですか。……ふふ」


 くすぐったそうに笑うイメルダ。

 すると、どこからともなく、誰からともなく、拍手が湧き起こった。

 それはきっと、祝福の拍手だったのだろう。


 闇を照らす光の中で、イメルダとその母親は、二人揃って穏やかに微笑んでいた。

 この……セクシー・ビームの中で。


「やっぱりオイラ、この光、ちょっとどうかと思うんッスよね!?」

「……ウーマロ。今、いいところだから」

「でも、マグダたん! いいところだからこそ、セクシー・ビームの中なのはどうなのってことッスよ!?」

「……めっ」

「はぁぁあん! また怒られたッス~! けど、不思議と嫌じゃないッス~!」


 度し難い変態の声に笑いが漏れて、いつもの四十二区らしさが戻ってくる。

 さぁ、パーティーもおしまいだ。


「イメルダ」

「えぇ。名残惜しいですけれど……しょうがありませんわね」


 俺がステージを降りると、イメルダが主催の挨拶を始める。

 今日という日を一緒に過ごし、共に祝ってくれた者たちへの感謝の言葉が並べられていく。

 途中、何度も涙に声を詰まらせながらも、イメルダは最後まで堂々と挨拶をやり遂げた。


 割れんばかりの拍手が起こり……パーティは終了した。


 始まりがあれば、終わりは必ず来る。

 うん。今日は楽しかったな。久しぶりに全力でバカが出来た。

 本当に……最高だった。


 パーティーが終わり、中庭から花に囲まれた道を通って門へと向かう。

 その途中、背後から軽快な足音が近付いてきた。


「お兄ちゃん! どうだったです? あたしの名司会っぷり! 大したもんだと自負してるです!」

「あぁ。大したもんだったぞ」

「ふほぉう! 褒められたです! 最近、お兄ちゃんに褒められる確率高くなってるです!」

「……マグダの、地味ながらもきらりと輝く名サポートもお忘れなく」


 大はしゃぎするロレッタの脇からマグダが現れ、これでもかとアピールしてくる。


「そうだな。マグダがいると、安心感が増すもんな」

「……にくい一言を、さり気なく…………ヤシロはやり手」


 周りが薄暗いからかもしれんが、一瞬だけ、マグダがニヤケているように見えた。


「ヤシロさん。お疲れ様です」


 そして、ジネットがやって来る。

 そういえば、今日はジネットと全然話をしていない。本当に忙しかったからな。


「お疲れさまだったな」

「いいえ。お料理は好きですから」


 本当に、逞しくなったよな、みんな。




 これなら、もう大丈夫だろう。

 ロレッタはどんな職業にだって就けるだろうし、マグダは独り立ちしても上手くやっていける、コミュニティを作ってそのトップになることだってきっと出来る。

 そしてジネットも、もう誰かに騙されたり、寂しくて泣いたり……悪人をホイホイ信じて家に住まわせたり……そんなことはしないだろう。

 もし、何かドジを踏んでも、こんなに頼れる仲間が、こいつの周りにはたくさんいるんだ。

 今日は、それがよく分かった。


「ヤシロ」


 そろそろ帰ろうかとした時、エステラが俺を呼び止めた。

 デミリーたちがいるから、今日はもう話している暇はないかと思っていたのだが……


「走ってきたのか?」

「君が帰りそうになっていたからね」

「んな、慌てなくたって、俺なら陽だまり亭に……」

「『陽だまり亭に……』なんだい?」


 ……っと。

 そういや、こいつ相手にいい加減な言葉は厳禁だったな。

 気が緩んでんのかな、俺。


「で、そうまでして俺に話したいことってなんだ? デミリーの見送りとかは御免だぞ。今日はもう疲れたんだ」

「そうじゃないよ。街門のことさ」

「街門?」

「…………ねぇ、少しだけ、歩かないかい?」


 このタイミングでそういうことを言うのは、「関係ない人は席を外してくれないか」ということと同義だ。

 エステラがジネットたちに対しそういうことを言うのは非常に珍しい。


「では、ヤシロさん。私たちは後片付けを手伝ってきますね」


 空気を察し、ジネットがマグダとロレッタを連れて中庭へと引き返していく。


「じゃあ、行こうか」

「おう」


 エステラと連れ立って門を出る。

 木こりギルドの支部から街門までは、徒歩で十五分というところか。

 少し遠くに門が見える。デカい門だ。近くで見れば、もっと迫力がある。


「ついに完成したよ」

「したのか?」

「したよ。なんだい? あれだけ情熱を注いでいた街門なのに、すっかり興味を失ってしまったのかい?」


 というか、俺が街門を作りたかったのは、陽だまり亭の前の道を街道として整えるためだ。

 それが叶った今、街門なんぞどうでもいい。


「来週、街門と街道の開通式典を行うから、『必ず』出席するようにね」

「……なんで俺が」


 立て続けに舞い込んだかしこまった行事にややうんざりして、顔の筋肉が「うにょろ~ん」と歪む。


「そんな『うにょろ~ん』って顔しないでよ。君が言い出したことなんだから、最後まで責任を持ってもらうからね!」

「まぁ……言い出しっぺは確かに俺だが……」

「『何かトラブルでも起こらない限り』式典は一週間後だから」

「……なんだよ、その引っかかる言い方は」


 こいつ、何かトラブルを起こす気なのか?

 それとも、もうすでに罠が仕掛けられて…………


「……あっという間だよ、一週間なんて」

「…………」


 そうか。

 こいつは……


「成熟した女性の、一日の平均歩数は六千から八千歩らしい」

「……え、なに? 急にどうしたんだい?」

「つまり、一週間あると掛ける七だから……四万二千から五万六千回ってとこだな」

「だから、なんの話なんだい?」

「一週間あれば、それだけの数おっぱいが揺れるということだっ!」

「…………刺すよ?」


 なぜだ!?

 一週間はそれだけ長いということを言ってやりたかっただけなのに!

 五万六千回だぞ!? 五万六千ぷるん!?


 一週間ありゃ、結構なんだって出来るし、それこそ、トラブルが起こる可能性だって十分過ぎるくらいにあるってこった。


 ……俺も、トラブルなんかを求めているのかな…………トラブルでも起こりゃ、まだここに…………なんて。


 エステラは、もう覚悟を決めたのだ。

 俺がこの先、どんな決断をしようとも何も言わないと。

 領主だからな。俺にばかり構っているわけにはいかないのだ。


 だからせめて、あと一週間後の式典には『必ず』出ろと。そう言っているのだ。


 この一週間の間に、何かが起こることを期待して…………


「ねぇ、ヤシロ…………」


 顔を背けて、エステラが呟く。


「ボクは……ズルいかな」


 その問いに、答える言葉を、俺は持ち合わせていない。

 狡賢く生きてきた俺に、他人をどうこう言う資格などないのだ。


 だから、せめて……


「俺はお前が割と好きらしい」

「え……っ」

「だから、物凄~~~く、依怙贔屓をした意見だと思って聞いてくれ」


 何も言わないエステラの後頭部に向かって、今出来る最大限の優しさを込めて言う。


「そんなこと、ないんじゃねぇの」


 それが、今出来る限界だ。


「…………そっか。うん。分かった。ありがと」


 短い言葉を続けて発して、エステラは顔を上げる。

 こちらを振り返った顔は、寂しそうな笑顔で……


「ボクのズルさは、君よりマシだってことだね」


 そう言って、一人で歩き出した。

 俺の隣を通り過ぎる際に、ぽすっと、弱いパンチを腹に当てて。


 エステラは、俺を残して行ってしまった。



 本当に……どいつもこいつも逞しくなりやがって。


 最初の頃は、とんでもないところに紛れ込んだもんだと思ったりしたもんだが…………




「あ~ぁ……楽しかったなぁ。マジで」




 夜空を見上げて呟いた言葉は、自分でも驚くほど清々しい声音だった。






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