146話 準備に大わらわ

「すべての費用はワタクシが持ちますわ! 盛大に催してくださいまし!」


 と、イメルダが全額負担すると言っていたのだが、その後――


「イメルダに内緒でボクも少し出すよ。イメルダが想像している以上に豪華なパーティーにして驚かせてやろう」


 と、エステラが追加予算をくれた。

 正直、バレバレの状態からスタートしたサプライズ企画に頭を悩ませていた俺にとっては渡りに船だった。

 しかもエステラは、下水関連での儲けと、大食い大会以後跳ね上がった四十二区の税収分からかなりの金額を出してくれた。予算が二倍になった。


 これでかなりのことが出来そうだ。

 ……なんだが…………サプライズかぁ……


 すげぇ準備している様だけを見せておきつつ、本番になっても開催しない!

 とかなら、きっと「えぇっ!?」ってなるとは思うんだが……そういうことじゃないだろうしなぁ……


 とりあえず、やれることは片っ端からやってみることにした。


「というわけで、お前たちに集まってもらったのは他でもない。この企画書を見てくれ」


 言いながら、俺は集まったメンバーに企画意図から完成予定図、寸法等、こまごまとしたものがびっしり書かれた紙を渡す。

 分担作業になるから、間違いのないように丁寧に書き込まれた紙を各人に渡すのだ。


「いい紙ですね、英雄様」

「予算が多いからな。重要書類は不備がないようにした」


 セロンが上質の紙を指で撫で、嬉しそうに目を細める。

 この街は、紙ですらもピンキリなのだ。今回の企画書は、高級紙というほどではないが、上質紙に分類される白い紙を使用している。


「紙もさることながら……よくもまぁ、こんなもんまで作ったねぇ……」


 ノーマが完成記念パーティー実行委員会館(簡素な平屋建て@ウーマロ作)の壁をコツコツ叩きながら言う。

 ウーマロを一晩レンタルして作り上げた建物だ。

 十六畳ほどの広い会議室に、その隣に六畳ほどの個室が二つ。そして、水洗トイレが男女用で各一個ずつ設けられている。

 やっつけにしては立派過ぎる会館だ。


 小部屋は、会議に参加しない者の控室的役割を果たす。


 会館が立っている場所は木こりギルド四十二区支部のすぐそばで、ここで準備したものがすぐに運べるようになっている。サプライズゲストを待機させておいたりな。


 きちんと施錠が出来るようになっており、秘密の企画内容を覗かれる心配はない。

 陽だまり亭でミーティングなどしていて、イメルダに見つかったりするのは避けたいからな。


「それでヤシロ氏。拙者はいつまでにこれを完成させればいいでござるか?」

「本番の前日には完成させておいてくれ。それを使ってやらなければいけないこともあるから」

「ふむ……心得たでござる」


 胸を張りベッコが了承してくれる。

 これで、サプライズその一は完了だ。


「新しい金型かぁ……腕が鳴るさね」

「僕も、従来品をさらに改良しておきましょう。当然、この企画に当てはまる大きさに仕上げますよ」

「拙者、意気込みはバッチリでござる! 必ずや、完成予想図をはるかに上回るものを創り上げてみせるでござる!」


 意気揚々と、三者は会館を出ていく。

 ここでダラダラおしゃべりをしている時間は、もはや誰にもないのだ。

 これは、四十二区……いや、俺に関わってしまった連中全部を巻き込んだ一大プロジェクトなのだ!


「もう入ってもよろしいんですか、ヤシロちゃん」


 次に入ってきたのはウクリネスだ。

 こいつは、祭りごとには欠かせない、最重要人物だ。


「次はどんな服を作るつもりですか?」

「これらだ!」

「まぁ、こんなにたくさん…………」

「時間がないが間に合いそうか?」

「ヤシロちゃん……見てください、私の手を…………」


 ウクリネスの手は、プルプルと震えていた。


「プレッシャーか? だったら、種類を減らしても……」

「いいえ。違いますよ、ヤシロちゃん」


 興奮気味に鼻の穴を広げ、頬を紅潮させて、瞳を爛々と輝かせて、もこもこのウールを一回り程大きく膨らませて、ウクリネスは言う。


「楽しみなんですっ! ヤシロちゃん風に言えば……『超楽しみだぜ!』ですよ」

「俺、そんなイメージか?」

「あ、こうしちゃいられません。このデザイン画と型紙、いただいていきますね!」


 紙束をひったくるようにして、ウクリネスは急ぎ足で会館を飛び出していった。

 さて、完成が楽しみだ。


「ぁ……てんとうむしさん。入って……ぃ~い?」

「おぉ、ミリィ! 待ってたぞ」


 このように、この会館には次から次へと人がやって来る。

 今日は朝からずっと誰かしらとミーティングをしていた。

 が、今日はここまでだな。


「一緒に四十区へ行ってくれるか?」

「ぅん。四十区で何をするの?」

「アリクイ兄弟と一緒に花を集めてほしいんだ。あの広い敷地を、美しい花で彩りたい。出来れば、イメルダが歩く道の両サイドにも花を敷き詰めたい」

「ゎぁ……それ、すごくきれい……みりぃに任せてくれるの?」

「あぁ。配置や種類も全部お任せだ。アリクイ兄弟は助手として好きに使ってくれていい。……許可は取ってないが、拒否はさせない」

「ぅふふ……ぅん。じゃあ、がんばるね」


 そんなわけで、俺は会館の中を片付け、しっかりと施錠をして、慌ただしくも四十区へと向かった。


 パーティーまであと四日。やることは多い。


「じねっとさんたちは?」

「陽だまり亭の面々と、領主チームは、昨日丸一日を使ってあれこれ話し合ってたんだ。これから最終日までは別行動だな。料理は完全にジネットに丸投げだ」

「ぅふふ……じねっとさん、張りきってそう」

「あぁ、凄いぞ。あんなに鼻息の荒いジネットはそうそう見られるもんじゃない。今度記念に見ておくといい」

「ぅふふ…………鼻息なんて、じねっとさん吹かないよぅ」


 くすくすと笑うミリィ。その向こう側に広がる大きな畑の中からモーマットが大きく手を振って俺たちに声をかけてきた。


「ヤシロー! すげぇ甘いカボチャが出来たんだ! パーティーで是非使ってくれ!」

「今渡されても荷物になるんだよ。陽だまり亭に届けて、ジネットに言ってくれ」

「なんだ、出掛けるのか?」

「ちょっと四十区までな」

「そうか。気を付けろよ」

「ガキかよ、俺は」

「俺から見りゃまだまだガキだよ」


 デカい口でニッと笑い、綺麗に並んだ牙を見せつける。


「んじゃ、早く帰ってこいよ」


 ……こいつは、また。


「おう。すぐ戻るよ」

「ヤッ…………お、おう! じゃあ待ってるからな!」


 たったそれだけの言葉がよほど嬉しかったのか、モーマットは今にも泣きそうな顔で笑いながらぶんぶんと腕を振り回した。


 それくらい、いくらでも言ってやるよ。


 ……パーティーまでは、ここを離れるわけにはいかないからな。


 今は、寂しがりモーマットに構っている時間はないのだ。

 やることが山積みだからな。


 畑を抜けて陽だまり亭も通り過ぎて、花を積むための荷車を取りにミリィの店に立ち寄った後、中央広場から延びる細い山道を抜けて四十区へ。

 ミリィをアリクイ兄弟のところへ預け、アリクイ兄弟に「手伝え」と命令し、「HEY、HEY! それが人に物を頼む態度かYO!」「だが気に入った! 手伝うYO!」と、快諾をもらい、俺は次なる目的地へと向かった。


「よう! 呼び出して悪いな、デミリー」

「オオバ君……領主を呼び出すって、君、これ、世が世なら戦争だよ?」

「気にするな。抜けるぞ」

「抜けるもんなんか、もうないよ!?」


 大通りで四十区の領主デミリーと待ち合わせ、その足で木こりギルドの本部へと向かう。イメルダの父、スチュアート・ハビエルに用があるのだ。


「スチュアートのところに行くなら、先に言っておいてくれれば、中で待ち合わせも出来たのに」

「こっちに手紙を出すと、イメルダに感付かれる危険があったんだよ。だから今日はアポなしなんだ」

「……木こりギルドのギルド長にアポなしで会おうなんて……世が世なら……」

「世が世じゃねぇから戦争にはならないだろ」

「だが、多忙のスチュアートにアポなしで会えると思っているのかい?」

「そのためのお前じゃねぇか」

「……領主も安く使われたもんだね……まぁ、いいでしょう」


 いつもは馬車移動のデミリーを、とぼとぼと歩かせる。

 街中を歩くことが少ないせいか、デミリーはきょろきょろと辺りを眺め回して、少々落ち着きがない。

 なんだか楽しそうだ。


「オオバ君、あとで一緒にケーキを食べに行かないかい?」

「デートかっ!?」


 なんでツルッパのオッサンと二人でケーキ食わなきゃなんねぇんだよ。

 お前は、あの忌まわしき激辛チキンでも食べて毛根に多大なダメージでも与えていろ。


 ほどなくしてたどり着いた木こりギルド本部にて、デミリーの顔が絶大なる効果を発揮して俺は即座にハビエルに会うことが出来た。

 よかった。今回のパーティーに関して、俺はこいつに言わなければいけないことがあったのだ。


「ハビエル、話がある」

「いや、それはいいんだが……ヤシロよぉ。いくらハゲてても、仮にも領主なんだぞ? そんなアゴで使うような真似すんなよなぁ」

「スチュアート。悪意を感じるよ、スチュアート。ねぇ、スチュアート。こっちを向こうよスチュアート」


 デミリーがやかましい上に眩しいので軽やかに無視をする。


 今日通されたのは、いつものだだっ広い執務室ではなく、書斎のような部屋だった。

 どうも、ハビエルの私室らしく、壁には家族の肖像画なんかが飾られている。……金持ちか!? …………いや、金持ちなんだけどな。


 そんな、金持ちヒゲ筋肉に、俺は単刀直入に用件を伝える。


「今度パーティーやるから、お前、四十二区まで一発芸をしに来い」

「ワシも大ギルドのギルド長なんだわ。アゴで使うんじゃねぇよ」

「お前の娘のせいなんだぞ……」


 俺はハビエルに、イメルダからの要請について、包み隠さず話して聞かせる。


「かくかくしかじかのぱいぱいぷるぷる……というわけなんだ」

「オオバ君、なんか説明の仕方おかしくないかな?」


 四十区の太陽こと、デミリーが何か言っているが、軽やかに無視だ。


「そうか、イメルダがそんな無茶を……」

「ねぇ、スチュアート。私の疑問はスルーなのかな? いや、まぁ別にいいんだけどね」

「分かった、ワシも男だ。可愛い娘のために一肌脱ごう」


 どんと胸を叩き、ハビエルは快諾の言葉を口にする。


「アンブローズと二人で、何か芸をやってやる!」

「アゴで使われてるー! 今さっき自分で言ったことなのに、ここのギルド長が領主である私をアゴで使おうとしているよ!? あれれ、おかしーなー、おかしーねー!?」


 ハビエルが駄々をこねるデミリーを説得し、サプライズその二の仕込みが終わった。

 誰かにハビエルのモノマネでもさせて、「まさかのご本人様登場!?」でもやってみようかな。


 木こりギルドの本部を出て、俺は四十二区へ戻る。

 と、その前に。砂糖工場がある方向へ向かって、大きな声で叫んでおこう。


「あと四日後、チアガールズが再結成して、可愛い衣装で出し物するの、楽しみだなぁー!」


 っと、たぶんこれで、今回のパーティーで砂糖が使い放題になったはずだ。

 ハビエルが用意してくれた馬車に揺られ、俺は四十二区へと引き返す。

 こうして着々と準備は進んでいき、あっという間に時間は過ぎていく。


 光陰矢の如しとはよく言ったもので、気が付けば、パーティーは翌日にまで迫っていた。



 イベントの前日……その日のことを、こう表現する者が多い…………修羅場、と。


「ごめん、ジネット! ちょっと後ろ留めて!」

「あ、はい! あの、ネフェリーさんのが終わり次第向かいますので、少々お待ちを!」

「店長さん! パウラさんのはあたしがやるです!」

「ではお願いします、ロレッタさん!」

「ちょいと待ちな、マグダ! それじゃあパンツ丸出しさね!?」

「……セクシー」

「バカなこと言ってないで、こっち来るさね! 直してやっからさぁ」

「おや、デリアさん。胸が今にもはちきれそうですね」

「そうなんだよ……なんか苦しくてさぁ……」

「エステラ様が言ってみたい言葉ランキング第四位のセリフですね」

「勝手に決めないでくれるかな、ナタリア!?」


 実に賑々しい。

 …………隣の部屋は。


「くそぉ! なぜ俺はこっちの部屋で、ムサイ男どもと一緒にいなければいけないんだっ!?」

「当たり前ッスよ!?」

「聞けば、この建物……ヤシロ氏の覗き防止のために殊更壁を頑丈に作ってあるらしいでござるぞ」

「ウーマロ、貴様ぁ!?」

「だから当たり前ッスって!」


 ウーマロが裏切りやがった。

 こっちからは丸見えなのに向こうからは見えない、マジックミラー的なものでも作っておいてくれればいいものを……気の利かないヤツだ。


「おいおい、あんちゃんさぁ。レディの着替えを覗こうなんてのは、ちょっとどうかって思っちゃうぜ?」


 今日もアイメイクがバッチリ決まったパーシーが紳士を気取って「チッチッチッ」と舌を鳴らす。

 つか……


「なんでいんの?」

「いてもいいだろう!?」

「四十二区のパーティーなのに」

「あんちゃんが俺を呼んだようなもんだろう!? 砂糖、いっぱい貢いだじゃん!?」


 マジ泣きが入ったので虐めるのはこの辺にしておく。

 料理と一緒に、四十二区中のケーキも食べられる立食パーティー形式にしたため、パーシーの砂糖は大いに役立った。

 ケーキは数を集めると途端に華やかになるからな。


「はい、モーマットちゃん。完成」

「お、おぉ……こ、こんな服着るの初めてだぜ……なぁ、ヤシロ。変じゃねぇか?」


 パーティー用のタキシードを着せられたモーマットがガチガチに緊張しながら、俺に向かって気をつけをしている。

 男性用の正装として、タキシードとスーツの型紙を渡しておいたのだが……


「変だな」

「はっきり言うなよ!」


 なんだろう、この違和感。

 まぁ、タキシードからワニの顔が生えてりゃ違和感どころの騒ぎじゃないよな。


 ちなみに、女子たちのドレスは「ちょっとしたパーティーに着ていける」感じのカクテルドレスやら、もうちょっと違う形のカジュアルなドレスだ。

 誰がどれを着ても似合うのだろうなという気はしている。

 お披露目が楽しみだ。


「ねぇ~、なんだか胸のところに変なしわが入るんだけど……」


 とは、ネフェリーの声だ。

 パーシーの耳が「ぴくっ!」と動いた。……スケベめ。


「それでしたら、パットを入れると綺麗な形になりますよ」

「そうなの?」

「はい。こういう服の場合、形を整えるために使用するのだと、ウクリネスさんがおっしゃっていました。正しい使い方をすれば、とても綺麗に見えるのだそうです」


 ジネットがウクリネスに教わった知識を披露している。

 ウクリネスは男どもの着付けをしなければいけないため、女子チームはジネットとロレッタが着付けを教えているのだ。

 ここ三日間ほど、ウクリネスのところに通い必死に勉強していたらしい。


「あたいも入れた方がいいのか、パット?」

「デリアさんは、もう入るスペースが…………というか、どうしましょうかね……本当にはち切れそうですね」


 見てみたいなぁ、デリアが今どうなっているのかっ!?


「みなさん、あたしの胸元に注目です! これが、エステラさん直伝、正しくパットを入れた綺麗なおっぱいラインです!」

「「「おぉー!」」」

「さすがエステラ!」

「プロの域ね」

「年季が違いますから」

「……師匠」

「うるさいよ、みんな! あとマグダ、師匠言うな!」

「ねぇ、エステラ! 秘伝のパット術を伝授してよぉ!」

「私も、教えてほしいなぁ、熟練の技!」

「パウラ、ネフェリー……悪意はないんだろうけど……刺さってるからね」

「年季が違いますから」

「ナタリア、いちいちうるさい!」


 本当に賑やかだ。


「なぁ、ヤシロ。エステラ……様は、領主様なんだろ?」


 モーマットがハラハラした表情で隣からの声に耳を傾けている。


「パウラもネフェリーも、あんな口の利き方してていいのかよ?」

「いいんだよ。エステラはエステラだ。さっきのお前みたいに、変に距離を取られる方があいつは傷付いちまうぞ」

「そ、そうなのか……」

「そうだよ。だからお前もこれまで通り…………『顔、見たことあるかなぁ?』くらいの関係でいればいいんだよ」

「そこまで知らない仲でもねぇと思うんだけどなぁ、俺もよぉ!?」


 モーマットとエステラが仲良く話をしている姿なんか見た記憶がないからなぁ……知り合いの知り合い程度の仲でいいんじゃないのか?


「それではみなさん、準備が出来ましたらヤシロさん……じゃ、なかったですね……ウクリネスさんに見せにまいりましょう!」

「「「「はーい!」」」」


 どうやら女子たちは着替えが済んだようだ。


「あらあら。みなさん素直ですねぇ。ねぇ、ヤシロちゃん?」

「うるせぇよ」


 ニヤニヤと、ウクリネスが俺に視線を向ける。

 こいつは……楽しんでやがるな。


 ちなみに、ウクリネスは自他ともに認める『オバサン』であり、「今更殿方の肌を見てもなんとも思いませんよ。服屋ですもの」というわけで男どもの着付けを行っている。

 まぁ、ウクリネスに照れてもな……素っ裸になるわけでもねぇし。


「ヤシロさん……」


 遠慮がちにノックの音が響き、扉の向こうからジネットの声が聞こえてくる。


「ちょっと待ってろ。今開ける」


 ドア付近にいた男どもを退けて、ウクリネスと共にドアの前まで移動する。

 押し開くドアであるため、ドアの向こうの人間にぶつけないように、ゆっくりとドアを開ける。


「おぉ……」


 真っ先に目に飛び込んできたのはジネットの姿で、大きく肩の露出した大人っぽいドレスを身にまとっていた。ほわほわ純白イメージの強いジネットだが、今回は黒っぽいシックな色合いのドレスを着ている。

 ……うん。黒もいい。


「ヤ、ヤシロさん……」


 さぁて、ドレスに見惚れようかとしていた俺なのだが……なんだか逆に見惚れ返されているような気がする。

 ジネットが両手で口を押さえ、大きな目をキラキラさせて俺を見つめている。


「……す、素敵です」


 そんな率直な感想を、少し照れくさそうに言ってくれる。

 …………あの、隣でウクリネスがニヤニヤし過ぎてウザいからさ、そういうの、ちょっとやめとこうか。


「もう、何をやってるんだい? 早く開けなよ、ヤシロ」


 エステラが焦れたような声で言い、半開きだったドアをグイッと開け放つ。

 ドアの向こうには着飾った美女美少女がひしめき合っていて……これは、眼福……


「「「「……ぉぉおおおおおっ」」」」


 ……なんか、地鳴りみたいな低い声が響いてきた。


「な、なんだい、ヤシロ……君も…………やれば出来るじゃないか」


 ニヤケそうになるのを必死にこらえているのか、引き攣る顔を無理矢理笑顔にして平静を装おうとしているのか、判断に迷うような不思議な笑顔でエステラが俺を評する。


「てんとうむしさん、かっこいい……ね」


 ミリィがとても素直な感想をくれる。

 が、それ以外の連中は俺を見るだけで感想は特にないようだ。


「お、お兄ちゃん。貴族みたいです」


 ロレッタがそう言うのは、俺がタキシードを着ているからだろう。

 あと、ちょっとだけ髪の毛も弄っている。

 まぁ、日本にいた頃は、こういう格好をすることもあったし、俺的には着慣れているのだが……見慣れていない連中の視線がこそばゆくていかんな。……あんま見んな。おっぱいガン見し返すぞ、コラ。


「ネ、ネフェリーさん! オレも着てみたんす! どーすかね!?」

「…………え? あ、うん。いい感じ」

「いやったぁぁあああいっ!」


 いや、パーシー……今の、明らかにお世辞……つか、急に声かけられて反射的にってヤツだぞ。社交辞令なんだが……まぁ、本人が嬉しそうだからいいか。


「つか! つかすね! ネフェリーさん! メチャクチャ綺麗じゃないすか! ビックリしましたよ! もう、マジパネェすよ!」


 パーシーが大絶賛しているネフェリーは、薄いグリーンのドレスを着ている。肌の露出は少ないが、体にフィットするような作りで、体の線がはっきりと出ている。

 すらっとしていて、手足も長く、改めて見るとネフェリーはモデル体型なんだなと思う。胸も大き過ぎず小さ過ぎずという感じだし、どんな服もスタイリッシュに着こなしてしまいそうだ。

 なんだ、鳥系の獣人族はスタイリッシュなのが多いのか?


「ヤシロ! あたしは!?」


 垂れたゴールデンレトリバーみたいな耳をぱたぱたとはためかせ、パウラが俺の前に、文字通り跳び出してくる。こう、『ぴょんっ!』とな。


 パウラのドレスは大きなリボンが可愛らしい、女の子っぽい物だ。

 白とピンクが鮮やかで、溌剌とした感じがする。

 くるりと回転するとスカートがふわりと広がり、ふさふさの尻尾が嬉しそうに振れているのと相まってなんとも愛らしい仕上がりになっている。


 隣に並ぶミリィは、水色をベースとしたワンピースドレスで、絵本の中のお姫様みたいな印象を受ける。アリスみたいだなと、パッと見で思った。

 フリルがふわふわとして非常に可愛らしい。


「ぁ……ど、どう……かな?」


 少しだけ大きく開いた背中が恥ずかしいようで、「ぁんまり、見ないでぇ……」と、顔を真っ赤にして視線から逃げていった。


「……今日のマグダは、最強」


 堂々と、絶対の自信をみなぎらせ、マグダが俺の前へやって来る。

 黒を基調とし、フリルとレースをふんだんに使用した、いわゆるゴシックロリータ、ゴスロリと呼ばれるドレスだ。

 ネコ耳を避けるようにドレスヘッドも乗っかっている。

 猫ロリ………………マジ天使…………はっ!? いかん! 危うく感染するところだった……


「はぁぁぁあん! マグダたん、マジ天使ッス!」

「……今日のマグダは……堕天使っ」

「はぁぁぁあん! マグダたん、マジ堕天使ッス!」


 言い直すな、いちいち。

 ……俺は同族にはならんぞ……ならんぞぉ!


「なぁヤシロ……これって、ホントにこれでいいのか?」


 ぱっつぱつになった胸元を押さえ、デリアが少し恥ずかしそうにやって来る。

 ぱっつぱつだ、ぱっつぱつ!

 あ、それ。

 ぱっつぱつだ、ぱっつぱつ!

 ぱっつぱつ~、ぱっつぱつ~!

 あ、それそれそれそれ!

 ぱっつぱつだ、ぱっつぱつ!

 ぱっつぱつ~、ぱっつぱつ~!

 それそれそれそれ! それそれそれそれ!


 ぱっつぱつっ!



 ……はっ!?

 あまりの光景に、ちょっとした脳内お祭りを開催してしまった。

 ぱっつぱつの神に感謝の舞いを捧げてしまった。


「あらら、これは少し修正しないと危ないですねぇ」


 ウクリネスが歩み寄り、デリアのドレスに手をかける。

 胸とドレスの間に指を突っ込み、ゆとりの無さを確認しているようだ…………がっ!


「どれ! 俺も確認をっ!」

「ダメですよ、ヤシロさんっ!?」


 なぜか、ジネットに止められた。

 ぱっつぱつ信仰は、他宗派に弾圧されてしまうのか……


「一度脱いでもらいましょうかね。このままじゃ、ちょっとでも胸を張ると『びりっ!』っていっちゃいますよ」

「おい、誰か!? この付近にボール的なものはないか!? 俺は今無性に、みんなでバレーボールがしたい気分なんだが!?」

「ばれーぼーるが何かは知りませんが、ダメですよ、ヤシロさん!?」


 くっ、またしても……

 精霊教会め……卑劣な弾圧を…………っ!


「もしかして……デリアも大きくなったのかい?」


 ぱっつぱつな胸元を恨めしそうに睨むエステラ。

 やめろ、見るな。減ったらどうする。呪いを浴びせかけるな。


 そんなエステラが着ているのは、エステラの美脚を『これでもかっ!』と強調したドレスだ。シルクのような滑らかな生地が体のラインにフィットして、太ももと引き締まったふくらはぎの形を浮かび上がらせている。

 そして、襟はあるが両肩が大きく露出しているこのドレスは、エステラの残念な部分を上手く誤魔化してくれている。


「…………何かな、その視線の意味するところは?」


 胸を両腕で隠しながらジト目を向けてくるエステラ。

 相変わらず察しのいいヤツだ。


「綺麗な肩をしているなと思ってな」

「ぅえっ!?」


 肩を褒めた途端、胸を隠していた手で今度は肩を抱いて隠してしまった。


「か、肩なんか褒められたの初めてだよ…………ヤ、ヤシロって、変なところに興味を持ってるよね?」

「人を変質的なフェティシズムの持ち主みたいに言うんじゃねぇよ」


 肩好きな男は、割と多いと思うぞ。


「ついでに脇の下も見せてくれると嬉しい」

「ぜっ、絶対イヤ! それはイヤだ!」


 ……ちっ。


「ヤシロ様、では私の脇の下をご堪能ください」

「させないよ、ナタリア!? 恥じらいを持って! クレアモナ家のメイド長として!」


 両腕を上げようとしたナタリアをエステラが阻止する。


 ……ちっ。


 というか。


「ナタリア……妙に似合うな」

「『妙』とは心外ですね。割と、自信があったのですが、おかしいですか?」

「とんでもない。見方が変わりそうだ」


 ナタリアは、美脚を『これでもかっ!』と強調したドレスを着ており、そのドレスは体のラインにピッタリとフィットして、襟はあるが両肩が大きく露出している。

 と、こう表現するとエステラのホルタータイプのシルクのドレスと同じもののように聞こえるのだが……ナタリアが着ているのはチャイナドレスなのだ。

 忍ばせておいてよかった! スリット最高! 異世界のメイドにチャイナドレスが似合うなんて……新・発・見っ!


「あのぉ……私にこのドレスは……少々派手過ぎるような気がするのですが……」


 大食い大会の功労者の一人。シスターベルティーナが戸惑いがちに挙手をしている。

 派手? とんでもない。とっても……いいですっ!


「あの……肩が……あらわに……」

「いやいや。ちゃんと生地があるじゃないか」

「ですが……透けていますし……」


 ベルティーナは、胸で留めるベアトップのドレスにシースルーのストールを羽織っている。

 どことなく、クレオパトラのようなイメージを彷彿とさせるドレスだ。

 ベルティーナが珍しく照れている。普段は肌をさらすことがほとんどないのだから仕方がないかもしれんが、なんだかいいものを見た気がする。


「お兄ちゃん、あたしのドレスもなかなか可愛いですよ!」


 他の人ばかりが注目されているからか、ロレッタがぴょんぴょん跳ねて猛アピールをしてくる。

 ロレッタはきっと、ドレスを着てもパタパタ走り回るだろうということでスカートではなくパンツスタイルにしてある。

 しかしそれでいてそこはかとなく色香を漂わせ、全体のシルエットは清楚という、着るだけで女子力が35%はアップするというドレス……ロレッタが着ているのは、アオザイというベトナムの民族衣装をモチーフにしたドレスだ。

 長袖ではあるが、脇の下からザックリと入ったスリットのおかげでなんとも表現しがたい女性らしさが醸し出されている。


「これで全員かな……」


 と、思っていたら、もう一人いた。

 ノーマが隅っこの方で小さくなっている。


「何やってんだよ、ノーマ。こっち来て見せてくれよ」

「や……でもさ…………これ……本当にこれであってるんかぃね?」


 どうも、着ている服装がしっくりこないようで、表情が冴えない。


「ノーマさん。とても可愛いですよ、そのドレス」

「確かに。他のドレスとはずいぶん違った感じだけど、ボクも好きだよ。配色もいいし、赤いリボンがアクセントになって華やかだしね」

「……そ、そう…………かぃ?」


 それでも納得出来ないような素振りを見せ、ゆっくりとノーマがこちらへやって来る。


 それは、俺の故郷日本において、冠婚葬祭すべてのシーンにマッチし、ドレスコードの厳しい店にだって着ていける、オールマイティな正装で、歴史も古く、現代でも愛好家がいるくらいに人気が高い。

 そう。その名も……セーラー服だっ!


 見て見たかったんだよ、ノーマのセーラー服!

 スカートの下にブルマとか穿いててくれると完璧なんだけどねっ!


「……へ、変じゃないかぃ?」

「何言ってんだよノーマ…………最高だ」


 そういうお店みたいで。


「すまんが、手のひらをこちらに向けるような感じで目元を隠してくれるか?」

「こ、こう……かい?」


 うわ、出会い系の広告みたい。


「なんか……やっぱりおかしい気がするんさね」

「うん。ボクも、ヤシロの顔を見てそんな気がしてきた」


 ヤダなぁ、エステラ……ホント、鋭いんだから。


「個人的に楽しめたし、明日はちゃんとしたドレス用意してやるから、な?」

「やっぱちゃんとしたヤツじゃないんじゃないかさっ!?」

「えっと、ではヤシロさん……ノーマさんが今着てらっしゃるものは一体……?」

「いやいや、ジネット。あれはあれでいい物なんだぞ」


 オジサンたちの大好物だからな。


「もう、帰るさねっ!」

「待て待て、ノーマ! 似合ってるのは本当だから!」


 その後、ベルティーナにしこたま怒られて、ノーマの機嫌を取るために甘い物をご馳走する約束をして、なんとか事態は収束した。

 ちょっとしたイタズラ心のせいで手痛い出費になってしまった。


 だって、見たかったんだもん、巨乳セーラー服!


「もう、ヤシロさん。……懺悔してください」


 ぷっくりとほっぺたを膨らませたジネットに叱られ、その日は暮れていった。




 そしていよいよ、木こりギルドの支部、完成披露パーティーの日がやって来た。






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