138話 第三試合 甘いもの好きの落とし穴
「ダ~リ~ン!」
緊急事態発生!
本陣に向かってモンスターが突撃してきた!
「全軍前へ! なんとしてもヤツの侵入を防ぐのだ!」
な~に、大丈夫だ!
こっちにはマグダとデリアとノーマの獣人三人に、エステラ・ナタリアのナイフの達人コンビ、さらにはウーマロにベッコという生贄コンビまでいるのだ!
俺まではたどり着けんぞ、メドラッ!
「……マグダには、不可能」
「アレは止められねぇよ」
「アタシも、お手上げさね」
「ごめんヤシロ、ナイフじゃ無理だ」
「ヤシロ様、人柱になってください」
「お前ら、揃いも揃って薄情者か!?」
マグダもデリアもノーマもエステラもナタリアも役に立たない!
こうなったら、逃げるかっ!?
俺は地面を蹴り、最初の一歩から全速力で駆け出した。
だが、回り込まれた。
速いっ!?
「うふふ~。ゲッチュッ!」
「ゲッチュじゃねぇよ! なんだよもう! 敵だろ、お前!?」
「戦いと愛は別だよ、ダーリン」
滅茶苦茶な理論を振りかざし、メドラが四十二区のスペースに侵入してきた。
自由人か!?
「いや、なに。アタシも遊びで来たわけじゃないんだよ。敵陣に踏み込むのがどういうことかくらいは弁えているさ」
「つまり、何か用があるってことか?」
「リカルドがね、『ちょっと言い過ぎたかなぁ』ってねぇ」
ロレッタのことだろう。
俺も若干キレて睨んじまったからな。
「『誰かが様子見てきてくれたらなぁ~』とか言ってたもんだから様子見と、あと、悪かったって伝えにね」
「なんか……リカルドって意外と小心者なんだな?」
「ヘタレではあるかもね。がはは」
豪快に笑うメドラ。
なんだかんだで過保護なヤツだ。
「リカルドに伝えておいてくれ。『ウチのロレッタを泣かせたことは一生忘れない』」
「前から思ってたけど、かなりの過保護だねぇ、ダーリンは」
そんなことねぇよ。
ただちょっとリカルドは苦しんだ方がいいと思うってだけで。
「それじゃ、アタシは戻るよ。三戦目も負けないからね」
「ふふん。残念だが、次の試合は俺たちがもらったも同然なんだ」
「大した自信だねぇ。勝算でもあるのかい?」
「ふふん。まぁな」
ロレッタのおかげで、流れは完全にこちらに向いている。
四十一区が誰を出してこようと、俺たちの勝ちは揺るぎないのだ。
「ん? ありゃ誰だい?」
メドラが会場の入口へと視線を向ける。
俺たちが入ってきた関係者用の通路だ。
俺も倣ってそちらを見ると……
「デ~リアちゃ~ん!」
ふにゃ~んとした声を上げて手を振るマーシャを乗せて、四十二区の待機スペースに巨大な水槽が乗り入れてくるのが見えた。
「マーシャ! 応援に来てくれたのか!?」
「うん! ちょ~っと準備に手間取っちゃって、遅れちゃったぁ。もう出番終わっちゃった?」
「いいや、まだだ」
マーシャは四十二区の人間ではないが、デリアがどうしてもと言うのでここへの入場を許可していたのだ。観客席にこの水槽は……無理だからな。
「ふん。海漁ギルドかい。乳だけが取り柄のぶりっこ人魚だね」
黙るがいい。乳だけで辛うじて女と認識されている狩猟ギルドの大ボスめ。
と、そこへ――
「マ、ママママ、マーシャさんっ!」
突然、妙に甲高い声を上げて、ピラニア顔の男が俺たちのスペースへと乱入してきた。
なんだ、その声は!? ふざけてんのか!
と、改めてよく見ると……
「グスターブじゃねぇか」
「……グスターブがなぜここに?」
「なんだいグスターブ。あんた、何しに来たんだい?」
「あらあらぁ~、グスタ~ブさぁ~ん。お久しぶりだねぇ~☆」
「はいっ、マーシャさん! お久しぶりでございます!」
俺ら全無視かっ!?
「虎っ娘はいいとして、なんでダーリンが知ってんだい?」
「すげぇ食うヤツがいるって噂を聞いてな」
「さすが、抜かりがないねぇダーリンは。あ、あれかい? あの、その……アタシとのデートの時に視察とかしてたのかい?」
「デカい体でもじもじすんな!」
まぁ、まったくもってその通りなんだけども!
「マ、ママと……デート?」
「……ヤシロ…………チャレンジャー」
グスターブとマグダに、変人を見るような目で見られてしまった。
酷い風評被害だ。
「そ、それよりも、マーシャさん。私を見に来てくださったんですか!?」
「う~うん。お友達のデリアちゃんの応援だよぉ☆」
「わ、私! 明日! 最も重要な場面で活躍しますので! なんといっても大将ですので! 是非! 是非明日もお越しくださいますよう、お願い申し上げます!」
どうやら、暴食魚グスターブは、海漁ギルドのギルド長マーシャにお熱なようだ。
「私も捕られたい!」とか、思ってんのかねぇ?
だがまぁ……こりゃ脈無しだな。マーシャは完全に受け流してる。
マーシャレベルの巨乳マーメードともなると、言い寄ってくる男は数知れないだろう。
四十二区の連中にはない大人な余裕が垣間見える。ちょっと、火遊びしたくなるような色っぽさだ。
「……やはり、グスターブが大将」
「マグダと当たることになりそうだな」
「あぁ、こら、バカ、グスターブ! あんた、ウチの情報漏らしてんじゃないよ! ウチのダーリンはそこらの男より頭が切れるんだ、ちょっとの情報漏洩で足元掻っ攫われちまうよ!」
褒めてもらってるとこ恐縮なんだが……なんだ、その『身内自慢』みたいな口調は。あと、誰が『ウチのダーリン』だ。
「じゃあね、ダーリン。アタシはこのバカが余計なことを口走らないよう、もう帰るとするよ」
「おう、急いで帰れ」
そして、もう来るな。
メドラたちが帰ったのを見計らって、マーシャが俺に尋ねてくる。
「それで、デリアちゃんはいつ参戦するの?」
こちらの情報を相手に漏らさないよう配慮してくれたらしい。
よく気の利くヤツだ。空気が読めているんだろうな。
……に、引き換え。
「はぁぁああっ、はぁぁああっ、生っ、生足っ!」
「なにさね、あんたは!? あんまじろじろ見るじゃないよ!」
「はぁぁぁああああああああっ! 蹴られたぁ~! いいー! 幸せ! もっと、もっと蹴ってぇ! 足で! 生足でぇ!」
「ひぃいいいっ! 気持ち悪いさね、この半漁人!?」
ノーマの生足に大興奮の海漁ギルド副ギルド長キャルビン(重度の足フェチ)。あいつはダメだ。空気が読める読めない以前に人としてダメだ。……あいつ、海の藻屑になればいいのに。
「あ、うん。アレは気にしないでねぇ☆」
「ウチの応援団が被害を受けてるんだが」
「がまんがまん☆」
なんて横暴なっ!?
まぁ、ノーマなら、キャルビンくらい簡単にノックアウト出来るだろうし……放っておくか。
「それで、デリアの試合だが……」
マーシャの隣に立つデリアに向かって、俺ははっきりと言う。
「このあとすぐだ」
「えっ!? あたい、三回戦に出るのか!?」
「わぁ~、ちょうどいいタイミングで来られたみたいねぇ~☆」
マーシャが見に来たタイミングはともかく、流れは確実にこちらに向いている。
「ロレッタのおかげで、勝機が見えた」
ロレッタが反則負けを喫し、ペナルティーとして最下位の権限すら奪われたおかげで、三回戦の料理担当は四十区になっている。
四十区の初めての料理だ。
「四十区はラグジュアリーのケーキを出してくる! ケーキの大食いなら、デリアは無敵だ!」
ここで二勝目を上げれば、優勝に王手がかけられる。
「そうか! ロレッタもなかなかやるなぁ!」
「策士ねぇ~☆」
「そうとも! ロレッタは偉い!」
「ほ、ほにょにょ!? な、なんかあたしのいないところで、メッチャ褒められてるです!?」
タイミングよく戻ってきたロレッタは、チア服を着て、ポニーテールにしていた。
ジネットやマグダほど髪が長くないので、ポニーテールにするとうなじがばっちり見える。
ふぅ~む。ほつれ毛の具合がなかなかにセクシーだ。
うんうん。いいじゃないか、ロレッタ。
「そうとも! ロレッタはエロい!」
「なんか言葉変わったですよ!?」
目を見開きながらも、どこか嬉しそうなロレッタ。
お前はそうやって元気な顔をしていればいい。
「んじゃ! いっちょ頑張るかな!」
手を組んでグッグッと腕の筋を伸ばすデリア。
その表情からはみなぎる自信が感じ取れた。
――カンカンカンカン!
スタンバイの鐘が鳴らされ、デリアは一人、舞台へと上がっていく。
デリアに続いて、アルマジロみたいな体をした大男が舞台へと上がる。
「……アルマジロ人族のウェブロ。どんな不味いものでも『美味い美味い』と平らげるバカ舌の持ち主」
「なんか、ろくなヤツいないな、狩猟ギルドって……」
「……人は、嫌いなものや不味いものを食べると、胃がそれ以上の摂取を拒否して小食になる。特別嫌いでなくとも、味付けや盛りつけが意に沿わなければ多少の影響は出る」
「つまり、あのアルマジロ人間アルマジロンには、それがないと」
「……そう。アルマジロンはどんなものでもフラットな状態で食べることが可能」
名前、アルマジロンに上書きされちゃったな。
マグダ、面白そうな方に乗っかるクセ、一回見直した方がいいぞ。
そして、もう一人。四十区の代表者が舞台へと上がる。
特に特徴のない、普通の男だ。若干腕に筋肉がついてるかなぁ、くらいの印象だ。
「おい、イメルダ。あいつは一体どんなヤツなん……だ…………って、あれ? イメルダは?」
「……赤い顔したスタイリッシュな男に連れていかれた」
スタイリッシュ・ゼノビオスが、懲りずにまたイメルダを食事にでも誘っていたのだろう。
不屈の精神を持つ男だ。
しょうがない。
「パーシー!」
「ん~? なんだよ、あんちゃん」
「あの男はどんなヤツなんだ?」
「ん?」
同じ四十区に住むパーシーから情報を得ようと試みる。
「いや、見たことねぇな、誰なんだ、あいつ?」
「お前使えねぇ! もう帰れ!」
「断る! ネフェリーさんのチア服を脳内に焼きつけるまでは、何があっても帰らねぇよ!」
えぇい、役に立たん男だ!
「あ、あれは飲食店のキリアンッスね」
意外なことに、ウーマロが男の情報を持っていた。
そういや、こいつも四十区出身だったっけな。
――ッカーン!
と、鐘が打ち鳴らされ第三試合が開始される。
「キリアンの店は玄人好みの渋いお店で、知る人ぞ知る名店なんッスよ」
「へぇ。どんなもんを食わせてくれるんだ?」
「超激辛料理ッス。あ、ほら、アレッスよアレ! 今試合で使われてる、激辛チキンッス!」
「なにっ!?」
ウーマロの言葉に、俺は思わず声を上げ、舞台へと駆け寄った。
選手の前には、皿に載った真っ赤な手羽先が置かれている。
「……ケーキじゃ、ない?」
そんな……なんで…………
「んほー! 辛ぇぇええええっ!」
「いやいや、これが当店では『普通』の辛さでありますが故、この程度で辛いなどとおっしゃるなんて、理解不能ですね、んふふっ」
辛い辛いと言いながら、アルマジロンは美味そうに激辛チキンを平らげていく。
自分の店の食い物だからか、キリアンも平然とした顔で真っ赤なチキンをぱくぱくと食べていく。
そんな中、ただ一人硬直しているのが、……デリアだ。
「デリア!」
「ヤ、ヤシロぉ……」
デリアが泣きそうだ。
ケーキじゃなかったのがそんなに悲しかったのか?
確かに、ケーキじゃないと苦戦を強いられるかもしれんが、こうなっては仕方ない、出来る限り食らいついてくれ。
……二連敗は、さすがにマズい。
「あ、あたい……が、頑張るからなっ!」
今にも泣きそうな顔で、デリアが言う。
溢れ出す不安が、その表情から見て取れる。
くそ……完全に読みを外した。
「いっ、いただきますっ!」
意を決して、デリアが真っ赤な手羽先に齧りつく。………………そして、全身の毛を逆立てて盛大に咳き込んだ。
「ごほっ! ごほっごほっ!」
「デリア!? 大丈夫か!?」
「……だい…………じょうぶ………………じゃ、なぁい…………」
デリアの目から、大粒の涙が零れ落ちていく。
「みぃ…………辛いよぅ…………すごく辛いよぅ…………」
大きな体を小さく丸めて、幼い少女のように嗚咽を漏らす。
もしかして、デリアって…………
「あ~……これは運が悪かったねぇ」
水槽に浸かりながら、マーシャがため息を漏らす。
「デリアちゃん、辛いのが全っ然ダメなの。ちょっと『ピリッ』ってするだけで泣いちゃうんだよぉ」
「……そんなに?」
「カイワレ大根、辛過ぎて食べられないんだって」
…………子供舌か!?
そういえば、カレーの時にマグダと二人で辛い辛い言っていたような……
カレーに威嚇とかしてたっけな……あれ、獣人族の特性なんじゃなくて、単にマグダとデリアが子供舌で辛いものが苦手だったからなんだな……
「ヤ、ヤシロぉ~……」
涙に揺れるデリアの声が聞こえる。
ギブアップ宣言か?
この状況じゃ仕方ないかもしれんが……二敗か…………
「あたい、……頑張るからなっ!」
「…………え?」
顔を上げると、デリアと目が合った。
涙で濡れた大きな瞳が、恐怖に揺れている。
けれど、懸命に自分を奮い立たせ、真っ赤な手羽先を口元へ運ぶ。
「ヤシロがあたいを信じてくれたんだ! あたいはそれに報いたいっ!」
がぶりと激辛チキンにかぶりつき、そして悲鳴を上げる。
涙と汗が一気に噴き出してくる。
ダメだ。これ以上は食わせられない…………
二敗だが……二勝を与えたわけではない。
ここで四十区が勝ってくれれば、全区が一勝ずつで並ぶ。それなら、まだ巻き返しのチャンスはある。
……だが。
「んほー! 辛い辛いうまぁーい!」
「ふ、ふふん。この程度の辛さは、辛みという分類にすら入らないレベルで私的には全然、まったくもって余裕ではあるのだけれど、いささか量が多い…………そもそも、人間の胃はこれほど大量に食物を収納出来るようには作られておらず、また、生命活動に必要な最低限の食料を効率的にエネルギーへと変換出来ることこそが優れた生物の能力と言えるため、たとえ人より多く食べられたとしても、そんなものはまったく自慢にもならないことで……」
バカみたいにバカバカ食い続けるアルマジロンに対し、この激辛チキンの店長はうんちくを垂れて負けた時の保険をかけ始めていた。辛さに強いからここに出場したのだろうが、食う量が普通過ぎた。他の選手が辛さで食べられなければ、こいつが勝っていたかもしれんが……
今回は四十一区の勝利だろう。
…………二勝を、取られた。
マズい……マズいぞ…………
何がダメだった?
どうしてこうなった?
そうだ……俺だ。
俺がちゃんとリサーチをしなかったから……四十区の料理はケーキだと、勝手に決めつけて…………イメルダやウーマロに尋ねることすらしなかった。
足を運びもしなかった。
カレーなんて作って、浮かれている場合じゃ、なかったんだ…………
何やってんだよ、俺。
こんな……初歩的なミスで……………………負ける、のか?
「負けるなぁー!」
ハッと我に返ると、観客席から盛大な声援が飛んでいた。
「あんたたち! もっと声を出すんさよ!」
「さぁ! 泣きながらも健気に戦う我らがデリアさんを応援するです!」
ノーマとロレッタが先導し、観客席が一体となってデリアを応援していた。
デリアに「ガンバレ!」「ガンバレ!」と。
そんな声援を受けて、デリアは必死な形相で激辛チキンに齧りつく。
口の周りを真っ赤に染め、目も涙で赤く染め……
そんな姿がまた、観客の心を打ち、声援に熱がこもる。
「ガンバレ!」「ガンバレ!」「ガンバレ!」と……
…………もう十分頑張ってんじゃねぇかよ。
「デリアッ! もういい!」
思わず、叫んでいた。
「もう食わなくていい!」
観客席が静かになる。
デリアも、手を止め、顔を上げて……涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺を見る。
「で、でも…………」
「いいんだ! 大丈夫!」
下手に頑張るより、最下位になった方がいい。
今回みたいなミスを回避出来る。
こっちに都合のいいメニューを用意して、こっちが有利になるように……そうだな、選手の好物にするとか、最初のカレーみたいに、レジーナ以外食えないレベルの料理にするとか…………
とにかく、これ以上は一口たりとも食べなくていい。
デリア、もういいんだ。もう、やめてくれ……
「俺が必ずなんとかする! なんとかしてみせる! だから、もう食うな!」
これは、すべて俺のミスだ。
浮かれきっていた、俺の…………不手際だ。
「……すまん、デリア」
情けないことに、蚊の鳴くような声しか出なかった。
それでも、デリアの耳がぴくっと動いていたので、言葉は届いたのだと思う。
デリアの肩から力が抜けて……チキンが皿の上に落ちる。
「…………はは…………まいったなぁ、もう……」
乾いた声でデリアが呟く。
声は、微かに、震えていた。
「……ごめん、みんな…………あたし、負けちった……っ!」
悔しさから、喉を詰まらせ、また盛大に涙を溢れさせる。
グッと奥歯を噛みしめ、懸命にこらえるが……それでも嗚咽が漏れ始める。
この状況を招いたのは俺だ。
……俺の責任だ。
「責任は俺にある!」
観客席に向かって、俺は声を張り上げる。
ここにいる誰にも、デリアを責めさせない。
「だから、文句があるヤツは俺に言え! 他の誰でもない、俺にだけ言え!」
四十区の料理はラグジュアリーのケーキに違いない?
すでに有名な名物を、わざわざこんなイベントに持ってくるかよ。
考えたら分かるだろう。
折角、これだけ大きな宣伝の場があるんだ。今はマイナーだが知られれば必ず売れる、そういうもんを宣伝しに来るに決まってんじゃねぇか! つうか、俺だったらそうしただろうが!
自分が考えることを、相手も考えている。そんな当たり前のことを失念していた。
救えねぇ。壊滅的な大馬鹿野郎だ、俺は。
責められたって当然の……
「責めるかよ、バーカ!」
それは、観客席から投げ込まれた、優しい暴言で……
「勝負事に絶対なんかあるかよ!」
「次とその次勝ちゃあいいじゃねぇか!」
「責任とか言うんだったら、次、絶対勝てよ!」
そんな暴言が……どんどん感染していって……
「デリアー! よく頑張ったぞー!」
「そうだそうだ!」
「胸張って帰ってこいよー!」
あちらこちらに、笑顔が咲いていく。
……こいつら…………バカか?
バカみたいに………………お人好しばっかりだ。
――カンカンカンカーン!
それから四十分間、デリアは俺の言いつけ通り一口もチキンを口にせず、四十二区の結果は二皿となった。
優勝は四十一区の七十二皿で、四十区は五十六皿という結果となった。
これで、四十一区が二勝。優勝に王手をかけられてしまった。
一方、こっちは残り二試合を全勝しなければいけない。
次の料理を選ぶ権利は得たが……どう攻める……?
「ヤシロ……みんな……」
フラフラとした足取りで、デリアが戻ってくる。
「へへ……負けちまった」
「ナイスファイトです! デリアさん!」
作り笑顔のデリアに、ロレッタが飛びつく。
負けたつらさや悔しさは、ロレッタが一番よく知っている。
あいつなりに、励ましたいと思ったのだろう。
「最後まであの場に留まったその勇気。称賛に値すると、ボクは思うよ」
食べられないまま、舞台に残り続けるのは、相当苦痛だったはずだ。
それでもデリアは逃げ出さず、最後まであの場所に留まっていた。
……つらい思いをさせてしまった。
「みんな、聞いてくれるか?」
まだ涙の跡が残る赤い目をして、デリアが言う。
背筋は真っ直ぐ伸び、キリッとした表情で。
「正直、メチャクチャ悔しい。今までのあたいだったら、悔しくて三日三晩泣き続けてたと思う。……けど、あたいはもう泣かない。悔しいけど! すっげぇ悔しいけど! 絶対泣かない!」
自身の腰に抱きつくロレッタをギュッと抱き寄せ、不安げに見つめるマーシャの手を取り、デリアは清々しい顔で言う。
「あたいらは、みんなで一つのチームなんだ。あたいが負けた分は、きっと誰かが取り返してくれる。ヤシロが、そうなるようにしてくれる。……だろ?」
全員の視線が俺へと注がれる。
デリアが、真っ直ぐに俺を見つめている。
「あぁ。…………約束してやる……」
カエルがなんだ。『精霊の審判』がなんだ。
はっきりと断言してやろうじゃねぇか!
「俺は! いや、俺たちは、絶対に四十二区を優勝させる! 絶対にだ!」
柄にもなく声を張り上げると、観客席から歓声が上がった。
俺を見つめる無数の視線が、ふわっと柔らかくなった。
「はい。わたしも、精一杯お手伝いします」
ジネットが、俺の前へと進み出てくる。
隣にエステラがやって来て、いつもの呆れ顔で嘆息する。
「もう、あとには引けないね。ふふ……珍しく熱くなっちゃって」
俺の服の裾を、マグダがギュッと握りしめる。
「……マグダは、絶対に勝つ。一勝を、ヤシロにプレゼントする」
深い海のような静かな瞳の奥に、闘志の炎が揺らめいていた。
「ヤシロさん」
「イメルダ……」
イメルダが真剣な表情で俺の前へと歩いてくる。
「お話がありますわ」
凛とした声で、こんな情報をもたらした。
「四十区のメニューは、激辛チキンですわ」
「その情報遅ぇ!」
もう試合終わったよ!?
「ち、違うんですの! スタイリッシュ・ゼノビオスがことのほかしつこくて、今まで懸命に逃げ回っていましたの! でも早く伝えなければと気持ちは焦る一方で……!」
なんてこった……
真っ先にイメルダの救出に向かっていれば、すべてが上手くいったのかもしれない。
……いや、あの辛そうなチキンは、マグダも食べられないだろう。
「ドMでド変態のウーマロでも、それほど量は行かなかったはず……」
「急にサラッと悪口言われたッスけど!?」
結局、あのアルマジロンに敵うヤツは、四十二区にはいなかったわけだ。
くそ……まさか四十一区にこれほど厄介な連中が集まっているとは…………ベルティーナとマグダがいるから楽勝なんて、そんな発想からして間違いだったわけだ。
「だが、なんとかする。絶対、なんとかしてみせる…………たとえ」
そう、たとえ……
「そのせいでウーマロの命が尽き果てようとも!」
「なんかオイラ、犠牲にされてるッスね!?」
「……マグダ、ウーマロのことは忘れない」
「いや、嬉しいッスけど! 嬉しいんッスけど…………あぁ、ダメッス! やっぱり嬉しい方が勝っちゃって文句言えないッス!」
ウーマロ……か。
先にマグダを投入して手堅く一勝を勝ち取るか……
でも、最後にウーマロを残すのもな…………
「しょうがない。四十二区の勝利のために、少々追い込ませてもらおうか」
「えっ、な、何するつもりッス!?」
エステラが不敵な笑みを浮かべる。
「君が負けたら、陽だまり亭への出入りを一ヶ月間禁止する!」
「そんな!? そんなことになったら、オイラ死んじゃうッスよ!?」
「あ、じゃあじゃあ! もっとダイレクトに、マグダ禁止は?」
パウラの発言にウーマロが硬直する。
続けざまにネフェリーも参加する。
「ゼロになるだけじゃなくて、マイナスにすればもっと追い込めるかもしれないわよ。例えば……負けるとマグダに『嫌い』って言われちゃうとか」
「や、やめてッス! 想像しただけで胸が張り裂けそうッス!」
「では、いっそのこと、マグダさんをお嫁にでも出してしまいましょうか」
「ナ、ナタリアさん!? 滅多なこと言わないでほしいッス!」
ウーマロが美女たちとまともに会話をしている。相当追い込まれているようだ。
「何も焦ることないさね。勝てばいいんさよ、勝てば」
「か、簡単に言ってくれるッスけどね、そうそう上手く事が運ぶなんてことは……!」
「……ウーマロ」
マグダが手を組んでほっぺたにそっと当てる。
おねだりするようなポーズでウーマロを見つめる。
「……勝って」
「むはぁぁああああっ! 勝つッス! 誰が相手であろうと、オイラ、絶対に勝つッス! マグダたんのためにっ!」
う~ん……確かにウーマロの『マグダパワー』は凄いのだが…………これで本当に勝てるのか……?
「マーシャさ~ん!」
イラッとする甲高い声が聞こえ、俺たちは一斉にそちらを振り返る。
「朗報です、マーシャさん!」
甲高い声の暴食魚、グスターブがまたしても四十二区のスペースへと乱入してきやがった。
「あらあらぁ~、また来ちゃってぇ、もう。メドラママに半殺しにされちゃうわよぉ?」
恐ろしいことをサラッと言うマーシャ。だが、あり得ないと言えないところが怖い。
だというのに、グスターブは若干高揚したまま、嬉しそうにマーシャに話しかける。
「私、明日の第四戦に出場することが決まりました!」
「「「――っ!?」」」
「ですので、是非、明日も観戦にいらしてください! 私の雄姿を、ご覧に入れましょう!」
浮かれたグスターブは気が付いていないのかもしれない。
自軍の重要な機密を俺たちに漏洩したということを。
……だが、その情報…………聞きたくなかったぜ。
いや、聞かなきゃもっとマズいことになっていたんだが…………聞いちまった以上、対策を立てないわけにはいかなくなった。
「グスターブ! あんた、またアタシのダーリンに迷惑かけて! ぶっ飛ばすよ!」
「ひぃっ!? ママ!? ち、違うんです! 私はただ、麗しのマーシャさんに……!」
「いいから戻ってきな! アタシのダーリンに、あそこでアタシに熱い視線を送ってくれているアタシだけのダーリンに迷惑をかけると、承知しないよ!」
「ご、ごめんなさい、ママ!」
メドラが再来し、グスターブの襟首を掴み、引き摺るようにして四十一区のスペースへと帰っていく。
去り際に、芭蕉扇真っ青な突風を吹かせそうなウィンクを俺に投げて、メドラは帰っていった。
……風評被害も甚だしいわ。
「……グスターブが、次の相手」
マグダがごくりと喉を鳴らす。
ロレッタやパウラなど、フードコートで働いている者は、グスターブの噂をよく耳にし、中には直接目撃した者もいるかもしれない。
その強張った表情が、ヤツの暴食ぶりを物語っているようだ。
ウーマロじゃ、荷が重過ぎるかもしれない。
やはり、ここはマグダをぶつけるか…………けど、そうしたら五回戦目はどうする?
そこでウーマロ? 他の選択肢が無くなった状態で?
この、いかにもプレッシャーに弱そうな……
「ヘタレ全開のウーマロ」
「だから、なんでちょいちょい予告なく悪口言うッスか、ヤシロさん!?」
……に、すべてを託すのか?
だが……マグダを出し惜しみして四回戦で決着がつくなんてことになったら…………
――カラーン。カラーン。
教会の鐘が鳴る。
大食い大会の初日は、これで終了だ。
このまま四十一区に残る者、自分たちの区に帰る者、それぞれだ。
ここで突っ立ったまま考えていても答えは出そうにないか…………
「ヤシロさん」
ジッと考え込んでいた俺に、ジネットが優しく声をかけてくる。
「帰りましょうか」
「ん…………あぁ、そうだな」
陽だまり亭に戻れば、いい案でも浮かぶかもしれん…………陽だまり亭……
脳裏に、すっかり見慣れた陽だまり亭の姿が浮かんでくる。
今日一日離れているだけなのに、なんだか記憶の中のその風景がいやに懐かしく感じる。
あぁ……早く帰りたい。あの場所に…………
瞼を閉じると……俺は陽だまり亭の前に立っていて、ドアを開けると、いつもの光景と、いつもの匂いが広がって…………
……陽だまり亭…………やっぱいいな。
…………ん?
なんだろう?
何か、思い出しそうな………………陽だまり亭……
「てんとうむしさん?」
ミリィの声に、意識が引き戻される。
「……だいじょうぶ? ぉ疲れなの?」
「あ……いや。大丈夫だ。ちょっと考え事をな」
「ぁ……ごめんなさい……みりぃ、邪魔しちゃった、かな?」
「大丈夫だよ。そろそろ帰らなきゃだしな」
「そうですね。少し人の波が引いたら、わたしたちも帰りましょう。陽だまり亭に」
ジネットの言葉に、マグダとロレッタがこくりと頷く。
ジネットがいて、マグダとロレッタがいて、そんな面々をちょっと離れたところからエステラが見ていて……
ノーマにミリィ、ネフェリーにパウラ、デリアとマーシャにナタリアとイメルダ……レジーナまでいて…………
……なんだ。
何かが引っかかっている。
こいつらを全員引き連れて陽だまり亭に戻れば、何か突破口が見出せる……そんな気がする……いや、確信に近しいものを感じている……
暴食魚グスターブが相手で……ウーマロは微妙だから、マグダくらいしか頼れなくて……
……頼る?
「ねぇ、ヤシロ君」
マーシャが俺を手招きする。
近付くと、水槽から身を乗り出して俺に耳打ちをしてくる。
「デリアちゃん。今日はウチにお泊まりしてもらうねぇ。強がっても、やっぱり、ちょっとはつらいと思うんだよねぇ」
「あぁ、そうしてくれると助かるよ」
「うんうん。ヤシロ君は最近、凄く素直になったよね」
「俺が、素直?」
「前はさ、どこか壁があるっていうかぁ、一歩引いててさぁ~、『一緒にはいるが、俺はお前たちとは違うんだぜ』みたいな雰囲気ジャンジャン放出してたじゃない? 最近はそれがなくなって、私はしゃべりやすくなって嬉しいなって思うよ」
…………壁。
………………お前たちとは違う……
「そうか……」
俺、根本的なことを忘れてた。
「なんだよ…………こんな単純なことかよ……」
そいつに気が付くと、さっきまで引っかかっていたことが全部スッキリと収まるべきところに収まった。ぼやけていたものの輪郭がはっきりとし、掴めなかった答えをしっかりと捉えることが出来た。
陽だまり亭……やっぱり、あそこに答えがあったんだ。
四回戦が明日でよかった。
……今日だったら間に合わなかったところだ。
「なぁ、マグダ」
「……なに?」
「お前の知っている範囲でいい、教えてくれ」
こくりと頷くマグダに、俺は一つの質問をする。
「狩猟ギルドに、グスターブ以上に大食いなヤツは、いるか?」
マグダはじっくりと考えを巡らせて……そしてきっぱり答えた。
「……マグダの知る限り、存在しない」
「……そっか」
やべ、口元がにやける。
「そうかそうか…………よし」
なら、俺たちにもまだチャンスがある。
優勝を、手繰り寄せるチャンスが!
俺は、その場に留まり、俺をジッと見つめる連中をぐるりと見渡し、絶対的な自信と余裕を持って宣言する。
「明日の第四戦は、俺が出るっ!」
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