114話 出しにくい手を出すために

 四十一区の領主、リカルド・シーゲンターラーは、四十二区の街門建設を白紙撤回しろという要求を突きつけてきた。

 到底聞き入れることなど出来ない無茶な要求だ。


 四十二区の発展を他区に阻まれるなど、看過出来るはずがない。

「お前らは発展するな」など、一体どこの誰が口にする権利を持っているというのか。


 もし四十二区の代表が領主代行のエステラ以外の誰かであったならば、きっとこの場で宣戦布告をしていたことだろう。

 交渉になどなるはずもなく、俺たちは引き上げることにした。


 なんの成果も無しだ。


 ……いや、一個はっきりしたか。

 ここの領主は気に食わねぇ。それが分かっただけでもめっけもんだ。


 見送りは、最初に俺たちを案内したジジイだった。


「お早いお帰りで何よりでございます」


 主が主なら執事も執事か。


 俺たちは一言もしゃべることなく領主の館を後にした。


 外に出ると、門の前に停めっ放しになっている馬車が見えた。四十二区領主、クレアモナ家の馬車だ。

 俺たちは今日、この馬車に乗ってここまでやって来た。

 普段、遠出をする場合でもエステラが馬車を使うことはほとんどない。四十区の領主デミリーに会いに行った際も歩きだったしな。

「歩けるとこまでは歩く主義なんだ」とエステラは言っていたが、まぁ、あえて口には出さない色々な理由が、きっとあるのだろう。

 今でこそ上向き状態にあるが、デミリーのとこに下水の話を持ちかけに行った際は、クレアモナ家は財政難に喘いでいたからな。それに何より、エステラは領主ではなくあくまで代行だ。そのあたり、本人的に思うところが何かとあるのかもしれない。

 そんなエステラが今日に限っては馬車を使うと断言したのだ。これまた複雑な思いが込められていたのは明らかなのだが……それについては、今はいい。というか、この先も特に詮索するつもりは無い。俺が気安く立ち入っていい部分ではないからな。そのくらいの分別はつく。

 で、何が今問題かというと、先にも言った通り、門の前に馬車が『停めっ放し』になっていることだ。

 馬車を敷地内へ移すことも、馬を休ませることもしていない。まったくもって徹底してやがる。


「まぁ、こうなることは予想していたけどね」


 吐き捨てるように言って、エステラが馬車に乗り込む。

 エステラが上座に座るので一番に乗り込むのだ。ナタリアも、さすがに馬車くらいでは先に乗り込んでエステラの手を引くようなことまではしない。


 エステラが乗り込むと馬車が大きく揺れる。

 イライラしているために踏み出す足に力がこもり過ぎているのだろう。


「では、ヤシロ様も」

「おう、さんきゅう」


 ナタリアは俺のことも立ててくれている。

 エステラに次ぐ席には俺を座らせ、自分が一番下座に座るのだ。ドアの開け閉めもやってくれる。俺を尊重する理由は、こいつにはないはずなんだけどな。


 馬車のステップに足をかけ、車内へ入ろうかとした時、視界の端にとある一団が映った。

 視線を向けると、やたらとガタイのいい男たちの集団で、木の板に車輪をつけただけの簡単な荷車を曳いていた。

 その荷車には大きな獣が括りつけられていて、一目でそいつらが狩猟ギルドの面々だと分かる。

 本部の連中は、みんなウッセ並みに体つきがしっかりとしているようだ。


「ヤシロ様……まさか、マッチョメンにご興味が……」

「ねぇわ!」


 そのさり気ない複数形にちょっとイラッてしたわ!


 筋肉など見ていても楽しくもない。

 さっさと乗り込んでこんな街とはおさらばしよう。

 ……と、思ったところで俺はもう一度男たちへと視線を向けた。

 ガバッと、勢いよく。


「……興味津々ですね」

「ちょっと黙れ」


 いつもの調子で言うナタリアを少し黙らせる。

 俺から真剣な空気でも感じたのか、ナタリアから柔らかい雰囲気が消える。

 俺に倣って男たちを見ているようだ……そして、見つけたようだな。ナタリアから静かな殺気が放たれる。


「…………そういうこと、ですか」

「……みたいだな」


 色々と引っかかる点はあったんだ。

 そうだろうなという予想もしていた。


 だが、これで決定的になった。確信したってやつだ。


「全部……あいつのせいだったってわけだ」



 俺の見つめる視線の先には、見覚えのある二人組――カンタルチカで虫騒動を起こした二人の筋肉男がいた。



「エステラ」

「なんだい?」


 エステラを呼び、外の状況を見せておく。


「…………あぁっ!?」


 エステラも気が付いたようで、筋肉どもを見つけるや大きな声を上げる。

 その声でこちらに気付いた筋肉どもは「あっ、ヤベッ!?」みたいな表情を見せ、すぐに脇道へと入り姿をくらました。


 虫騒動の二人以外の男どもは、そのままこちらに近付いてくる。

 大声を出したこちらを威嚇するような、警戒するような、そんな敵意剥き出しの目で睨みつけてくる。

 狩猟の成果を領主に報告にでも来たのか?

 …………と思ったら、領主の館を素通りしていく。この先にギルドか魔獣の解体場でもあるのだろう。

 さっきの二人は回り道をして後で合流するってとこか。


「見たな?」

「あぁ。しっかりとね」


 あの二人組がここ、四十一区にいたってことは……



 すべては四十一区の領主、リカルドの差し金だったと考えるべきだろう。



 俺たちは馬車に乗り込み、分かっている情報をもう一度整理することにした。


「彼らが妨害しようとしたのはケーキだったね」

「これは、四十二区で最も盛り上がりを見せている商品であることと、四十二区が四十区との連携を強調しているように見えるせいだと推測されますね」


 あくまで推論の域を脱しはしないが……

 これまで、四十二区は四十区と合同、または相互協力の元、様々なことを行ってきた。

 下水設備に道路整備。木こりギルドの誘致。

 そして、直近ではラグジュアリーとのケーキ共演。

 今、四十二区と四十区の間では、話題に上る事柄がリンクしていることが多い。共通の話題で持ちきりなのだ。


 その間に挟まれた四十一区を飛ばして。


「それが気に入らなかった……ということなのかな」

「まぁ、そこまではっきりとは決して認めないでしょうが……大きく外れていることはないでしょう」


 リカルドの態度から見ても分かるように、四十一区の連中は四十二区を見下し、四十区に一目を置いている。

 その四十二区と四十区が肩を並べるなど、許容出来るものではないだろう。


 四十区が四十二区レベルに堕ちたと、自己完結出来るならまだしも、現在の状況をまともに見れば四十区は衰退などしていない。

 ならば、四十二区が四十区に肩を並べたということになる。

 自分たち四十一区を追い抜いて。


 まぁ、認められないよな。


「それで、ケーキ潰しを? 短絡的過ぎないかい?」

「街門の偵察に来ていたのかもしれませんよ。それで、四十二区を歩いている時にケーキの話題を耳にした……などということもあり得ます」


 ナタリアの意見には妙な説得力がある。

 なんというか、一人の人間の行動として考えた時に無理がないのだ。


 自区の利益に大きく影響しそうな隣区の街門建設の情報を得て視察に向かわせたところ、街の様子が大きく様変わりしており、領民たちが楽しそうにケーキの話題に花を咲かせていた。それが鼻についてあんな騒動を起こした……という推論の方が、「ケーキと言えば四十区の名物なのに、四十二区の分際で真似しやがって! ぶっ壊してやる!」――なんてぶっ飛んだ思考よりかは納得が出来る。


「だとすると、何度か視察に来ているかもしれないね」

「ウーマロに聞いてみるよ。おかしな筋肉男を見た作業員がいないかどうか」


 諜報活動というほど大掛かりなことをしていたかどうかは分からんが、視察くらいには来ていたはずだ。

 こちらの情報がきっちりと領主に伝わっていたからな。


「軍備を拡大しているというのは、居座りをして営業妨害を企てたロン毛たちから聞いた情報だろう。あれを知っていた時点で、四十二区へ嫌がらせをしていたゴロツキと四十一区の領主が繋がっていたと断言出来る」

「確かにね。もし、それ以外の方法で諜報活動をしていたというのであれば、四十二区が軍備を拡大しているなんて情報は入るはずがないもんね」

「そうですね。事実、我が領において、軍備拡大など行われていないのですから」


 ゴロツキどもに見せつけた大群は蝋人形の張りぼてだ。

 あのゴロツキ以外のヤツがその情報を掴めるわけがないのだ。兵士の大軍など、あの時、あの場所にしかいなかったのだから。


 そんな話をしている時、馬車は領主の館に到着した。

 だが、俺はそのままエステラを連れ出し、広場へと向かう。


「次に、あの居座り事件以降登場したこいつを知っているってことについてだな」


 広場には、巨大なボナコンの頭蓋骨が飾られている。

 ただし、触れば分かるが、こいつは蝋で出来たレプリカだ。気持ち悪いほど精巧に作られてはいるけどな。


 そんな巨大頭蓋骨を遊具にして、ガキどもが大声で遊び回っている。

 手には領主のエンブレムが描かれた旗を持ち、時折「りょーしゅさまー!」などと叫びながら。


 最初は、お子様ランチの当たりが出やすくなる、なんてジンクス程度の話だったのだが、今では旗その物に価値がつき、その旗を振って領主を称えるのがガキどもの間でブームになってしまったようだ。

 大きなガキがやっているのを小さいガキが真似するようになり、次第に本来の意味が薄らいでいったのだろう。

 中には、「りょーしゅさまー」の意味すら分からずに叫んでいるヤツもいるかもしれん。


「……そろそろ、規制をかけた方がいいかもしれないね」

「だな。あまりやり過ぎると他の区や王族に目をつけられかねん」


 尊敬し、盛大に称えるのは大いに結構だが、ガキどもはちょっと度を越え過ぎている。

 たまに引く時があるくらいだ。

 熱狂ってのは、そこそこで止めてやらないと行き着くところまで行ってしまうのだ。純粋な子供であれば尚のこと。


 こいつらには、後日俺が、領主とは何か、どう接するべきか、何をしてはいけないか、など、少々面倒くさいがきちんと教えてやろう。

 少なからず、焚きつけてしまった責任は取らないといけないからな。


 領主様パワーの効力が切れた反動で、反領主勢力にならないよう、十分気を付ける必要がありそうだ。何事も、反動というものは恐ろしい。


「で、話を戻すが。この状況になったのはロン毛のゴロツキを撃退した後だ」

「それを知っているってことは、視察に来ているってことだよね」


 四十一区から来る者は大抵、四十二区の領主の館の前を通って大通りに出る。

 その先に存在するこの中央広場は、所謂『裏口』のような場所になるのだ。細い道で四十一区と繋がっており、馬車の往来はほとんどない。

 荷物を載せた馬車や荷車は大きな道を通るからな。


 つまり、中央広場の状況を知っているのは、ここに来ようと思って来た者だけだ。

 それはすなわち、四十一区が四十二区に探りを入れているという事実を浮き彫りにしている。


 まぁ、状況証拠だらけだけどな。


「最初は狩猟ギルドの下っ端が店に嫌がらせをしていたけれど……ヤシロに返り討ちに遭って、自分たちで動くのはマズいと考えた」

「それで、ゴロツキに仕事を依頼した……ってところだろうな」

「四十区のゴロツキに依頼するあたりがなんとも卑怯だよね」

「小物臭がむんむんするな」


 ゴロツキが捕まった際、調べ上げられて四十一区の者だとバレると自分たちが疑われる。

 だから四十区のゴロツキに匿名で依頼をした。


 うん。小物だ。

 自分で責任も負えない、しょうもない連中だ。


 頭がいい?

 慎重?


 バカ言え。

 頭がいいヤツは使えもしないゴロツキに杜撰な計画を任せはしないし、慎重なヤツは、行動を起こす前に入念に下調べをするもんだ。


 ムカついて、すぐ行動に移し、返り討ちに遭って、尻尾を巻いて逃げる。その後はこそこそと身を隠す……それのどこが、頭がよくて慎重だというのか。


「一度陽だまり亭に戻ろう」

「そうだね。イライラしっぱなしで頭が痛いよ。ジネットちゃんの顔を見て癒されたい気分だね」

「じゃあ俺はおっぱいを見て癒させるとしよう」

「隣でそういうことするのやめてくれる?」


 奪い合いにならなくて済みそうな気がするんだがなぁ……


 なんにせよ、この数時間の間に色々な情報が脳みそにぶち込まれたわけで、俺も少し休憩したかった。

 陽だまり亭に戻って甘い物でも食べたい気分だな。






「おかえりさない、ヤシロさん。エステラさん」

「「あぁ……癒されるぅ…………」」


 陽だまり亭で出迎えてくれたジネットの笑顔に、俺とエステラは存分に癒された。

 ジネットのヤツ、親族の中に滝か森でもいるんじゃねぇか? マイナスイオンが出まくってるぞ。


「……疲れているなら、プリンがおすすめ」


 ジネットが覚えて、早速メニューに載せたようだ。

 ならば、お手並み拝見と行こうか。


「まだ少し自信がないので、今はお試し期間です」


 照れくさそうにジネットが言い、次いでロレッタが俺たちに話しかける。


「プリンは、店長さんバージョンと、エステラさんバージョンの二種類用意しているです。どっちがいいですか?」

「俺は疲れてるんでジネットで」

「はいです」

「ねぇ。プリンにボクの名前が付いてるの?」

「今だけ、ちょっと貸しておいてほしいです」

「それはいいけど……じゃあ、折角だから、ボクはそっちにしようかな」

「……エステラさん、今お腹いっぱいです?」

「分かったぞ、意味が! そういうことかぁ!」


 何かを察したエステラがロレッタに掴みかかろうとする。が、ロレッタは上手くそれをかわし厨房へと逃げ込む。


「あの……おふたりとも、普通のサイズでお出ししますね」


 困り顔でジネットが言って、厨房へと入っていく。

 ……ってことは、ジネットバージョンは『普通のサイズ』ではなかったってことだな!?


「……特盛」


 意味深な言葉を残し、マグダは接客に戻っていった。


「従業員の再教育を要求するよ」

「領民の民度は領主の範疇な気がするけどなぁ~」

「……ロレッタめぇロレッタめぇロレッタめぇ…………」


 いつもの奥まった隅っこの席に座ると、なんだか途端に体が軽くなった気がした。

 なんだかんだで、帰ってきたんだなとホッとする。

 向かいの席に座ったエステラもそれは同じなようで、すっかりリラックスした顔をしている。


 …………ホッとしてる場合じゃ、ないんだけどな。


「酷いもんだったな、四十一区は」

「あの領主だからね……」

「いや、それもあるんだが……」


 帰り道、俺は馬車の窓から四十一区の街並みを観察していた。


 馬車が通る大通りは、それなりに大きな建物が並んでいた。見晴らしもよく、貧しいながらも一応の対面は保たれていた。

 ……だが、とても静かだった。


 建物の間から、四十一区の内側が時折垣間見えたのだが……


「貧富の差が激し過ぎないか、あの区は?」


 大通りのすぐ向こうに、あばら家のような朽ちかけた民家らしき建物がいくつも見えた。

 奥まった場所にスラムが出来るのは仕方がないとしても……大通りのすぐ後ろにあのレベルの建物があるなんて……


「なんというか……表面だけを懸命に取り繕った、張りぼてみたいな印象を受けたんだが」

「それはあるかもしれないね」


 エステラが言うには、四十一区もさほど財政に余裕がある区ではないようだ。

 まぁ、下から二番目だもんな。


 そんな中、狩猟ギルドのような突出した集団が街の中心部にドンと居を構えているせいで、富が集中してしまっているのだとか。

 狩猟ギルドを優遇するあまり、それ以外の領民には恩恵が行き渡らない。

 そればかりか、一部の貴族を優先したいがためにキツい税をかけたりもするそうだ。


「それで、こらえきれなくなった者が違う区へ逃亡を図ったりするんだよ」

「領民の流出か……けど、そんなことになったら」

「そう。一層税収は圧迫され、さらに住民への負荷が大きくなる」


 悪循環だ。


「けど、狩猟ギルドがいることと街門のおかげで、かつての四十二区では太刀打ち出来ない経済力の差があったんだよ」


 そのせいで、四十二区のみが行商ギルドにカモられてたわけだ。

 誰しも、経済力、権力のあるところには強く出られない。

 ならば、強く出られるところから搾取して穴埋めをしよう。ってのは、誰もが考える安易な解決法だ。


 悪循環のスタートとも言えるがな。


「その偏った政策をやめさせることは出来ないのかよ? こう、外圧的なもので」


 例えば、四十区やそれ以外の区の領主と結託して四十一区の政策を変えさせるとか。


「難しいね。なにせ、利益を得ているのが狩猟ギルドだからね」


 狩猟ギルドは、全区を股にかけて活動するギルドだ。

 それはつまり、全区に流通している肉の大部分を狩猟ギルドに頼っているということになる。


 どの区だって、肉は食いたい。

 狩猟ギルドと対立して関係をマズくしたくはないのだそうだ。


「……この街は、腐っている」

「たぶん、みんな気が付いているよそんなこと」


 けれど、誰も声を上げられない。

 なぜなら、腐っている方が権力者はおいしい思いを出来るからだ。

 ……けっ。


「四十一区の貧富の差より、通行税が問題だよ……」


 エステラは髪の毛をグシャグシャと掻き毟りテーブルに突っ伏す。


「統括裁判所に訴えてやめさせるよう働きかけることは出来るかもしれないけれど……こっちが勝てるかどうかは五分五分だからなぁ……いや、不当な条例は近隣の領主が異議を申し立てることは出来るし…………でも、上手くいくかなぁ……」


 向こうが理不尽な要求を突きつけているということは分かる。

 こちらに正統性があるという自信もある。


 だが、裁判となると必ずしも思い通りの結果になるとは限らない。


 向こうは先手を打ってきているわけだし、こちらが不利になる情報なりなんなりを入手している可能性もある。


 だが、問題はそんなところではない。


「裁判はやめておけ」

「不利かな、やっぱり?」

「いや、勝ち負けに関わらず、裁判をやれば四十二区は大打撃を受ける」


 裁判で負ければ、四十一区の通行税をやめさせることが不可能となり、四十二区への流通が大打撃を喰らう。最悪の場合、そんな前例を作ったことであちこちの区がそれを模倣し出したら流通は完全に死ぬ。最果ての四十二区に物が流れてこなくなる危険が高い。


「じゃあ、勝ったら?」

「永遠に終わらない嫌がらせを受けるだろうな」


 大小問わない嫌がらせ。ギルド間の仕事の拒否。四十区などとの交流の妨害。


「やりようはいくらでもあるぞ。四十一区を離れた『宿無し』として四十二区内で犯罪行為を繰り返すだとか、四十二区の領民になって四十二区の内外で悪行の限りを尽くすだとか」

「……そこまでするかな?」

「可能性が否定出来ないという話だ」


 俺がリカルドの立場で、裁判に負けたとしたら……

『四十二区のせいで四十一区は破綻しました』と宣伝し、領民を一斉に放出する。区内に残すのは狩猟ギルドと領主の身内だけだ。

 放出された領民はランクを下げて四十二区へとなだれ込む。そこで、略奪、破壊と暴れ回る。

 そんなゴロツキに、『四十一区の領主である俺』は「区が破綻して迷惑をかけたせめてものお詫び」という名目で金品を与える。暴れれば暴れるほど「それだけ心の傷が大きいのだろう」と、一層「お詫び」を与え続ける。


 これで、ゴロツキは四十二区を破壊すればするだけ四十一区から金品がもらえると知り、あっという間に四十二区を破壊し尽くしてくれる。


 そうなった時、四十二区はどんな行動が取れる?

 四十一区に戦争を仕掛けるか? どうやって? 領主しかいないような区に。

 それは侵略だ。他の区が許さない。


 では、領民を処分するか?

 大量に、何十人もの領民を、領主が?

 そんなことになれば外からどう思われるか……もっとも、それ以前にまともな領民はいなくなっているだろうな。逃げたか……もしくは…………


 さて、そんな状況が続いて四十二区が壊滅した後、俺が悠然とそいつらの前に立ち「やはり四十二区の領主は無能で使えないな。俺が再びこの地域を治めてやろう」と、救世主のように現れて四十一区と四十二区の両方を統治する。

 頑張ってくれたゴロツキ君には土地を分配してやれば、反乱も防げるだろう。


「……と、適当に考えただけでもこれくらいのことは出来てしまう」

「ヤシロ…………君、ボクのこと裏切ったりしないよね? 見捨てないで、ね?」


 エステラがマジで震えている。

 まぁ、ここまで極端な破壊工作が行われるとなれば、その兆候は必ず現れるわけで、そこを見落とさなければ未然に防ぐことは出来る。

 今のはあくまで、『四十二区の領民がすべて無知で無抵抗だったら』というあり得ない条件付きのシミュレーションだ。


「ヤ、ヤシロ。きょ、今日のプリン、ボクがご馳走するよ。だから、ね? ね!?」

「心配すんな。領主の地位に興味なんかねぇよ」

「そっか……………………え? 全然? 絶対イヤ? 何があってもあり得ない感じ?」


 なんでそんなに必死なんだよ?

 俺が領主とかするわけないだろう?


「…………ちょっと機嫌を損ねた。ここのプリン。ヤシロの奢りね」

「おいおい。さっきの今で手のひら返し過ぎだろう……」


 ったく。なんなんだよ。


「とにかく、裁判はやめておけ」

「じゃあ、どうすれば……」

「とりあえず、協力を仰ごうぜ」

「誰に?」

「通行税なんかを導入されると損害を被る、もう一つの区にだよ」

「……あぁ!」


 そう、四十区だ。

 もし、四十一区を通るだけで通行税が取られるようになれば、イメルダの父親、ハビエルは最愛の娘に会いにくくなる。

 そんなものを許すほど、あの父親は甘くない。全米がドン引く程のド変態なのだ。


「リカルドの言動は、どうも個人的な恨みから発生しているようにも思える。なら、個人レベルのうちにその恨みを解消してやる方がいい」


 騒ぎは、デカくなればなるほど鎮静に時間と労力を要するのだ。金もな。


「分かった。じゃあ、オジ様にアポを取っておくよ」

「あぁ。よろしく頼む」



 リカルド。

 お前は一方向しか見えていない。

 お前が敵に回そうとしているのは四十二区だけじゃない。

 そこんとこ、よぉく思い知らせてやるぜ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る