106話 陽だまり亭裁判

 バカ爬虫類が陽だまり亭に突撃してきたあの日から数日が経っていた。


 今日は裁判である。


「被告、ポンペーオ」

「待ちたまえよ、君たち!? 私が一体何をしたと言うのだ!?」


 陽だまり亭の客席をコの字型に移動させて作られた即席裁判所。

 本法廷の被告は、四十区において「ケーキと言えばここ」と言われるほどの有名店、ラグジュアリーのオーナーシェフ、ポンペーオだ。


 陽だまり亭の中で、俺たちはポンペーオを取り囲んでいる。

 ポンペーオの右手側にジネット、正面にロレッタ、エステラ、デリア、そして左手側に俺、そして後ろの傍聴席側にパウラ、という並びだ。


「なんだと言うんだ、一体!? 失敬じゃないか!?」


 ウーマロに心酔するポンペーオ。だもんで、ちょこ~っとウーマロを使って、「オイラがリフォームした飲食店の内装とか見たくないッスか? 特別に内部まで見学出来るようにするッスよ」と、誘い出してもらい、うきうきワクワク陽だまり亭の前に差しかかったところで拉致してきたのだ。平和的に。


「平和的に裁判を行う」

「もうすでに手段が乱暴ではないかっ!?」


 ダンディの域に踏み込みそうなイケメン、ポンペーオが顔を歪ませる。


「今スグ私を解放したまえ! 私は四十区で最も尊ばれている人物だぞ!? こんなことをしてただで済むと思っているのか!? 戦争になるぞ!?」

「いや、絶対木こりギルドが一番だろ」


 んで、トルベックが二番かな。

 お前は、貴族の女子にいい顔してるだけじゃねぇか。


「ラグジュアリーは四十区の顔だ! 四十区の名物はと聞かれれば、誰しもが私の店のケーキだと答えるだろう!」


 そのケーキ、俺が伝授したヤツじゃねぇかよ。


 最近ラグジュアリーでは、俺の教えたショートケーキが爆発的な人気を博しているらしい。

 前の黒糖パンより甘く、可愛らしく、乙女たちは夢中なのだとか。

 くっそ、マージン取っておけばよかった。


「私は、ウーマロ様の手掛けた飲食店の内装を見せていただくためにわざわざ四十二区まで来たのだ! 貴様らに構っている暇などない!」

「あぁ、それ、ここのことだから」

「なに!?」

「この店、ウーマロが全面リフォームしてくれたんだよな」


 ……『ご飯二ヶ月無料』と引き換えに。


「どうりで……空気が美味しいと思った」

「お前、実は結構適当だろ?」


 空気が美味いのは田舎だからだよ。

 ……四十区も大概だろうが!


「それで、一体なんのマネなんだ、これは? なぜ私がこのような仕打ちを受けなければいけないのだ?」

「自分の胸に聞いてみなさいよ!」


 突如、威勢のいいイヌ耳美少女の声が飛んでくる。パウラだ。

 ここまで黙って話を聞いていたパウラだったが、ついに怒りの感情が溢れ出てしまったらしく、テーブルをダンッと叩いて立ち上がる。


「とぼけたってね、無駄なんだからねっ!」

「まぁ、落ち着けパウラ。でないとお乳突くぞ」

「ふょっ!? ダ、ダメよ! あ、あたしの胸は……特別な人専用なんだから……まだ、ダメ」

「なにを上手いこと言った感じでセクハラしてるんだい、君は……」


 折角パウラが可愛らしい感じで照れているというのに、エステラが無粋な言葉を挟み込んでくる。突く乳も無いくせに……


「突く乳も無いくせに……」

「つ、突くくらいは出来るさ! 揉むことは、それは確かに、ちょっと難しいかもしれないけれ…………何を言わせるんだい!?」


 おっとっと。思ったことがつい口からぽろりしてしまったようだ。


「なぁ……私は一体、なぜこんなところに連れてこられたのだ?」


 こちらのやり取りを、引き攣った顔で眺めるポンペーオ。なんだか一秒でも早く帰りたそうな顔つきだ。


「おっぱいに聞いてみろってよ」

「胸! 自分の胸!」


 パウラが自分の胸をバシバシ叩きながら訴える。……そのジェスチャーは「あたしのおっぱいに飛び込んでおいで!」に見えて、なかなかいいものだ。


「まるで覚えがない。私は、君たちに恨まれるようなことは何もしていないぞ」


 己の胸をバシッと叩き、ポンペーオは澱みのない声で断言する。

 ……似たようなジェスチャーなのに、こいつの胸には飛び込んでいきたくないな。微塵も。


「……もっとも」


 男のくせにやたらと長いまつげがゆっくりと下降し、ポンペーオの目がすがめられる。


「私の店のケーキが美味し過ぎて、こちらのお客様を奪っている……というのであれば、恨まれても致し方無しと、覚悟はしておりますがね」

「あーダイジョウブダイジョブ。客層は食い合わねぇから」


 ラグジュアリーの客は貴族や小金持ちがほとんどだ。

 その点陽だまり亭はド庶民がほとんどだ。客が奪われるなんてことはお互いにない。


 つか、こいつの天狗っぷりはさらに磨きがかかってんじゃないだろうか。

 覚えてるのかねぇ、黒糖パンを『ケーキだ』つってドヤ顔していた頃のことを。

 高級ぶっていても、お前が使ってるのは貴族が『貧民砂糖』なんて呼んでる代物だろうが。

 もっとも、それで喜んでいる貴族の方がお笑いだけどな。味の違いなんざ分からんのだろうな、きっと。


「一つ質問していいかな、ミスターポンペーオ」


 エステラが凛とした顔つきで立ち上がり、ポンペーオの前へと進み出る。そして、真剣な口調で尋ねる。


「君の目に四十二区はどう映っているんだい? 君の店が売りにしているケーキが凄まじい勢いで普及していっているわけだけど」

「映ってなどいないな」


 ポンペーオはゆったりとした、自信に満ち溢れた口調で答える。


「私の店は、『ケーキ』を売りにしているわけではない。『優雅にケーキを食べる、エレガントなひと時』を提供しているのだ。私の店の高級感は、真似をしようとして出来るものではないし、お客様もそれをご存じだからこそ、私の店を贔屓にしてくださっているのだ」


 ……の、割にはサービス行き届いてないけどな。


 しかし、『貴族が集う店』という看板は大きい。『ラグジュアリーに行く』という行為そのものがステータスになるのだ。それはポンペーオの言う通り、なかなか真似出来るものではない。


「貴様らがどのようなケーキを作ろうが、興味はない。私は、私のケーキを提供し続けるだけだ」


 なかなかに、潔い意見だ。

 こういう思考の持ち主こそが、その他大勢の中から頭一つ抜け出せるんだろうな。揺るぎない信念ってのは、それだけで価値のあるものだ。人の信念なんてのは、ちょっとした不安で簡単に揺らいでしまうものだからな。


「そもそも、ウーマロ様のお誘いがなければ私自らが四十二区にわざわざ足を運ぶなどあり得ないことなのだよ。私にとっての四十二区とは、つまりそういう場所なのだ」


 胸を張り、気負うことも遠慮することもなく、さも当然の事実を述べるようにポンペーオは言い切る。


「そうかい。ありがとう」


 短く言って、エステラが踵を返す。

 そして、俺のそばへ身を寄せ小声で耳打ちをしてくる。


「見下されてるね」


 こそっと呟かれたその言葉は、怒りも卑屈さもなく、ただ「困ったものだね」と苦笑混じりに冗談めかされていた。


 それが、この街の『普通』なのだ。

 下層の区は、無条件で見下される。

 ポンペーオの言う通り、見向きもされないのかもしれないな。


「ってことは、やっぱ『ポンペーオがライバル店を潰そうとした』って線は……」

「無いだろうね、この様子じゃ」


 エステラと視線を交わす。

 もっとも、本気でポンペーオを疑っていたわけではなく、可能性を一つずつ潰していくつもりなのだ。ただ、状況証拠から見て、一番怪しかったのが他区のケーキ屋……すなわちラグジュアリーだったというだけなのだ。


「ねぇ、ヤシロ。信じんの、あのいけ好かない男のこと?」


 パウラが肩を怒らせてやって来る。

 そして、先ほどエステラがしたように身を寄せてくる。なんか、エステラに対抗心でも燃やしているのだろうか。


「あたしは全っ然信用出来ないんだけど」


 小声で放たれた言葉には、ありありと不満の色が見て取れた。

 まぁ、仕方ないかもしれないな。


 パウラにとってカンタルチカは人生のすべてと言っても過言ではない。

 料理にも経営にもサービスにも、常に全力で取り組んでいるのだ。

 それに泥を塗るような真似をされたことに、パウラは我慢が出来ないのだろう。


 大切なものを汚されたら、誰だってブチ切れる。


 分かりやすい例えで言うなら、清純系で見ているだけで癒されるような大人しい女の子に同僚のチャラ男がちょっかいかけているのを目の当たりにした時のようなものだ。殺意を覚えるね。軽いセクハラとかで笑いを取ろうなんてしてやがったらどんなエグい方法を用いてでも社会的に抹殺してやらなければ気が済まないレベルだ。


 と、そう考えるとパウラの怒りも納得出来る。

 ただ、困ったことに……パウラの怒りは虫騒動の筋肉たちから、それを操っていた黒幕へと移り、そして現在、『なんとなく怪しい』ポンペーオへと向いてしまっている。

 その推測が事実なら問題はないのだが……はてさて。


「ケーキを教えた時も、態度悪かったよね、あいつ」


 以前、砂糖普及のためラグジュアリーにケーキを伝授した際、その場にパウラもいたのだが、その時からポンペーオのことが気に食わなかったらしい。


「いっそのことさ、こっちからラグジュアリーに乗り込んで、営業出来なくしてやれば? そうしたらライバル店じゃなくなるから、こんな嫌がらせしなくなるんじゃないの?」


 鼻息を荒らげて、パウラがとんでもないことを言う。ポンペーオが犯人であると、信じて疑わない口ぶりだ。

 気に入らなさが先だって冷静な判断が出来ていないようだ。

 これは、正してやらなけりゃいかんな。


「そんなことをしたら俺たちの方こそが悪党だろうが」

「でも、目には目をって言うし……っ!」

「ちょっといいかいパウラ」


 持論を捲し立てようとするパウラを、エステラがすっと手を上げて制止させる。


「ラグジュアリーが犯人だという証拠がない以上、ボクたちは協力を仰いで調査『させてもらう』立場だってことを忘れてはいけないよ」

「でも…………あんなに、怪しいのに? 目つきもいやらしいし……」


 パウラの中では完全に悪人扱いなんだな、ポンペーオは。可哀想に。


「目つきはともかくだね……、怪しいからって、誰かれ構わず『精霊の審判』は使えないだろう?」

「そりゃあ……そう、だけど…………まぁ、そうよね、うん」


 エステラの言いたいことが伝わったのか、パウラはやや不満そうながらも大人しく身を引いた。


 今ここで、ポンペーオに「四十二区に嫌がらせしているか」と問い、否定したところで『精霊の審判』をかけてやれば一発で事実が判明する。

 カエルになれば犯人はポンペーオってことになるし、カエルにならなきゃポンペーオは無実だ。

 しかし、『精霊の審判』はむやみやたらと使っていい代物ではない。

 脅しに利用するとしても同じだ。

『精霊の審判』は相手の人生を一瞬で奪う武器であり、分かりやすく例えるなら拳銃みたいなものだ。

 99%怪しい容疑者相手であっても、拳銃を突きつけるような行為は軽はずみにはしてはいけない。


 考えてみてほしい。友人やご近所さんに「あの人は何かあるとすぐに拳銃を向けてくる危ない人だ」なんてイメージを持たれてしまったら……きっとまともには生きていけないだろう。

 もしそれが、飲食店のような客商売なら、尚のことだ。


 パウラの気持ちも分かる。

 最も怪しい相手が、自分の嫌いなヤツだった場合……きっと誰でも「こいつが犯人だ」と決めつけてしまうことだろう。そして、すぐにでも制裁をと思ってしまうことだろう。

 だからこそ、慎重にならなければいけない。


 回りくどいようだが、順を追って対処していかなければいけないのだ。

『精霊の審判』は切り札だ。切り札は、最後に切るからこそ効果がある。

 初っ端からチラつかせていては、ここぞと言う時に足をすくわれてしまう。


 まして、こちらが仕掛けた切り札が『失敗』に終わった場合どうなるか……


『精霊の審判』が拳銃と違うところは、相手が嘘を吐いていなければ『回避』されてしまうというところだ。そして、『回避』されたということは、相手の『無実』が証明されたということなのだ。


 もしかしたら言質の取り方が悪かった可能性ももちろんある。『精霊の審判』は意外と穴のあるシステムだからな。

 だが、だからといって一度失敗に終わった『精霊の審判』を、二度、三度と使えるヤツがどれだけいるだろうか。

 もしまた回避されたら……と考えたなら、それが出来るヤツは限りなく少ないだろう。


『精霊の審判』は、濫用してはいけない。


 強過ぎる攻撃は、巡り巡って自分の首を絞めることになるからな。


 というわけで、『精霊の審判』は無暗に使わない方がいい。

 そもそも、こいつらはこれまでほとんど『精霊の審判』を使ってはこなかったのだ。その威力、効力、そしてそれがもたらす結末を恐れて。

 そして、恐れる心があったからこそ、この街が現在もなお平穏無事に回り続けているとも言える。

 一般市民までもがところ構わず銃を乱発するような世界が真っ当な状態を維持出来るはずもないからな。

 しかし、その威力を何度か俺が利用したせいで、ほんの少しだが『精霊の審判』への抵抗力が減ってしまった感が否めない。

 だとするなら、ここは俺がきっちり言ってやらねばいかんのだ。


 強過ぎる武器は己の身を亡ぼす。

 それを知らない者は、力に溺れてしまう。


「とりあえず……、パウラ」

「なに?」

「俺に任せとけ」

「…………うん。そうする」


 笑みを向けると、パウラの顔から少し毒気が抜けた。

 語らずとも、こちらの思いを察してくれたのだろう。


「ヤシロならなんとかしてくれそうな気がするし、あたしが邪魔しちゃいけないよね」


 いや、あんまり過度な期待も困るけどな。


「まぁ、おかしなヤツがこの付近をウロつけないようにするくらいはやっておいてやるさ」


 そのためにも、ヤツの裏を探らなきゃなぁ。


「それで、私の疑いは晴れたのかね?」

「まぁ、黒ではなさそうだな」

「当然だ。そんな姑息なことなどしなくとも、私の店がこんな内装の雰囲気だけがずば抜けて素晴らしいだけの食堂に負けるはずがないのだ」


 ウーマロのところだけ褒めやがったよ、こいつ……


「では、話は終わりだな?」

「あぁ。わざわざ悪かったな。帰るか?」

「いや、店内をじっくり見せてくれたまえ!」


 ……どんだけ好きなんだよ、ウーマロのこと…………


「その前に、ポンペーオさん。当店の新製品をお召し上がりになりませんか?」


 ジネットが今朝仕込んでおいた『新製品』を手に、ポンペーオへと歩み寄る。


「新製品? なんだ?」

「フルーツタルトです。カスタードの甘みと、フルーツのさっぱりとした酸味が合わさって、とても美味しいんですよ」

「ふん。こんなケーキの紛い物など……」


 おいこら! 滅多なことを言うんじゃねぇよ。

 タルトは奥の深い崇高なケーキだぞ。


「まぁ、一口くらい食べてみるのも一興か…………………………うまっ!?」


 タルトを一欠け口に放り込んだ直後、ポンペーオが両目を見開いて、ダダダっと俺の前に詰め寄ってきた。両手をしっかりと握られ、鼻が触れそうな距離までイケメンフェイスがググッと近付いてくる。……怖い怖い怖い!


「これの作り方、教わってやろうか?」

「……お前なぁ…………」


 ウチがどんなケーキを出そうが気にせず、自分のケーキを提供するんじゃなかったのかよ……


「ごめんくださ……おや、これはまた。大盛況ですね」


 グイグイ迫りくるポンペーオをそろそろ蹴り飛ばしてやろうかと思い始めた頃、陽だまり亭にアッスントがやって来た。――朗報を持って。


「見つかりましたよ。件のイグアナ男」

「本当か?」

「えぇ。ヤシロさんの似顔絵、凄いですね。まるで生き写しだと評判でしたよ」


 俺が渡したバカ爬虫類の似顔絵をピラピラと見せながら、アッスントが感心したように言う。

 アッスントには、仕事の合間にバカ爬虫類のことをそれとなく聞いてもらっていたのだ。

 虫の件の筋肉どもを避けたのは、ヤツらが用心深く身元を隠蔽するような素振りを見せていたからだ。

 下手に詮索して、アッスントに不利益が出ては申し訳ない。


 だが、バカ爬虫類の方は大丈夫だろう。

 あれだけ迂闊な男だ。きっと他所でも似たような迂闊な行動ばかりしているに違いない。


 案の定、すぐに尻尾を出しやがった。


「名前はオットマー。四十区を根城にしているゴロツキギルドの一人です」

「ゴロツキギルド? そんなもんがあるのかよ?」

「あ、いえいえ。ありませんよ。正式には」


 正式にはってことは……非公式団体ってことか。


「どこのギルドにも所属出来ない半端者が集まって形成された非公式ギルドです。ただ……悲しいことに、彼らは仕事には困っていないようなんですよね」


 仕事には困っていない。つまり、そんなゴロツキに金を出して依頼を持ち込むヤツが後を絶たないってことだ。

 ゴロツキに頼むような仕事といえば……


「今回のように嫌がらせをしたりってのが主な仕事なんだな」

「えぇ。彼らは根性がありませんからね。街の警護や用心棒のような責任ある仕事は出来ません。ご自慢の力も弱い者いじめにしか使えない、そんな連中なのです」


 でも、依頼を持ち込むヤツは後を絶たないんだろ?

 この街も、裏では色々腐ってやがるんだな。


「でもおかしいな」


 エステラがアゴを摘まんで空中を睨む。何かを思い出そうとしているようだ。


「確か、あの能無し爬虫る……失礼、オットマーだったっけ? 彼は『道を歩いていたら、突然知らないヤツに声をかけられた』と言っていたはずだけど?」

「そういえばそうだったな」


 エステラの言葉を聞いて、俺もおかしな点に気が付いた。


「ギルドを形成してるなら、依頼は上から来るんじゃないのか?」

「そういうルールを守れないから、彼らははみ出し者なのですよ」


 つまり、やりたいようにやっているってわけか。


「ただなんとなく同じような場所に群がり、同じようなことをして金銭を得ている。たまに、力のある者から仕事を振られ集団行動を取ることもある。彼らの繋がりなど、その程度のものなんですよ」

「縦も横も、繋がりが薄そうだね」


 エステラが肩をすくめる。

 バカ爬虫類オットマーが不祥事を仕出かしたとして、そのゴロツキギルドの代表者に責任追及なんてことは、まぁ、不可能なんだろう。

 ある意味、悪事をやるにはもってこいの連中だな。


「トカゲの尻尾切り要員か」

「あ、あの……イグアナさんの尻尾は、切ると大変なことになりますよ」


 おずおずと挙手をして、ジネットが言う。

 うん、そういう話じゃないんだ、これ。だから、悪いんだけど……ちょっと黙っててくれるかな?


 要するに、オットマーの不祥事を吊し上げて、依頼人を吐かせるってことが難しくなったわけだ。依頼がギルドを通さずなされたのならば、オットマー以外に依頼主を知る者はいない。

 で、そのオットマーですら、依頼主のことを『知らないヤツ』と表現する有り様だ。


「面倒くさいことになったな」

「そうだね。依頼主に話をつけてやめさせる……っていうわけには、行かないかもね」


 エステラと顔を見合わせる。

 この一件。どうやって方を付けたものか……


 こちらの勝利条件としては、四十二区の飲食店、並びに住民が、今後一切ゴロツキギルドの不当な嫌がらせに遭わないようにすることだ。

 発生源を特定出来ないのなら、街全体を警備でもするしかないが……


「街門の工事に自警団の多くを派遣しているからね……街の中の警備は今手薄になっているんだ」


 街門の設置は、イコール外壁の破壊とも言える。

 魔獣の多く住む森に外壁が面しているここ四十二区では、自警団の大量派遣は必須だ。万が一のことがあればあっという間に街は壊滅だからな。


「あたいが手伝ってやろうか? マグダやノーマなんかも、結構使えると思うぞ」


 デリアがそんなことを言ってくれる。

 確かにその三人が揃えば、大抵の魔獣には勝てそうな気もしないではないが……


 魔獣もゴロツキギルドも、どちらも向こうの出方をじっと待つしかない持久戦だ。

 この三人を投入して一挙解決とはいかない。なんともやりにくい相手だ。


「そういや、今日マグダはどうしたんだ? 姿が見えないけどよぉ」

「マグダさんは今日、狩りの日なんです」

「あいつ、狩りとかしてんのか?」

「そちらがマグダさんの本業ですから」


 デリアの問いに、ジネットが丁寧に答えている。

 街門が完成すれば、マグダの負担も随分減るだろう。

 だからこそ、自警団を他の仕事に回して作業を遅らせたりはしたくない。


「ねぇ。そのゴロツキギルドは悪いことばかりしてるんだから、こっちから乗り込んで壊滅出来ないの?」


 正義感の塊みたいなパウラには、そうすることが正解に見えるようだ。

 悪は滅ぼされてしかるべき……と。


「戦争になるよ、それじゃ」


 苦笑混じりにエステラが言う。


「ゴロツキがいるのは四十区だけじゃない。ほぼすべての区にいるんだ」

「でも、今回の相手は四十区のゴロツキでしょ?」

「いや、それだけじゃ終わらない」


 エステラは、パウラにも理解出来るように危険性を分かりやすく説明する。


 ゴロツキどもの繋がりは確かに希薄で、誰かがヘマをしてどこかの自警団に捕まったとしても、知らぬ存ぜぬを貫き通すだろう。『俺は関係ない』と。

 だが、自警団が発起しゴロツキ壊滅に乗り出したら……きっとヤツらは団結し、自警団と、行動を起こした領主を攻撃し始めるだろう。

 そうなれば、希薄な繋がりしかなかったゴロツキをまとめて大きな勢力を誕生させてしまうことになる。

 なにせ、ゴロツキにしてみれば明日は我が身なのだ。死に物狂いで抵抗してくるだろう。


「そして、一度誕生した勢力は、その後有耶無耶にはなりにくい。下手に刺激しない方がいいんだ」

「……そう、なんだ」


 もどかしいが、そうする以外に方法が無い。

 俺たちには、この街の腐敗を一掃出来るほどの力などないのだ。


 精々、自分たちの街を自衛するくらいが関の山だろう。


「とりあえず、四十区へ情報収集に行こう」

「そうだね。オットマーが四十区で依頼を受けたというのなら、依頼人も四十区にいる可能性が……無いわけではない」


 まぁ、無きにしも非ずだな。

 自分の身元を隠したければ他区のゴロツキに依頼するかもしれんし……なんとも言えん。


「ポンペーオ」

「もぐもぐ…………何かね?」


 食ってんじゃねぇよ、タルトをよ……


「お前馬車で来たんだろ? ちょっと乗せてってくれねぇか?」

「君ねぇ…………」

「タルト教えるから」

「何往復でもしてくれたまえ」


 いや、そんなには……あ、そうだな。じゃあ何往復でもさせてもらおう。

 この先、四十区へ行く際にはポンペーオの馬車を気軽に使うとしよう。うんうん。言質は取った。嫌とは言わせない。


「ただし、私の馬車は小型でね。乗れてもあと二人だよ」

「狭いのか?」

「私は貴族ではないからね」


 まぁ、自家用馬車を持ってるだけでも大したものだけどな。


「そうか……スペースが無いのか…………」


 俺はメンバーをぐるりと見渡し、同乗する者を選ぶ。


「なら、お前しかいないよな、やっぱ」


 と、エステラの肩をポンと叩き、視線を胸元に向ける。


「省スペースだし」

「……そこのスペースは関係ないと思うけど?」


 拳を強く握るエステラ。

 はっはっはっ冗談さ。……とは、口に出しては言えない。だって、カエルにされちゃうから。



 そんなわけで、俺とエステラは四十区へと行ってみることになった。

 まぁ、収穫は少ないだろうがな。






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