102話 虫

「虫?」

「せや。悪い虫がおるみたいやで~」


 置き薬を追加しに陽だまり亭へとやって来たレジーナ。……つか、こいつは本当に猛暑期と豪雪期には一切外に出なかったらしい。


 そんなレジーナが、大通り付近で噂になっている話を教えてくれた。


「カンタルチカってあるやろ? ほら、あの小尻のぷりんっとしたイヌ耳店員のおる」

「もっと他に表現方法はなかったものか」

「推定Dカップのイヌ耳店員」

「もう店員の説明になってんじゃねぇかよ」


 こいつから情報を聞き出すのは一苦労だ。面白いと思った方向へワザと舵を切りやがる。

 会話に飢えてるんなら友達でも作れよな。


「んでな、そのカンタルチカがちょ~っと、やらかしてもうたらしいんや」

「やらかしたって……虫、か?」

「せやねん。お客さんに出した料理ん中に、でっかい虫が入ってたんやって」

「何にだ?」

「ハンバーグらしいわ」

「……うわぁ…………」

「たぶん、手でこねてる間に紛れ込んでもうたんやろうなぁ」


 ハンバーグのタネを放置して厨房を離れれば、もしかしたら虫が混入してしまうかもしれない。


 つか、ハンバーグって俺が教えてやったんだっけ? 

 カンタルチカの肉はいい肉だからな。切れっパシでも使い方ひとつでご馳走になる。

 祭りの時に陽だまり亭で教えてやった気がする。……余計なことをしちまったかもな。


「……落ち込んでたか?」

「おっぱいか? 逆にちょっと育ってたような気が……」

「真面目に聞いてんだよ」

「ほなら、真面目に……、ワンサイズとはいかへんけど、ハーフサイズくらいは大きくなってたはずやで」

「それじゃねぇよ、俺が真剣に聞きたい情報!」


 何を真剣にパウラのおっぱい成長記録を語ってんだ。

 で、ちょっとだけ興味あるわ! あとで詳しく聞かせてくれ。


「さすがに、ちょっと元気なかったみたいやね」

「そうか……」

「まぁ、自分も気ぃ付けや。いろんなエロいもん触って料理したりしたらアカンで?」

「するかっ!」


 ウチの食堂は衛生面完璧だから!

 小さい虫とか入り込んできてもマグダが瞬殺してるから!

 ちょいちょい『赤モヤ』出しちゃってお腹空かせちゃうけどもね!


「しかし、ちょっと気になるな」

「Dカップか?」

「それもだけど! 虫の話!」


 そういうトラブルは噂になって、後々まで尾を引くからな。


「ちょっと見に行ってみるか」

「Dカップか?」

「学習能力ないの!?」


 アホのレジーナを放置して、俺はカンタルチカへと向かった。

 ……やっぱ、ハンバーグを教えちまったから、ちょっと責任を感じてしまう。


「お~い、パウラはい………………る、な……」


 カンタルチカに入ると、ずどぉ~~~んと落ち込んだパウラが床に蹲っていた。

 虫問題のせいなんだろうか……カンタルチカは臨時休業していた。


「おい、パウラ……大丈夫か?」

「……………………あ、ヤシロ……」


 膝を抱えていたパウラが顔を上げる。

 …………酷い顔だ。瞼が真っ赤に腫れあがり、目の下にはくっきりとクマが出来ている。

 泣き過ぎた上に寝てないのか……分かりやすいな。耳も尻尾もぺた~んとしている。


「聞いたぞ。大変だったな」

「……あたし、もうお店やめる」

「おいおいおい! ちょっと待てよ!」


 お前、今確実にオーナー(父親)の意見聞かずに発言したろ!?

 しかもその発言、結構な効力発揮する重い一言だよな!?


「確かにミスはあったかもしれん! だが、ミスなんか誰でもする! 大事なのは、同じ過ちを二度と繰り返さないことだ!」

「…………でも…………虫……とか…………あたし………………飲食店失格だよ…………」

「とりあえず、『お前が』飲食店みたいなことになってるから、落ち着けな」


 パウラの隣にしゃがみ込み、パウラの頭を撫でる。

 …………この際、イヌ耳をもふもふするのはきっとダメなんだろうな。耳に触れないように注意を払わねば。


「…………お客さんの信用……失っちゃった…………」

「なら、取り戻せばいい」

「………………出来るの、そんなこと?」

「当たり前だろうが……」


 すげぇ、難しいけどな。


「陽だまり亭を見ろよ。爺さんがいなくなってから色々行き届かなくなって、最近までは客が全然来なくなっていたろ? けど、盛り返した。努力は、ちゃんと人に伝わるんだ」


 俺が努力の尊さを説くようになるなんてな……

 努力はして当たり前。その後に付いてくる結果こそがすべて! 努力に価値などない!

 ……と、本当は言いたい。だが、今のパウラにそれは酷だ。まずは、今自分が出来ることに目を向けさせ、それが決して無駄ではないと自信を持たせてやらなければ……こいつは本当に店をやめちまうかもしれない。


 努力は尊い。努力は報われる。努力ってカッコいいよねっ!

 …………自分を騙すのって、つれぇ…………


「とにかく、今から、この瞬間から努力を始めてみようぜ! な!」


 努力は尊いーーーー!

 ……つか俺、今めっちゃ努力してね? 褒めてくれよ、誰か。


「……あたし……何すればいい、かな?」

「とりあえずは再発の防止だな。つらいだろうが、起こった事実と向き合って、なぜそんなことが起こってしまったのか、原因を究明するんだ」

「原因…………分かんないよ」

「それを調べるんだよ! 厨房の中、設備、調理法、全部一個一個見直して、混入する可能性を、どんな小さなものでもピックアップしていくんだ。で、原因を突き止めたら、それを公表する」

「公表っ!?」


 パウラが思わずといった様子で立ち上がる。


「そ、そんなことしたら、ますます信用なくしちゃって、お客さん来なくなっちゃうじゃない!」

「なんで信用をなくすんだよ?」

「だって…………そんな杜撰なやり方してたのかって…………思われるかも……しんないし……」

「そんな杜撰なやり方してんのか?」

「してない! ちゃんと気を付けて、真心込めて作ってる! ……けど、虫が混入するなんて…………ちゃんと出来てなかったってことでしょ……だから、怖くて……」

「怖いのは、分かんねぇからだよ」

「…………は?」


 人は、未知なるものに恐怖を抱くものだ。


「なんで起こったか分からないから怖いんだ。なんで起こったか分からないから、また同じことが起こるんじゃないかと怯えるんだ」

「それは……そう、だけど……」

「そして、それは客も同じだ」

「お客さんも?」


 問題を起こした店があるとして、客が一番嫌うのは不誠実な対応なのだ。

 例えば、食中毒を出した店があったとして、「調べたけど問題なかったんで大丈夫です!」なんて開き直りをする店に、誰が行こうと思う?

 そもそも、調査した結果「分かりませんでした」「問題は見つかりませんでした」なんてのは、能力がないか、何かを隠そうとしているかのどちらかしかないのだ。

 問題があるから食中毒が起こったわけで……その調査をおざなりにやるなんてのは、客に対する裏切りだ。

 対策を立てない店は、「もう来なくて結構です」と宣伝しているようなものだ。


「原因を公表し、それを再発させないためにどういう対策を立てたのか、そうすることで、二度と同じ過ちは犯さないと堂々と宣言するんだ。そうしなきゃ、客は安心して飯が食えないだろうが」

「……そんなことしたら…………お客さん、減っちゃわない?」

「減る。確実に」

「……っ!?」

「だが、いなくはならない。そんで、頑張る姿を見せ続ければ、減った客は必ず戻ってくる。誠意を示せば、きっとその思いは伝わる。俺ら店側の人間に出来るのは、最善を尽くして、あとは客のことを信じるだけだ」

「……お客さんを…………信じる」


 悪意を持って攻撃してくるヤツは増えるだろう。

 だが、ちゃんと応援してくれる人も、少なからずいるのだ。


「本気で店を続けたいなら、絶対に逃げちゃダメだ! 今こそが踏ん張り時なんだ!」

「あたし…………やる! 誠意を見せて、お客さんに信じてもらえるようになるまで、絶対諦めない!」

「よし! よく言ったぞ!」


 ……ふぅ。

 俺の教えたハンバーグのせいで店が潰れたなんて、後味悪いなんてもんじゃないからな。


「あの…………こんなこと、ヤシロに言えた義理じゃないのは分かってるんだけどさ…………」


 もじもじと、消える間際のロウソクのような弱々しい雰囲気を纏って、パウラが俺を見つめる。

 消えてしまいそうなほど弱々しく……けれど、瞳の奥底には芯の強い輝きを持った瞳で。

 どの角度で見上げれば自分が最も可愛く見えるかを熟知したような、少々あざとい上目遣いで…………


「……助けて、くれない?」

「…………卑怯者」

「それは、『パウラちゃん可愛い』って褒め言葉だよね?」


 いけしゃーしゃーと……


「そんな口が叩けるならもう大丈夫だな。んじゃ、一丁気合い入れて調べ尽くすか!」

「うん!」


 飲食店の厨房は、いわば企業秘密の宝庫だ。

 かつてのパウラなら、俺を中に入れたりはしなかっただろう。

 だが、ケーキを伝授したり、たまに陽だまり亭を手伝ってもらったり、陽だまり亭七号店のタコスとコラボしたりと、何かと関係を持つことで徐々に俺に対する警戒心は薄れていっているようだ。


 もっとも、今回は原因究明という大きな目標がある。

 パウラはそれだけ真剣にこの店を盛り返そうとしているのだ。


「ここの厨房は初めてだな」

「部外者を入れたのはヤシロが初めてだよ」

「厳重だよな、ここの機密は」

「そりゃあ、四十二区ナンバーワン飲食店ですから」

「ほぅ……俺を前によくそんな大口を叩けるな」

「陽だまり亭にだって負けないんだから」


 片や食堂。片や酒場。

 客層や料理のコンセプトが違うので一概には比べられないが……


「おっ、これがあのソーセージを作るスモーカーか」


 燻製を作るための大きな箱で、パッと見は木製のロッカーのようにも見える。上部に大きな開き戸があり、下部には大きな引き出しがついている。上部に肉をぶら下げ、下部でスモークチップを燃やし、発生させた煙を上へと送るのだ。

 日本だと、桜の木を細かく切った『さくらチップ』なんかが人気だったりするな。


「へぇ、ヒッコリーのチップを使ってるのか」

「よく分かるね。やっぱりヤシロを厨房に入れたのは間違いだったかな……」

「技術を盗みゃしねぇよ。つか、すでに知ってるし」


 ヒッコリーはクルミの仲間で、北米でよく使われる木材だ。野球少年なら、ヒッコリーで作ったバットを見たことがあるかもしれない。

 で、このヒッコリーはクルミと同様、肉の燻製に非常に適している。いい選択をしている。さすがソーセージが売りの名店だ。


「今度、違う木を使ってスモークしてみろよ。香りが変わると味が全くの別物になるぞ」

「そうなの?」

「なんだ、試したことないのか? リンゴとかブナの木とか、結構いけるぞ」

「へぇ……今度やってみる。木こりギルドも来てくれたことだし……」


 そうか。燻製用の木片は木こりギルドの領分なのか。

 ミリィに頼めば融通してくれそうな気もするが……


 ミリィが所属する生花ギルドは四十二区内の森を管理しており、たまに木こりギルドに依頼をして木を切ってもらうらしい。

 木こりギルドの主な仕事は外壁の外の木を切ることだ。そこらで棲み分けが出来てるのだろう。というか、生花ギルドに木を頼むのは俺くらいなもんかもしれないな。


「……準備、出来たよ」


 俺がカンタルチカ特製のスモーカーに興味を引かれている間に、パウラはハンバーグを作る準備を完了させていた。実際に再現しながら検証してみるつもりらしい。


「作る時の服装は?」

「このまま」

「う~ん……」

「変えた方がいい?」

「まぁ、理想は別の人間が中と外を担当した方がいいんだが……」


 そういう陽だまり亭もジネットが行ったり来たりしているからなぁ……


「まぁ、今はいいや。とりあえずいつも通りに作ってみてくれ」

「う、うん……」


 やや緊張した面持ちで、パウラがハンバーグを作り始める。

 肉の塊をミートミンサーに入れてひき肉にする。

 あのミートミンサーの中に虫が入っていたら……気付かないかもしれないな。


「そのミートミンサーは、ソーセージ用の肉でも使うのか?」

「え? う、うん……ダメ?」

「いや、ただの質問だよ。気にし過ぎるな。怪我するぞ」

「う、うん……なんか、緊張しちゃって……」

「いつも通りでいいから」


 気持ちは分かる。

 普段やっている作業でも、見られていると思うと不安になるもんだ。

 特に、今回みたいに問題点を探す目的で見られている場合はな。


 二度引きしたひき肉をボウルへ入れ、味付けをして手早く捏ねていく。

 うん、上手いな。パウラは努力家なんだろうな。教えてまだ間もないってのに、もう自分の物にしちまってる。けどまぁ、ジネットにはまだちょっと敵わないだろうけどな。


 そして、ハンバーグ作りの見せ場、手のひらに叩きつけて中の空気を抜く工程だ。

 ペチンッ、パチンッと、小気味よい音が響く。


「これで、あとは焼くだけ……なんだけど」

「じゃあ、焼くか」

「でも、……虫、は、ハンバーグの中から出てきたからさ、この段階で入ってないとおかしいんだよね」

「一応最後までやってみるんだ。思い込みで作業を省くのは、検証において最もやってはいけない行為だ。そうやって省いたところに答えがあるかもしれないだろ」

「な、なるほど。そうね。分かった。じゃあ、焼くね」


 パウラはいそいそとフライパンを火にかけ、温め始める。


 もし、焼く直前に虫がハンバーグに付着したのだとしたら……熱から逃れるために熱くないハンバーグの内部へと潜っていったかもしれない…………まぁ、その可能性は極めて低いが。


 厨房にいい香りが広がっていく。


「そういえば、親父さんはどうしたんだ?」

「精肉ギルドに行ってる。肉の運搬中に虫が潜り込んだ可能性がないか調べるんだって意気込んでた」

「あんまり派手にやって反感買うなよ」


 その行為は、「悪いのは俺じゃない、お前だ」と責任を擦りつけるようなものだ。

 仮に運搬中に虫が付着したのだとしても、使用する前に確認を怠った責任からは逃れられない。下手に敵を作るだけだと思うがな。


「出来たよ、ハンバーグ」


 盛りつけまでされたハンバーグが目の前に置かれる。

 うん。美味そうだ。


「……いただきます」

「ヤシロ、もしかして食べたかっただけなんじゃないでしょうね?」

「ちゃんと検証はしてるよ。ただ、すげぇ美味そうだからな」

「ふぅん…………ま、まぁ。そんなに食べたいんだったら特別に食べてもいいけど」

「箸をくれ」

「ナイフとフォークでいい?」

「気取りやがって……」


 ハンバーグは箸で食う方が楽だろうに。


 手渡されたナイフでハンバーグを切ってみる。

 切れ目からじゅわ~っと肉汁が溢れ出してくる。

 これ、絶対美味い。


「…………虫、いない?」

「いても気にしない!」

「いや、気にしなさいよ!」

「ハンバーグと一緒に食えば分かりゃしねぇよ」

「……どんだけメンタル強いのよ、ヤシロ…………」


 虫っつったって、どうせコバエ程度の小さいヤツだろう?

 そんなもん、秋口にチャリンコ漕いでりゃ向こうから口に飛び込んできやがるぜ。

 ……目と口は、ホント勘弁してほしいよな。


「んじゃ。いただきます」


 大きめにカットしたハンバーグを口いっぱいに頬張る。

 大きめにしたのは肉汁を堪能するためだ。細かく切ったのでは、肉汁が逃げてしまうからな。

 ん! 美味い! ご飯の上に乗っけて食いたい。で、肉汁がしみ込んだご飯を掻き込みたい。


「ど、どう? 美味しい?」


 頬張り過ぎたハンバーグを咀嚼していると、パウラが俺を覗き込んで尋ねてくる。

 期待と不安が混同した瞳だ。


「美味い! これはヤバい!」

「ホントッ!? やったぁ!」


 グッと拳を握るパウラ。


「なんなら、毎日食べに来てもいいよ」


 凄いサービスだな。褒められたのがそんなに嬉しかったのか?

 まぁ、陽だまり亭で食うから別にいらねぇけど。


「しかし……別に問題があるようには見えなかったけどなぁ……」


 作業に問題が無いとなると、やっぱり食材に混入していたか……道具……換気窓とか壁の隙間とかを調べてみるか…………


「ね、ねぇ…………」


 絞り出すような声で、パウラが俺を呼ぶ。


「あたし…………嘘、吐いてないよ……」

「……嘘?」


 なんだ、急に?


「自分の悪いところを隠すために、誤魔化したりとか嘘吐いたりとか、本当にしてないからね!」


 あ……そうか。

 虫の混入経路がはっきりせず、で、俺が難しい顔をしたから「こいつ、嘘吐いてんじゃねぇのか?」って疑われていると、そう勘違いしたわけか。……追い詰められてるな、こいつも。


「お前を疑うほど、俺は人を見る目が無い男じゃねぇよ」


 このお人好しだらけの四十二区の中でも、パウラは特に信用のおける相手だ。


「お前がバカ正直な頑張り屋で、いつも真っ直ぐ前を向いて努力してるヤツだってことくらい、俺はお見通しなんだよ」

「……ヤシロ」


 こいつが保身のために嘘を吐くことはないだろう。

 それは、ここで過ごした時間の中で十分過ぎるほど理解している。


 ほら見ろよ。俺が「信じる」と言ってからのパウラの尻尾。すっげぇパタパタしてんだろ?

 あれは「しめしめ、上手く騙せた」って感情じゃない。「わーい! 信じてくれてうれしーなー!」という時の反応だ。

 …………あのパタパタのせいで虫が入ったとか、無いよな?


「作業工程に問題はない。となれば、環境だな。少々時間はかかるが、厨房の中を徹底的に調べるぞ。虫が入ってこられそうな隙間とか、もしかしたらどこかの陰に巣でもあるかもしれん」

「うぇぇ……それを探すのイヤだなぁ……」

「客のためだ」

「そ、そうだね! あたし頑張る!」


 俺とパウラは二人で手分けして厨房の中を隈なく捜索した。

 ウッドチップなんかがあるから、そこに紛れ込んでるのかとも思ったのだが…………結果は白。問題なし。クソムカつく程に綺麗で整理された、清潔な厨房だった。


 ……う~む。参った。

 どうしたものか……


 もういっそのこと「調べたけれど問題なかった。だからもう大丈夫!」って発表しようかな。

 こんだけ頑張ったんだしいいよな。努力って、もっと評価されるべきだと、俺は思うな。


「……くっそ。この店完璧過ぎる。もっと手ぇ抜いて不衛生な経営してりゃあいいものを」

「ダメだよ、そんなの!? ウチは真心込めてお客さんをもてなしてるの!」


 しかし、こうまで綺麗だととっかかりも掴めない…………あ、そうか。


「なぁ。混入した虫ってどんなのだったんだ?」

「…………なんで?」


 物凄く嫌そうな顔をされた。

 虫嫌いなのか? 思い出し虫唾か?


「いや、虫の種類である程度絞れるかもしれないだろ?」


 羽虫ならどこでも入ってこられるが、それがミミズみたいなのだったら侵入経路は限りなく狭まる。


「……実は、戒めのために取ってあるんだよね」

「マジでか!?」


 すぐに捨てろよ、そんなもん……まぁ、今回はありがたいが。


「見せてもらっていいか?」

「…………うん。ちょっと待ってて」


 そう言って、パウラは厨房の奥へと向かう。

 この建物も、二階が住居になっているようだ。厨房を抜けて住居スペースへと向かったのだろう。

 さほど待たされることもなく、パウラが戻ってきた。

 手には、手のひらサイズの小さな箱が握られている。……袋だとなんか嫌だもんな、逃げそうで……死んでたとしても。


「じゃあ、見せてもらっていいか?」

「う、うん……」


 小箱を俺に渡すと、パウラは少し距離を取る。

 虫を見たくないらしい。こういうところ、ちょっと女の子っぽいんだな。


 俺は小箱の蓋をそっと開ける。


「…………は?」


 思わず声が漏れた。

 仕方ない……いや、仕方ないんだ。


 箱の中には、体長が8センチほどもあるバッタのような虫が入っていた。


「……パウラ」

「な、なに?」

「ようやく分かったぜ……何が悪かったのか……」

「えっ!? な、なに!?」


 身を乗り出してくるパウラに、俺はハッキリと言ってやる。


「お前の頭だよ!」


 こんなでっかい虫がうっかりとハンバーグに混入するわけないだろうが!

 これは、悪意を持って入れられた虫だ!


「結論を言ってやろう。カンタルチカは何も悪くない!」

「ほ、…………ほんとに?」


 ほふぅ……と、息を漏らして、パウラが地べたへとへたり込む。

 安堵のために足腰から力が抜けたのだろう。


「…………よかった」


 あぁ、よかった。

 よかったのだが…………別の問題が浮上した。


「これを持ってきた客の顔を覚えているか?」

「え……う、うん。こんなことがあった相手だし……さすがにね」

「どんなヤツらだった?」

「ガタイのいい二人組で、凄く目立ってた。でも、見たことがない顔だったなぁ」

「冒険者か?」

「ってわけでもないと思うんだよねぇ。荷物が凄く少なかったから。それに着ている物も冒険者って感じじゃなかったし……」

「そうか。で、そいつらに金銭的な賠償は請求されたか?」

「え、ううん。ご飯の代金をタダにしただけ……」


 ってことは、ゆすりたかりの類いじゃないってわけか…………

 だとするならば、考えられるのはただ一つ。


「誰かがこの店の評判を落とそうとしているようだな」

「えっ!?」


 ネガキャンというヤツだ。

 悪評を立ててこの店から客を奪おうとでもいうのか……それとも、潰してやろうとでも画策したのか……


 なんにせよ。


「とっちめてやんなきゃいけねぇよなぁ……そういうバカは」



 二度と、この街をウロつけなくなるくらいには、な。






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