101話 笑顔の素
「いやぁ、ホント助かったぜヤシロ」
ランチが終わり客足が少し落ち着いた頃、モーマットが汗を拭いながら陽だまり亭にやって来た。
ついこの前まで豪雪に閉じ込められていたかと思えば、今日なんかは少し汗ばむ気候だ。一月だってのによ……この街は生き物を排除しようとしてるんじゃないだろうか?
「お前の言う通り、畑に石灰を撒いたら食物の育ちがよくなってな。アスパラなんか、見てくれ、こんなにデカくなったんだぜ」
「なんなんですか、石灰って?」
モーマットに水を持ってきたジネットが俺を覗き込みながら言う。いいんだよ、コイツに水なんか。どうせちょっと寄っただけで飯を食ってく気なんかないんだから。
「何と言われると困るんだが……カルシウムとかマグネシウムとかは分かるよな?」
「分かりません」
素敵な笑顔で即答された。そうか……その時点からもう分からないのか。じゃあ、消石灰とか苦土石灰とか言っても余計混乱させるだけだな。
「いやな。大雨の後から、どうも作物の育ちが例年に比べて悪くなった気がしててよ。『なんでかなぁ~、おかしいなぁ、おかしいなぁ』って思ってたんだがよぉ」
モーマットが、夏場によく怪談をやってるタレントみたいな話し方でジネットに説明する。
異世界にもいるんだなぁ、こういうしゃべり方するヤツ。
「んでよ。肥料とかの分量を変えてみたんだが上手くいかなくて……」
「それでヤシロさんに?」
「あぁ。プロの農家として、素人に教えを請うのはどうかと思ったんだが……まぁ、ヤシロは特別だからな。何かいい案があるなら教えてもらって、いい野菜を作ることこそがプロとしての矜持だろうと思い直したわけだよ」
「そうですね。美味しい野菜がたくさん採れると、みんな幸せですからね」
プロ云々の話はまるで響いてないようだぞ、モーマット。
ジネットにとっては、意地やプライドなど瑣末なことに過ぎんのだ。こいつはどんな相手にでも、どんな些細なことからでも学ぶことが出来る。そういう意味合いで言えば天才なのだ。
まぁ、そこに付け込まれる隙があったりもするんだけどな。
「それでヤシロに相談したら、『土に少量の石灰を混ぜてみろ』って言われてよ」
「わたし、見たこともないです、石灰」
「まぁ、簡単に言えば白い粉だ。口には入れちゃいけない系のな」
「そんなもんを大切な土に混ぜろとか言うからよぉ、俺ァてっきり『あぁ、ヤシロは最近おっぱいおっぱいばかり言ってるからおかしくなっちまったんだな』って思ってよぉ」
おいコラ!
誰がおっぱいおっぱいばかり言っとるか!
「失敬なヤツだな、このワニは」
「そうですよ、モーマットさん。ヤシロさんのおっぱい好きは、最初からです」
「いや、そういうこっちゃねぇよ!」
くすくすと笑うジネット。
こいつは最近、こういう冗談を言うようになってきた。エステラやマグダに影響され過ぎているんじゃないか?
「なんか、ジネットちゃん変わったなぁ」
「そうですか?」
「あぁ、前より綺麗になったよ」
「そんなこと……」
「ブラジャーをつけるようになったからな。ラインがすっきりして見えているんだろう」
「おっぱいの話してるじゃないですか!」
「おっぱいの話してんじゃねぇかよ!」
「おっぱいの話して」までが完全にユニゾンだった。息ピッタリだ。
お笑い養成所でもあるんじゃないだろうな、この街。
「それで、石灰を混ぜると野菜が育つようになったんですか?」
「そうなんだよ。あんなもんにも栄養があったんだなぁ」
「ねぇよ」
こいつは、俺の説明をまるで聞いてなかったのか?
栄養があるとか勘違いして土に混ぜ過ぎると野菜がダメになるぞ。
「雨なんかの影響で、水素イオンがたまって土壌が酸性に傾くんだよ。多くの作物は中性か弱酸性の土を好むから、作物にとっていい土壌に戻してやるために、たまった水素イオンを除去する必要がある。その方法として石灰が用いられる――って、前に説明しただろうが」
「いや……その、さんせーとかちゅーせーとか、難しくてよ……」
「石灰を撒き過ぎると、野菜は育たなくなるんですか?」
「アスパラやほうれん草はアルカリ性の土を好むみたいだけどな」
まあ、それも限度はあるが。
「ちゃんと分量守ってるんだろうな? アスパラが超育ってるみたいだけど?」
「ん……あ、いや…………ま、守ってる……ぜ?」
俺は腕を真っ直ぐ伸ばしてモーマットを指さす。
「『精霊の……』」
「ごめんなさい! ちょっと多めに混ぜちゃいました!」
まったく……
「これだから素人は」
「立場が逆転しちゃいましたね、モーマットさん」
「……くぅ、面目ねぇ」
くすくすと楽しげに笑うジネット。
こんな穏やかな時間が、ここ陽だまり亭の魅力な気がする。
「たーのもー!」
「たのもー!」
「あもー!」
賑やかに、ガキの声が響いてくる。最近よく見かけるママ友グループのガキたちだ。
陽だまり亭のドアを開け、ダンジョン最深部のボスの部屋へ挑む勇者パーティーのような真剣な表情で食堂へと入ってくる。
伝説の武器か、はたまたレア装備か……そんな雰囲気で、ガキどもは領主のエンブレムが描かれた旗を握りしめている。いや、装備している。
「あのね、この旗ね、装備してるとね、パワーがたまってね、くじ引きでね、当たりがね、出やすいんだよ!」
「「そうなんだよ!」」
ガキどもが自慢げに教えてくれる。
はっはっはっ、そーかそーか、そーなのか。
うん、ガセだぞそれ。
何を真に受けてやがるんだ。そんなわけないだろうが。これだからガキは……バカなんだからよぉ。
「よし、お前らの夢を踏みにじってやろう!」
「ダメですよ、ヤシロさん! 子供の頃はあぁいうおまじないとかジンクスとか、凄く重要なんですから! 命がけだったりするんですから!」
まぁ、確かに。『白線から落ちたら死ぬ』とか、すげぇ真剣にやってたっけな。
そういえば……
俺は左腕に巻きついているプロミスリングに視線を向ける。
高校入学の日に切れてしまったはずのプロミスリングは、この世界に転生してきた時、どういうわけか復活していて、今もなお、俺の左腕にしっかりとくくりつけられている。
襟元に隠した五百円玉といい、俺の高校入学時の装備をそのまま再現してくれたってことなんだろうな。
で、このプロミスリングも、言ってしまえばくだらないおまじないに過ぎないわけだ。
けど、どういうわけかいまだに外そうって気にはならない。
つまり、ガキたちが領主の旗を後生大事に握りしめてるのも、そういうことなんだろう。
……やれやれ。しょうがねぇな。
「ジネット」
俺は、ジネットを呼んで耳打ちをする。
「あのガキどもに、『おまじないは本当だった』って思わせてやってくれ」
「それは、『クジの中身を全部当たりにしておけ』ということですか?」
「露骨に言うなよ。不正みたいだろ」
「うふふ……そうですね。優しさと不正は、きっと違いますよね」
ふん。違うもんか。
どんな崇高な考えがあろうが不正は不正だ。
まぁ、オマケのオモチャがガキどもの手に渡るくらい、大した損失ではない。
だが、ここであのガキどもが『おまじないは本当だった』と言いふらしてくれれば、おまじないを信じたガキどもが親におねだりをして、またお子様ランチを食いにやって来てくれるという寸法だ。
これを俺は『撒き餌』と呼んでいる。
ケチって一等を出し渋る店よりも、たまに大当たりを出して「ここは当たるんだ」というイメージを客に与えている店の方が結果的には儲けが大きくなる。
UFOキャッチャーなんかに、大当たりしたヤツの写真を貼り出してあるのは、まさにそういう意図だ。
ガキどもから数分遅れて、ママ友グループが来店する。するや否や、勝手に入店した我が子に拳骨を落とす。
こっちの母親はパワフルだな、相変わらず。
「んじゃ、俺はそろそろ戻るぜ。あ、そうだ。このアスパラよかったら使ってくれ」
「おう。ウーマロあたりを突っついて遊ぶよ」
「食いもんで遊ぶな! ちゃんと食え! 茹でて食え!」
「いや、食い方は好きにさせろよ……」
畑の報告に来ただけのモーマットがのそのそと食堂を出て行く。
……あいつも、たまにはなんか食っていけっての。
「ぅほぉぉおおおおおっ! あたったぁぁぁああああっ!」
モーマットが出て行くのとほぼ同時に、ガキの奇声が響き渡る。
見ると、領主の旗を掲げたガキんちょが立ち上がって拳を突き上げていた。
他の二人は羨ましそうな顔でそのガキを取り囲む。
「いーな! いーな!」
「おまじないきいたー!?」
「きいたぁぁぁああああああああぃぃぃぃっやったぁぁあぁああああああっ!」
……そんな嬉しいか。
「それじゃあ、次の人~。今度は当たるかなぁ~?」
教育番組のお姉さんみたいな口調で、ジネットが次のガキに話しかける。
当たりが確定しているからか、にっこにっこ顔が留まるところを知らない。
いつもは、「もし外れたらどうしましょう……」みたいなハラハラ顔なのに……おまけに、もし外れた時に傷が大きくならないように「当たるかなぁ?」なんて絶対言わない。
俺がガキならこの瞬間に確信するね。「あ、今日は外れ無しだ」って。
俺は喜ぶガキどもに悟られないようにママ友グループのもとへ行き、こっそりと種明かしをする。
あらかじめ言っておけば変な勘繰りは起こらない。
「今日は、新年特別サービスで外れ無しの大サービスなんだ」
「あら、そうなの?」
「悪いわねぇ、いいの?」
「ほら見て、ウチの子。バカみたいに喜んじゃって。ありがとうねぇ」
「いやいや。またよろしくな」
こうやって、「サービスだぞ」と強調しておけば、どっかのバカ親が「ウチの子にも当たりを引かせろ! 不公平だ!」とかあとで突撃してくるのを防げるだろう。
今、この場にいなかったお前が悪い。
ママ友グループが全員でいい思いをしたのだから、こいつらは陽だまり亭の肩を持ってくれる。擁護する者が多い場所に、クレーマーはやって来ないものだからな。
「あぁぁぁああああああああったったったったあああああああああっ!」
「えー! ずるいずるい! あたしもー!」
他二人が当たりを引き、最後に残った幼女が泣きそうな顔をしている。
「それじゃあ、お姉ちゃんと一緒におまじないしましょうか?」
「おまじない?」
「領主様にお願いしましょう。当たりを引かせてください……って」
「うん……りょーしゅさま…………あたりをひかせてくだしゃい……」
「さぁ、当たるかなぁ?」
「…………」
不安げな顔でレバーを引く幼女。
そして、当然ながら、領主の旗が転がり落ちてくる。
「でたぁぁぁああああああっ! ぴぎゃっぁあああああああっ!」
なんだか分からない声を上げる。
怪獣か……
しかし、いつの間にか領主の旗も人気になったものだな。最初は嫌そうな顔しかされなかったのに。
「じゃあみなさん。領主様にお礼しましょうね。そうすると、もっとパワーがたまるかもしれませんよ?」
「「「ホントッ!?」」」
ジネットが適当なことを言う。たまんねぇぞ、パワーなんて。そもそもパワーってなんだよ。
でも、ジネットなら本気で信じているのかもしれない。感謝の心で幸運を呼び込めると。
「領主様」
「「「りょーーーーーしゅさまぁーーーー!」」」
「ありがとうございます」
「「「あーーーーーーーがとーーーーーーーざまーーーーーーーーーーーーす!」」」
ちょっとマダムっぽくなってないか? ザマス?
「では、お料理を用意してきますね」
「「「わーい!」」」
まさかの全員大当たりで、テンションが最高潮のガキどもは、母親の制止も聞かずに大騒ぎだ。……俺、これを日本でやられてたらブチ切れてるかもしれん。
だが、……陽だまり亭で…………他に客もいなけりゃ、これくらいはいいか。
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい! ばんざーい!」」
……なんか、変な愛街心が目覚めてないか?
この輪が広がって、いつか独立宣言とかしないだろうな……
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「ぅぉおっ!? な、……なんだい、これは?」
絶妙のタイミングで陽だまり亭にやって来たエステラ。
ガキどもの浮かれように目を丸くする。
「ヤシロ……何があったの?」
「あぁ、実はな……」
これまでのいきさつを説明してやると「なるほどねぇ」と、頷く。
「確かに、誰かが当たりを引くと、『自分ももしかして』って思っちゃうよね」
「しかも、自分だけが当たってないと思うと意地になったりしてな」
「それは……散財しそうなパターンだね」
エステラが苦笑を漏らす。
だが、浮かれ、はしゃぐガキどもを見て、再びにへらと締まりのない笑みを浮かべた。
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「りょーしゅさまー」
「「ばんざーい!」」
「…………なんか、気分いいね」
「なら、独裁者の素質があるかもな」
「領民の支持を得れば誰だって嬉しいものだろう?」
「ガキだけどな」
「無邪気な子供の支持が一番嬉しいじゃないか。純粋に好きでいてくれるんだなって」
今のエステラなら、どんなことでも肯定してしまうだろう。
非常に上機嫌だ。
以前、領主の旗が不人気でべそをかいていた時とは大違いだ。
「おまたせしました~」
「「「わっぁああああああいっ!」」」
……にしても、あいつらのボリュームは常にMAXなんだな。いい加減耳が痛くなってきた。
「「「静かに食べなきゃ、オモチャ没収」」」
「「「…………」」」
母親の一言で、ガキどものボリュームがMINになった。いや、ゼロだ。
極端だなぁ……
「ミートソースパスタです」
うん。ちゃんと出てるな、パスタも。
「ごゆっくりどうぞ」
ママ友グループに頭を下げるジネット。
こちらを向いて笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ、エステラさん」
「やぁ。ボクもパスタをもらおうかな」
「素パスタとかどうだ?」
「ミートソースつけてよ!?」
えぇ……ソースいる派~?
まぁ、いらない派を見たことはないけどな。
「んで、街門の進捗具合はどうだ?」
「順調だよ。地盤の調査も終わったし、土台の工事に取りかかってる」
門の建設予定地に地下水脈でもあろうものなら、門が倒壊する危険がある。
もっとも、もともと外壁を建設してある場所だから、事前に調査は成されているはずなので、今回は念のための再調査ということらしい。
「『街門が壊れました』なんて、シャレにならないからね。特に、四十二区の外には凶暴な魔獣がいるから」
外壁を壊し街門を作るということは、その魔獣の侵入をこの先ずっと人の手で防ぎ続けなければいけないということだ。
「お前んとこの自警団、頼りになるんだろうな?」
「腕に覚えのある精鋭揃いだよ。武術大会に出場でもすれば、みんな予選くらいは突破出来るはずだ」
「……よっわ」
「……まぁ、平和な街だからね、四十二区は」
確かに、重装備の兵士とか見たことないからな。
「これから徐々に鍛えていくさ」
「マグダやデリアに稽古をつけてもらえよ」
「その二人じゃ……初日にみんなやめちゃうよ」
まぁ、俺も逃げ出すだろうな。
あいつらは、人間が太刀打ち出来るスペックを軽々と超えちまっているんだ。
もし、俺がデリアの背中に張りついて自爆したとしても、デリアはケロッとしているだろう。
俺、犬死に……
「まぁ、あと二ヶ月もあれば完成すると思うよ」
今が一月だから……二月末か、三月の頭には街門が出来てるわけか。
待ち遠しいね。
街門が出来たら、いよいよ陽だまり亭の前の道が整備される。立派な街道になるのだ。
そうすれば、最大のハンデキャップ、立地の悪さをひっくり返せる。むしろ、最高の場所になるだろう。
「工事は順調、順風満帆。新年早々縁起がいいね。今年はいい一年になりそうだよ」
「ババ臭いこと言ってんじゃねぇよ。垂れるような乳も無いくせに」
「関係ないだろ!? それに、垂れない方がいいじゃないか!」
いや、お前。
垂れたら垂れたで、それはそれなりに楽しみ方が……
「お待たせしました」
最も重力に引っ張られそうなジネットが、重力の影響などまるで受けつけないエステラのパスタを持ってやって来る。
こいつらにかかっている重力は、果たして同じなのだろうか……
「ボクとしては、今は実に好ましい状況なんだよ。面倒な書類仕事から解放されて晴れやかな気分なんだ。ここからは工事現場での監視や視察がメインだからね」
街門を作るにあたり、諸々の許可や申請、根回しなどなど、複雑で面倒くさい仕事を散々やってきたのだろう。それらから解放されたエステラは清々しい笑みを浮かべていた。
エステラの言う通り、今年はいい年になるかもしれないな。
なんというか、幸先がいい。
ガキどもに大サービスしてやった分も、全然悔やまれない。
なんだか、心が広くなった気分だな。
「「「ごちそーさまでした!」」」
ガキどものデカい声がして、それを合図にジネットがテーブルへと向かう。
食べ終わった食器を下げ、オモチャの入った籠を持ってくる。
最初は料理と一緒に出していたのだが、ガキどもがオモチャに気を取られて飯を食わないと指摘を受け、オモチャは後渡しに変更したのだ。
「オモチャが欲しかったらいい子にして、全部残さず食べること!」
こっちの母親は、子供のしつけが上手いと思う。
「では、この中から好きなものを一つずつ選んでください」
袋に入った粘土の蝋型。ベタベタ触るのは禁止されている。
直感で選んで、それを受け取るのだ。
ガキどもは意外とルールを守ってくれる。
そのルールまで含めて楽しんでいるのか、親のしつけの賜物か。
散々悩んでオモチャを選び、袋を開けて歓喜する。
そりゃそうだろう。今日から新しい型が追加されたのだ。
雪に閉じ込められた中で、ベッコとミーティングをして試作品を作っていたのだ。
「おかーさん! おもちゃで遊んできていい!?」
「いーい!?」
「いいでしょー!」
飯を食い終わり、おもちゃを手に入れれば、ガキどもが食堂に留まる理由はない。
こいつらの遊び場は、この近くにあるちょっとした広場なのだ。
「はいはい。行っておいで」
「夕飯までに帰るんだよ!」
「ケンカしないで、仲良くね!」
「「「はーい!」」」
近所で遊ぶくらいなら、いちいち親が目を光らせておく必要もない。
昔の田舎みたいに、何かあったら近所の誰かが助けてくれたりする。
四十二区は、そういう街なのだ。
「おねーちゃん、またねー!」
「またねー!」
「またー!」
「は~い! みなさん、またいらしてくださいね~!」
ガキどもがジネットに手を振り、ジネットがそれに応えるように手を振り返す。
と、今度はガキどもが一斉に俺へと視線を向ける。
「にーちゃん、またねー!」
「「またねー!」」
「おぅ、またな!」
ん?
…………あれ? なんだ、これ?
なんだか……いま…………
「どうしたんだい、ヤシロ?」
「え? あ、いや……」
今、なんとなく……引っかかるものが…………あっ! まさか!
「なぁ、エステラ!」
「なんだい?」
「『おぅ、またな』って、『お股』に聞こえるから、ガキどもに言うのは好ましくないかな!?」
「そんなこと考えるのは君だけだよ!?」
「いや、でも! ガキに『お股』って!」
「『お股』『お股』言うなっ!」
エステラにチョップをもらった。
脳天が痛い……まったく、俺が青少年の教育に関して真剣に考えていたというのに……
ま、そんな深く考えるほどのことでもないか。
ただの挨拶だしな。
外は天気も良くて。
吹き込む風は気持ちよくて。
ガキどもが遊ぶには絶好の天気だろう。
こんな清々しい日に問題なんか起こるわけがない。
…………はずだったのだが。
問題ってのは、突然やって来るもんなんだよなぁ……ったく。
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