挿話15 陽だまり亭の年末年始

☆★☆★☆★☆★☆★




「シスター。準備が出来ました」

「ベルティーナさん、もち米、すっごいほっかほかです!」

「……子供たち、手伝えー」

「「「ぅわ~い!」」」


 ジネットをはじめ、陽だまり亭のみなさんが教会に来て、また面白いことを始めました。


「いいかガキ共! 働かざるもの食うべからず! ちゃんと手伝いをしねぇヤツには一つも食わせねぇからな! 分かったか!?」

「「「はぁ~い!」」」


 今回も、ヤシロさんが発起人となり、子供たちを喜ばせるために企画してくださったのだとか。本当に、面倒見のいい方です。


「じゃあ、今言ったことをあそこの働かないのに人一倍食うシスターに言ってきてくれ」

「「「シスター! 働かざる者食うべからずだってー」」」


 ヤシロさん……子供たちを使って牽制してくるとは…………これはきっと、よほど美味しい物なのでしょう。わくわくが止まりません。


「ヤシロさん、臼と杵の具合はどうッスか? 一応、言われた寸法で作ったッスけど」

「あぁ、バッチリだ。それからミリィ、ケヤキの木ありがとな」

「ぁ……ううん。クリスマス、楽しかったから……」

「いい娘だなぁ、ミリィは…………それに比べてどこかの木こりギルドは!?」

「仕方ないではありませんか!? 木こりギルドの支部はいまだ住居しか存在しないのですから! ウーマロさんの怠慢ですわ!」

「ちょっと待ってッス! オイラ今、街門の工事で滅茶苦茶頑張ってるッスよ!?」

「ヤシロ。早く始めようよ。もち米を持ち続けてるロレッタが涙目だよ?」

「あ、熱いです! 早く次の指示が欲しいです!」


 生花ギルドのミリィさんが森から木を持ってきて、それをトルベック工務店のウーマロさんが加工した『臼』と『杵』というものを使って、今日は『餅つき』ということをするのだそうです。

 これから何が起こるのか、子供たちがわくわくとヤシロさんの周りに集まっています。


「よし! じゃあ、最初は俺が手本を見せるからな。餅を搗くタイミングで『ぺったん、ぺったん』って掛け声があると盛り上がるんでよろしく!」

「「「はーい!」」」

「じゃあ、みんなが言いやすいように、エステラ、前へ」

「うん、言うと思ったよ!」


 いつも賑やかで、彼がいると子供たちが生き生きとしています。本当に……不思議な方ですね。


 それから、盛大な掛け声を上げて餅つきが始まりました。

 最初はヤシロさんが搗いていたのですが、もち米を混ぜる方のタイミングが難しいらしく、ジネットが苦戦をしていました。そこで選手交代をし、ヤシロさんが混ぜ手を、そして搗き手はマグダさんです。


「…………一撃で仕留めるっ」

「加減しろよ!? 臼、これしかないんだからな!?」

「……善処する」

「んじゃ、せーのぉ!」

「「「ぺーったん! ぺーったん!」」」


 今度はテンポよく餅が搗かれていきます。

 これは見ていて楽しいですね。子供たちも大喜びです。


「ボクにもやらせて!」

「……では、選手交代」

「んじゃ、エステラ。行くぞ」

「いいよ! せーの!」

「「「………………」」」

「ちょっと、みんな! 掛け声は!?」

「バカ、……子供に気ぃ遣わせんなよ」

「言っていいから! 『ぺったんぺったん』言っていいから! むしろ言われない方が傷付くから!」


 最近、ウチの子供たちはヤシロさんに似てきた気がします。

 うふふ……面白い大人になってくれると嬉しいですね。


 それから、子供たちも交えて何度も何度も餅米が搗かれ……やがてそれはお餅へと変わりました。


「ヤシロさん。あんこときな粉の準備が出来ました」

「じゃあ、餅を小さく切って味を付けてくれ」

「ヤシロさん」

「あぁ、ベルティーナさんも手伝って……」

「はい。とても美味しいです」

「もう食ってんのかよ!?」


 一番乗りです。よく伸びます。美味しいです。

 これは、夢中になる美味しさです。

 これは、早目に言っておいた方がよさそうですね……


「おかわり」

「今、出来たとこだろうが!?」


 私は、それからの数十分間、無心で食べ続けました。これは、年が明けても是非やりましょう! そうしましょう。




☆★☆★☆★☆★☆★




「はぁ……ボク、もう食べられないよ」


 お餅は、結構小さいと思っても、食べているとお腹にドカッとたまるものだ。

 今日は仕事で来られなかったナタリアに、お土産で持って帰ってあげよう。


「よう、ぺったんこの神様」

「誰がぺったんこの神様だい!?」


 あんこときな粉、二種類の味付けがされたお餅を持って、ヤシロがボクの隣にやって来た。


 教会の庭を借りて行われている餅つき大会は、全員がそろそろ満腹になり始め、一段落といったところだろうか。

 なんでも、ヤシロの故郷の風習で、この後『鏡餅』というのを作るらしい。そして、年明けまで飾っておくのだとか……なぜお餅を?


「二十八日は末広がりで縁起がいいとされててな。まぁ、俺も詳しくないんだが、折角だから便乗したんだ」


 クリスマスや誕生日……そして今日……

 ヤシロの故郷ではやたらと『日付』を気にするようだ。ボクたちにとっての日付は、作物の収穫や、工事の進捗、税金の徴収など、仕事の期間を見るためのものに過ぎない。

 なんとなく、一年に一度しかない『その一日』を楽しもうとするヤシロの故郷が、少し羨ましく思えた。


「年が明けたら、今度は何をするんだい?」

「ん? 正月か?」


『しょうがつ』という言葉に馴染みはないけれど、きっとヤシロの故郷なら色々なことをするのだろう。少し、興味があった。


「色々やるぞ。羽根つきとか」

「はねつき? どんなのだい?」

「二人でやる遊びなんだがな……なんて言やぁいいかなぁ……木で出来た羽子板ってヤツを持ってな、交互に羽を打ち合うんだ」

「板を持って、羽を……交互に打ち合う?」


 羽? …………鳥?

 頭の中に、木の板を持って、逃げ惑うニワトリをその板で交互に打ちつける二人組の映像が浮かぶ。


「残酷だよ!?」

「残酷?」


 ニワトリが可哀想だ……そんな危険な遊びは断固阻止しなければ。


「あとは凧揚げとかな」

「たこあげ……」


 頭の中に、うねうねと動くタコを高温の油に叩き込む映像が浮かぶ。


「油跳ねちゃうよ!?」

「なんのことかは分からんが……とりあえず違うから」


 なんだか生き物を苛めるようなものばかりだ。

 もっと平和な遊びはないのかな?


「すごろくとかは、真剣にやると意外と面白いんだよな」

「すごろく?」

「紙にマス目が書いてあってな。サイコロを振って出た目の数だけ先に進めるゲームで、一番最初にゴールしたヤツが優勝なんだ」

「…………おもしろいの?」

「面白い! マス目に命令なんかを書くと、一層面白い!」


 ヤシロが自信たっぷりに言う。

 ヤシロがそこまで言うんならきっと面白いのだろう。……ちょっと、やってみたいかも。


「よぉし! それやろうぜ、あんちゃん!」


 背後から、突然声をかけられ、ボクとヤシロは肩を震わせる。

 振り返ると、砂糖工場のパーシーが立っていた。今日も目の周りの黒いメイクが決まっている。


「なんでお前がここにいる?」

「いやぁ、まぁ、ちょっといろいろあって……みたいな?」


 パーシーがこういう態度を取るということは……おそらくもう間もなく……


「ごめんくださ~い! 卵をお届けにまいりましたぁ~」


 ……ね?

 ネフェリーが教会へ卵を届けにやって来た。


「あれ、これ何? みんな、何してるの?」


 ボクたちがやっていた餅つきに興味を示し、テンションを上げるネフェリー。


「も~ぅ! 何かするなら呼んでよねぇ!」

「ですよね、ネフェリーさん! みんな一緒がいいっすよね!」

「ぅわっ! ……ビックリしたぁ。パーシーいたの?」

「はい! あんちゃんとオレ、マブダチっすから!」

「……えぇ……いつからぁ……」

「そんな嫌そうな顔すんなよ!? 泣くぞ!?」


 パーシーはどこかでネフェリーの情報を聞きつけてここに先回りしていたわけだ。……ストーカーだね、もはや。


「つかさ! さっき話してた『すごろく』っての? あれ、みんなでやらね? どうです、ネフェリーさんも一緒に!」


 そうやって、ネフェリーと遊ぶ約束を取り付けるつもりか……恋に真っ直ぐだね、ストーカータヌキ。


「え~、何それ? またヤシロの考えた遊び?」

「俺が考えたんじゃない。俺の故郷に古くから伝わる伝統ある遊びだ」

「やってみたいなぁ。あ、でも……この時期は忙しいし……」

「三十一日の夜でどうすかね!? みんな、仕事納めして、その時間からヒマっしょ?」

「……おい、陽だまり亭で年を越す気か?」

「さすがあんちゃん! 話が分かるねぇ!」

「ふざけんなよ……年末年始くらいゆっくりさせてくれよ……」

「……(砂糖、大量に持っていくから!)」

「……(お前、そればっかりだな)」

「……(使うだろ、砂糖!? ケーキ、マジウメェし!)」


 男同士でこそこそと内緒話をしている……けど、丸聞こえだ。


「ヤシロさん、どうされたんですか?」

「……男同士の危険なマグワイ」

「うわぁ……お兄ちゃん、そのタヌキより、ウーマロさんの方がまだ利用価値あるですよ」

「酷ぇな、普通の娘!?」

「オイラに対しても酷いッスよ!?」


 パーシーが騒ぐから、みんなが集まってきてしまった。


「みんなでさ、陽だまり亭で『年越しすごろく大会』とかどうよ!? って話なんだけど」

「面白そうですね。ウチでよろしければ、みなさん是非お越しください」

「……おいおい、ジネット…………」

「楽しそうじゃないですか」

「…………まぁ、お前がそう言うなら……」

「よっしゃあ! 決まりだぜぇ! ね!? ネフェリーさんもいいですよね!?」

「そうねぇ……仕事納めの後なら……」

「やったぁー! ネフェリーさんとお泊まりだぁぁあ!」


 感極まったパーシーが叫ぶが、……さすがにその発言は…………


「…………あ、今のなしで。忘れて」

「ヤシロ。寝室は男女で別のフロアね」

「どうせそうなるよ」

「あぁ! 違うんです、ネフェリーさん! これは、そうじゃなくて!」


 ネフェリーの、パーシーに対する好感度が下がったようだ。

 今更取り繕うより、別の方法で挽回した方がいいと思うよ、男なら。


「う~ん……ボクは行けるかなぁ……」


 両親は、まぁいいとして……ナタリアを説得しなきゃなぁ。意外と頭が固いところがあるからなぁ……年越しは家で……とか、言いそうだな。


「反対ですわ!」


 ただ一人、きっぱりと異を唱えたのはイメルダだった。


「ワタクシ、年越しは実家に戻るようにときつく言われておりますの。ですので、陽だまり亭での年越しは延期を要求しますわ!」

「いや、陽だまり亭はどこの異空間に閉じ込められるんだよ?」

「年越しは延期出来ませんので……またの機会にお泊まりしに来てください」

「イヤですわイヤですわ! ズルいですわズルいですわ!」


 いやいやモードに入ったイメルダ。

 面倒くさいのでここは無視しよう。どうせ、抗ったって運命は変わらないのだから。


 そして三日後……十二月三十一日の夜。

 すごろく大会は開催された。




☆★☆★☆★☆★☆★




「こ~んにちわ~!」

「あ、ネフェリーさん。いらっしゃいませ」


 私が陽だまり亭に着くと、すでに多くの人がそこにいた。

 ……なんか、食堂の様子が…………


「どうしたの、これ?」

「なんでも、すごろくというのはみんなで車座に座って行うのがマナーだと、ヤシロさんが」

「へぇ……奥が深いのね」


 食堂のテーブルと椅子が隅に退けられ、床の上には敷物が何層も重ねて敷かれていた。

 あ、なんだか温かい。


「敷物の間にワラを挟んであるんです。床は冷たいですから」


 こういう一工夫が心憎いのよね、陽だまり亭って。

 薪ストーブがパチパチと音を立て、空間を暖めている。


 敷物の上にはたくさんの丸が書かれた大きな紙が広げられており、その下に平べったい木の板が置かれている。きっと、敷物の下に敷いたワラのせいで紙が傾かないようにだと思う。


「今は何をしているの?」

「命令を書き込んでいるんだ。お前も何か書くか?」


 話を聞くと、自分のコマが止まったマスに書かれた命令には従わないといけないらしい。

 じゃあ、あんまり変なことは書けないよね……


「『一番おっぱいの大きい人が水着になる』っと……」

「そういうのは無しですよ!?」


 ……変なことを書く気満々の人がいた…………


「ネフェリーさん。ここどうぞ! あいてますから!」

「あ、ありがとう」


 四十区で砂糖工場をやってるパーシーだ。とても気が利いてちょっと変で面白い人。

 獣特徴に見える目の周りの黒いのはメイクなんだって。……そんな小さいこと、気にしなきゃいいのにって、私は思うけどなぁ。


 すごろくの周りにはヤシロから右回りに、ジネット、エステラ、ロレッタ、私、パーシー、ウーマロ、マグダが座っている。


「あれ、今日ナタリアは?」

「さすがに連れてこられなかったよ……メイド長だしね」


 そういえば、エステラってどこかのお嬢様なのかな?

 なんか、色々とヤシロと二人でやってるみたいだけど。……木こりギルドのイメルダとも仲いいし。


「ネフェリーさんも何か書くです?」


 ロレッタが私にペンを渡してく…………筆? なんで筆?


「あぁ、その筆はあとで使うんだ。気にしないでくれ」


 気にするなと言われたら、まぁ気にはしないけれど……チラッと見ると、『顔に落書きされる』って命令が目に飛び込んできた……そのための筆のようだ。

 まったく。ヤシロって相変わらず変なことばかりするわね。ちょっと、私みたいな普通の思考回路では考えが及ばないわ。

 ……まぁ。そういうところが他の男の人と違って………………


「――っ!?」


 自分で考えたことで、なんか恥ずかしくなっちゃった……

 バカバカ、私……何考えてんのよ……


「ん? どうしたネフェリー?」

「へっ!?」

「トサカが赤いぞ?」

「いつものことよ!」


 ……もう。

 人がこんなに照れてるのに、いつもヤシロは…………鈍感って、罪だと思うんだよね。

 ヤシロみたいなタイプは、面と向かって想いを伝えなきゃ、いつまでたっても気付いてくれないんだろうなぁ……なんて、思う。


 ……想いを、伝える…………か。


「ここに書いてもいい?」


 私は、『あがり』と書かれた大きなマスの一つ手前を指さして言う。


「あぁ。最後の難関に相応しいのを頼むぜ」


 楽しそうに笑うヤシロ。

 そんな余裕な表情をしていられるのも今のうちよ…………


 私は、そのマスに命令を書き込む。

 ヤシロと……自分を追い込む命令。



『好きな人に自分の想いを伝える』



 私が書き込んだ文を見て、ヤシロの表情が変わる。

 意識……したわね。


 少し……怖い。

 けど、折角の機会だから……


 もしヤシロがここに止まって、私じゃない人に想いを伝えるなら……私はそれを祝福してあげる。そして、来年から綺麗さっぱり、新しい私になるんだ。

 もし、私がここに止まっちゃったら……その時は、はっきりと想いを伝える。結果がどうであったとしても……


 一年の終わり。

 勝負をかけるには、いいタイミングだと思うの。


「こ、これは……面白くなりそうですね!」

「……ふむ、興味深い」

「へぇ…………面白いことを書いたね、ネフェリー」

「好きな人…………ですか」


 ロレッタが鼻息を荒くし、マグダが微かにほくそ笑み、エステラはニヤリと笑みを浮かべ、ジネットはアゴに指を当てて小首を傾げた。


 さぁ、勝負よ。

 勝っても負けても……私は絶対後悔しない!


「んじゃ、始めるぞ!」


 そんなヤシロの掛け声で、すごろく大会は始まった。




☆★☆★☆★☆★☆★




「『トイレって言わないでくださいましっ! トイレキャラはイヤですわっ!』」

「おぉ~、器用だなロレッタ」

「あはは! 似てる似てる!」


 あたしは、止まったマスに書かれていた『知人のモノマネをする』を見事に実行してみせたです。…………凄く恥ずかしかったです! 誰です、これ書いたのは!?

 あ、絶対お兄ちゃんです。吹けてない口笛吹いて誤魔化してるです!


 しかし! こんなものは序の口です! ふっふっふっ……あたしの書いたマスに先頭集団が近付いていくです。さぁ、誰が止まるですか? かつて、あたしがやられて三日三晩苦労したあの忌まわしい記憶……それと同じ苦痛を味わってもらうです!



「あ、私今一回休みだから、次はパーシーね」

「あ、ありがとうす! ネフェリーさんに渡してもらったサイコロ、大切に使わせてもらいます!」


 大袈裟に喜んでパーシーさんがサイコロを振るです。

 出た目は……『3』!


 やったです! あたしの書いた恐ろしい命令のマスに止まったです!



『顔に墨で落書きをされる』



「はっ!? パーシーさん、もう落書きしてるです!?」

「落書きじゃねぇ!」


 なんということですか……折角、以前お兄ちゃんにやられた、屈辱の『おでこに【肉】』をやってやろうとしてたですのにっ!


「使えないです、パーシーさん! ガッカリです!」

「酷い言われようだな!?」


 空気の読めない男、パーシーさん。

 これはダメです。モテないです。どこまで行っても『いいお友達』どまりです。

 空気が読めないとそういうことになるです。


「確かに、パーシーの顔に今更何か書いたって面白くないよね」

「ちょっと! オレは面白くしようとしてこの顔してるわけじゃないぜ!?」

「えっ!? 違ったッスか!?」

「ちっきしょう! あんたは味方だと思ってたのに、なんだよ、このキツネ!?」


 立ち上がってぎゃいぎゃい喚くパーシーさん。

 みっともないです。絶対モテないです。


「よし、分かった。俺に任せろ」


 ぽんと膝を打って、お兄ちゃんが立ち上がりました。

 そしておもむろに厨房へ行き…………濡れたタオルを持ってきました。


「パーシー、顔を貸せ」


 お兄ちゃんがパーシーさんの顔を拭いていきます……


「よし! 完成だ」


 お兄ちゃんに弄られていた顔をこちらに向けるパーシーさん。

 途端、あたしたちは全員吹き出したです。……その顔は卑怯です……っ!


 パーシーさんは、左右の目の中央の黒い部分を綺麗に拭き取られていたです。その顔は、どっからどう見てもパンダです。パンダ人族です!


「「「ぶふぅーっ!」」」


 これは……卑怯です。

 こんなもん、笑うに決まってるです……


「パ……パーシーさん……面白い顔しないでです……っ」

「好き好んでこうなったわけじゃねぇよ!?」


『肉』よりも酷いものがあった……あたしはその日、それを知ったです。




☆★☆★☆★☆★☆★




 パーシーが面白い顔になり、お気に入りのネフェリーに大笑いされてへこんでいる様を、ウーマロはケラケラと笑って見ていた。

 マグダは教えてあげたかった。


 こういう時にそういう態度を取っていると、今度は自分がそういう目に遭うということを……


「……ウーマロの番」

「あ、ありがとうッス、マグダたん!」


 嬉々としてサイコロを振るウーマロ。

 ……さて、どんな悲劇が振りかかるのか……マグダの勘が外れていなければ……ここで面白いことが…………



『来年の抱負を述べる』



 …………あれ?

 これは……このあってもなくてもいいようなゆる~い命令は……


「あ、わたしが書いたヤツですね」


 嬉しそうに店長が言う。

 ……おかしい。マグダの勘が外れるなんて……むしろ、ウーマロに面白いことが起こらなければ、ウーマロのいる意味が……お笑い担当がお笑いをしないだなんて……


「来年の抱負は、ズバリ! 街門を完成させることッス!」

「うっわ、つまんねぇ! 次、次!」

「なんッスか!? 普通でもいいじゃないッスか!」


 ヤシロがマグダと同じ感想を持つ。さすがヤシロ。分かっている。


「はいッス。次はマグダたんの番ッス」

「……うん」


 なんだかスッキリとしない気持ちのまま、マグダはサイコロを振る……『3』

 ……1、2、3…………そこに書かれた命令文に視線を向ける。



『ウーマロにデコピンをする』



「なんでオイラッスか!?」


 素晴らしい!

 ウーマロはまさに神を引き寄せた。

 お笑いの神を!


 これを書いたのは……間違いない。ヤシロだ。マグダの隣で小さくガッツポーズをしている。


「……では、命令だから」

「うぅ……お手柔らかにお願いするッス……」

「……平気、首が飛んでいくことは無い」

「そんなレベルの話なんッスか!?」


 驚愕の表情を見せるウーマロのおでこに指を添え、軽く弾く程度にデコピンをする。



 ――ゴッ!



 普段耳にしないような鈍い音がして、ウーマロが地面に蹲る。

 ……こんなに手加減したのに。


「あ~、ちっきしょ~、マグダに抜かれちまったかぁ……」


 そんな嬉しそうな声が上がる。

 出所はヤシロだった。


 ヤシロのコマは、今マグダの止まったマスの一つ手前に止まっている。


「『1』以外! 『1』以外来るッス!」


 そんなウーマロの言葉が天に通じたのだろう。ヤシロが振ったサイコロは『1』を示していた。


「なんでッスか!?」

「……素晴らしい引きの強さ……さすが、ウーマロ。『持って』いる」

「嬉しくないッス!?」


 涙目で訴えかけてくるウーマロ。

 気の毒なことに、ヤシロの思惑通り、二度目のとばっちりデコピンを喰らっている。

 なんとも、「おいしい」展開だ。


「ほい、ジネット。頑張って『4』を出せ」


 ヤシロが店長にサイコロを渡す。

 店長のコマがあるマスから『4』つ目には、マグダとヤシロのコマが止まっている。

 すなわち、そこに書かれているのは――



『ウーマロにデコピンをする』



 この流れでここに止まれれば、かなり凄いっ!

 いやがうえにも期待は高まる!


「では、行きますね~」


 店長がサイコロを振る。全員の視線がサイコロに注がれる。

 ゆっくりと回転をし、最終的にそのサイコロは『6』を出した。

 ……通過しちゃった…………


「4……5……6…………っと。えっと……」


 店長が身を乗り出して、自分のコマが止まった場所に書かれた命令を読み上げる。


「『2マス、戻る』」


 2マス戻った店長のコマは、マグダたちと同じところに止まり……店長は申し訳なさそうにウーマロにデコピンを喰らわせていた。




☆★☆★☆★☆★☆★




「やったぁ! あがりだぁ!」


 エステラさんが両腕を振り上げて声を上げました。

 ロレッタさんとネフェリーさん、先に上がっていたお二人から拍手が起きました。


 夜も深くなり……もう、すごろくも終盤。

 まだ上がっていないのはわたしとヤシロさんだけになりました。

 今は最下位争いですね。


 わたしはただただどん臭く、色々なことに巻き込まれてここまで残ってしまいました。

 一方のヤシロさんは、「俺は、いかに他人の足を引っ張るかにすべてを懸けている! それが俺のすごろく道だ!」と豪語されていました。その言葉通り、様々な人の足を引っ張り続け、気が付けば私と最下位争いをしていた、というわけです。


 そうして、ヤシロさんがあがりまであと一歩……というところまで進み、わたしにサイコロが回ってきました。

 ここでわたしが『6』を出せば、わたしの逆転優勝です。

 そうでなければ、次のターンでわたしは負けてしまうでしょう。


 緊張の一瞬です。


 わたしは、祈るように瞼を閉じ、サイコロを投げました。

 てんてんと、サイコロは転がって…………『5』が、出ました。


「あぅっ! 惜しいです!」

「はっはっはっ! 残念だったなジネット! そう簡単に勝ちは譲れんぞ!」

「そうですね。甘くはないですねぇ」


 あぁ、あと一つで大逆転勝利でしたのに……

 わたしは、湧き上がってくる残念な思いを押し殺し、自分のコマを五つ進めました。


 1……2……3……4……5…………っと。


 そして、そのマスに書かれていた文章は……



『好きな人に自分の想いを伝える』



 一瞬、食堂内の空気が揺れました。

 先ほどまで流れていた穏やかで和やかなムードは掻き消え……どこか、ピリッと張りつめたような、緊迫した空気に変わりました。


『好きな人に自分の想いを伝える』


 マスに書かれた命令は、絶対遵守。それがすごろくのルールです。


「あ、あのな、ジネット! こ、こういうのはシャレだから……べ、別に無理する必要はないからな……つか、誰だよ、こんなこと書いたの?」


 ヤシロさんが、わたしに向かってそう言いました。

 きっと気を遣ってくださったのでしょう。

 けれど、大丈夫ですよ。


 わたしは、このマスに止まったら「きちんと言おう」って、決めていましたから。

 このマスを見て、「素敵だな」って思っていましたから。


 やおらわたしは立ち上がり、深く息を吸い込みました。

 そして、想いを伝えるべき人を見つめます。


「……ジネット」


 ヤシロさんと、目が合いました。


 そうです。

 きちんと、想いを伝えるのです。好きな人に。


「わたしは……」


 ごくり……と、どなたかの喉が鳴りました。

 わたしは気にせずに、言葉を続けました。

 この、内側から溢れてくる感情を余すことなく伝えるために。



「わたしは、ここにいるみなさんが大好きです」



 こんな素敵な人たちに囲まれて、わたしは幸せです。


「ですから、『好きな人』に、素直な気持ちを伝えます」


 溢れ出る想いをそのまま言葉に変えて。


「今年一年、本当にお世話になりました。来年もどうかよろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げる。

 これが、わたしの素直な気持ち。

 わたしの好きな人たちに向けた、わたしの想い。


 来年も、どうか、楽しい一年になりますように――




 カランカラーン! カランカラーン!




 教会の鐘が鳴りました。

 今日だけは特別に、日付が変わった時に鐘が鳴るのです。


 そうです。


「みなさん。新年、明けましておめでとうございます」


 たった今、新しい一年が始まったのです。

 きっと、今年も楽しいことがたくさん待っているのでしょう。だって、こんなにも素敵な人たちがそばにいてくださるのだから。


「あぁ、もう。お前には敵わねぇよ」


 そう言って、ヤシロさんはご自分のコマとわたしのコマを持ち上げて、二つ同時にゴールさせました。


「もう、引き分けでいいだろう」

「あ、は……っ、はい!」


 この次、ヤシロさんがサイコロを振れば、おそらくヤシロさんが勝っていたでしょう。

 それを同着にしてくださいました……そんなさり気ない優しさが、わたしは…………好きです。


「……ねぇヤシロ。もしかしてだけどさ、万が一にも自分がそのマスに止まるのを避けるためにそんなことを……」

「さぁて! 年も明けたし夜食でも食うか!」


 何かを言いかけたエステラさんの言葉を遮って、ヤシロさんが立ち上がりました。

 そう言われてみれば、小腹が空いたかもしれません。

 ヤシロさんは、本当に気が利く方です。


「お前らって、年明けと共に、一斉に歳を取るんだっけ? 前にそんなことを言ってたよな」


 確かに、この街では、毎年新たな年を迎えると共に、「今年で十七歳」と年齢を加算していました。

 けれど……


「取りませんよ」


 今年からは違います。

 だって……


「わたしはまだ誕生日を迎えていませんから」


 年齢は、誕生日に取るようにしたいと、そう思います。






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