挿話14 陽だまり亭のクリスマス
☆★☆★☆★☆★☆★
「モミの木が欲しいんだ」
「もにのみ?」
朝、ヤシロと店長が厨房で何やら話し合っていた。
「……おはよ」
「おぅ、マグダおはよう」
「マグダさん、おはようございます」
まだ頭がボーっとして、はっきりしない。
マグダは、厨房を素通りし食堂へと向かう。
食堂のテーブルに突っ伏して瞼を閉じる。部屋に帰ると確実に寝てしまうから、これでささやかながらも眠気を誤魔化すのだ。
決して眠るわけではない、少し瞼を閉じる……だ……け………………くかー。
「おはよう、マグダ。眠そうだね」
そんな声に顔を上げると、食堂の入り口にエステラが立っていた。
珍しい。いつもは教会で落ち合うのに。
「……さては、偽物……?」
「どうした? 寝ぼけているのかい?」
一瞬顔を引き攣らせて、エステラがこちらに近付いてくる。
「今日は早く目が覚めたから、たまには手伝おうかと思ってね」
静かに近付いてきたエステラは、さり気なくマグダの頭を撫でる。耳に指が触れ、軽く揉み揉みされる…………むっ。
「……エッチ」
「いやっ! そ、そういうつもりはないんだけどっ!? ほら、ヤシロがいつもやってるから……」
ヤシロは特別。
他の人間には気安く触れさせない。
「……ナタリアにさせている着替えの手伝いをヤシロにさせるようなもの」
「あ……ぅ、いや、ごめん」
「……分かればいい」
触れられた耳をピッピッと振る。
また後でヤシロにもふってもらわなければ……
「それで、そのヤシロは? 厨房かな?」
ヤシロ……
ヤシロなら……えっと……
「……ヤシロは…………厨房で…………」
「眠いのかい?」
「……平気。ただ、眠いだけ……」
「……眠いんだね。それも、かなり……」
またエステラの顔が引き攣る。
そんな、困った娘を見るような目で見ないでもらいたい。マグダはほんのちょっと眠たいだけなのだから。
「……ヤシロは……厨房で…………店長と…………」
えっと……なんだっけ…………あ、そうそう。
「……『揉み揉みしたい』って……」
「ちょっと厨房行ってくる!」
足音を荒げ、エステラが厨房へと向かう。まったく、朝から騒がしい……
レディたるもの、朝は優雅にまどろんでいるくらいお淑やかにいたいものだ。
なので、マグダは少し寝る…………くかー。
☆★☆★☆★☆★☆★
「ヤシロッ!」
「あ、エステラさん。おはようございます」
ボクが厨房に飛び込むと、そこにはジネットちゃんしかいなかった。
「あれ? ヤシロは?」
「ヤシロさんでしたら、お部屋に戻られましたよ?」
くっ! 逃げられたか。
「それで、大丈夫だった?」
「え? 何がですか?」
「い、いや……だから…………揉み揉…………とにかく、大丈夫だった!?」
「は、はいっ! その……至って健康です」
揉み揉みは断念したのだろうか……ジネットちゃんが無事そうでよかった。
「とにかく。この後、教会でも十分気を付けなきゃいけないね」
「あ、ヤシロさんでしたら、今日は教会へは行かれないそうです」
「え? なんで?」
「なんでも、ネフェリーさんに会いに行かなければいけないとかで……」
「ネフェリー!?」
ネフェリーって、あの? 養鶏場の?
……まさか、ヤシロが揉み揉みしたいのって…………
「ごめん。ちょっと上がらせてもらうよ!」
「え? あ、ど、どうぞ」
ジネットちゃんの許可を得て、ボクは厨房を抜け、中庭を突っ切って、二階へと上がる。
以前から少し怪しいと思っていたんだ。
ヤシロがネフェリーを見る目は、他の人に向ける視線と少し違っていたから。
……まさか、揉み揉み対象だと見ていたなんて…………そんなに大きくはないのに……あれくらいが好みなのかな?
いや、そんなことはどうでもいい!
揉み揉みだなんて、そんな不埒な行為を見過ごすわけにはいかない。
「ヤシ……っ!」
「クリスマスに必要なものか…………なかなか難しいよなぁ……」
部屋に突入しようとした時、部屋の中からヤシロの声が聞こえてきた。
……くりすます?
ボクはそっとドアに耳を当てる。
「プレゼントは用意したからいいとして……っと、見つからないように隠しておかないとな」
プレゼント?
隠すってことは、知られるとマズい物なのか?
「ケーキは作るとして……やっぱネフェリーんとこだよなぁ」
ケーキと、ネフェリー?
一体なんの話なんだ?
「それから…………恋人」
こいびとっ!?
「まさか……ヤシロ…………ネフェリーを恋人に…………」
そして、揉み揉みする気なのか…………っ!?
「否っ! これから生まれる新しいクリスマスは、恋人どもに侵食などさせない! させてなるものかっ! 今、日本でイチャイチャしているリア充共! 異世界からこの言葉を贈ろう! 爆発しろ!」
…………?
ヤシロは一体何を言っているんだろう?
「……はぁっはぁっ……爽やかな汗をかいたぜ……清々しい気分だ……はははっ」
……なんか、楽しそうに笑ってる…………一体、くりすますっていうのはなんなんだい、ヤシロ……
「とりあえず、モミに関してはミリィかイメルダだな。ミリィ、また森に連れてってくれないかな……」
『揉みに関してはミリィかイメルダ』!?
ミリィまで対象に入っているのかい!?
それも森で!?
「先にイメルダのところに行ってみるか……まぁ、起きてはないだろうが……時間が無いからな。叩き起こしてやる」
マズい! ヤシロが近付いてくる……!
どこかに隠れ…………いや。
イメルダのところへ先回りするんだ!
☆★☆★☆★☆★☆★
「イメルダ! 起きるんだ!」
早朝。
エステラさんがワタクシの寝所へと押し入り大声で騒ぎ立てるものですから、最低の目覚めになってしまいましたわ。
「大きな声を出さないでくださいまし……ワタクシ、あなたと違って胸が大きいですので朝は弱いのですわ」
「胸関係ないよね、それ!?」
強引にワタクシの布団を剥ぎ取り、ベッドに乗ってくるエステラさん。……無礼が過ぎますわ。そもそも、ウチの使用人たちはなぜこんな人を通したんですの? 再教育が必要ですわ。
「イメルダ、緊急事態なんだ! ヤシロが君を揉みに来る!」
「はぁっ!?」
思わず飛び起きましたわ。
寝耳に水とはこのことでしょうか?
ヤシロさんが、ワタクシを……揉みに?
「どうして、あなたがそのようなことを?」
「偶然耳にしたんだよ、ヤシロの部屋の前で聞き耳を立てていたら!」
「……それは、偶然ではありませんわよね?」
「と、とにかく! ヤシロが来ても、揉ませないようにね!」
「も、揉ませるわけありませんわ!」
だ、だいたい、そういうことは正式な交際の申し込みがあって、お父様のお許しを得て、結婚を前提にお付き合いをし、ギルドのみなさんに婚約を発表して……何度もデートを重ね、ロマンチックな……例えば夕日に照らされる海が見える高台なんかでプロポーズをされて……大勢の人に祝福をされ、結婚式を挙げて……新婚旅行に行って…………
「それからですわ!」
「……貞操観念がしっかりしていることは、いいことだと思うよ、うん」
一定の理解を示しつつも、エステラさんは少し顔を引き攣らせていましたわ。
なんですの? 何か言いたげなその表情は。
「イメルダお嬢様。お客様がお見えでございます」
「「――っ!?」」
ワタクシとエステラさんは同時に息をのみ、そして顔を見合わせました。
ヤシロさんがお見えになったようですわ……ワタクシを揉みにっ!
「い、いいかい! 何があっても、絶対に譲歩しちゃダメだからね!」
「わ、分かっていますわ! 淑女ですのよ、ワタクシは!」
そもそも、ヤシロさんがいきなりやって来て『揉ませろ』なんて言うはずありませんわ。
きっと、エステラさんが何かを勘違いしているだけですわ。そうですわ。きっとそうですわ。
「お話を伺いますわ。お通ししてくださいまし」
使用人に指示を出し、ワタクシは人前に出られるよう上着を羽織り……ヤシロさんには何度も寝間着を見られていますし……こう……親近感を匂わせる意味合いでも…………この程度の格好がちょうどいいですわね。
朝早く尋ねてくる方が悪いのですわ。こんな格好、他の方には見せませんのよ?
まったくヤシロさんは……ご自分がいかに恵まれた環境にいるのか、理解されているのでしょうか。
身だしなみを整え、いざ応接室へ。
来客を待たせるのも女の慎み。がっつくような浅ましいことは出来ませんわ。
あくまでゆったりと、マイペースに、……気持ち小走りに。
「お待たせしましたかしら?」
応接室に入ると、ヤシロさんがソファから立ち上がり、ワタクシの前まで歩いてきました。
なんだか、少し焦ったような、こらえ切れなかったとでもいうような、そんながっつくような勢いで距離を詰められました。
そ、そんなにワタクシに会いたかったというのでしょうか?
「イメルダ」
「は、……はい」
真剣な瞳に見つめられ……少しだけ、胸が高まります……
ヤシロさん……あなた、まさか…………
「頼みたいことがある」
「な、なんですの?」
「モミ……」
「不埒ですわっ!」
ワタクシは思わずヤシロさんにビンタを一発。
いきなり揉み揉みの話だなんて、さすがにそれは許容出来ませんわ!
……今、この屋敷には、使用人やエステラさんもいるというのに…………
「……な、なに、しやがる……」
頬を押さえ、ヤシロさんは恨めしそうにこちらを見てきます。
当然ですわ。
こんな早朝に、会ってすぐ、揉み揉みだなんて……
「ワタクシにも、許容出来ることと、そうでないことがありますわ!」
「んだよ……もう。まぁ、木こりギルドはまだ動いてないからな……無茶言って悪かったな」
木こりギルドが何か関係でも…………はっ!?
木こりギルドの支部が本格始動したら、ワタクシの婿におさまり陣頭指揮を取ろうとか、跡取りとして本腰を入れようとか、そういうことですの!?
ヤシロさん、そこまで先のことを見越して……
「んじゃ、ミリィに頼むか」
「そんなあっさりと引き下がってどうするんですの!?」
「いや、無理なんだろ?」
「『今は』無理なだけですわ!」
「『今』必要なんだよ!」
「どれだけおっぱいが好きなんですの!?」
「なんの話だ!?」
信じられませんわ……結婚後の将来まで見据えた人間が、目先の揉み揉みに流されるだなんて……
「んじゃ、朝っぱらから邪魔したな」
「帰るんですの!?」
「時間が無いんだよ」
「禁断症状ですの!?」
「……いや、意味分かんねぇよ」
揉み揉みしたくてしょうがないんですの!?
「じゃあな」
あっさりとした挨拶を残し、ヤシロさんは帰ってしまいました。
…………ミリィ。あの生花ギルドの小娘のところに行くんですのね…………
「使用人! すぐに着替えの準備を! ワタクシ、出かけますわ!」
今日は……朝から忙しくなりそうですわ。
☆★☆★☆★☆★☆★
「ぁ、てんとうむしさん」
開店して間もなくてんとうむしさんがお店にやって来た。
飲食店や朝の早い人のために、お店はこの時間からやっている。常連さんは朝一で買いに来てくれるけれど、てんとうむしさんがこの時間に来るのは初めて。
またお花を買ってくれるのかな?
注文された花を取りに、店の前に出て来たところだったんだけど、てんとうむしさんが来たからちょっと中断。話を聞く。
「モミの木ってないか?」
「もみのき?」
木…………は、売ってない。
「生花ギルドの管理している森に生えてないかな? 気候とか一切無視した無茶な話なんだが、この街だったらなんでもありな気がしてさ」
「ぇ? 気候? 無茶?」
口早に、てんとうむしさんはどこか言い訳めいたことをしゃべり、真剣な目でみりぃを見つめてくる。
なんだか、とっても焦っているみたい。
「もみのきって……こう、ギザギザってしたやつ……だよね?」
「そうだ。こんな感じの」
そう言って、空中にギザギザとした木を描く。上手く特徴を捉えているなぁ、と思った。
「それなら、ある……と、思う」
「なんとか譲ってもらえないか?」
「ぇ…………なにするの?」
「飾りつける!」
「…………なに、するの?」
答えを聞いたら余計分からなくなった。
けれど、森の木を譲ることはたぶん出来る。
木こりギルドの人にお願いすれば切ってくれるだろうし、木こりギルドなら、てんとうむしさんに知り合いがいるはずだから。
「出来れば、小さめのヤツがいいんだよな。1メートルくらいの」
「ぇ……? そんなサイズじゃ、木材にはならない……よ?」
「あぁ、いいんだ。そのまま使うから」
「その、まま?」
てんとうむしさんはいつもちょっと不思議なことを言う。
けれど、その不思議なことが最後にはとても素敵なことになる。
なら、今回の不思議なことも、最終形態を見てみたい。
「ゎかった。その大きさならみりぃが行って切ってきてあげるね。陽だまり亭に届ける? ……それとも、一緒に、行く?」
てんとうむしさんと一緒にいるのは楽しい。
一緒に森に行けたら…………きっと、また楽しい。
「あ、悪いな。今日はクリスマスの準備をしたいんだ。届けてくれると助かる」
「くりすます…………って、なに?」
初めて耳にする言葉。
「クリスマスってのは、俺の故郷のイベントで……なんていうか……まぁ楽しいもんだ」
「どんなことするの?」
「まぁ、だいたいが恋人同士でイチャコライチャコラ…………なんか腹立ってきたな」
「こいびとさんの日?」
「まぁ、そうなってるかな、最近は」
「ふぅん……」
こいびとさんがいないみりぃには、関係ないかもしれないなぁ。
「それじゃあ、お昼頃に届けるね」
「おう。よろしくな。俺はこれからネフェリーのところに行ってくるよ」
「ぇ……?」
ねふぇりーさんのところに?
「……たまご?」
「あ、いや。たまごは関係ない」
じゃあ、ねふぇりーさんに、用事……かな?
「クリスマスには、絶対必要だからな。OKしてくれるかは分からんが、頼んでみるよ」
「それって……」
ねふぇりーさんと、こいびとさんになれるように?
「んじゃ、またな。あ、そうだ。夜ヒマなら陽だまり亭に来てくれよ。じゃあな」
「ぁ…………行っちゃった……」
どうしよう……言いそびれちゃった。
「ねふぇりーさん、今、ここにいるのに……」
みりぃはお店の中に視線を向ける。
ねふぇりーさんは毎日お花を買いに来てくれる常連さんで、今も、おすすめのお花をみりぃが選んでいるところで……
今、ねふぇりーさんは、入り口のところで立ったまま固まっている。
お花の陰になって、てんとうむしさんからは見えなかったのかな。
「ぁの……ねふぇりーさん?」
「…………私…………帰るね……」
「ぁ……お花は?」
「また、あとで、取りに、来るから!」
ぎくしゃくと、油が切れた荷車の車輪みたいにぎこちない動きでねふぇりーさんが帰っていく……こいびとさんに……なるのかなぁ?
「ミリィ!」
「ミリィさん!」
ねふぇりーさんと入れ違いで、えすてらさんといめるださんがやって来た。
「揉まれてないかい!?」
「ぇ……な、なにを?」
「その反応……無事なようですわね」
「ぇ…………う、うん……無事」
なんだか、二人が凄くほっとしている……揉まれる?
「それで、ヤシロは!?」
「どこにいますの!?」
「ぁ…………ねふぇりーさんの、ところに……」
「くそ! 本命は鳥か!」
「急ぎましょう!」
「ぁ…………行っちゃった……」
本命…………なのかな、やっぱり。
「モミの木……取りに行こうっと」
みりぃは、荷車を引っ張り出し、森に向かいました。
☆★☆★☆★☆★☆★
体が熱い……そして、重い……
心臓が、まるで自分の物じゃないみたいに勝手に暴れて……ちょっとだけ、苦しい。
「お、ネフェリー! どこ行ってたんだよ」
私が家に戻ると、そこにはヤシロがいた。
……本当に、いた。
心臓がキュンって縮み上がる。
ど、どど、どうしよう…………私、まだ心の準備が…………
「ネフェリー」
「な、……なに?」
ヤシロが私の前に来る。
私を見つめている。
言われちゃう……言われちゃうの?
私がずっと憧れていた……あの言葉……
『毎朝、朝陽よりも早く俺のことを起こしてほしい』
そんな、王子様みたいなプロポーズ……ヤシロに…………
「俺、欲しいものがあるんだ」
「ほ、欲しいもの……って?」
『それは、お前だ』
って、そ、そんな…………強引、だよ…………でも、嫌じゃ、ない。
「それはな……」
それは……
「もも肉!」
も……っ!?
「…………もも肉?」
「あぁ! 鶏ももだ! 骨付きでな!」
「…………食べるの?」
「もちろんだろ? 飾ると思うか? なんだよ、寝ぼけてんのか?」
あははと笑うヤシロ。
……こっちは全然笑えない。
「……くりすます……は?」
「あれ? 誰に聞いたんだ?」
「……恋人同士で過ごす日……なんだよね?」
「あぁ……俺の国ではカップルどもに汚染されて、そんな忌まわしい日になっちまったんだよな……悲しいことだ」
悲しむことなの!?
「だが、俺は違う! そんな穢れた日になんかしない!」
穢れてるんだ……
「仲間を集めて楽しくパーティーをしたいんだよ。お前も来るだろ?」
「来るだろって…………強引な誘い方ね」
…………でも、嫌じゃ、ない。
「俺の故郷ではな、クリスマスには鶏のもも肉って決まっててな」
「魔獣の肉じゃなくていいの? そっちの方が美味しいよ?」
「いいや、ダメだ! チキンでなきゃ認めない! 本場はターキーだ、チキンは邪道だとやかましい声はあるが、俺はガキの頃からチキンを食ってきた! だったらチキンこそが正解なんだ!」
「よく分かんないんだけど……正解なの?」
「正解なの!」
こういう顔をしている時、ヤシロは自分の意見を曲げない。譲らない。
どうしても我を通したい。そんな時に私を頼ってくれたことが……少しだけ、嬉しい。
「分かった。とびっきり美味しい肉を用意してあげる」
「本当か! 助かるよ!」
「じゃあ、サクッと五、六羽絞めてくるね」
「し……絞めるとか……サラッと言うなよ……」
どうして?
絞めなきゃ暴れるよ? ウチの子たち、凄く元気だから。
「ちょっと待ったぁ!」
「お待ちなさいですわっ!」
そこへ、物凄い形相をしたエステラとイメルダがやって来た。
……何してるのよ、あんたたち。こんな朝っぱらから。
「お前ら朝から元気だな……」
「はぁ……はぁ……それは…………ヤシロが…………はぁ……はぁ……タッチ」
「ぅぇ!? む、無理……ですわ……ワタクシも……息が……上がって…………ネフェリーさん、パスですわ……」
「いや、私には何がなんだか……」
この二人って、本当に仲がいいわよね。いつも一緒にいるイメージ。
「ちょうどいい。お前ら、今日ヒマなら夕方から手伝いに来い」
「はぁ……はぁ……手……伝い?」
「はぁ……なんの……ですの?」
「来りゃ分かるよ。じゃ、よろしくな」
「う、うん……」
「分かりましたわ……」
「ネフェリーも」
「うん。活きのいいのを絞めとくね」
「いや、だから……まぁ、いいか」
ため息を漏らしてヤシロが帰っていく。
「あ~ぁ……結局勘違いだったかぁ……」
「え? 何がだい?」
「ふふ……なんでもないわよぉ~」
「変な方ですわね……色々と」
まぁ、そうだよねぇ……プロポーズにしたって、こんな早朝に、なんの前触れもなく来るわけないもんねぇ……ふふ、ちょっと考えたら分かりそうなもんなのに…………
「バカみたい、私…………うふふ」
けど、なんだか……ホッとした。
うん。まだちょっと早いよね、そういうのは。
もうちょっと、お互いを知ってから…………そうしたら……その時は…………
「クェェエエーーーーーッ!」
そんな甘酸っぱい思いを胸に、私は朝からニワトリを絞め続けた。
☆★☆★☆★☆★☆★
ティータイムが終わった頃、セロンさんとミリィちゃんが同時に来店して、なんだか木を置いていったです。
その辺りから、お兄ちゃんが妙に張り切り出したです。
「よし、ロレッタ。ちょっと手伝え」
「はいです」
何やら忙しそうなお兄ちゃん。あたしの力が必要なんですね、分かるです!
「アホのお前でも出来る簡単な仕事だからな」
「アホじゃないです!」
「お子様ランチ三つとお汁粉二つで、合計いくらだ?」
「それは店長さんのお仕事で、あたしが踏み込んでいい領域ではないです」
己の立ち位置を弁える、出来る娘です、あたしは。
「と、このようなアホの子でも出来る仕事だ」
「アホじゃないです!」
おかしいです……まるで伝わっていないです…………
「俺が朝からせっせと木材を削って作ったこいつに、カラフルな布を張りつけてくれ」
そう言って、お兄ちゃんは星の形や球体、ブーツやステッキみたいな形をした木をテーブルに置いたです。たくさんあるです。どれも可愛いです。相変わらず器用です。
「これはなんですか?」
「オーナメントって言ってな、クリスマスツリーの飾りだ」
「おーなめんと……ふむふむ、あぁ、なるほどです。これがあの……」
「お前、絶対分かってないだろ?」
分かっていなくともいいのです。
分かってるっぽい感じが出れば頭良さそうに見えるです。
「布は、ウクリネスんとこで端切れをもらってきたから、そこから適当に使ってくれ」
「分かったです! これを使ってとびっきり可愛く仕上げればいいですね!」
「おう。頼めるか」
「任せてです!」
何を隠そう、あたしは芸術的センスが他人よりも秀でている気が、ここ最近しているです。あたしの勘は割と当たるような気がするですから、きっと秀でているです。
凄いのを作ってお兄ちゃんをビックリさせるです!
「ヤシロ~」
「来ましたわよ」
「おう。ちょっとこっち来てお前たちも手伝ってくれ」
エステラさんとイメルダさんが二人揃ってやって来たです。
どうやら、あたしと同じ作業をするようです。むむむ……です。
これは、負けられない戦いになりそうです。
「……って、感じで作ってくれ」
「なんだか楽しそうだね」
「ワタクシに任せておけば、問題なしですわ」
「頼むな。アホの子でも出来る簡単な仕事だから」
「「アホの子じゃない!」ですわ!」
ぷぷぷ……アホの子呼ばわりされてるです、ぷぷぷ~。
それから、わっせほいせわっせほいせと、あたしたちは時間も忘れてオーナメントを作ったです。贔屓目抜きにして、客観的に、第三者的に作品を見てみた結果……やっぱり、あたしのが一番可愛いです。むふふ、です。
窓から差し込む光が弱くなり、空の色が微かに色を変え始める頃、用意されたオーナメントはすべて、カラフルな布を纏い綺麗な飾りになったです。留め金を付けて、紐を付けて、輪っかにして、引っかけられるようにもしたです。
「お兄ちゃん、出来たですよ~」
「おう。んじゃ、このモミの木に飾りつけていってくれ」
「もみのき?」
「これだこれ。なかなかいい味出してるだろ?」
一度中庭へ運ばれた150センチほどの木が、セロンさんの鉢植えに入った状態で、食堂のど真ん中に置かれていたです。
これがモミの木……
「モミの木……か…………な~んだ」
「勘違い……でしたのね…………ほっ」
なんだか、エステラさんとイメルダさんが疲れ切った表情でモミの木を見つめているです。
何があったですかね? まぁ、何かあったんでしょう。
「それじゃあ、いい感じに飾りつけといてくれ。俺は料理の準備をしてくる」
お兄ちゃんが厨房へ戻り、あたしは、あたしのセンスを見せつけるためにモミの木にオーナメントを『いい感じで』飾りつけていったです。
「あ、ロレッタの飾りつけ……」
「むふふん。可愛いです?」
「なんか、……普通だね」
「ふ、普通いいじゃないですか!?」
こんな横槍には負けず、あたしは飾りつけたです!
☆★☆★☆★☆★☆★
「綺麗ですね、ヤシロさん」
「まぁ、こんなもんだろう」
飾りつけられたモミの木を見て、ヤシロさんは満足そうに頷きました。
「クリスマスって、こういうものなんですね」
「まぁ、雰囲気だけのなんちゃってクリスマスだけどな」
ヤシロさんはそう言いましたが、その楽しそうな雰囲気が伝わればそれで十分なんだと、わたしは思います。
セロンさん特製の大きな鉢植えに植えられた、高さ150センチの小さなモミの木は、カラフルな色彩の飾り……オーナメントというらしいです……をたくさん枝につけて、夢の国の木のように可愛らしく着飾っていました。
「お兄ちゃん! 鶏肉が焼けたですよ!」
「……ケーキも完成した」
お昼からずっと、ヤシロさんが下ごしらえをしていた料理も完成し、いよいよパーティーが始まろうとしています。
窓の外では、空が真っ赤に染まり、庭先の光るレンガが徐々にその光量を上げていく頃合いです。
この後、たくさんの招待客がここを訪れ、また、みなさんで楽しいお食事をする予定になっています。
「楽しみですね」
「あぁ。たぶんそろそろみんな来るから、対応はよろしくな」
わたしの肩を叩いて、ヤシロさんは厨房へ向かいます。
「え……あのっ」
「ん?」
「どちらへ行かれるんですか? お料理なら、みんな揃っていますよ?」
わたしも、わずかばり手伝って、料理はすべて食堂に並べてあります。
「準備があるんだよ」
そう言い残して、ヤシロさんは行ってしまいました。
……準備?
もう、完了していると思うのですが……
「こんにちはッス~!」
「おぅ! 来たぞー!」
「お邪魔するでござる」
ウーマロさんにデリアさん、そしてベッコさんが一番乗りでいらっしゃいました。
お三方は一昨日までウチにお泊まりされていたので、逆に「なぜ昨日いなかったんだろう」という気になります。不思議です。
その後、シスターや教会の子供たち、ロレッタさんのご弟妹やヤップロックさんご一家。
金型屋のノーマさんに服屋のウクリネスさん、そしてミリィさんやネフェリーさんといったお仕事でお世話になっている皆様がお見えになりました。
「わぁ、美味しそう」
テーブルに並ぶ料理を見て、そんな感想が聞こえてきました。
嬉しいですね。
「ヤシロはどこ行ったんだい?」
「えっと……何か、準備があるからって……」
「あぁ、あれですねぇ。ふふふ」
ウクリネスさんが得意げに微笑みを浮かべていました。
何かご存じなのでしょうか?
「ふぉっふぉっふぉっ! メリークリスマスっ!」
と、そこに、真っ赤な服を着たお爺さん……ヤシロさんが現れました。
真っ白な口髭をつけておられたので最初分かりませんでした。
「なに……あの派手な服?」
「さぁ……?」
ヤシロさんは全身真っ赤な衣服に身を包み、白い大きな布袋を肩に担いでいました。
「さぁ、よい子のみんなにプレゼントだよ」
そう言って袋に手を入れ、そばに集まってきていたロレッタさんのご弟妹に小さな包みを配り始めました。
「おぉー!」
「ぷれぜんとー!」
「感激の嵐やー!」
小さな包みを握り、ご弟妹は大はしゃぎです。
教会の子供たちも真っ赤なヤシロさんに群がり、プレゼントを催促していました。
そしてその後、ヤシロさんはわたしたちにも、そのプレゼントをくださいました。
「……むむっ、これは、いい物」
「ほわぁ、かわいいです!」
「これ、ヤシロが作ったのかい?」
「素敵ですわ……」
マグダさん、ロレッタさん、エステラさんにイメルダさんが頬を緩めます。
「へぇ……あの切れっ端の鉄くずがこうなるとはねぇ……やってくれるさねぇ」
ノーマさんが嬉しそうに呟きました。原材料はノーマさんのところからいただいた物だったようです。
「おにーちゃん天才ー!」
「チョーかわいいー!」
「おにーちゃんかわいいー!」
「こういうの欲しかったー!」
「ずっと待ってたー!」
「感動の暴風雨やー!」
みなさん、それぞれに感想を述べます。そのどれもが歓喜に満ちていました。
「ほい、ジネットにも」
ヤシロさんがそっと手渡してくださったもの……それは、小さなピンバッチでした。
モミの木の形をした、可愛らしい小さなバッチ。
ヤシロさんらしい、素敵な贈り物です。
「いただいてもよろしいんですか?」
「あぁ、いいんじゃよ。今日はよい子がプレゼントをもらえる日じゃからな、ふぉっふぉっふぉっ!」
なぜ、そんなしゃべり方なのでしょうか?
よく分かりませんが、ヤシロさんのすることですから、何か考えがあってのことなのでしょう。深くは追及しないようにします。
「それじゃあ、みなさん。お食事を始めましょう」
「わぁ」っと歓声が上がって、クリスマスパーティーが始まりました。
とても温かい、楽しい時間の始まりです。
また、ヤシロさんに素敵な時間を作ってもらいました。
本当にヤシロさんには、感謝しっぱなしです。
「ぁは……うれしい」
「お揃いね、セロン」
「一緒だね、ウェンディ」
「なぁなぁ、なんかあたいのヤツは特別可愛くないか?」
「どれも一緒よ! いや……でも、私のはちょっと他より可愛いかも……」
「ふ~む……これを大工の技術に活かせないッスかねぇ……」
「拙者、まだまだ精進が足りぬでござるなぁ……ヤシロ氏、お見事っ!」
ヤシロさんからの贈り物で、どんどん笑顔が広がっていきます。
こういう凄い力を、ヤシロさんは持っているんですよね。
「ヤシロさん……凄いです」
そこからは、いつものように賑やかで、少々騒がしい……でも、とても楽しいひと時となりました。
クリスマスのことはまだちょっとよく分かりませんが、わたしは、とても好きです。
来年もきっと、みなさんと一緒に過ごしたい。そう思うほどに。
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