100話 年の瀬は忙しい

 豪雪期。

 それは、街中の人間が家に閉じこもり、家族とのひと時を大切にする期間。

 何もない閉じられた世界で、ゆったりとした時間を過ごす、そんな期間。


「店長! お汁粉四つ追加で!」

「はぁい!」

「店長さん! お子様ランチ二つと日替わり定食と焼き鮭定食ワンワンです!」

「は、はぁい!」

「……マグダが鮭を焼く」

「助かります!」


 陽だまり亭が、修羅場と化していた。


「なんでこんなに客が来てんだよ!?」


 余りの忙しさに、俺までウェイターとして店と庭先を行ったり来たりしている始末だ。


「ヤシロ! かまくら、一つ空いたよ!」

「じゃあ、順番待ちの客を案内してくれ!」

「分かった! ナタリア、厨房に行ってジネットちゃんを手伝ってあげて」

「かしこまりました」


 エステラの指示を受け、ナタリアが空いた食器を持って厨房へと入っていく。


 そう。

 かまくらだ。


 こいつが大ヒットしてしまったのだ。


「ヤシロさん! かまくら八号館、完成いたしましたわ!」

「ウーマロの承認済みだな?」

「もちろんですわ!」

「よし! 次の客を案内してくれ! その際、出来たてだってのをアピールしてな!」

「お任せくださいまし!」


 イメルダは、ウーマロ&弟たちと新しいかまくら制作を行っている。今回ので八個目だ。


「あ、見て見て、あれ~!」

「かわいい~!」


 そんな女性客の声が聞こえてくる。

 彼女たちの指さす方向には、ディフォルメされた陽だまり亭メンバーの雪像が可愛らしく並んでいた。雪合戦をしている場面だ。


 そして、こいつがこのくそ忙しい状況を生み出した発端だ。




 そう。発端はみんなでかまくらを作った翌日。あの日だ――




 豪雪期の初日。

 自作したかまくらで盛大に騒いだ俺たちは、翌日に雪像作りを開始した。

 これがやってみると意外に楽しくて、みんなして夢中になってしまったのだ。


 雪像作りに飽きたデリアやロレッタからの雪玉攻撃をかわしつつも、俺やエステラ、ナタリアにイメルダ、そして大本命のベッコが魂のこもった雪像を作り上げたのだ。

 気分はプチ雪まつりだった。


「ヤシロ、見ておくれよ!」


 と、エステラが俺に見せてきた自信作は、どう見てもシメジだった。


「お前はキノコが好きだなぁ……」

「これのどこがキノコだっていうのさ! これは女神像だよ!」

「……精霊神、いい加減ブチギレるぞ?」

「で、ヤシロのその丸いのはなんなんだい?」

「雪だるまだ」


 俺が作ったのはどこにでもある、普通の雪だるまだった。木炭で顔も作ってある。


「かっ、可愛いです! ヤシロさんっ、すごく、凄く可愛いですっ!」


 どうやらジネットは、心の中の何かを刺激されたらしく、犬みたいに雪だるまの周りを駆け回り始めてしまった。そんなにはしゃがなくても。


「わたしも作りたいです!」


 作り方を教えてやると、ジネットは一日中雪だるまだけを黙々と作り続けていた。黙々と、黙々と…………無縁仏でも供養する気なのかというように、手のひらサイズのミニ雪だるまが数百体出来ていた。……怖いっつの。


 イメルダは、さすがと言うべきか、美しい物に対する貪欲さが人一倍凄まじく、雪像一つとっても先鋭的でスタイリッシュだった。何かは分からないが、何かをモチーフにしたオブジェのようなものを作成していた。


 で、ベッコだが……


「お前、バケモノか……」


 陽だまり亭の庭に、俺たちがいた。それも数十セット。

 セットというのは、俺たちがみんなで『何かをしている』場面が表現されているからだ。

 そっくりなんてレベルじゃなく、もはや生き写しだ。

 それを驚異的な速度で作り続けているのだ。なんか……思い出の写真を見せられているような気分になる。


「雪が無くなりそうでござったから、ここからはディフォルメ化するでござる」


 以前俺が教えてやったこともあり、どうやらベッコはディフォルメのコツを覚えたらしい。なんだかんだ、こいつも成長しているようだ。


 それはそうと……雪が足りないって…………


「なんだよ! 投げて遊ぶ分がねぇじゃねぇか!」

「そうです! 使い過ぎです!」


 デリアとロレッタが不満そうに言う。


「わたしも、もっと欲しいです、雪」


 すでに気持ち悪いほどの数の雪だるまを作っているジネット。まだ作る気か?


「……では、他所からもらってくればいい」


 不平不満を漏らす一同の真ん中に立ち、マグダが解決案を提示する。

 そう。

 街中に雪は溢れているのだ。

 しかも、お年寄りなんかは雪かきすら出来ずに困っているかもしれない。

 ずぼらな若いヤツもやってないかもしれない。

 誰も通らないような道には、いつまでも雪が残ってしまうかもしれない。


 ……ヤップロックの家は、潰れているかもしれない…………あいつ、トウモロコシで金が入っても「子供たちのために」って貯蓄しかしないんだもんな……まず、家を建て替えろっつの。


「んじゃ、弟たち」

「「「ほいほ~い!」」」

「暇そうな弟妹を集めて、雪かきが終わってないところから雪をもらってこい」

「「「わ~い! ゆきあそび~!」」」

「よし、ロレッタ! あたいらも行くぞ! この勝負は、こんな小さな庭先だけに収まらないんだ! 四十二区全部があたいたちの戦場だ!」

「望むところです! パウラさんやネフェリーさんも巻き込んで、大雪合戦です!」

「おぉ、ネフェリーか! ……あいつとはいつか決着をと思っていたんだよな……よし! 弟! 何人かあたいたちに付いて大通りの方に行くぞ!」

「「数名派遣するー!」」

「降って湧いた恵みの労働やー!」


 どんだけ労働に飢えてんだよ、お前らは。


 そんな感じで、結局全弟妹が出動して四十二区中の雪を掻き集めてきたのだ。

 通行するために道の雪を退け、あっちこっちでわいわいと騒ぎ、集めた雪を陽だまり亭へと持ってくる。


 街の人間はきっと興味を持ったのだろう。

 豪雪期に外で大騒ぎをしている連中に。

 そして、外に出てみれば、積もっているはずの雪が無い。

 騒がしい連中の後を付いていってみれば、そこには雪で出来た様々なオブジェと、雪の家。

 さらにその奥の食堂からは堪らなくいい香りが漂ってきている…………


 そりゃ、客も来るわ。




 で、豪雪期に入って八日目。

 陽だまり亭には数多くの人間が押し寄せていた。


 ただ、悲しいかな。

 これ全部が陽だまり亭の客ではないのだ。

 ほとんどがプチ雪まつりを見に来た見物客だったりする。


 申し訳程度に陽だまり亭で何かを食っていく連中もいるにはいるけどな。

 エステラ曰く、「買い溜めした食料があるから、外食って選択肢はないかもしれないね」だそうだ。食い物を無駄にしない精神は大したものだけどな。


 だが、そんな中、とてつもない人気を博したのが、かまくらだ。

 かまくらの中でお汁粉を食う。

 それが、四十二区の住民の間でブームになってしまったようだ。


 この時期、今でなければ出来ない。そんな限定された状況が人気に拍車をかけている。

 お汁粉待ちの列は長く伸び……けれど、陽だまり亭の庭から前の道へとはみ出し並ぶ様々な雪像が客たちの目を楽しませていた。クレームを言う客は一人もいなかった。


「たまに定食を食いに陽だまり亭に入ってくるヤツがいるんだよな」

「待ってる間にお腹空いちゃったんだろうね。作るのにも時間はかかるから」


 お汁粉に並んでいた客が、フラッと列を離れて店に入ってくることがあった。

 そいつらは普通に定食やお子様ランチを頼んでいくのだが……そういうヤツが出ると、他の客も真似をし始める。

 特に、子供連れは……どっかのガキが嬉しそうに旗を振って出て行くのを見て、並んでいたガキが「僕も欲しい」と喚き、そして店へと入ってくる。

 おかげで、マグダたちウェイトレスは店の中と外を何度も行き来することとなり、ジネットはすべての料理に対応しなければいけなかった。


「うぅ……雪合戦したいですぅ」

「我慢しなさいよ! あたしがこうして手伝いに来てあげてんのに、サボったりしたら承知しないからね!」


 パウラに怒られ、ロレッタは泣きながらお汁粉を運ぶ。


「お待たせしましたぁ。お熱いので、お気を付けてお召し上がりくださいね」

「お前の言葉、丁寧過ぎんだよ」

「あんたの言葉が雑過ぎるのよ」


 かまくらを出たところでデリアとネフェリーが睨み合う。


 パウラとネフェリーは、最初こそ雪合戦をしに来ていただけだったのだが、次第に増えていく客足に、手伝いを申し出てくれたのだった。

 パウラに関しては文句の付けようがない。さすがカンタルチカの看板娘だ。

 で、心配していた養鶏場のネフェリーなのだが、驚いたことにきちんと接客が出来ている。

 まぁ、やたらと頭に「お」を付けたり「させていただく」を連発するなど、敬語に違和感はあるけどな。


「こちらの空いた食器、お下げさせていただきますね」


 う~ん、それそれ。それ直してやりたいわぁ……

「お下げしますね」でいいんだ、そこは。


「お、もう空だな? んじゃ、片付けんぞ」


 ……まぁ、デリアよりかは百倍マシだけどな…………


「しかしまぁ、ままならんというか……」

「ん? 何がだい?」


 再び埋まったかまくらを見つめ、俺は呟く。


「ジネットがな、いつか陽だまり亭に行列が出来ているところを見たいって言ってたんだよ」

「今出来てるじゃないか」

「……で、そうなるとジネットは厨房にこもりっきりになってこの行列を見ることが出来ないと」

「あ…………なるほど。ままならないね」


 エステラが苦笑を漏らす。

 まぁ、この調子で行けば、陽だまり亭に行列が出来る日も来るだろう。こういう特別な期間だけじゃなくてな。


「でもさ、ジネットちゃんは『行列ならなんでもいい』ってわけじゃないと思うけどな」

「それは今俺も思ってたところだよ」


 あいつは、爺さんのやっていた頃の陽だまり亭を目標にしているんだ。

 もう二度と戻ってこない、記憶の中にある陽だまり亭……それを超えるのは、相当骨が折れるぞ。なにせ、思い出には補正がかかるものだからな。


「きゃっ!?」


 食事を終え、かまくらを出ようとした客が悲鳴を上げた。

 かまくらを出る際、手が触れた箇所の雪が崩れてしまったのだ。


「ご、ごめんなさいっ!」

「あ、大丈夫大丈夫!」


 顔を青くする女性客に駆け寄り、俺は笑顔を向ける。


「雪の中で火を起こしてるんだ、溶けただけだよ」

「そう……なんですか?」

「気にする必要はない」

「はぁ……でも」


 それでも、気にする素振りを見せる女性客。

 そこへエステラがやって来て、爽やかな笑顔で言う。


「本当に大丈夫だから気にしないで。それより、怪我しなかったかい?」

「……………………はぃ」

「ん?」

「あっ!? い、いやだ、私ったら!」


 女性客が頬を両手で押さえ、エステラから顔を背ける。頬が赤い。


「あ、あの! また来ます!」

「う、うん。待ってる……よ?」

「はいっ!」


 大きな瞳にキラキラと星を浮かべる女性客。

 連れの女と手を取り合い、キャーキャー騒ぎ出す。


「ちょーカッコいいー!」

「イケメンー!」

「イ……イケ…………あの、君たち……」

「「また来ますね! これ、お代です!」」


 エステラの言葉を一切聞かず、女性客は金を置いて帰っていた。


「…………イケメンって……」

「いいなぁ、イケメンは。普通のこと言うだけでキャーキャー言ってもらえて」

「全然嬉しくない褒め言葉をありがとう……っ!」


 ふん。

 俺だって、そこそこイケメンだっつの……


「なぁ!? ウーマロ!?」

「え!? なんッスか!? 今、何を聞かれたんッスか、オイラ!?」

「とりあえず『イエス』って言っとけ!」

「ヤシロさんがそう言うなら『ノー』ッス!」


 えぇい、ちきしょう!

 あいつは今日、『外で湯浴みの刑』だ!

 それも、一つのタライで、ベッコと一緒に!


「あたいから見りゃ、どっちもどっちなんだけどなぁ」

「いやいや。エステラさんは強いでしょう?」

「でも、ヤシロの良さは顔じゃないし……ほら、話の面白さとかさぁ?」


 デリアにパウラにネフェリーが女子トークを交わす。

 バッカ、ネフェリー。トークの面白さと顔の良さは、どっちも俺の武器だっつの。


「その前に……ボクをイケメンだという前提で話すのをやめてくれないかな?」


 エステラが謙遜する風ではなく、心底嫌そうな顔で言う。

 お、なんだ? 比べられるのも不愉快だってか?


「お前自身はどう思ってるんだよ?」

「何がだい?」

「俺とお前、どっちがイケメンか、だよ」

「そんなの、ヤシロに決まってるだろう!?」


 断言。しかも即断。


「あ、いや、違うよ!? ボクはイケメンに分類されないから不戦敗なだけで…………もう! ヤシロのバカ!」


 なんで怒られたんだ、今?

 ぷりぷり怒って食堂へ入っていくエステラと入れ替わるようにナタリアが出てくる。


「ヤシロ様。もち米が蒸し上がりました。お餅の用意をお願いします」

「ん? あぁ、そうか」


 臼と杵があれば本格的な餅つきが出来るのだが……これはミリィあたりにでっかい木を頼まなきゃいけないからな。来年かな。

 今年はすり潰したなんちゃって餅で……


「うおっ!?」


 厨房に戻ろうとしたところでまた、今度は男性客が声を上げた。

 外に出ようと、かまくらの出入り口の壁を持ったら、そのままボロッと崩れてしまったらしい。


 あぁ、そうか。これはきっと……


 俺は空を見上げる。雲は薄くなり、切れ間から光が覗いている。

 そういやジネットが「そんな急には変わらない」って言ってたっけ……


「なぁ、ナタリア」

「はい」

「明日の天気は分かるか?」

「……快晴、でしょうね」

「じゃ、気温も上がりそうだな」

「そうですね。そろそろでしょう」


『そろそろ』と、ナタリアは言った。

 そうか、こういう感じなんだな。


 もう、豪雪期は終わるのだ。

 十日目まで寒くて、翌日には雪が溶けるのかと思ったが……これから徐々に気温が上がり、どんどん雪が溶けていくのだろう。


 なら、もう塩時か。


「ジネットに話してくる」

「そうですか。……初めてです」

「ん?」

「豪雪期の終わりを惜しんだことは」


 無表情に、ナタリアは言う。

 その横顔は、珍しく物悲しそうに見えた。


「なぁに……」


 なので、明るい顔をして言っておいてやろう。


「また来年になりゃ、嫌ってほど雪が降るさ」

「…………ですね」


 来年。

 来年か……


「じゃ、店長様にご報告申し上げてくるよ」

「私は店員に伝達しておきましょう」

「あぁ、頼む」


 それだけ言って、俺は厨房へと入る。


 厨房では、ジネットが忙しく料理をしていた。

 マグダとロレッタがお汁粉の鍋を見ていた。

 タイミングよく、厨房には陽だまり亭の正規メンバーが揃っている。


「なぁみんな。聞いてくれ」


 声をかけると、全員が俺に視線を向ける。


「かまくらは今日で終わりだ。これ以上は、客に危険が及ぶ可能性がある」


 俺の言葉に、三人は一瞬息をのむ。

 けれど、どこかで覚悟もしていたようで、反論する者はいなかった。


「そうですね。気温も上がってきましたし……あとは、雪像の展示だけにしておきましょう」

「それも、あと一日持つかどうかってところだけどな」

「名残惜しいですけど、仕方ないですね」

「……また来年。もう一度やればいい」

「むぁあ……でも残念です……かまくらーざ、楽しかったですのに……」


 たまプラーザみたいに言うんじゃねぇよ。

 豪雪期限定、陽だまり亭オープンテラス『かまくらーざ』……ちょっと響きがいいじゃねぇか。来年からはそういう名前でやろう。


「そうか、もうおしまいなのか……」


 俺の後ろから、エステラが厨房へ入ってくる。

 ……あれ? こいつは俺より先に中に入っていたはずじゃ…………あぁ、そうか。


「トイレか」

「接客をしてたんだよ!」


 注文を書いた紙を見ながら、ジネットに追加の料理を告げる。

 またお子様ランチの注文が入っていた。


「エステラ、もち米を頼めるか?」

「ん? 潰せばいいんだっけ?」

「あぁ。マグダ、やり方を教えてやってくれ」

「……任せて」

「ロレッタ」

「はいです」

「これから客に終了宣言をするから、不満が出た際は客の説得に当たってくれ。お前、こういうの得意だろ?」

「任せてです! 来年までの楽しみが出来たんだって言ってやるです!」


 祭りはいつか終わる。

 けれど、また来年……


「…………お兄ちゃん、どうしたです?」

「ん? あ、いや……」


 何かが、俺の中で引っかかった。

 それはとても重要なようで、でも、とても些末なことのようでもあり……


「では、ヤシロさん。よろしくお願いしますね」

「あぁ。任しとけ」


 まぁいい。

 それよりも、今やるべきことに目を向けないとな。


 外へ出て、終了宣言をすると、一瞬客たちはざわついたものの、豪雪期の終わりを悟り口々に「しょうがないよねぇ」と零していた。

 ロレッタが「また来年」と言って回ると、客たちの顔に笑顔が戻り、ガキ共が「早く来年にならないかなぁ」などと気の早い発言をして大人たちを微笑ませていた。



 その日、お汁粉の売り上げは過去最高を記録した。



 夜になり、陽だまり亭は閉店した。

 かまくらはまだ健在だが、多少の汚れが目立つようになっていた。


「ヤシロさん、どうかされましたか?」


 一人、庭に出ていた俺を心配してか、ジネットが外へ出てきて俺に声をかける。


「ん? いや、楽しかったなぁって思ってな」

「そうですね。楽しかったです」


 そう言うと、そっとドアを閉め、俺の隣へと並び立った。

 二人で並んでかまくらを見つめる。


 最初は寒がるマグダを温めるために穴を掘ったのが始まりで……雪降ろしの時に出る雪でかまくらを作って……気が付いたら商売になっていた。

 来年はきっとどこかの店が真似をするだろう。まぁ、それもいいさ。


「あの、入りませんか。かまくら」

「そうだな」


 俺はジネットと二人でかまくらに入る。

 陽だまり亭のメンバーで作った、最初のかまくらだ。


「温かいですね、やっぱり」

「雪に囲まれてるのに温かいってのは、不思議なもんだよな」


 座る椅子は雪のため、ひんやりと冷たい。

 クッションを敷いてはあるが、それでも尻は冷たくなる。


「お客さんに言われちゃいました」

「ん?」

「ここに来ると、いつも楽しいことが待っているって」


 嬉しそうにくすくすと笑う。

 言われた時のことを思い出し、くすぐったいのだろう。

 言われて嬉しかった言葉は、何度脳内再生を繰り返してもくすぐったいものだ。


「ヤシロさんのおかげです」

「いや、今回のはみんなで作った成果だろう」


 雪像なんかは、ベッコやイメルダの力作揃いだ。

 かまくらはウーマロやデリア、弟たちが頑張ってくれたしな。


「みなさん、そろそろお帰りになられるんでしょうね」

「豪雪期が終われば、みんな仕事が待ってるからな」


 今日か、そうでなくても明日には帰るだろう。

 なんだかんだと騒がしかった居候たちとの生活ももうおしまいだ。


「ふふ……寂しそうな顔をしてますよ、ヤシロさん」

「はぁ? そんなわけないだろう。あいつらとは、ほとんど毎日顔を合わせるんだからよ」


 ウーマロなんかはきっと毎日飯を食いに来る。

 ベッコもなんだかんだと顔を出す。

 デリアは川漁ギルドとの交渉で頻繁に会うし。

 エステラとナタリアは、その気になればいつだって。

 イメルダにしたってそれは同じで……


「…………まぁ、楽しかった。……かな」

「はい。とても楽しかったです」


 特殊な環境下で、普段とは違う生活をした。

 キャンプや合宿をしたような、そんな気分だ。


「今年は、本当に楽しい一年でした」


 ジネットが言う。

 そうか、年末だったな。忙しくて忘れていたけど。


「ヤシロさん」

「ん?」

「来年も、どうぞよろしくお願いいたします」


 姿勢を正し、座りながら腰を折る。

 深々と頭を下げるジネットを見て、なんとも言いようのないむず痒さを覚える。

 まだ今年はあと一週間も残ってるってのに……

 けど……そんな改まって言われたら……


「お、おう。来年も、よろしくな」


 こっちもちゃんと挨拶しなきゃいけない気がするだろうが。 

 ……こういうの、苦手なのに。


「あ~! 二人でかまくら独占してるです!」


 かまくらの外からロレッタのよく通る声が聞こえてくる。

 次いでどやどやと騒がしい連中が出てくる音が聞こえる。


 ……あぁ、もう。こいつらがいるとゆっくり過ごすことも出来ない。


「ズルいです! あたしもかまくらしたいです!」


 かまくらを動詞みたいに使うな。

 ぷぅぷぅと文句を垂れるロレッタは、まぁ、つまり、遊び足りないのだ。


 雪はもうすぐなくなる。なら。


「これより、豪雪期追悼イベント、最後の大雪合戦を執り行う!」


 最後の最後まで楽しみ尽くしてやろう。そう思った。


「敗者は、勝者の言うことをなんでも聞くのだ!」

「面白そうじゃねぇか! その勝負、受けて立つぞ、ヤシロ!」

「ボクも参戦しようかな。……ヤシロに日頃の非礼をまとめて詫びさせてやる」


 デリアとエステラがギラついた瞳で参戦を表明する。

 ふふん、出来るものならやってみるがいい。


「こっちには、最終兵器マグダがいるのだ!」

「……マグダは、ヤシロに一日中もふりを命じたい」


 くっ……お前も敵か……


「では、わたしは、蝋像の所持を許可してもらいましょう!」


 むんっと、ジネットが腕まくりをする。

 ……こいつだけは真っ先に倒さねば。


 すっかり日が落ち、空は暗くなっていた。

 しかし、雲間から月が顔を出し、月の光が雪に反射してなんだか妙に明るく感じた。

 雪の間から覗く光レンガも、淡い輝きを放っていたし。


 その日俺たちは夜遅くまで雪合戦に興じ……デリアとナタリアの頂上決戦を見守った後、倒れ込むように眠りに落ちた。



 連日続いた非日常な生活は、こうやって終わりを告げた。

 また、日常が戻ってくる。

 それがなんだか寂しくもあり、でもどこかでホッとしていたりもした。


 修学旅行が終わる寂しさと、自宅に戻った時の安心感……そんなもんに似た気持ちだった。

 ってことは、「あぁ、やっぱ自宅が一番だわぁ」みたいな感じでこう言えばいいのか?


 やっぱ、日常が一番だなって。


 雪が溶ければ街門の工事が再開される。

 それが済めば街道の工事。

 それが終わる頃には……きっとまた何か違うことを始めているだろう。


 今年一年は本当にいろんなことがあった。


 なんだろう。年末ってのはそういうことを考えてしまうもんなんだな、異世界であっても。





 あ、ちなみに。雪合戦の勝者はナタリアだった。やっぱ、力よりも技が物を言うよな、こういうのは。






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