95話 猛暑の正しい過ごし方

『本日、陽だまり亭は以下の場所で営業しております。御用の方は以下の場所までお越しください』


 地図と共に、そんな文言が書かれた張り紙をドアに貼り、陽だまり亭出張営業(みんなで出かけるから飯食いたいヤツはそっちへ来いスタイル)を行うため、俺たちは河原へと向かった。大雨の日に続いて二度目だな、こういうのは。


 ここ最近は本当に客が来ず、最後に来たのはムム婆さんだったかもしれない……あ、ウーマロがいたか。でもまぁ、あいつは客であって客じゃないからな。

 昨日一昨日は本当に人が来なかった。

 ジネットは「この時期はしょうがないですねぇ」なんて言っていたが……なんだ? 「暑いからお外行きたくな~い」なんて言ってんのか、この街の人間は。夏バテか? 米を食え米を!


 で、そんな状況であることも手伝ってか、出張営業(という名のバカンスもどき)に対し、ジネットも比較的難色は示さなかった。むしろ乗り気だった。


「みんなで遊びに行けるのは嬉しいですね」


 なんて、昨日の夜からわくわくしていたくらいだ。

 こいつも、遊ぶ楽しさに目覚めてきたのか。


「……暑い」


 マグダは暑さがとことん苦手なようで、ここ数日は使い物にならないレベルでグダっていた。

 コーヒーゼリーを見せると飛んでくるのだが、それ以外は基本的に床にペッタリ張りついている始末だ。


「あたしの水着、これ、凄いですよ! お兄ちゃん、グッとくるですよ!」


 ロレッタは川遊びが嬉しいらしく、ずっとわきゃわきゃしている。

 ニュータウンがスラムと呼ばれていた頃から、こいつは弟妹たちと川で遊んでいたらしく、泳ぎは得意なのだとか。

 ただ、水着を手に入れたのは今回が初めてなようで、早く人に見せたくて仕方ないようだ。

 これまでどうしていたかというと……妹の証言によれば「おねーちゃん、すっぽんぽんー!」だったそうだ。……奔放な娘だなぁ。


 マグダがグダっているため、今日は俺が荷車を引いている。

 色々入り用なのだ、今日は。昼飯とかも含めてな。


「お~い! こっちだこっち!」


 河原に着くと、デリアが大きく手を振って出迎えてくれた。

 デリアは既に水着に着替えている。腕を振る度に健康的に揺れ動く膨らみ……夏、大好きっ!


 河原には、簡単なほったて小屋と、大きなパラソルが設置されていた。……なぜに?


「ボクがウーマロに頼んで作ってもらったんだ。パラソルはヤシロにもらった日傘を参考にさせてもらったよ」


 すでに来ていたエステラがそんな説明をしてくれる。

 こいつはまだ水着に着替えていない。……大方恥ずかしくてジネットとかが来るのを待っていたのだろう。


「こちらの小屋で着替えやトイレが出来るようになっています」


 ナタリアがそんな説明をしてくれる。ナタリアはもうすでに着替えている。

 パレオから覗く生足が眩しい。生唾ごっくんものだ。


「で、そのウーマロたちは?」

「買い出しですわ」


 小屋からイメルダが出てきた。

 裾の広がったワンピースにツバの広い帽子を被っている。

 ……小屋から出てきたのに、なんで着替えてないんだよ…………あっ!


「トイレか?」

「ワタクシの顔を見る度にトイレトイレ言っていませんこと、ヤシロさん!?」


 いや、だって。着替えとトイレのための小屋なんだろ?


「着替えをするのに不備が無いかを確認していたんですわ。……万が一にも覗きなどされては堪りませんからね」


 そんな大それたことをする男がこの街にいるとは思えんが……デリアとかマグダとかエステラとかナタリアとかいるのに……

 イメルダの話によれば、ウーマロとベッコ、それからオメロが使いっ走りとして召喚されているらしい。……気の毒なことだな。まぁ、美女の水着の拝観料だと思って精々額に汗して働くがいい。


「こっちの方はなかなか涼しいねぇ」


 河原に建てられたパラソルの下で、既に水着に着替えているノーマが優雅に寝そべっていた。

 これまたダイナマイツッ!

 サンオイルがあれば塗ってやりたい!


「ぁ……てんとうむしさ~ん! じねっとさ~ん!」

「みなさん、こんにちは」


 ミリィとベルティーナが並んで歩いてくる。歩調のゆっくりなベルティーナと、歩幅の狭いミリィは同じ速度になるのか。新発見だ。


「買ってきたッスよ~!」

「暑いでござる! 川に飛び込みたい気分でござるな」

「オレは洗いたい……」


 男三人がむさくるしい顔をして戻ってくる。

 その両脇にパウラとネフェリーがいた。


「ほらほら。弱音吐かないの! 男でしょ!?」

「こんな美女二人と一緒に歩けるんだから、役得でしょ? ね、ネフェリー」

「そうよ、感謝しなさいよね」


 おぉう……肯定しやがったか、ネフェリー……


「何を買ってきたんだ?」

「あ、ヤシロさん。おはようございますッス」

「拙者たちの水着と、あとはお酒でござる」

「酒なんか飲んで川に入るなよ?」

「あたりめぇだろ、兄ちゃん。こいつは冷やしておいて、あとで飲むんだよ」


 まぁ、それならいいが。


「それじゃ、先に俺たちが着替えてくるな。おい、行くぞ」

「あ、はいッス」

「心得たでござる」

「オレも行くぜ」

「いや、オメロはもう水着着てんだろ」

「……この中に一人残されるくらいなら、オレは帰るぜ」

「…………なんでこう、この街の男は女に免疫ないんだよ……つか、オメロはビビり過ぎだ」


 そんなわけで、四人仲良く小屋に入って着替えを始める。

 ……なんで、こんな狭いところに男四人も…………オメロ、出ろよ。


「ちょいっすー! お待たせーい!」


 突然ドアが開け放たれ、チャラチャラとした挨拶と共にパーシーが飛び込んできた。


「きゃー、のぞきよー!」

「ちょっ!? 勘弁してくれよ、あんちゃん!?」


 慌てふためくパーシー。

 つか、なぜお前がここにいる? 呼んでねぇぞ。どこで聞きつけてきた?


「オレさ……いい砂糖を作るのに必要なものが何か、ようやく分かったんだよな」


 なんか語り出した。

 俺の隣ではベッコがケツを丸出しにしているというのに、この中途半端イケメンが何かを語り出したぞ? 丸出しのケツの前で。


「それは……愛」

「あ、ベッコ。ケツのホクロから長い毛が生えてるぞ」

「ホントでござるか!?」

「抜くッスか?」

「ダメでござる! ホクロ毛を抜くと不幸になるでござる!」

「なんねぇよ」

「つか、聞けよ、お前らっ!?」


 お前の愛よりホクロ毛の方が面白いんだよ。


「オレさ、これまで卵ってあんま食わなかったんだよな。なんつうの? 腹壊したって話、結構聞いててさ。怖いじゃん?」

「卵で腹を壊すなんてのは管理が出来てない証拠だ。四十二区の卵は生でも余裕で食えるぞ。まぁ、新鮮なうちは、だがな」

「そう! そこなんだよ!」


 あ……藪蛇だったか……


「それってつまり愛だろ!?」

「殺菌だ」

「ネフェリーさんの愛に満ちた優しさが、卵を安全な食い物にしてんだろって話だよ!」

「ベッコ、ホクロ毛三つ編みにしていい?」

「ダメでござ……三本も生えてるでござるか!?」

「ホクロ毛もういいだろ!? 聞けよ、オレの愛の話!」


 要するに、ネフェリー会いたさに卵を買いに四十二区まで頻繁にやって来るようになって、「砂糖作りにも愛が必要だ!」とか、訳の分からん感化をされたんだろ?


「で、日課のストーキングをしていたところ、ネフェリーが出かけると知り、尾行をしたら川に来たもんだから、慌てて水着を買ってきて、ここに駆けつけたってわけか」

「大正解だけど、人聞き悪ぃよ、あんちゃん! ストーキングは無いだろう!? プラトニックラブだぜ! 純愛だよ、わっかんねぇかなぁ!?」


 水着見たさに全力疾走するようなヤツが純愛を語るな。


「妹は来てないのか?」

「ウチの妹の水着姿なんか、誰にも見せねぇよ! 嫁にもやんねぇし!」

「うわぁ……ヤシロさん、またこんな変態と知り合いになってたんッスね」

「ホント、変態ばっかりで困ってんだわ、お前も含めてな」

「オイラ変態じゃないッスよ!?」


 黙れロリコン。


「まぁ、来ちまったもんはしょうがねぇ。さっさと着替えるぞ。あとが支えてんだ」


 男の水着なんぞいくら見たって益はない。さっさと女性陣にここを譲ってやるべきなのだ。


「あ、それからみんな」


 俺は重要なことを思い出し、全員に告げておく。


「パーシーの目の周りの黒いの、メイクだから。『絶対に』水とかかけてやるなよ? 『絶対』だぞ?」

「「「へぇ~…………(にやにや)」」」

「あんたら、全員鬼かっ!?」


 さっさと着替えを済ませ、俺は小屋を出る。

 他の連中が出てくるのを待って、今度はジネットたちが小屋に入っていく。


「では、少し待っていてくださいね」

「おう。手伝いが必要ならいつでも呼んでくれて……」

「ナタリア。監視をよろしく」

「かしこまりました、お嬢様」


 くっ……ナタリアだけ先に着替えさせていたのはそのためか、エステラ!?

 まぁいい。焦らずとも少しの辛抱なのだ。少しすれば水着パラダイスが向こうからやって来るのだ。待つ時間も宝。そういうもんだろう?


「んじゃ、その間にウーマロ、ベッコ、オメロとチャラ男。手伝え」

「パーシーだっ!」


 俺は、荷車から半分に切った長い竹を持ってくる。

 流しそうめんをするのだ。

 素麺は既に茹でてあり、水にさらしてある。

 めんつゆは俺のオリジナルだ。


 とりあえず、竹を組んで準備だけはしておく。


「なんだこれ? 面白そうなことやってんなぁ」

「ぎゃあ!? 親方ぁ!?」

「うひゃあ!? お腹丸出しッスー!?」

「おっぱい『ドーン!』でござるぅぅぅ!?」


 デリアの登場に、チーム四十二区の男どもが一斉に悲鳴を上げ、組みかけていた竹は倒壊した。

 ……何やってんだ、こいつらは。


「なんだよ!? あたいが近くに来たら、そんなにいけないのか!?」


 怒りゲージを溜めるデリア。……いかんな、このままでは川が真っ赤に染まってしまう。主にオメロの血で……

 今日は楽しいバカンスだ。デリアの機嫌を直しておいてやるか。


「いや、お前の水着が可愛過ぎて、みんな照れてんだよ」

「かわっ!? …………ま、またぁ! ヤシロは口が上手いんだからなぁ!」


 ズンッ!


 ――と、肩の骨が軋みを上げた。

 ……なんで、俺がこんな深刻なダメージを負わなきゃいけないんだ…………


「兄ちゃん、男だなっ!」

「ヤシロさん、かっけーッス!」

「ヤシロ氏、さすがでござる!」

「美女とさり気にスキンシップ……今のテクニックもらっていいかな、あんちゃん?」


 俺の周りに群がって好き勝手騒いでるバカ四人……一回川に沈んでこい……


「まったく。男ってのは、ホ~ントバカだねぇ」

「ぎゃああ! あっちもおっぱい『ぼーん!』でござるっ!?」

「背中っ!? 背中とか見えちゃってるッスよ!?」


 ノーマに対しても大騒ぎするウーマロとベッコ。こいつら、今日死ぬんじゃないか? 騒ぎ過ぎて。


「皆様。お嬢様方の準備が整ったようです」


 ナタリアが静かに告げると、俺たちの視線は自然と小屋の扉に集中した。


 ……来るぞ!

 いよいよ始まるんだ、水着パラダイスがっ!


「エントリーナンバー一番! 陽だまり亭のロリっ子エンジェル、マグダ・レイヴァース!」


 ナタリアがよく通る声で司会者みたいなことを言い始める。

 いや、なんだよそれ。こっちの世界でもあんのか、ミスコン?


 ナタリアの呼び込みに応えるようにドアが開き、マグダが姿を現した。

 マグダの水着は以前にも見ている。可愛らしさが優先の水着だ。


「ぬはぁぁぁあっ!? オイラ、今死んでも本望ッスっ!」


 隣で変態が身悶えている。悶絶寸前だ。

 あぁ、暑苦しい。誰か川に捨ててきてくれないかな?


「……脱いだらもっと凄い」

「あぁ、分かったから。早くこっちおいで」

「……むぅ。感動が少ない」


 そりゃ、二度目だからな。こっちでウーマロに絶賛してもらえばいい。

 いや、可愛いよ? でもさ、まだ見ぬ世界って、やっぱ興味あんじゃん?


「エントリーナンバー二番! 養鶏場の溌剌アイドル。ネフェリー!」


 ナタリアの呼び込みがあり、開け放たれた出口からネフェリーが出てくる。


「ちょっ!? あんまり注目しないでよ、ヤシロのエッチ!」


 出てきていきなり俺と目が合い、恥ずかしそうに自身の身体を抱く。

 ネフェリーの水着はサロペットという、水着の上にオーバーオールを着たような、露出が少なめで女の子らしい可愛さを押し出した水着だ。とはいえ、背中は大きく開いており、セクシーさの演出にも抜かりはない。

 これもマグダのタンキニ同様、下にビキニを着込んでいる。


「ネッ、ネネネネネ、ネフェリーさんッ! マジ、キレーっすよ! パネェす!」


 遠くでチャラ男が吠えている。

 あいつも川に流したいところだな。


 ネフェリーは俺のそばまで来て「どう?」なんて聞いてくる。そう聞かれても「似合ってるな」以外に言いようがないんだけどな。


「でも、他の人に比べて、私の水着は露出少な目だよね? 何か意味があるの?」

「いや、ネフェリーには、こっちの方が似合うと思ってな」

「あ、もしかして……私の肌、あんまり他の人に見せたくないとか?」

「え……」

「あ~! 図星だぁ! もう! ヤシロってばっ!」


 俺の背中をパチンと叩き、ぴょんぴょんと跳ねながら遠ざかっていくネフェリー。スズメやハトがああいう歩き方するよなぁ……


 つか、まぁ……あんまり肌をさらさないでほしいってのは事実だな。

 だって……顔、ニワトリだし……境目とか、なんか凄い……こう……違和感っての?

 なんかさ……エジプトの壁画にいそうな感じなんだもんよ。直視出来ねぇよ……


「盛り上がってまいりました! エントリーナンバー三番! カンタルチカの看板娘パウラ!」


 キャバレーの司会者みたいな煽りを挟み、ナタリアが次に呼び込んだのはパウラだった。


「見て見て! これ、可愛いでしょう!?」


 自分の容姿に自信のあるパウラは、アピールの仕方も真っ直ぐだ。

 首から胸の下までを覆うスポーツタイプのブラで、肩から背中にかけて大きく露出しているために重くなり過ぎず、そのくせ露出の割に可愛らしさが目立つ快活な印象を与える。ビーチバレーの選手が着ていそうな感じかな。パウラみたいな明るい娘にはピッタリの水着だ。


「ねぇねぇ? 可愛い?」

「あぁ。これで店に立ったら客増えるぞ」

「やーだよー! えっちー!」


 こういう軽いノリで話せるのが、パウラ最大の魅力かもしれないな。


「まさかこの人がここまでするのかっ!? 四十二区の聖女、シスター・ベルティーナ!」


 エントリーナンバーが面倒くさくなったっぽいナタリアがベルティーナの名を呼ぶ。


「「おほぅっ!?」」


 ベッコとオメロが思わず声を漏らしてしまったのも頷ける。

 ベルティーナは上に純白のパーカーを着ている……だけに見える格好なのだ。

 本当は下に白いワンピースの水着を身に着けているのだが、その上にラッシュガードという濡れてもいいパーカーを着ている。その前面をしっかりと留めているため、まるでパーカーしか着ていないかのように見えるのだ。いや、歩く度に足の付け根から白い物がチラチラ見えるのだが、これがまたなんともエロい! パンチラじゃないよ? 水着だよ? でもそんなこと、この際関係ないよね!? パンツじゃないから恥ずかしくないよね!? じゃあ見てもいいよね!?


「これでしたら、私も恥ずかしくないです。お気遣いありがとうございますね、ヤシロさん」

「い、いや……ベルティーナさんは、そういうのちょっと、あれかと思って……あはは」


 隠した方がエロい! そう思ってラッシュガード着せました! ……とは、言えない。


「条例スレスレ!? 花屋の妖精、ミリィ・ノーヴァ!」

「ぁう……大丈夫だよ。みりぃ、こどもじゃないよ……」


 ナタリアのおかしな呼び込みにおろおろとしながらミリィが出てくる。

 ミリィは胸元と腰にフリルをあしらったワンピースだ。子供のようでありつつ、少し背伸びした感じのデザインの水着だ。ミリィに求められるのは露出じゃない! 癒しだ!


「てんとうむしさん……どう?」

「いいか悪いかと聞かれれば……、百点満点だ!」

「……犯罪者っぽ~い」

「……子供を見る目つきじゃないわよね」

「……ヤシロだからしょうがない」


 パウラ、ネフェリー、マグダから妙な言いがかりをつけられる。

 やかましい。多少はそういう目で見るわ、そりゃ!


「エレガントな着こなしで世界中の男を魅了する、神がこの世に産み落とした一粒の芸術。世界の美がそこに集結し…………えーっと…………あ、そうそう……ヴィーナスがこの地に舞い降りる! 木こりギルドのお姫様、イメルダ・ハビエル!」


 ……カンペ渡されてんじゃねぇよ。いくらで買収されたんだお前は?


「括目するといいですわ!」


 両腕を広げ小屋から出てきたイメルダ。

 派手なイメルダには、あえてワンピースを渡してある。……外見に似合わず意外と乙女だったりするんで露出を少なめにしてやりたかったのと、もう一つ……

 イメルダ級のおっぱいがワンピースの中でギュウギュウ詰めにされている感じは物凄くいい! 谷間をさらせば男が喜ぶと思っている巨乳! あまいぞ! 窮屈に押し潰されているおっぱいもいいものなのだ!


「ムッギュムギュだな!」

「いやらしい目で見ないでくださいましっ!」


 胸を押さえつつも、さほど嫌そうではないのは、きっとこの暑さが開放的な気分にしてくれているからだろう。


 あと残っているのは三人か。


「煩わしいのに影が薄い! 普通の中の普通! ロレッタ・ヒューイット!」

「呼び込みが酷いです!? 悪意を感じるですよ!?」


 ひな壇芸人の如き勢いで飛び出してきたロレッタ。

 うん。お前のポジションはそこだよな。


「あたしも他の人みたいに恥じらいながら出てきたかったです!」

「最後に回されて、呼ばれる前に『以上です!』ってボケをされるよりマシだろう?」

「うぅ……それは、それよりかはマシですけど……」


 しょぼくれるロレッタを見て、ほんの少しだけ疑似兄心が刺激されてしまった。

 くそ、今日だけだぞ。


「似合うなロレッタ。ちょっとよく見せてくれないか」

「ホントですか!? 見たいです!? 見てほしいです!」


 ニパッと笑って、ロレッタが嬉しそうにくるくる回り始める。前も後ろも見てほしいということだろう。

 ロレッタの水着は上下をあえて揃えないビキニで、目を引くデザインだ。色が多くなると色味がうるさくなりがちだが、ロレッタの明るさがあればそれも気にならない。実に『らしい』コーディネートだと言える。こういう個性的なものはロレッタによく似合う。本体が無個性だからか?


「さて……どちらを最後にしましょうか…………」

「ナタリア、ボクに何か恨みでもあるのかな!?」


 ほくそ笑むナタリアに、小屋の中からエステラの声が飛んでくる。

 ……ジネットの後にエステラとか、苛めだろ最早。


「では。クールでありながら夢見る乙女、膨らむのは夢ばかり! それ以外は一切膨らまない我らがお嬢様……」


 ヒュン!

 カキーン!


 ナタリアの呼び込みの途中で、小屋からナイフが飛んできた。凄まじい速度で飛来したそのナイフを、ナタリアは取り出したナイフで迎撃する。

 ……あいつら、普段からこんな高度なボケとツッコミやってんのかよ? どこに命かけてんだ……あと、ナタリア、今パレオの中からナイフ取り出したよな? そんなとこにしまってんじゃねぇよ……


「我らがお嬢様! エステラ・ナイン・ツルーン!」

「誰がナイン・ツルーン家の娘なんだい!?」


 架空の貴族の娘に仕立て上げられたエステラ。……つか、お前ら。今日何かいさかいでもあったのか?


「もう! ナタリアが変なこと言うから出難かったじゃないか!」


 ぷりぷりと怒るエステラ。

 しかしながら、身に着けている水着は可愛らしく、怒り顔は似合わない。

 しょうがない。こいつのことも笑わせてやるか。


「エステラ、大変だ! お前、どっかにおっぱい落としてきてるぞ!」

「落としてないよっ!?」

「え、大変です! みなさん、手分けして探しましょう!」

「ナタリア、乗っからないで! そしてみんなも探さないでくれるかなっ!?」


 おかしい……全然笑顔になってくれない。


「もう、帰るよ、本気で!?」

「あぁ、待て待て! まだじっくり見てないんだ」

「見なくていいよ! ……どうせ笑うんだろ?」

「バカ! お前が一番可愛く見える水着を選んだっつっただろ!」


 この水着は、俺がウクリネスに特に力を入れて作るよう言い聞かせていた水着だ。

 エステラは胸を気にするあまり、こういう服装を嫌う気がしてな。エステラがいないと色々物足りないからな。……いや、ほら、何か商売に繋がりそうな時に力を貸してほしいとか、そういう打算的なものもあるしな。


 ……うっさい。たまにはちっぱいも見たいんだよ。


「これはバンドゥビキニって言ってな。このチューブトップのブラは胸を大きく見せる効果があるんだぞ」

「そ、そうなのかい?」


 エステラに渡したバンドゥビキニは、胸の前面と腰の部分が三段のフリルで飾られ視線が行きがちな部分をさり気なく隠している。フリルのボリュームで胸の小ささは誤魔化されるし、パンツの方は腰からのフリルでミニスカートのような感じになっている。

 このボリュームのあるフリルのおかげで、そこから伸びる手足がさらに細くすらっとして見えるのだ。腰もキュッとしまって見える。

 普段はクールな服装が多いエステラに、こういうフリフリの可愛い水着を着せることでまた新たな一面が垣間見えて、これはこれでなかなかいいのだ。


「ま、まぁ、折角の夏なんだ。お前も楽しめよな」

「……なつ?」


 あ、そうか。今は十二月で、この暑い時期は『猛暑期』って言うのか。


「楽しむ時は、一緒がいいだろ」

「え………………」


 ん?

 なんだ?

 なんでエステラはそんな赤い顔をして硬直してんだ?

 あっれ~……俺、またなんか言ったか?

 いやいや、そういう意味じゃないんだけどなぁ…………ヤバイ、背中に汗がじったり滲んできた。


「いや、そうじゃなくて……」

「分かってるよ……バカだなぁ。どれだけ君の迂闊な失言を聞いてきたと思ってるんだい?」


 クシャッと苦笑を浮かべ、エステラは俺の肩をポンと叩く。


「ちゃんと分かってるから」


 ぽんぽんと二度肩を叩いて、すれ違うように俺のそばを離れていく。

 すれ違い様、こんな言葉を残して。


「今は、否定しないでおいてよ。……ね」


 え、なにそれ?

 なにその反応?

 俺、どうするべきなの?


 ……く、訳が分からないままに心臓が痛い。

 俺、絶対、触っちゃいけないとこ触ったよな?

 発言には気を付けよう。マジで気を付けよう。


 いつか傷付けてしまわないか……それが心配だ。


「さて、それではお待ちかね。四十二区の最終兵器の登場です!」

「そ、そんな煽りはやめてください! もう普通に出て行きますからね!」


 ナタリアの呼び込みを待たず、ジネットが小屋から姿を現す。


「「「「………………ごくりっ」」」」


 男子全員、生唾ごっくん。


 いや、あれは卑怯だわ。

 歩くだけでばるんばるん……リーサルウェポンと呼ぶに相応しい凶器だ。


 揺れが大きいからか、ジネットは胸をキュッと押さえる。

 手伝おうか!? 片方持ってあげようか!?


「あ、あの…………へ、変じゃ、ないですか?」


 全然!?

 むしろ普段からその格好していたらどうかな!?


 ジネットの水着はホルターネックという、ブラの紐を首の後ろで結ぶタイプのビキニだ。

 首の後ろで結ぶことにより、胸が持ち上げられ谷間をぐぐいっとより一層強調してくれる、おっぱい教の信者には非常にありがたい逸品だ。もし俺が三種の神器とか決める神様会議に出席したなら、このビキニを推薦するね。

 パンツの腰には大きなリボンがあしらわれていて、心なしか露出が抑えられているように見える。パレオが無くても羞恥心を少し軽減させてくれるはずだ。

 とにかくジネットの水着は動く度にふわふわぷるぷる揺れまくる仕様なのだ。


「ジネット」

「は、はい! ……なんでしょうか?」


 水着を見られることにまだ慣れていないのだろう、ジネットは耳を赤くして落ち着かない様子だ。

 そんなジネットにはっきりと伝えておく。


「ご馳走様です」

「そういうこと言わないでくださいっ!」

「「「ご馳走様です!」」ッス」

「みなさん懺悔してくださいっ!」


 俺に便乗した男三人も怒られていた。





 一同の水着を堪能した後は、心ゆくまで川で遊んだ。

 ベルティーナやミリィは足を浸ける程度の大人しい感じで、一方パウラやデリアは飛び込んだり泳いだりと全力で遊んでいた。

 俺はと言うと、泳げないというジネットに泳ぎを教えていた。


「手っ、手を離さないでくださいねっ!?」

「はいはい。大丈夫だから、顔を水に浸けてみろ」

「お、溺れませんか!?」

「大丈夫だっつうのに」


 ジネットは、本当に食堂の外にあまり出たことがないんだなと実感した。

 エステラはさすがというかなんというか、ナタリアと二人で競泳選手のような美しいフォームでバッシャバッシャ泳ぎ回っていた。

 そして、ロレッタが気持ち悪いほど泳ぎが上手かった。


「気持ち悪っ」

「酷いです! お兄ちゃんがストレートに酷いです!」


 なんか、フォームが滅茶苦茶なのにスイ~っと泳いでいくから、なんだか蛇の泳ぎみたいでちょっと「うわ~」って思っちゃったのだ。


 ノーマとイメルダは岸でのんびりと過ごしている。まぁ、過ごし方は人それぞれだ。


 マグダとネフェリーは「……脱ぐ?」「まだ早くない?」「……攻める?」「頃合いを見計らうのよ! イメチェンは私たち二人だけの強力な武器だから!」と、ビキニになるかどうかのタイミングを二人で相談していた。……好きにしろよ。


 昼過ぎまで散々遊んで、腹が減ったところで流しそうめんをすることになった。

 俺はもう、これがしたくて堪らなかったのだ。

 日本でもやったことがないからな。

 これは、流す方がタイミングを見計らわないといけないのでアホの子には任せられない。

 消去法で俺しか適任者がいないわけだ。ここにいるヤツ、全員アホの子だしな。


「んじゃ、流すぞー!」

「がるるぅ!」

「おい、誰だ? 今獣みたいな声出したの!? マグダか? デリアか?」

「……シスター・ベルティーナ」

「お前かよ!?」


 素麺にまでがっつくんじゃねぇよ。

 オメロとベッコに柄杓で竹に水を流し続けてもらい、素麺を一掴みずつ流していく。

 おぉ! 流れた!


「いただきっ!」

「デリア! 手掴み禁止!」

「えぇー!?」

「がるるぅ!」

「ベルティーナ、落ち着いて!」


 ケモノ率が高ぇよ、ここ! 流しそうめんはもっと風流なものなんだよ!


 何食分か流したところでようやく落ち着いてきた。

 それぞれがある程度素麺を口に出来たようだ。


「ヤシロさん。変わります。ヤシロさんも食べてください」

「ん? そうか。悪いなジネット」

「いいえ」


 ジネットの申し出を受けて、俺は竹の隣に立つ。

 ベッコとオメロも交代したようだ。デリアとマグダが水を流すらしい。


「では、いきますよ~」


 ジネットがのんびりとした声で言う。

 箸を持ち身構える……そして素麺が竹に落とされた……瞬間っ!


 ――……ギュンッ!


「速ぇよ!」


 水係りの二人が急流すべりみたいな速度で水を流してやがるのだ。

 マグダが水を常時流し続け、デリアが素麺に合わせて柄杓をフルスウィングして水の塊を叩きつけるように打ち出してくる。

 こいつら、食わせる気あんのか!?


「面白そうだな。あたいにもやらせてくれ」

「え、でも……」


 明らかに危険過ぎるデリアの申し出に、ジネットが一瞬たじろぐが……


「では、お願いします」


 ……譲っちゃったかぁ…………

 素麺の入った籠を抱え、デリアが不敵な笑みを浮かべる。

 柄杓をビシッとオメロに向け、その後柄杓をくるりと回転させてバッターのように構える。


「オメロ、食えよ!」


 そう言って、まるで千本ノックのように素麺を柄杓で『打った』。


「どふっ!?」


 打ち出された素麺はオメロの口に見事命中し、たったの一本も零れなかった。


「す、凄いッス……」

「いや、凄いけど、やり方違うから! 普通に食わせろ!」


 食べ物で遊ぶのは許しません!


 そんなこんなで、わいわいと楽しい時間は過ぎていき……俺たちは真夏の暑い一日を心から堪能したのだった。

 猛暑期も、こうやって楽しく過ごせばいいのだ。

 暑い暑いと文句を言っているだけでは心が腐ってしまう。

 クッソ暑くなってくれたおかげでみんなの水着姿が見られたのだ。


「行動が制限される時期を遊び尽くすことで楽しく過ごす……か。来年からはこの考えが街全体に定着するように働きかけてみるよ」


 屈託なく笑うエステラがそんなことを言っていた。

 そうだ。

 地獄の猛暑も楽しんだ者勝ちなのだ。


 明日からだって、きっと楽しいことが待っている。

 なにせ、夏は始まったばかりなのだから!



 日が暮れて、陽だまり亭に帰った俺たちは、水泳後独特の倦怠感と眠気に襲われ、早々と店を閉め倒れるように床に就いた。

 泥のような睡魔に意識がのみ込まれていく中、俺は……


「次は何しようかなぁ……肝試しとか、スイカ割りとか……花火とか、出来ねぇかなぁ……」


 なんて、夏休みの計画に胸を膨らませるガキみたいなことを考えていた。

 やがて意識がプツリと途絶え、俺は眠りに落ちた。



 目が覚めた時、あんなことが起こっているなんて考えもしないで…………







「…………嘘だろ?」


 強烈な寒さに目を覚ました俺は、窓を開けて絶句した。

 吐く息も、目の前の景色も、すべてが白一色に覆われていたのだ。




 世界が雪に覆われていた。






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