78話 答え合わせ
「どういうことだよ、こいつぁ……」
咥えていた細いサトウキビを落としそうな程口を大きく開け、パーシーが表情を凍りつかせる。……よく落ちないな、そのサトウキビ。
「まさか、こんなとこまで嗅ぎつけたってのか?」
「嗅ぎつけた……、なんのことだ?」
「とぼけんな!」
黒い縁取りの中で、パーシーの目がギラリと輝く。
以前のチャラチャラした面影は、今は姿を隠している。
「やっぱりあんちゃんは危険な人間だったわけだ。最初からにおうと思ってたんだ……そもそも、『あの』アッスントの紹介だって時点で…………んぁああっ! 断ればよかった!」
サラサラの髪をガシガシと乱暴に掻き乱すパーシー。
あまり毛根をいじめると、将来後悔することになるぞ。
「……闇市のことがバレて……それでアッスントがあんちゃんをオレんとこに寄越したんだろ?」
「……闇市?」
「とぼけるなよ! オレだってそこまでバカじゃねぇ! もう全部分かってんだよ!」
表情を歪め、パーシーが怖い顔で俺を睨む。
……が、なんのことだかさっぱりだ。
「ふ~ん……闇市か………………なるほどねぇ……」
「え…………?」
「ん?」
パーシーがマヌケ面をさらし、その顔がどんどんと青ざめていく。
「…………い、いや。なんでも、ねぇんだ…………忘れてくれ」
そう言われて忘れてやるほど、俺はお人好しではない。
おかげで、不十分だった部分が明確になり、すべてが一本の線で繋がった。
「ヘ、ヘイ……一体どうしたっていうんだ?」
「そうだぜ。なんだいこの空気は? みんな仲良くやろうぜ!」
アリクイ兄弟が固まった空気を払拭しようとするが……パーシーの表情は硬いままだし、俺もこいつらがいるうちは身動きが取れない。……どうにか、パーシーと二人きりになれればいいんだが。
「ぁの…………てんとうむしさん……」
ミリィが不安げに俺の服の袖口を掴む。
「…………けんか、ダメ……だよ?」
「大丈夫だよ。ケンカなんかしないさ」
「…………ほんと?」
「『精霊の審判』をかけてみるか?」
「ぇ…………」
少し放心した後、ミリィは激しく首を振った。
かけられてもカエルになったりはしねから、別に問題はないんだがな。
「なぁ、モップとゲップ」
「ヘイユーッ! マイネーム・イズ・ネック!」
「ミートゥー!」
「いや、ミートゥーではないだろう!?」
「マイネーム・イズ・チック!」
「じゃあ、その二人。ちょっとこの臭ほうれん草を一個譲ってくれないか?」
俺は、目の前に広がる畑にたくさん植えられている臭ほうれん草を指さして言う。
アリクイ兄弟はキョトンとした表情を見せ、二人で顔を見合わせた。
「なぁ、チック」
「なんだい、ネック?」
「もしかしてだけど」
「もしかしてだけど?」
「てんとうむしさんは生で食うのかい?」
「ワォッ!? ワイルドだねぇ!」
生でなんか食えるか、こんな泥臭いもん!
「一株、根っこごと引き抜いて売ってくれ」
「いい人だよ、ネック!」
「あぁ、まったくいい人だなチック! まさか、臭ほうれん草を買ってくれる人が、こっちの『いい人』以外にもいたなんて!」
「さすがはミリィの知り合いだ!」
「ミリィの知り合いはいい人ばかりだ!」
「ヘイヘイ。さり気に自分を『いい人』に仕立て上げるんじゃNE~Yo!」
「ア~ゥチッ! バレて~らDA・ZE☆」
「いいから早く寄越せよ、臭ほうれん草!」
お前らのアメリカンショートコントはもう十分なんだよ!
「OK、OK! じゃすと・あ・もーめんと!」
「あ・りる・び・うぇいと・おーけー?」
「OKだから、ハリアップ・アンド・ドゥ・イット! ナァウ!」
「はゎゎ……てんとうむしさんがネックチックっぽく……」
「……ヤシロは影響されやすい性質。気にしなくてもいい」
俺が急かすと、アリクイ兄弟は二人して土の上に膝をつき、両手で土を掘り返し始めた。
……道具使わねぇのかよ。
「おっと、チック! 急ぐあまり、根を傷付けちゃダメだぜ!」
「もちろんさ、ネック! 根っこは根っこで売り物になるって『いい人』は言っていたからね!」
「あぁ、その通りだ。よく分かっているじゃないか」
「当然DA・RO☆」
あぁ、イライラする。
けど…………へぇ。『根っこは根っこで売り物になる』……ねぇ。
ちらりと視線を向けると、パーシーは顔を背けて、俺を見ないようにしていた。
「ワァオ! 見てくれよ、この立派な根っこを!」
掘り起こされた臭ほうれん草は、根っこに土を大量につけたまま、アリクイ兄弟によって高く掲げられた。
ほうれん草のような葉の下に、まるで大根かと思うような白く太い、大きな根っこがついていた。
大根よりもカブに近いかもしれないな。
「ハッハーッ! ホント、スゲェ立派だぜ」
「これで美味けりゃ最高なのによ!」
「まったくだ。味だけが残念なんだよな」
味が野菜の価値を左右する最も大きな要素だと思うんだがな……味「だけ」が残念って……
「それじゃあ、採れたての臭ほうれん草を譲ろうじゃないか!」
「今購入すれば、同じものをもう一個つけちゃうよ!」
「あぁ、うん……じゃあ、もらおうかな」
こいつら、中学校の教科書じゃなくて、深夜の通販番組のノリなのかもしれんな。
なんだか嬉しそうにアリクイ兄弟がもう一つ臭ほうれん草を抜き、俺とマグダに一つずつ手渡す。
二つで1Rbという、破格の値段で購入した。……まぁ、正直一個で十分なんだが。
「手が泥だらけになっちまったな」
俺が言うと、アリクイ兄弟は自分たちの手を見る。
アリクイ兄弟の手は、両手が泥だらけになっていた。
ちょうど、初めて会った時のパーシーの手が泥で汚れていたように。
なるほどね。あいつが目の当たりにした農作業は、このアリクイ兄弟がやっていたものだけなんだな。だから、大根を抜くのに土を掘り返したりしたんだ。
そして、三本もの大根を掘り返した結果、あの日のパーシーの手は泥だらけになっていたのだ。
見よう見まねのパーシーと、このアリクイ兄弟の大きな違いは、汚れた手の扱い方だ。
服や髪を触っていたパーシーと違い、アリクイ兄弟はどこかが汚れたりしないように、手で何も触らないように注意をしている。
ま、これが普通だわな。
顔を背けたままのパーシーが唇を引き結ぶ。
俺がどこまでを知り、何を知らないのか、考えあぐねているのだろう。
どこまで知られているのか不安で仕方ない。
けれど、下手なことを口走って余計な情報を与えたくない。さっきの「闇市」発言がパーシーに恐怖心を植えつけたのだ。
そうなった人間は……脆い。
「ミリィ」
「ぇ…………なぁに?」
「アリクイ兄弟の手が汚れちまった。洗ってきてやってくれないか?」
「HAHAHA! 手くらい自分で洗えるさ。僕たちが、四足歩行でもない限りはね」
いや、お前らは四足歩行みたいなもんだろうが。
「……二人とも、清潔にすることは大切。ミリィの指示に従い、速やか且つ入念に手洗いをしてくるように」
「「イエス! マグダたん!」」
マグダが言うと、アリクイ兄弟は背筋を伸ばし、ミリィに手洗い場へ誘導するよう催促し始めた。
「さぁ、ミリィ! 早く行こうじゃないか!」
「ぇ……みりぃ、何しに行けばいいの?」
「ドアや蛇口を開ける係だ。清潔にすることは大切だからね!」
「ぁ……うん、わかった。じゃあ、てんとうむしさん、行ってくるね」
「おう! よろしくな」
ミリィとアリクイ兄弟を見送った後、マグダがぽそりと呟いた。
「……これでいい?」
「上出来だ」
マグダのアシストにより、邪魔になる三人を退場させることが出来た。
ミリィは優し過ぎるし、アリクイ兄弟は……今後どう動くか決めてから事情を話すべきだろう。
こういう時にマグダがいてくれると非常に助かる。
こいつは、普段無口な割に、口を開けばその場を最適化してしまう驚異的影響力を持つ発言をする。物事をよく見、頭の回転も速い。
非常に気の利くいい娘だ。
「さて、種明かしと行こうか。パーシー」
「…………」
やや身を引いて、身構えるような格好でこちらを睨むパーシー。
善意でアリクイ兄弟を退場させてやったってのに、その態度はないんじゃねぇか?
「……おうおう、ヤシロさんが話しかけてんだろうが。なんとか言えや、ぼけぇ」
「あ、マグダ……そういうの、いいや」
「……そう」
どこで得てきた知識かは知らんが、三下ポジションとか埋める必要ないから。
すげぇ棒読みで怖くもなかったしな。
つか……うん、意外とアホの娘なのかもしれないな、マグダは……
「まず最初に、アッスントが何かを企んで俺をお前のもとに寄越したわけじゃないってことは言っておく」
「……本当か?」
「俺の話が嘘だと思うなら、いつでも『精霊の審判』をかけてくれて構わないぜ」
「…………」
パーシーは険しい視線を俺に向け、たっぷりと時間をかけて黙考した後、「……分かった」と呟いた。
前提条件が間違っていると話が噛み合わなくなるからな。
「俺は今、ある事情から砂糖を求めていてな。それも、貴族が釣り上げたバカみたいな値段でではなく、一般の料理店で大量に使えるような、そんな値段でだ」
「砂糖を? 正気かい?」
俺を嘲るようなパーシーの笑みは、どこか自虐的にも見えた。
こいつも、貴族に逆らえない今の状況をおかしいと感じているのだろう。
だからこそ、行動を起こした。
「お前に頼めば、それが可能になると思うんだが?」
「そりゃあ無理だなぁ。サトウキビが入ってこねぇよ」
サトウキビがないから砂糖は作れない……はっ。何を今更。
「なら、こいつを使えばいいだろうが」
俺は、アリクイ兄弟からもらった泥つきの臭ほうれん草を掲げて見せる。
「そんな臭いほうれん草で、どうやって砂糖を……」
「もういいんだよ。パーシー」
言葉を遮ると、無言の瞳がジッと俺を見据えてくる。
答え合わせだっつったろ?
俺には、全部分かってんだよ。
「こいつは臭ほうれん草なんて名前じゃない。誰が付けたのかは知らんが、通称だ」
これが『強制翻訳魔法』のややこしくて厄介なところだ。
おそらく、最初にこいつを見たヤツが『臭ほうれん草』なんて名前を付けたのだろう。以降、これを初めて見る者には、この野菜の名前が『臭ほうれん草』であると伝えられ、定着した。
だからこの野菜の名は、この街の中では『臭ほうれん草』なのだ。
そりゃ、誰に聞いても『臭ほうれん草』って言うよな。そういう名前だと教わっているのだから。
そして、その通称は……俺にまでその通りの名で伝えられた。
こいつの正体を知る俺にまで。
『強制翻訳魔法』は言葉を使う者と聞く者の知識に大きく影響を受ける。
これまでに『臭ほうれん草』と口にした物の誰か一人でもこいつの正式名称を知っていたのなら、俺にはもっと早い段階でこいつの正体を知ることが出来たかもしれない。
「俺の国では、こいつのことを――『砂糖大根』と呼んでいる」
「……くっ!」
パーシーが顔を歪める。
俺の言葉がどう翻訳されたのか、確認のしようはないが……その表情から察するに、核心を突いた言葉で聞こえたはずだ。
「……『さとう』『だいこん』?」
マグダが小首を傾げる。
なるほど、その二単語の組み合わせで翻訳されたか。なら、それがベストだ。
こいつらには「さとうだいこん」という日本語の羅列では意味が解せないからな。きちんと『砂糖』『大根』という名詞の組み合わせで翻訳されたようで一安心だ。
「砂糖は、サトウキビ以外のものからも作ることが出来る」
「……それが、これ?」
マグダが不思議そうな顔で砂糖大根を見つめる。まぁ、これが砂糖になるなんて、なかなか信じられないだろうが。
「もともと、こいつは葉を食べるための野菜じゃないんだ。メインは根にある」
砂糖大根は日光を浴びることにより、その大きな根に糖分を蓄積していく。
日本では、北海道などで生産されている。ほとんどが砂糖の加工場へ出荷され、一般の市場に出回ることはほとんどない。なので馴染みはないが、日本の誇る食物のひとつだ。北は北海道の砂糖大根、南は沖縄のサトウキビ。日本の砂糖は、それらで作られている。
ちなみに、『砂糖大根』なんて名前で呼ばれているが、こいつはほうれん草と同じ「ヒユ科」の植物だから葉っぱはほうれん草に似ているのだ。
もっとも、並べて比べれば全然違うが……人間の記憶とは曖昧なもので、似ている物をそのものだと提示されれば「そうなのか」と納得してしまうのだ。
カナヘビを「トカゲ」だって見せられたら、納得しちまうだろ? そんな感じだ。
だもんで、当然こいつは大根の仲間ではない。
見た目が大根っぽいからそう呼ばれているだけで、まるで違う植物だ。
なんと言っても特徴的なのが、根に蓄積される糖分だろう。
「最初の工程こそ違えど、こいつから糖分の含まれた糖液を絞り出した後は同じ方法で砂糖を結晶化させることが出来る。パーシー。お前がやっていたようにな」
「……な、なんのことだか…………」
言い訳を口にしかけたパーシーに、俺は腕を伸ばして指を向ける。
「『嘘』は吐かない方がいい。お前に出来る唯一の行動は『黙秘』だけだ」
「く……っ」
俺は砂糖大根の性質や特性についてここで論議したいわけじゃない。
そんなものはもう分かり切っているのだ。俺も、パーシーも、砂糖大根の正しい使い方を知っている。その二人が砂糖大根の性質を話すなんてのは時間の無駄だ。
「観念したら、どうやってこいつから砂糖が作れると知ったのか、そのあたりの話でもしてくれ。それまでは、俺が話を続けるぜ」
パーシーが次に口を開く時は、ヤツが負けを認めた時だ。
俺は話を続ける。
「お前は、親切な人を装い、あのアリクイ兄弟から破格の値段でこの砂糖大根を購入、そして砂糖を作り、闇市で売り捌いていた。その行動が貴族に悟られ、サトウキビを止められていたんじゃないのか?」
視線を向けるも、パーシーは何も言わない。
だが、苦虫を噛み潰したようなその表情は俺の意見を肯定しているようなものだ。
ジネットが掴まされた臭ほうれん草……砂糖大根の葉っぱも、闇市に流されたものなのだろう。そっちは、ほうれん草の名産地でほうれん草もどきを売りつけ、客を騙して利益を得ようとする輩に利用されたわけだ。
「俺たちが工場見学に行った時、あの工場は停止してさほど時間が経っていなかった。三ヶ月もサトウキビが入ってきていないと言っていたにもかかわらず、だ。直前まで砂糖を作っていた形跡があったのは、サトウキビ以外の原材料から砂糖を作っていた証拠でもある」
「……なぜ、こそこそする必要が?」
パーシーが話さない代わりに、マグダが俺に質問を寄越してきた。
新しい製法を見つけ出し、儲けを生み出す方法を見出したにもかかわらず、大々的に売り出さないパーシーの考えが理解出来ないのだろう。
「砂糖の代替品……というか、こいつはもう砂糖そのものなんだが……そんなものが安く大量に出回ったら、砂糖を独占したい貴族はどう思う?」
「…………『まいっちんぐ』?」
そんな可愛らしい一言で済むかよ……
「確実に潰されるだろうな。サトウキビを卸さないだけじゃなく、砂糖を取り扱うルートも潰されるかもしれない。簡単だぜ。『パーシーと取引する者は、パーシー以外の砂糖職人との取引を禁じる』と言えばいいだけだ。業者は砂糖が手に入らないと困るし、砂糖職人はサトウキビを掌握している貴族には逆らえない」
「……なるほど。…………こすい」
だからこそ、パーシーは闇市へと砂糖を流したのだ。
素性を知られず、砂糖を売って利益を得るために。
「現状を鑑みるに、新しい砂糖の製法やこの砂糖大根のことまでは知られていないようだが……『新砂糖』を作っているのがパーシーらしいってことは掴まれちまったようだな」
パーシーの眉間のシワが、グッと深くなる。
「だから、アッスントからの紹介で工場見学に来た俺たちを、砂糖工場を探るスパイだと思った」
「そうだよ! だから、工場が動かせなくて金に困っているってアピールをしたってのに……全部見透かされてたのかよ……」
いやいや。お前のそのアピールで確信したんだよ。
絶対裏があるってな。
「俺はスパイじゃないし、アッスントは砂糖貴族の手駒でもねぇよ」
「信用出来るか、そんなこと!」
パーシーが声を荒げる。
相当怒っているように見える、のだが……額には汗が浮かび、瞳も細かく震えている。
動揺が表情に表れている。相当追い詰められている証拠だ。
声を張り上げているのは、ただ虚勢を張っているだけだとハッキリ分かる。
パーシーにとって、砂糖大根は唯一の生命線なのだ。それが絶たれれば商売は立ち行かなくなる。
だが、折角の砂糖が闇市に流れている現状は看過出来ない。正規品は貴族の締めつけが厳しく一般人には手が出せない。その上、海賊版とも言える『新砂糖』はきな臭い闇市にしか流通していない。
それでは、どちらの砂糖も陽だまり亭では使用出来ない。
おそらく、ジネットが承諾しないだろう。あいつは、騙されることはあっても、人を騙すようなことはしない。客に出す食材を闇市みたいな胡散臭いところで購入などはしないだろう。……臭ほうれん草で騙された経緯もあるしな。
よって、俺はその『新砂糖』を一般市場に流通させなければいけない。
それが出来ればミッションコンプリートなのだが…………さて、どうしたものか。
「……パーシーと契約して、陽だまり亭に砂糖を融通してもらう?」
「区を股にかけて、それも頻繁に物資のやり取りをしていれば貴族の目につきやすくなる。バレた途端に砂糖が入らなくなるのは避けたい」
定着したメニューが消失……なんて惨事は避けたいからな。
一度ケーキの味を覚えた者が、ケーキを取り上げられたりしたら……暴動が起こるぞ。
「……では、ゴミ回収ギルドで」
「あれは四十二区内でしか活動出来ない、区内限定のギルドなんだよ」
「……海漁ギルドの海魚は?」
「あれは、向こうが持ち込んでくる網の修繕の対価だ。くれるというものをもらうのは違反じゃない」
「……そう」
だが、四十区まで出張ってきて、ゴミ回収ギルドが砂糖を取引するわけにはいかない。
こいつから商品を買うには、直接購入か、アッスントを経由する必要がある。
「……毎日買いに来る?」
「面倒くさいし、そんな目立つ行動を取るとすぐにバレるぞ」
「……こっそり」
「いや、無理だから」
物の流れは足がつきやすい。
問い詰められれば嘘が吐けないこの世界では、すぐに事実が露呈する。
貴族の誰かが、俺ではなく、ジネットに出所を聞きでもすれば一発でアウトだ。そんなリスクは冒せない。
「な、なぁ!」
突然、パーシーが地面に膝をついた。
「頼む! このことは誰にも言わないでくれねぇか!? 砂糖が作れなきゃ、オレは妹が守れねぇんだ! あいつに貧しい暮らしはさせたくない! もう、惨めな思いはさせたくねぇんだよ! この通りだ! 頼む!」
手をついて頭を下げる。
髪が土で汚れることなどお構いなしに、土下座を見せるパーシー。
こいつの行動原理は妹か…………シスコンめ。
だったら……
「……ヤシロ」
感情のこもらない瞳で、マグダが俺を見つめてくる。
「……どうする?」
その目は、「なんとかしてやれ」と言っているようで……こいつもジネットに似てきやがったな…………
ま、俺は、俺の利益最優先で行動させてもらうけどな。
「どうするも何もねぇよ。こんなおいしい儲け話、誰が黙っておくかよ」
「なっ!?」
ガバッと顔を上げたパーシー。その額は土で黒く汚れていた。
「こいつを持って帰って、アッスントに商談を持ちかける。砂糖大根の存在と生成方法を教えてやれば貴族も飛びつくだろう。マージンが取れるかもしれないし、上手くすれば一定量の砂糖を確保出来るかもしれない」
「ま、待ってくれ! それじゃ、俺たち兄妹は……っ!?」
「今まで通りでいいんじゃねぇか? 砂糖大根を買って、細々と砂糖を作って、闇市に流せば。まぁ、もっとも……砂糖大根の値段は跳ね上がるだろうけどな」
「……っ!? テメェ…………鬼かよっ!?」
土を握りしめ、パーシーが憤怒の表情を覗かせる。
鬼……ねぇ。
「金の亡者……では、あるかもしれねぇな」
挑発すると、パーシーの目つきが変わった。
何かを決意したような、ある意味で澄んだ、ある意味で酷く濁った、憎悪の視線に。
「帰りにアッスントにアポを取って、仕事が終わる夜に陽だまり亭で話をするとしよう。庭が明るくなったからな、外で美味い物でも食いながら話せば、あいつも快く承諾するだろう。そうだな、前祝いも兼ねて、パーッと酒盛りしながら話をするか」
「…………」
物を言わないマグダに向かって、俺は今晩の予定を口にする。
こういう時に無言を貫いてくれるマグダは非常にありがたい。
ちゃんと空気を読み、俺の意志を察してくれている。
「それは……俺が見つけた方法だぞ……っ!」
苦し紛れに、パーシーが吠える。
負け惜しみだな。
「残念だったな。俺も知っていた。それだけのことだ。お前から何かを聞いたわけでも教わったわけでもない。ただ同じ場所に行き着いただけだよ。この知識を誰に売ろうが、それは俺の勝手だ」
「自分の利益のために、誰かの利益を奪い取ってもいいってのかっ!?」
立ち上がり、詰め寄ってくるパーシー。
顔が真っ赤に染まり、お前の方が鬼みたいだぞと言ってやりたくなる顔をしている。
……だが。
「お前だって、自分の利益のためにアリクイ兄弟の利益を奪ってんじゃねぇか」
「…………え」
俺の一言で、パーシーの顔色が赤から青に変わる。
「テメェの利益を上げるために、ここの砂糖大根を正当に評価せず、その価値を隠匿し、不当な安価で買い叩いているのは誰だ?」
「……そ、それは…………」
「砂糖大根を、いつまでも『臭ほうれん草』なんて名で呼んで、価値のある根に意識を向けさせない工作をし続けているのは、誰だ?」
「……オ、オレは…………」
「見ろよ、ここの畑を。あいつらの家を…………」
畑は、その大部分が放置され、家は今にも倒壊しそうなボロ屋だ。
生活水準も決して高いとは言えないだろう。
「これは、お前がアリクイ兄弟の利益を奪っているからだろうが」
「…………ち、ちが……」
「違わねぇよ」
よろよろと、俺から逃げるように後退るパーシー。
「お前が、アリクイ兄弟を食い物にしてんだ。あいつらを犠牲にして、テメェだけが甘い汁を啜ってんだよ。……貴族と同じようにな」
ビシッと指さすと、その指先から逃れようとパーシーは体をひねり、そしてバランスを崩して尻もちをついた。
「うっ!」
痛みに顔を歪めるパーシー。その歪みは、時間と共に酷くなり、パーシーの顔はくしゃくしゃになっていった。
「オ、オレは…………ただ、妹が…………」
「そうだな。お前には何があっても守りたい、大切なものがある」
「そ、そうなんだ! だから……!」
一定の理解を示すと、パーシーが必死にすがりついてくる。
そこを突き放す。
「『だから』、俺も同じことをしてもいいよな?」
「…………え」
「俺にも、どうしても守りたい大切なものがある。大切な店と、そこで働く大切な仲間だ」
「……あ、いや…………それは……」
「そのために、どこかの兄妹が貧しい生活を強いられても……それは『仕方のないこと』だよな?」
「…………」
パーシーが完全に沈黙した。
これまで自分がやってきたことを、今度は自分がされるのだと確信したのだろう。
そして、これまで自分がそうしてきたばっかりに、反論すら出来ない。
パーシーの顔が徐々に俯いていき、完全にうな垂れる。電池の切れた機械人形のようだ。
「アリクイ兄弟も、これで暮らしが楽になるだろう。俺がアッスントに情報を提供すれば、この砂糖大根はかなりの高値で売れるようになる。これまで散々貧乏暮らしを強いられていたんだ。報われたっていい頃合いだろう」
「……ヤシロ」
マグダが俺の服の裾をキュッと掴む。
無表情で俺をジッと見つめる。
頭の上で、耳が少し横向きに寝ている。
不安の表れだ。
俺は、服の裾を掴むマグダの手を取り、一度ギュッと握ってやった。
大丈夫、心配するな。――と、いう意味を込めて。
「…………そう」
それが伝わったのかマグダはゆっくりと俺から離れていった。
じゃ、トドメだな。
「つーわけだからよ、パーシー。お前はまた新しい砂糖の製法でも見つけりゃいいんじゃねぇか?」
吐き捨てるように、嘲笑って言ってやる。
俯いて、うな垂れているパーシーがどんな表情で俺の言葉を聞いていたのかは分からないが……パーシーの手がギュッと土を握っていたのを、俺は見逃さなかった。
……そのエネルギーを、『正しい』方向へ向けろよ、パーシー。
『待ってる』からな。
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