75話 花を贈る

 砂糖工場を出た後、しばらくパーシーの様子を窺っていたのだが、特に怪しい素振りは見受けられなかった。

 俺たちが帰った後に作業員を集めて作業を始めるかとも思ったのだが……昨日は本当に一日休みにしていたようだ。

 くっそ、こんなことならジネットと四十区をぷらぷらしてくればよかったぜ。


「店長さん。四十区はどうでしたです?」

「はい。とても楽しかったですよ」


 まぁ、当のジネットが満足そうなのでいいっちゃいいのだが……いかんな、エステラの時といい、昨日といい……どうも俺は一つのことに集中するとそばにいる人を蔑ろにしてしまう傾向にあるようだ……その癖を治さないと、いつか刺されそうだ。

 ……ロレッタで練習するか。いや、あいつなら多少酷いことをしても平気というか……


「……ヤシロ」

「ん? どうした、マグダ?」


 工場見学に行った翌日、よく晴れた午後の陽だまり亭。

 見知った顔が並ぶ食堂内で、俺が自分というものと向き合っていると、マグダが俺のそばへ近付いてきた。

 表情に乏しい顔が俺をジッと見つめている。


「……次はマグダの番」

「……何がだ?」

「……エステラ、店長とくれば……次はマグダ」

「…………四十区へ連れて行けってのか?」

「……そう」


 別に遊びで行っているわけではないんだが……


「あ、だったらあたしも行きたいです! お兄ちゃん、あたしも連れてってです!」

「あのなぁ……」

「……ロレッタ」


 遊ぶ気満々のロレッタに苦言を呈してやろうかと思ったのだが、それよりも先にマグダがロレッタに向かって言葉を発した。


「……ロレッタは、次の次」

「次は誰です!? あたし、誰の次になるですか!?」


 特に何か考えがあっての行動ではなかったようだ。

 マグダの中には純然としたルールでもあるのかもしれんが……なんでこいつはこんなに自信満々なんだか。


「や、やあ、諸君! 今日はいい天気だねぇ」

「あ、エステラさん」


 昼時も過ぎ、そろそろティータイムという頃合いで、エステラが陽だまり亭へと顔を出した。

 頭には、シイタケの髪留めがついている。


「あ、可愛い髪留めですね」


 さっそく、ジネットがわざとらしく見せびらかされている髪留めに気付く。

 ……エステラめ、自慢しに来たのか?


「え? なんのこと? あ、髪留め? あぁ~、これね」


 なんだ、そのわざとらしい芝居は?

 話したくて口元がうずうずしてるぞ?

 自慢したいならすればいいじゃねぇか。


「どうされたんですか、これ?」


 大きな瞳をキラキラさせて、ジネットが興味を示す。

 ……いい観客だよ、お前は。実にいい。相手の自尊心をくすぐりまくりだ。それも、悪意など微塵もなく、相手の浅ましさも感じることなくだもんな。


「いや~、まぁ、ちょっとね。あるルートで入手したというか……」

「俺が作ってやったんだよ」

「あっ、ヤシロ! なんでバラすのさ!?」


 なんでも何も、隠すようなことじゃねぇし、……逆に隠してると、後ろめたいみたいでおかしいじゃねぇか。後々バレた時に変な空気になりそうだし。


「も、もぅ。そんなことバラしちゃって……へ、変な噂とか立っちゃったら……困るじゃないか」


 うん。ないよ。ないない。

 そんな噂は立ちませんとも。


「とてもよくお似合いですよ。可愛いです」


 な?

 そんなもんだよ、周りの反応なんて。


「……マグダはマサカリの形がいい」

「あたし、どんぐりかヒマワリの種がいいです!」


 ……なんか、予約が入ったんだが?


「誰が作るって言ったよ……」

「……大丈夫。ヤシロは作る」

「そうです。作るからこそのお兄ちゃんです!」


 こいつら、ホント根拠のない自信に満ち溢れてるよな。まぁ、作ってやってもいいけども。


 で、こういう時にジネットは「うふふ」って、遠くから眺めているだけなんだよな。

 こいつはおねだりとかしないのだろうか?

 してくれりゃあ、もうちょっと……色々渡したり出来るのに。


「店長さんはどんな形がいいですか?」

「わたしですか?」

「……今言っておけば、なんだかんだで作ってくれる」

「うふふ。ヤシロさんは優しいですからね」

「そういうキャラ付け、やめてくんない?」


 一応抗議はしておく。

 今のところ、結構色々やってやってはいるが、今後もそうであるという保証はしかねる。

 けどまぁ、一応聞くだけ聞いてみようかな。ジネットがどんな形の髪留めを欲しているのかを。


「わたしは、どんなものでも構いませんよ」


 ……うわぁ。一番困るヤツだ。

「何食べたい?」「なんでもいいよ」「じゃあラーメンにするか」「え~、ラーメン?」みたいなことには、ジネットはならならないだろうが……

 どうせなら、本当に喜んでもらえるものをあげたいじゃないか。

 何をやってもそこそこ以上に喜んでくれるこいつが、心の底から大喜びするようなもの……それは、やっぱ自分で探し出さなきゃいけないんだろうな。


 引き続き、ソレイユの花が第一候補かな。


「みんなも、シイタケにしたらどうだい? 可愛いだろう?」


 それはない。

 見ろ、この「え……なんて言えばいいんだろう……本人超喜んでるし、否定もしにくいなぁこの空気」みたいな顔になってんじゃねぇか。


「……仕事に戻る」

「あたしもです」


 あ、逃げた。

 コメントは保留されたようだ。


「なんだよ、みんなぁ…………あれ、あの花って?」


 仕事に戻ったマグダたちを不満そうに目で追っていたエステラは、カウンターに飾られた花瓶へと視線を向ける。


「もしかして……ヤシロからのプレゼント?」

「え? あ、いえ。生花ギルドのミリィさんから戴いたものです」

「あ、そうなんだ。…………ほっ」


 何をほっとしてんだ。

 別に俺がジネットに花束を贈ったって、それがそのままプロポーズってわけじゃないからな?


「そうそう。その花束なんだがな」


 エステラがいる今がちょうどいいタイミングだ。

 まだ漠然としたものではあるが、俺の考えを発表しておこう。


「花束を、もっと気軽に贈り合える風土を作りたいと思ってるんだ」

「風土って……また大袈裟な」

「まぁ、習慣みたいなもんだよ。もっと気軽な雰囲気にしたい」

「それは素敵なことですね。そうすれば、街にお花が溢れるかもしれませんね」

「ミリィの仕事も増えるしな」

「きっと喜ぶと思いますよ」

「けどさ。どうやるつもりなんだい? 君が率先して、いろんな人に花束を配り歩くのかい?」


 そんなことしたら破産するわ。

 花束である必要はない。まずは、『花を贈る』ことに慣れてもらえばいい。


「例えばだが、日頃世話になっている相手や、仲のいい相手に、感謝の気持ちを込めて花を一輪プレゼントするんだ。一輪なら、大した出費にはならないだろ?」


 母の日のような感覚だ。

 花を一輪だけなら、経済的にも、そして心情的にも贈りやすいはずだ。


「そうするとだな。日頃から他人に親切にしたり、人から尊敬されているようなヤツは一輪がいっぱい集まって花束になるわけだ」

「それは素敵ですね。感謝の気持ちが形になるなんて」

「けどさ、花がもらえない人は悲しい思いをするんじゃないかな?」

「だったら、この次に向けてもっと他人に優しくしてやればいい」

「そうですね。それを繰り返して、誰が誰に対しても親切に出来る街になれば、それは素晴らしいことだと思います」


 まぁ、一種のお祭りみたいなもんだ。

 陽だまり亭やカンタルチカみたいな飲食店を中心に話を広げていけば、多少は話題も広がっていくだろう。


「普段、気恥ずかしくて礼が言えない相手に、花を一輪贈るだけで感謝の気持ちを表せるんだ。これまで花を贈ったことがないようなヤツほど、この企画はありがたいものになるんじゃないかな」

「そんなイベントが、実現するといいですね」

「どうかなぁ……働きかけることは出来ても、みんなが乗ってくるかどうか……」


 エステラは、イマイチ乗り気ではないようだ。

 まぁ、感謝する相手が多いヤツなら、それなりに出費が嵩むからな。敬遠するのも分かる。

 だが。


「密かに思いを寄せている相手に、さりげなく花を贈ることが可能になるぞ」

「「「「――っ!?」」」」

「感謝の気持ちに紛れ込ませて、意中の相手に花をプレゼント出来る。その場合、感謝の花は大量に贈った方がいいけどな。アリバイ作りとして……って、なんか物凄く食いついてるな、お前ら」


 食い入るように話を聞くエステラを筆頭に、ジネットと、いつの間にか俺の前に戻ってきていたマグダにロレッタまでもが真剣な表情で話に聞き入っている。

 女の子、こういうの好きだよな、……ホント。


「そのイベント、是非やろう!」


 エステラが、超乗り気だ。


 実のところ、誕生日だからといきなり花束を渡すのは少しハードルが高いと思っていたのだ。

 まずは、花を贈る習慣を根付かせたい。

 もっとも、その企画の進行が遅れて、ジネットの誕生日より後に開催することになったとしても、「企画の練習も兼ねてな」なんて言い訳を交えて花束を贈ることも出来るだろう。


 言い訳はいい!

 言い訳は、人が行動する際に障害となるものを上手く取り払ってくれる。


 メラメラと闘志を燃やすエステラ。

 こりゃあ、予想より早く企画が通りそうだ。……よろしくな、スポンサー。


 そんな腹案はおくびにも出さず、盛り上がる一同を眺めていると、食堂のドアが遠慮がちに開いた。


「ぁ……………………」


 ドアの隙間から顔を出したのは、引っ込み思案のテントウムシ。ミリィだ。


「………………ごめんなさい。帰る」

「あぁ、待て待て! ちょうどお前に話したいことがあったんだ」

「ぇ……?」


 人の多さに驚いて、そそくさと帰ろうとするミリィをなんとか呼び止める。


「大丈夫。みんなジネットの友達だ。悪いヤツはない」

「ぁ……………………うん。知ってる」


 知ってはいても人見知りはどうにもならないか。


「……むむ、あれは」

「なんということですかっ」


 マグダとロレッタがミリィを見て瞳をギラギラと輝かせる。


「……あんな大きな髪留め、有り」

「大きくてインパクトあるです」


 どうやら、ミリィの頭についた大きなナナホシテントウの髪留めが気になっているようだ。


「……ヤシロ。マグダの髪留めは、マグダがマサカリで魔獣を狩っているシーンでも可」

「なんでストーリー仕立てなんだよ?」

「あたし、こ~んな大きなヤツでもいいです!」

「そんだけデカけりゃ髪留めじゃねぇよ。盾だ、盾」


 なんだか期待ばかりが膨らんでいるようだ。

 これは、さっさと与えてやった方が俺の身のためかもしれん。……時間が経てば、どんな高望みをされるか分かったもんじゃない。


「ぁ…………あの」

「あぁ、ミリィ。気にせず入ってこいよ。何か食うか?」

「ぃや…………あの…………」


 ミリィは食堂のドアに身を隠し、入ってこようとはしない。

 根強い人見知りだ。

 仕方ないので、こちらから出向いてやることにする。


「今日はどうした? ジネットに用事か?」

「ぁ………………てんとうむしさんに……」

「俺に?」

「…………ぉ礼……髪留め、くれたから……」


 そう言ってミリィは、大きな花束を差し出してきた。

 こいつは誰にでも花束を贈れるんだよな。見習いたいものだ。


 花束を受け取るついでに、ミリィを店内へと誘い込む。

 ドアから少し離れて店内で待っていると、ととと、と、ミリィは店内へと入ってきた。

 ちょっとずつ誘い込むのは、野良猫を手懐ける時の定石だ。

 それで警戒心が解けやすくなる。


 そんな感じで、ようやく店内へと入ってきたミリィ。

 俺に向ける笑みは多少なりとも硬さが取れており、少しは信頼を勝ち得たのだと理解出来る。


「はぃ…………あげる」


 例によって、抱えきれないほどの花束だ。

 もっとも、俺が持てば適度な大きさなのだろうが。


「お、ツツジか」


 花束の中に、見慣れた花を見かけた。

 ツツジだ。

 小学生の頃は、通学路に咲いているツツジをむしって、よく花の蜜を吸ったものだ。


「懐かしいな」


 と、ツツジに手を伸ばした時――


「ガジッ! ガジガジガジッ!」

「ぬぉおおおっ!?」


 突然ツツジが俺の手に噛みつこうとしやがった。

 なにこれ!? 植物系のモンスター!?


「ぁ………………間違えた…………これ、食虫植物……ツツジに、よく似ている」

「間違えたって……」

「そっくりなので……よく間違えられます…………素人さんが噛みつかれたという事故は、多いです……」

「危ねぇ花だな……」

「でも……ここの……花びらの先が少しギザギザしてて……三角の斑点模様があるから、見分けるのは容易なんです……プロは、間違えません」

「……間違えたじゃん」

「ぁぅ………………ごめんなさい」

「いや、いいけどな」


 似ている植物を見分けるのは非常に難しい。

 ヨモギとか、間違えて違う草を食って食中毒を起こす人がしょっちゅう出るからな。


「まぁ、そっくりな植物を見分けるのは至難の業だろう。比べてみれば違うけど、それ単品だと気付かないなんてこともあるしな」


 だいたいが、植物はそれ単体で生息するものだ。本物の横に偽物が並んで生えているなんてことはほとんどない。

 食べてみて「あ……毒だった……」なんてことの方が多いだろう。


 俺でさえ、野草は怖くて手が出せない。プロに聞いて、「あ、これがそうなんだ」って思う程度が関の山だ。もっとも、言われても違いが全然分かんねぇってことの方が多いだろうがな。


「キノコとか、よく似てるから気を付けないと危険だよね」


 エステラが生き生きした顔で言う。

 ……なんでお前そんなキノコ推しなの? 好きなの、キノコ?


「でもヤシロさん。どうしましょうか?」


 ミリィから花を受け取ると、ジネットが少し困った表情を見せた。


「花瓶がありません」


 俺がプレゼントしたレンガの花瓶は、一昨日ジネットがもらった花で埋まっている。

 こういう花束って、庭に埋めても日持ちしないだろうし……かと言って、前のヤツを捨てるのは、それはそれでもったいない……


「小分けにして、コップにでも入れておきましょうか?」

「この花束を小分けにするのか……それはなんだか味気ないような……」


 と、そこでふと思いつく。


「そうだ。なぁミリィ」

「……なに?」

「これ、みんなに分けてやってもいいかな?」

「みんな……?」

「あぁ。綺麗だからな。おすそわけだ」


 贈った花束を目の前で他人にあげられるのは嫌かもしれないと思って尋ねてみたのだが……


「……ぅん。みんなで分けて、みんな一緒にお花を楽しむ……ステキなことだと思う」


 俺の案に、ミリィは花が咲いたような愛らしい笑みを浮かべた。

 よし、嫌がらないのであればそうしよう。


 ちょうど、さっき話していた企画のプレリリース的なノリでな。


「じゃあ、ミリィ」

「ぇ……?」

「感謝の気持ちだ」


 俺は抱えた花束から数本の花を取り、小さな花束にしてミリィに手渡す。

 ミリィは受け取った小さな花束をぽかんとした表情で見つめている。

 ……さすがに、そのまま渡すのは突き返すみたいに見えたかな?

 などと一瞬不安もよぎったのだが……


「………………ぉ花…………もらったの、初めて……」


 ミリィの頬がふにゃりと緩み、朱色が濃くなり紅色に染まっていくのを見てホッと一安心した。

 よかった。喜んでいるようだ。


「ぁ……ありがとう、てんとうむしさん!」

「いや、まぁ、感謝の気持ちだから」


 そこまで喜ばれると、ちょっと心苦しいぞ。

 まぁ、贈る側の気持ちが大切なのだと、無理矢理そう結論づけて自分を納得させるとしよう。


 でだ。


「はい、ジネット」

「わたしにも、ですか?」

「いつもありがとうな」

「そんな…………こちらこそ、いつもいつもお世話になっているのに…………」

「受け取ってくれ」


 花束の中から、比較的暖かい色合いの花を選んで花束を作り、ジネットに差し出す。

 その小さな花束を両手で受け取り、キュッと抱きしめるジネット。


「ありがとうございます。大切にします」

「いや、普通でいいから」


 一生飾っておけるようなもんでもないし……

 そもそも、花を贈るという行為を、もっとお気軽なものにしたいという意図もあるのだ。


「気軽にもらってくれ」

「はい……いただきます」


 目尻に、きらりと輝くものが浮かんでいる。

 ……な、泣くなよ…………もらいもの、シェアしてるだけだから……心苦しい…………いやいや。贈る側の気持ちが大事なんだよな、こういうのは。

 感謝だ、感謝の気持ちだ。うん。


 よし、こうなったら次々にプレゼントして、花束の持つ重々しさを分散させてやろう。


「マグダ、ほら。お前にもだ」

「……マグダにも?」

「いつも頑張っているからな」

「…………嬉しい」


 マグダでも、花束をもらうと嬉しいようだ。やっぱ女の子なんだな。


「……いただきます」

「……なんでかな。ジネットと同じ言葉なのに、お前が言うと食いそうに聞こえるよな」

「……むっ。ヤシロ、それは失礼」

「いや、悪い」

「……もう一本要求する」

「はいはい」


 機嫌を損ねた分、追徴されるようだ。

 真っ白な、ユリに似た花を茎の途中で折って、マグダの髪に挿してやる。

 マグダの髪はボリュームが多いから、少し大きめの花でも目立ち過ぎずに似合ってくれる。


「…………粋なことを……ヤシロ…………やり手」


 いつもと変わらない無表情なのだが……なぜだろう。凄くマグダが照れているように見える。

 あぁ、耳が忙しなくパタパタしているからかな。


「それから……」


 と言いながら、エステラに視線を向ける。


「ぅえっ、ボ、ボクっ?」


 エステラには、白っぽい花を中心に落ち着いた色合いの花束を作り手渡す。


「本番は、もうちょっと豪華なヤツにするからな」

「ぇ……いや、これだけでも十分なんだけど…………でも、折角だから期待しておくよ」


 まぁ、約束だからな。

 デートの日には、真っ赤なバラの花束でもプレゼントしてやるさ。トレンディードラマのようにな。

 純白のスーツとか着ちゃってな。……似合わねぇけど。


「……花束………………嬉しい」


 花束に顔をつけ、スーッと大きく息を吸い込む。

 エステラが、とても少女っぽい表情を見せる。


「……いい香り」


 ……そういうの、やめてもらっていいかな?

 不意打ちは、心臓への負荷が大きいからさ。


「――と、いうわけで。こうやって花束を贈る習慣をだな……」

「忘れてますよっ!」


 締めに入ると、ひな壇芸人のような勢いでロレッタが食いついてきた。

 お約束をキチンとこなせる優秀な芸人、それがロレッタである。


「冗談だ」

「お兄ちゃんの場合、冗談に見えないから怖いです!」

「お前には特別な花束を取ってある」

「ホ、ホントですか!?」

「ほら、受け取れ」


 淡いピンクの、綺麗な花――噛みつきツツジの花束をロレッタに手渡す。


「ガジッ! ガジガジガジッ!」

「ぅひゃあ!? 食虫植物のヤツじゃないですか!?」


 素晴らしいリアクションだ。

 若手の芸人にリアクションのお手本として見せてやりたいくらいだ。


「もう! こういう色物キャラのイメージいらないです! ちゃんとしてほしいです!」


 半泣きで訴えてくるロレッタ。

 少し苛め過ぎたか。


「悪かったよ。ほら、ちゃんとした花束だ」

「……今度は、どんな仕掛けが…………?」


 疑心暗鬼にしてしまったようだ。

 しょうがない。特別だぞ、コノヤロウ。


 俺は花束をロレッタに押しつけ、空いた手でロレッタの頭を撫でてやった。


「いつもちゃんとお姉さんしてて偉いな、お前は。その調子で、これからも陽だまり亭を頼むぞ」

「はぅ…………はゎゎっ……お、お兄ちゃんが……ふ、普通に優しいですっ!? な、なんです!? あたし、明日死ぬですっ!?」


 オーバーな……

 それじゃまるで、俺がいつも優しくないみたいじゃねぇか。


「あの、ミリィさん」

「なに、じねっとさん?」

「ドライフラワーの作り方を、教えていただけませんか?」

「うん……いいよ」

「ボクも!」

「……マグダも」

「あ、あたしもですっ!」

「はぅ…………じゃ、じゃあ…………みんなで」


 ふむ。

 こんな小さな花束でこれだけの効果があるなら……花を贈るイベントは上手くいきそうな気がする。

 渡す時に言葉を添えればさらに効果的か。


「ポプリとか作ってみたらどうだ?」

「ぁ……いいね、ぽぷり。うん、ぽぷりを作ろう」


 俺の意見にミリィは頷き、採用するようだ。

 綺麗に作るのは難しいだろうが、ミリィがいればなんとでもなりそうだ。


 花を片手にわいわいと賑わう女子たちを見て、やっぱりこういうのはいいよな……なんてことを思った。


「で、結局残ったのはこいつだけか」

「ガジッ! ガジガジガジッ!」


 俺は手元に残った噛みつきツツジをどうしたもんかと考えながら、楽しそうに話す女子たちを眺めていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る