71話 てんとうむしさん

 夕方。

 終わりの鐘が鳴ってから小一時間が過ぎた頃になって、ジネットとミリィは陽だまり亭に戻ってきた。


「ただいま戻りました」

「ぁ………………ぅん」


 数時間会わなかった間に、ミリィの人見知りは完全復活したようで、ジネット越しにしか俺を見ようとはしない。


「お店番、ありがとうございました。お客さんは来ましたか?」

「エステラが書類を持ってきただけだ…………って、あいつ、その書類持って帰りやがったな」


 何しに来たんだよ、あいつは。


「書類? ……あ、そうですね。そろそろ年齢を更新する時期でした」


 やはり、免許の更新みたいな感覚っぽい。

 特になんの感慨も見受けられない。


「いくつになるんだっけ?」

「十六です」

「…………前に聞いた時も十六って言っていたような気がするんだが?」

「はい。ですので、『今年十六になる』とお答えしたんですよ?」


 ……紛らわしい。

『今』何歳か答えろよ。

 誕生日の概念が希薄だと、新年を迎えた途端に全員が『今年○歳になるな』という思考になるようだ。なら、新年にまとめて更新させればいいものを……


「じゃあ、俺と同じ歳で間違いないんだな?」

「はい。お揃いですね」


 本当は俺の方が二十ほど上だけどな。


「ミリィはいくつだ?」

「ぁ………………………………………………………………じゅ……ぅ……ょん」


 長いっ!

 物凄く長い!

 途中で「あれ、聞いちゃマズかったか?」ってドキドキしたわ!


「十四か。マグダより年上なんだな」

「そうですね。ミリィさんはこう見えて、大人の女性なんですよ」

「はっはっはっ、それはない」

「はぅ………………ひどぃ」


 ミリィがうな垂れる。

 いや、それでショックを受けるとはおこがましいぞミリィ。自分の容姿を客観的に理解しろよ。

 それに、お前が大人ならレジーナとかイメルダはオバサンになっちまう。


「ミリィさんは、お花を摘む天才なんですよ」


 ジネットが必死にフォローしようとしている。

 仕事が出来るってことで、大人の女性アピールのつもりなのだろう。


「そういえば、花はどこにあるんだ?」

「外の荷車に積んであります」

「へぇ。見せてもらってもいいか?」

「ぁ………………はぃ」


 こくりと頷き、ミリィは外へと出て行く。

 それに続いて外に出て、ビックリした。


「これはまた…………」


 そこには、巨大な荷車に溢れんばかりの花々が積まれていた。満開だ。どっかの店が新装開店したのかと思わせるような華やかさだ。


「大量だな」

「はい。ミリィさん、とても仕事が早いんですよ。ここにあるお花はほとんどミリィさんが摘んでこられたんです」

「今度一回、仕事ぶりを見せてもらいたいもんだな」

「ふぃっ!? ……………………ぁ…………ぅぁ………………」


 困った表情でフリーズするミリィ。

 油が切れたブリキのオモチャみたいに、ガチガチに関節が固まっている。


「ぁの………………はずかしい…………から…………」

「ジネットは平気なのにか?」

「ぁ…………じねっとさんは………………おともだち……だから…………」

「んじゃあ、俺とももっと仲良くなってもらわなきゃな」


 そう言って、ポケットから取り出した物をポンッとミリィの手に載せる。


「ぇっ…………………………わぁ!」


 一瞬、ビクッと身を固くしたミリィだったが、手に載せられたものを見てその表情をほころばせた。


「……てんとうむし」


 それは、俺が昼間作っておいたナナホシテントウの髪留めだ。

 ミリィの小さな手が、大きめの髪留めを大切そうに握る。


「わぁ、可愛いですね、これ」


 ミリィの肩越しに、ジネットもその髪留めに視線を注ぐ。

 瞳がキラキラして心底羨ましそうな顔をしている。

 ……なんだか、「いいな、いいな。わたしも欲しいです」と、顔に書いてあるようだ。


 ジネットへのプレゼントは、これで決まりかな?

 モチーフ、何にするかなぁ……


「ぁ………………ありが、とうっ!」


 小さな声を精一杯振り絞り、ミリィが俺に礼を述べる。

 俺を見つめる瞳から、恐怖や不安といった感情が薄れているのがハッキリと分かった。


「つけてやろうか?」

「ぁ…………うん!」


 口を半円上に開き、子供っぽい笑みを浮かべる。

 ロレッタの妹たちとは、また違った可愛らしさがある。

 子供を卒業してお姉さんになる直前みたいな、凄く微妙なラインにいる、そんな感じだ。

 幼さとお姉さんぶらなきゃという感情が交互に顔を覗かせる。

 思春期真っ盛り。そんな…………いじめたくなるような年頃だ。


 というわけで、デカい髪留めを前髪に留めてやった。


「にゃふっ!? …………み、見ぇなぃ…………見えないよぅ……」


 わたわたしている。

 あぅあぅと、盛大に狼狽している。

 なにこれ、持って帰りたい。


「ヤシロさん、いじめちゃ可哀想ですよ」


 ジネットが頬をぷっくりと膨らませる。

 すまんな。ちょっと面白かったんだ。


 髪留めを外し、今度はちゃんとした位置につけてやる。

 向かって右側、側頭部やや上目につける。

 ナナホシテントウがミリィの小さな頭にちょこんと留まり、ぷらぷらと揺れる。

 我ながら、これはかなり可愛い出来栄えではないか。ミリィの頭につけることでその良さが発揮されている。


「わぁ…………」


 見えるはずもないのだが、ミリィが必死に視線を髪留めへと向ける。


「よく似合っていますよ、ミリィさん。とっても可愛いです」

「ぁは…………うんっ」


 ジネットに褒められ、ミリィは頬を朱に染めて嬉しそうに微笑む。

 こくりと頷くのに合わせてナナホシテントウがふわりと揺れる。


「ぁ…………ありがとう。てんとうむしさん!」


 ミリィに再び礼を言われた。の、だが…………テントウムシはお前だ。


「てんとうむしさん…………優しい人」


 いや、だからな。テントウムシは……


「今度、お花……一緒に摘みに、行きますか?」


 ナナホシテントウの髪留めの効果は絶大だったようで、つい先ほど『恥ずかしいから』と断られた花摘みに誘われてしまった。

 それくらい、俺たちの距離が縮まったということなのだろう。


「じゃあ、連れて行ってもらおうかな」

「うんっ!」


 人見知りを克服すれば、素直で明るい、可愛い女の子なのだ。

 是非とも仲良くなりたいと思う。

 そして、……今後陽だまり亭にお安く花を卸してもらいたいものだ。


「よかったですね、ミリィさん。仲良くなれて」

「うん。……てんとうむしさん、仲良し」


 いや、だから…………あぁ、もういいや。

 てんとうむしさんでいいよ、別に。好きに呼んでくれ。


「じねっとさん、これ……あげる」


 そう言って、ミリィは荷車から一抱えもある大量の花をジネットに手渡した。


「え、こ、こんなにいいんですか?」

「手伝ってくれたお礼」


 上機嫌のミリィ。明らかに過剰サービスな気もするが、まぁくれるというものはもらっておけばいい。


「では、さっそくヤシロさんに戴いた花瓶に活けさせてもらいますね」

「ん…………あ、あぁ。いいんじゃ……ない、かな」


 そこ……『ヤシロさんに戴いた』っている?

 なんか、めっちゃくすぐったかったんだけど……


「また……来ます」

「はい。またお越しください」

「ばいばい」

「お気を付けて」


 ミリィは小さな体で巨大な荷車を引く。これが動くんだから凄い。獣人族……虫人族だけど……こいつらの腕力ってホントどうなってるんだよ?


「ばいばーい!」


 遠くまで行っても、度々振り返り手を振るミリィ。

 その度に、俺とジネットも「ばいばい」と手を振り返す。


「ばいばーい!」


 ……子供の頃いたなぁ、「ばいばい」がいつまでも終わらないヤツ。

 ミリィって、やっぱり子供なんだな。


「可愛かったですね」

「いつもあんな感じなのか?」

「へ?」

「ミリィのことだろ?」

「あぁ、はい。ミリィさんはいつも今日のような感じで、とても可愛らしい方ですよ」


 ジネットもお気に入りなのだろう。ミリィの話をする時には表情がにへらと弛緩している。


「ですが、わたしが言ったのは髪留めのことですよ」

「そんな言うほどのものか? 物の数十分で作ったヤツだぞ」

「わたしたちが出かけた後、作られたんですか?」

「あぁ。時間と材料があったからな」

「でも、ヤシロさんは新しいメニューの試作をなさっていたはずでは?」


 ……うっ。

 いや、ほら。まぁ、なんつうの?

 一人で甘味とか……なんか、違うじゃん?

 だから、これは、俺のプロジェクトの一環でだな…………そんなにジッと俺を見るな。

 なぁ、ジネット。何を待ってるんだよ?

 何か返答が欲しいのか?

 大したことなんか言えねぇぞ?


 …………しょうがねぇな。


「お前をよろしく頼んだからな…………その礼っていうか…………」

「というか?」


 ……攻めてくるな、コノヤロウ。


「……お前と仲のいいヤツなら、俺も仲良くなっておいた方が……まぁ、何かといいんじゃないかと思ってな」

「はい。そうですね。そうしていただけると、わたしも嬉しいです」


 俺の返答に満足したのか、ジネットはにこりと笑った。

 満足そうな顔しやがって。


 その後、両手が塞がっているジネットのために食堂のドアを開けてやる。

 ミリィが持っていた時は大量に見えたのだが、ジネットが持っていると適量に見える。

 どんだけ小さいんだよミリィ。


「ほら、見てくださいヤシロさん」


 ジネットが花瓶に花を活け、俺の前に持ってくる。


「とても素敵です。思った通りですね」


 そう言って、とても幸せそうに微笑む。

 ぅぉおおっ…………なんだ、これ。恥ずいっ。


 そ、そうか。

 これか。

 これが、女に花束を贈る男の真の目的か。

 この表情を見たいがために、キザな自分の行動に鳥肌を立てつつも花束なんかを贈っているんだな。

 なんだよ、ただのキザなナルシスト野郎かと思っていたが……実はヤツらも内心では身悶えていたんだな。そうかそうか。そういうことか。


 だったら、俺も…………別に、花束とか、贈っても……いい、かなぁ……なんて。


「ヤシロさんのおかげですね。ありがとうございます」


 贈ろう!

 贈ろうぜ、お前ら!

 むしろ贈っていくべき時代がすぐそこまで来ているだろう!?

 感じろよっ、時代を!

 これからは、積極的に花束を贈っていく時代だろうが!


 ならばリサーチをするべきだろう。

 この世界の男どもがどれくらいの頻度で花束を贈っているのか。

 どんな花が喜ばれるのか。

 逆に、「うゎ、これはないわぁ……」と思われる、避けるべき花はなんなのか!?

 だって花のことなんか分かんねぇんだもんよ! 知りたいわ! 不安だわ!


 なので、さりげな~く探りを入れる。


「せ、生花ギルドってのは……割と、儲かっている感じなのか?」

「そうですねぇ……最近は、結婚される方も少ないらしくて、割と大変だとおっしゃってました」

「結婚?」

「はい、プロポーズの際、花束を贈られる男性が多いようですよ」


 ……そんなに重いものなの、花束って。


「……もっと、気軽に贈ったりしないのか?」

「もちろん、そういう方もいらっしゃいますが、みなさんきっかけがないようで。結局、結婚とか引退とか、そういう節目にしか贈らないという方がほとんどでしょうか」


 そうなのか……

 そういえば、イメルダはしょっちゅうもらってるって言ってたっけな。


 きっかけ…………花を贈る習慣、ねぇ……


「じゃあ、ミリィは結構大変なんだな」

「そうみたいですね。でも、お花が好きなので、全然苦ではないっておっしゃってましたよ」

「お前の料理みたいなもんか」

「そうですね。わたしたちは似ているのかもしれませんね」


 金よりもやり甲斐か。

 しかし、売り上げが上がればやっぱり嬉しいものだろう。

 人気が出てくればやり甲斐も感じられる。


 上手くすれば、相乗効果を狙えるか……


「ジネット。お前は、花は好きか?」

「はい。ソレイユというお花が大好きなんです」

「ソレイユ? 聞いたことがない花だな」

「そうですね。四十二区でも、あまり見かけない花ですからね」


 ソレイユ……これが『強制翻訳魔法』による変換だとするなら、意味は『太陽』。なるほど、ジネットが好みそうな名前だ。たまたま同音の名前だという可能性もないではないがな。


「ちなみに、その中にはないのか?」

 

 ジネットの持つ花瓶を指して尋ねるが、ジネットはすぐに首を振る。


「ここにはありません。ソレイユは、もっと温かい色をした目立つ花なんですよ」

「へぇ……」


 ソレイユね。

 うん。いい情報を得た。


 花が好きかどうかを聞いたら、好きな花をさりげなく知ることが出来た。

 まぁ、ジネットを見る限り、この街の女性も花を贈られれば嬉しいのだろう。

 ただし、若干重い印象が花束についているので、おいそれと贈ることは難しいかもしれない。変な勘違いとかが発生してはトラブルになりかねない。

 そういう勘違いを封殺するには、適度な言い訳が必要なのだ。


 言い訳はいい。

 贈る方にももらう方にも、有効に作用してくれる。


 他意はない。

 これは気持ちなんですよ。と、軽い気持ちでやり取り出来る。

 でも、もしかしたらあの人は……ドキドキ。みたいな演出もきっとありだろう。

 燃え上がれ、若人たちよ! そして爆ぜろっ! そのまま爆ぜてしまうがいい、リア充共め!


 ……はっ!? 違う違う! 

 俺はもう、そっち側じゃなくて、花束を推奨するポジションにつくのだ。花束を贈ろうの会とかあったら会長に立候補するくらいの勢いで。


 つまりは、花束を気負うことなくやり取り出来る習慣を根付かせればいいのだ。

 感謝の気持ちを込めるとかでいいのだ。花束を、大切な人に贈る。

 そう、例えば――誕生日とかに、な。


 今度ミリィに会ったら、色々話をしよう。

 そして、とりあえず……ソレイユがどんな花かをこっそり教えてもらおう。



 モチーフ。決まりかな、これは。







 その後の陽だまり亭はいつも通り、トルベックの大工どもを中心に、祭り以降チラホラと顔を見せるようになった連中が夕飯を食いに来て、あれよあれよで閉店時間となった。

 サクッと片付けをして風呂に入ると、今日ももう終わりだ。


「あ、そうだ。ジネット」

「はい」


 部屋に戻ろうとしていたジネットを呼び止め、明日のことを伝えておく。


「俺、明日朝からちょっと出かけてくるな」

「どちらへですか?」

「えっと……ちょっと四十区まで」

「そろそろ下水工事が完了するんですよね」

「あぁ、そうみたいだな」

「分かりました。お店のことはお任せ下さい。でも、道中はお気を付けてくださいね」

「あぁ。悪いな」

「いいえ。それじゃあ、お先に休ませていただきますね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい、ヤシロさん」


 どうも、上手い具合に勘違いしてくれたらしい。

 ケーキの視察とは、今の段階では言えない。ケーキの目途が立つまではな。


「あ、そうだな。明日までに作っておいてやるか」


 ロレッタも家に帰り、マグダももう部屋に戻っている。

 ジネットもそろそろ眠るだろうし……


 俺はそっと食堂を抜け出し、屋台を停めてある庭へとやって来た。

 エステラの髪留めを作ってしまおうと思ったのだ。

 ただ、食堂内でカンカンやるのはさすがに気が引けるしな。外で作業をすることにする。


 え?

 暗くないのか?

 怖くないのかって?


 …………ふふふ。


 暗闇を怖がっていた俺は、もういない。


 陽だまり亭の前には、光るレンガを大量に設置してあるのだ!

 めっちゃ明るい!

 どうだ、お化けども!

 出て来られるもんなら、出て来てみやがれってんだっ!

 ぬゎぁーーーーーはっはっはっはっはっ!


 ――その時。


「……ヤシロ様」


 突然、俺の背後から黒い人影が現れて、俺の首筋に指を這わせてきた。


「ぎゃああああああああああああああっ! 本当に出てきちゃったぁ!? 嘘です嘘です! ごめんなさい! ちょっと調子乗っちゃいました! 凄く明るいから強気に出ちゃっただけなんです! ごめんなさいごめんなさい! 帰ってください! ナムナムナムナムナムッ!」

「お静かに」


 悲鳴を上げる俺の口を、細く柔らかい指が塞ぐ。

 あ……なんかいい香り。


「私です。ヤシロ様」


 そう言われて、背後へ視線を向けると……黒いメイド服を身に纏ったナタリアがいた。

 …………お前かよ。


 途端に脱力し、俺はその場にへたり込む。


「ヤシロ様っ!? ……大丈夫ですか?」

「……あぁ…………ちょっと、心臓が痛いだけだ……」

「噂にたがわぬヘタレっぷり……心中お察しします」

「察してねぇだろ、絶対」


 誰がヘタレだ。


「だいたい、お前が背後から忍び寄って俺の首を絞めようとするから、ちょっとだけ、ほ~んのちょびっとだけ、ビックリしたんだろうが」

「アレでちょびっとですと、本気で驚いた時は首でももげ落ちそうな雰囲気ですね」


 やかましいよ。

 いいんだよ、ちょっとってことにしておけば!


「ですが、首を絞めたのではございません」

「じゃあ、なんだったんだよ、さっきのは」


 少しの腹立たしさを含めてナタリアに問うと、ナタリアはいつもの平静な表情で俺を見据え、こんな質問を返してきた。


「今日、お嬢様と何か約束を交わしませんでしたか?」

「ん? あぁ。明日四十区へ一緒に行くんだ」

「やはり……」

「なんだよ?」

「今日の午後から、お嬢様が手のつけられないレベルの残念な娘と化しておりました」


 専属メイドにこの言われよう……どんだけはしゃいでたんだよ、エステラ。


「うわ言のように『デート』『デート』と」

「『デート』ぉ!?」


 あぁ…………まぁ、待ち合わせてケーキを食いに行くってのは、平たく言えばデートってことになるのか。


「それで、夜分でご迷惑とは思ったのですが、念のために今、お邪魔させていただいたというわけです」

「念のため? 何か確認したいことでもあったのか」

「はい。ですが、確認は済みました」


 ニコリと微笑み、懐から刃渡り10センチ程度のナイフを取り出す。

 刃が、月の光を反射する。


「あなたの頸動脈の太さでしたら、このナイフで十分でしょう」

「なんの確認しに来たんだよ!?」

「万が一に備えてです。一撃で仕留めなければ、あなたは逃げるでしょう?」

「何を想定して、俺を仕留めようとしてんだよ!?」

「あなたが、よからぬ思いに駆られなければ、何も起こりませんとも」

「何も起こんねぇよ!」


 ケーキを食いに行くだけだ!

 ったく、このメイドは少し過保護過ぎるんじゃないか?


「とりあえず、お話が出来てよかったです。あなたを見ていると、お嬢様の勝手な暴走であるということがよく分かりました」

「暴走してんのかよ……なんか怖ぇよ、明日」

「パンツ丸出し必至のミニスカートをクローゼットからひっぱり出してきた時はどうしたものかと頭を痛めたものですが……」

「……つか、なんであるんだよ、そんな頭の悪過ぎる丈のミニスカートが?」

「主様のご趣味が、実は……」

「あぁ、やっぱりいい! 聞きたくもない、その情報!」


 四十二区の未来は暗いかもしれない。

 領主も、その家族も、専属のメイドまでもがみんなちょっとずつ残念要素を持ち合わせているのだ。…………大丈夫か、この区?


「では明日、お嬢様のことをよろしくお願いいたします」

「そんなに心配なら、お前も来ればいいじゃねぇか」

「いえ。お嬢様がバレバレの嘘で私を置いていこうとされていましたので」

「バレバレなんだな……」


 っていうか嘘吐いてんじゃねぇよ。ナタリアを敵に回したら即カエルにされるぞ。


「ですので、私も気を遣って、こっそり後を付けるに留めたいと思います」

「留めてそれかよ……」


 やっぱ心配だよ、この区の未来が……





 ナタリアを見送った後、俺は騒音に配慮しながらエステラの髪留めを作り上げた。

 大きなシイタケに小さなシイタケが寄り添うようなデザインのなんとも微妙な髪留めを、俺の持てる限りの才能とセンスを総動員して可能な限り可愛く仕上げてやったぜ。

 ……なかなかやるじゃん、俺。ちょっと可愛く見えてきたよ、シイタケ。


 そんなこんなで夜が更けて……俺も明日に備えて眠ることにした。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る