70話 お花と甘味

「あの、ヤシロさん。少しいいですか?」


 昼のピークが過ぎ、徐々に増え始めた客も無事捌ききり、ようやく落ち着いた時間が訪れたとある日の午後。終わりの鐘まであと一時間という、ティータイム。この時間はいつも客足が途絶えるのだが……そんな時間に、ジネットが俺に声をかけてきた。


「実はお願いしたいことがありまして」

「なんだ?」


 俺はノーマに頼んで作ってもらった型を使って、フルーツを星形にくり抜いていた。

 ウサギさんリンゴは散々な結果に終わったが、星や花の形はこいつらにも好評なようなのでメニューに積極的に取り入れることにしたのだ。

 ちなみに今はみつ豆を作っている。

 上白糖は高級らしく、陽だまり亭には置いてない。が、黒糖ならばなんとか手に入る。そこで、みつ豆だ。

 この前、米農家のホメロスのところに行った際もち米を見つけたので、粉にして白玉なんかも作ってある。

 さらに寒天も作った。ロレッタの弟たちに改修してもらっている海漁ギルドの網に、他の海藻に混じって天草がかかっていのだ。

 これはもう、みつ豆を作れと言われているようなものだろう。天啓というやつだ。


「あ、可愛いですね。お星さまです」

「食うか?」

「では、一つ…………ほいひぃれす」


 四十二区には絶対的に甘味が足りない。

 故に、このティータイム真っ盛りに客がいないのだ。

 三時のおやつという習慣がないとは、嘆かわしい限りだ……


「あっ! そうでした」


 慌てて口の中の物を飲み込み、ジネットが息を整える。

 俺に向き直ると背筋を伸ばし、ふにゃりとしたいつもの笑みで話しかけてくる。


「少しお花摘みに行きたいので、お店を見ていてもらえますか?」

「お花…………あぁ、トイレか。そんなもんいちいち言わなくても行ってくれば……」

「あ、いえっ、ち、違いますよ!?」


 ん?

 お花摘みというのはトイレの隠語だろ?


「あのですね、実はこの後……」


 と、ジネットが言いかけた時、食堂のドアが開いた。

 ……が、誰も入ってこない。

 開いたドアから、爽やかな風だけが室内に流れ込んでくる。


 …………え、なに? なんか怖い……


「あ、もういらしたみたいですね」

「いらした?」

「朝、言い忘れてしまったのですが……ミリィさん。どうぞお入りください」


 ジネットがドアに向かって呼びかけると、ドアの脇から「ちょこっ」と、小さい頭が覗き込んできた。

 頭に小さな触角を生やした、可愛い女の子だ。


 挨拶でもしようかと体の向きを変えると、途端にその小さい頭は引っ込み、再び視界から消えた。…………なに、これ?


「あの、ミリィさんは極度の人見知りで……特に男性は苦手なようでして」


 ジネットが苦笑を漏らす。

 ウーマロの女の子バージョンみたいなもんか。

 なんでだろう。女の子だとこんなに愛嬌があって可愛らしい。……それに引き換えウーマロは……あいつはダメだ。マグダにデレデレして奇声を発するなど、あがり症の風上にも置けない。あいつはもうあがり症協会から破門だな。…………いいことじゃねぇか、それ!?


「ミリィさん。大丈夫ですよ。ヤシロさんはとても優しい方ですので、怖くないですよ」

「…………ぅ、ぅん」


 声、小っさ!?


 それから、まさに『おっかなびっくり』という言葉がぴったりな、おどおどとした動きでミリィというミニマムな女の子が食堂内へと入ってきた。

 そろりそろりと歩く姿は、まるでカラクリ人形のようだ。ギクシャクと、カタカタと、ぎこちのない挙動でこちらに近付いてくる。

 飾り気のない服装に、ふわっとしたネコっ毛のショートヘア。くりっとした瞳はやや垂れ気味で、なんとなく直立するレッサーパンダを思い出させる。


「レッサーパンダ人族か?」

「いえ。ミリィさんは、ナナホシテントウ人族ですよ」

「……細分化し過ぎじゃない?」

「どういうことですか?」


 いや、まぁ。そんだけ細かく分かれてんのがこの街での常識ならとやかくは言わないけどさ……もっと大きい括りでテントウムシ人族とか、なんなら虫人族とかでもいいだろうに。

 ナナホシテントウ人族がいるなら、ナミテントウ人族やヒメカメノコテントウ人族、ダンダラテントウ人族なんかもいるってことか?

 見分けつくのかよ、それ。


「わっ!」とでも驚かせれば「ぴょーんっ!」と逃げ出してしまいそうな程、がちがちに緊張した様子でミリィはジネットの隣までやって来る。そして、ジネットの腰にしがみつき、その背に身を隠すように寄り添った。

 ……メッチャ怖がられてるな、俺。


 しかし、本当に小さい。

 マグダよりも小さいな。120センチくらいか。

 しかし、見たところナナホシテントウっぽい箇所が見受けられない。唯一頭に触角が生えているくらいだ。


「羽とかないのか?」

「はぅ……………………な、……ない…………です」


 蚊の鳴くような声とはまさにこのことだと言わんばかりの小声だ。

 これはアレか? 歳を取ると聞こえなくなる類いの周波数か?


「それでですね、ヤシロさん。その、もっと早くお伝えするべきだったのですが、遅くなってしまって……」


 ジネットがぺこりと頭を下げる。だが、どこか嬉しそうな顔をしている。


「これから、ミリィさんと一緒にお花摘みに行こうかと思うんです」

「連れションか」

「違いますってばっ!」


 ジネットが急に大きな声を出したせいで、ミリィがビクッと肩を震わせ軽く飛び上がっていた。

 いじめるなよ、可哀想に。


「あ、あのですね。ミリィさんは生花ギルドの方で、以前より親しくさせていただいている大切な方なんです」


 よく親しくなれたな、その極度の人見知りと……

 視線が合う度に顔を引っ込めてはジネットの背後に身を隠すミリィ。……嫌われてるわけじゃないんだろうが……ちょっと傷付くぞ。


「生花ギルドっていうのは、育てるんじゃなくて摘みに行くもんなのか?」

「ぁ……………………」

「え、なんですか?」


 ミリィがジネットの裾をちょいちょいと引き、ジネットが耳をミリィに近付ける。

 何かを耳打ちされ、ジネットが納得した様子で頷く。


「施設での栽培も行っているようですが、森全体を管理してお花を育てているようです。これから行く森は生花ギルドが管理しているところなんです」

「なるほど。自然のままの花を管理してるわけか」

「ぁ………………」

「え? …………はい。はい……。そのようですね」


 面倒くさいな、こいつとの会話。常にジネットを介さないと返答が得られないのか。


「それで、あの……お店をお願いしても、よろしいでしょうか?」

「あぁ、行ってこい。どうせ夕方まで客も来ないだろう」

「ありがとうございます」


 お出かけが嬉しいのか、ジネットはにこにことしている。

 女同士でお話しながらお花摘み。結構じゃないか。行ってくればいい。


 ジネットレベルとまではいかないが、俺だって料理くらい出来る。そもそも、俺が考案した料理が多いからな。問題ないだろう。


「では、行ってまいります」

「ぁ…………」


 ジネットが頭を下げると、それに倣ってミリィもぺこりと頭を下げた。

 抱いて寝たら気持ちよさそうなサイズだ。


 ジネットに付いて出口に向かうミリィ。その背中には何もついておらず、本当にナナホシテントウ人族らしいところは何もない。

 いささか地味な気がする。

 ……あ、そうだ。


「ミリィ」

「ひゃぅいっ!?」


 名を呼ぶと、ミリィは飛び上がり奇声を発した。……そこまで驚かなくても…………


 振り返ったジネットの背に隠れ、物凄く怯えた瞳で俺を窺う。……やめてくれるかな、そんな幼女を付け狙う性犯罪者を見るような目で見るの。


「ジネットのことを頼むな。迷子にならないようにしっかり見ておいてやってくれ」


 生花ギルドが管理する森に行くのであれば、森に関してはミリィの方が詳しいのだろう。

 ジネットはしっかりしていそうで抜けているところがある……というか、抜け切っている。抜けていないところがない。

 ちゃんと見ていてもらわないとどこに行ってしまうか分かったもんじゃないからな。


「むぅ、酷いですよ、ヤシロさん。それでは、まるでわたしが子供みたいです……」


 似たようなもんだろうが。

 ジネットは不服そうに頬を膨らませる。だが、そんなジネットの横でミリィがぱぁっと表情を輝かせた。


「…………みりぃ、お姉さん……」


 頼りにされたのが嬉しかったようだ。

 まぁ、あのサイズであの人見知りようなら、どこに行っても子供扱いしかされないだろう。

 幼い子供は「お姉さん扱い」されるのを喜ぶからな。あの笑顔はそういうところからきているのだろう。


「ぁの………………ゃしろ、さん…………ま、……まか、せて……っ!」


 頬を真っ赤にして、懸命に声を絞り出す。

 そんな感じでミリィが俺に向かって笑顔を向けてくる。


「ミリィさんが、自分から男の人に声を…………ヤシロさん、凄いです」


 相当珍しいことなのだろう。

 ジネットが目をまんまるく見開いている。

 どんだけ人見知りなんだよ、普段……


「では、行ってきますね」

「ぁ…………行って、きます」


 ドアの前でもう一度こちらを振り返り、礼をしてからジネットとミリィは食堂を出て行った。

 ドアが閉まり、食堂には俺だけが残される。

 マグダとロレッタは屋台の応援に行っている。

 客もいない。


 試作中とはいえ、誰も食わないみつ豆をここで作っていてもしょうがない気がしてきた。

 なので俺は、先ほどふと思いついたものを作ることにする。

 ノーマのところでもらってきた薄く軽い鉄板を持ち出し、加工を始める。ハンマーと、先が丸まった鉛筆のような形状をした鉄の棒――ポンチを使い鉄板を曲げていく。

 ポンチの先端を鉄板に当て、カンカンとハンマーで打ちつけていく。本来穴をあける部分のマーキングを行うためのポンチだが、力を入れ過ぎないように気を付けて叩けば、こうして平らな鉄板に凹凸の加工を施すことが出来る。ブリキの看板なんかを作る時に用いられた手法だ。


 カンカンと金属音を響かせつつ、地味な作業を繰り返す。


「まぁ、こんなところか」


 俺の目の前に、手の平サイズのテントウムシを模した、ぷっくり膨らんだ鉄板がある。

 大きめの缶バッチをもう少しぷっくりさせたような感じだ。軽さもそのくらいだ。

 そこへ着色をし、鮮やかなナナホシテントウを作る。

 そこそこ納得のいく仕上がりになり、仕上げの加工に移る。


 涙型の、反りの強い鉄板を取り出す。

 ノーマのとこの金型屋で鉄の端材をもらって真っ先に作ったのが、この『パッチン留め』だ。

 小さな女の子が髪の毛を「パチン」と留めておくアレだ。ワンタッチでつけられるお手軽さが売りの、庶民的なアクセサリーだ。


 こいつを先ほどのナナホシテントウにしっかりと取り付けると…………ナナホシテントウの髪留めの完成だ。


 まぁ、別に何人族なのかなんてことはアピールする必要はないのだが、ミリィがあまりにもナナホシテントウっぽくなかったのでなんとなく作ってみたくなったのだ。

 何より、生花ギルドとは今後付き合いが深くなっていくだろう。

 ジネットが花壇をやりたがっているし…………俺のやった花瓶もあるし……こういう気配りをしておけば、今後何かと便宜を図ってくれるはずだ。投資だな、これは。


 我ながらいい出来に満足していると、エステラが陽だまり亭へとやって来た。

 ドアを開けるなり、「あれ? ジネットちゃんは?」と、店内を見渡す。


「残念だったな。今は俺一人だ。ジネットの手料理が食いたきゃ夕方以降に出直してこい」


 しかし、エステラの用件は飯ではなかったようで、少し困ったような表情を覗かせる。


「書類を提出してもらわないといけないんだけど……まぁ、あとで渡せばいいか」

「書類?」


 見ると、エステラはくるくると巻かれた紙を持っていた。

 なんだか、ちょっと高級そうな紙だ。何かの契約書だろうか?


「今月はジネットちゃんの生まれた月だからね。年齢を更新してもらわないといけないんだ」

「更新?」

「住人は毎年、生まれた月に書類を提出するんだ」

「いちいち自分で更新しなきゃいけないのか? 面倒くさいな」

「お店とか仕事関連の書類には年齢を書く場合が多いからね。その年齢で間違いないという証明を領主がするんだよ」


 日本のように、自動更新されればいいのに。

 俺は、免許の更新ですら億劫でやりたくなかった。

 この街の住民は毎年そんな面倒くさい手続きをしているのか。


 ………………ん?


「ジネットの誕生日って、今月なのか?」

「そうだよ。確か、来週末あたりだったかな?」

「それを先に言えよ!」


 しまった。

 何も用意していない。

 ナナホシテントウの髪留めとか作ってる場合じゃなかった。

 ジネットに何かプレゼントを用意しなくては……っ!


「……何を焦っているんだい?」

「そりゃ、だって、なんの準備もしてないからよぉ」

「なんの準備をするっていうんだい? 書類は本人の直筆しか受け付けられないよ」

「書類じゃなくて、誕生日の準備だよ。プレゼントとか、パーティーとか」


 そういや、四十二区にはケーキとかないんだよなぁ。

 どうすっかなぁ? 黒糖で作れるか?


「…………パーティーって、誕生日と何か関係あるのかい?」

「え?」


 エステラが、「理解出来ない」とばかりに渋い表情を見せる。

 …………え、ないの? 誕生日パーティーとか。


「俺の国では、その人が生まれた日をみんなでお祝いするんだが……?」

「なぜ? 生きている人は、当然だけど、みんな生まれた日があるんだよ? それを特別視して祝う必要があるのかい?」


 マジのトーンだ。

 こいつ、マジで理解出来ていないらしい。


 この街には、誕生日というものを祝う習慣がないのだ。


「ケーキとか、食わないのか?」

「ケーキなんてっ!? そんな高価なもの、誕生日くらいのことで食べたりしてたら破産しちゃうよ?」

「そんな高いのか?」

「高いよ。まず、砂糖が高級品だからね」


 まぁ、確かに。黒糖なら、いくらか安く手に入るが、それでも高価であることに違いはない。

 甘味に乏しい街だ。


「誕生日を祝わずに、他に何を祝うんだ?」

「結婚とか、出産は祝うね。あと、就職祝いと、就職して一年目はお祝いをするかもね。多くの業種で、一年目に賃金が上がるから」


 つまり、家族が増えたり賃金を得たりと、生活が向上する際にお祝いをするのだろう。

 理に適っていると言えばそうかもしれない。

 しかし、味気ないことも確かだ。



 …………こいつは、金の匂いがするな。



「ヤシロ……目が悪人みたいになってるよ」

「よぉく見て覚えておくといい。これが金の亡者の目だ」

「まったく……お金のこと以外は考えられないのかい?」

「俺に死ねと言うのか?」

「……お金のことを考えていないと死ぬのかい、君は?」


 生き甲斐がなくなれば、人は死んだも同然ではないか。


「金かねカネと……さもしいヤツだね、君は」


 呆れ気味にため息を吐いたエステラだったが……その動きがピタリと止まる。

 その視線は、テーブルの上に置かれていたナナホシテントウの髪留めに向けられている。


「か………………可愛いっ!」


 ガバッとテーブルにかぶりつき、ナナホシテントウの髪留めを凝視するエステラ。瞳がキラッキラしている。


「こ、これっ、ヤシロが作ったのかい!?」

「あぁ。ちょっと人にやろうと思ってな」

「譲ってほしい! いくらだい!? いくら出せば譲ってくれる!?」

「金かねカネとさもしいヤツだな、お前は……」


 そいつはやれん。残念だがな。


「ズルいや……どこの誰かは知らないけれど……こんな可愛いものを独り占めにするなんて…………」


 髪留めをシェアするような文化はあまり耳にしないがな。仲良し姉妹でも髪留めは個人持ちなんじゃないのか?


「そんなに欲しいか?」

「欲しいよっ! まぁ、テントウムシじゃなくてもいいんだけど……」

「例えば、どんな形の物が欲しい?」

「そうだなぁ…………シイタケ、とか」

「えぇ……何その趣味」

「い、いいじゃないかっ! 美味しいし、なんか形が可愛いだろ、シイタケ!」


 そうかな……シイタケって…………

 エステラって、もしかしてセンス悪い?


「じゃあまぁ、シイタケの髪留めを作ってやってもいいが……」

「本当かいっ!?」

「大きいシイタケの横に小さいシイタケが寄り添っているようなのはどうだ?」

「ほぅぅうっ! 何それ、想像しただけで可愛いっ! 『大きいシイタケがあなた、小さいのは私』みたいなことだね!?」

「いや……シイタケに例えられるカップルって、すげぇ微妙だけど……まぁ、お前がいいならそれでいいが」

「こ、これは…………楽しみ過ぎるっ!」


 まぁ、ちょちょいと作れる物だから、作ってやるくらいはいいだろう。

 ただし、だ。


「俺、ケーキが食べたい」

「………………は?」

「ケーキ」

「…………奢れと?」

「イエス」

「……………………ケーキかぁ……」


 つい今しがた、高級品だと口にしていたものだ。

 おいそれとご馳走するとは言えないレベルの食べ物なのだろう。


 しかし、この世界のケーキがどのレベルのものかを知っておきたい。

 それによって、今後の俺の行動は大きく変わってくる。


「………………今川焼きってことには……?」

「ケーキだよ。誕生日にはケーキだろうが」

「だから、なんで誕生日如きでケーキなのさ?」

「俺の国の風習だ。とにかく、この街のケーキを食ってみたいんだよ」

「………………でもなぁ……」


 ものすげぇ渋ってる。

 だったら、シイタケの他にエリンギとかブナシメジの髪留めも作ってやろうか? そうすれば納得するか?


「一緒に食いに行ってくれよ、頼むって」

「いっ!? ……一緒に?」

「あぁ。買ってきてもらうよりかは、食いに行った方がいいだろうな」


 ……念のためにジネットには秘密にしておきたい。

 もしケーキを断念することになったら、多少なりともショックを受けるかもしれないしな。誕生日にそんながっかり感は味わわせたくないからな。


「……ふ、二人、で?」

「そうだな。高い物なんだったらその方がいいだろう」

「……いつ、行く?」

「明日とか、どうだ? 都合つくか?」

「平気! 凄く平気! 仕事あるけど全部放り投げてくる!」

「いや……仕事はしろ。今四十区の下水工事と四十二区の街門のプロジェクトが動いてんだから……」

「そう! 凄く大変なんだよ! だからボクは、自分にご褒美をあげてもいいと思う!」


 なんか知らんが、エステラが急に燃え始めた。

 ……どこで着火するか分からんヤツだな。


「じゃあ、明日! ケーキを食べに行こう! 四十区まで出ることになるけど、平気?」

「そこまで行かなきゃないのかよ…………しょうがねぇな。じゃあ、中央広場で待ち合わせってことで」

「うん!」


 天使のような笑顔で頷くエステラ。

 なんだかんだ、こいつもケーキが食いたいのだろう。


「……でさ、ちなみになんだけど……」


 手を後ろで組んで、もじもじとし始めるエステラ。

 窺うような上目遣いで俺をチラチラ見てくる。


「ヤシロは、スカートとパンツ、どっちが好き……、かな?」

「スカートを穿くか、穿かないかってことか?」

「違う! パンツ丸出しじゃなくて、ズボン!」

「あぁ、そっちか……分かりにくい」

「そこでそう思うのは君くらいだよ……」

「どっちでもいいような気もするが…………まぁ、スカートかな。しいて言えば」

「分かった!」


 パッと表情を輝かせ、そして足早にドアへ向かって歩き出す。

 そして、ドアの手前で振り返る。


「それじゃあ、明日。中央広場に朝の鐘と同時に集合ね!」

「早っ!?」

「遅れないようにっ!」


 最後の一言を強めに言って、エステラは出て行った。


 つか、……朝八時集合かよ。

 まぁ、四十区に行くならそれくらいに出なきゃいけないのか。

 しょうがない。下調べはとても重要なファクターだからな。




 こうして、俺の新たな計画は、誰にも知られることなくゆっくりと動き始めたのだった。





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