挿話8 ヤシロ、デッド・ライン・テクニックを試みる
オオバヤシロ、十六歳。
俺は詐欺師だ。
他人を騙し、己の私腹を肥やす、穢れきった人間。それが、俺だ。
さぁっ! 今日みんなにご紹介するとってもホットな詐欺師テクニックは………………こちらっ!
『デッド・ライン・テクニック』!
最近、詐欺行為が上手くいかなくてヘコんじゃってるそこの君! つらいよね? 自信なくなっちゃうよね。
でも、大丈夫!
このテクニックがあれば、面白いように人が騙されて、たちまちのうちに自信が復活すること間違いなしっ!
これで、君も一流の詐欺師さっ!
ん? 「でも、難しい知識や技量がいるんじゃないか」って?
そう思うだろ?
でも、そんなことはまったくないんだ。
なにせ、このテクニックは商品を紹介する時に『ある言葉』を付けるだけでいいんだからね。
誰にでも簡単に出来て、絶大な効果を発揮する。
それが、この『デッド・ライン・テクニック』なのさっ!
さぁ、詳しく知りたい人はこの口座に現金を振り込んでね。今すぐにっ! さぁ、急げ!
……と、沈む気分と裏腹に、脳内に爽やかなセールスマン風の俺のビジョンが浮かんで延々とテレビショッピングもどきなことをのたまう、そんなよく晴れたある日の午後。お昼時。
もし、こんなテレビショッピングが放送されていたとしたら……俺はハッキリこう言ってやろう。
「このテクニックに金を出そうとしたヤツ。お前ら詐欺られてるぞ」と。
つまりあれだ。
『デッド・ライン・テクニック』っていうのは、「今買わないと損しますよ!?」という脅迫観念を相手の無意識下に埋め込んで商品を買わせる方法だ。
分かりやすく言えば、「期間限定!」「数量限定!」「土日倍っ!」……あ、違った。「平日半額」だな、うん。そういうヤツだ。
まぁ、最も分かりやすいのが、「今だけ半額っ!」だろう。
これまでまったく見向きもしなかった商品なのに、「今だけ半額」と言われるとつい興味を引かれてしまう。人間とはそういう生き物なのだ。
たとえそれが『半額で売っても利益の出るものを普段は倍の値段で売っているだけ』だとしても、半額だと言われると得したと思ってしまうのだ。
スーパーの惣菜や弁当が半額になるのは、「捨てるよりはマシ」って側面は往々にしてあるけどな。東京なんかじゃ、捨てるだけでも結構な金を取られるしな。
そうでなくても、食べ物を捨てるのは非常に心苦しい。
たとえそれが、もう腐ってしまって食べられなくなっていたとしてもだ。
なので、そうならないように、今俺の目の前に積まれているこの腐りかけの食材を綺麗さっぱり処分してしまおうと思う!
俺は今、陽だまり亭の食糧庫にいる。
この中にある、『もう賞味期限が限界だよぉ……』みたいなヤツを全部使ったスペシャル料理を作り、売りさばく!
なぁに、大丈夫だ!
今度は絶対失敗しない!
俺には『デッド・ライン・テクニック』があるし、何より、今回のターゲットは……
「よぅ、ウーマロ! いらっしゃい! 待ってたぜ!」
「ヤ、ヤシロさん……なんか、顔がちょっと怖いッスよ?」
ウーマロの気配を感じた俺は食糧庫から瞬間移動の如き速さで食堂へと移動する。
おそらく俺はこの時音速を越えていた。それくらい速やかに移動したのだ。
すべては、こいつ――キング・オブ・サギのカモ――ウーマロに会うためにだ。
「今日はお前におすすめの料理があるんだ! 是非食ってくれ!」
「……って、ヤシロさんが言う時は大抵ろくでもないことになるッスから……マグダたん、オイラ日替わり定食にするッス!」
「ちょっと待て! まぁ、そう焦らずに、俺の話を聞け。マグダのことは今は忘れて俺だけを見つめていろ!」
「ヤ、ヤシロさん……なんか、それ……気持ち悪いッス……」
俺はウーマロの肩を抱き、座席へと案内する。
肉体の密着によるフレンドリーなスキンシップだ。
「ヤ、ヤシロさんっ! 近いっ! 近いッス!」
「そう邪険にするなよ。俺とお前の仲じゃねぇか」
「……ヤシロとウーマロ…………キモイ」
「マグダたん!? オイラは関係ないッスよ!? オイラ、完全に巻き込まれてるだけッスから!」
「なるほど。あのキツネの人はヘタレ受けなんやね……メモメモっと」
「なんでこんな時に限ってレジーナさんまでいるッスか!? 普段全然人前に出てこないッスのに!」
「キツネの人……女の勘を、侮ったらアカンで?」
「働かせるところ間違ってるッスよ、女の勘!?」
人見知りのレジーナと女性の前では緊張してまともに話せないウーマロの、実に貴重なスムーズな会話シーンではあったのだが、俺にとってはそんなもんどうでもいい。
重要なのは、ウーマロに目当ての商品を購入させることだ。
すなわち、腐りかけ食材の駆け込み処分的救済定食、その名も『駆け込みご飯』だ!
「新メニューを考えた。新メニューが早く浸透するようにキャンペーンも始めた」
「なんででしょうね……ヤシロさんが力説すればするほど、胡散臭いッス……」
「ふふ……この言葉を聞いても、そんな態度を取っていられるかな?」
「なんッスか?」
「『今だけ、半額っ!』」
「胡散臭さが倍増したッス!?」
なぜだ!?
俺の予想では、この時点でウーマロは「ぅわ~い、半額ッスー! じゃあ、4つもらうッスー!」とか、アホ丸出しで『駆け込みご飯』を注文するはずだったのに!?
「あの……オイラ、やっぱり、日替わり定……」
「めっちゃ美味いぞ! しかも、『今だけ半額』!」
「いや……だから、日替わり……」
「しかもお買い得だぞ! なんたって、『今だけ半額』だからなっ!」
「……あの、ヤシロさん? オイラの話を聞いてもらえるッスか?」
「え? なになに? ……『今だけ半額』?」
「言ってないッスよ!? それは幻聴ッス!」
「おぉ、よく見たら、お前の顔に『今だけ半額』の相が出てるぞ」
「どんな相ッスか!?」
「『……俺、この戦いが終わったら…………今だけ半額なんだ』」
「急に小芝居始めた割には、全然上手いこと言えてないッスね!?」
おかしい!?
おかしいじゃないか!
『デッド・ライン・テクニック』はどうした!?
ちきしょう! あのテレビショッピング、インチキだったんだな!?
……あぁ、違う。あれは俺の脳内の話か…………
「あっ!?」
「――っ!? ど、……どうしたッスか、ヤシロさん?」
「いっけね……言い忘れてたわ…………」
「な、なんッスか?」
「実は、今だけ半額なんだ」
「言い忘れてないッスよ!? むしろ、それしか言ってないッス! どうしたんッスか!? いつもだったら、こっちがその気になるような雰囲気にあの手この手で言葉巧みに誘導するッスのに、今日は『今だけ半額』の一辺倒じゃないッスか?」
まさか……ウーマロ如きに指摘されるなんて…………
こんな、搾取ピラミッドの最下層の下に穴掘って埋まってそうな、搾取されるためだけに生まれてきたような、キング・オブ・サギのカモであるウーマロに……っ!?
「もっとこう、その料理のいいところとか、おすすめなところとか、そういうのはないんッスか?」
「『今だけ半額だ』」
「それ以外でッス!」
「え~っと、ほら、アレだ、味とかは、まぁ、そうだなぁ……なんって言うのかなぁ……難しく考えるととことん深みに嵌っていってしまうんだが……だからって簡単に話せるかと言われればまた悩ましい限りで……つまり、俺が今言えることはだな……『今だけ半額』だ」
「誰かっ!? ヤシロさんがなんかおかしいッス!」
ウーマロの言う通りだ。
俺はおかしい。
どうしちまったんだ。
こんなもの、テクニックでもなんでもない。ただの恫喝……恐喝だ。
こんなの、俺のスタイルじゃない…………だが……
「だが、俺は勝ちたいんだぁ!」
「誰にッスか!?」
「俺、自身に! 『今だけ半額』の、この俺自身に!」
「ヤシロさんは半額じゃないッスよ!?」
「そいつはどうかな!?」
「よく分かんないッス、その返し!?」
えぇい! うるさいうるさい!
お前は、俺の話術により、俺が勧める料理を食えばいいのだ!
俺の詐欺に引っかかってくれれば、それでみんなが幸せになるのだ!
「じゃあ……もう、分かったッスよ。ヤシロさんの言うヤツを頼むッス」
「本当かっ!?」
「……根負けしたッスよ」
「やったぁー! 勝ったー! 俺は、俺に勝ったぞー!」
「…………なんなんッスか?」
この湧き上がるような感動! 快感! 達成感! 充実感! 阿鼻叫喚!
これだよ! これこそが、俺の求めていたものなのだ!
ふはっ! ふははははは!
「……ウーマロ」
勝鬨を上げる俺の隣を、マグダがとてとてと通過していく。
そして、ウーマロの隣に立つとぺこりと頭を下げた。
「……ごめんね。今日だけ、だから」
「マ、マグダたん……マグダたんの『ペコリ』を、こ、こんな至近距離でっ!?」
「……ヤシロ、最近お疲れで……許してあげて」
「も、もちろんッス! オイラ、全然気にしてないッス!」
「……売り上げが伸び悩んでいるせいかも……マグダの努力不足……」
「そ、そんなことないッス! そ、そうだ! 証拠を見せるッス!」
言うや、ウーマロは壁に掛けられたメニューの一番左端、もっとも高価なメニューを指さす。
「オイラ、今日は『陽だまり亭懐石~彩り~』を食べるッス!」
「……いいの?」
「これで、ヤシロさんが元気になるなら安いもんッス!」
「……だって。よかったね、ヤシロ」
「え? ………………あ、……あぁ、うん……まぁ………………」
あれほど燃え上がっていた心の中の炎が、一瞬で鎮火してしまった。
……は、恥ずかしいっ!
上手くいかないからって意地になって、テクニックとも呼べない、全然スマートじゃないやり方で…………
それを、マグダやウーマロに気遣われてしまうだなんて…………
穴があったらウーマロを埋めて、別の穴を掘ってから入りたいっ!
「マグダ……ウーマロ…………悪かった。もう、……こんなことしないから」
それは、完全な…………俺の敗北だった。
「あ、あのヤシロさんが…………『悪かった』って…………」
「……これは、一大事」
「ホント、ごめんね二人とも!」
「ヤシロさん!? ホント、どうしちゃったんッスか!?」
「特に、ウーマロ! ごめん! 悪かった!」
「や、やめてくださいッス! そんな謝らないでくださいッス!」
「腐りかけの、いや、もうほとんど腐った材料で作った料理押しつけようとして、ごめんなさい!」
「そんなことするつもりだったんッスか!?」
「うん! するつもりだった!」
「謝ってッス! オイラに誠心誠意謝ってッス!」
「……ウーマロ。今日だけだから」
「はぁあん! マグダたん優しいッス! オイラ許しちゃうッス!」
空は高く、ウーマロは幸せそうで、レジーナは無心で何かを書き殴り、マグダが仕事に戻ってからは会話すらなく…………俺は、少しだけ自分のことを考えていた。
俺…………詐欺師向いてないのかな?
なんてな……
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