挿話7 ヤシロ、ザッツ・ノット・オール・テクニックを試みる

 オオバヤシロ、十六歳。

 俺は詐欺師だ。

 他人を騙し、己の私腹を肥やす、穢れきった人間。それが、俺だ。


 ……俺のはずだ。


 いやいや!

 何を弱気になっているんだ。

 日本中をあっと驚かせた歴史的大事件を巻き起こしたこの俺が!

 ……騙してやる。見ていろよ、四十二区のお人好しども…………


「なんだい、随分と悪どい顔をしているじゃあないかい?」


 荒ぶる谷間をこれでもかと見せつけて、煙管をふかしつつ俺の前に現れたのは金型屋のキツネ人族ノーマだ。

 今日はこいつに頼んでおいたものが届く日なのだ。


「頼まれていたものを持ってきたけどさ、こんなに大量にどうするんだい? まさか、全部使うわけじゃないさね?」

「もちろんだ。そいつは売るんだよ」


 ドッサ……と、随分と重たい音を響かせて巨大な荷物が俺の目の前へと置かれる。

 ……こいつ、この重そうな荷物を左手一本で持ってたよな? 煙管ふかせて気楽な感じで……獣人族の腕力、半端ねぇな、マジで。


「食堂で刃物を販売なんかしてもいいのかい? 場合によっちゃ金物ギルドが黙っちゃいないよ?」


 金物ギルドに所属しているノーマにとって、勝手に金物の販売に参入されるのは気に入らないのだろう。

 だが。


「心配すんな。今回、一回限りのちょっとしたイベントだよ、領主の許可も、金物ギルドの了承も取ってある」

「そうなのかい? ならいいけどさ」


 ホッと息を漏らし、柔らかい表情で俺を見つめてくるノーマ。

 こうして見つめられると……ホント、凄い色気だな、この人。


「それで、今度はなんなんだい? また変な加工がされていたけど、何に使うものなんだい?」

「じゃあお前も見に来るか? これから大通りでこいつの使い方を説明してやる」

「大通りで? ここじゃなくてかい?」

「大通りでなきゃ意味がないんだよ」


 今回俺が試みるのは、『ザッツ・ノット・オール・テクニック』だ。

 まぁ、平たく言うと『付加価値商法』とでも言うかな?

 そのためには、その『付加価値』がいかに凄いものかを『共感』してくれる者が必要なのだ。そしてそれは多ければ多い方がいい。


 そんなわけで俺は、これから大通りで実演販売を行うのだ!


「へぇ、面白いことを考えるねぇ。それじゃあ、また見学させてもらおうかねぇ」

「おう、出来れば真ん前で見て、途中途中で『え~!?』とか『でも、お高いんでしょう?』とか言っててくれると最高だ」

「ん? よく分からないんだけど……なんだいそれは?」


 まぁ、そりゃそうだろうな。

 こいつにサクラをやってくれと言ったところで、イマイチピンと来ないだろう。とにかく、観客が一人いるだけでも効果はある。

 俺はノーマを連れて大通りへと向かった。

 ありがたいことに、重い荷物はノーマが軽々と運んでくれた。


 大通りに台を置き、その上にまな板、その上に太く立派なキュウリをドンと載せる。


「さぁさぁ、右や左のお客さん! お暇とお時間のある方はちょっと寄って見てっておくれ!」


 声を張り上げ、行き交う群衆の注目を集める。

 程よく人が集まってきたところで、俺は今回ご紹介する素晴らしい逸品を取り出す。


「ご覧ください、この包丁!」


 それは、ノーマに大量生産してもらった鋳造の包丁だ。安物だ。はっきり言って最初数回まともに切れればそれで十分というレベルの、百均にも劣るしょぼいクオリティだ。

 この街にある、鍛造の素晴らしい包丁に比べればオモチャも同然だ。

 だが、この包丁には、一つ大きな特徴があった。


 この包丁の刃には、直径1センチほどの丸い穴が七つ並べてあけられている。

 こいつが、かの有名な『キュウリを切ってもくっつかない!』穴あき包丁だっ!


「みなさん、切ったキュウリが包丁に張りついて困ったことありませんか? でも、この包丁なら…………さぁ、お立ち会い! どういうことになるのか、その目で、とくとご覧あれ!」


 俺は、キュウリをまな板に寝かせると、キュウリを「ストトトトトトトッ!」と輪切りにしていった。芸術的な薄さのキュウリのスライスが、包丁に張りつくことなく、綺麗に出来上がっていく。

「おぉーっ!」と、観客から声が上がる。

 これこれ! こういうの待ってた!


「いかがです!? こんな包丁、見たことありますか!?」


 手を止め、前を向くと、観客から盛大な拍手が湧き起こった。

 すげぇ、好感触。


「さぁ、どうですか、ご家庭に一本!?」

「でも、お高いんでしょ~ぅ?」


 いいタイミングで、ノーマが素晴らしい発言をする。

 こいつは出来る女だ! 一目見た時から只者じゃないと思っていたぜ!

 ノーマは、この包丁の原価がどれだけ安いかを知っている。つまり、今の発言は俺を後押しするために発せられたのだ。


 ふふふふふ……では、耳の穴かっぽじってよ~っく聞きやがれ!

 この包丁は……


「一本、500Rbだ!」


 ざわめき……どよめき……

 観客の表情が一瞬で曇った。


 高い! そう思っているのだろう。

 そう! 高いのだ! ふざけるなというほどに高い!

 だが、それでいい!

 難色を示せば示すほど、それを覆した時の俺の達成感は凄いものになる。カタルシスってヤツは、抑圧の後に感じられるものだからな。


 500Rbは高い。でも、あれだけ切れる包丁なら、それも致し方ないか……でも、高いよなぁ……と、そういうレベルの金額設定だ。

 観客の心に迷いが生じている。

 そこで、俺は秘密兵器を取り出す!


「今お買い上げの方には、この、陽だまり亭プレゼンツ、ミニ食品サンプル(焼き鮭ストラップ)が付いてきます!」

「「おぉーっ!」」


 付加価値だ。

 祭り以降、陽だまり亭の食品サンプルはにわかに話題になっている。

 食品サンプルを見に来るだけのヤツもいるくらいだ。

 その食品サンプルのミニチュア版を、俺がせっせと作っておいたのだ!

 ちょっとした紐を取り付け、カバンにぶら下げられるようにしてある。

 陽だまり亭の看板メニュー、焼き鮭定食の鮭の切り身をモデルにした焼き鮭ストラップ。これが今、包丁一本購入でもれなく一つ付いてくるのだ!


 ザワリ……と、観客の心が揺れたのを感じた。

 この包丁も焼き鮭ストラップも、原価は大したことがない。500Rbで売れればウハウハ状態だ。そんなに高級な物でも、品質のいい物でもないからな。

 にもかかわらず、観客たちは購入に心を傾けている。

 その要因となっているのは、『無料で』付いてくる焼き鮭ストラップだ。

 別にどうしても欲しいわけではない。でも、もらえるならもらっておきたい。そんな心理が働いているのだ。


 さぁ、もうひと押しでこいつらは全員、品質の良くない安物の、実際使っているとすぐにキュウリがくっつくようになるこの包丁を、500Rbという高値で買い漁るのだ!

 詐欺師なう!

 俺はやはり、根っからの詐欺師なのだ!


 さぁ、お前ら! どんどん俺にカモられろっ!


 ――と、俺のボルテージがマックスに到達しかけた時……そいつらは現れた。


「あいや待たれいっ! ヤシロ氏、しばしお待ちをっ!」

「ヤシロ様っ! どうして一声おかけくださらなかったのですか!?」

「英雄様! 微力ながら、僕たちも助力に参りましたよ!」


 蝋細工師のベッコに、トウモロコシ農家のヤップロック一家、そして、レンガ職人セロンと花の研究家ウェンディだ。

 ……こいつらには、とある一つの共通点がある…………


「「「「ヤシロ親衛隊っ! ここに見参っ!」」」」


 揃いも揃って、俺の…………『信者』なのだ。


「ヤシロ氏だけに身銭を切らせるわけにはいかぬでござる!」

「そうですとも! ヤシロ様は我らの神も同然のお方……ここで我らが立ち上がらなければ、我らは一体なんのために生まれてきたというのでしょうか!?」

「英雄様の素晴らしい発明品を広く世に伝えるために、僕たちも一肌脱ぎますよっ! なぁ、ウェンディ!」

「もちろんです! 私はこの、光る粉を改良した『光を反射するパウダー』を進呈いたします! これをお化粧道具に混ぜるだけで、女性の美しさが飛躍的に向上する画期的アイテムです!」


 ウェンディがそんなことを言いながら、パール系アイシャドウみたいな輝きを放つパウダーの入った小瓶を大量に積み上げる。

 女性の間から悲鳴に近い歓声が上がる。


「では拙者は、いぶし銀な蝋細工を。ロウソクの芯を内部にしまい、その周りを飾り切りした蝋細工で覆った、蝋製の行燈でござる。火を灯せば、壁に美しい影を映し出す……それを眺めて飲む酒はまた格別でござる」


 オッサンどもの間から「ふむ……」と渋い声が漏れる。


「私どもは、ヤシロ様に伝授していただいたコーンスターチを使ったお菓子を持ってまいりました! 『ラムネ菓子』という、ヤシロ様の故郷のお菓子で、なんとも美味、なんとも不思議な食感が癖になること請け合いです!」


 子供たちが一斉によだれを垂らす。


「最後に、レンガ工房から、レンガで出来た花瓶を」

「って! それお前んとこの主力商品になるヤツだろうが!?」


 セロンの発明したレンガ花瓶は、光るレンガと並んで凄まじい注目度で、今後の主力の片翼を担う商品だ。……それを、オマケで付けるのか? こんな安物の包丁にか!?


「ヤシロ氏のためと思えば――」

「ヤシロ様が起こしてくださった奇跡の前では――」

「「英雄様に受けたご恩に比べれば――」」

「「「「こんなもの、どうということはありません」」」で、ござる」


 ……ア、アホがいる。アホが、いっぱいいる。


「その包丁売ってくれ!」

「こっちにも!」

「私も!」

「ワシにもじゃ!」


 当然のように、包丁は飛ぶように売れた。オマケ目当てで。

 つか、包丁の方がオマケになっちまっている。


 なにせ、包丁500Rb(オマケ付き)のはずが、そのオマケだけで優に500Rbを越える価値があるのだ。そりゃ売れるわ。

 包丁は、……というか、ヤシロ信者たちの作品セット(包丁付き)は、あっという間に完売し、子供たちはラムネを頬張り歓喜し、女たちはパールのメイクを瞼に塗ってうっとりし、オッサンどもは飾り蝋行燈を手に今夜の酒を心待ちにニヤニヤしている。


 ……違う。

 こんなの、俺が求めていたものとは、全然違うんだ……


「この『ラムネ菓子』うめー!」

「毎日食いてー!」

「このメイク道具、定期購入したいわぁ」

「詳しい話を聞きましょう」

「この蝋行燈は香りもいいんだな……」

「素晴らしい腕前だ」

「こんな素敵な花瓶初めて……素敵……」

「そしてあのイケメンも……素敵……」


 なんだか、ヤツラの技術が高評価を博している。

 あ、向こうでなんか契約みたいなことしてる。新規顧客をこんなところで獲得しやがった。


「むむむ……ヤシロ氏をお助けするつもりが……」

「どういうわけか、ウチの評価が上がってしまいました……」

「英雄様と共にいると、私たちはいつも幸運に恵まれますね」

「あぁ。英雄様は、本当に素晴らしい人だ!」

「ヤシロ氏っ!」

「ヤシロ様っ!」

「「英雄様っ!」」

「「「「バンザーイッ! バンザーイッ!」」」」

「やめんか、アホの集団っ!」



 包丁は完売したが……結局また、俺は何もしていない……

 何もしていないのに……なんかヤシロ信者が微増しているのが怖い。



 というか今更気が付いたのだが……そもそもこの世界における『包丁』って、一般庶民にはあまり普及していないものだってジネットが言ってたっけ……



 どうやら俺は……初っ端から既に躓いていたらしい…………






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