挿話6 ヤシロ、ロー・ボール・テクニックを試みる
オオバヤシロ、十六歳。
俺は詐欺師だ。
他人を騙し、己の私腹を肥やす、穢れきった人間。それが、俺だ。
詐欺師はまずターゲットを慎重に選別する。
狙うのは、『自分だけは絶対騙されない』などと、中途半端な知識と自信を持っているヤツだ。そういうのが一番嵌めやすい。
「というわけで、ロレッタ。ハメさせろ」
「響きがエロいですよ、お兄ちゃん!?」
ロレッタは、意外と自信家であり、自分の力を的確に把握している。
その上、人の話はよく聞くし、相手の感情を読み取る術を持ち合わせている。
こういうヤツが、意外とあっさり引っかかったりするのだ。
「ロレッタ。ちょっと時間いいか?」
「ごめんです。今忙しいのでまた今度です」
…………フラれた。
「仕事と俺と、どっちが大事なのっ!?」
「どうしたですか、お兄ちゃん!?」
……いかん。相次ぐ詐欺行為の不発でちょっと心に余裕を失いかけている。
落ち着け俺。
相手はロレッタだ。『ロレッタ』と書いて『よくしゃべる賑やかなバカ』だ。
楽勝の相手だ。プロ野球選手が少年サッカーチームの補欠に書道で挑むようなものだ。
……意外と勝負が見えない……っ!?
「ロレッタ……お前、腕を上げたな……」
「お兄ちゃん、大丈夫です? ちょっと疲れてるですか?」
なんか、心配された。
残念な娘に残念な子を見るような目で見られてしまった。心外な。
「ロレッタさん。お待たせしました。……あ、ヤシロさん」
「どうしたんだ、ジネット。ロレッタと出かけるのか?」
ジネットは教会に行く時に羽織っている教会の紋章が入った外套を身に着けていた。法衣のようなものだ。
「実は、教会が大変なことになっていまして……」
ジネットの話では、ロレッタの弟妹たちを引き受けたことで、老朽化し尽くした廃屋寸前の教会が今まさに倒壊の危機に瀕しているのだそうだ。
「ウチの弟妹たち、元気が有り余り過ぎているですから……きっと柱とか壁とか蹴って回ってるです」
「いえ、単純に人数が増えれば建物にかかる負荷が増えますので、そのせいですよ」
「年長の弟妹たちに修繕させようとしたですが……結構大掛かりな修繕が必要になるみたいで……ちょっとお金がかかるです」
「そこで、弟さん妹さんたちが寄付を呼びかけているようなのですが……」
「……全然集まらないです…………」
つまり、教会を修繕する費用を募金で集めようと、そういうことらしい。
…………これは、使える!
「お前たちは運がいい! 実にラッキーだ!」
募金詐欺!
これほど俺に打ってつけのリハビリはないだろう。
募金詐欺ほど簡単で誰にでも出来る詐欺はない。
一番簡単なのは、スッゲェ美女に募金箱を持たせておくことだ。自然と金が集まる。
が、今回はちょっと高度なテクニックを使ってみようと思う。
「その金、俺が集めてやる! お前たちは仕事を続けているがいい!」
そう宣言して、俺は陽だまり亭を飛び出した。
目指すは教会。
弟妹たちが募金活動をしている場所だ。
今回は、『ロー・ボール・テクニック』を使用する。
こいつは、相手に対する不利な条件を隠しつつ、最初に承諾されやすい要求をのませ、その後ののみにくい要求を断れなくするテクニックだ。
具体的に言えば、凄く安いノートパソコンがあったとしよう。なんと、本体価格三万円だ。安い! これは買いだ! ……と、購入を決めた後で、使うにはまずOSを入れなければならず、ソフトも追加しなければならず、ネットに接続するための設定もしなければならないことを知らされる。それらオプションはすべて別料金となり、その費用が締めて十七万円。
しかし、一度購入を決めてしまった手前、今更断るのも気が引けるやらみっともないやらで、結局二十万もの大金を払うことに。もっといいパソコンがもっと安くあるというにもかかわらず……
――と、いうのが、『ロー・ボール・テクニック』だ。
これは随分とえげつない詐欺の手口だ。
なにせ、相手の良心に付け込んで『断るに断れない状況』に追い込むのだからな。
ふっふっふっ……全日本嫌われている職業堂々第一位の詐欺師に相応しい手口だ。
教会に着くと、ベルティーナとロレッタの弟妹たち、それから最初から教会にいたガキどもが募金箱を持って横一列に並んでいた。
……あれじゃあ、たかが知れてるだろうな。
祭りの影響で、教会の前にはチラホラと観光客らしき者たちの姿が見える。
精霊神に感謝を捧げる祭りを行った教会と、それを美しく演出した光るレンガを見に来ているようだ。
が、募金する者などほぼいないと言っていい。
当然だ。募金箱を持ってただ突っ立っているだけなのだから。
なんのための募金なのかを明示していなければ募金しようなどと思うはずもないし、そもそもあそこで行っているのが募金活動だということすら伝わっていないんじゃないかと思われる。
あいつらが頑張っていないとは決して言わないが、あれで頑張っているのだと言うのなら、その頑張りはすべて無駄だ。
「苦戦しているようだな。ベルティーナさん」
「あらあら。ヤシロさん」
俺を見て笑みを浮かべるベルティーナだが、募金の状況に話が及ぶと困ったように表情を曇らせた。
募金箱を揺らすとカタカタと音がしたので、小銭がいくつかは入っているようではあるが……修繕費には程遠いことだけは確かだ。
「みなさんの善意はとてもありがたいことなのですが……このペースでは、修繕が何年先になることか……」
ほふぅ……と、ため息を吐くベルティーナに教えてやりたい。
お前がスク水を着て大通りに立つだけで目標額は数日のうちに貯まるであろうことを。
……だが、今回は俺が一肌脱ぐとしよう。
「紙とペン。あと紙より一回り大きい板を用意してくれ」
俺の指示に、ガキんちょその1が反応し、教会へと駆けていく。
募金をする連中なんてのは、ベルティーナの言う通り善意によって行動しているのだ。
ならば、その善意を大いにくすぐってやればいい。
まずは、発揮しやすい善意を存分に発揮させてやる。
通りを眺めると、ちょうどこちらへ向かってくるオバサンがいた。小柄で髪の毛を上品に結い上げており、なんとも人がよさそうだ。詐欺師の大好物ドストライクな外見をしている。お人好しを具現化したような風貌だ。
ターゲットは決まった。
俺は最高に爽やかな笑みを浮かべてその小柄なオバサンに歩み寄っていく。
手には、先ほど持ってきてもらった紙とペンを持っている。板は、紙を置く台代わりだ。
「すみません。精霊教会です。少しお時間よろしいですか?」
「はいはい、何かしら?」
おっとりとした口調のマダムだ。
なんか、ニシンのパイとか焼きそうな雰囲気だな。
「実は、四十二区の教会の老朽化が酷くて……あそこにいる幼い子供たちの住む場所がなくなる危機に瀕しているのです」
「あら、まぁ……そうなの?」
教会の前にずらりと並ぶ幼い子供たちを見て、おっとりマダムは目を丸く見開く。なんとも同情的な表情だ。
「それで、教会の修繕を訴える署名にご協力いただきたいんですが……」
「えぇ、構いませんよ。それくらい、お安い御用です」
マダムは快く承諾し、俺から紙とペンを受け取るとさらさらと自分の名前を書き込んだ。
……マーゥル・エーリンね。
「それでですね、ミズ・エーリン」
「はい?」
急に名を呼ばれ、少々面食らった様子ではあったが、たった今自分で記名したことを思い出したのだろう、それ以上何かを言ってくることはなかった。
「申し訳ないのですが、少しだけでもいいので彼ら幼い子供のためにご寄付をお願い出来ませんか? お願いします、ミズ・エーリン」
これが、『ロー・ボール・テクニック』だ。
最初に、署名を承諾したことでミズ・エーリンはこの決断に責任が伴われたと考える。
一度引き受けたことを、途中で放り出せる者はそういない。
しかも、相手に自分の名を知られた時点で、俺はミズ・エーリンに対しただの他人より一歩近しい存在へと変わっている。知り合いに対し、酷い仕打ちは取りにくい。これが、『ロー・ボール・テクニック』が断りにくい所以だ。
まして、現在ミズ・エーリンを突き動かしているのは善意だ。善意で動く者は、他人の頼みを無碍には出来ない。
「どうか、お気持ちだけでも」
そう言われて、本当に気持ちしか払わずに立ち去れる者はいない。
少なくとも、10Rbなどとケチな額では済まない。
100……いや、1000Rbくらいはいけるか……
「修繕出来なければ、あの子たちが可哀想よね。これも精霊神様のお導きなのね…………いいわ。寄付してあげる。これで足りるかしら?」
そう言って、ミズ・エーリンが差し出してきたのは………………5万Rbっ!?
はぁ!?
なに、このオバサン!? 大金持ちなの!?
「え、いや……いいのか?」
思わず敬語を忘れてしまった。
だが仕方ないだろう。ポーンと5万Rbだぞ?
募金するような額じゃない!
「あの子たちに、どうか祝福がありますことを」
ミズ・エーリンはにこりと笑うと、そのまま歩いていってしまった。
俺、ポカーン……
と、それだけでは終わらなかった。
「おい聞いたか、今の?」
「あぁ。あんな小さい子たちを路頭に迷わせるわけにはいかねぇよな」
「俺たちが今日ここにいるのも精霊神様のお導きだ」
「よし! 俺も寄付するぜ!」
「俺も!」
「私もよ!」
その輪はあっという間に広がり、どこから聞きつけてきたのか大通りの方からも続々と人が集まってきて……募金額は凄まじいものになった。
少なく見積もっても、教会をまるごと建て直せることが出来るほどだ。いや、いっそのこと、子供が増えた分増設してもいいくらいだ。
「みなさん、ありがとうございます。みなさんに精霊神様のご加護がありますように」
ベルティーナが嬉しそうに礼を述べる。
その微笑みの美しさに、寄付をした男たちはとろけてしまいそうなニヤケ顔をさらす。
「ほわぁっ!? なんですか、これは!?」
背後から声がして、振り返る。そこには驚きをそのまま表情に表したロレッタとジネットがいた。
「仕事に区切りをつけてお手伝いにとやって来たですが…………必要なかったです?」
「いや……まぁ……」
俺も、何かをしたわけではないのだが……
「ヤシロさん。凄いですっ! たった数十分でこんなに…………やっぱり、やっぱりっ! ヤシロさんは凄い人ですっ!」
教会に集まる温かい支援を目の当たりにして、ジネットが目に涙を浮かべて喜ぶ。
盛大に持ち上げられた俺だが…………正直、微妙な気分だ。
確かに、ミズ・エーリンは『ロー・ボール・テクニック』でお金を出したのかもしれない……が、その後のことは一切ノータッチだ。俺は何もしていない。
なんなら、ミズ・エーリンなら、俺が何かをしなくても募金箱に大金をポンと放り込んだかもしれない……
成功したような、していないような……そんな微妙なモヤモヤを抱きつつ、俺はさらなる教訓を得た。
四十二区は、詐欺には向かない街だ。
……泣いたり、しないもん。
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