62話 蝋

 祭りの協賛を募る活動は、日中の営業時間を避け、朝夕に行われる。

 限られた時間内に効率よく回らなければいけないので、回り方一つとっても頭を使う。


「午後はどこを回ろうか……」

「お兄ちゃん。この通りですよ、パウラさんが言っていた、『目撃情報があった地区』は!」


 席に着き、地図を眺める俺の背後からロレッタが覗き込んでとある地区を指さす。

 おいおい。その付近には店はおろか職人の住まいもないだろう? っていうか、民家すらないそうじゃないか。

 そんなところに行っても得るものはないぞぉ~、まったくロレッタは、お茶目さんなんだから。はっはっはっは。


「飲食店以外も回るのかい?」


 朝は別行動を取っていたエステラも合流して、現在の状況と今後の方針を擦り合わせる。

 エステラの方も順調に協賛者を得ているようだ。了承が得られた箇所を青いインクで塗り潰していく。東西共に、青い部分が多くなった。


「祭りは人が集まるからな。イメルダやウーマロ伝いで四十区にもそれとなく話は広まっているようだし、集客は見込める。となれば、普段スポットを浴びない民芸品や職人の技なんかも売り出さなきゃ損だろう?」

「あ、あ! お兄ちゃん、ここを見るです、ここ! ここに呪術屋っていうのがあるですよ! 魔除けのお札とか買っていくですかね?」

「なるほど。確かに呪術屋の商品なんて、普段は見かけないもんね。そういうのを売り込むのかい?」

「あぁ。『こんな変なのも売ってるんだ』っていうのは、祭りの楽しみの一つでもあるんだ。俺もガキの頃、振ると『ペーッ!』って変な音が鳴る人形を買ってしまったことがある」

「何に使うのさ、そんなもの?」

「なんっっっっっっっっっっににも使えないぞ。ただただ『ペーッ!』って鳴るだけだ」

「いらないね、物凄く」

「だが、祭りではそういう変な物を買うのすら楽しい。思い出ってヤツだな」

「そんなもんなのかなぁ」


 エステラが眉根を寄せて苦笑を漏らし、背骨を伸ばすように上半身を反らせる。


「お茶、どうぞ」

「あっ。ありがとう、ジネットちゃん」


 いいタイミングでお茶を持ってきたジネットにエステラが向き直り礼を言う。

 俺もちょうど喉が渇いていたところだ。


「その『ペーッ』人形を売るんですか?」

「売らねぇよ。つか、売れねぇよ」

「わたしは欲しいですよ、『ペーッ』人形」


 そもそも、そんな名称の物は存在しないのだが……こいつならマジで買い集めそうだな…………つか、中庭の『アレ』、早くどうにかしたいんだけどな……

 まぁ、そのための秘策は既に用意してある。あとは、どうやって話を切り出し……どうやって納得させるか、だな…………


「お兄ちゃん! 人形なら、今話題沸騰中の、ボヤ~ッと光る女の『アレ』人形とかどうですか? 大ヒット間違いなしですよ!」

「『アレ』? ロレッタさん、『アレ』って、一体なんで……」

「そうだジネット! お前何か欲しいものはないか?」

「欲しいものですか?」


 危なく地雷を踏みそうになっていたジネットを強制的にこちら側へ引き込む。

 よく状況を見ろよジネット。お前が今しゃべりかけようとした女の顔……話したくてうずうずしてるだろ? そういう『話聞いて聞いてオーラ』を醸し出しているヤツはスルーするのが正しい対処法だ。


 ほ~ら、話が逸れて頬をパンパンに膨らませてんじゃねぇか。

 さすがハムスター人族。頬袋が大きいな。


「そうですねぇ……お花……があればいいなと、最近思うようになりました」

「花?」

「はい。お店の庭に綺麗なお花を植えて、来店されるお客様を気持ちよくお出迎え出来ないかと思いまして」

「ってことは、花壇だね。それなら、ここにレンガ職人が住んでるよ」


 エステラが地図の一角を指さしながら言う。

 …………おい、そこって……


「やや!? やややや!? お兄ちゃん、大変ですよ! レンガ職人さんのお住まいは『例のアレ』が目撃された付近です! これは何か運命的なものを感じるです!」


 エステラめ……目隠しで地雷原を歩くような危険な真似をしやがって。


「ロレッタさん。この辺りで何かあったんで……」

「でもジネット。どうして急に花なんてことを思いついたんだ? 何かきっかけがあるんじゃないか?」

「え? あ、はい。実は先日イメルダさんが来店されまして」


 危ない危ない。

 ジネットは優しいから、全身にダイナマイトを括りつけて地雷原でオクラホマミキサを一人で踊り狂っているようなヤツ相手でも近付いていってしまうのだ。

 俺が阻止してやらねば。


「ヤシロさんがいないことに少々落ち込んでらっしゃいましたよ」

「へぇ~、随分と気に入られているようだね。あのお嬢様に」

「俺に言うなよ」


 エステラに冷たい視線を向けられるが、俺にとってはいわれのないことだ。

 気に入ったのは向こうの勝手だし、そもそも気に入られているかどうかなんて分かりゃしないのだ。


「それで、代わりにわたしがお話させてもらったのですが」


 な?

 結局誰かに構ってほしいだけなんだよ、あいつは。

 木こりギルドの木こりたちのような完全イエスマンじゃない誰かにな。


「イメルダさんは、その美貌から数多の男性に贈り物をされてきたとかで、花束なんて部屋が森になるほどいただいたそうなんです」


 そりゃすげぇな。そのまま自然へ帰ればいいのに。

 つか、女に花束贈る男ってどうかしてんじゃねぇのか?

 あんな腹の足しにもならない、二、三日でダメになっちゃうようなヤツ。しかも高いし。

「これ、君のために」「まぁ、素敵」ってか? けっ! カァー……ッペ!


「それで、森になるのは少し困りますが、店先に綺麗なお花が咲いていれば、お客さんの目を楽しませてくれるのではないかと思いまして」

「店先にお花が咲いていて、『綺麗だな』って視線を向けると……視線の隅に不気味な人影が立っていて…………とかいう噂が立てば、もっと人が来るかもですね!」


 イメルダの自慢話からよくそんなピュアな発想にたどり着いたものだ。

 イメルダも、さぞ自慢のし甲斐がなかったことだろう。

 ジネットには羨望はあっても妬みが皆無だからな。自慢したがりの人間にとっては面白くない話し相手に違いない。


 あぁ、俺たちの視界の中にいちいち割り込んでくるハムスター娘は無視でOKだ。


「確かに素敵だよね、花に囲まれたお店って」

「やっぱり、そう思いますか?」

「思うです思うです! ……でも、もう一味スパイスが欲しい時は…………視界の隅に黒い影なんかが……」

「手入れが大変なんじゃないのか?」

「わたし、植物のお世話って好きですよ」


 まぁ、ジネットならそうかもな。


 と、エステラが何か意味深な笑みを浮かべて俺を見てくる。……なんだよ、その目は?

 そしてジネットに向き直るなり、こんなことをのたまった。


「お店が繁盛すれば、ジネットちゃんにも花束を持ってくる男が出てくるかもね。ジネットちゃん、可愛いし」


 そんなことを言いながら、チラリと俺に視線を向ける。

 ……なんだ? 何が言いたいんだ?

 言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろうが、こら。


「そ、そんな。わたしなんて、全然ですから……」

「いやいや。見ていると癒されるし、ご飯は美味しいし、気は利くし……見る目のある男ならすぐに見初められちゃうんじゃないかなぁ」

「見る目…………見える目……そう、その人は見たですよ…………闇に蠢く黒い影を……」

「もしそうなったら、花を買う金が浮くな。経営に優しい男だ。どんどん貢ぐがいい」


 そんな話で俺がどうこうなると思ったか?

 何がしたいんだ、エステラよ。

 十代の若者なら、そんな一言で動揺もするかもしれないが……あいにく俺は…………あ、今は十代か。


 とにかく、ジネットが誰かに言い寄られたところで、俺がどうこうすることもない。

 そんなもんは、ジネット自身がどうするか決めればいいだけの話であって………………


 なんかムカつくな、この話。


「そんなことよりも祭りだ、祭り。祭りで売る物の話をしてるんだよ。祭りで花なんか売れるか!」

「すみません。わたしが余計なことを言ってしまったせいで、話が脱線してしまって」

「いやいや、店長さん。脱線することは悪いことではありません。気を付けなければいけないのは、行く宛てを見失ってフラフラとさまよい歩く…………そう、浮かばれない影のような存在が……」

「いやいや、ジネット。お前に話を振ったのは俺だから、それは別にいいんだよ。謝ることじゃない」


 頭を下げるジネットに、俺は気にするなと伝える。

 悪いのは、くだらないイタズラ心でおかしな方向へ話を導いた赤髪のぺったんこ貴族と、……諦めの悪いハムスター娘だけだ。


「ごめんね、ジネットちゃん。冗談のつもりだったんだけど」

「いいえ。お気になさらないでください」

「気になると言えば、あたし今、凄く気になることがあるです。何かと言うと、黒い影が……」

「それでエステラ。そのレンガ職人ってのは花壇を作ってるのか?」

「そうだよ。四十二区唯一のレンガ職人さんでね、いい品を作っているんだ。ウチの花壇もそこのレンガを使っているんだけど、やっぱり本物は違うよね」

「本物……そう、確かにその女性は見たです。目の前に、確かに存在した、黒い影をっ!」

「そんなに腕がいいなら、噂くらい耳にしてもよさそうなもんだけどな……」

「おっ! 噂ですか!? お兄ちゃん、いいキーワードを口にしたです! そうです! 噂ですよ、噂! 噂の究明に……」

「四十二区で、花壇にまでお金をかけられる人って少ないからね。需要が少な過ぎるんだよ」

「それって、遠回しに自慢してないか、この小金持ち」

「そんなつもりはないよ。……今は凄く貧乏だしね」


 と、しくしくとすすり泣くエステラ。

 その後ろで耳を澄ませるジェスチャーをするロレッタ。


「ややっ! ……どこかからすすり泣く女の声が聞こえるです……」


 それエステラだから。

 お前の目の前にいるから。


「なら、そのレンガ職人にも出店してもらおうかな」

「祭りでレンガを売るのかい?」

「売れなくても、現物を見てもらうだけでも宣伝になるだろう。いいものは広めないとな」


 それがゆくゆく、四十二区の税収を支えることになる。……かも、しれない。


「広めると言えば、今巷で広まっている噂が……」

「それじゃあ、レンガ職人にも会いに行った方がいいね。どうする? ボクが行っておこうか?」

「はいっ! はいです、はい! あたしが! あたしとお兄ちゃんが行くです! この地区一帯をたっぷりじっくりねっとりと調べ尽くしてくるです!」

「……ロレッタ、君…………挫けないよね」


 あ~ぁ、絡んじゃった。

 そいつの存在を認めた時点でお前の負けだぜ、エステラ。


「それじゃあ、張り切って調べるですよ、お兄ちゃん! おぉ、奇しくも時間は夕方! 光る影が目撃された時間が迫ってくる頃合いじゃないですか!? ジャストタイミングですっ!」

「……あの、ヤシロさん? ロレッタさんはなんの話をされているのでしょうか?」

「くだらない噂話だ。気にしなくていい」

「そうなのですか?」

「やや!? 店長さん、気になるですか!? 気になっちゃったですか!? ではお聞き願うです、闇夜に浮かぶ怪しい光……そしてその中に佇む黒い影のような女の話を……」

「ひっ!? あ…………あの、わたし…………ちょっと、用事を思い出しまして…………」


 ジネットも怖い話は得意ではないらしい。

 よし! これは使える!


「こら、ロレッタ。『店長を』怖がらせるような真似はやめろ! この店で一番尊重されるべき『店長を』怖がらせるような行為はな!」

「……ヤシロ。自分が怖いからって、それをジネットちゃんのせいにしてないかい?」


 はっはっはっ、何を言うんだいエステラ君。

 俺が怖がっているとでも言うのかい?

 幽霊なんて枯れ尾花であり、寝ぼけた人の見間違いであり、一部の胡散臭い自称霊能力者の金儲けのための作り話に過ぎないというのに。


「もう! どうして誰も聞いてくれないです!? あたし、話したいですのに!」


 お前が話したかろうが、こっちは一切聞きたくねぇんだよ!

 空気読めよ! 察しろ!


「おやおや、何やら賑やかでござるな」

「あ、ベッコさん。こんにちは」


 ベッコが来店し、すぐさまジネットが接客に向かう。

 そんなジネットに軽く挨拶を済ませ、ベッコはすぐさま俺のもとへとやって来た。


「聞きましたぞ、ヤシロ氏。また面白いことをなさるおつもりだとか」

「あぁ、そういやお前んとこには言ってなかったな。事後報告で問題ないと思ってたから」

「思っていてもいいでござるが、面と向かって言われるとちょっとショックでござるぞ!?」

「あぁ、ごめん。なんか、ぞんざいな扱いでもいいのかなって思ってるからさぁ」

「いや、だから! 今しがた申し上げたでござるが、思っていてもいいでござるが……っ!」

「あ、そうそう。ロウソク大量にくれ」

「頼み方すらぞんざいになったでござるな!? いや、ヤシロ氏の頼みとあらば提供することもやぶさかではござらんけども!」


 よしよし。これでロウソクも確保出来たと。


「イメルダが暗いと文句を垂れていたからな。出来ればあの通りにはずっとロウソクを置いておきたいんだ。外灯代わりに灯篭って感じでさ」


 そうすれば、道も多少は明るくなるだろう。


「いや、さすがにずっとは無理でござるよ。ロウソクが足りなくなるでござる」

「……え?」


 いや、だって、お前……


「余りまくってるって言ったじゃん!?」

「余りまくってはいるでござるが、毎晩使えばすぐになくなるでござる! 『あの通り』とは、ヤシロ氏の言う街道予定地でござろう? あれだけの距離に点々と設置するとなれば、数ヶ月と持たずに在庫がなくなるでござるよ!」


 ……マ、マジでか?

 いや、モーマットのとこの野菜がぽこぽこ収穫されてるから、蜜蝋も毎日わんさか取れるんだとばかり……………………マズいな。イメルダには「ロウソクがあるから暗くないだろ?」って説得するつもりだったのに…………


「しかし、祭りの日を盛大に彩る程度は用意出来るでござる。これでもかというほどに美しいロウソクの灯りを皆に堪能してもらうでござる」


 …………祭りの日限定か………………そこで必要以上に派手な演出をして、テンション上げさせて、その場のノリで支部の場所を了承させてしまうか? 「ほら、こんなに明るいだろ!?」って、そこだけを重点的に推して…………どうせ目先の派手さにしか意識が向いていないだろうし、それで押し切れるかな……うん、いけそうだ。だってイメルダ、結構アホの娘だもんな。


 ……あ、アホの娘といえば。


「なぁ、アホの娘ぉ」

「酷いです、ヤシロさん!?」

「誰がアホの娘だい!?」

「お兄ちゃん、言い過ぎです!」


 おぉっと……自覚のあるヤツが三人もいたか……


「えっと……ジネット」

「やっぱりわたしなんですか!? 酷いです、ヤシロさん!」

「ほっ……ボクじゃなかったのか」

「勘違いです。早とちっちゃったです」


 安堵する二人のアホの娘。


「今ベッコが言ったように、祭りの日には大量のロウソクを使って盛大に明かりを灯す予定だ」

「はい。楽しみです」

「で、さっきベッコが言ったように、ロウソクは無限にあるわけじゃない」

「そうですね。大切に使わないといけませんね」

「つまり、ベッコが言うにはだな……」

「なんだか、ヤシロ氏……拙者に何かを押しつけようとしていないでござるか?」


 えぇい、余計な勘繰りを入れるな。

 お前は黙って「そうでござる、ヤシロ氏の言う通りでござる」とか言ってりゃいいんだよ。

 …………黙ってたら言えないじゃん!? 矛盾したござるヤロウだな、こいつは。


「ベッコ、それは勘違いだ。気のせいだ」

「そうでござるか? 何か嫌な予感がするでござるが……」

「『嫌な予感がする』?」

「え……あ、う、うむ。そうでござる」

「『勘違いだと言われているのに、なんだか嫌な予感がする』のか?」

「い、いかにも……」

「『なんだかよく分からないけれど、な~んか嫌ぁ~な予感がする』わけだな?」

「…………な、なんでござるか、この感じは?」

「キュピーン! ござるさん! 嫌な予感しちゃってるですか!?」


 よしっ! ロレッタセンサーに引っかかったな、ベッコ!

 というわけで、お前は生贄だ。ロレッタとしばらく話していなさい。


「ささささっ! ござるさん!」

「ぬぉっ!? ロ、ロレッタ氏!? な、なんでござるか急に!?」

「嫌な予感といえば、……こんな話があるですよ…………実は、ある女性が夜中……」


 よし、今のうちに。


「ジネット、向こうで怪談が始まったから、ちょっと場所を移そう」

「は、はい。そうですね。わたし、怖い話は苦手ですので」


 そうして、ロレッタとベッコを残し、俺たちは席を移動する。


「で、さっきの続きだが」

「はい」


 離れた席に座り直し、俺の対面に座ったジネットに話を振る。

 ジネットの隣に腰を下ろしたエステラが疑うような眼差しを向けてくるが、今は放っておく。


「ロウソクは貴重だ。無駄には出来ない」

「はい。そう思います」

「そして、無駄にしてしまったものがあれば、それを再利用することこそが、環境的にも、また貧困にあえぐ四十二区の領主の懐的にも優しい、素晴らしい方策であると、俺はこのように思うわけだ」

「……は、はい? えっと…………つまりは?」

「俺の蝋像を溶かして、祭り用のロウソクにリサイクルする」

「ふぇぇぇえええええええっ!?」


 思わず立ち上がり、ジネット、絶叫。

 ……いや、そんなにか?


「……ビ、ビックリしたでござる……」

「て、店長さん……物凄くいいタイミングで絶叫とか…………あたしまで驚いちゃったです……」


 なんか、向こうの席で二次被害が起きているようだが、今はどうでもいい。


「落ち着けジネット。元々、あの像はベッコの持ち物だ。今はここに保管してあるけど、ヤツが必要とするならば返却しなければいけない」

「そ…………それはそう、なんでしょうが………………溶かしちゃうなんて……」


 放心したように、ジネットがストンと椅子に腰を落とす。

 真っ白に燃え尽きている。


「あんなに……可愛いのに…………」


 そこんとこがいまだに理解出来ないんだが……


「これも、祭りを盛り上げて、四十二区のみんなに楽しんでもらうためだ。俺たちの個人的な理由で、貴重な蝋を独占するのは……それは、ちょっと違うんじゃないかって、俺は思うんだ」

「…………そう、ですね」

「なぁ、ジネット。確かに物には思い出が宿る。お前があの蝋像を大切にしているのも知っている。…………でもな、四十二区のみんなが、たった一日とはいえ、心の底から笑い合える日がある。それって素晴らしいことだと思わないか?」

「…………それは…………とても、素晴らしいことだと思います」

「その、みんなの笑顔のために…………俺たちも協力をしてやろうじゃないか。な?」

「………………はい。分かりました」

「ジネットなら、きっと分かってくれると思っていたZE☆」

「……ねぇ、ヤシロ。いつまでその気持ち悪いしゃべり方続ける気なんだい?」


 エステラがジト目で俺を見つめる。

 おいおい、そんな目で見るなよ。

 折角ジネットが納得してくれたんだからよ。


 どれ、景気よく口笛でも吹いて誤魔化そうかとしたところで、エステラがおもむろに立ち上がり、俺の隣に回り込んでくる。

 耳元で、やや棘のある声を発する。


「要するに、自分の蝋像を、それっぽい理由をつけて廃棄したかっただけなんだろう?」


 はっはっはっ。何を言ってるんだいエステラさん。

 当たり前じゃねぇか!

 あんな、気持ち悪いほど俺にそっくりな蝋像が二十七体も中庭に並んでんだぞ?

 毎日中庭を通るたびに憂鬱になっていたんだ。最近は中庭で飼っているニワトリも朝に鳴かなくなった。きっと蝋像によるストレスが原因だ。そうに違いない。

 あんな忌まわしいものはさっさと廃棄してしまうに限るのだ!


「じゃあ、今日中にでもマグダに運んでもらおう」

「そういえば、マグダはどこに行ったんだい? 今日は姿を見ていないけど」

「……ポップコーンを売ってきていた」

「ぅひゃあっ!?」


 タイミングよく背後に現れたマグダに驚いて、エステラが奇声を上げる。


「……エ、エステラ氏…………これまた絶妙のタイミングでの悲鳴……心臓が止まるかと思ったでござる……」

「わ、わざとやってるですか……みんなして……」


 またしても向こうの席で二次被害があったようだが……当然無視だ。


「……話は聞いていた。蝋像を運び出す」

「いつからいたんだよ、お前は」

「……ヤシロが、『マグダがいないと張り合い出ないんだよなぁ』と言っていたところあたりから」

「あれぇ、おかしいなぁ。俺の脳内メモリーには該当するフレーズが存在していないようだぞ」


 こいつは、真顔でギャグをかましてくるから扱いにくい。


「……中庭が広くなることは好ましい。…………少し、残念ではあるけど」


 …………それもギャグ、だよな?


「つうわけで、ベッコ! あの蝋像持って帰ってロウソクに作り替えてくれ」

「なぬっ!? あれらを全部拙者一人で持って帰るのでござるか!?」

「……マグダが手伝う」

「おぉ、それはかたじけない。では、さっそく」

「あ…………黒い影が……」

「ぎゃあああああっ!」

「ぷーくすくすっ! ござるさんの顔、面白過ぎです!」


 なに遊んでんだ、あいつらは?


 まぁ、なんにせよ、上手く俺の懸案事項を一つ解決出来たわけだ。

 よしよし。


「ヤシロ……」


 満足感に酔いしれる俺の脇腹を小突いて、エステラがアゴをクイッと動かす。

 その先には、ズドーンとへこんだジネットが立っていた。


「…………仕方、ないですよね…………頭では分かっているんですが…………あぁ、でも…………」


 おぉう……想像以上に落ち込んでいる。


「な、なぁ……ジネット?」

「……わたし、わがままでしたね。そもそも、いただいたものでもないのに……わたしが勝手に愛着を持ってしまっていただけ、ですからね…………」


 かける言葉が見つかりません……


 グイッと顔を寄せ、エステラが小声で俺を責める。


「……どうする気だい?」

「……どうするって」

「……このまま放置しておくつもりじゃないだろうね?」

「……俺になんとかしろってのかよ?」

「……祭りは、四十二区のみんなが心から笑顔になれるんだろ? 自分で言ったんじゃないか」

「…………分かったよ」


 まぁ、ジネットの元気がないのは、俺も嫌だからな。

 ………………あ、違うぞ。あくまで、営業利益的にな? 食堂の空気が重くなると客にもそれが伝わるから、客足が遠のく恐れがあるわけで……つまりその…………

 えぇい、まどろっこしい!

 俺は誰に言い訳をしてるんだ。


 ジネットの元気を取り戻してやればいいんだろ!?

 それで文句ないんだろ!?

 やってやろうじゃねぇか!


 …………本当は、こいつは使いたくなかったんだがな……出来ることなら、人目に触れず、ずっとしまっておきたかったのだが…………しょうがない。


「ジネット」

「…………はい?」

「あの蝋像の代わり…………に、なるかどうかは知らんが、こんなものを作ってみた」


 俺は、腰にぶら下げたかばんから『ジネットの機嫌を一発で直す秘密兵器』を取り出す。

 こんな日がいつ来てもいいように、肌身離さず持ち歩いていたのだ。


「わぁ……っ!」


 ソレを見た瞬間。ジネットの大きな瞳がキラキラと輝き出した。


「か………………可愛いですっ!」


 そして、テーブルに置かれた、高さ10センチ程度のソレを食い入るように見つめる。

 しゃがみ込み、テーブルに両手をちょこんとかけて、覗き込むようにガン見する。


「ち、小さいヤシロさんです!」

「……ちょっと頭が大き過ぎないかい?」

「2.5頭身のディフォルメサイズだ」

「可愛いです! 大きな頭も、小さな体も……みんな可愛いです!」


 ついには手に取り、様々な角度からソレ――俺のディフォルメフィギュアを眺め尽くす。

 日本でも様々な種類が製造されていた2.5頭身フィギュアの模倣だ。…………自分で自分のフィギュアを作る日が来るとは思わなかったけどな…………そして、それを日々肌身離さず持ち歩かなければいけなかった我が身の侘しさよ……


「……マグダも欲しい」

「ん? マグダのもあるぞ」

「……っ!?」


 マグダの耳が「ぴんっ!」と立ち、尻尾が「ぎゅぴーんっ!」と伸びる。

 ……そんなに嬉しいのかよ?


「ほら、マグダ2.5頭身バージョンだ」


 俺はカバンからマグダのフィギュアを取り出す。可愛く出来ている自信がある。


「…………そういうことじゃない」


 あれ? マグダの耳と尻尾が「てれってれっドーン……」みたいな感じで垂れてしまった。

 気に入らなかったのか?


「……でも、可愛い」


 でもないようだ。

 よく分からないヤツだ。


「もしかして、みなさんの分があるんですか?」


 ジネットが、今にも踊り出しそうな勢いで尋ねてくる。


「あぁ。とりあえず近しい人間の物は作った」


 言いながら、俺はジネットにエステラ、ロレッタのフィギュアを取り出し、テーブルへと並べた。


「可愛いですー!」


 ジネットが、踊り出した。

 ……本当に踊り出しちゃった。


「これで、もう寂しくないな?」

「はい! ありがとうございます、ヤシロさん!」

「部屋にでも飾っとけ」

「食堂に飾ります」

「『部屋に』飾っとけ、な?」

「は、はい……部屋に、飾ります」


 こんなクソ恥ずかしいもん、大衆の目にさらせるか。


「……マグダにも、一式」

「ボ、ボクもちょっと欲しいかな」

「お兄ちゃん! あたしにもくださいです!」

「ヤだよ、メンドクサイ! これ作るのにどんだけ時間かかったと思ってんだよ!?」

「……じゃあ、蝋像は運ばない」

「そうだね。お祭りを開催する通りに点々と並べてやればいいよ」

「ついでに、とっておきの怖い話を枕元で聞かせるです」

「お前ら、鬼か!?」


 俺はやるべきことが山のようにあるんだよ!

 こんなもん作ってる暇は…………


「そうだ! ベッコ、これを模倣出来るか?」

「お安い御用でござる!」

「……でかした」

「褒めて遣わすよ」

「ござるさん、大儀です!」

「おぉう……揃いも揃って上から目線で褒められたでござる……」


 まぁ、なんにしても、ジネットの機嫌が直ってよかった。

 ベッコにあれこれ細かい注文をつける三人娘をよそに、ジネットは俺と自分のフィギュアを手に持ち、愛おしそうに眺めている。


「気に入ったか?」

「はい。とても」


 嬉しそうに微笑む。

 これで、何日かかかった作業の苦労も報われるってもんだ。

 折角なので、とっておきの情報を提供してやろう。


「そのジネットのフィギュアな」

「はい」

「スカートの中までちゃんと再現してあるから、パンツを覗いて楽しめるぞ」

「何してるんですかっ!?」

「パンツはちゃんと、スケスケの勝負パンツにしておいたからな!」

「もぅ! 懺悔してくださいっ!」


 ジネットの声が響き、街は静かに暮れていった。






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