60話 新たな企み
「それはとても素晴らしいことだと思います」
明くる日。
俺とジネットは教会での朝食が終わった後でベルティーナに昨日思いついた計画を話した。
大通りから延びる教会までの通りを使い精霊神を祭るイベントを行うという件だ。
当然、今ここにはエステラもいて、一緒に話を聞いている。
「精霊神様の伝承にこのようなものがあります――かつて人間界に降臨された精霊神様は……」
長いので要約すると、精霊神が人間界に降りてきて、夜に怯える人間に灯りをプレゼントしたことがある、という話だった。
「その影響で、年に数度、昼の時間が長くなる日があるのですよ」
まぁ、夏至だろうな。
季節のめぐりが出鱈目なこの世界では、夏至が定まった時期に来ないらしい。
けどまぁ、原理は夏至と同じだろう。
……この世界のこの惑星、軸がふらふら揺れて定まってないんじゃないか?
…………そもそも、ここが惑星かどうかも怪しいけどな。
「んじゃあ、太陽の恵みに感謝して、街のみんなで精霊神に灯りを返すってのでどうだ?」
「街の東西から教会へ灯りが集まってくるのですか? それはなんとも素敵な催しですね」
その光景を想像したのか、ベルティーナは絵画のような整った微笑みを浮かべた、
夜に火の灯ったロウソクを持った行列が教会を目指し、東西から同時に行進してくるのだ。
そう。東西だ。
教会を中心とし、大通りのある東側と、街門建設予定地の西側――正確には西南だが――から行列がやって来て、教会前で合流するのだ。
こうでもしておかないと、大通りから教会までの区間でしか祭りが開催されないことになる。
……今回の祭りは、半分くらいイメルダを説得するために行われるようなものなのだ。木こりギルド支部の建設予定地を大いに盛り上げなければ意味がない。
なので、行列は東西から教会を目指すということにしたのだ。
「この区間は道沿いにずっとロウソクが灯されるのかい?」
俺が描いた街道予定地の図を見ながらエステラが言う。
「随分長いけど、そんなにロウソクが用意出来るの?」
「ベッコに協力を要請する。大量に余っていると言っていたし、なんとかなるだろう」
「う~ん……でも、そういうお祭りをやるとなると、予算が…………」
最近、金のことばかり口にするようになったエステラが、また眉間にシワを寄せている。
「お前は、金か胸の話しかしないな」
「うるさいなっ! その二つがボクにとって深刻で重大な悩みなんだよ! ………………胸の話はしてないよね!?」
口に出さなくても分かる。
俺には、分かっているからな。
一人で悩むな。いつでも相談に乗るぞ。……半笑いで。
「金の面なら問題ない。協賛を募る」
「きょうさん?」
平たく言えば、スポンサーのようなものだ。
「四十二区内にある店やギルドに頼んで、出資してもらうんだ。もちろん見返りも用意する」
まずは、道沿いに並べる燭台に企業名を彫る。
金を出せば出すほど、その企業名がズラリと並ぶわけだ。宣伝効果は抜群だ。
『新築、リフォーム、ガーデニングまで、お洒落な住まいをご提供! トルベック工務店』――みたいな、な。
日本の祭りでは、提灯に名前が入れられ、神社にドドーンと飾られていたりする。まぁ、アレは、地域への貢献とお布施の意味合いが強いけどな。
「でも、宣伝だけでそんなにお金が集まるかな?」
「精霊教会の方でも寄付を募ればいい。宗教は信者の財布の紐を緩める力があるからな」
「ヤシロさん……それは少し、聞こえがよろしくないかと……」
敬虔なアルヴィスタンのジネットが苦笑を漏らす。
だが、事実だ。
信仰心がなければ、怪しい壺に五十万とか出すわけがない。
あ、ライブのグッズなんかもその類かもしれないな。「よくよく考えたらもっと安いだろこれ」みたいな物を結構いいお値段で買ってしまうのは、好きなアーティストに対するお布施のようなものだ。
「それから、こいつが一番の収入源なんだが……出店を出そうと思う」
「出店……? 屋台のようなものかい?」
察しのいいエステラは語感だけでほぼ正解へとたどり着く。
屋台と違うのは、移動しないってことだな。
「飲食店の経営者連中に出張販売をしてもらう。美味い物を食いながら、酒でもかっくらって、綺麗な灯りの行進を眺めるんだ。…………盛り上がるぞ、これは」
少々割高な料金でも、祭りの空気にあてられてついつい買ってしまうのだ。
普段そんなに粉物を食べないヤツでも、たこ焼きお好み焼き広島焼きと、何軒もはしごしてしまう、それが祭りマジックなのだ。
「非常に素晴らしいと思いますっ!」
ベルティーナが物凄い勢いで食いついてきた。
……近い! ウザイ! よだれ出てる!
「精霊神様のお祭りということは、教会関係者には、それらの食べ物が無償で与えられると、そう解釈して間違いないですよね!?」
「大間違いだよ! どんだけ都合のいい解釈してんだ!?」
「寄付ということにはなりませんか!?」
「食いたきゃ金を出せ!」
つうか、こいつには祭りの中で集まる灯りを受け取る役割があるので、そうそう食っていられないと思うけどな。
「………………あるのに食べられないのは、とても悲しいことです……」
「あぁ、もう! 拗ねるな!」
ここでベルティーナがへそを曲げたら、この祭り自体が中止になりかねない。
しょうがない! まったくもってしょうがないヤツだ!
今回だけだからな!
「陽だまり亭の物なら、祭りの時だけ無償で食っていいことにしてやるから!」
「あぁ、あなたに精霊神様の加護があらんことを……」
精霊神も、食い物の代金代わりに使われたらさすがに怒るんじゃねぇか?
「くすくす……」
俺の隣で、ジネットが笑いを零す。
「なんだよ?」
「いえ……なんでも」
「気になるだろ」
「分からないのかい、ヤシロ?」
言いにくそうにしているジネットの向こうで、エステラが俺にウィンクを寄越してくる。
「つまりアレだよ。なんだかんだと言いながらも、ヤシロは結構甘いってことさ。ね、ジネットちゃん」
「はい」
エステラが訳知り顔で言い、ジネットがそれに同意する。
……けっ、別に甘やかしてるわけじゃねぇや。
「なんだか、子煩悩なお父さんみたいですね」
嬉しそうに言うジネット。
対する俺は全身鳥肌が立っていた。
誰がお父さんか……
「では、お祭りの日はお父様におねだりするとしましょうか」
「やめろ、年齢不詳エルフ」
確実にお前の方が年上だから。
とにかく、祭りの大元となる教会の了承は得られた。
あとは協賛を募り、人を集めなければ。
……『仕込み』が必要だな。
ロウソクを持って行進する者たちの練習や、出店初体験となるこの街の連中にトラブルを未然に防ぐ方法や起こりやすい事故などをあらかじめ知らせて、円滑に祭りが執り行われるよう作法やマナーをレクチャーしてやらねば。
色々とルールを決めておいた方が円滑に進むのだ。
実行委員会を組織して祭りに慣れさせるのも手だな。そうすれば、年に何回か祭りが出来るかもしれない。上手くいけば、区外から客を呼べるようになるだろう。外貨……ではないが、区内に人と金が流入するのはありがたい。
「エステラ。主だった人物をリストアップしてくれないか? 直接交渉して実行委員に引き摺り込みたい」
「相変わらず表現が粗野ではあるけど……まぁ、目論みは正しいだろうね。予め発言力のある人物を引き込んでおけば、後々のトラブルをある程度防ぐことが出来るからね」
「ウチからは、ジネットを出す」
「ぅええっ!?」
奇声を上げ、ジネットが立ち上がる。
「ヤ、ヤシロさんじゃないんですか!?」
「俺は実行委員長を引き受けるつもりだ。実行委員長と陽だまり亭代表を兼任すると角が立つかもしれないだろ?」
ただでさえ祭りの場所が陽だまり亭のそばなのだ。不公平だと訴える声が上がるのは想像に難くない。
だからこそのジネットだ。
俺はあくまで『実行委員長』として意見を出す。あれこれと強引に決めてしまうこともあるだろう。
そんな折り、もし不満が陽だまり亭に向いた場合…………対応するのがこのジネットだ。まぁ、大方の人間は毒気を抜かれてしまうことだろう。
だって、ジネットだし。
誰かに文句を言われても、「ぽや~ん」として「ふわぁ~」っとして「困りましたねぇ~」とか言っているのだ。誰がこいつの前で怒りを持続させられるというのだろうか。
「わ、わたしに務まるでしょうか、そんな大役が……」
「街を代表するわけじゃない。お前は陽だまり亭の代表だ。普段通りでいいんだよ」
「そう、なんですか?」
「あぁ。いつもみたいににこにこ笑って、十分に一回くらいおっぱいを『ぷるん』とさせていればいい」
「それくらいでしたら…………わたし、いつもそんなことしてませんよっ!?」
いつもそうしていてくれたらいいのになぁという、俺のささやかな願望だ。
「四十二区の西側代表としてモーマット、東側代表はエステラ、お前に頼みたい」
「同じ区でも東西で生活環境や収入差が大きいからね。ある程度の意見をまとめてから双方ですり合わせれば、余計な摩擦は減らせるだろうね。分かった。引き受けるよ」
説明をしなくても、こちらの意図するところを汲み取ってくれる。エステラは本当に頭の回転が速い。……そこでカロリー消費してるから胸に栄養が行ってないんじゃないだろうか?
「それから、ニュータウン代表でロレッタを参加させたい」
「ニュータウンは西側には含まれないのかい?」
「あそこは新しく出来たばかりだからな。これを機に過去のあれこれを払拭し、新たな名所に出来ればと思っているんだ。イメルダが気に入った宿もあるし、観光地に出来れば税収も増えるぞ」
「なるほどね。古くからいる発言権のある者たちの沽券も尊重しつつ、新しい風も吹かせるわけだね」
「この祭り自体が今誕生したばかりなんだ。古いだけでも、新参の勢いだけでも上手くはいかない。それらを上手く融合させることが重要なんだ」
昔気質の職人しかいない街は廃れていく。
かと言って、なんでもかんでも新しく、便利に変えればいいというわけでもない。
過去を尊重し、その上で新しい技術へと昇華する。
文化とは、そういうものなのだ。
「ベッコとウーマロたちにはフル稼働してもらうことになるから、マグダWith妹たちの『つるぺたシスターズ』を応援団として活動を支えてもらう」
「……なんだい、そのいかがわしさしか漂わないネーミングは?」
「なんだ、エステラ。入りたいのか?」
「入りたくないよっ!」
「加入には、とある厳しい規定があってそれをクリアしなければ………………合格だ、エステラ!」
「胸を見ながら言うんじゃないよ!」
まぁ、エステラには山ほど仕事があるから、他人の応援などしている暇はない。
エステラには、梃入れ時期に二期生として加入してもらうことになりそうだ。
…………祭りのテーマソングとか作るか?
いや、でも、ギターもないしな。今回は諦めるか。
「なんだか、凄く大事になってきましたね」
企画の芽が出る瞬間を目の当たりにしていたジネットが、どんどん加速していく規模の拡大に戸惑いを覗かせる。
企画立案から準備段階の間というのは、だいたいこんなものだ。
やりたいことをあれこれと詰め込み、それらがどこまで可能で、どこから切り捨てるか、こいつは経験が物を言うのだが、その見極めが難しい。しかし、一度波に乗ってしまえば企画は一気に加速しノーストップで走り抜けていくのだ。
体力の限界を気力でカバーするようになってからが本番だ。まだまだこんなもんじゃない。もっともっと加速していくのだ。
この祭りは絶対に成功させる。
イメルダを納得させるには、ちょっとやそっとの感動ではダメなのだ。
直感に訴えかけるような、揺るぎない『楽しさ』がそこになければ、きっとあのお嬢様は納得しない。
見下していた四十二区。それが想像をはるかに超える変貌を見せ、己の価値観を揺さぶられた高揚感。そんなテンションで宿泊したウーマロ自慢の最高級の宿。
そんなものが入り混じって、相乗効果で天井知らずなまでに高評価をつけたのだろう。
その評価を上回らなければいけないのだ。上書きしてしまう必要があるのだ。
中途半端じゃいられない。
やるならとことんだ。
そして、イメルダを納得させ、木こりギルドの支部と街門を街の西南に建設させる。
そこまで行ってようやく街道が作られるのだ。
すべては、俺の利益のために!
揺るがないぜ、俺は。
やると言ったらやるのだ。
この祭り、絶対成功させて、ガッポガッポ儲けてやるからなぁ!
見てろよ!? ガッポガッポだからな! 笑いが止まらなくなるんだからな!
「な、なんだかヤシロさんがとても燃えています! 凄いやる気ですっ!」
「……な~んか、ヤシロがこういう顔をすると裏がありそうなんだよねぇ…………」
「そんなことないですよ。きっとヤシロさんは、この四十二区をよくしたい一心で行動されているんですよ」
「ヤシロが……?」
「もしかしたら! 精霊神様の素晴らしさ、尊さに気付かれて、アルヴィスタンとして開眼されて……っ!」
「それはない。うん。それだけはないよ、ジネットちゃん」
エステラが言いたい放題だが、概ね当たっているので反論はしない。
ふん。裏も何も、俺は最初から陽だまり亭の前に街道を通すことだけを考えて行動してるんだっつの。
パスタも売れるようになったしな。
俺の目論みはだいたい上手くいく。ふはは、才能が怖いぜ。ふふん。
「ヤシロさん。もしわたしにお手伝い出来ることがあれば、なんでも言ってくださいね」
妙な勘違いを信じきっているような顔で、ジネットが俺にグイッと詰め寄ってくる。
胸の前で手を組み、まるで俺を拝むかのような格好で。
「わたしに出来ることでしたら、どんなことでも協力させていただきますので!」
この無防備な顔……この笑顔は親しい者の前でしか見せないと、エステラは言っていた。
……親しいね。
ならいつか頼んでみるかな。
実は俺、女の子とお祭り行くのが夢だったんだよな。
そう言ったら、こいつは付き合ってくれるだろうか。
あぁ、そうだ。
さっきの自分の考えを少し訂正しておきたい。
陽だまり亭の前に街道を通すことだけを考えて行動していたと言ったが……
商売柄、四十二区内であっても遠出が出来ないジネット。
なら、楽しいものを近くに持ってきてやれば、こいつも楽しいのではないか……
そんな企みが俺の心の隅っこで確かに燻っていた。っていうのは、否定出来ない。
だから、陽だまり亭の前に街道を通すこと『だけ』ってのは無しで。
「それじゃあ、さっそく実行委員に入ってくれそうな人のところを回ろうか」
「あぁ。ジネット。俺とロレッタが抜けるが、店は大丈夫そうか?」
「はい。妹さんたちがお手伝いをしてくださいますので、なんとかなりますよ。マグダさんも、今日は狩りがありませんし」
そいつはよかった。
これから祭りまでの間は、街全体が忙しくなるだろう。
ジネットたちにも迷惑をかけてしまうことになるだろうが……でも大丈夫だろう。
ジネットなら、その忙しさまでもを「楽しい」と言ってくれるに違いないからだ。
文化祭の前の忙しさって楽しいだろ?
あれと同じだ。
夜の学校に泊まり込んで、それこそ徹夜で準備をしたりして――あの楽しさを味わえる数少ない機会なのだ。
折角なので、俺も楽しんでしまおうと思う。
そうでもなきゃ、実行委員長なんて面倒くさいことやってられないからな。
「よぉしっ! それじゃあ、これから祭りまで、全力で駆け回るぜ!」
「はい!」
「ほどほどに願いたいね」
「今から楽しみです、出店…………精霊神様に感謝を示すお祭りが」
「おい、そこの本音ぽろりエルフ」
「精霊神様に感謝を示すお祭りが」
「二回言っても誤魔化せないからな?」
「精霊神様に感謝を示すお祭りが、とても、楽しみです」
「……出店はやっぱり無し、って言ったら?」
「中止です」
「精霊神が食い物に負けてんじゃねぇかっ!?」
「もう、シスターは……ダメですよ?」
すちゃらかなシスターを諌めるようにジネットが言い、エステラは呆れた様子ながらもその光景に頬を緩ませる。
俺もつられて笑い、俺たちの企画は動き出した。
これから始まる大きなプロジェクトにテンションが上がり…………俺は失念していた。
文化祭になぞらえて今の状況を説明したわけだが…………
夜の校舎は何も楽しいことだけではないことを……
それこそ、文化祭なんて行事がない時はそっちの噂しか耳にしないってことを……
そんなところまでなぞらえる必要はないってのに…………
俺は、祭りの準備を進める最中、巻き込まれてしまうことになるのだ……
幽霊騒動なんて、ふざけたものに……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます