57話 木こりギルドの視察・前編

 豪華な馬車が三台連なって、四十二区へと入ってくる。

 先日俺とエステラが通ったショートカットコースではなく、四十一区を通過する広い街道を通ってだ。


 馬車はそのまま領主の館へと通される。

 広い庭も、デカい馬車が三台も並べば手狭になる。この先は使用人がキャリッジハウスという倉庫のような馬車用の駐車場に馬車を運び、馬は領主の馬屋で休養を取らせることになる。


 んで、俺はというと、普段より少しいい仕立ての服を着たエステラといつもの給仕服姿のナタリアの隣に並びその馬車を出迎えている。


 まず先頭を走っていた威風堂々たる馬車の扉が開かれる。


「ようこそ、四十二区へ」


 エステラが恭しく礼をし、歓迎の言葉を述べる。

 俺も一応頭だけは下げておく。


「出迎え感謝する。ところで四十二区に入った途端、揺れが少なくなったのは何か理由があるのか?」


 挨拶もそこそこに、そんな質問をぶつけてきたのはスチュアート・ハビエル。四十区に拠点を構える木こりギルドのギルド長だ。

 グリズリーのようにデカい巨体が馬車から降りてくる。同乗したお付きの者たちはさぞ狭い思いをしたことだろう。


「木こりギルドの支部が出来れば、重い木材の行き来が増えると思いまして、道を整備させました」

「なるほど。確かに頑丈で平らだ」


 地面を踏みしめるハビエル。遠目で見れば大怪獣が暴れているようにしか見えない。

 ギャース、ギャース! ……ほら、違和感がない。

 つか、四十区のデコボコ道と比較するなと言いたい。まずは自分のとこの道をなんとかしろ。


「まったく……遠いですわ」


 ハビエルとは別の、とりわけ豪華な造りをした馬車から姿を現したのは、「これから迎賓館で舞踏会でもあるのか?」と聞きたくなるような煌びやかなドレスを身に纏ったお嬢様、イメルダ・ハビエルだ。

 己の父親が絶賛している道路のことなど歯牙にもかけず、値踏みするような視線を周囲に向ける。


「何もありませんわね」


 田舎の無人駅を出た時の第一声ランキングでトップ3に入りそうなセリフを吐きながら、イメルダは扇子を開いた。

 クジャクの羽をあしらった扇面の大きな扇子で、煽ぐと羽がゆらゆらと優雅に揺れる。

 ……ザ・お嬢様だな、ホント。


「日差しが強い気がしますわ。田舎だからですわね、きっと」


 そんなわけあるか。

 四十区と変わらんわ。


 とはいえ、今日は朝から突き抜けるような快晴で、太陽もやけに張り切って光を降り注がせている。


「日焼けをしそうですわ」


 その言葉が合図だったのだろう。

 三台目の、「大きさ最優先!」と言わんばかりのやや低グレードの馬車から、ガタイのいい男たちがドドドと五人飛び降りてきて、一斉にイメルダの頭上に手をかざし太陽光を遮った。


「ありがとう、みなさん」

「「「「「いえっ! これくらいっ!」」」」」


 ……あぁ、アホの集団なんだな。


 筋肉ムキムキの大男五人に囲まれてる方が暑苦しかろうに。

 あいつら、あの姿勢で四十二区を回るつもりなのか?

 やめてほしいなぁ……四十二区の品位が落ちるから。

 なんつうか……『かごめかごめ~筋肉バージョン~』みたいで、見ていて見苦しい。


「おい、イメルダ」


 わざわざ四十二区にまで足を運んでくれたお嬢様に、俺からささやかな贈り物でもしてやろうと名を呼んだら……『かごめかごめ~筋肉バージョン~』に取り囲まれた。

 暑いっ! そしてなんか臭いっ!


「お嬢様を呼び捨てにするたぁ、いい度胸だなぁ、もやしっ子?」

「手斧のサビにされてぇのか、もやしっ子?」


 メッチャ怖い顔で睨まれてるんですけどぉ……!


「みなさん、おやめなさい」

「「「「「しかし、お嬢様っ!?」」」」」

「おやめなさい!」

「「「「「はいっ! お嬢様っ!」」」」」


 イメルダの一声で、『かごめかごめ~筋肉バージョン~』は俺から離れ、再びイメルダの周りに集結する。

 なに、あいつら。ファンネルとかビットとか、そういう類の物なの? 衛星のように本体を中心とした特定の軌道上をオートで回遊して外敵を排除するシステムでも組み込まれてるのか?


 そんな、暑苦しいオプションを侍らせて、涼しい顔でイメルダが俺に笑みを向ける。


「お久しぶりですわね、えっと…………何シロさんでしたっけ?」


 俺に向けられたイメルダの顔に、ドSな笑みが浮かんでいく。

 ……こいつ、わざと言ってやがるな。


「タシロだ」

「ヤシロさんでしたわよね!? ワタクシの記憶力をお舐めにならないことね!」


 ほらみろ、やっぱ覚えてんじゃん。


「それで、ワタクシに何か御用ですの?」

「あぁ。時間を作ってくれた礼に、いい物をプレゼントしようと思ってな」

「あら、随分と殊勝ですこと。ですが、そんなことで視察の採点は甘くなりませんことよ?」

「そんなつもりはねぇよ。なにせ、甘くしてもらう必要なんか全然ねぇからな」

「……凄い自信ですわね」

「自信がなきゃ、わざわざ呼びつけたりしねぇよ」

「そうですの…………楽しみにしていますわ」


 このお嬢様の性格が、俺の読み通りであるならば……今回の視察は確実に成功する。

 そのためのテストも兼ねて、このプレゼントを受け取った時の反応を見させてもらおう。


「じゃあ、これを受け取ってくれ」

「なんですの、この黒い物は? 言っておきますが、ワタクシクラスになると、数多の殿方より名立たる名品逸品をいただいておりますの。つまらないものでしたら受け取りを拒否いたしますわよ?」

「好きにしろよ。いらなきゃ捨てればいい」

「……あなたって、随分と自信家ですのね」

「だから、自信がなきゃわざわざ呼びつけたりしないって言ってんだろ?」


 名指しでこのプレゼントをくれてやると言っているんだ。喜ばれる自信がなきゃするわけがない。


「拝見しましょう」

「中ほどに紐があるだろう? それを外してくれ」


 俺の言う通り、イメルダは本体を留めている紐を解く。

 といっても、紐の片方は本体に縫いつけてあり、もう片方はボタンで簡単に留めてあるだけなので簡単に広げられる。


「なんだかヒラヒラとしていますわね?」

「そうしたら、持ち手の上にある筒状のパーツを先端に向けて押し上げてくれ」

「こう……ですの?」


 イメルダが力を込めると、俺の渡したプレゼントは「バッ!」という音と共に半球状に開いた。


「これは…………」

「日傘って道具だ。太陽の日差しを優雅に遮ってくれる」


 そう、俺がプレゼントしたのは、黒い布で作った日傘だ。

 女性の手に馴染むように細く、軽く作ってある。

 小間という傘の本体とも言うべき布にはレース編みが施されており、差す者に美しい模様の影を落とす。更にそのレース部分を邪魔しない程度にフリルがあしらわれており、見る者の目を楽しませる。


「…………綺麗」


 イメルダはその日傘が気に入ったのか、くるくると回しては覗き込んだり、差してみたりと、使用感を確認するように日傘を弄ぶ。


「……………………はっ!?」


 ぽ~っと、日傘の落とす影に見惚れていたイメルダは、不意に自分の置かれている状況を思い出したかのように背筋を伸ばし、精一杯厳めしい表情を作って素っ気なく言う。


「な、なかなかのものですわね。よろしいですわ。いただいて差し上げます」


 ……素直じゃねぇ。

 が、口元がふにゃふにゃ緩んでいるところを見ると、相当気に入ったようだ。

 まぁ、俺も自信があったから予想通りといえば予想通りだがな。


 なにせ、ジネットにエステラ、マグダとロレッタも日傘を甚く気に入ってくれていたしな。

 ベルティーナとレジーナも喜んでいたし、日傘はこっちの世界でも女性に人気が出ると確信していた。

 店員はともかく、ベルティーナとレジーナにまでプレゼントしたのにはちょっとした下心があってのことだ。

 ベルティーナは、今後街道を作る際に協力を頼みたいのだ。精霊教会の信者どもに対し「教会へ行こう!」とはっぱをかけることで街道の必要性を訴えられる。その時に教会でミサなりバザーなり、とにかくなんでもいいからイベントをしてもらうつもりだ。

 そして、レジーナにはとある物を作ってもらった。こいつの有無、そして精度が今回の視察の結果を大きく左右するため、レジーナにも日傘を贈ったのだ。

 ……まぁ、どちらも賄賂のようなものだ。


 必要経費というやつかな。


「ところで、この『日傘』というものは、四十二区で販売しているものですの?」

「いや。それは今日、この日のために作った、世界にたった一つしかないものだ」

「世界に、たった一つ…………そう…………そうですの」


 イメルダが日傘をくるりと回転させ、そして自身も反転し背中を向けた。

 ふふふ……喜んでる喜んでる。お嬢様もちょろいよのぅ。


「……ちょっと、ヤシロ!」


 隣に立つエステラが俺の脇を小突き、小声で話しかけている。


「何が世界に一つだよ。ボクたちみんな持ってるじゃないか。ナタリアの分も作ってるんだろ?」

「あぁ。いざという時に俺の身を守ってくれるという契約の見返りにな」

「全然一つじゃないじゃないか! バレたらカエルにされるかもしれないよ!?」

「嘘なんか吐いてねぇよ。あの日傘は、この視察を成功させるために作ったものだし、今のところ販売はしてないし、みんな柄や色が違うんだから同じものなんか一つもない。世界にたった一つの日傘だろうが」

「……ただし、『日傘が一つしかない』とは言っていない、かい?」

「そういうことだ」

「……ボク、今後ヤシロと会話する時は十分言葉の意味に注意して話すようにするよ」

「それはいい心がけだな。そうしておけば、誰かに騙されるリスクは凄く減る。……ん?」

「え、なに?」


 俺はエステラの顔をまじまじと見つめ、そっとアゴを撫でる。


「おでこになんか付いてるぞ?」

「えっ、ホントッ!?」


 と、エステラは俺の動きにつられてアゴを両手で押さえた。


「それはアゴだ。バカめ」

「……はっ!?」


 騙されないと言った直後にこれだ。まだまだ脇が甘いな。


「ヤシロォ……っ!?」

「お前がいかに騙されやすいかを示して見せてやったんだ。感謝してくれよな」

「………………視察が終わったら、覚えてろよ」


 断言してやる。

 視察が終わる頃には、『お前の方が』すっかり忘れているだろうよ。


 しかしだ。日傘の反応は上々だ。

 こいつはいい傾向だな。


「ナタリア」

「なんでしょう?」

「陽だまり亭に行って、計画通り進めると伝えてくれ」

「了解いたしました。部下に伝言させましょう」


 ナタリアが一礼し、館のそばに控えていた使用人に合図を送る。

 少し離れたところで指示を出すナタリア。

 こちらの計画は順調に進んでいく。


「手応えありだね」

「一番の不安材料だったからな」


 イメルダの性格がどの程度ひねくれているのか……それが唯一の不確定要素だった。

 最初から認める気などなく、重箱の隅をつつくようないちゃもんや難癖をとにかくぶつけてくるようなら話はそこで終了。交渉ではなく、もっと乱暴な戦略でこちらの条件をのませるしかないと思っていたところだ。……例えば、木こりギルドの乗っ取りとかな……


 だが、イメルダはあくまで公平に四十二区を視察するつもりのようだ。

 本人の性格も、ちょっとヒネているだけで極悪というわけではなさそうだ。素直になれない意地っ張り。所謂、ツンデレなのだろう。……デレるかどうかは、知りようもないけどな。


 日傘を気に入ったことからも、いいものはいいと判断するつもりがあるようだ。

 ならば、俺の組み立てた計画で上手くいくはずだ。


「……だが、気は抜けないな」

「当然だよ。……ヤシロ、頑張ろうね」


 そっと手を差し出してくるエステラ。

 握手は成功した時まで取っておこうぜ。


 なので、俺はエステラの頭を二度ぽんぽんと叩いてやる。


「……こ、子供扱いかい?」

「大人扱いで胸や尻をまさぐった方がよかったか?」

「それをしていたらナイフを突き刺していたところだよ」


 視察前に刺殺されてはシャレにならん。

 自重しよう。


「それで、まずはどちらに向かうのかしら?」


 日傘を差し、ご機嫌のイメルダが俺に問いかける。

 ……俺じゃなくて、エステラに聞いてくれよ。俺はあくまでサポートなんだからな。

 あと、『かごめかごめ筋肉ズ』のメンバーが俺のことスッゲェ睨んでるんだけど……お前ら『かごめかごめ~筋肉バージョン~』やっていたかったのかよ……このクソ暑いのに。


「イメルダさん、暑くはないですか?」

「平気ですわ。日傘もありますし」

「俺は暑い」

「君は我慢だ。男だろう?」

「男でも暑いもんは暑いわい……ったく、視察に行った時は少し肌寒いくらいだと思ったのにな」

「天気は日々変わるものだよ」

「変わり過ぎなんだよ。俺のいた国はな、もっとこう、緩やかに気候とか気温とかが変わっていくんだよ。日替わりで春や夏がやって来ては敵わん」


 ちょっと前まで常春だと思って喜んでいたのに……

 こりゃ、真冬並みの寒さもあるんだろうな…………今から憂鬱になるぜ。


「では、まずは大通りをご覧いただきましょう」


 エステラが先頭に立ち、視察団は領主の館をぞろぞろと出発する。

 一団を先導するエステラの本日の服装はスマートなパンツルックだ。パッと見は憎悪を抱きそうなイケメンに見える。

 隣に美人メイドを従えているから金持ちのイケメンに見える。

 よかったなエステラ、俺が知り合いで。

 もしまったくの他人だったら…………大通りで傷害事件が発生していたところだぞ。


 さて、そんなイケメンがエスコートしているのが、見ている分には非常に麗しい深窓のお嬢様然としたイメルダだ。

 何も知らない者が見れば、どっかの貴族が美しい貴族の娘を娶るのだと思うことだろう。

 ……なんか不愉快な光景だな。


「ヤシロさん。大通りにはどんな仕掛けがしてあるんですの?」


 不意にイメルダがこちらを振り向き、好奇心に満ちた瞳をきらりと輝かせる。

 遊園地に連れてきてもらった子供のような顔だ。


「仕掛け?」

「あら? ワタクシを楽しませる自信がおありなんでしょう? ただ街を見ておしまい……ではつまらないわ」

「はは……まぁ、乞うご期待ってことで」

「期待? 四十二区にこのワタクシが? 面白い冗談ですわね」


 …………この女…………ついさっきまで日傘に夢中だったくせに。

 どこかわくわくした感じは感じられるものの、やはり『所詮四十二区』というスタンスに変わりはないようだ。


 いいだろう。

 ならば、徹底的にもてなしてやろうじゃねぇか。

 見せてやるぜ、エンターテイメントってヤツをな!


「こちらが大通りです」


 四十二区の大通り、パウラのいるカンタルチカやウクリネスのいる服屋などが並ぶメインストリートだ。

 今日も今日とて、人で賑わっている。

 時刻は昼過ぎ。昼食が終わり一休みを挟んでそろそろ午後の仕事にかかろうかという時間帯。

 この通りは休憩前とはまた違った賑わいを見せる。

 仕事終わりの酒が美味くなるように、残り半日頑張ろう! ……そんな目に見えないエネルギーが溢れ出してくる。


 俺は割とこの空気が好きだ。


「ふむ、これだけ店が密集していながらにおいが気にならないな……」


 ハビエルが鼻をヒクつかせる。

 店は、不特定多数の者が出入りする場所だ。飲食店などは特に出入りが激しい。

 そんな不特定多数の人間がいる場所には、切っても切り離せない問題がある。

 トイレだ。

 多くの人間がいるということは、その分排泄物も増える。飲食店が多ければ尚のこと『もよおす』ことも多くなる。

 そうなれば当然その付近には悪臭が漂うことになる。

 そうさせないために色々対策は立てるのだが、どうしてもにおいは漏れてしまう。


 そんな悪臭が、現在の四十二区に一切ないのだ。


「これが下水の力です」


 感心するハビエルに、エステラが説明を始める。

 四十二区のトイレは、みんな下水処理がなされている。

 悪臭を放つ汚物は、すべてが浄水施設へと流れていき、そこで浄化されて海へと出て行く。

 そのおかげで、街の中に漂う美味そうな匂いを堪能出来るのだ。


「なんだか、いい香りが致しますわね……」


 いやしくも、真っ先に匂いに気付いたのはイメルダだった。


「本当だ……なんだこの匂いは?」

「お父様、あそこからですわ!」


 イメルダが指さした先には……


「いらっしゃいー!」

「四十二区の美味いもんー!」

「美味いよー!」


 陽だまり亭二号店。タコスの屋台だ。


「こりゃ、堪らんなぁ……」

「げ……ロリコン?」

「匂いの方じゃい!」


 ハビエルがマジ切れして俺を睨みつける。

 いや、何もそこまで切れなくても。軽いジョークのつもりで……ちょ、近い近い近いっ! 

 ハビエルが俺の襟首を捕まえ顔をグッと近付けて、怒気のこもった声で囁く。俺にしか聞こえないであろう小声で。


「……娘の前でそういうことをバラすなっ!」


 あ、そういうことね。父親としての威厳が…………………………って!? 『バラすな』ってことは、お前っ!?


「しぃー! だぞ!」


 ……お茶目さんか。

 デカい図体して、なぁ~にが「しぃー!」だ。


「可愛らしい服を着ていますのね」


 イメルダが妹たちに声をかけている。

 さすがのお嬢様も、幼く純真な妹たちに敵意を向けるようなことはなく、子供に目線を合わせてくれている。


「お兄ちゃんが作ってくれたのー!」

「新作制服ー!」

「帽子がオシャレー!」


 今回、美しいもの好きのイメルダが視察に来るということで、この大通りは徹底的に『美しく』仕上げてある。

 道の清掃はもちろん、ここにいる人物には見栄えのいい衣装を支給し、本日いっぱいの着用を義務づけてある。当然、費用と命令は領主から出ている。

 服屋のウクリネスと会議に会議を重ね、統一感のある服装を大量に作成した。

 コンセプトは、夢の国。……あ、千葉の方じゃなくて、ワンダーなドリーム的な感じでな。


 その一環として、妹たちはオモチャの兵隊のような格好をしている。

 クラウンの高い円筒形の帽子を被り、イングランドの兵隊を思わせるようなピシッとした制服を、ちょっと可愛らしくアレンジしたものを着せてある。

 我ながらいい出来だと思う。


「けれど、どうして男のような制服なんですの? スカートとか、もっと可愛くすればよろしかったのでは?」


 はぁ~……これだから…………イメルダ、お前は何も分かっていない!


「男物を着ている女の子は可愛いだろうが」

「…………は?」


 うっわ、こいつ! マジで理解してやがらねぇ!?


 男物のYシャツに、男物の学ラン! そして、男物の海水パンツっ!

 そんな服装の女の子は可愛いやろがぃ!?

 特に海パン! もちろん、『のみ』でね!


「そ、そんな風に思ってたんだ…………ふぅ~ん」


 と、なんでか全く関係ないところでエステラが照れている。

 いやいや。お前のは男装だろうが。そうじゃなくてな? 「今だけちょっと借りるね」的なさ、で、「ぶかぶかぁ~」的なな? そういうのが必要なんだよ!


「しかし、堪らん匂いだな! ひとついただいて行こうか」


 ハビエルが妹たちに近付いていく。


「逃げろ、妹たち! クマがお前らを食べに来たぞ!」

「きゃー!」

「食べられるー!」

「それもまた人生?」

「諦めるべき?」

「いや、ここは逃げるべき!」

「逃げるー!」

「ちょっ!? 違う違う違うっ! 違うぞ、少女たちよ! ワシはお前らを食ったりは……っ!」


 クモの子を散らすように逃げていく妹たちに、ハビエルが必死に語りかける。

 残念だなハビエル。お前の思惑通りにはさせらんねぇんだよ。


「どういうつもりだ、貴様っ!?」

「いやいやいや! 顔怖い顔怖い顔怖い! とりあえず話を聞けって!」


 妹たちに逃げられて怒り心頭に発するハビエル。

 だが、落ち着け。ここでタコスを食わせないのにも理由がある。


「視察が終わった後、キンキンに冷えたビールと最高の料理を堪能してもらう予定なんだ! ここで食っちまったら仕事終わりのビールの味が落ちるぞ!?」

「うっ…………それも……そうか……」


 意外と素直で助かるな、ここの親子は。


 ギルド長が納得した以上、構成員である木こりたちもそれに従わざるを得ないだろう。

 カンタルチカなどをチラチラと横目で見ながらも、何も口にすることはなく、視察は続行された。ただ、いい匂いだけを存分に嗅ぎながら。


 それから、大通りをぶらっと見て回り四十二区内の栄えぶりを見てもらう。

 その際、あちこちの店からいい匂いが漂ってきては、木こりたちの胃袋を刺激していたようだ。


 若干殺気のようなものすら感じさせる木こりたち。

 腹が減った時に人間はかくも危険なものだ。


 だが、切り札が陽だまり亭にある以上、こいつらに今ここで飯を食わせるわけにはいかないのだ。


「さぁ、次は街の西側を見てもらおうか」


 そう言いながら、俺はいつもの帰り道に足を踏み入れる。

 そう、大通りから陽だまり亭へと向かう路地だ。


「これだけお腹を空かせたところにジネットちゃんの手料理だと、みんなイチコロだろうね」


 今後の流れを知っているエステラがくすくすと俺に耳打ちをする。

 空腹時の美味い飯は、戦争を止めてしまうほどの威力があると言われる。


 けれど、それだけでは弱いのだ。

 特に、イメルダ。このお嬢様は美味い飯ぐらいではなびかない。

 もしそれで陥落するなら、前回の弁当で落ちているはずなのだ。

 一筋縄ではいかない。そういう相手なんだよ、あのお嬢様は。



 だからこそ、俺は秘策を用意したのだ。

 エステラにも教えていない、とっておきをな。



 しばらく歩くと、見慣れた食堂がその姿を見せる。

 さぁ、いよいよ正念場だ。空腹の野獣どもを満足させるとともに、繊細なお嬢様の琴線に触れるサプライズ。

 とくと味わうがいい!


 陽だまり亭の前に、ジネットが立っている。

 俺たちを見つけると、にこりといつもの優しい微笑みを浮かべた。


 よし。このまま陽だまり亭に入って、料理を待つ間に水洗トイレを見てもらって、それから………………


「ヤシロッ、アレ!」


 切迫したような声で俺を呼ぶエステラ。

 その指が指し示した方向を見て、俺は言葉を失った。

 絶句だ。


 そこには、二十数体にも及ぶ英雄像……すなわち、俺そっくりな蝋像がずらりと立ち並んでいたのだ。


「さぁ! 次は下水処理場を見てもらおうか!」

「そうだね! 四十二区の下水システムを支えている要だからね!」


 大声を張り上げ、木こりギルド一行の気を逸らせる。

 ……あんな不気味な光景を見せたりしたらすべてがパーだ。

『四十二区は気持ち悪いですわっ!』の一言ですべてが終わりだ!


「ナタリア!」

「はい、なんでしょう?」

「今スグ陽だまり亭へ行って、マグダに『作戦Bに変更』と伝えてきてくれ!」

「『作戦B』……?」


 木こりギルドのおもてなしをするにあたり、俺はジネットに内装の飾りつけを一任していた。

 陽だまり亭は、良くも悪くもジネットらしさが売りなのだ。飾りつけも、そんなジネットらしさが出てくれればと任せたのだが……まんまと悪い方向に作用してしまったらしい。


 いや、ジネットのことだから、そうなる可能性もうすうす感じていたのだ。

 だからこその『作戦B』だ!


『作戦B』それはすなわち――


「『普通にしてくれ』だ……マグダなら、きっと俺の意思を汲んでくれる」

「納得です。では、お伝えしてきます」


 必死に木こりギルドの視線を逸らし、突如行き先を変更した俺たちを不思議に思い、大きく手を振って「ここですよ~」アピールをするジネット。

 ……だからさぁ…………ここぞって時にアホの娘発揮するのやめてくれるかなぁ!?



 仕方なく、俺たちは空腹の獣を引き連れて四十二区の最西南端、下水処理場へ向かったのだった。



 下水処理場を視察する木こりギルド一同は、最早屍のような、魂が抜けきった顔をしており、こちらの話はほとんど耳に入っていなかったようだ。

 ……ホント、ごめん。タコスくらい食べさせてやればよかったかな。




 そして俺たちが再び陽だまり亭に戻ってきたのは、夕日が傾き、辺りが薄暗くなってからだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る