55話 増え続けるアレ

 イライライラ……


「こんにちわッスー!」

「帰れっ!」

「ぅおうっ!? なんッスか、いきなり!?」


 TPOも弁えず、アホ面下げて店に入ってきたウーマロを思わず怒鳴ってしまった俺を、一体誰が咎められるだろうか。


「ヤシロ。八つ当たりはやめなよ」

「……ヤシロ、めっ」

「お兄ちゃん、あんまりイライラするのよくないです」

「せやで自分」


 おぉっと、めっちゃ咎められた。


「どうせやるんやったら『そのうるさい唇を塞いでやろうか?』くらいグイグイ行かな!」


 よし、お前は帰れ、レジーナ。


「いらっしゃいませ、ウーマロさん。すみませんでした。今少し立て込んでいまして」

「あぅ、いや、はい、いえ、全然大丈夫ッス!」


 ジネットに話しかけられ、ウーマロは相変わらずな感じでギクシャクとおかしな動きを見せる。

 いつもの光景だ。

 そう、もうここ最近、ずっと見続けている光景だ。

 こんなウーマロも、この面々の疲れ切った顔も、そして……



 日に日に増えていく蝋像の山も。



「うわぁ~……また増えてるッスねぇ」


 ウーマロが嫌そうな顔を隠しもせずに言う。

 そりゃ嫌な顔もするよな……


 四十区に赴いたあの日から、もうすでに十日が経過していた。

 その間、毎日蝋像はあの広場に設置されたのだ。

 三体だった蝋像がプラス十体で十三体になった…………と、思うだろ?


 実際は二十四体だ。


 一日に二体三体と置かれる日がここ最近続いている。

 酷い時など、蝋像を回収して陽だまり亭に戻った途端、妹たちからの「新たな像が設置されてたよー!」の報告を受けることもあった。

 ……頑張り過ぎだろ、彫刻家っ!


 しかも……毎回ポーズが違うっ!


 まず、アゴを指で挟むようなポーズの蝋像。これには、『思案・希望の活路』というタイトルが付けられている。

 なんだか、芥川龍之介みたいなポーズだ。こんなポーズはしていないはずだが?


 そして、髪をかき上げ、流し目でほくそ笑んでいる蝋像。

 タイトルは『俺をマジにさせる気か?』

 ……なんだよ、このどっかの痛いファッション誌みたいな煽り文句は。


 その次に置かれていたのが、切れた唇の血を親指で拭い、傷付きながらも嬉しそうな笑みを浮かべる蝋像。

『……やるな、今のは効いたぜ』

 ……俺、いつ殴られたんだよ?


 さらに、襟元をグイッと引き下げ、舌で唇を舐めつつ、挑発的な視線を送るセクシーな蝋像。

 ……こんな格好絶対やってねぇしっ!

 台座には『俺色に染めてやるぜ』

 言ってない! 絶対言ってない!


 その直後には膝を立てて地面に座り、両手を後ろについてグッとアゴを上げて、天を仰ぐように胸筋を伸ばしている蝋像。

 ダンスを踊る消費者金融のCMのラストポーズみたいだな……

 台座に書かれた言葉は、『燃焼』

 踊り切ったのか?


 そして、うつ伏せに寝転がり、膝をパタパタさせ、退屈気な表情で頬杖をつく蝋像。

 テーマは、『雨の日の休日』

 もう、英雄とか関係なくなってんじゃん!?


 そして、四つん這いになって牙を剥く獰猛な表情の蝋像。

 台座には『ウーッ、ワンワンワンッ!』

 もう何がしたいんだよ!?



 で、今日設置されていたのは、キリリと引き締まった表情でどこか遠い未来を指さすような蝋像。

 テーマは『原点回帰』

 やっぱ、何回かはテーマとか気にせず作っちゃったんだろうな。そりゃこの短時間で作るには思いつきも必要になってくるよな。そう何通りも構図が浮かばねぇって。…………なら休めばいいものを……っ!


「しかし、見れば見るほどそっくりッスねぇ……」

「せやなぁ」


 ウーマロとレジーナがまじまじと蝋像を観察している。

 こいつら……女の前では緊張してしゃべれない口下手と、ネガティブを拗らせて他人の目が苦手なボッチのくせに、蝋像にはグイグイ行くんだな。


「ここでこうして……こすれば…………よし、完成や!」


 蝋像を動かし、二体を組み合わせて満足げな表情を浮かべているレジーナ。

 ヤツの前には、『燃焼』の上に覆い被さる『ウーッ、ワンワンワンッ!』が……


「遊んでんじゃねぇよ!」

「タイトルは『融合』やっ!」

「卑猥な意味にしか聞こえんわ!」


 俺の顔をした蝋像が、俺の顔をした蝋像に襲いかかろうとしている様は……なんというか……寒気がする。


「せやかて自分、十日ほど前に夜の中央広場で、自分そっくりな蝋像を見て、『これはいい! 最高だ! いける! こいつがあれば、いけるったらいけるぞぉぉぉぉおおおおっ!』って言うとったやんかぁ」

「見てたのか、お前ぇえ!?」

「自分そっくりな像で『イケる』やなんて…………なかなかの上級者やな、自分!」

「そういう意味じゃねぇよ、アホォッ!」


 こいつ、最近やたらと陽だまり亭に来てはにまにまと不気味な笑みを向けてきていると思ったら…………


「むっ! 思いついたでっ! ウチ、急いで帰って書かなアカンもんあるさかい! これで失礼するなっ!」

「待てこら! 何を書く気だテメェ!?」

「この世界には愛が必要なんや!」

「歪な愛など荼毘に付してしまえ!」


 物凄く不愉快な寒気に襲われ、俺はとりあえずレジーナの首根っこを掴まえ逃走を妨害する。

 ……何に何を書くのかは知らんが、そんな忌まわしいものをこの世に誕生させるわけにはいかんのだよ!


「相変わらず賑やかッスねぇ、陽だまり亭は」


 こちらもニコニコと、なんだか嬉しそうな笑みを顔面に張りつけている。

 ……なんだか、「何かいいことあったのか?」と聞いてほしそうな表情だ。

 なので、あえて無視!


「さぁ、マグダ、ロレッタ! もう一度見回りに行くぞ!」

「ちょーっと、待っつッスよ! お願いッスって!」


 俺の腰にまとわりつき、ウーマロは必死の形相で懇願してくる。


「聞いてほしいことがあるッス! どうしても、今、ここで発表したいッス!」


 もはや、なりふり構っていられない感満載で、「え~聞きたい? しょう~がないなぁ」という優位な立場をかなぐり捨てるウーマロ。

 どうしてこいつはこうも構ってちゃんなのか……そんなに重大なことでもあったのか?


「ついに、ニュータウンの集合住宅が全棟完成したんッス!」

「それは凄いですね。おめでとうございます!」

「あ……ぃぁ、はぃ…………ありがとうッス……」


 うまいっ!

 話の腰を折るナイスタイミングだ!

 ウーマロの話など聞いてやる時間はないのだ。


「それで、次の作戦だが……」

「ちょっと待ってほしいッス! オイラ、重大発表があるッス!」


 ……ちっ。

 今日はやけにグイグイ来やがるな。

 一体なんだというのだ?


「なら早く言え。こっちは忙しいんだ」

「コホン……僭越ながら…………実は、オイラ……っ!」

「あ、そういえばウーマロ。君、こっちに引っ越してきたんだってね?」

「今からその話をしようとしてたッスのにっ!」


 エステラが、見事に空気を読まないネタバレをかます。

 そうか。領主だから住民の転出転入は一報がいくのか。


「って!? なんでお前が引っ越してきてんだよ!?」

「支部が出来たからッス!」

「お前、トルベック工務店のトップだろうが!」

「トップが支部にいちゃ悪いなんて決まり、どこにもないッス!」

「本部はどうすんだよ!?」

「ヤンボルドがなんとかするッス!」


 キツネ顔で満足げな笑みを浮かべるウーマロ。

 こ……このバカキツネ。マグダ恋しさに、ついに引っ越しまでしてきやがった……


「マグダ。今後ウーマロと話す時は、語尾に『なんかキモイから』をつけるように」

「なんの嫌がらせッスか!? マグダたんはそんなこと言わないッスよね!?」

「……そう。マグダはそんなこと言わない。なんかキモイから」

「むはぁ!? 言わないって言った直後にぶっこんでくるマグダたん、マジ天使っ!」

「……マグダならなんでもいいのかい、君は?」


 エステラがドン引きだ。


「い、いや、ち、ちち、違うッスよ!? あ、あああ、あのあのあの、おおおいおいオイラははは……っ」

「あぁ、もう! お前はマグダと俺以外を見るな!」


 緊張し過ぎて何が言いたいのかさっぱり理解出来ん。


「ほほぅ……『俺以外のヤツを見んじゃねぇよ』…………っと」

「何メモってんだ、レジーナ!? お前やっぱもう帰れ!」

「いや、やっぱもうちょっと観察させてもらうわ!」


 くっそ。キラキラした目をしやがって。

 もういい。あいつは無視だ無視。


「で、マグダをストーキングするために引っ越してきたんだっけ?」

「違うッスよ! もちろん、マグダたんと同じ街で同じ空気を吸っていたいって気持ちが九分九厘を占めるッスけど、他にも理由はあるッス!」

「九分九厘も…………じゃあもう、他の理由とかどうでもいいじゃないか……」


 エステラがさらにドン引きしていく。


「四十二区はヤシロさんがいるッスから」

「『ヤシロさんなしじゃ生きられないッス』……っと」

「レジーナ。お前、耳悪いの?」


 障害物も遮蔽物も何もないわずか数メートルの距離なのに、なぜかレジーナの耳に入った言葉はおかしな変換がなされているようだ。


「ヤシロさんと仕事すると楽しいんッス。なんか普段よりいい汗がかける気がするんッスよね」

「『ヤシロさんとすると楽しいんッス。なんか普段よりいい汗がかける気がするんッスよね』……っと」

「なんかすごく大事な語句が抜け落ちてたぞ、レジーナ」

「ヤシロさんとの仕事が一番楽しいんッスよ」

「『ヤシロさんとのアレが一番楽しいんッスよ』……っと」

「え、なに、お前、その道の天才なの? 俺にとっては天災でしかないけども」

「だからッスね、トルベック工務店が今よりもっと大きくなるには、オイラが四十二区にいるのがベストだと判断したんッスよ。これはお世辞ではなく、大工としての勘でッス!」

「『はぁあん! ダメッス、ヤシロさん、こんなところで……! み、みんなが見てるッス!』……っと」

「一文字も掠ってねぇじゃねぇか!? 腐ってるのは耳、脳みそ、精神のどれなの!?」

「って、聞いてるんッスか、ヤシロさん!?」

「あぁ、すまん。レジーナに夢中だった」

「……………………『レジーナに夢中だった』……っと」


 なぜ、それをメモった?


「とにかく、オイラが四十二区に住むのはトルベック工務店の利益のためッス。それに、最近は四十二区での仕事がメインになってるッスから。現場の近くに住めるのはありがたいッス。四十二区と四十区を毎日往復するのは疲れるッスからね」


 爽やかな笑顔を振りまくウーマロ。

 きっと、引っ越しが決まり清々しい気持ちになっているのだろう。

 お気に入りの女の子の近くに住めるとなればテンションも上がるわな。

 おまけに仕事も上手くいっているし、今のウーマロには何一つ憂慮することなどないのだ。

 バラ色だ。

 楽しさ絶好調だ。


 ……なら、ここらで灰色の現実を突きつけてやるか。


「ウーマロ、引っ越してきたのはいつだ?」

「今朝完了したところッス!」

「そうか。で、明日から四十区の下水工事始めるから、よろしくな」

「四十区でっ!?」

「また明日から往復の毎日だな」

「……なんて、絶妙なタイミング…………っ!」


 まさに絶妙。

 ウーマロには、何か、いちいち小ボケを挟まないと我慢が出来ない神様でもついているのだろう。

 この面白人生め。ちっとも羨ましくないけど、傍から見てるとすげぇ楽しいぞ。


「すまない、ウーマロ。本当はもう少し猶予があるはずだったんだけど……」


 がくりとくずおれたウーマロを心配してか、エステラが申し訳なさそうに声をかける。


「十日前に領主と話をつけて、先方の準備が整ったと今日連絡があったんだ。日程を君たちと相談したかったのだが……」

「ウーマロは、こういうサプライズが好きかと思って、勝手に決めておいたぞ!」

「……というわけなんだ」

「いや……いいんッス…………ヤシロさんと付き合っていくと決めた時から、こういう仕打ちは覚悟の上ッスから……」

「『ヤシロさんと付き合っていく……覚悟の上ッスから』……っと」

「あれ、まだ帰ってなかったのかレジーナ?」


 食堂の中で盛大に腐ってんじゃねぇよ。

 衛生面で問題が発生したらお前のせいだからな。


「……ウーマロ」

「マ、マグダたん……」


 うな垂れるウーマロに、マグダがとてとてと近付いていく。

 そして、ウーマロの肩にぽんと手を置き、真っ直ぐに顔を見つめながら平坦な声で呟く。


「……今日からは、『帰っていく』から『帰ってくる』に変わった」

「マ、マグダたん…………っ!」

「……ウーマロは、頑張って仕事をして……ここに帰ってくる」

「そ、そうッスね…………そうッスよねっ!」

「……なんかキモイから」

「………………まだ続いてたんッスか、その語尾……」


 持ち上げて落とす…………腕を上げたな、マグダ。


「さて、場の空気が温まったところで本題に入るが」

「……オイラ、なんか踏み台の気分ッス」


 いじけるウーマロは無視して、俺はついに本格的に乗り出す決意を表明する。

 何にって?

 決まってんだろ!


「俺は、本気でこの蝋像を彫った彫刻家を捕まえる!」

「今まで本気じゃなかったのかい?」


 エステラが空気を読まないツッコミを入れてくる。

 まぁ、今までもそこそこ本気ではあったが……


「この十日で分かったことが一つある」

「へぇ。聞かせてもらいたいね」

「謎の彫刻家の蝋像が設置された状況を分析して、ヤツの行動パターンを掴んだぜ」

「おぉ! お兄ちゃん、なんか頭いい人みたいです!」

「ヤシロさんは頭がいいんですよ」

「『頭』の前に何をつけるかで卑猥さは変わるけどな」

「「……?」」


 おいレジーナ。ピュアな二人にオッサン以下の下ネタかましてんじゃねぇよ。

 お前は口を閉じるか今すぐ帰るかどっちかにしろ。いや、やっぱ今すぐ帰れ。


「その行動パターンっていうのは?」


 エステラは興味深そうに俺に詰め寄ってくる。

 ふふん、よかろう。

 ならば聞かせてやる。俺の明晰な頭脳が弾き出したターゲットの行動パターンを!


「これまで中央広場に設置された蝋像は全部で二十四体!」

「はい。全部ここに揃っています」

「……ヤシロさんだらけで、オイラ……ちょっと気分悪くなってきたッス」


 食堂にずらりと並ぶ俺の像。

 ……確かに、気持ち悪いよな。どこのホラーハウスだよ。


「この内、十二体は朝に発見されたものだ」


 一番最初の蝋像こそ設置されてからしばらく放置されていたが、二体目以降はその半分が寄付に行く前の早朝に発見されたものだ。

 それからも分かるように、これら十二体は夜間に設置されていると見て間違いない。


「つまり、このターゲットは、二分の一の確率で夜行性だ!」

「……夜行性じゃなかったら?」

「昼間に活動的な人だ!」

「そりゃみんな、そのどっちかに分類されるだろうさ!」


 エステラが、俺の完璧なプロファイリングにケチをつけてくる。

 考えもしないで批判ばかりする人って、や~ねぇ~。


「しかも、二十四体中十二体って……半分は日中に設置されているんだよね?」

「そうなのだ! だから、この十日間俺は日中に張り込みをしたのだ!」


 四十区に交渉へ赴いた日の午後、中央広場には俺の蝋像が設置されていた。

 それで、日中にも設置される可能性を知った俺は、日中に中央広場で張り込みを行うようになった。

 現行犯逮捕をしてやろうとしたのだ。


 だが、成果は…………


 俺が見ている時にはまったく動きがないにもかかわらず、妹たちに呼ばれたり、腹が減って陽だまり亭に戻ったりした隙を突いて蝋像は中央広場に設置されていた。

 まったく尻尾を捕まえられなかった……むしろ、俺の方が見張られていたんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。

 とにかく、昼間の張り込みは敵にはすっかりバレてしまっているというわけだ。


「だから、今度は夜に張り込みを行おうと思う!」

「……なんだか……物凄く基本的な提案だね」


 いちいちうるさいヤツだ。

 折角人がやる気になっているというのに。


「でもヤシロさん……大丈夫なのですか?」

「まぁ、ちょっと昼夜が逆転してしまうかもしれんが……それでも俺は、この彫刻家を捕まえなければいけないのだ…………何があってもなっ!」


 この彫刻家が、陽だまり亭の未来を握っているかもしれないのだから!


「……ヤシロが、燃えている…………なんかキモイから」

「おい、マグダ! それ、俺には使うな!」

「自分で仕掛けたトラップに自分でかかるあたりがヤシロなんだよねぇ……」


 違うぞエステラ。マグダは分かっていてやっているのだ。

 この年中半眼無表情幼女は意外に計算高く強かなのだ。

 そろそろ構ってほしくなってきた頃合いなのだろう。耳をもふもふしてやればすぐにでも大人しくなるさ。


「お兄ちゃん。本当に夜に張り込みするですか?」

「あぁ。このままじゃ埒が明かんからな。……あぁ、お前の弟妹たちは連れて行かないから安心しろ。さすがに、夜中に引っ張り出すのは気が引けるからな」

「でも、それじゃあお兄ちゃん、一人で張り込むですか?」

「まぁ、そうなるだろうな。夜に張り込むなら気配を消せる少数……出来れば単体が好ましい。大勢で行けば気取られる可能性が高いしな」


 何しろ、敵は身を潜めている俺を発見し、避けるように蝋像を設置するような敏感なヤツなのだ。

 細心の注意を払う必要があるだろう。


「あ、あの、ヤシロさん…………」


 ジネットが心配そうな顔で俺を見つめる。今にも泣き出してしまいそうな表情だ。


「大丈夫だ、ジネット。危険なことをするわけじゃない」


 ターゲットがどんなヤツかが分からない以上、危険がないと言い切るのは早計ではあるが……ジネットを安心させるためだ。方便ということにしておこう。


「……はい」


 未だ、不安顔は消えないものの、ジネットは一応納得をしたようで小さく頷いた。


「では、せめて……これを」


 そう言って、一体の蝋像をスススッと俺の前へと押し出す。


「夜は、暗いですので」

「こんなもん使えるか!?」


 ここぞという時にアホの子を遺憾なく発揮するの、やめてくれないかな!?

 こんなもんに煌々と灯りを点けていたのでは張り込みにならない。

 だいたい、俺の体が徐々に溶かされていく様は見たくないっ!


「とにかく、今晩から張り込みを開始する。明日から早朝の寄付には付き合えないかもしれんが」

「それは仕方のないことだと思います。ですが、くれぐれも気を付けてくださいね?」


 俺の前へと押し出した蝋像の頭を撫でながら、ジネットが不安そうに言う。

 …………その言葉は、俺にかけてくれてるんだよな?

 大丈夫か? どっちが本物か分かってるか?


「ジネット…………念のために言っておくが、こっちが本物だからな?」

「え? 分かってますよ。うふふ……間違うわけないじゃないですか。ねぇ?」


 と、頭を撫でている蝋像に向かって笑顔を向けるジネット。

 ……語りかけてんじゃん!


「でも、本当にしゃべり出しそうなくらいにそっくりですよね」

「しゃべり出したら即刻溶かすけどな」

「『やめてよ~。溶かさないでよ~』」


 蝋像の背後に身を隠し、ジネットが声をちょっと変えてそんなセリフを言う。


「『やぁ、ボクはヤシロさんだよ』」


 ……いや、腹話術のつもりなんだろうけど…………


「なんで自分に『さん』を付けてんだよ?」

「え…………だって、呼び捨ては……恥ずかしいですし」


 イマイチなりきれていないジネット。

 その中途半端さが、まぁ、なんというか…………ちょっと、可愛い、かも?


 蝋像の肩口から顔を覗かせてくすくすと笑みを零す。

 なんだか、ジネットは最近よく笑う。

 蝋人形にでも興味があるのだろうか?


「なんだか、ヤシロさんがたくさんいるようで、とても心強いですね」

「いや、ボクは全然……」

「オイラは逆に得も言われぬ不安に襲われるッス……」

「こうまで同じ顔ばっかりやと、さすがになぁ……」

「ウチの弟たちでも、もう少し顔に違いがあるですよ……」

「……『やぁ、ボクヤシロ。なんかキモイから』」

「よしお前ら、ジネット以外表に出ろ! あとマグダ、お前は色々取り込み過ぎだから」


 なんだかマグダの腹話術は、夢の国のネズミに似ていた。

 まぁ、あのネズミは『なんかキモイから』とは言わないだろうけど。


 まったく。人の気も知らないでこいつらは好き勝手言いやがって。

 お前らも自分そっくりな蝋像を広場にさらされれば俺の気持ちが分かるだろうよ。

 他人事だから笑っていられるのだ。

 まったく、忌々しい……


 まぁ……ジネットの顔から不安の色が消えたから、別にいいけどな。


「よっし! では、お兄ちゃんがいない間、夜間の陽だまり亭はあたしが守るですっ!」


 唐突にロレッタがそんなことを言い出した。

 胸をドンと叩き、微かに揺らし、得意顔で宣言する。


「いや、ロレッタじゃ少し頼りないよ。ここは、ボクが陽だまり亭に泊まり込んで警備をしよう!」


 ロレッタに触発されたのか、エステラまでもがそんなことを言い出す。

 胸をパンッと叩き、微動だにせず、得意満面で……


「今、どこ見てた?」

「なんの話かな……」


 ……鋭い視線を俺に突き刺してくる。こいつ、本当に鋭い。


「そういうことなら、オイラがヤシロさんの代わりに」

「あの……男性の方は、ちょっと……困ります」

「……ッスよねぇ。…………すいませんッス」


 名乗りを上げようとしたウーマロを、ジネットがやんわりと拒絶する。

 ほぅ……ジネットのヤツ、他人の親切心を拒否出来るようになったのか。俺が来てから少しは成長出来たようだな。


「んじゃあ、せめて人数を確保しとくか……レジーナ」

「残念。ウチ自分の家でないと寝られへんねん」

「……その空気読まない感じ、つくづくレジーナだよな」


 協調性とか思いやりとかボランティア精神とかいう言葉が欠落しているのだ。

 ま、俺も人のことは言えないけどな……………………誰がぼっちだ、こら。


「よし。そうと決まれば、俺は夜に備えて仮眠をとることにする」


 そう伝え、俺は自室へと戻る。

 まだ昼過ぎだが、木窓をしっかり閉じておけば部屋は暗くなるし、ここ最近何かと走り回って疲れてるしで、割とすぐに眠れそうだ。……そのまま朝まで爆睡したら目も当てられないがな。







 夜だ。…………ほっ。寝過ごさなかった。


「ヤシロさん、これを」


 自室を出て厨房へ入るとジネットが弁当を手渡してきた。


「夜は長いですから。お腹が空いたら召し上がってくださいね」


 ズシリと重い三段重ねだ。

 ……さすがにこんなには食わねぇよ。


「すみません。食堂にヤシロさんがたくさんいて……つい、作り過ぎてしまいまして」


 こいつ、やっぱり本物と蝋像の区別がついてないんじゃないだろうか?


「ヤシロ。家からランタンを持ってきたんだ。これで犯人をばっちり仕留めてくれ」

「バカかお前は?」

「バッ……あのねぇヤシロ。人が折角君に協力をしようとしているのに……!」


 あんな真っ暗な広場に明かりが灯っていたら「わたしはこっこ~にい~る~よ」と言っているようなものだ。


「明かりは却下だ。俺は完全に闇と同化して敵を生け捕りにするのだ」

「そうかい。それじゃあ、これは取り下げるよ」


 納得したようで、エステラがランタンをしまう。

 つか、お前は本当にここにいていいのか?

 領主の一人娘が、こんな夜中に男のいる家にいて。


「ナタリアの許可が出たからね。君の信用度もなかなかのものだね」

「ナタリアに信用されているとは思えないけどな……」


 あいつの場合、「彼なら心配ないですね」ではなく、「彼なら……何かあった際に確実に仕留められます」って感じだと思うんだよな。


「お兄ちゃんの留守中は、あたしがみんなを守っておくです!」


 ロレッタはやる気満々だ。

 鉢巻をして、いつものエプロンドレスの上に革製のちょっとした鎧をまとっている。

 エステラから貸与されたものなのかもしれんが…………すげぇ頼りねぇ。


 まぁ、ロレッタのことだ。

「頑張るぞー!」と意気込んで真っ先に眠ってしまうタイプに違いない。


 夜間に陽だまり亭をあけることには少々不安を感じるが……


「大丈夫ですよ。みなさんが一緒ですから」


 視線が合うと、柔らかい笑みを向けてくる。

 しかし、その笑みにはやはり、ほんの少しの不安感が混ざっていた。

 ……いや、これは心配をしてくれているのか?


 なんにせよ、こんな顔はそう何度もさせられないな。


 今日で決着をつけてやる。

 待ってろよ、彫刻家。

 今日こそ捕まえてやるからなっ!


「じゃあ、行ってくる」


 全員でドアの前まで見送りに来てくれ、俺を送り出してくれる。

 一人一人の顔を見てから、俺は暗黒にのみ込まれそうな深い夜の闇へと一歩一歩……歩を進めていった。



 それから、十数分という時間が過ぎ、俺は………………



「無理! めっちゃ怖い! 夜の闇シャレにならん!」


 ……陽だまり亭に逃げ帰っていた。


 だってさ!

 暗いんだぞ!

 それもシャレにならないくらいに!


 あんなもん絶対無理だって!


 しかも一人きり!

 ムリィィイイィィイィイイイッ!


「思ってた以上に早かったね……」

「……ヤシロは闇が怖い」

「お兄ちゃんって、しっかりしているように見えるですけど、実は……」

「はい。可愛い一面もありますよね」

「「「いや、そうじゃなくて……」」」

「へ……?」


 俺がこんなにも震えているというのに、お前らはそっちで何をやってんだ?

 話しかけてこいよ!

 頭とか撫でてもいいからさっ!


 俺の中の怖いのなんとかして!


 おのれ……闇の恐怖が体に張りついて離れてくれない……布団に潜り込んで眠ってしまいたいが、ついさっきまで寝ていたせいで全然眠たくない……ジネットたち、超眠そうな顔してるのに! 俺だけ、全然眠くない!

 このままでは、俺は一晩中……眠ることも出来ずに………………あぁぁぁ……


「……許さん、許さんぞ、彫刻家めっ! 絶対、絶対捕まえてやるからなっ!」



 …………また、後日にな。






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