53話 とんとん拍子

 ……俺の悩みがまた増えてしまった。


「……どうすんだよ、これ」


 今、俺の目の前には俺の蝋像が『二体』並んでいる。


「また拾ってきたですか、お兄ちゃん?」

「俺が集めてるみたいな言い方やめてくれる?」


 エステラに下水のことで相談を持ちかけられ、四十区への下水の売り込みを決めた日から一週間。

 今日は四十区へと向かう日なのだが……


「……また広場に置かれていた」


 陽だまり亭七号店を引きつつ妹と共に大通りへ行ったマグダは、中央広場でこいつを見つけたらしい。そして、撤去してきてくれたのだ。

 またしても精巧に作られた俺そっくりな蝋像。

 前回と違うのは、ポーズと台座に書かれた文字だ。


 今回の蝋像は両腕を広げ、天を仰ぐような格好をしている。……俺はこんな格好したことないんだが?

 と、思ったのだが、マグダはそれを否定する。


「……ヤシロは、群衆に問いかけた時、この格好をしていた」

「マジでか……?」


 あの時は若干テンションが上がっていたから、自分でどんな行動を取ったのかはっきりとは思い出せない。…………けど、言われてみればやったかもなぁ。家畜になるかイノベーションを感じるか、とか問いかけた時に……


 しかし、一週間で新たな像を作ってくるとは……現在も新たな像を彫ってんじゃないだろうな?


「しかし、今回の言葉は過激ですねぇ」


 ロレッタが台座に刻まれた言葉を見ながら言う。

 そこには『常識を覆せ!』という強いメッセージが綴られていた。

 ……確かに、そういう感じの話をしたんだけど……こう、改めて文字にされると、スゲェ恥ずいっ。


「どんどん増えていくといいですね」


 前回の蝋像を布巾で拭きながらジネットが恐ろしいことを口にする。

 ……冗談じゃねぇっての。


「マグダ。もしまた見かけたらすぐに持ち帰ってくれ。領主に許可はもらってある。正義はこちらに有りだ」

「……分かった」


 他人の物を勝手に持ち去るのはどうなのかと思ったが、そもそもが不法に設置されたものであり、かつ特定の個人の生活を脅かす物なだけに、エステラを通して領主から許可が下りたのだ。

 今後、この蝋像を見つけた際は、速やかに撤去し、その後その蝋像の処遇は俺に一任すると。


 英雄だなんて噂が広まりでもしたら堪ったもんじゃない。

 大通りで屋台を開いている妹たちに言って、定期的に広場を確認してもらう必要があるだろう。


「ヤシロさん。今日はこれから四十区へ行かれるんですよね?」


 蝋像の掃除を終え、ジネットが俺に尋ねてくる。


「あぁ、そうだ。帰りは夕方くらいになると思う」

「そうなるのではないかと思って、お弁当を用意しておきました」

「おぉ、気が利くなぁ!」


 さすがはジネット!

 かゆいところに手が届く女子力高い系女子である。


「四十一区を回って行かれるんですか?」


 ジネットがどことなく嬉しそうな表情を見せる。


「何か買ってきてほしい物でもあるのか?」

「あ、いえ。そうではなくて……」


 少し照れながらジネットは言う。


「以前、みんなで門の外へ行ったのがとても楽しかったので……また同じ道を通るのかなぁ……って。それだけなんです」


 えへへ、と照れ笑いを浮かべるジネット。

 そういや、こいつは滅多に出かけたりしないんだよなぁ。

 またどこかへ連れて行ってやりたいところだが…………店がなぁ。


「いつか店を休んでみんなで遊びにでも行くか?」

「い、いえ! そんなことをしたらお客さんが困ります!」


 ……今現在、閑古鳥が鳴いている店内でよくそんな大きなことが言えたもんだ。


「本当に言ってみただけですので、気にしないでくださいね」


 そう言うジネットは、やはり少し寂しそうに見えた。

 だが……


「わたしは、ここで……この店で、みなさんと一緒にいられることが何より幸せなんですから」


 穏やかな笑みを湛えて発せられたそれは、本心からの言葉に思えた。


 まぁ、そのうち……ってことでいいか。


「残念ながら、今回四十一区にはちょっと入るだけなんだ」

「ちょっと入るだけ?」


 四十二区と四十区の間に四十一区が挟まれているため、普通に考えれば四十一区を横断しなければいけないと思いがちなのだが、四十一区はその地形が少々特殊なためショートカットが可能なのだ。


 ここオールブルームで、東寄りの南側に位置する四十二区と、南寄りの東側に位置する四十区。その間に挟まれた四十一区は、南東に弓なりの外壁を持つ扇型をしている。

 そのため四十二区から四十区に向かう場合、外壁側に沿っていけばかなりの距離を歩かされることになるのだが、その逆に内側のルートをとればあっという間にたどり着いてしまうというわけだ。


「では、四十区に行くのはそんなに大変ではないんですね?」

「そうだな。ウーマロたちが足しげく通える距離ではあるんだろう」

「あぁ、そういうことだったんですねぇ」


 四十二区どころか、陽だまり亭を中心とした半径100m内からほとんど出ることのないジネットが納得の表情でうんうんと頷く。

 俺も三十区側の崖から四十二区に入ったので、その辺のことはあまり意識していなかった。

 なので、四十一区を横断するようにやって来ているのかと思っていたのだが、実はそういうことだったのだ。

 もっとも、ウーマロのヤツ、最近はニュータウンの集合住宅で寝泊まりしているようだが。


「では、気を付けて行ってきてくださいね」

「あぁ。弁当ありがとうな」

「エステラさんの分も入っていますので、一人で食べちゃダメですよ?」

「売り上げは俺の懐に入れてもいいのか?」

「売らないであげてください」


 ちっ。小遣い稼ぎになるかと思ったのに……

 ならせめて、この弁当はエステラに持たせよう。荷物持ちくらいはやってしかるべきだ。タダ飯にありつこうなんて十年早い。


 ジネットに見送られて、俺はエステラの待つ領主の館へと向かった。







 四十区に立ち並ぶ家々は、――木こりギルドとトルベック工務店、双方の本拠地ということも関係しているのか――とにかく壮観だった。

 デザイン性はもちろん、そのしっかりとした造りや住みやすさに配慮して設計された佇まい。どれをとっても一級品の建造物だと言えるだろう。


 ウーマロ、力入ってんなぁ。


 木造がほとんどで、石造りやレンガ造りの建造物はほとんどない。街に架かる橋まで木造という徹底ぶりだ。この四十区は、さながら『木の都』といったところなのだろう。

 建物だけを見れば、以前見た三十区にだって引けを取らない。

 おそらく、ここの建造物は底辺地区には似つかわしくない、さながらチート級なスキルで造られているのだろう。他の区との格差が凄いことになっている。


 本当に素晴らしい街並みだ。称賛に値する。…………の、だが。


「なんだ、この道路……」


 足元は最悪だった。

 雨季が過ぎてもう随分経ったというのに、大雨で削られたのであろう道のヘコミや、ぬかるんだ道を馬車が通った後の深い轍の跡がそのまま放置されていた。時間が経ったせいで土の水分が飛んで、溝が出来たままカチカチに固まっている。

 道がデコボコだ。

 どうせ土なんだから、一度水でも撒いて均せばいいものを…………

 美しい建造物と、畦道のような主要道路。


 四十区はなんともアンバランスな街だった。


「イライラするな、この道……」

「四十区の人間は、美しい建造物や立派な大木を仰ぎ見ることに快感を見出す人が多くてね……足元はおろそかになりがちなんだよ」


 隣を歩くエステラが苦笑を漏らす。

 その向こうにはナタリアが涼しげな表情で付き従っている。が、やはり歩きにくそうだ。


「まぁ、慣れれば気にならなくなるよ」

「慣れたくねぇわ、こんなもんに」


 もうさっさと下水の契約交わして、ここいら一帯をハムっ子たちに掘り返させたい……


 というわけで、俺たちは今、四十区の領主と交渉すべく領主の館に向かっている。

 アポイントはエステラが手紙で取っておいてくれたようだ。

 エステラの話では向こうも乗り気なようで、交渉はスムーズに進むだろうということだった。


 契約が取れれば四十二区に大量の金が舞い込んでくるとあり、エステラも上機嫌だ。


「あ、見えてきたよ。アレが四十区の領主、ミスター・アンブローズ・デミリーの館だよ」

「…………デカい」


 領主の館は、ちょっとした体育館くらいありそうなデカさだった。

 こんなデカい建物じゃ、住んでて落ち着かないだろうな……


 デカい建物をぐるっと囲むように、これまたデカい壁がずっと続いている。

 その壁沿いに、等間隔に厳つい顔をした近衛兵らしき者たちが立っている。

 ……四十二区ではありえない警備態勢だな。やっぱこれくらいするもんだよな、領主って。

 護衛がナタリア一人ってどうなんだろう? 

 ……まぁ、ナタリアがいれば大抵のことはなんとかなりそうな気もするけども。


 木製の、これまた必要以上にデカい門の前にたどり着くと、ナタリアが門番に話しかける。

 ミスター・デミリーからの招待状を渡してしばらく待っていると、使いの者がやって来て俺たちを館の中へと案内してくれた。

 館の中は広く、そしてすべて木製だった。開放感のある造りや木の香りが、どことなくアジアンテイストを醸し出している。よく風の通る、いい建物だ。


「ようこそ。我が館へ」


 長い廊下を進んで応接室に通された俺たちは、そこで見事にハゲあがった頭のオッサンに出迎えられた。

 このオッサンが四十区の領主アンブローズ・デミリーなのだろう。


「お招きいただきありがとうございます、アンブローズオジ様」

「エステラか。また一段と美しさに磨きがかかったんじゃないか?」

「いやですわ、オジ様ったら」

「誰か、気になる男でも出来たのかな?」

「……………………」

「……お嬢様。嘘でも何かお返事を」

「ふぇっ!? え、えっと………………別に」


 どこの不貞腐れ会見だ。

 エステラが困った表情を浮かべているのを満足げに眺めた後、ミスター・デミリーは俺へと視線を寄越した。


「君が、オオバヤシロ君だね」

「初めまして。ミスター・デミリー。お噂は髪が無ぇ」

「『かねがね』です、ヤシロ様」


 俺のちょっとした言い間違いを、ナタリアは目敏く指摘してくる。

 言い間違えたってしょうがないだろう。人間は、八割近くの情報を目から得ているのだから。

 あんなハゲあがった頭を見せつけられたら言い間違いくらいするっつうの。


「こちらも、噂はエステラから聞いているよ」

「どうも、噂の超絶美形です」

「おや? 聞いている噂とは少し違うようだね」


 さっそく反撃を受けてしまった。

 くつくつと嫌みなく笑うその顔は、この男の懐の深さを物語っているようだった。

 この男は仕事が出来る。ただ、甘さが抜け切らずに大成出来ないタイプだ。

 さらに、そこそこの成功を収めていればそれで満足してしまうタイプでもあるのだろう。


 今のやり取りで、そんなことを思った。おそらく、大きく外れていることはない。


「まぁ、かけてくれたまえ」


 ソファを勧められ、俺たちはそこに腰掛ける。

 俺の隣にエステラが座り、ナタリアはエステラの背後に立ち控える。

 向かいにミスター・デミリーが貫録たっぷりに腰を下ろす。


「それで、下水……と言ったかな? 詳しく聞かせてくれないかい?」


 早速本題に入るあたり、あまり時間がないのだろう。

 デミリーは表情を引き締めてサクッと商談に移行してきた。

 ここから先はおふざけなしだな。


「あ、はい。ヤシロ、詳しい仕組みの説明を」

「俺が?」

「そのために君を連れてきたんだよ」

「しょうがねぇな。まずは…………」


 俺は、要点をまとめ、「これこそは!」という一押しの技術を大いに盛り上げて説明をする。

 清潔な街のすばらしさ。

 衛生上の優位性。

 災害による被害の低減、病気の予防。

 さらには、飲料水確保の大切さに、その方法まで。

 四十二区が体験した一連のゴタゴタと、それを乗り越えた方法をダイジェストで伝えた。


 デミリーは食い入るように俺の話に聞き入り、時折感心したように何度も頷いていた。

 ……よし、もうひと押しだ。


「さらに今なら! 分割手数料はジャパネットオオバが負担してやろう!」

「おぉっ! それはお得だねぇ」

「ヤシロ、なんでそんな甲高い声で……? っていうか、ジャパ…………なんだって?」


 細かいことは気にするな、エステラよ。折角デミリーが食いついたんだ。それでいいじゃないか。


「うむ。元々工事は依頼しようと思っていたのだが……今のオオバ君の話を聞いてさらに決心が固まったよ。下水を、我が四十区に配備してほしい」

「本当ですか、オジ様!?」

「あぁ。すぐにでも工事を始めてもらいたいね」

「やったぁ!」


 エステラが諸手を挙げて喜ぶ。


「やったよ、ヤシロ! 下水が売れた!」

「ぅおっ! こら! 抱きつくな!」


 テンションが上がり過ぎたのか、エステラは俺の首にぴょんと飛びついてきた。


「ぅああっ! ご、ごめんっ!」


 指摘するとすぐに離れていったが…………まったく、迂闊なヤツだ。


「ははは。エステラにも、いい人が出来たようで安心だよ」

「オ、オジ様っ!? ヤシロはそういうんじゃないですっ!」

「そうなのかい? とても仲がよさそうに見えるけどね」

「仲は…………まぁ、いいのかも……しれないけれど……」


 チラリとこっちを見るな。俺に意見を求められても知らん。

 それにしても、随分と親しげだ。本当にデミリーとエステラの親父は仲がいいのだろう。

 エステラが小さい時から知っている、知り合いのオジサン。そんな感じか。


「すぐに書類を用意させるよ。少し待っていてくれないか」

「はい。オジ様」


 上機嫌で頷くエステラは、どこか少女のような表情をしていた。

 素直な自分をさらけ出せる相手なのだろう。

 …………か、ハゲ専なのかのどっちかだ。


「ヤシロ」


 俺の隣に座り直し、エステラが労うような笑みを向けてくる。


「お疲れ様。やっぱりこういう交渉に、ヤシロは向いているよね。見事なセールストークだったよ。ヤシロを連れてきてよかった」


 エステラが安堵の表情を浮かべる。

 最初から勝率の高い交渉だと言ってはいたが、四十二区の命運を分ける交渉だっただけに緊張していたのかもしれないな。

 気が緩んだのか、冗談などを口にする余裕が生まれたようだ。


「ヤシロが失礼なことを言い出すんじゃないかと気が気じゃなかったよ」

「誰の毛が無いって?」

「言ってるそばから無礼を働くなっ!」

「なんだよ。『毛根が死に絶えてる』って言ったのはお前だろう?」

「言ってないよ、そんなこと! 『気が気じゃない』って言ったの!」

「『うぶ毛もない』?」

「うぶ毛くらいはあるよ!」

「いや、ないだろう!?」

「オジ様! ちょっと失礼して拝見させてもらいます!」

「お~い。君たち。それくらいにしないと叩き出すぞ~?」


 輝く頭皮の下で、デミリーの笑顔が暗黒色のオーラを放つ。


「はぅわぁっ!? か、重ね重ね失礼をっ! ……ほら、ヤシロも謝って!」

「金があるんだから、毛ぐらいなくたっていいじゃねぇか」

「どっちも欲しいのが人間というもんだろう!?」

「欲張るな! 強欲の権化か!?」

「ヤシロっ!」

「はっはっはっ……オオバ君は、本当に『噂通り』の人物のようだね……」


 ほほぅ、エステラめ。このオッサンに何を伝えていた?

 あとで詳しく聞かせてもらわねば。


「お嬢様、ヤシロ様。少々よろしいでしょうか」


 俺とエステラの間にスッと割り込み、潜めた声でナタリアが話しかけてくる。

 さすがにちょっとはしゃぎ過ぎたのかもしれない。……ナタリアに怒られるのかな、俺?


「確認いたしましたところ…………うぶ毛、ございませんでした」

「ナタリアまで何してるのさっ!?」

「下水やめちゃおっかなぁー!」

「オジ様! 冗談です! この二人はちょっと悪ふざけが過ぎるところがあって! 謝らせます! 謝らせますから、なんとか下水だけは! ほら、二人とも、謝って!」


 エステラが凄く怖い顔をしている。

 ……しょうがない。

 俺とナタリアは二人揃って深々と頭を下げ、素直に謝罪の意を表明した。


「「すみません。よく見たらフサフサでした」」

「イヤミかい、二人ともっ!?」


 ヨイショまでしてやったというのに、エステラとデミリーは般若みたいな顔をしていた。

 これだから貴族って生き物は……わがままなんだから。


「あ、そうだ。フサフサのミスター・デミリー。一つ頼みたいことがあるんだが」

「ならまず、人に物を頼む態度を教わってくるといいよ、オオバ君……」

「あんまりイライラするとハゲるぞ、ミスター・デミリー」

「もうハゲてるんだよ、オオバ君! ツルピカさっ!」

「オジ様! 落ち着いてください! ご自分で認めてはいけません!」


 エステラが懐のナイフをチラつかせ始めたので、俺は真面目に交渉することにする。


「下水の仕組みを話した時に言った通り、浄水には大量のおがくずが必要になるんだ」

「ふむ。そんな話をしていたね。……それで?」

「木こりギルドから数人、四十二区へ派遣してほしい」

「しかし、四十二区に派遣したところで、結局は外壁の外へ行くことになるのだろう? わざわざ派遣する必要もないように思うが……」

「オジ様。実は、四十二区に街門を作ろうかと考えているんです」

「四十二区に街門を?」

「はい」


 俺から話を引き継いだエステラは、四十二区の街門が木こりギルドにかなり有利な条件を設ける旨を説明し、誘致に対し真剣であることを熱弁した。


「四十二区には木こりギルドが必要なのです」

「なるほど……人員の派遣のみではなく、木こりギルドの支部を四十二区に作るわけだね」

「はい。そうすることで、四十二区側の森も木こりギルドの管理下に置かれ、環境は守られるはずです」

「四十二区に支部を……か。トルベック工務店も順調に売り上げを伸ばしているようだし……」


 トルベック工務店という前例があり、尚且つ、その前例が好調に売り上げを伸ばしている。これはかなりのプラス要因になるはずだ。


「うむ。いいだろう。木こりギルドのギルド長とは旧知の仲だ。私から手配するよう言っておいてあげよう」

「ありがとうございます、オジ様!」


 よし、いいぞ。とんとん拍子に話が進んでいる。

 これで、あとは……


「だが、一つ気になるのは、門を設置する場所だな」


 渋い表情を浮かべ、デミリーが眉間にしわを寄せる。

「腑に落ちない」と、その表情が物語っていた。

 こちらを窺う目は思いのほか鋭く、この男が一つの地区を治める領主なのだとはっきりと分からせられる、そんな迫力に満ちていた。

 己の疑問が解消されない限りは協力は出来ない。迂闊な一言で身を危険にさらすことが出来ない、領主という人間特有の警戒心が滲み出していた。


「どうして大通りを避けて、そんな西側に設置するんだ?」


 先ほどエステラが行った説明の中には、門の設置場所に関することも含まれていた。

 俺たちは街門を大通りのある東側ではなく、教会や農地が広がる寂れた西側に作ろうとしている。

 本来、外部から荷物を運び入れるための街門の前は、大きく開けた道路が通っているのが当たり前だ。そして、外部からやって来る冒険者が真っ先に駆け込む食堂や酒場、宿屋などが軒を連ねる大通りが目の前にあるのが好ましい。その方が利益が上がるからな。


 だが、俺たちはあえて人気のない西側に門を作る。

 それはなぜか……


「領内の西側に浄水施設があるんです。ですので、街門のすぐそばに加工場を建設し、街門から搬入した木材をそこで加工し、近距離にある浄水施設で使用します。これにより輸送費が大幅に削減出来るんです」

「街門を、木材のためだけに使うというのかい?」

「いえ。四十二区には狩猟ギルドもありますし、彼らも使うでしょう」

「……ふむ」


 エステラの説明にもう一つ付け加えるなら、四十二区から流れ出る川は海へと繋がっている。これは鮭が証明してくれている。

 下水処理場を建設する際に調べたのだが、四十二区の外壁を出た川の水は、どうやら三十区との間にそびえたつ崖の下を通って海に繋がっているようなのだ。

 崖の下に大きな空洞があるようで、川は地下を通って海に流れ出ている……らしい。


 ならば、その地下への入口をちょこ~っとだけ掘って、崖崩れしないように補強すれば、海漁ギルドの新たな搬入経路が完成するのだ。

 海漁ギルドのマーシャたちがウチに網を持ってくる際に利用してもらえばいいし、その際おこぼれの海魚をお裾分けしてくれるならなおよろしい。


「つまり、冒険者や一般人の利用は最初から見込まず、あくまで四十二区の生活を向上させるために街門を建設するというのだね?」

「もともと、四十二区の外は深い森です。冒険者が迷い込むこともないでしょう。……崖から転落した者がいれば、その限りではないですけど」


 三十区の街道沿いからこの崖下まで転落したら、死ぬぞ、たぶん。

 とはいえ、本当にそのような極端な例でもない限り、四十二区の門を利用する一般人はいないだろう。


「うん。それなら、他の区と揉めることもないだろう」


 デミリーは納得したように大きく頷く。

 かける税の額や、利用者の取り合い等で揉めることは少なくないそうで、ウチのように利用者を限定的にしておくのがトラブルを回避する最も手っ取り早い策なのだ。


 入門税に関しても、木こりギルドが四十区以外に重い税をかけるよう働きかけているのは、自分たちの監視下以外で樹木の乱伐をさせないため……という名目なのだ。本当は利益のためなんだろうけど。

 で、あるならば。木こりギルドを誘致してしまえば四十二区は木こりギルドの監視下に置かれることになり、それはすなわち、入門税を軽くしても問題ないということになる。

 さらに、街門を浄水施設のすぐ近くに設置することで輸送費を大幅に削減する。すぐそばに加工場があれば言うことなしだ。


 これで、四十二区の下水は今後も問題なく使用することが出来るだろう。



 さらに。



 …………むふ。



 今まで何もなく、ただの空き地と森が広がっていた四十二区の西側。そこが開発されていけば、おのずとそちらに人が集まっていくことになる。

 エステラと話をしていたのだが、東側に延びる大通りと、教会までの道を舗装して幹線道路を作る予定だ。馬車が通っても大丈夫なほど頑丈なものになれば、加工した木材の運搬や、モーマットたちの作物の輸送も楽になる。


 そして、俺はここを最も力強く熱弁したのだが……


 道路が整備されれば、精霊神を信仰するアルヴィスタンたちが教会へ行きやすくなるではないか!

 信者たる者、休日には教会に行って祈りの一つでも捧げるべきだ!

 都合のいい時にだけ頼っているようでは、精霊神の方も不信感を抱くのではないか?

 信仰だって信頼関係が重要なのだと、俺は訴えた。


 ジネットは「その通りです」と感涙し、エステラも「確かに、今は決まった時間にお祈りを捧げているだけだからね」と己を顧みて反省の色を見せていた。


 そんなわけで、四十二区の東と西を繋ぐ幹線道路の建設は、非常に前向きに計画が進んでいる最中だ。



 あ、そういえば、『今気付いたけど』も、そうなったら幹線道路のちょうど中間にある陽だまり亭にもお客さんが来るようになるかもしれないなぁ。

 いやぁ、偶然だなぁ。

 仕事の合間にちょっと休憩するのにピッタリの場所にあるんだもんなぁ。

 いやぁ、偶然偶然。


 ……ふふふ。

 これで、陽だまり亭がずっと抱えて覆せなかった「立地条件の悪さ」をひっくり返せる!

 まさに一発逆転の大勝利だ!


 さぁ、あとは木こりギルドのボスと話をつけて、木こりを誘致し、街門建設と共に領内西側を再開発するのみだ!

 陽だまり亭の…………いや、俺の未来は明るいっ!


「木こりギルドのギルド長は私と旧知の仲でね。待っていなさい。私が紹介状を書いてあげよう。きっとヤツも、すんなり了承してくれるだろう。なにせ、四十二区側の森はたどり着くだけでも一苦労な場所だ。そこへ簡単に行き来出来るようになるのであれば、一も二もなく手を貸してくれるさ」


 なんかすげぇ太鼓判をもらった!


 確かに、四十二区の外には遭遇したら即あの世行きなレベルの魔獣がわんさかいる。マグダでもいれば別だが、ただの木こりたちには荷が重いだろう。

 まして、そこで木を伐るなど……

 なるほどな、これは木こりギルドにとってもメリットになるのか。

 ウィン・ウィンの関係なら交渉も楽勝だろう。

 おまけにこっちは領主の紹介状まで持っている。


 …………ふははは、勝った!

 今回も俺は勝ってしまった。……敗北を知りたいぜ。


 楽勝確定の交渉を前に、俺は非常に気分がよかった。

 ふふ……どうしよっかなぁ、陽だまり亭の店舗、思い切って拡大しちゃおうかなぁ。お客が殺到して入り切らなかったら困るしさぁ。むふふ~ん。


 デミリーが紹介状をしたためている間中、俺は浮かれ気分を抑え切れなかった。





 そう、あの女に会うまでは――






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