49話 閑古鳥

 大通りに、人の姿がない。

 いや、なくはないのだが、とてもまばらだ。


「お兄ちゃん。人いないねー」

「そうだな」


 住人の多くが自分たちの家なり職場なりの復旧作業に従事しているため、昼時のこの辺りをうろついている者が少ない……というだけの理由ではなさそうだ。


 人もまばらな大通りを屋台を引いて進む。

 工事をしているのは大通りを越えた先だ。大通りには飲食店をはじめ様々な商店が軒を連ねている。それらの店が出す生活排水を処理するために、この通りの下水は他よりもしっかりとした造りにするのだ。ここで下水が詰まったり、逆流なんてことがあると大参事だからな。


 しかし……


 本来、近くで大きな工事が行われると飲食店はその恩恵を受けて大盛況になるものなのだが……閑古鳥だ。

 いくら俺たちが賄い料理を持っていくからといって、誰一人近隣の店に出向かないってのはおかしいだろう?

 だって、たまには違うものだって食いたいだろうし、酒だって飲みたいはずだ。

 この世界の人間には、「仕事中に昼間っから酒を飲むなんてけしからん!」なんて考えは根付いてないだろうし……なにせ、酒が水代わりのようなものなのだ。

 飲むと言えば酒。それが一番安全だからな。幼い子供でも薄めたワインを飲んだりしている。もっとも、酔いやすいからガブガブとはいかないが。


 なのに、誰もいない。

 閑古鳥に次ぐ閑古鳥……


 と、前方に『カンタルチカ』が見えてきた。

 ここはイヌ耳店員のいる酒場だ。店のどこにも店名が書いていないんで今まで分からなかったのだが、トルベック工務店の大工にこの店の常連がいたのだ。そいつが店の名を『カンタルチカ』だと教えてくれた。

 やっぱり、看板って必要だよな。

 例えば「カンタルチカの酒が美味い!」なんて言われても「どこそれ?」になってしまってはもったいない。

 ウチなんかしつこいくらいに『陽だまり亭』の名を宣伝している。


 そうそう。言い忘れていたが。

 現在、妹たちは俺が作った屋台用の制服に身を包んでいる。

 お揃いのワンピースにお揃いのエプロン、そして、お揃いの帽子だ。

 エプロンの胸元には大きな文字で『陽だまり亭』と書かれている。

 帽子は、三角巾を袋状にしてゆったりとさせたような形状で、給食エプロンの帽子を可愛らしく改造したような感じに作ってある。見た目の可愛らしさと清潔感が大切だからな。

 そして、その帽子にはハム耳を出せるように穴があけてある。

 隠しはしない。こいつらは、もう二度とこそこそしたりはしないのだ。


 前に一度、妹たちの制服を見た幼女が「かわいい」と呟いたのを聞いた時は思わずガッツポーズをしたくなったね。それでこそ、徹夜で作り上げた甲斐があるというものだ。

 夜なべして、妹たちに可愛い制服を……って、俺、健気だよな。


 何より、妹たちが大喜びしてくれたのが嬉しかった。

 みんなで順番に袖を通したりして。今ではこの制服を着られるのは一種のステイタスになっているようだ。売り子は持ち回りなんだけどな。

 服を作る時間が出来れば、一人一着ずつ支給出来るようになるだろうが……

 まだ先の話だ。


「あ、お兄ちゃん! 誰か倒れてるよ!」


 俺の隣を歩いていた妹が前方を指さしながら言う。

 酒場『カンタルチカ』の店先に一人の少女が蹲っている。背を丸め、小さくなってしゃがみ込むその少女の頭には、ゴールデンレトリバーのような耳がぶら下がっていた。


「パウラ?」


 声をかけると、蹲っていた少女がゆっくりと頭を上げる。

 やはりパウラだ。


 元気が取り柄の働き者。大通りの高級(四十二区内では、だが)酒場『カンタルチカ』の看板娘。褐色の肌と、笑うとチラリと覗く犬歯がチャームポイントのパウラだ。


 が、今のパウラからはそんな快活な印象は微塵も感じられない。

 頬がこけて目の下にはクマが出来ている。

 目を開けてはいるが、意識があるのかどうかは怪しい。


 一体何があったんだ?


 ロレッタを叩き出した時はあんなに活気に満ち溢れていたってのに。


「………………ぁ。あの時のお兄さん」


 そよ風にすら掻き消されてしまいそうな細い声でパウラが呟く。

 マズいマズい! なんか、今にもふっと消えてしまいそうな儚さを感じる。


「おいおい、どうしたんだよ?」


 最後に見たこいつは、元気いっぱいにロレッタを怒鳴り散らしていた。

 わずか半月ばかりでこのやつれようはどうしたことだ?


「……ぁ、うん。……大丈夫」

「全然大丈夫じゃねぇだろ、どう見ても」

「…………だってさぁ……」


 パウラの顔がくしゃりと歪む。

 涙に揺らいだ声には、悔しさが滲み出ていた。


「お客さんが………………来ないんだもん……」


 精神的に参ってしまっているのか……本当にそれだけか?


「お前、飯食ってるか?」

「………………」


 食ってないのか。


「酒場の店員が腹を空かしててどうするよ。服屋の店員が全裸だったら、お前そんな店で買い物しねぇだろ?」

「…………何屋でも、店員が全裸の店じゃ買い物しないよ」


 ん……まぁ、それはそうか。例えがまずかったな。


「床屋がハゲていたら?」

「……そこは仕方ないじゃん」


 あれれぇ? おかし~ぞぉ?

 なんでか上手い例えが出てこない。


 あ、じゃあ!

 夜のお店のお姉さんが貧乳だったら…………たぶん、これも違うっ。


「とにかく、飲食店の人間は腹いっぱいに食ってなきゃ格好つかねぇだろ? 『ウチの店の食いもんはこんなに美味いんだぞ』ってよ」

「…………だってさぁ……っ!」


 パウラは両手で耳を掴み、グイッと引き下げる。

 前髪に隠れた瞳から涙が零れ落ちていった。


「…………食べ物が、買えないんだもん…………っ!」


 大雨のせいで食料が不足している。

 大通りの店が手に入れられないほどに、四十二区の食い物は不足しているのか…………

 ………………

 ………………

 ………………いや、おかしいだろ。


 行商ギルドは区を越えて商売を行っているんじゃないのか?

 四十二区が大ダメージを受けたからといって、他の区からの食糧までもが断たれているってのはどういうことだ?

 じゃあ一体、なんのための行商ギルドだよ。


「食い物がないって、行商ギルドの連中が言ってるのか?」

「…………災害の影響だって」


 災害の影響で…………『何』かを言っていないのか。

 それじゃあ例えば、『災害の影響で働くのが嫌になったので暴利を貪ります』って可能性もあるな。


「なぁ。お前の店……『カンタルチカ』だっけ? ……お前んとこは、誰から食材を購入してるんだ?」

「色々、だけど……」


 ここでも、陽だまり亭と同じく複数の商人と交渉させられているのか。


「代表者みたいなヤツが分かんないか? こいつに話つければとりあえずOK、みたいな」

「……代表者なら…………やっぱ、アッスントかな?」


 アッスント。


 モーマットの野菜を買い叩こうとして、俺が返り討ちにしたブタ顔のいやらしい商人だ。

 口が上手く、さらさらと自分に有利な言葉を吐き出し続ける、守銭奴の権化みたいな男だ。


「アッスントは、この付近の行商ギルド支部をまとめる代表者だからね」


 あいつが支部長なのか。

 …………嫌な支部だな。


「この辺ってのは、四十二区とか四十一区とかってことだよな?」

「うん。確か、四十区までだったかな?」


 ってことは、行商ギルドでの立ち位置的には下っ端扱いなのだろう。

 なにせ、最下層三区の担当支部なのだから。


「あいつは野心家だよ。なんとか利益を上げて本部にアピールして、もっと上の区の支部長に収まろうとしてるんだ」


 それで、露骨過ぎる利益最優先策を躊躇いなく取ってくるわけか。


「けどまぁ、あたしたちは行商ギルドの言い分を全部のむしかないんだけどね」

「なんでだよ? 突っぱねてやれよ。ふざけるなって」

「そんなこと! ……そしたら、食料が入ってこなくなって、お店潰れちゃうじゃん」


 なんという……社畜根性とでもいうのか、奴隷根性というのか…………

 長く虐げられ続けていると、それが普通になって、いつしか露骨な横暴にも不満を覚えなくなるものなのだな。


「食料を回してくれているだけ良心的」とでも思い込んでいるのだろう。

 牙を抜かれた狼は、犬よりも従順になってしまうのか。


「食べ物がなくてさ……お酒も入ってこなくて……本当はしたくないんだけど…………値上げ……を、余儀なくされてさ…………」


『値上げ』という言葉に相当抵抗があるのか、口にするのに大層時間を要していた。

 悔しさが歪む口元から滲み出している。


「でも、出来る限りお客さんに負担はかけたくないからさ!」


 必死に訴えかけるように、パウラは座ったまま俺に詰め寄って声を荒げる。

 が、すぐにまたトーンダウンして、俯く。


「あたしたちが食べる分を減らして……減らして……全部、お店に回して…………ギリギリのところでやってるのにさ…………お客さん、来なくてさ…………昨日唯一来てくれたお客さんは、メニュー見た途端『高い』って、…………舌打ちして……帰っちゃって………………」


 膝を抱え、その間に顔を埋め、パウラは長く震えた息を吐く。


「………………もう、どうしろってのさ……」


 小さく丸まって、パウラは動かなくなってしまった。

 泣いているのかもしれない。


 パウラの頭越しに店内を見ると、カウンターに店長が無言で立っていた。

 俺たちの会話は聞こえていたはずだ。だが、何も言わず……いや、何も言えず、だな……ただジッと、客のいない店内を見つめていた。

 カウンターに立てかけられていた木版には、『ワイン800Rb』と書かれていた。800Rbの横には『300Rb』という数字が×で消されている。

 ……三倍弱の値上げ、か。


 どうすることも出来ないのだろうか……

 これでは、生産者も、消費者も、そして俺たち商売人も、みんなして干上がってしまう。


 …………なんとかしなけりゃな。


 ………………

 ………………

 ………………あ、いや。違うぞ。

 別に、正義の心に目覚めたとか、パウラに同情したとかいうことではなく、あくまで俺のためにだ。


 詐欺師とは人を騙して金を得る者だ。

 つまり、周りの人間が干上がってしまっては巻き上げる金がなくなってしまい、詐欺師としては商売あがったりになってしまうのだ。

 金を持っているヤツからしか、金は取れないからな。


 ……もっとも、貧乏人を狙う最低の詐欺師もいるけどな。

 俺はそれを認めない。そんなヤツは三流だ。いや、見習い以下だ。

 弱り目に祟り目的な詐欺しか出来ないヤツは自分の能力の低さを恥ずかしく思い今すぐ高層ビルからダイブすることをおすすめする。辞めちまえ、才能ねぇから。

 単純な発想だ。

 並々と水が張られた風呂桶の底に穴を開けるのと、空っぽの紙コップをひっくり返すのとでは、どちらがより簡単に、より確実に、より多くの水(利益)を得られるだろうか? 

 考えるまでもなく前者だ。

 そんな単純なことすら見失って水も入っていない紙コップに群がってる詐欺師など、旅行先でたまたま入った個人経営の店のポイントカードくらいに必要のない存在だ。……いや、もう二度と行かねぇしな。


 とにかく、俺は全国チェーンの各店舗で使えるポイントカードなのだ。……なんでポイントカードで例えたんだろう……分かりにくいな。


 つまり!


 この街の連中が適度に儲かっていてくれないと、俺が困るということだ!

 具体的には……


 大通りの高級酒場の看板娘が店先で泣かない程度には、な。


「ねぇ、お兄さん!」


 突然、パウラが顔を上げ、グイグイと俺ににじり寄ってくる。


「あたしのこと、買ってくれない!?」

「はぁっ!?」


 この娘、何言ってんの!?


「あたし、生娘だし! 顔も結構可愛いと思うんだけど、どうかな? 好みじゃない?」

「いや、急になんの話だよ?」

「おっぱいもそれなりに大きんだよ!」


 そんなもんはとうの昔にチェック済みだ。


「どう? 結構価値あると思わない?」

「待て待て! 腹が減り過ぎて錯乱しているのはよく分かったから、一旦落ち着け」

「あたしは本気! お店のためなら……あたし、なんだってやる! どんなことされたって平気だもん!」

「お前が平気でも、俺が平気じゃねぇんだよ! 見ろよ、カウンターの向こうでブルドックが目と牙をギラギラ光らせてんじゃねぇか!」


 カウンターの向こうから、パウラの父が物々しいオーラを放出させて俺を威嚇している。

 ……俺にじゃなくて、お前の娘に言えよ!


「父ちゃんは黙ってて!」

「……くぅ~ん」

「いや、『くぅ~ん』じゃねぇよっ! 弱過ぎるだろ、父親!?」


 そういえば、ロレッタをクビにした時もパウラの権限で勝手にやってたもんな。

 そんなんだから経営が厳しくなってんじゃねぇのか?


「お願い! あたし、お兄さんだったら大丈夫だから!」

「俺が大丈夫じゃないんだよ! 俺の故郷では性の売り買いはご法度なの!」

「まとまったお金があれば、行商ギルドから食材が買えるの! だから、お願…………っ」


 捲し立てるパウラの口を人差し指で押さえつける。

 指が唇に触れると、パウラの顔が真っ赤に染まった。

 ……この程度で照れるくせに、買えだなんだと生意気なこと言ってんじゃねぇよ。


 それよりも。


「詳しく聞かせてくれないか?」

「……え? な、何を?」


 金を出せば食材が手に入る……ってことはやはり食材はストックしてあるんだ。

 出し渋って値段を吊り上げてやがるのだろう。汚い連中だ。

 俺は七並べで『八』を出し惜しみするヤツがとにかく嫌いだ。

 大富豪でパスをしまくるのは戦略として有りだけどな。俺はよくやる。悪いか?


 つまり何が言いたいかというと……どうにもやっぱり、俺は行商ギルドが好きになれそうにないってことだ。


「お前の店が、普段いくらで食材を仕入れていて、今現在どれだけ値が上がったのか。そして、今後の条件に何か付け加えられたのかどうか……そこら辺を詳しく聞かせてくれ」

「そ、そんなの、言えるわけないじゃない! そんな、手の内をさらすような真似……何を言われたって教えられないよ!」

「情報提供をしてくれたら、ウチのタコスが食べ放題だぞ」

「………………………………ごきゅり」


 唾を飲み込む音が盛大に鳴り響き、それに合わせるようにパウラの腹の虫が大合唱を始めた。


「温かいトマトベースの野菜スープもある」

「………………じゅるるる」

「ついでに、あま~いハチミツ味のポップコーンも……」

「分かった! 参った! 降参!」


 パウラ、陥落。


「お兄ちゃ~ん」

「早く行かないと」

「工事してるみんな」

「げっそりしちゃうよ~」


 ずっと待たせていた妹たちから指摘を受け、賄い料理を届ける途中であることを思い出す。

 くそ……折角情報が手に入るかもしれないって時に……えぇい、しょうがない!


「妹! 大至急タコスを三つにスープを一つ準備してくれ!」

「あいあいさー!」

「四十秒で準備するー!」


 あ、それ絶対マグダに教わっただろ?


「用意出来たよー!」

「よし!」


 トレイに盛られたタコスとスープを持ち、俺はガラガラの酒場へと入店する。そしてカウンターへトレイを置き、ブルドッグ耳の店長に交渉する。


「これで、今日一日パウラを貸してくれ。もちろん変なことはしない。工事をしている連中に飯を振舞う手伝いをしてもらうだけだ」

「………………」


 店主は厳めしい顔をしたまま、ゆっくりと腕を上げた。

 そして、人差し指をピンと立て、俺に突き出してくる。


「……タコス、もう一個ってか?」

「…………こくり」


 ……意地汚ぇオッサンだな。


 かくして交渉は成立し、俺はパウラを連れて工事現場へと向かった。

 道中、そして現場にてパウラから情報を得る。


 細かい数字は省略するが、大まかに説明すると、これまで1000Rbで仕入れていたものに今後は7000Rb支払えと言われたのだそうだ。

 それを拒否すると、『災害のため食糧の生産量が落ちている』という、『精霊の審判』に引っかからない言い回しの脅しを受けたらしい。……確かに、『災害のため食糧の生産量が落ちている』よな。需要を満たすほどストックがあるかないかは別にして……

 そこで、アッスントはもう一段階の罠を張りやがった。

『今回だけ、食料を2万Rbで購入してくれれば、今後の仕入れ値は7000Rbではなく、3000Rbで構わない』と、持ちかけられたのだとか。


 ……一見すれば、最初にまとまった金を払った方がお得に聞こえるが、結局のところ、それでも仕入れ値は上げられている。


 そのことを指摘するとパウラは「あっ!? ホントだ!?」と目を大きく見開いて驚いていた。

 ……この街の住人は心がピュアなヤツしかいないのか?


 とりあえず、そういうわけなので、『まとまったお金』を稼ぐような真似はやめておくようにパウラには言い含んでおいた。そんなことで自分の価値を下げるもんじゃない。


 そんな説教臭いことを言った後、ちょっとオッサン臭かったかなと反省したりしたわけだが……


「……うん、もうしない」


 パウラが素直にそう言ってくれたので、まぁとりあえずはよかったのかなと思うことにする。


「お兄さんって、いい人なんだね」


 この街に来てからよく勘違いされる。

 俺がいい人だったら、悪の秘密結社は慈善活動のNPO法人扱いをされてなきゃおかしい。


「ねぇ、名前聞いてもいい?」

「ヤシロだ。オオバヤシロ」

「……ヤシロ……か。うん、覚えた」


 そう言って笑った顔は年相応に見えて、なかなか可愛らしかった。

 きっと腹が膨れて機嫌がいいのだろう。



 …………さて、と。



 パウラから得た情報を、もう一度自分の中で整理していく。

 賄い料理を配り終わったら、少し街の中を歩き回る必要が出来てしまった。

 とりあえずモーマットのところとデリアにネフェリー……協力を頼めそうな場所には片っ端から顔を出すか。







 パウラと妹たちの働きにより、賄い料理の配布が終わり、一般住民への販売も終了した。

 今日の仕事はおしまいだ。


 帰り道で合流した二号店の方も、無事に完売したようだ。

 デリアとネフェリーは、まだ少しぎくしゃくした感はあったが、協力して作業に当たったようだ。妹たちが証言してくれた。


「ヤシロ。困ったことがあったらいつでもあたいに言えよ! 責任感のあるあたいがなんとかしてやるからな」

「ヤシロ。何かあったらすぐ私に相談してね。頼りになる私がなんだって協力するから」

「お兄さん。あたしも、いつだって力になるからね」

「「誰っ!?」」


 パウラを見てデリアとネフェリーが目を丸くしたり、身構えたり、ちょっと威嚇したりと、帰り道も賑やかだったが、俺の耳にはあまり入ってこなかった。


 気が付けば、俺たちは陽だまり亭の前にいた。

 パウラは大通りで、ネフェリーはその先の通りで分かれたらしい。……覚えてない。


「じゃあ、あたいも帰るな」


 手を上げて、デリアが悠然とした歩調で遠ざかっていく。

 背中だけを見ていると、「強いヤツに会いに行く」人のようだ。


「……さて、と」


 やるべきことか、やらなくていいことかと問われれば、おそらく俺がやるようなことではないのだろう。

 だが、俺はあくまで俺の利益のために行動を起こそうとしている。

 そうすることが、俺にとって最良であり、ゆくゆく大きな利益を生むと確信すら持っている。


 それでも、少し戸惑ってしまうのは……危険が付き纏うから、だろう。

 それも、『俺に』ではなく、俺の近くにいる者が最も危ない……


 最悪、区外追放くらいはあり得るかもしれない。

 そうなったら、店に迷惑をかけることになるよな。


 やっぱり、店長には話しておくべきか……


「ジネット。ちょっといいか?」

「はい」


 いつものように笑顔で、いつものように柔らかい声で俺を受け止めてくれる。

 お前に危険が及ぶなんてことにはなってほしくはないのだが……


 店をマグダとロレッタに任せ、ジネットを連れて俺の部屋へとやって来た。

 ジネットが長持に座り、俺はベッドだ。向かい合う格好になり、俺は話を始める。

 今日得た情報と、それに伴う自分の見解。それを裏付けるために取ろうとしている行動と、それに伴う危険性。そして、最終目標を洗いざらい打ち明けた。


 俺の対面に座り、ジネットはずっと黙って俺の話を聞いていた。


「…………と、いうわけなんだ」


 長い話を終え、渇いた喉を陽だまり亭のレモン水で潤す。

 喉がごくりと鳴って、コップ一杯の水を飲み干すと、ジネットがゆっくりと顔を上げ、そして優しく微笑みかけてくれた。


「ヤシロさんが正しいと思うことを、わたしは応援したいと思っています」

「お前に迷惑をかけることになるかもしれんぞ」

「平気です。もし、物凄い迷惑を被ることになったとしても……」


 柔らかかった笑みが、ここでパッと華やかな色に変わる。


「ヤシロさんがいますから、きっとその迷惑も、ヤシロさんがなんとかしてくださいます」


 イタズラを成功させた子供のように笑い、そして、少し恥ずかしそうに俺の顔を覗き込む。

 ……やれやれ。

 こいつはどこまで理解してんだかな。



 まぁ、一応許可は取った。

 ならあとは、俺の思う通りにやらせてもらう。




 俺の邪魔をするヤツを黙らせる。



 ついでに。

 四十二区の住人の生活がちょっとだけ楽になるかもしれんが――そんなもんは俺の知ったこっちゃねぇな。





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