48話 賄い料理
「おーい! エサだぞー!」
大量の食事を載せた屋台を引き、俺は下水工事が進む区画へやって来た。
その目的は、仕事に精を出すこいつらに賄い料理を振る舞うためだ。
モーマットから買った大量の野菜をふんだんに使い、働く連中の腹を満たしてやるのだ。
「もうちょっと言い方なかったッスか!?」
「エサー!」
「エサ歓迎ー!」
「こういうの待ってたー!」
「お前らも喜ぶなッス! ちゃんと抗議するッス!」
時刻は正午。
腹の虫がフィルハーモニーオーケストラ顔負けの大演奏を行う時間だ。
そこにきてのこのサルサソースの食欲をそそる香り、堪らんだろう。
「はぁぁ、美味そうッス……」
抗議を完全放棄したウーマロがいそいそと列に並ぶ。
大雨が上がって数日が経過し、四十二区の復興はほぼ完了していた。あとは個人レベルで対応する程度だ。
そのため、俺たちとトルベック工務店は次の段階……すなわち、下水工事に取りかかっていた。この次に大雨が来ても被害を出さないように。
ハムっ子たちも毎日朝早くから日が落ちるまで、精一杯働いている。仕事にも慣れてきたようで効率がかなり上がったと、ウーマロが褒めていた。
そしてやはり、ハムっ子たちの穴掘り能力は凄まじいらしく、ハムスター人族無しで下水工事は不可能だと言わしめるほどになっていた。
これで、ハムスター人族に対する需要が生まれてくれれば、もう二度と忌避されるようなこともなくなるだろう。
「ほらほら、あんたたち! ちゃんと手を洗ってから並ぶです!」
パンパンと手を叩き、慣れた感じで弟たちを誘導しているのは、屋台の手伝いに付いてきたロレッタだ。いつもは妹たちと俺で回っているのだが、弟妹の働く姿を見てみたいと、今日は同行しているのだ。なんだかんだで心配らしい。
「ウーマロさん。ウチの弟たちはどうですか? ちゃんとやってるですか?」
「え、やっ、は、はい! もちろろろろん、よくややややややってくれくれくれててて」
ウーマロはまだロレッタに慣れていないようで、真正面から顔を見つめられて大いに照れている。
「棟梁顔真っ赤ぁー!」
「真っ赤っかー!」
「うっさいッス!」
「うっさいです!」
ウーマロとロレッタの声が見事に合致した。
弟たちの扱いに慣れてくると、みんな同じようなタイミングで同じことを言うようになるのだろうか?
「お兄ちゃん、タコスー!」
「おう! 出来たものから順に配ってやれ。スープと水は、どっちがいいか聞いてからな」
「「「はーい!」」」
賄い料理を作るのは妹たちだ。
と言っても、陽だまり亭で作ってきたトルティーヤに刻み野菜とマグダが捕まえてきた獣の燻製を載せ、上からサルサソースをたっぷりとかけるだけなのだが。
しかし、この単純なメニューがなかなかどうして、絶品なのだ。一度食べると病みつきになる美味さだ。
グーズーヤなんかはタコスに大ハマリして、夕飯にもタコスを注文するようになっていた。
「あぁ、このスパイシーな香りがなんともっ!」
「なんともー!」
「なんですとー!」
幸せそうにタコスを頬張るグーズーヤ。ハムっ子たちがその周りにわらわらと群がっている。
なんだか慕われているようだ。グーズーヤも立派に更生したんだな。
「肉も野菜も食えるんだよな、これ一個でさぁ」
「よく考えたもんだよなぁ」
「またスープと合うんだ、これが」
「陽だまり亭、すげぇわぁ」
大工たちの間でもタコスは概ね好評なようだ。
……まぁ、俺が考えたわけじゃないけどな。
「しかしありがたいよな、この賄い料理ってのは」
「あぁ。他所で飯を出してくれるとこなんかねぇからな」
「また、給仕の娘が可愛くて……」
「はいはい! 俺、三つ編みちゃん推し」
「俺はそばかすちゃん」
「バッカ、お前ら。分かってねぇなぁ! 舌っ足らずちゃんこそがナンバーワンだろ!?」
何やら、妹たちにファンらしきものが付き、しかも派閥まで出来ているようだ。
……変なことをしやがったらサルサソースを全部タバスコに変えるぞ。
それにしても……
すっかり『スラムの住人』なんてイメージは塗り替えられてしまったな。
まぁ、トルベックの面々限定ではあるが……この輪が広がっていくのも時間の問題だろう。
妹たちがテキパキとタコスを作り、それを売り子スタイルのロレッタと妹たちが配り歩いている。
気さくに話しかけるロレッタも、大工の間では人気が高い。
トルベック工務店の大工が常連になってくれれば、食堂としては大助かりだ。頑張れよ、お前ら。工事が終わるまでに客を掴んでおくように。
「ヤシロォ~!」
働く妹たちを眺めていると、通りの向こうからニワトリが走ってきた。
……え、なに!? 怖い怖い怖い! 鳥が来る! 鳥がぁ!
「お疲れ様。今日も精が出るわね」
日本人にとっては少し懐かしい雰囲気を醸し出すこの鳥は、養鶏場の一人娘ネフェリーだ。
思考回路が80年代のアニメヒロインのようであり、仕草は可愛らしいのだが……如何せん顔が完全にニワトリなので、見ていると微妙な気持ちにさせられる乙女だ。
「ネフェリーは歩く時に首を前後にしないんだな」
「やぁだ~! するわけないじゃない、鳥じゃないんだからぁ~!」
いや、鳥だけどな、お前は。
「それで、何か用か?」
「用、っていうか……ヤシロは、私たち……あっ」
と、「私ってば、今失言しちゃった☆」とでも言わんばかりに両手で口元を押さえ、そして軽く握った右手で自分の頭をぽかりと叩く。
ちょっと懐かしい雰囲気ながらも、可愛らしい仕草をイヤミなく素でやってのけるのがこのネフェリーという女子だ。ただ、顔は思いっっっっっっきりニワトリだが。
「ヤシロは街のみんなのために、新しいものを作ってくれてるんでしょ?」
「作ってるのはトルベック工務店の大工たちだがな」
「うふふ。ヤシロって、謙虚よね」
こちらのことを理解し、いいところも悪いところもみんな認めてくれる。ウチの隣にこんな幼馴染がいてくれたらと思わせるような、実に男受けしそうな性格をしている。ニワトリ顔のくせに。
「今日はね、頑張ってるヤシロに差し入れを持ってきたの。……口に合えば、いいんだけどな」
そう言って、小さな包みを俺に渡してくる。
その際、ネフェリーの指先に切り傷があるのを発見した。
「下手だけど一生懸命作ったんだぞ」系なのだろうか? それよりも、こいつの両手は羽になっていなくていいのだろうか? 首から下は完全に人間と同じなのだが……顔はニワトリ。
弁当の文化は、この街にはなかったと思ったのだが……ネフェリーは何を持ってきたのだろうか。
俺は渡された包みを開く。
中から出てきたのは、卵が二つ。……………………なに、これ?
「新鮮な卵を茹でてきたの。ゆで卵は、………………その……、好き?」
「なんで溜めたのかは知らんが、普通に好きだぞ」
「ホント! ……よかったぁ」
ホッと胸を撫で下ろすネフェリー。
……つかお前、ゆで卵作る工程のどこで指切ったんだよ? 不器用通り越して摩訶不思議な領域に到達してないか?
「いい匂いね。これはなんなの?」
俺にゆで卵を押しつけ、タコスに興味を惹かれるネフェリー。
え、なに? 俺がゆで卵食ってる横でタコス食う気なの? イジメ?
「タコスっていうの? へぇ~」
妹に説明を受け、興味深そうにタコスを見つめるネフェリー。
「ねぇヤシロ。これって売ってないの?」
「工事が一段落したら屋台を再開しようと思っていてな。そん時は売り出す予定だが……食いたいか?」
「え…………う、うん。だって、凄くいい匂いなんだもん」
「じゃあ、ちょっと待ってろ。おい、妹。用意してやってくれ」
「はーい!」
「あぁっ! でも! …………私、お金持ってなくて」
タコスを作り始めた妹を、ネフェリーは慌てて制止する。
「いいよ。このゆで卵と交換ってことだ」
「本当に!? ……ウチの卵、そんなに高くないよ?」
「そうなのか?」
俺はいつも格安で譲ってもらっているから適正価格を知らない。
味はいいし、黄身もしっかりしているいい卵なのだ。
エサを変えてからというもの、毎朝きちんと卵を産むようになったらしい。おまけに味も格段に良くなったと、以前俺に自慢していた。
それでも高値では売れないのか……まぁ、俺も安く譲ってもらっている身だしな。
今回くらい、ちょっとご馳走してやってもいいだろう。
「タコスの美味さを知り合いに広めてくれりゃ、それでいいよ」
「嬉しい! 前にヤシロが屋台やってるって聞いて、凄く行きたかったんだよ。……けど、私、あんまりお金持ってないから……」
どこの家も家計は厳しいようだ。
それよりも……
俺はネフェリーに近付いてこそっと耳打ちをする。ハムっ子たちには聞こえないように。
「お前は気にしないのか? その、ほら……」
「この子たちのこと?」
「あぁ、まぁ、そうだ」
「全然」
へぇ。偏見を持たないヤツもいるのか。
「だって、ヤシロはこの子たちのこと信じてるんでしょ?」
「え? あぁ。まぁな」
「だったら、私も信じる。私、ヤシロが信じてる人のことは信じられる気がするんだ」
なんて嬉しいことを言ってくれる娘なんだ……顔がニワトリなのが本当に悔やまれる。
「タコスー!」
「わぁ、ありがとうね、おチビちゃん」
「おチビ?」
「うふふ」
ネフェリーって、本当に『女の子っぽい』よな。
古き良き日本の、フィクションの中の理想の女子像に合致しそうだ。
……顔、以外はな。
いや、待て。もしかしたら、そう遠くない将来、ニワトリ系女子が大人気になることがあるかも………………ないか。うん。ないな。
「わぁ……美味しい…………っ!」
本心からの感激。それとはっきり分かる声だった。
言うともなく、思わず漏れた言葉に偽りはなく、ネフェリーが純粋にタコスを気に入ってくれたことが分かった。
そんなネフェリーを含め、あちらこちらから満足の声が聞こえてくる。
なんだか、ちょっとした祭りの会場みたいになっている。タコスフェスタか?
賑やかな笑い声と、美味いものを食った時特有のいい笑顔。そんな楽しげな輪の中に、ハムっ子たちが混ざり、あちらこちらで笑顔を覗かせている。
この連中はもう、スラムに偏見など持っていない。
ウーマロの威光が大いに発揮された結果かもしれんが……いや、共に汗を流し、同じ目的に向かって作業に従事していれば、そこには自然と仲間意識や絆といったものが生まれてくる。
とりあえず、ハムスター人族は居場所を見つけたと言っていいだろう。
あとは、一般住民の反応なのだが……
「あ、あの……っ!」
そんな時だった。
俺に声をかける者がいた。思い切ったような、勇気を振り絞った感じの呼びかけ。
振り返ると、幾分かやつれて見える線の細い女性が立っていた。
遠慮がちに声をかけてくる様は、どこか怯えているようにも見える。
「あの……これって、お店……では、ないんですよね?」
何か、含んだような物言いだ。
この屋台はあくまで下水工事作業に従事する者たちへの賄い料理を運ぶためのものだが……「店か」と聞かれて頑なに「ノー」と答えなければいけない謂れもない。
この女性の言いたいことは分かる。ならば……
「いや、これは移動販売用の屋台だ。領主の許可もちゃんと取ってある」
言って、屋台の屋根に取り付けたままだった出展許可証をアゴで示すと、女性の顔にわずかばかりだが赤みが差した。
タコスの香りと、楽しげな声につられて買いに来たのだろう。
というか、賄い料理を運搬するようになって数日が経つが、初日から遠巻きにこちらを眺める視線は感じていた。俺たちが以前屋台を引いていた者であることには気が付いていたのだろう。
しかし、いや、だからこそかもしれんが……声をかけてくる者はいなかった。
「この屋台で働いているのはスラムの住人だ」というイメージが先行していたに違いないのだ。
だが、この女性は声をかけてきた。
タコスの香りに負けたのか、楽しげな声につられたのか……
はたまた、懸命に働くハムスター人族を見る目が変わったのか……なんだっていい。
この女性が歩み寄ってきたこの一歩は、とても意味のある、大きな一歩となる。
「あ、あの、ちなみに……それっておいくらなんでしょうか?」
と、またも怯えたような口調で、女性が質問を投げてくる。
その表情を見て、俺は少し考えた素振りを見せてからこう答えた。
「そうだな……1つ10Rbでいい」
「買います!」
まさに即答だった。
目がやや血走っていてちょっと怖い。そんなに食いたかったのか?
でも、その気持ちも分からなくはない。
パンが20Rbといわれる世界なのだ。
その半額であるだけでなく、肉や野菜まで載った上でのこの価格。「これは買いだ!」と思わせるには十分過ぎるだろう。
ちなみにだが……このトルティーヤ、陽だまり亭・本店でももちろん10Rbで販売中だ。
「よし、ではお前たち! 今から一般販売解禁だ!」
「「「わー!!」」」
その気勢を聞きつけて、遠巻きに見ていた連中が一斉に駆け寄ってきた。
「俺にも売ってくれ!」
「こっちにも!」
「こっちには二つだ!」
凄まじい勢いである。
ポップコーンの時を凌ぐ勢いだ。
そんなに食べてみたかったのか?
…………いや、何かが違う。
「お兄ちゃん。なんだか凄いですね!? タコス、大人気です!」
ロレッタが驚きを隠さずに、嬉しそうに言う。
大人気……と、言うよりは…………
「ロレッタ。すまないが今すぐ陽だまり亭に戻って屋台をもう一台持ってきてくれ」
「二台でやるですか?」
「この先の通りでも工事は行われている。そっちにも飯を届けてやらないといかんからな」
「なるほどです。では、マグダっちょを応援に呼んだ方がいいですかね?」
「そうだな」
ロレッタと妹たちは計算が出来ない。
ジネットは店を離れるわけにはいかないので、マグダを呼んでもらおう。
店の方が手薄になるが、おそらくさほど混み合うことはないだろうから平気なはずだ。
今ここにある屋台、『陽だまり亭二号店』の分の補充も持ってきてもらうために、ロレッタと妹二人を陽だまり亭へ帰す。
俺の予想が当たっていれば、相当な量が必要になるはずだ。
「なぁ、明日もここで販売してんのか?」
「他の料理はないのか?」
「『二号店』ってことは、本店に行けば食べられるのか?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
答える前に次の質問が来るせいで、結局どの質問にも答えられなかった。
そして、決定的な質問が来て、俺は確信に至る。
「ここは、値上げとかしないよな?」
やはりな。
水害のせいで、物価が上がっているのだ。
モーマットの農場でも野菜が壊滅的なダメージを受けていた。
川漁ギルドも大雨の影響で漁が出来ていないだろうし、狩猟ギルドは外壁の外の森の補修にずっとかかりっきりだそうだ。マグダは怪我を理由に免除されているが、狩りを行った者はいないだろう。
それ以外の生産者も、概ね同じような状況のはずだ。
この大雨で、食べ物の流通が極端に落ち込んだのだ。
商品がなければ物価は上がる。
物価が上がれば買えなくなる者も出てくる。
特に、貧富の差が極端に激しい四十二区でのことだ。多くの者がこの食糧不足を『我慢』という方法で乗り切ろうとしているのだろう。
そう思って改めて見渡すと、屋台に群がっている連中は皆、どこかやつれて見えた。
「なぁ」
俺は、近くにいたオッサンに声をかける。
タコスに齧りつこうとしていたオッサンは、お預けを食らった犬みたいな目で俺を見てきた。
「食い物の物価ってどれくらい上がってるんだ?」
「あぁ……口にしたくもないほどだな」
「…………二倍?」
「四倍以上ってところかな……パンなんか、十倍近い値段に跳ね上がっていたよ……」
十倍?
あのカッチカチの黒パンが200Rb?
日本円で二千円かよ!? あり得ねぇ……
物流の停滞に加え、こういう時に荒稼ぎをしようという輩が出てきてしまったのだろう。
日本で震災が起きた時にも湧いていたっけな。コンビニのおにぎりを一つ千円で売り叩いていたヤツが。
この街にもそういうのがいるのか…………
「一週間くらいで物価は落ち着くと思っていたんだが……どうも行商ギルドにも物がないみたいでな…………この物価高はしばらく引き摺りそうだよ」
物がない。
それは仕方のないことだ。
モーマットだって、野菜さえ手元にあれば売りたいだろうさ。
だが、それがないのだ。
色んなところにしわ寄せが行ってしまってんだな。
「大通りの店も軒並み値上がりしちまって、俺たちにゃ手が出せない金額になってるしよぉ……」
大通りといえば、酒場やマーケットなんかが軒を連ねている場所だ。
イヌ耳店員パウラの酒場も大通りにある。今から考えると、あの酒場は金持ちが集まる高級店だったんだな。……無一文でそんな店に入った俺って、ある意味勇者じゃね?
「なぁ、頼む! 虫がいい話だとは思うが……」
タコスを大切そうに片手に持って、オッサンは俺の手を握りしめてきた。
額にシワが深く刻み込まれる。懇願の表情だ。
「どうか、この店だけは値上げをしないでくれ。この通りだ!」
頭を下げるオッサン。
ふと見ると、俺たちのやり取りを見ていた観衆が、皆一様に頷いていた。
捨てられた子犬みたいな、すがるような瞳がいくつも俺を見ていた。
現在の物価高は、貧困層には相当ダメージがデカいようだ。
陽だまり亭で山積みになっている売り物にならない野菜たちは、半ば押しつけられるような格好だったが……こうなると、アレはとても幸運なことだったかのような錯覚に陥るから不思議だ。
災害を種に、テメェの懐を満たそうって裕福層の面々に一泡吹かせてやるのも面白いかもしれん。
俺が破格の値段で飯を売り歩けば、客は皆こちらに流れてくるだろう。
そして、災害時にあこぎな商売をしたという記憶は消費者の脳裏に焼きつき、平時に戻った後もずっと付きまとう。
一度痛い目を見ればいい。
この街の経済を支えているのがどの層なのか、よく考えてみることだ。
「お~い! ヤシロ~!」
元気が溢れ出して留まるところを知らない、そんな大声が俺の名を呼ぶ。
マグダ……にしては元気過ぎる。この声は……
「デリア!?」
「よぉ! 手伝いに来てやったぞ!」
「デリアさぁぁぁああん!」
「ぅおっ!? な、なんだ、こいつ!?」
デリアの登場に奇声を上げたのはグーズーヤだった。
グーズーヤは、以前デリアのミニスカメイド姿を見てから、すっかりデリアのファンになってしまったようなのだ。
「グーズーヤ、ハウス!」
「ひどっ!? それはあまりに酷いですよ、ヤシロさん!」
「グーズーヤ、ハウスだ!」
「はい、デリアさんっ!」
あぁ……またしてもアホな病気を発症した男が一人…………トルベック工務店の未来は暗いなぁ。
「小っさいトラの娘がな、『……マグダは、ポップコーンを作らなければいけないから』って、代わりにあたいに行ってくれって」
「今の、マグダの真似か?」
鳥肌が立つほど似ていない。
「でも、いいのか? 川漁ギルドの仕事は?」
「川の修繕は、ヤシロが送ってくれたチビハムどものおかげでもう完了したんだ。あとは、水の流れが落ち着いて漁が出来るようになるまでは暇だ!」
「そうか。ハムっ子たちは役に立ったか」
「おぉ! オメロと交換したいくらいだったぞ」
そんな簡単に捨てちゃっていいのかよ、オメロ? 一応副ギルド長だろ?
「ね、ねぇ、ヤシロ……」
ドドッと客が来たことで忘れていたが、ネフェリーがまだいた。
「この、露出度の高いハレンチな……もとい、素敵な女性は誰? ヤシロとどういう関係?」
ネフェリーがデリアを警戒心たっぷりな視線で見つめる。
「なんだ、この鳥?」
「と、鳥じゃないもん!」
いや、鳥だけどな。
「デリアは川漁ギルドのギルド長としてウチと取引をしている相手であり、陽だまり亭の非常勤ウェイトレスだ」
「ヤシロのマブダチだ!」
「マブ…………わ、私だって、ヤシロとお友達ですから! 負けてませんから!」
「なんだ? ……あたいと勝負しようってのかい?」
「やめろ、デリア。ネフェリーはか弱い女の子なんだ」
デリアと勝負なんかしたら、……屋台のメニューにタンドリーチキンが追加されちまう。
「な……なんだよぉ…………あたいだって……そこそこ、か弱いんだぞ?」
お前がか弱かったら、世界中の人間が病弱で瀕死だわ!
「まぁ、アレだ。仲良くしてくれ」
「ヤシロがそう言うなら……。あたい『は』、心が広いからな」
「私『は』、全然気にしてないけどね」
だったら睨み合ってんじゃねぇよ。
あとネフェリー、あんま頑張るな。デリアが暴れ出すと誰にも止められないんだから。
「お兄ちゃん、追加ー!」
売り子スタイルの妹二人が、箱形トレーの中に大量のトルティーヤとサルサソースを入れて戻ってきた。
これを二号店へ追加し、満タンの七号店はそのまま次の現場へ直行だ。
「ところで、ロレッタは?」
「マグダっちょに捕まったー!」
「トルティーヤ焼いてるー!」
「マグダっちょ、鬼教官ー!」
なるほど。陽だまり亭屋台部隊はマグダの指揮下に置かれているわけか。
「店の様子はどうだった?」
「ぼちぼちー!」
ぼちぼちなら、まぁいいだろう。
もしかしたら、この屋台をきっかけに客が増えるかもしれない。そこんところ、ジネットに教えといてやらないとな。
「じゃあ、デリア。ここの屋台を頼めるか?」
「任せておけ!」
「あ、あの、ヤシロ!」
デリアがドンッと胸を張った横で、ネフェリーが焦りを滲ませた声を上げる。
「私にも手伝わせて。きっと役に立てるから!」
「おい、鳥」
「鳥じゃないですぅ!」
「お前、計算出来るのか?」
「………………」
「じゃあ使えねぇじゃねぇか」
デリアが「やれやれ」と肩をすくめる。
曲がりなりにも一つのギルドを束ねるデリアは、読み書き計算を一通りこなせるのだ。
「で、でも! 私にだって何か出来ることが……」
ネフェリーが鳴きそうだ。「コケーッ!」……じゃなかった。泣きそうになっている。
何を張り合っているのやら…………だが、待てよ。
「よし、分かった。ここはお前たち二人に任せよう!」
「「えっ!?」」
デリアとネフェリーの声が揃う。
そして、お互いの顔を見てびみょ~な表情を浮かべる。
「なぁ、ヤシロ……」
デリアが俺に近付き、腕を引いてネフェリーから距離を取る。
強引に引かれた腕はグイッと引き寄せられて……肘がおっぱいに…………むふ。
「あたいだけで大丈夫だぞ? あの鳥邪魔にならないか?」
「まぁ、そう言うなよデリア」
タダで手伝ってくれるというのであれば、俺は大いに賛成だ。
「妹たちはまだ接客に慣れていない。対応に迷うことがあるかもしれない。大人が多いと、子供たちは安心するものなんだよ」
「でもなぁ……」
いまだ納得いかない様子のデリア。
ここは一つ、乗せておくか。
「人材を上手く扱うのも『責任者』の腕だろ?」
「お? あたいがここの責任者なのか?」
「当たり前だろう。デリアはウチの正式なウェイトレスなんだし。何より計算が出来るだけの頭脳を持ち合わせている」
「頭脳!? …………あまり褒められたことがない、頭脳……っ」
「やっぱり、頭のいいヤツでないと人を上手く扱えないからな。その点デリアなら……」
「大丈夫だ! むしろ余裕だ!」
チョロいなぁ。
「任せろヤシロ! 『頭のいい』あたいが、ハムっ子と鳥を見事に使いこなしてみせる!」
「あぁ、頼む。やっぱりデリアは頼りになるな」
「頼りに…………っ!? ふ、ふふ…………ふはははは! よぉし、ハムっ子! ここにある分を全部売り捌くぞぉ!」
「「「おぉー!」」」
こっちはこれでよし、と。
「ねぇ、ヤシロ……あの人、本当に大丈夫なの?」
「頼りにはなるヤツだよ」
「でも……なんか、ガサツそう……」
おいおい、ネフェリー。お前の目は節穴か?
どっからどう見ても完全無欠にガサツじゃないか。
「だから、お前の力を貸してほしいんだよ」
「え?」
「デリアは頼りになるが、客相手の繊細な心配りとか気遣いには少々難がある」
「……『少々』?」
「だから、そこを上手くフォローしてくれないか? こんなこと、ネフェリーにしか頼めないんだよ」
……だって、デリアとハムっ子を除けば、今ここにいるのはお前だけだしな。――ってのは言わないでおく。
「わ…………私だけが、頼り…………?」
エステラとか、忙しいんだよな、最近。
「分かったわ、ヤシロ! 私、ヤシロのために頑張る! あの大きな人とも仲良くする!」
「そうか。それは助かるよ」
こっちもチョロい。
俺、この街で結婚詐欺とかしたら大儲け出来そう。
……もっとも、デリアやネフェリーを騙したりした日には…………あとが怖いどころじゃなくて、その『あと』そのものが消滅してしまうだろうがな。
「じゃあ、二人とも。あとはよろしく頼むぞ」
「責任者のあたいに任せておけ!」
「頼りになる私がいるから大丈夫だよ!」
まぁ、これでなんとか乗り切ってくれるだろう。
よく言えば切磋琢磨だ。
「おい、妹」
「なぁに、お兄ちゃん?」
だが、一応保険をかけておく。
「あの二人がおかしなことをし始めたら、すぐ俺を呼びに来てくれ」
「はーい! 分かったー!」
素直に言うことを聞いてくれるという点では、妹たちが一番信用出来る。
「よし、じゃあ、妹たち! 半分は俺に付いてこい!」
「「「「はーい!」」」」
こうして、何重にも保険をかけて、俺は陽だまり亭七号店を引き、大通りを目指して歩き出した。
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