44話 雨の日のミーティング
特効薬が効いたのか、子供たちはみな静かに寝息を立てていた。
昨晩は苦痛から一睡も出来ていなかったようだから、今は寝かせておいてやろう。
寮母たちは厨房へ行き、子供たちがいつ目覚めてもいいようにとお腹に優しい料理を用意しておくそうだ。
朝食の寄付は、今日だけお休みだ。
窓の外では、いまだに1メートル先も見えないような大雨が降り続いている。
「今日、お店どうしましょうか……」
窓の外を見ながらジネットがそんな言葉を漏らす。
心情的に、子供たちに付いて看病をしてやりたいのだろう。
かと言って店を空にして万が一にも客が来たら……と考えているのだろう。
一つ言っておいてやろう。
来ねぇよ、客なんか。
昨日の雨でも来客はゼロだったのだ。
さらに雨脚が強くなった今日、来るわけがない。
さすがのウーマロも、この雨の中はやって来られないだろう。
いや、むしろ、この雨の中をマグダに会いたい一心で四十二区にまで来たりしたら軽く引く。
それはさすがに必死過ぎてキモい。
「……大丈夫。抜かりはない」
マグダが『無表情にもかかわらず得意げなのが丸分かり』な、なんとも微妙に難しい表情で小さな胸を張る。
「……さっき戻った時に張り紙をしておいた」
マグダはさっき、俺の着替えを取りに陽だまり亭へ戻ってくれていたのだ。
夜も明けたということで、この大雨の中を一人で行ってくれた。
……エステラとレジーナ、それからベルティーナに「全裸の男が教会にいるのはよろしくない」と強く言われたという背景もあり、そのようなことになった。
それで、陽だまり亭に戻ったマグダは「折角だから」と色々行動を起こしてきたらしい。
まず、玄関に『御用の方は教会まで(食事も出来ます)』という張り紙を張ったのだそうだ。
……その張り紙が雨で破れたり風で飛んだりしてないといいけどな。
そして、マグダは屋台を引いてやって来ていた。
屋台の大半は蓋付きの箱で構成されており、その中に色々な食材を詰め込んで持ってきてくれたのだ。ポップコーンセットと、各種食材。そして、ろ過された水を中型の水瓶いっぱいにだ。これでだいたい10リットルほど入っているだろう。
相当な重さだったはずだが、そこはマグダ。人間離れした怪力で難なく屋台を引いて戻ってきた。しかも、片手に傘を差しながら。
「よく気が付く、いい娘だ」
「……褒めるといい」
マグダがとてもいい働きをしたので、さっきからずっと膝の上に抱いて頭を撫でてやっている。念のために言っておくが、これはマグダからの要望であって、別に俺が趣味でやっているわけではない。
「飲み水を持ってきてくださったことは、本当にありがたいです」
ベルティーナがマグダに深々と頭を下げる。
折角症状が落ち着いたのに、水が飲めないのでは子供たちもつらいだろうしな。
教会には大きな水瓶があり、そこに生活用水が備蓄されている。
ただし、これらは風呂や洗濯に使われるもので、飲料水としては使用出来ない。
備蓄最優先故に、中の水を入れ替えることが出来ないのだ。水が減れば注ぎ足される。
飲料水は庭に井戸があるため備蓄はされていなかった。
今回の雨でその井戸がやられてしまったわけだ。
まさか、井戸の水が水瓶に溜めてあった生活用水より汚染されるなんて、思いもしなかったのだろう。
というか、生活用水を水瓶に溜めておくこのシステムから見直す必要があるかもしれない。
いくら飲まないとはいえ、食器を洗ったり風呂に使ったりするのは少々不衛生だ。
全体的に、水に対する改革が必要になるだろう。
今現在、俺たちは談話室で話し合いを行っている。
子供たちはレジーナが診てくれている。と言っても、みんな眠っているので特にすることもないらしい。一応の見張りを兼ねて、子供部屋で薬を作っているようだ。
香辛料が手に入ったことで、レジーナは本当に嬉しそうにしていた。
だが、何かを察して出所を聞いてくるようなことはしなかった。
ただ、「日頃の行いがえぇからかもしれんなぁ」と言うに留めていた。
で、俺たちが何を話し合っているのかというと……
「井戸がやられたのは痛手だね。今後、飲料水はもちろん、料理に使う水も入手するのが困難になる」
「飲食だけでなく、顔を洗ったり歯を磨いたり、食器や洗濯物を洗うことも難しいですよね」
「……お風呂もダメ」
エステラに続き、ジネットやマグダも問題点を指摘する。
汚水が混ざってしまった以上、井戸の水は直接間接を問わず、人体に触れるものには使えない。
「つまり、水の使用そのものが出来ないというわけなのですね……困りました」
と、ポップコーンをポリポリ食べながらベルティーナが深刻そうな表情を見せる。
……っておい。
一切深刻そうには見えない。
しかし、ベルティーナは子供たちが倒れてから不眠不休不食で看病を続けていたのだ。糖分を摂って体力と気力を回復してもらうのはいいことだろう。
「この雨の中、陽だまり亭から水を運んでくるしかないのかなぁ……」
直近の問題にエステラが難しい表情を見せる。
まぁ、それもそうなのだが……
「事態はここだけでは収まらないかもしれないぞ」
「……どういうこと、かな? まだ何かあるって言うのかい」
エステラの表情に緊張が走る。
気付いていないようなので教えておいてやる。
「大雨と川の氾濫が原因だとするなら、同じような現象があちらこちらで発生する可能性がある。それこそ……街中で、同時多発的にな」
「――っ!?」
エステラと同様にジネットも驚愕の表情を浮かべる。
マグダも、俺の顔を覗き込んでくるあたり驚いているのだろう。
「安全な飲み水の確保が必須だが、それ以前に水に関する知識を住民に周知する必要がある。『井戸の水は安全』なんて思い込みを持っているヤツは、間違いなく同じ轍を踏む」
「確かに、これまで水の安全性に関して考えたこともなかったな……濁っていると飲めないな、くらいしか」
「病気を引き起こす細菌は目には見えない。無色透明な病原菌まみれの水だってあり得る」
「あ、あの、ヤシロさん……それを飲むと……どう、なってしまうんでしょうか?」
不安げな顔で尋ねてくるジネット。不安を煽るつもりはないが、危機感は持っていてもらう必要がある。事実を隠さず、はっきりと言ってやる。
「最悪の場合、命を落とすこともあり得る」
「…………そんな」
絶句し、瞳を潤ませるジネット。
誰かの命が危険にさらされるかもしれない。そう考えるだけでジネットは胸を痛めるのだろう。
「ヤシロ……何か手はないのかい?」
エステラの声に余裕は感じられなかった。
切迫した瞳が俺を見つめている。
すがるような視線だ。
そういう目を向けられるのは好きではない。
どれほど期待を寄せられても、俺は出来る事しか出来ないのだ。ヒーローでも救世主でもなんでもない。俺はただの詐欺師。ほんのちょっと口が上手く人を欺くことに長けているだけの、ごく普通の人間なのだ。
勝手に最後の希望にされでもしたら敵わない。
一縷の望みを、何も出来ずに消し去ってしまうことだってあり得るのだから。
……だが、言い換えれば、こういうことでもあるよな。
俺は、出来る事なら出来る。
「陽だまり亭にあるろ過装置を大至急量産するぞ」
それで貸しが作れるのなら、きっとゆくゆく俺の利益になってくれるだろう。
俺の知識が必要なら、いいぜ、いくらでも披露してやる。
「構造はいたって簡単なんだ。使っている材料もどこでも手に入る、金のかからないものだ。作るのにちょっとしたコツと知識が必要だが……そこら辺は俺が知っている」
「そうですね……あのろ過装置を通したお水はとても綺麗になっていました」
「……アレがあれば、お水は安心?」
「いや、それだけじゃダメだ。ろ過では細菌は殺せない。汚水が流れ込んでいる可能性があるから除菌は徹底的にする必要がある」
「煮沸、ですね」
「あぁ。大抵の細菌は熱湯で死滅する。もしレジーナが炭酸なんかを持っていたら、それも効果的だ。細菌は酸に弱いからな」
「ヤ、ヤシロ、ちょっと待って!」
ろ過装置の中身を知っている陽だまり亭一同が話を進める中、エステラがそれに待ったをかけた。
「そのろ過装置……その技術を教えてくれる……ってことかい?」
「そう言ってるだろう」
「いや……でも…………」
エステラはこう言いたいのかもしれない。
「そんな凄い技術を、無償で公開していいのかい?」と。
まぁ、金になるならそれに越したことはないが……
「緊急事態だ。金より重いものがあることくらい、俺だって知っている」
「……ヤシロさん」
ジネットが俺の袖にそっと触れる。
義理の祖父を亡くしているジネットは味わったはずだ、大切な人が二度と手の届かない場所へ行ってしまう悲しみと恐怖、そしてその後の孤独感を。
あんなもん……そう何度も味わいたいもんじゃないよな。
「エステラ、この技術はお前に預ける。権利をやるから俺が領主の力を最大限行使出来るよう便宜を図ってくれ」
「それは、さすがに…………いや、緊急事態だったね。いいだろう。ボクの責任で君の要求を押し通してみせるよ」
一応、ジネットやマグダ、ベルティーナたちはエステラの身の上を知らない……かもしれない。明言は避け、あくまでパイプ役として話を進める。
俺が秘密にしてやる義理はないのだが、本人が話してないことを他人がペラペラしゃべっていいものでもない。必要があれば、自分の口から言うだろう。
「まず、今すぐに使える人材を総出で住民の家々を回り、水への警戒を呼びかけてくれ。その際、病人の有無の確認、そして、水の安全を確保するための講習会を開く旨を伝えてくれ。その講習会までにろ過装置がいくつか作れればいいのだが、時間的に難しいから……取り急ぎ各通りに一つずつ配置出来る手配を頼む。あ、それと、ろ過装置は素人が転用して粗悪品が出回っちゃ困るから、お前のところで一括生産を行ってくれ。その際は俺も協力するから」
「……ヤシロ。君は…………」
矢継ぎ早に話す俺の言葉をぽかんとした表情で聞いていたエステラは、少しだけ口角を上げて薄い笑みを浮かべる。
「……少し、変わったね」
なに言ってんだ、こいつは?
そんなわけがない。
俺はいつまでも俺のままだ。
「さぁ~て。尊い人命を救う歴史的技術の提供だ。見返りに何がもらえるのか今から楽しみだなぁ~っと」
「ふふっ……」
くすくすとエステラが笑みを零す。
こんな状況で笑うとか、心がカッサカサに乾いちゃってんじゃないのかね?
お前が政治家だったら、それだけで野党に叩かれちゃう事案だぞ。選挙に出る時は気を付けろ。
「何か見返りが欲しいなら、領主様にでもお願いするんだね。きっと凄いものをくれるだろうから」
「あぁ、そうするよ」
こうやって軽口を叩いてる方が似合ってるって言いたいんだろ?
分かってるよ。
だいたい、アレだ。
この教会で昨晩起きたような事件が多発してみろ。経済がマヒするぞ?
どこもかしこもお通夜状態だ。なにせ、あのベルティーナが食事をとることを忘れるほど憔悴していたのだからな。
そんな陰鬱な空気が街全体に広まってみろ。
ポップコーンを食ってる場合じゃなくなる。そうなりゃ、移動販売のリベンジとか言っていられなくなる。
このままじゃ金蔓が台無しだ!
だからやるのだ。
俺は、俺のために。
ただ、ついでだから「キャー、ヤシロさんっていい人、素敵! 巨乳で挟んであげたい!」と思われるような役得が転がっているなら回収しておいて損はないだろう。
善人のフリは、得意だからな。
「さぁ、みんな今すぐ行動だ! 街の人々のために! 明日の笑顔のために!」
「いや、そこまでやるとさすがに嘘くさいよ」
「……新興宗教」
おい、マグダ。
滅多なこと言うんじゃねぇよ。
誰がそんなもんを…………いや、金になるかもしれないな。
「ヤシロ。目が金貨みたいになってるよ」
「マジでか? 取り出したら豪遊出来そうだな」
「……イヤミだよ」
「知ってるよ」
こっちでは、守銭奴を指して「目が金貨になってる」ってイヤミを言うのか。
俺からすれば褒め言葉に聞こえるけどな。
「ごめんくださいませ!」
降りしきる雨の音に混じって、聞き覚えのある声が教会の入り口から聞こえてきた。
この声は……
「は~い、ただいま………………ぽりぽりぽりぽり」
「いや、食ってないで出て来いよ!」
「わたしが行ってきます。シスターはお疲れでしょうから」
「すみません、ジネット。よろしくお願いします…………ぽりぽりぽりぽり」
ダメだ。
どうやら、このシスターに食い物を与えると動かなくなるらしい。
今後は要注意だな。
「お邪魔いたします」
「ナタリアっ!?」
来客の顔を見てエステラが腰を浮かせた。
そりゃ驚くだろう。
なにせ、昨晩高熱を出してぶっ倒れたヤツが、この大雨の中、館から遠く離れた教会にまでやって来たのだ。
「寝てないとダメじゃないか」
「しかし……お嬢様が、男と一夜を共に過ごしたなどと聞いては、居ても立ってもいられず……」
「誤解を招く表現はやめてくれるかな!? 同じ建物の中にいただけだよ!」
「いいえ、お嬢様。この男は、風邪で弱った私に『口を開けて舌を出せ』とか、頬に触れながら、こんな至近距離で言ってくる男なのですよ!?」
「誤解を招く表現はやめてくれるかな!? お前の風邪を診察しただけだろうが!」
なに、この歩く人間爆撃機……大雨の中不法投棄しに行きたい。
「本当に、無茶ばかりして……」
エステラがナタリアに歩み寄り、体を労わるように声をかける。
その間に、ジネットがナタリアの濡れたマントを受け取り、マント掛けに行く。
そして、マグダがテーブルの下に隠れた。……なんだろう。野生の勘的なものが警鐘を鳴らすのかね、ナタリアに対しては。
そんなナタリアは、姿勢こそシャキッとしているが、まだ頬が少し赤く感じられた。
「お前、まだ熱があるんじゃないか? 無理しないで座ってろ」
「お気遣いなく」
「お前が立ってると、俺が気になるんだよ。いいから座れ」
「……あなたに優しくされると、不意に甘えたくなるのです。少し控えてください」
お……おぉう?
それはクレームか?
なんか、単にデレられただけのような気がするのだが……
「分かりました。座りましょう。ただし、私を病人扱いするのはやめてください」
「分かったよ」
「ただし、熱があるかどうか額に触れて確認してください。アレは割といいものです」
「甘えたい欲求が強く出ちゃってるぞ、お前」
主の世話を完璧にこなすスーパーメイド長ナタリアが、昨日の診察で甘えることを覚えた。
で、ちょっと味を占めているというのか。
……開けてはいけない箱を開けちゃってないだろうな、俺。
「ヤシロさん…………ぽりぽりぽりぽり……彼女は確か…………ぽりぽりぽりぽり……四十二区の…………ぽりぽりぽりぽり」
「食うかしゃべるかどっちかにしてもらえませんかねぇ!?」
「………………ぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽり」
「『食べる』選んじゃったよ、このシスター!?」
おそらく、ベルティーナはナタリアを知っているのだ。
それを確認したかったのだろうが……残念。食い意地が勝ったようだ。
もう、大人しくポップコーンを齧ってろ。
「……と、いうことで、領内にろ過装置を設置しようという話になっているんだ」
俺が、リスのようにポップコーンを齧るベルティーナを見ている間に、エステラとナタリアの間では情報の共有化が済まされていた。
さすがというか、抜かりないな。
「概ねの事情は理解しました」
「『ぺったんこ』の説明で『オオムネ』理解しただとっ!?」
「……何が言いたいのかな、ヤシロ?」
いや、だって、小胸のくせに大胸って…………てぇっ! ナイフが二本、こちらを狙っていた。
「ろ過装置の話をしよう!」
話題転換にてなんとかこの局面を乗り切った。
さすがは俺。頭脳プレーの申し子だけのことはある。
「では、ろ過装置の話が終わり次第、先程の説明を求めるとしましょう」
誤魔化せてないっぽい!
そういえば、『頭脳プレーの申し子』って、自称してただけで誰からも呼ばれたことなかったっけな。
「とりあえず……簡単な仕組みとろ過装置の作り方を説明するな」
小石と砂、それから木炭と目の細かい布、それらを使って作るろ過装置について俺は説明を始める。
要するに、粒の大きいものから順々に水を通過させていき、水の中の不純物を除去してしまおうという仕組みだ。
「材料集めが大変そうですね……この雨の中ですと、砂などが難しいでしょう」
ナタリアの指摘はもっともだ。
住民全員分を賄うためには相当大掛かりなろ過装置が必要になるだろう。材料集めがネックだな。
「木炭は、各家庭を回って提供してもらいましょう。薪が灰になる前に回収してもらえばある程度は集まると思います」
「教会でも、いくつか用意いたしましょう」
ナタリアの意見にベルティーナがそう申し出る。
教会の厨房は天井が高く、竃も大きい。木炭を作るにはいい場所だろう。風呂の湯を沸かした際の薪や、今寮母が料理に使っている薪はすぐにでも使用出来る。
あとは砂かぁ……
「ご、ごめんくださいですぅー!」
「くださーい!」
材料の手配に頭を悩ませていると、これまた聞き慣れた声が玄関から聞こえてきた。
この声はロレッタだ。
大雨の中出勤してみたら店が閉まっていて、そしてマグダの張り紙を見てこちらに来たのだろう。
「……ロレッタのことをすっかり忘れてた」
「申し訳ないことをしてしまいましたね」
客は来なくとも、従業員は来る。
そのことを失念していたのだ。
なんとなく、もうみんな揃ってるって思っちゃってたし。
「いやぁ、凄い雨ですねぇ。あ、みなさん、おはようございますです!」
寮母に連れられ、談話室に入ってきたロレッタ。傘を差してきたのか上半身はあまり濡れていないようだ。
元気な挨拶と共に眩しい笑顔を向けられて、……目を逸らしてしまった。
「ふぉっ!? ど、どうしてみなさん目を逸らすですか!? え、あたし何か仕出かしちゃいましたですか!?」
いや、お前は悪くない。何も悪くないんだ。……ただ、存在感が薄かっただけで。
「お姉ちゃん、拭いてもらったー!」
「もらったー!」
全身の毛を毛羽立たせて、ハムっ子が二人談話室に入ってくる。
ロレッタのお供を買って出た弟たちらしい。
お供のついでに、何か仕事がないかお伺いを立てに来たのだそうだ。
「ロレッタさん。折角来ていただいたのに申し訳ないのですが、今日はお店を開けないでおこうと思っているんです」
「そうなんですかぁ。まぁ、この雨じゃあお客様、たぶん来ないですしね」
うな垂れる弟たち。
その隣で、ロレッタが窓の外へ視線を向ける。
「…………あれ? あの人は……」
ロレッタの言葉に、俺たちは全員窓の外へと視線を向けた。
豪雨のせいで視界が悪く、人の姿はハッキリ確認出来なかった。
出来なかったが……アレはあいつに違いない。
「マグダ」
「……なに?」
「…………カモが来た」
マグダが小首を傾げるのとほぼ同時に、もうすっかりお馴染みになった声が聞こえてきた。
「ごめんくださいッスー!」
ウーマロだ。
……あいつ、この豪雨の中、マグダ見たさに四十二区まで歩いてきたのか?
…………引くわぁ…………
「マグダ。今すぐタオルを持ってウーマロに渡してこい。その際『あぁ、困った、どうしよう(棒)』と呟きつつな」
「……了解」
物分かりのいい大女優マグダ。発進である。
マグダが談話室を出ると同時に、「むはぁー! マグダた~ん!」というドン引きの歓声が聞こえてくる。
……あいつ、もう四十二区に引っ越してくればいいのに。
「……あぁ、困った、どうしよう(棒)」
「任せるッス! オイラがなんだってやってあげるッス!」
かくして、俺の思惑通りにカモが釣れた。
ジネットは少々困ったような表情を見せていたが、他の面々は「しめしめ」といった顔をしている。もうさすがに、ウーマロの立ち位置を理解していない者はいないようだ。
マグダに手渡されたタオルで体を拭きながらご満悦な表情で談話室に入ってくるウーマロ。
「「ようこそ、ウーマロ。君が来るのを待っていたよ」」
俺の思考を読んでなのか、エステラが俺とまったく同じタイミングでまったく同じことを言った。
ふふふ……やるな、貴様。
「……あ~…………とりあえず、オイラは何を作らされるッスかね?」
ウーマロ自身も、自分の立ち位置を理解しているようで何よりだ。
なぁに、悪いようにはしないさ。
慈善事業だ。きっと領主からもたんまり報酬が出る。大雨で仕事が上がったりなお前にはもってこいのいい話となるだろう。
だからまぁ、…………馬車馬のように働け。な?
こうして役者が揃い、俺たちは四十二区救済の一大プロジェクトに取りかかることとなった。
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