27話 トウモロコシの使い方
「ほゎぁぁあああっ!?」
ジネットが奇妙な雄叫びを上げている in 陽だまり亭厨房。
「なんか、ぽんぽんいってますよぉ~!?」
蓋をしたフライパンを揺らしながら、ジネットは盛大に怯え、腰が完全に引けている。だが、しっかりとフライパンを揺すって熱を均等に行き渡らさなければ焦げてしまう。
「大丈夫、死にはしない。気にせず続けろ」
「ほ、ほふぁいっ!」
恐怖で返事がアホみたいな感じになっている。
カラカラと乾いた音を発していたフライパンの中から急に破裂音が鳴り出し、それは断続的に、次々と、乱発するように鳴り響き始めた。
ジネットが泣きそうになるのも頷ける。
俺も初めて作った時は爆発するんじゃないかとかなりビビった記憶がある。
フライパンの蓋に打ちつける破裂音は絶え間なく鳴り響いた後、徐々にその回数を減らしていく。
辺りには、バターの焦げたなんとも言えないいい香りが充満している。
最初、何が起こるのかと厨房に入り興味深そうな視線を注いでいたマグダとエステラも、今は厨房の外へと避難している。
俺たちが留守の間にナンとピザとお好み焼きを完食していたベルティーナは「出来上がったら持ってきてください」と食堂で待機している。
ウーマロは俺たちが戻ってきたのと入れ替わりで帰っていった。一応、仕事の準備はしておかなければいけないそうだ。……たぶん、明日も休みになるだろうなとはボヤいていたが。
そんなわけで、今厨房にいるのは俺とジネット。そして、今にも気を失いそうな青い顔をしたヤップロックと、献身的に夫を支えるウエラー。破裂音に大はしゃぎをするシェリルと、暴れる妹を必死に押さえつけているトットの計六人だ。
ここの嫁と息子は出来た嫁と出来た兄だな。
「ヤ、ヤシロさん……音が…………止みました…………」
涙目でジネットが報告してくる。
「んじゃ、ボウルに移してくれ」
木製のボウルを手渡すと、ジネットがそれを受け取…………れなかった。
手が物凄く震えている。よほど怖かったようだ。……しょうがない。
「シェリル、トット。ちょっと来い」
「はーい!」
「う、うん!」
シェリルは元気よく、トットはおっかなびっくりといった様子で近付いてくる。
俺はフライパンを受け取り、子供二人の顔の前に持っていく。
そして、ゆっくりと蓋を開けた。
「「わぁっ!?」」
瞳をキラキラさせて、子供たちが最高のリアクションをしてくれた。
バターのいい香りが一気に広がり、そして、さっきまではそこになかった真っ白でもこもこした食べ物がフライパンの中にぎっしり詰まっていたのだ。
その光景に子供たちは大はしゃぎだ。
「すごーい! なにこれー!?」
「いい香り……」
ふふん。この反応…………こいつは売れるっ!!
俺は出来上がったポップコーンをボウルへと移し、軽く塩を振る。これで塩バターポップコーンの完成だ。
「美味しそうですね」
「そうだろう。どうだ、一つ食べてみ……」
「えぇ、是非に!」
ジネットだと思って話しかけたのだが……そこに立っていたのは満面の笑みを浮かべたベルティーナだった。
「あの……食堂にいたんじゃ……?」
「いい香りがしましたもので。気が付いたらここにいました」
瞬間移動かよ!?
「たべたいー!」
「ぼ、僕も!」
子供たちが俺に詰め寄ってくる。
「……興味深い」
「へぇ……不思議な変化をするものだね」
さっきまで避難していたマグダとエステラも、匂いにつられて戻ってきたようだ……こいつら。
「ウチのトウモロコシが、こんな形に……」
「不思議ですねぇ」
ボウルを覗き込み、ヤップロックとウエラーが複雑な表情を浮かべる。
トウモロコシをトウモロコシとしてではなく、おかしな手を加えたことに引っかかりを覚えているのかもしれない。だがまぁ、食えば納得するだろう。
で、一番の功労者のジネットなのだが……
「……立てるか?」
「す、すみません……腰が抜けてしまいまして……」
厨房の床にへたり込み、膝をプルプルと震わせていた。
そんなに怖かったのか?
「お前が一番頑張ったからな……最初に食う権利をやろう」
「本当ですかっ、ありがとうございます」
憔悴しきっていたジネットの顔に、笑みが戻る。
ボウルを差し出すが……ジネットは手が震えて上手く掴めないでいた。
周囲からは「早く食え」というタダならぬプレッシャーが、無言のまま圧しかかってくる。
「ぁう…………あの、わたしは、あとでも構いませ……」
「では、年長者である私が……」
「ベルティーナさんは二歩下がって!」
俺の言葉に、ベルティーナは多少の抵抗を見せるも、「あげませんよ?」と一言呟いた瞬間に二歩下がった。……この人の食い意地……とんでもないな。
しかし、折角の出来たてだ。冷めてしまってはもったいない。
しょうがない……
「ほら、ジネット。口を開け」
「ほぇっ!? …………あ、あぅ…………で、では……失礼して…………あ~ん」
ギュッと目をつむり、口を大きく開けるジネット。
そこへ、ポップコーンを一粒摘まんで放り込んでやる。
口に入った異物に驚き、ジネットが咄嗟に口を閉じ、そして咀嚼する。
シャクッという小気味よい音がして……ジネットの瞳がキラキラと輝き始める。
「もいひーれふっ!」
「……口に物入れてしゃべんじゃねぇよ」
一粒のポップコーンを、大切そうに何度も何度も咀嚼して味わうジネット。
……分かってねぇな。
「こいつはな、こうやって豪快に食うんだよ」
言って、ボウルの中のポップコーンを鷲掴みにして口へと放り込む。
頬をパンパンに膨らませて、シャクッパリッとダイナミックに咀嚼する。
うん、美味い!
「ズ、ズルいですよ、ヤシロさん! 私にも!」
「……マグダ、準備万端」
「な、なんだかとても興味深い食べ物だね」
どうやら観衆の我慢は限界のようだ。
「じゃあ、どーぞ。召し上が……ぬぉゎぁわああああっ!?」
言い終わる前に四方八方から腕が伸びてきて、ボウルの中のポップコーンを強奪していく。
あちらこちらでポリポリ、シャクパリ、カサカサと、軽やかな音がする。
「わたしも、もう一口」
ジネットも手足の震えが収まったようで、細い指でガシッとポップコーンを掴み取り、豪快に口へと運ぶ。
「もぉうぃひぃれしゅぅうう~っ!」
だから、口に物を入れたまましゃべんなってのに……
「ヤシロ……ポリポリ……これは一体……ポリポリ……どうなっているんだい? ……ポリポリポリ…………どうして……ポリ……あんな小さな粒が……ポリポリ……こんな大きな白いものに変化して……ポリポリポリポリ…………ポリポリ?」
「あぁっ! 鬱陶しい! 食べるかしゃべるかどっちかにしろ! あと、最後疑問文までポリポリになってたからな!」
やめられない止まらない状態の一同は、あっという間にボウル一杯分のポップコーンを平らげてしまった。
「……店長、おかわり」
「ぅぇえっ!? ま、またさっきの怖いのをやるんですかっ!?」
無慈悲なマグダがジネットを酷使しようとしている。
……自分でやれ。
「音は凄いが、危険はさほどない」
「……多少はあるんですね?」
そりゃ多少はあるさ。火を点けている以上はな。
「エステラの質問とも合致するから、説明をしてやろう」
そう言って、俺はバターを引き直したフライパンに、爆裂種のコーンを十数粒だけ投入した。
火を点けて熱していく。蓋はしない。
「皮の硬い爆裂種は、こうやって熱してやることによって……」
ポンッ! と、フライパンの中の一粒が弾け飛ぶ。
その場にいた全員が肩をびくりと震わせた。
「このように、実の中の水蒸気が膨張、破裂をすることで弾け飛ぶんだ」
説明している間にも、フライパンの中のコーンは次々に破裂し、フライパンからポ~ンと飛び出していくものまであった。
「……あむ! ナイスキャッチ」
フライパンから飛び出したポップコーンを、マグダが口でキャッチする。
さすがネコ科、器用なもんだ。
物の数分で、投入したコーンがすべて白くもこもこしたポップコーンへと変わった。
「魔法を見ているようです……」
その光景をジッと見つめていたヤップロックは、目の前で起こったことが信じられないようで、表情を固まらせていた。
「さすがは、夢再生ギルド……」
「それやめろっつってんだろ!」
ゴミ回収ギルドだから!
夢を再生するのはご自分でどうぞ!
「んじゃ、おかわりを作るか」
「……ヤシロ」
「ん? どした、マグダ?」
「……マグダ、やる」
いつもの虚ろな目ながらも、眉をキリッとさせて、マグダが両腕を伸ばしてくる。さながら、「フライパンを貸せ」とでも言うように。
「出来るか?」
「……覚えた」
まぁ、蓋をしてフライパンを振るだけだから、難しくはないんだけど……
「……今後、メニューになれば、作れる人、必要」
へぇ……
マグダはマグダで今後のことを考えているのか。
確かに。メニューが増えた時に手伝える人員が多ければ回転率も上がるだろう。
小さいくせに、そんなとこにまで気を遣ってんだな……
「よし、やってみろ。ただし、十分に気を付けてな」
「……任せて」
俺は、バターを入れ、コーンを投入し、フライパンをマグダへ渡す。
「……作った者が、最初に食べる権利、ある」
フライパンを火にかけた途端、マグダがそんな言葉を呟いた。……こいつ、さっきジネットが一番に食べられたのが羨ましかっただけなんじゃ…………
「……マグダの一口は、大きい」
独り占めするつもりじゃなかろうな……?
ふと辺りを見渡すと、先ほどは避難していた面々が全員厨房に留まり、虎視眈々と獲物を狙う獣の眼をしていた。……どんだけだよ、お前ら。
これではポップコーン争奪戦で今日が終わってしまう。
俺はもう一つ入手した食材、トウモロコシ粉を使ってトルティーヤを作ることにする。
一口にトルティーヤと言っても作り方は様々だ。が、変にこだわり過ぎるのもよくないだろう。というわけで、生地も寝かせない簡単なヤツにしておこう。
ぬるま湯と塩をトウモロコシ粉に混ぜ、耳たぶくらいの硬さになるまで捏ねる。ここで石灰を入れてアルカリ処理をしてやらないと、ナイアシンとかいうビタミンの仲間が摂取されにくいらしいのだが……他所で補填してくれ。石灰などない。
生地を薄く伸ばし、フライパンで両面をパリッとする程度に焼く。
どうせ、アホみたいに貪り食われるのだろうから、大量に作っておくこととする。
「ヤシロさん。お手伝いすることはありますか?」
鳴り響くポップコーンの破裂音に肩をすくませつつ、ジネットが俺の隣へとやって来て手伝いを申し出てくれた。
ただ、音が怖いのか涙目だ。
「じゃあ、サルサソースを作ってもらおうかな」
「おサルさんソースですか?」
「サルが気の毒だろう。やめてやれ」
「……えっと?」
「トマトを角切りにして、玉ねぎとにんにくをみじん切りに……それからレモンを半分絞ってくれ」
「はい!」
俺がトルティーヤを焼いている間に、驚くような手際の良さで材料が揃えられていく。
マズい。追われている……このせっつかれる感じは好きじゃない。
「ヤシロさん。出来ました。次は何をしましょう?」
「歌いながら不思議な踊りを踊っていてくれ」
「はい。分かりま……せんよっ!? なんの意味があるんですか!?」
俺は追われるのが好きではないのだ。なんか適当なことをして時間を潰していろ。
「では、作業を変わりましょうか?」
「そうだな。両面がパリッとする程度に焼いておいてくれ」
「はい」
持ち場を交代し、俺はサルサ作りに移る。
といっても、ジネットが用意してくれたものを鍋で煮込むだけだ。
玉ねぎとにんにくを炒め、トマトとオリーブオイルを入れて十分ほど煮込み、粗熱を取った後で、大量のレモン汁と塩を入れて味を調える。以上。
さっぱりとした酸味の、サルサソースの完成だ。
あとは、養鶏場で屠畜された鶏肉のミンチを使ってタコスを作る。
ひき肉を調味料で味付けしながら煮込み、もっさりしたところで火から下ろす。
これを野菜と一緒にトルティーヤに挟んで、サルサソースで食べるのだ。
「お~い、出来た…………ぞ?」
振り返った俺は、絶句した。
「……こちらも……ポリポリ……出来ている……ポリポリ」
そこには、アホかというくらい大量のポップコーンが山と積まれていた。
六個のボウルにそれぞれ溢れんばかりにポップコーンが盛られている。
……限度を知らんのか?
「不思議な触感と、お手軽さ、そして、癖になるこの味…………食事とは呼べませんが、食べ物としては上出来だと思います」
ベルティーナが頬をパンパンに膨らませてそんな講釈を垂れる。
……つか、あんたはなんでその状態でスラスラしゃべれるんだ? 器用過ぎるだろう。
「ヤシロさん。トルティーヤの準備が出来ま……凄い量ですねっ!?」
ジネットもビックリしている。
「ジネット。あなたも早く食べないとなくなりますよ」
なくなる予定なのかよ、これ……
ヤップロック一家も、無心にポップコーンを貪り食っている。
「ウチのトウモロコシが、こんな美味しいものに変わるだなんて……まるで魔法だ……ヤシロさんは、奇跡を起こすお人だぁ……」
気持ちの悪い崇拝はやめていただきたい。
だいたい、ポップコーンを発案したのは俺じゃない。
たぶん、外国の誰かだ。
しかし、こいつら……好き勝手にポップコーンパーティーを開催しやがって……俺が飯を作っているというのに…………よし、いいだろう、上等だ。腹いっぱい食えばいい。
……今に目にもの見せてやるからな…………くふふふ。
俺は表情を切り替え、腹の底に渦巻くどす黒い感情を微塵も感じさせない爽やかな声で話し始めた。
「じゃあ、次はタコスだ。トルティーヤは教会の定める『パン』には分類されない。そうですね、ベルティーナさん」
「…………もくもくもくもく(こくり)」
……どんだけ、ポップコーンに夢中だよ。
八十年代のアメリカかぶれ世代か。フリスビーとかアメリカンクラッカーとかにハマってた時代か。
まぁいい。この人は食べること以外には無関心なのだ。
なら、料理が出来るまでは静かにしていてもらおう。
「ジネット、葉物の野菜を持ってきてくれ」
「はい」
モーマットから購入したレタスと、角切りにしたトマトをトルティーヤに載せ、ひき肉のそぼろをこれでもかとのっけて、具を包むようにトルティーヤを巻く。そして、サルサソースにつけて齧りつく。
……うん! 即席にしては上出来だ。
「いただきましょう」
真っ先に手を伸ばしてきたのはベルティーナだった。
この人の胃袋は本当にどうなっているのだろうか?
あと、「慎ましい」って言葉を誰かに教わってきてほしいと切に願う。
つか、長いこと教会を留守にしてるけど、子供たち大丈夫なんだろうな?
ベルティーナに続いて、ヤップロックが手を伸ばす。
やはり、自分の作ったトウモロコシがどのような料理に化けたのか、気になるのだろう。
「これは…………あのトウモロコシがこんな豊かな味に……」
「美味しいですね、あなた」
「おいちぃー!」
この一家には好評なようだ。
「……ん?」
視線を感じ顔を向けると……トットが羨望の眼差しで俺を見つめていた。
キラキラと瞳から光を放っている。
……やめろ。そんな目で見るな。俺に憧れても行く末は詐欺師だぞ。
「ヤシロさん。これを、陽だまり亭のメニューに加えるつもりなんですか?」
「そうだが……不服か?」
「とんでもありません!」
ジネットのテンションが物凄いことになっている。
顔をグッと近付け、俺の両手を握り、一歩二歩三歩と俺にグイグイ接近してくる。
近い近い近いっ!
「こんなに美味しいものがメニューに加わるなんて、わたし、感激ですっ!」
「そ、そうか……それはよかった。分かったから、ちょっと落ち着け……」
ぐいぐい押されて、俺は壁際へと追いやられていた。
これでジネットが壁に手をつけば、見事な壁ドンだ。……立ち位置は逆だがな。
「え………………はっ!? す、すみませんっ!」
自分の状況を顧みて、ジネットは顔を真っ赤に染める。
慌てて飛び退き、俺から必要以上に距離を取る。
小動物が逃げていく速度だ。
「す、すす、すみませんでしたっ、は、はしたない真似を……っ!」
「いや、まぁ……それだけ喜んでもらえたんだと思えば、悪い気もしねぇよ」
むしろ、ちょっとラッキーだったくらいの気持ちでいっぱいだ。
だが、ジネットが照れまくっているのはどうも居心地が悪い。話を逸らして、ジネットがクールダウンする時間を稼いでやろう。
「エステラはどうだ?」
「うん。悪くない」
上から目線だな、こいつは。
「焼き鮭に合いそうだね」
「それはねぇよ」
日墨合作料理かよ……ちなみに、『墨』は『墨西哥』で、『メキシコ』のことだ。
「マグダ。お前はどうだ?」
「……食べていない」
「ん? 口に合わなかったか?」
「……お腹、いっぱい」
まぁ、あんだけポップコーンを食ってりゃな。
タコスを食べるみんなの顔を見るに、評判は上々のようだ。
大絶賛されるよりも、長く、頻繁に食べたいと思われるポジションに収まってくれるのが理想だな。
タコスの形式をとらなくても、トルティーヤだけで主食としてもいい。
ご飯がメインで、たまにトルティーヤ。時々お好み焼きと、こんな感じでいいだろう。
「さて……と」
エステラやヤップロック一家、そして大ボスベルティーナまでもが満腹感をその表情に表し始めた頃、俺はもう一度フライパンにバターを落とす。
「ヤシロさん、まだ何か作るんですか?」
俺の行動を見てジネットが驚きの声を上げる。
「ボクたちは、もう何も食べられないよ」
エステラがシンクにもたれかかりながらダルそうな声で言う。
腹をさすって、少しでも胃を落ち着けようとしているようだ。
エステラの向こうで、ベルティーナが賛同するように首を縦に振る。
「それに、そろそろお暇しないと……教会の子供たちが心配です……」
おい、どの口が言ってんだ!?
ここまで思うがままに食い意地を発揮してきたくせに。
時刻は既に夕刻過ぎ。
最後の鐘も鳴り終わり、もうすぐ陽も完全に落ちる。
「いや、なに。俺があんまり食えなかったからさ、ポップコーン。自分の分を作るんだよ。お前らは食わなくていい」
そう言うと、一同からホッと安堵の息が漏れる。
みな、本当に限界のようだ。
「ベルティーナさんとヤップロックたちはもう帰っていいですよ。あ、エステラも。というか、早く帰った方がいい。後悔することになるかもしれないからな」
涼しい顔で言ってやる。
親切心をこれでもかと見せつけるように。
「……なんだか引っかかる言い方だね」
言葉の通り、エステラが引っかかり、俺の物言いに反応を示す。
「いや、ホント早く帰れって」
「追い返そうとしてないかい?」
「考え過ぎだよ。お前たちを心配してのことだ。夜道は危険だから」
「いいや。ヤシロがそんなことを気にするはずがない」
言い切りやがったな……まったく失礼なヤツだ。
「何か、ボクたちに秘密にしておきたいことがあるんじゃないのかい?」
「秘密にしたいというか…………う~ん……」
俺が言葉を濁したタイミングで、フライパンの中のコーンが弾ける。
カンコンと、金属の蓋に硬いコーンの実が打ちつけられる甲高い音が響く。
その破裂音に、エステラは口を閉ざす。言葉を挟むきっかけを失ったのだろう。
ま、これも計算のうちだけどな。いいタイミングで爆ぜてくれたもんだ。
エステラをはじめ、その場にいる者がみな、俺の行動を注視している。多くの者が訝しむ中、ジネットだけは不安げな表情を覗かせていた。
「あぁ、あの人はまた何かをやらかすつもりなのでしょうか……」、そんなことを思っていそうな顔だった。
俺はそれらの視線を一切合財無視して、次の工程に入る。
ソース作りだ。
ヤップロックから譲り受けたハチミツを溶かし、バターと少量の牛乳と一緒にひと煮立ちさせる。とろとろしていたハチミツがサラサラになり、滑らかさを増したところで火から下ろす。
そして、破裂音がしなくなったフライパンからポップコーンを取り出し、ボウルに移すと……出来上がったソースをその上にかけた。
ベタベタと絡みつくソースを、ポップコーンを潰さないようザックリと、まんべんなく混ぜ合わせていく。堪らない、甘い香りが辺りに広がっていく。
「……こ、これは…………」
「……ごくり」
甘い物好きのジネットとマグダが喉を鳴らす。
エステラとベルティーナも俺の作業を瞬きもせずに眺めている。
そして、ヤップロック一家の子供たちは、俺のすぐ隣に寄ってきて、背伸びをしながらその作業を覗き込んでいる。
本当はこのあと少し冷まして、パリパリになるともっと美味しいんだが…………
「出来た! ハニーポップコーンの完成だ!」
「いただきましょう!」
「ヤシロ、ボクにも!」
「ヤシロさん、わたしもおひとつよろしいでしょうか?」
「……マグダは、これのためにタコスを我慢した!」
「たべたーい!」
「お兄ちゃん、僕も食べたいです!」
「……あぁ、神様…………」
「あなた、見てください。ウチのトウモロコシが黄金に輝いていますよ……」
物凄い食いつきだった。
いや、待て待て!
お前ら腹いっぱいでもう食えないんだろ!?
だから俺が、そんなお前らの前でワンランク上のポップコーンを見せびらかしながら食うつもりだったのに……
こいつらの胃袋は無尽蔵か?
真っ先に手を伸ばしたベルティーナはいまだ熱を持つハチミツに「熱っ! 熱っ!」と格闘しながらも口へと運ぶと――
「……なんということでしょう。これこそが、精霊神様が授けてくださった大地の恵みなのですね」
――なんだかよく分からない祈りを捧げ始めた。
いや、これ、日本じゃよくあるオヤツだから。
「あ…………あまぁ~いですぅ…………」
「……マグダ、これに出会うために生まれた」
「これは…………ボク、これ好きかも」
女子三人が夢中でポップコーンを口に運ぶ。
そういえば、この街にはスウィーツが少ない気がする。
今川焼きくらいしか見たことがない。まぁ、あんこがあるなら砂糖があるってことだろうし、探せばどこかで売ってはいるのだろう。
だが、四十二区では難しいかもしれない。
だとすれば、このハニーポップコーンは相当強力な武器になるのではないだろうか。
「…………って、お前ら! 腹いっぱいだったんじゃないのかよ!?」
俺の分がもうほとんど残っていない。
「……甘い物は、別腹」
なぁ、マグダよ。
お前、本当に日本にいたことないか? いや、発想とかがスゲェ日本人っぽいんだけど。
異世界にも別腹ってあるんだな。
「やちろー! これ、宝物にすゅー!」
シェリルがハニーポップコーンを一つ摘まんで、ランタンの光に当てキラキラさせている。
「いや、これならいつでも食えるから、さっさと食っちまえ」
「きれーなのに?」
「取っておいても明日には綺麗じゃなくなってるぞ。綺麗なうちに食ってやれ」
「うん!」
納得したのか、シェリルはポップコーンを口に放り込み、そしてとろけるような笑みを浮かべる。
「あんまぁ~い!」
ジネットと同じ反応である。
つまり、ジネットはシェリルと同じ、五歳児並みの思考回路をしているということになる。
うん、納得だ。
「なるほど……ヤシロはこれを独り占めする気だったんだね。油断出来ない男だね、君は」
もっしゃもっしゃと口を動かしながらエステラが苦言を呈するが……様になってないぞ。
作戦は失敗だ。
こいつらの意地汚さを甘く見ていた。
「ヤシロさん! こ、こここ、こけ、ここ、こけ、こけ、こけっこ、ここっ……!」
「落ち着け。ポップコーンの食い過ぎでニワトリみたいになってるから!」
「ここ、これもメニューに入れるのでしょうか!?」
「まぁ、安い原価でそれなりの量が作れるしな。入れてもいいだろう」
「やりましたぁー! 万歳です!」
ジネットが大はしゃぎだ。
見ると、マグダも静かに万歳をしている。
まぁ、気に入ってもらえたようでよかったよ。
「…………ヤシロ、さん…………」
だが、一人だけ、浮かない表情をしている者がいた。
ベルティーナだ。
「……このポップコーンは…………危険です……」
ベルティーナの顔が真っ青だ。
何かまずいことでもあったのだろうか?
「どうされたんですか、シスター!?」
ジネットが慌ててベルティーナに駆け寄る。
それと同時にベルティーナは床に蹲ってしまった。
……全身が小刻みに震えている。
なんだ!?
種族によって毒になる成分でも入っていたのか!?
それとも、俺が見落としている重大な欠陥が…………!?
「………………お」
状況を整理しようと思考をフル回転させる俺に、ベルティーナは土気色になった顔を向ける。
そして…………
「……お腹、痛いです」
「食い過ぎだよっ!」
完全に自業自得だった。
ベルティーナの胃袋も、無尽蔵ではないことが証明された。
「……違います。美味しいものはいくら食べてもお腹は痛くなりません……」
「いや、なるだろ……」
なんだか、蹲ったままいじいじし始めた。
「……こんなに美味しいのに、これ以上食べられないだなんて…………目の前にありながら口にすることが出来ないだなんて……鼻だけが幸せで、口が不幸だなんて…………許されざる罪です、非道な行いです…………ヤシロさん、懺悔なさい!」
「八つ当たりもいいところだろう、それ!?」
その後、腹痛で身動きが取れなくなったベルティーナを担ぎ、俺は大雨の中を教会まで走らされる羽目となった。
……今日何回出掛けてんだよ、俺。
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