26話 お宝発見

 陽だまり亭を出て、西へ向かう。

 この先にはいつもデリアたち川漁ギルドの連中が漁を行っている川があり、その向こうには湿地帯が広がっている。

 トウモロコシ農家なんてあったかなぁ……などと思っていると、先頭を行くヤップロックが草むらの前で立ち止まった。


「足元、気を付けてくださいね」


 そんなことを言って、草の生い茂る茂みの中へと分け入っていく。

 ヤップロックの妻ウエラーとトットとシェリルも、臆することなくそれに続く。


「え……」


 戸惑いを隠せないのは俺だけではないようで、エステラも明らかに顔をしかめる。


「こんなところに道があったんですね」


 ジネットが茂みを覗き込む。

 そこには、人一人が辛うじて通れるような細い道が存在した。

 標識も何もない、人が通ったような形跡もよく見ないと発見出来ない、まさに獣道だ。

 何度か人が通ったおかげでそこだけ雑草が生えていない。そんな程度の道と呼ぶのもおこがましい道で、先に広がる林へと続いている。


 ……正直、雨の日には近付きたくもないロケーションだ。


「エステラ。レディファーストだ」

「ヤシロ、さっさと行ってくれるかい? あとが支えているんだ」


 ……こいつ、俺に安全確認をさせてからあとに続くつもりか!? なんてヤツだ!


「でしたら、わたしが最初に……」

「いや、ジネットは俺の次に来い」


 こんなぽや~っとしたヤツを先頭とか殿にしたら何が起こるか分からん。

 蛇に噛まれても「お腹が空いているんですね……」とか言って好きに噛ませていそうだもんな。マムシを発見しても頭を踏み潰すなんてこと絶対しないだろう。


「あの? どうかされましたか?」


 付いてこない俺たちを心配してヤップロックが戻ってきた。


「いや、なんでもない。すぐ行く」

「すみませんね。ここ、人があまり通らないもので……」


 ヤップロックが頭を下げる。別にこいつが謝るようなことでもないのだが……


「領主は何をやってるんだ。住民がこんな不便を強いられているというのに、知らんぷりか」

「あのねぇ、ヤシロ……」


 誰もが抱くであろう当然の憤りを吐露した俺に、エステラが呆れ顔で反論してくる。


「四十二区だけでも相当広いんだ。他区との外交もあるし、すべてに目を行き届かせるなんて現実的に不可能なんだよ」

「お、なんだ? 金持ちの肩を持つのか?」

「一般論だよ」


 ふん。

 金持ちなど庇ってやる必要はないのだ。ヤツらは『金を持っている』という一点だけで十分恵まれているのだ。一般人の六倍くらいの苦労を強いられて当然、それでプラマイゼロなのだ。


「一度申請してみるといい。街に出るのにこの道を主立って使用しているのであれば、住民の生活環境保護の観点から領主が動いてくれる可能性がある」

「そんなっ! 恐れ多いことです」


 エステラの提案に、ヤップロックは小さな体を縮こまらせて首を振る。


「私たちしか通らないような道のために領主様にお手間をおかけするだなんて……私たちが我慢すればいいんです。むしろ、私たちで道を作るべきだったのに、それを怠ってしまって、お恥ずかしい限りです」


 ……こいつ、被害妄想の気でもあるのか?

 明らかに行政の仕事だろう、道の整備なんてのは。

 それに、住民は領主に税を納めているんだから、受けられるサービスは遠慮なく受ければいいのだ。

 俺なんか、夏場は用もないのに市役所に入り浸って涼んでいたぞ? あそこ、ウォータークーラーもあるしな。


 体が小さく、体重も軽いヤップロック一家しか通らない道だから、尚更雑草を踏みつける力が足りないのだろう。おそらく、たまに通る行商ギルドの商人が踏みつけた部分が道になっているのだ。

 ……トウモロコシを運ぶとすると、道ももっとちゃんと整備しなけりゃなぁ…………


「小せぇな、お前は」

「す、すすす、すみません!」

「ヤシロ。ヤップロック氏をいじめるんじゃないよ」

「そうじゃなくて、こいつらがもっとデカいクマ人族とかなら道ももっと踏み均されていたのにってことだよ。イタチ人族じゃあ限界があるからな」

「あの、私たちはイタチ人族ではないですよ」

「え……違うのか?」


 ヤップロックの顔を見る。

 ………………イタチに見えるのだが?

 まぁ、イタチやフェレットを並べられても、俺はなんとなくでしか分からんけども。


「じゃあ、お前ら何人族なんだよ?」

「オコジョ人族です」

「オコジョッ!?」


 って、北海道の大雪原の中に「ぴょこっ」って顔を覗かせる超ラブリーな小動物か!?

 …………異世界にいるんだ、オコジョ。


「…………微妙な一族」

「も、ももも、申し訳ありませんです!」

「ヤシロ。いじめないように」


 いじめてはいない。

 素直な感想を述べているだけだ。


「んじゃ、そろそろ行くか……」


 相変わらず雨は降り続いており、少し寒くなってきた。

 ふと、背後を見る。

 ジネットにエステラにマグダが俺を見ている。


 エステラとマグダは鍛えているようだし、こういう雑草も平気だろう。

 だが…………


「あの、ヤシロさん? わたしの顔に何かついていますか?」


 こいつは雑草で足を切ったり、草の根に足をひっかけて転んだり、足を挫いたりしそうだなぁ…………


「ヤップロック。少々草を踏み固めながら進みたい。速度が落ちるが構わないか?」

「えぇ、それはもちろん。では、私もお手伝いいたしましょう」


 いや、お前じゃ無理だろう。……ま、無いよりマシか。


「んじゃ、行くか」

「あの、ヤシロさん」


 いざ獣道へ足を踏み入れようとした矢先、ジネットが俺に声をかけてくる。


「ヤップロックさんたちのために道の整備をしようというその心遣いは素晴らしいと思うのですが、今はこんな空模様ですし、晴れた日に改めて行った方がよいのではないでしょうか? 雨の後は雑草もまた伸びますし……」


 …………こいつは、何を言っているんだ。


「……え? あの、わたし、何かおかしなことを言いましたか?」

「別に……俺は『今』、ここを通るために雑草が邪魔だと感じたんだよ。いいからお前は下がってろ」


 ……ったく、誰のためにこんな面倒くさいことをやろうとしていると思ってんだ…………

 俺が草を踏みしめる背後で、エステラがくすくす笑っているのが気に食わん。

 まったくもって気に食わん。


 苛立ちを足に込め、俺は獣道を進んでいった。




 林を抜けた先にトウモロコシ農場が広がっていた。

 広さは十分にある。林に囲まれて日当たりが悪いかと思いきや、空は十分に見えている。雨雲さえなくなれば燦々と降り注ぐような陽光に満たされることだろう。


「大きいですねぇ」


 ジネットの背丈くらいある植物がずらりと並んでいる。

 トウモロコシ畑だ。

 かなり広い。この中にマグダを放ったら、容易には見つけられないだろう。


「とりあえず、我が家へお越しください。何もありませんが、温かい飲み物でもお出しいたします」

「そりゃ助かる。体が冷えて風邪を引きそうだ」


 雑草を踏み固めていた際にかいた汗が、すっかり冷えてしまった。

 トウモロコシ農家なら、コーンポタージュスープでも用意してくれるに違いない。


 ささやかな期待を胸に、ヤップロックの家へと赴いた俺は、その外観に驚愕した。

 ……納屋だ、これ。


「狭い家ですが、どうぞ」


 家?

 いや、納屋だぞ、これは。


 戸惑っているのは俺だけで、ジネットやエステラは気にする素振りも見せずに納屋へと入っていく。

 ……四十二区って、こんなレベルなのか?

 陽だまり亭が豪邸に思えてきたよ。


 室内に入ると……なんか泣きたくなってきた。

 雨漏りしてるし……家具ないし……椅子が家族の分しかないし……あぁ、いい、いい、譲らなくていいから。座らないから。つか、そのガタガタ感、昔の陽だまり亭を思い出すんですけど……何それ、自作なの?


「……慎ましい生活だね」

「エステラよ、素直にみすぼらしいと言えないのか?」

「失礼だよ、ヤシロ」

「考えていることは同じだと思うんだが」

「口にするかどうかが、人としての器量というものさ」

「つまり、俺は正直者だってことだな」

「君のポジティブさには、たまに感心させられるよ」


 エステラがガタガタの椅子を引き、腰を下ろす。


 ギィ……


 グレムリンの鳴き声のような音で椅子が軋みを上げる。


「体重制限あるんじゃないか?」

「どういう意味かな、それは?」


 エステラが笑っていない目で俺を見る。

 見ると石にされそうなので視線を外し、マグダをエステラの隣へと座らせる。どうせジネットは勧めても座らない。

 空いた二つの椅子にはトットとシェリルが腰を掛けた。ジネットがそうするように言ったのだ。


「本当に何もありませんで……」


 椅子の数が足りないことに、ヤップロックはまた頭を下げる。

 いや、もういいから。期待してないから怒りも何も湧いてこないしな。


「お待たせしました」


 ウエラーが盆に載せたカップを持ってやって来る。


「白湯です」

「お湯かよっ!?」


 温かい飲み物って! ……いや、確かに温かいけどさっ!


「すみません……我が家にはお出し出来るものなど何も……」

「あ、いや……すまん」


 貧乏人なりに精一杯もてなそうとしてくれているのだ、文句は言えないよな……でも、お湯を出すか?


「……ヤシロさん、悪いですよ」


 小声でジネットに注意をされてしまった。

 ……悪かったって。


 気まずくて視線を外す。

 ワンルームのような造りで、奥にちょっとしたキッチンが申し訳程度に設けてある。

 日本でも単身者用だろ、この広さじゃ……


 …………と。


「おい。あれって、レモンか?」


 キッチンに積まれている黄色い果実を見つけ、俺はヤップロックに尋ねる。


「え? えぇ、そうです。子供たちが果物を食べたいと言いまして……まさか、あんなに酸っぱいものだとは思わずに……安さで選んだ私が愚かでした……」


 いやいや、果物選びで愚かとか……お前どんだけ自分に対する評価低いんだよ。同情したくなってきたわ。


「ん? レモンって安いのか?」

「そりゃあ、あれはねぇ……食べたことがあるなら分かるだろうけど、相当好きな人でもなければ食べられたものじゃないからね」


 俺の疑問に答えたのはエステラだった。

 レモンを丸齧りにでもしたことがあるのだろうか、酸っぱそうな表情を見せる。


 こいつら……レモンの使い方知らないのか?

 安いなら大量購入出来るかもしれないな……レモン農家と契約してゴミ回収ギルドで取り扱うか……


「……ヤシロ、その顔…………まさか、レモンを使って何かが出来るのかい?」

「あぁ。アレはとても優秀な食材だ。例えばだが…………」


 と、そこで俺はもう一つ優秀な食材を発見してしまう。


「ショウガがあるじゃねぇか!?」

「え……あ、はい。芋と間違えて買ってしまいまして……それも食べられたものではありませんでした……無知で浅はかな自分が恨めしいです」


 恨みまで持つんじゃねぇよ。


 とはいえ、ショウガも使い方を知らなければ食えない食材ではあるよな。

 ……つか、正しい食い方が広まってないのに栽培してる農家があるんだな。ここの住民は仕事に疑問を持ったりはしないのだろうか?


「ちなみに、砂糖かハチミツはないか?」

「砂糖は高価過ぎまして……ハチミツでしたら、友人から譲り受けたものが割と豊富にありますよ」

「でかした!」


 ハチミツが豊富にあるのであれば、素晴らしいものが作れる。


 お湯、レモン、ショウガ、ハチミツ……そう、ホットレモネードだ。

 ショウガを入れるのを嫌うヤツもいるだろうが、ショウガは体温を上げてくれる。寒い時に飲むならショウガをちょっとだけ入れるのを、俺はおすすめする。飲み終わった後も体の中からポカポカするのだ。


 そんなわけで、レモンを絞ってパパーッとホットレモネードを作る。

 温かい飲み物って、こういうのだよな、やっぱ。


「……んっ! 美味しいですっ!」


 ジネットが大きな目をキラキラさせて俺に言う。

 どうせ、口の中でわっしょいわっしょいしているのだろう。分かったから黙って飲んでろ。


「胸の奥がるんたったってしてきますね」


 新しいバージョン来たっ!?

 ぽかぽかしてきているのだろう。なら、まぁよかった。


「あのレモンとショウガで、こんな美味しいものが出来るなんて……」

「正しい使い方を知れば、無価値だと思っていたものが素晴らしいものに変わる。あれこれ試さず端っから『食えない』と決めつけていると発見出来ないことだ」


 ま、俺は知識として知っていただけだけどな。


「……なるほど。私は、本当に徹頭徹尾、何もかも間違っていたんですね……」


 あれ?

 俺が言ったこと、スゲェ気にしてる?


「だが、無価値だと思いながらも捨てずに残していたことは評価に値する。お前は可能性を捨てなかったってことだからな」


 とりあえずフォローをしておく。

 こちらの意思に関係なく勝手に追い込まれていくタイプだな、こいつは。

 気を付けなければ、勝手に追い詰められて勝手に暴発するかもしれない。


「可能性を……捨てない…………」


 俺が適当に発した言葉を、ヤップロックが復唱する。

 いや、そんな大したこと言ってないからな?


「……座右の銘にします」

「いや、やめとけ。そんな重い言葉じゃないから」

「我が家の家訓に……」

「やめて、恥ずかしくて顔合わせられなくなるから」


 んな適当な言葉を受け継ぐんじゃねぇよ。


「はぁぁ……これは本当に美味しいですね。陽だまり亭のメニューに出来ませんでしょうか?」

「ハチミツとレモンがあれば簡単に作れるし、原価もたかが知れているから、まぁメニューに出来るんじゃないか?」

「嬉しいですっ!」


 ジネットはホットレモネードが甚くお気に召したようだ。

 こんなもんでいいんだなぁ……。

 むしろ、こういう単純なものの方が受け入れられるのかもしれない。

 昔から受け継がれているものってのは、淘汰されずに生き残った理由ってのがあるのかもしれんな。なら、カルメ焼きとかウケるかな……ベッコウ飴とか?


「んじゃあ、ヤップロックのところからはハチミツを購入するということで……」

「あ、いえ! トウモロコシです! ハチミツは頂き物ですので!」


 ちっ。


 ヤップロックが慌てた様子で家を出て行く。

 倉庫に収穫したトウモロコシがあるのだとウエラーが説明をしてくれた。


 ……美味しくないトウモロコシなんかよりハチミツが欲しいんだけどなぁ……

 ウーマロの話では、茹でて食えるようなトウモロコシは四十二区にはないらしいし……まぁ、痩せていて粒の小さいトウモロコシだったりするのだろう。


 トウモロコシの登場を今か今かと待ち構えているのはマグダくらいのものだ。

 さっきから尻尾がピーンと伸び切っている。


 ……たぶん、美味くねぇぞ。あんま期待すんな。


「お待たせしました。これが、ウチのトウモロコシです!」


 ヤップロックが息を切らせて戻ってくる。

 全身びしょ濡れだ。ちょっと出ただけでこれか……帰りが憂鬱だな。


 ゴトリとテーブルに置かれたトウモロコシは全部で二十本ほど。

 どれも小ぶりで硬そうだった。

 まぁ、金が無くて品種改良とか土壌改善とか、そういうことも出来ていなさそうだし……この程度の品質のものしか作れないんだろう。


「…………………………ん?」


 いや……待てよ。

 これって…………


 俺は、テーブルに置かれたトウモロコシを一つ手に取りじっくりと観察する。

 この粒…………


「硬いでしょう? 茹でても焼いても、なかなか食べられるものではなくて……いや、お恥ずかしい」

「……硬そう」


 マグダがトウモロコシを手に取り少しだけ残念そうな表情を見せる。

 生で食おうとすんじゃねぇよ。


「これをそんな風に食いたいんだったら、未熟なうちに収穫しなきゃダメだぞ」

「そうなんですか?」


 俺の言葉に、ヤップロックが目を丸くする。

 このトウモロコシは、完熟してしまうと皮が硬くなり食えたものじゃなくなる。


「それじゃあ、今ウチにあるヤツはみんなダメですね……完熟させてしまった上に、腐らないように天日で乾燥させてあるんですよ……」

「乾燥させているのかっ!?」


 思わず声を上げてしまった。

 ヤップロックが体を小さくして、今にも泣き出しそうな顔をする。


「は、はい……鳥のエサにするには粉にする方が都合がよくて……それで、粉にしやすいように乾燥させてしまったんです、すみません、すみません!」


 半泣きで謝り続けるヤップロックの両肩を、俺は力任せに掴む。


「ひぃいっ! 申し訳ございませんっ!」

「でかしたっ!」

「………………へ?」


 気の抜けた目で、ヤップロックが俺を見つめる。

 なんて顔してんだよ。もっと誇れよ。

 お前、いい仕事したんだぜ。


「その粉、見せてくれるか?」

「え……あ、はい! ただいま!」


 ヤップロックが全速力で家を出て行く。

 なんでかウエラーまでもが一緒になって家を出て行ってしまった。

 夫の不祥事を妻が庇おうとでもいうのか? 不祥事でもなんでもないのだが……


「ヤシロ。説明してくれるかな?」


 黙って事の成り行きを見守っていたエステラが静かに口を開く。


「鳥のエサで、どうしてそんなに喜べるんだい?」

「鳥のエサじゃねぇ。人間様の主食だ」

「主食、ですか?」


 ジネットも不思議そうな顔をこちらに向けている。


「そもそも、トウモロコシというのはイネ科の植物で……まぁ小麦や米の仲間なんだ」

「……けど、硬い」


 マグダが憎々しげにテーブルの上のトウモロコシを指で転がす。


「だから粉にするんだよ」

「にしても、その喜びようは普通ではない気がするんだけど?」


 そりゃそうだろう。

 抱えていた懸案事項が二つ同時に解決したんだからな。


「ったく、ウーマロの野郎。紛らわしいことしやがって」


 思わず悪態を吐いてしまった俺を、誰が責められるだろうか。

 ウーマロがスウィートコーンを持ってきて「四十二区にもトウモロコシがある」なんて言うから、俺はてっきりスウィートコーンの話だとばかり思い込んでいた。


 違ぇじゃねぇかよ。


「このトウモロコシは、フリントコーンだ」

「フリント……何か違うんですか?」

「何もかもが違う」


 雨傘と日傘くらいの違いがある。

 使用用途がまるで違うのだ。


 スウィートコーンは皮が薄く、糖分も多く含んでいるため、茹でたり焼いたりして食べるのに適している。だが、皮が薄過ぎるために乾燥させるとカサカサに干からびてしまい、製粉することは出来ない。

 フリントコーンは逆に皮が厚く硬い。だから齧りついて食べるのには適さないが、しっかり乾燥させることが出来、製粉に向いているのだ。

 そして、粉になるということは……


「トルティーヤが作れるぞ!」

「『とるてぃーや』?」


 ジネットは、また不思議そうな顔をして小首を傾げる。

 不思議がっていろ。お前がそういう顔をすると上手くいくフラグが立つのだ。


「俺のいた世界のとある地域で主食として食べられている、パンのようなものだ」

「トウモロコシのパン……ですか?」

「まぁ、そんなところだ」


 トルティーヤが作れるのであれば……

 教会が規定する、『小麦を使用した生地を石窯で焼くもの』から外れる。

 小麦ではなく、トウモロコシを使うのだから。


「お待たせしました!」


 ヤップロックが大きな袋を担いで戻ってきた。

 ウエラーはその袋が濡れないように大きな獣の皮で雨をよけていた。

 なるほど、粉だから濡らさないように付いていったのか。よく気の回る嫁だ。

 ……少し女将さんを思い出す。

 二人で苦労をしてきたんだろうな。


 だが、喜べ。

 お前らの苦労は今日までだ。


 俺は袋の中に詰められたトウモロコシ粉を手に取る。

 ……よし、これならいけるな。


「ヤップロック」

「は、はい!」

「明日からこの粉を定期的に仕入れたい。製粉まで込みでお前に頼みたい。どうだ?」

「え………………も、もちろん! 喜んでやらせていただきますっ!」


 ヤップロックの顔に、ようやく笑みが戻る。

 そうだ、笑え笑え。

 この粉は状態がとてもいい。

 不純物も混ざっていないし、粒も揃っている。サラサラで上質のトウモロコシ粉だ。

 色も香りもいい。


 ヤップロックの仕事が丁寧である証拠だ。ウエラーが挽いた粉かもしれんが、そんなものはどちらでも構わない。

 こいつらに任せれば、陽だまり亭では安定した、高品質のトルティーヤが提供出来る。

 タコスなんかを作れば人気になるかもしれない。

 また、こいつをパンとして焼くことだって出来る。


 これが、今現在この街では無価値として扱われているとは……

 この街には、まだまだ『お宝』が眠っているかもしれないな。


「……ヤシロ」

「ん? どした、マグダ?」


 マグダが俺の前までとてとてと歩いてきて、「んまっ」と口を開けると、口の中から粉が「ザラァ……」っと出てきた。


「……あまり美味しくない」

「まんま食うなよっ!? 捏ねて焼くの!」

「……食べたい」

「お前、どっかで狩りでもしてきたの? 何その食欲?」

「あの、わたしも……その『とるてぃーや』というものに興味があります」

「ボクも、是非食べてみたいね」


 こいつらの食い意地は底が知れないな。

 とはいえ……


「陽だまり亭に戻らなけりゃ焼けないぞ」

「戻りましょう! 粉は、私が持っていきますので!」


 なぜか、ヤップロックが物凄く乗り気だ。


「私も見てみたいのです。ウチのトウモロコシが……必要とされなくなったウチのトウモロコシが、もう一度誰かに必要とされる姿を……」


 まぁ、農家としては、そういう感情を持つのは当然かもしれんな……


「じゃあ、戻って焼いてみるか」

「はい! わたしもお手伝いしますね」


 ジネットがこの上もなく上機嫌だ。

 陽だまり亭の新メニューが増えそうで喜んでいるのだろうか。


「ヤシロさんは、やっぱり凄いです」


 そっと手を合わせ、微かに唇に触れるように口元へ添える。

 寒い時に手に息を吐きかけるような仕草で、合わせた手の中に呟きを落とす。


「ヤシロさんは……みんながなくしそうになった夢や希望を、思いもよらない方法でよみがえらせてくれる、魔法使いのような人です……」


 とんでもない買い被りだ。

 俺が使ってるのは魔法でもなんでもない。相手の心理をついた口先のテクニックだけだ。

 所謂、『騙しのテクニック』だ。

 こちらは限りなく広い視野で物事を捉え、相手の視野を限りなく狭くさせる。そういうやり方なのだ。

 こんな種と仕掛けだらけのトリックもどきを魔法だなんて言ったら、それこそ詐欺だ。


「夢をよみがえらせてくれる……そうですね。ヤシロさんはまさにそんなお方です」

「おい、やめろ! その敬われ方はすげぇ気持ち悪い!」

「ゴミ回収ギルドは、夢再生ギルドです!」

「やめろぉぉおーっ!」


 俺がそんな寒い団体を作ったと思われるのは心外だ!

 なんだ『夢再生ギルド』って!?

 三流詐欺師の作った詐欺団体か!? 寒過ぎるわ!


「やちろー」


 なんだか瞳をキラキラさせ始めたジネットとヤップロックにうすら寒さを感じ始めた頃、末娘のシェリルが一本のトウモロコシを握りしめて俺のもとへと駆け寄ってきた。

 だが、その進行はヤップロックによって阻害される。


「こら、シェリル。ヤシロさんを呼び捨てにするんじゃない。この方は素晴らしい思想のもと、私たち希望を失った人々を救ってくださる救世主のような人なのだから」


 違う違う違う!

 違うよぉー!

 俺、全然そういうんじゃないから!


「いいかい、シェリル。『ヤシロさん』……いや、『ヤシロ様』だ」

「『さん』! 『さん』でいい! いや、むしろ『さん』がいい! なんならもう呼び捨てでいいんじゃないかな!? 小さい子の呼び捨てってなんか可愛いしさ! うわ~俺、幼女に呼び捨てにされたいなぁー!」

「ヤシロ……それは、なんだか危ない人の発言に聞こえるよ……」


 うるさいよ、エステラ。

 お前には分からんのだ。なんだか分からんうちに、明らかに地雷臭しかしない怪しげな団体のトップに祭り上げられようとされている者の気持ちが。

 それも教祖なんてレベルじゃないぞ? もはや神扱いだ。

 そりゃ全力で止めるさ!

『幼女に呼び捨てにされて喜ぶ変態』程度の汚名なら喜んで被るさ!


「……心まで、広いんですね、ヤシロさんは」


 他に何が広いと思ってるんだ?

 広い部分なんて、あと『顔』と『鼻の穴』くらいしか残ってないんじゃないか?

 あ、あとオデコか…………誰のオデコが広いか!? 失敬な!


「それで、シェリルさん。ヤシロさんに何かご用なんですか?」


 俺がヤップロックと話をしている間に、ジネットがシェリルと目線を合わせて話を聞いている。


「これー!」


 シェリルが握りしめていたトウモロコシをジネットに手渡す。

 そして、満面の笑みで告げる。


「やちろにあげるー!」

「あぁ、それはっ!」


 ジネットが受け取ったトウモロコシを見て、ヤップロックが慌て出す。

 なんだ? 高級トウモロコシでも隠し持っていたのか?


「ジネットさん。それは粉にも出来ない出来損ないでして……子供のおもちゃにしているものなんです」

「おもちゃ……ですか? 先ほどのトウモロコシとあまり違わないように思いますが?」


 遠目で見ても大差はないように見える。……少し小さいか?


「粒が不揃いで、皮も先ほどのより硬くて……」

「そうなんですか」

「はい。ですので、ヤシロさんにそんな価値のないものを差し上げるわけには……」

「いいえ。シェリルさんがヤシロさんにと、心を込めて贈ってくださったものですから。きっとヤシロさんは喜んでくださいますよ」


 おい、ジネット。勝手に決めるな。

 別に『幼女が握っていたトウモロコシ』に、特別な付加価値を見出すようなおかしな性癖は持ち合わせていない。

 価値のないトウモロコシならもらってもゴミになるだけだ。


「はい。ヤシロさん。シェリルさんからの贈り物ですよ」


 とても素晴らしいものですよ。――とでも言いたげな満面の笑みでジネットが俺にトウモロコシを手渡す。

 ……ったく、こんな食えもしないもんをもらっても……………………


「…………ヤップロック」

「はい。なんでしょうか?」

「殴らせろ」

「ひぃっ!? ヤシロさん大激怒じゃないですかっ!? すみませんすみません! しょうもないトウモロコシを差し上げてしまって、一族を代表し、ここに深く謝罪の意を表明させていただきますっ!」


 ヤップロックが土下座をして仰々しい謝罪を寄越してくる。

 が、そんなもんはいらん!


「このトウモロコシ、捨ててないだろうな!?」

「…………え?」

「この種類のトウモロコシで、乾燥出来ていて粉にしていない在庫はどれくらいある!?」

「え、えっと……わ、割とたくさんありま……」

「それ、全部買った! 粉と一緒に陽だまり亭に持って帰るから用意してくれ!」

「……は、はいっ! 喜んで!」


 ヤップロックが三度家を飛び出していく。

 それにウエラーとトット、ついでにシェリルまでもが追従していった。


「……何事だい?」


 ヤップロック一家が慌しく出て行った後、エステラが少し戸惑い気味に尋ねてくる。


「……ヤシロ。そのトウモロコシ、美味しい?」


 マグダは少し興味深そうに。


「あの……ヤシロさん?」


 そしてジネットは少し心配そうに。


「……運不運は、ままならない、か」

「え?」


 自分で言っていた言葉を、自分が実感するとは思わなかった。

 そして、ついさっき考えていた『古くからある淘汰されなかった食べ物』がこうもあっさり手に入るとは、思ってもみなかった。


「こいつは、フリントコーンとは別の種類だ」

「そうなんですか? 素人目には違いが分かりませんけれど……?」


 小首を傾げるジネット。

 違うぞ。全然違う。


「こいつは『爆裂種』と言われる種類のトウモロコシだ」

「ば……『爆裂種』……ですか? なんだか、怖い名前ですね……」


 まぁ、『爆裂種』と言うとそうかもしれないな……

 だがな、これとは違う、もっと一般的な呼び名を知れば、お前ならきっと気に入ると思うぞ。


 こいつの存在が知れ渡っていないということは、アノ商品がこの街に出回っていないということだ。


 上手くすれば、一大ムーブメントを生み出せるかもしれない。


 ふふふ……ふはははははっ! ふはっ! ふはっ! ぶははははっ!


「ね、ねぇ……ヤシロ」


 一秒でも早く帰りたいなぁ、と思う俺に、エステラが声をかけてくる。

 口元が引き攣っているのはなんでだ?


「…………どうしてそんなにあくどい顔をしているのかな?」


 ふふふ……金だ! 金の匂いがする!


「その『爆裂種』というのは、そんなにいいものなのかい?」

「あぁ……俺のいた国では大人気でな。全国、どこに行っても売っていて、初々しいカップルが初デートの際高確率で食べる、そんなメジャーな食べ物だったんだ」

「カップルが初デートで?」


 初デートといえば映画!

 そして、映画といえば…………


「この『爆裂種』…………別名を、『ポップコーン』と言う」


 もしかしたら俺は、真の『お宝』を手に入れたのかもしれない。



 振り続ける雨の音が、今だけは弾けるようなポップなサウンドに聞こえた。






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