20話 新装開店
――異世界の巨大都市・オールブルーム。
――その都市の一角に、ある問題を抱えた一軒の食堂がありました。
――陽だまり亭。
――この食堂が抱える問題。それは…………
『安心して食事が出来ない食堂』
――床は軋み、椅子はガタガタ。日中も陽の光は入らず真っ暗。
――この店の店主はこう語る。
「そうですね。もう随分古くなってきていましたし……お客さんにとって居心地のいい空間になれば嬉しいですね」
――そんな店主の切なる願いを受け、一人の男が立ち上がりました。
――リフォームの匠・ウーマロ。
「どうしたんッスか、ヤシロさん? さっきから一人で何言ってるんッスか?」
「俺のいた国で『リフォームと言えばコレ』みたいなヤツだよ」
「よく分かんないッスけど……」
大工のウーマロが困惑の表情を浮かべる。
まぁ、分かんないよな。この世界にはテレビすらないんだからよ。
と、まぁそんなわけで、ついに陽だまり亭のリフォームが完成した!
その全貌をとくとご覧いただこうではないか!
まずは外観がガラリと変わった。
一階の店舗部分には大きな窓を設け、外から店内がよく見えるようにしてもらった。これで陽の光も入り店内も格段に明るくなる。そして何より、開放感が生まれた。
店内が外から見えるというのは、飲食店においてはプラスになることが多い。
思い浮かべてみてほしい。街に溢れる飲食店を。だいたい大きな窓から店内が見えるはずだ。
逆に、昔ながらの純喫茶とか、店内が見えない店には入りにくかったりしないだろうか? まぁ、あえてそうやってハードルを上げて、店の雰囲気を大切にしているところもあるのだが。これは店によりどちらを取るか選べばいいところだ。
「こんなに開放感があるお店は、そうそうないですよね」
ジネットは大きな窓が大層気に入ったようだ。
なにせガラスは高いからな。俺たちの自室にもついていない高級品だ。
大通りに店を構える酒場でも、ここまで開放的な店はないだろう。
しかし、この店の開放感は、さらにもう一段階アップするのだ!
「ウーマロ!」
「はいッス! さぁ、みなさん、刮目するッス!」
俺の合図に、ウーマロは意気揚々と壁を『収納』し始めた。
「え、えぇっ!?」
ジネットが驚愕の声を上げる。
日本ではお馴染みだが、異世界では珍しい――もしかしたら陽だまり亭が初かもしれない――戸袋を作ったのだ。
窓の隣についている、雨戸をしまっておくアレだ。
ただし、陽だまり亭の戸袋は『壁』を丸ごと収納出来る。
壁と言っても、上半分はガラスで下半分が木で出来た『窓』というべき代物なのだが。
一軒家の縁側が全面窓、のような構造だ。
ちなみに、戸袋には雨戸も収納されており、店を閉めた後はそちらを使う。異世界でガラスは貴重品だ。割られでもしたら堪ったもんじゃない。雨戸を閉めておけば、防犯面も申し分ないだろう。
そして、この窓を全開放しておけば、そこはオープンテラスにもなる。
「お店が広くなったみたいです」
開放感のおかげで視覚的にそう見えるのだろう。
ジネットは店内を歩き回り、綺麗に並べられたテーブルを一つずつタッチして回っている。
満員になった店内で料理を運ぶイメージでもしているのだろうか。
足取りが軽やかで、なんだか踊っているように見える。
片や、マグダはというと……
「……三秒で到達可能」
カウンターから一番遠い席までダッシュしてそんなことを呟いている。
……頑張る方向、間違っているぞ。
「カウンターも使いやすくなりました」
以前のカウンターは、ジネットには少々高くて使いにくそうだった。
そこで、カウンターの中の床を5センチ上げたのだ。これで、客側からの高さは変わらず、ジネットは使いやすくなるというわけだ。
「厨房も綺麗ですね」
ジネットが一番喜んだのが厨房だった。
これまでは壁に沿って流しやコンロが配置されていたのだが、今回のリフォームでアイランド型のキッチンに変更した。これで、作業スペースが格段に広くなり、二人以上での作業が可能になった。
俺も料理くらいは出来るが、以前の厨房では手伝いが出来なかった。作業スペースの狭さも去ることながら、横一列に並んでいると、移動の際どうしても相手の後ろを通らなければならず、非常に邪魔だったのだ。
今後、店が繁盛してくれば人員を増やすこともあるだろう。そういうのも見越してアイランド型にしたのだ。
「それにしても、ヤシロさんのアイディアには驚かされっぱなしッスよ」
ウーマロも、今回のリフォームには満足がいっているようで、ずっとご機嫌だった。
自分の知らない設計や工夫が見られて面白かったのだそうだ。
「まぁ、俺のアイディアじゃなくて、俺の国で使われているものだけどな」
俺に設計の才能はない。
それこそ、リフォーム番組なんかを参考に、「こういうデッドスペースを収納として活用したい」とか、そのような口を挟んだだけだ。
素人の横槍を、見事に再現してみせたウーマロたちの方こそが凄いと思う。
おかげで、見栄え的にも機能的にも、陽だまり亭は数ランクアップした。
「これで、お客さんに喜んでもらえますね」
「客が来たら、な」
「来ますよ、きっと」
そう言って、ジネットは開け放たれている窓から外へと飛び出す。
そして、くるりと反転して、店の屋根へと視線を向ける。
「こんなに素敵なんですもの」
そうそう。もう一つ、とっても重要な変更点がある。
この世界にはどこにもなかったものを設置した。
「『陽だまり亭・本店』!」
そう。看板だ。
どこの店も、入り口に金属のプレートを掲げてはいるが、看板――特に店名が入った分かりやすい看板は設置していなかった。
ジネットはこの看板がとてもお気に召したようで、何度も見上げている。
「でも、どうして『本店』なんですか?」
ジネットが、改めてというように、小首を傾げて問いかけてくる。
「本店は本店だろ?」
「確かにそうかもしれませんが、『本店』と見ると、なんだか他にもどこかに『陽だまり亭』があるみたいに感じます」
「それを狙ってるんだよ」
かの有名なドラッグストアが、初号店をオープンする際にお客からの信頼を得るためにやったことというのが、店名に『21号店』とつけることだった。
そうすることで、あたかも店がたくさんあるように錯覚させ、それだけ出店しているならここは安心だと思い込ませ、初号店故の欠点を補ったのだ。
そんな話をもとに、今回俺は、陽だまり亭にあえて『本店』とつけた。
パクリ……ではなく、いわば逆転の発想だな。
『本店』とつけることで『2号店』『3号店』といった『支店』が存在するかのように錯覚させることはもちろんのこと、『風格』を持たせることにも重きを置いたのだ。
数ある支店をまとめる本店ならことさら安心、且つ、他店舗より格上だ、とまで勝手に思ってくれれば万々歳といったところだろうか。
ちなみに、『本店』とは「店が複数あること」を前提とした言葉でもあるが、単に「主たる営業所」といった意味合いを指す言葉でもあるので、嘘にはならない。万が一の場合は「『本店』までが店名だ!」と言い切ればいいんだしな。
なら、効果を狙ってつけるに越したことはない。
「……ヤシロ、どう?」
リフォームが完成した店内を見て回っていると、マグダが陽だまり亭の制服であるエプロンドレスを着て俺の前に現れた。
ジネットとお揃いのデザインで色違いだ。マグダのワンピースは水色を基調としている。……もっとも、お揃いといっても胸付近の構造は大きく違っているけど。
「……マグダも、リフォーム」
「いや、それはリフォームとは言わないから」
確かにフォームは変わっているけども。
変わったと言えば。
マグダの髪の毛が大分落ち着いてきた。
これまでぼさぼさと伸ばし放題だったのだが、陽だまり亭で暮らすようになってから毎晩ジネットがマグダの髪にブラシを通していたのだ。
その甲斐あって、マグダの髪の毛は幾分かさらさらになった。
それと、身長と同じくらいあった長髪を少し切ってやった。あまりにも長過ぎたからな。
店で働く時は髪を結んでポニーテールにする予定だ。
飲食店は清潔感が重要だからな。
「あ、マグダさん。制服着たんですね! とっても可愛いですよ!」
ジネットに褒められ、マグダの耳がぴくぴくと動く。
そして、俺の方を向き、このドヤ顔である……なんだよ? 何が言いたいんだよ、お前は。
「……即戦力」
「いや、色々基本的なこと覚えような」
マグダを即使うのは危険過ぎる。
まずは接客のいろはを教えてからだ。
「いいか、マグダ。その服を着ている時の挨拶は『お帰りなさいませ、ご主人様』だ」
メイドの基本中の基本だ。
「……お帰り、ご主人」
「色々略し過ぎだな。ちゃんと全部言え」
「……お帰りなさいま……なせいまし……なすいませ………………帰れ」
「帰すな! 迎え入れて!」
こいつ、とんでもない暴挙に出やがった。
接客業で接客を拒否するとか、接客業完全否定じゃねぇか。
「難しいようなら、ゆっくり言えばいいから」
「……オカエリ、ナサイ、マセ、ゴシュジン、サマ?」
「すっげぇカタコト!? あと、疑問形やめろな!?」
「……お帰りなさいませ、ご主人様」
「おっ! 出来たじゃないか! 偉いぞマグダ!」
褒めてやると、マグダはすっと頭を出してきた。
猫がたまにこういう仕草をする時があるが
撫でろという催促だ。まぁ、撫でるくらいしてやるけど。
「あの、ヤシロさん……?」
マグダを撫でていると、ジネットが申し訳なさそうな顔で俺に声をかける。
「陽だまり亭では、そういった挨拶をしたことがないんですが……?」
「それは由々しき問題だな」
「えぇっ!? そうなんですか!?」
「試しに言ってみてくれ」
「え? えっ? えっと………………では……」
こほんと小さく咳払いをし、ジネットは姿勢を正す。
そして、満点の笑みを浮かべながら、完璧な所作で出迎えの言葉を口にする。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「いいねっ!」
思わずサムズアップでグッジョブを送ってしまった。
ただまぁ、陽だまり亭では使えない挨拶だけどな。
だが覚えておいて損はない。
そういう言葉だ。
さて、マグダを店員として働かせるのは当分先になりそうだが、営業の方は明日からでも始められそうだ。
色々とギルドを回り、食材の確保も出来たし、タイミング的にもいい頃合いだろう。
「随分とお待たせしちゃいましたッスけど、その分、納得いくものが出来たッス」
「あぁ。こっちとしても文句なしだ」
ウーマロが右手を差し出してくる。それを握り返し、握手を交わす。
これで、リフォーム完了だ。
「グーズーヤも、今回は気合い入りまくってたッス」
食堂の入り口で、気恥ずかしそうにグーズーヤが頭を掻いている。隣には巨大な馬顔のヤンボルドもいる。
たった三人でこれだけのリフォームを期日中に完了させるとは……こいつら、マジでプロだ。感服するね。
「それじゃあ、お支払の方をお願いするッス。金貨でも銀貨でも、どっちでもいいッスよ」
ウーマロがにこにこと俺に笑みを向ける。
なので、俺も満面の笑みでそれに応える。
「金ならないぞ」
空気が固まる。
さっきまで賑やかで華やかだった店内が静寂に包まれる。
「……………………は?」
ウーマロの笑顔が次第に引き攣っていく。
カウンターのそばで、ジネットが困り顔で俺を見ている。マグダも、いつもの虚ろな瞳で事の成り行きを見守っている。
「あの……なんの、冗談ッスかね?」
「冗談じゃねぇよ。ウチに金なんかない」
「えっと…………」
かりこりと、ウーマロが頭を掻く。
「ヤシロさん……約束しましたッスよね?」
「何をだ?」
「………………」
ついに、ウーマロの顔から笑みが消える。
「冗談にしちゃ、シャレになってないッスよ?」
細い狐の目が片方だけ開かれ、俺を睨む。
「大工にこれだけの仕事をさせておいて、代金踏み倒そうってんッスか? 確かに、最初はこっちが迷惑をかけたッスよ? けど、その話はもうきちんとケリをつけたはずッスよね? なのに……これはアレッスか? 意趣返しッスか?」
ウーマロがカリカリと奥歯を鳴らす。
「おいおい、イライラすんなよ」
「ならさっさと払ってほしいッスね、リフォームの代金を!」
「だから、金『は』ない」
「ヤシロさんっ!」
「
ウーマロが俺に掴みかかろうとするが、その前に
俺の目の前に半透明の板が出現し、ウーマロと交わした契約内容が文字として明示される。
『分かった。立て替えの件は了承してもいい』
『ホントッスか!?』
『ただし、条件がある』
『じょ、条件…………ッスか?』
『実はな、この食堂をリフォームしてほしいんだが』
『い、いや、でも…………さすがに、店のリフォームを640Rbと引き換えってのは……』
『さすがに、640Rbでやれなんて言わねぇよ。労働に見合った対価はきっちりと支払う。ただ、少しだけ勉強してくれるとありがたいがな』
『そ、それはもちろん! お安くさせてもらうッス!』
『じゃあ、640Rbは受け取らなくてもいい、よな? ジネット』
『はい!』
ここからはジネットとの会話なので少し飛ばす。画面をスクロールさせてウーマロとの会話で止める。
『まぁ、こっちも裕福ではないので最大限オマケしてもらうとして……お前ら全員が一ヶ月間飯の心配をしなくていいようにはしてやるよ』
『一ヶ月っていうと……それが三人分で……………………うん。それくらいいただけるなら十分ッス! 本来のリフォームより破格になるッスけど、このバカがご迷惑おかけした分を差し引いて、その条件で引き受けさせてもらうッス!』
『じゃあ、交渉成立ってことで』
『よろしくお願いするッス!』
ウーマロは怪訝な顔をしている。
あれ?
気付かないのか?
「『金を払う』なんて言ってないだろ?」
「そんなの屁理屈ッスよ!」
「屁理屈でもこじつけでも嘘じゃない。契約に不備はないはずだが?」
「そんな……じゃ、じゃあ、どうやって報酬を払うんッスか!? オイラたち三人が一ヶ月間飯の心配をしなくて……いい…………よう……に…………」
ウーマロの語尾が消えていく。
どうやら気付いたようだな。
「お前たちには『陽だまり亭・本店、一ヶ月間食事フリーパス』を進呈しよう!」
「フ、フリーパス……?」
「だから、一ヶ月間、ここに飯を食いに来いよ」
「そ、そんな……飯なら今だってお昼と夜は用意してもらってるッスし……それじゃあ、現状維持ってことッスか?」
「違うだろ、全然」
不満そうなウーマロに、今回の報酬の素晴らしさを教えてやる。
「朝昼晩、三食食える」
「朝飯が増えるだけじゃないッスか……」
「今までは店員用の『まかない食』だったが、今度からは『商品』を提供しよう。特別なお客様として扱ってやるよ。なんなら、新商品が出来る度、いち早く食べさせてやるよ」
「う~ん……」
それでもイマイチ納得していない様子のウーマロ。
ヤンボルドやグーズーヤも表情が曇っている。
「さらに、お客様である以上、当然、ウチの看板娘が食事を運んでくれる」
「え……っ!?」
ここでようやくウーマロが反応を見せた。
まぁ、分からなくはない。
実は、これまでの食事は「出掛ける用事がある」とかなんとか理由をつけて、ジネットには一切給仕させていなかったのだ。ジネットはあくまで作るまでで、ウーマロたちは鍋に入っている飯を自分でよそい、男三人でそれを食っていた。
なんとも味気のない食事だったことだろう。
「これからは、ジネットとマグダが、お前たちの食事風景を華やかに彩ってくれることだろう」
「……華やかに……ッスか」
ウーマロの心が揺れ始めている。
ここは推しどころだ。
「……それに、見てみろ……あの制服を」
耳元で囁く、ウーマロの視線がジネットとマグダに注がれる。
「可愛いだろ? 天使のような無垢な可愛らしさの中に、さり気なく含まれている『エロス』……正直、俺ならあの制服だけでドンブリ飯三杯はいける」
ウーマロの喉がごくりと鳴る。
こいつは、ジネットと面と向かって話せないほど女に免疫がない。
きっと、見ているだけでも十分刺激的なはずだ。
それが毎日続く…………その環境がどれだけ魅力的か、こいつも気付き始めたことだろう。
よし、もうひと押しだな。
「一日頑張って働いて、いい仕事したなぁって充実感と心地いい疲労感に満たされながら、夜この店を訪れる」
その光景を想像しやすいように、俺はゆっくりと、落ち着いた声で語りかける。
ウーマロは瞼を閉じ、アゴを少し上げる。斜め上を見上げるような格好で、ウーマロは今、俺の誘導する通りの情景を脳裏に浮かべていることだろう。
ふと見ると、ヤンボルドとグーズーヤも同じ格好で目を閉じていた。
俺は静かに手招きをして、ジネットとマグダを呼び寄せる。
唇に人差し指を当て、「しー」と合図して、静かに二人を所定の位置につかせる。
だいたい、ウーマロの1.5メートルくらい前だ。
「『いや~。今日はいい仕事が出来たなぁ』『頑張った分、腹ペコペコですねぇ』そんな会話をしながら、お前たちはこの店のドアをゆっくりと開くんだ。暗い闇を照らすように、柔らかい光が店内から差してきて、いい香りと優しい空気が、疲れたお前たちを迎えてくれる。そして……」
俺はジネットとマグダに視線で合図をする。
マグダは俺の意図を汲み取ったようで、こくりと頷きを返してくれた。
が、ジネットはきょとんとした顔をして小首を傾げている。
あぁ、もう、しょうがないヤツだな。
俺が説明に行こうかとした時、マグダが動いた。
マグダは背伸びをして、ジネットに耳打ちをする。
一瞬驚いた表情を見せるジネットだが、理解したようでこくりと頷いた。
さぁ、とどめだ。
「――そして、ドアを開けてお前たちが最初に目にする光景が、これだ」
そう言いながらウーマロの背中をポンと軽く押す。
それに合わせてウーマロが瞼を開ける。
ヤンボルドとグーズーヤも同時に目を開く。
彼らの目の前には、ジネットとマグダが並んで立っており、少し恥ずかしそうにはにかんだ表情を見せている。
そして、二人揃ってお辞儀をしながら――このセリフだ。
「「お帰りなさいませ、ご主人さま」」
「「「ただいまぁー!!」」」
よし。陥落。
「なんッスか!? ここは天国ッスか!?」
「一日の疲れ……吹き飛ぶ」
「ヤバいっすって! ジネットさん、破壊力ハンパないっすって!」
大好評だ。
これは、イケるかもしれない!
『陽だまり亭・メイド喫茶化計画!』
オムライスに顔でも描いて「美味しくな~れ」とかやるだけで5千円くらい取れそうだ。
「や……で、でも……さすがに、それでリフォーム代をチャラにするのは……」
あと一歩というところで、ウーマロがぐずり始めた。
えぇい、女々しいヤツめ。そこはもう潔く即決する場面だろうが!
「それに、オイラ……どうせまともに見ることも出来ないッスし……」
ここにきてシャイボーイ発揮してんじゃねぇよ!
あの巨乳がタダで見られるんだぞ!? それを棒に振るなんて男じゃないぞ!
「なぜだ……揺れか? 揺れが足りないのか? 床をもっとぽよんぽよんにして、ジネットが歩く度にもっとゆっさゆっさした方がいいのか……」
「ヤシロさん、声に出てますよ!? そんな床、危なくてダメですからね!」
ジネットは最強の武器(おっぱい)を両手で隠し、カウンターの奥へと隠れてしまった。
くそ……もうひと押しだというのに……
「………………」
ふと、視線がマグダに向いた。
マグダは、何かを訴えかけるような目で俺をジッと見つめていた。
感情が読み取りにくいその虚ろな目から懸命にマグダの本心を読み解くと……
「……(任せて)」
――と、言っているように見えた。
任せろったって……
「(お前のその胸じゃ無理だ!)」
――と、視線を送ると。
「……(四十秒で育てる)」
――と、返ってきた。
いや、無茶言うなよ!
で、その四十秒で支度するアニメって、こっちではやってないよね? 偶然? それともまた『強制翻訳魔法』がお茶目さんぶちかましたのか?
「まぁ、契約内容をきちんと確認しなかったオイラも悪いッスから、限界まで値引きはさせてもらうッスけど……」
ウーマロが話をまとめに入ろうとしたところで、マグダがウーマロの前に立ちはだかった。
「な、……なんッスか?」
半歩身を引き身構えるウーマロに、マグダは穢れなき目で熱い視線を送る。
「……ご飯、食べに来て」
「や、でもッスね……こっちも生活が……」
「……マグダたちと、ご飯…………嫌?」
「うぐっ!?」
ウーマロの心に、目には見えない刃が突き刺さった。
そこへすかさず、マグダの追撃が入る。
「…………マグダ、頑張るよ?」
不安を内包した真っ直ぐな瞳がウーマロを捉える。
こてんと傾けられた小さな頭。髪の毛がさらりと落ちてマグダの顔の前で揺れる。ネコ耳が、寂しげに揺れている。
「……うっ」
ウーマロが心臓を押さえ、一歩後ずさった。
こ、これは…………イケる?
「で、でも…………オイラたちもプロなんで……」
くぅ、しぶとい!
ならば、揺れる消費者(詐欺師的にはカモと呼ぶ)を一発で堕とす秘策……
『期限切れ』を発動する!
「これで分かったか、マグダ」
その場にいる全員が不思議そうな表情を見せる。
俺が何を言い出したのか、理解しているヤツは誰もいない。当然だ。アドリブなんだから。
だが、ここから畳みかけてやれば……
「やっぱりお前に接客は無理なんだよ。こいつらの反応を見てそれがよく分かったろ?」
俺が話しかけても、マグダは何も答えない。
ただ、いつものように虚ろな目で俺を見つめているだけだ。
だが、マグダをよく知らない者が見れば、俺に責められて落ち込んでいるようにも見える表情だ。
「さぁ、分かったらもう制服を脱ぐんだ。いつもの服に着替えてこい」
「あ、あの! ヤシロさん……っ!」
俺の強い語調に、ウーマロが思わずといった感じで口を挟んできた。
ようこそ、こちらのフィールドへ……ふふふ。
「あ、あの、え……っと……なんの、話ッスか? 制服を脱ぐとか、無理……とか?」
「ん? あぁいや。マグダはジネットのようになりたいと言っていてだな……」
嘘ではない。
「接客をやってみたいと、自分で言っていたんだが……」
これも嘘ではない。
「見ての通り、こいつは感情が表に出にくい。だから、接客業は難しいんじゃないかと、俺は思っているんだ」
まぁ……嘘とは言えない。
「本人がいくら頑張りたいと言っても、こっちは客商売だからな……」
「え、じゃあ……彼女は……マグダちゃんは、接客出来なくなるんッスか?」
マグダ「ちゃん」か……うんうん。いいぞいいぞ。
「お前だって、こんな無表情なヤツを見ながら飯を食うのは嫌だろ?」
「そんなことないッス!」
食いついたぁあっ!
「マ、マグダちゃんは、えっと……その、とっても可愛いッスよ! オイラ、女の人を見ると緊張して飯とか食えなくなるッスけど……でも、マグダちゃんだったら、和むというか……美味しくご飯食べられると思うんッスよ!」
「けど、銀貨ほどの価値はないだろう。なら、客商売としては……」
「あるッスよ! マグダちゃんの制服姿は銀貨百枚……いや、金貨百枚の価値があるッス! この姿を見るためだけにでも、通ったっていいくらいッス!」
ほほう。
「じゃあ、リフォームの支払いは?」
「え…………いや、そ、それとこれとは話が…………」
あぁ、もどかしい!
そこは男らしく「マグダのためだ! 金なんか要らねぇ!」って言えよ! だからモテないんだよ!
この奥手大工をどう口説き落とそうかと策を弄していると、マグダが俺とウーマロの間に割って入ってきた。
ウーマロを背に庇うように、俺と向かい合い、虚ろな目で見上げてくる。
「……ヤシロ。もういい」
「ん?」
「……大工さん、可哀想」
「マ……マグダちゃん……」
マグダの意外な発言に、ウーマロが言葉を漏らす。
つか、今にも涙が零れそうになっている。
「……いじめないであげて」
「マグダたんマジ天使ッスゥゥゥゥウウッ!」
ウーマロが、落ちた。
「ヤシロさん! オイラからもお願いするッス! マグダたんに接客をやらせてあげてほしいッス! マグダたんなら、きっと四十二区でナンバーワンの給仕係になれるッス! オイラが応援するッス!」
「じゃあ、リフォームの代金は……」
「ヤシロさんの案でいいッス! どっちみち毎日食べに来るんッスから、一緒ッス!」
いいぞ!
それでこそ、大工! 漢の中の漢だ!
「では、あの……せめて、『二ヶ月間』に延長させてください。さすがに申し訳なくて……」
カウンターの奥に引っ込んでいたジネットが、話がまとまりそうな雰囲気を察知して出てきたようだ。
……こいつは、また自分から進んで不利益を…………だが、今回に限っては好都合だ。
「さすがジネットさん、優しいっ!」
「オレも、巨乳の方がいい……!」
グーズーヤとヤンボルドの目がキラキラと輝き出した。
「オ、オイラはマグダたん一筋ッスからね!」
「……ありがとう」
「お礼言われたッス! ムハァーッ!」
ウーマロは……なんかの病気を発症してしまったようだ。お気の毒様。
だが、これでいい。
セールスマンの世界には、こんな言葉がある。
『商品を売るのではなく、感動を売れ』
人は、物を欲するのではなく、その物が持つ物語を欲するのだ。
これまで無名だったバンドが「○○枚売れなきゃ即解散!」とやるだけでミリオンを達成した例がある。人はそういう、『商品の向こうにある物語』を好んで買うのだ。
それは、付加価値と言い換えてもいい。
それまで大した売り上げでもなかったもずく酢が、テレビで「痩せますよ」と特集をした途端スーパーから消えた――なんてのも、『商品の向こうにある価値』が買われた例だと言える。
美女の使用済みストローがなんかエロいのと同じだ。
もっとも、俺はそんなもんに価値を見出すような変態ではないので、そこんとこは理解出来ないが……だが、巨乳美女が谷間に挟んだストローだったら、五万までなら出せる!
商品というのは、得てしてそういうものなのだ。
そして今回、陽だまり亭の価値を上げたのは、マグダが純粋に抱く「給仕係を頑張りたい」という思いだ。その思いが、ウーマロの中で陽だまり亭の価値を爆上げさせたのだ。
応援するだけの価値があると、思わせるほどに。
同様に、俺という『悪者』に押しつけられた納得しがたい契約を『ジネットの優しさ』が幾分解消してくれた。こいつも付加価値としてグーズーヤやヤンボルドの心に刻み込まれた。
今、この場にいる者の中で「損をした」と思っている者は一人としていない。
みんなハッピーなのだ。
いやぁ、平和って素晴らしいな。
俺があえて悪役に甘んじた甲斐があるってもんだよ、はっはっはっ!
「じゃあ、ウーマロ。そういうことで」
俺が差し出した手を、ウーマロは力強く握り返してきた。
「了解ッス!」
単純な男で助かった。
「悪かったな……無茶なこと言って」
「なに言ってんッスか。もう、今さらッスよ」
そして、完全には納得出来ない契約をのませた後は、こちらがしおらしい態度を取るべきだ。そうすれば、相手は「まぁ、しょうがないよな」という心理が働き「許してやった」という満足感に酔いしれることが出来る。
ここでもうひと手間加えると……
「マグダ、きっと喜んでると思うぞ。表情が乏しいから分かんないかもしれないけど……感謝してると思う」
「……そう、ッスかね。やはは……」
ウーマロ轟沈。
ウーマロは『お得意さん』へクラスアップした。
日本には、アングラアイドルと呼ばれる、小規模な活動をしているアイドルがいる。
彼女たちを支えているのが、他でもないこういう連中なのだ。
つまり――「俺が支えてあげなきゃ!」という心理を突き動かされた熱心なファンだ。
距離が近い分、その思いは強くなり、応援はいつしか崇拝へと変わる。
こういう固定客を持ったヤツは……強いぞ。
マグダ……お前、なかなかやるじゃねぇか。…………金の匂いがしてきやがった。
「よし、じゃあお前ら! 明日から『毎日』食いに来てくれ!」
「是非お越しください。わたし、腕によりをかけて美味しいお料理を作りますから!」
「……マグダも、頑張る」
陽だまり亭一同の呼びかけに、トルベック工務店の面々は……
「「「はいっ!」」」
と、元気よく頷いてくれた。
陽だまり亭のリフォーム――『三名様、二ヶ月分のお食事フリーパス』にてお支払い完了!
通常営業で使う分からやりくりするのだから、予算は実質ゼロRbだ。
そしてさらに、この契約にはもう一つ仕掛けがあるのだが……まぁ、それは追々効果を発揮するだろう。
今は契約履行を祝おうではないか。
「……ヤシロ」
「ん?」
「……マグダ、頑張る」
「おう、頑張れ」
「……色々、教えて。接客の仕方」
マグダは向上心の高い娘なんだな。
だがな……
「マグダ」
「……なに?」
「お前に教えることは、もう何もない!」
「…………まだ、何も教わってないのに?」
いいんだ。
マグダはマグダで。
なにせファンがついたのだからな。
今のまま、自分らしく振る舞っていてくれればそれでいい。
「お前にしか出来ない、お前のやり方で客をもてなせばいい」
「………………うん。分かった」
こうして、マグダは接客業の免許皆伝となったのだった。
そして、いよいよ。
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