11話 食堂の品格

「この店に足りないもの。それは、『格』だ」


 ある朝。教会への寄付を終えて店に戻った後、俺は店内で持論を語る。

 この場にいるのは開店準備を進めていたジネットと、ここ最近教会で朝食を食った後は決まって店までくっついてくるようになったエステラだ。

 エステラへの代価の支払い――ゴミ回収ギルド開設に伴う労力に対し一週間の昼食を提供する――は、完了している。なのに、なぜお前は飽きもせず毎日ここへ来るのか……まぁ、邪魔さえしなければいいのだけれど。


「『格』っていうのは、『品格』ってことかな?」


 俺の言葉に反応したのはエステラだった。

 ジネットは言われた言葉の意味が理解出来ていないようで、キョトンとした顔をしている。

 ……頼りねぇなぁ、店主。


「『品格』だけでなくてもいい。『風格』があってもいいし、『格式』が高ければなおいい」


 要するに、店のグレードを上げる必要があるのだ。

 数日間、陽だまり亭の営業を見てきた俺がたどり着いた答えだ。


「『あってもいい』ということは、『なくてもいい』ということかな?」

「なくても営業は出来るさ。ここみたいに最底辺の大衆食堂だって、営業する権利だけはある」


 ジネットが、「あれ、今酷いこと言われませんでしたか?」みたいな微かな反応を見せる。が、確信が持てないようで何も言ってこなかった。今日もこいつはどん臭い。


「それで、その『格』を上げると、何がどう変わるんだい?」


 エステラの口調は、どこか面白がっているように聞こえる。

 こいつ、俺を試そうとしてやがるな?


「『格』が上がれば、客の質が良くなる」

「お金持ちが大挙して押し寄せてくると?」

「いや。貧乏人以外来ないだろう、四十二区の片隅のこんな建ってるのが不思議なくらいのおんぼろ食堂になんか」


 ジネットが、「あれ、あれ!? 今のは確実に酷いこと言われてますよね!?」みたいな顔をするが、また確証が持てなかったようで何も言ってこなかった。

 神がかってるな、こいつのどん臭さは。


「じゃあ、なんのために『格』を上げるのさ? 客層や収入面では、結局のところ現状維持なんだろう?」

「まぁ、すぐに影響は出ないかもしれないが、中長期的に見れば確実にメリットがある」

「へぇ……具体的には?」

「客の質が良くなる」

「だから……話がループしてるよ?」


 エステラが訝しげな目で俺を見てくる。


「ループはしていない。お前が理解していないだけだ」

「客層は現状維持で貧乏人しか来ないんだろう?」

「あぁ、貧乏人しか来ない。店が貧乏臭いからな。貧乏臭いところには貧乏臭いヤツしか寄ってこない。貧乏人フェスティバルだ」


 ジネットが、「あれあれあれれぇ~!? 今のは絶対、絶対酷いこと言ってますよね!?」みたいな表情を見せるが、やはり確信が持てなかったようで何も言ってこなかった。

 崇めてやろうか、どん臭い神様として? ほこら、作ろうか?


「だったら客の質は上がってないじゃないか」


 若干イラついたように、エステラが語調を強める。

 だからこいつは分かっていない。


「貧乏人の質が良くなるんだよ」

「……は?」


 貧乏人が貧乏面下げて貧乏行為を行うのは、そこがそれを許容してしまう雰囲気だからだ。

 例えば、百人の貧乏人を集めてバイキング形式のパーティーを催したとしよう。するとどうなるか? おそらく、争奪戦が始まるだろう。我先にと飯に群がり、邪魔な者を押し退け、中にはタッパーに入れて持ち帰ろうとしたり、落ちた物でも気にせず拾い食いする者まで出るかもしれない。

 なぜなら、周りがみんな貧乏人で、その環境がそれを許容するからだ。

 では、そのパーティーの出席者がみんな貴族級の金持ちなら? その中に貧乏人一人を放り込んだらどうなるか……

 貧乏人は周りの空気に萎縮して、借りてきた猫のようになる。

 そして、場違いな自分を顧みて恥ずかしささえ覚えるだろう。

「こんな服着てきてよかったのだろうか?」「そもそも、なんで自分がこんなところに……」とな。

 客観的に見て明らかに自分が格下であり、且つ、自身がマイノリティであった場合の心細さと居心地の悪さといったら筆舌に尽くしがたいものがある。

 高級ホテルや一流旅館は、値段だけでなくそういう『格』で客層の足切りをしているのだ。

「お客様は当店に相応しい方ですか?」とな。

 それでも、どうしてもそこへ行きたい者は自分を磨き、取り繕い、表面上だけでもその場所に相応しい者であろうと努力する。


 そう、客が自分を変えようと努力して、自発的に己の『質』や『格』を上げるのだ。


「――と、いうことで客の質が良くなる」

「そんなに上手くいくのかな?」


 俺の話を黙って聞いていたエステラは、開口一番にそんな否定的な言葉を吐き出した。

 こいつの喉元には毒袋でもついてるんじゃないか?


「居心地が悪くなったら、客は来なくなるだけな気がするけど? 食堂なんて他にいくらでもあるんだし」

「それは、ある一定以上の集客実績がある店が考えることだ。ここみたいに茶飲みババアと食い逃げヤロウしか来ないような店の言うことじゃない。言う資格がない」

「あ、あの……!」


 ジネットが、「今回ばかりは言わずにいられません!」みたいな顔で俺に声をかけてくる。が、目が合うと、「……いえ、なんでもないです」と、引き下がってしまった。

 どん臭い神様のご利益って、どん臭くなることなのかな? ならお参りしないでおこう。


「客足が遠のくのを恐れて守りに入るような段階じゃない、ということだね?」

「まぁ、そうだ」


 エステラはようやく理解してきたようだ。

 喉の奥のつっかえが取れたような表情を見せる。いや、まだ小骨くらいは引っかかってるって顔かな。


「新規の客が来た時に、店の中にいるのが品のかけらもないゴロツキばかりだったらどうよ?」

「ボクなら、二度とその店には行かないね」

「そういうことだ。集客アップを図る前に、こちらの地盤を固めなければ意味がない」


 基礎工事をおろそかにして高層ビルを建てるようなものだ。それは、『愚か』という人類にとって最も忌むべき罪悪だ。

 人は『愚か』であってはいけない。

 人は『利口』にならなければ。


「言いたいことはだいたい分かったよ」

「それはよかった。店主は一切理解していないだろうけどな」

「そ、そんなことないですよっ!?」


 慌てた様子でジネットが話の輪に入ってくる。


「か、『格』を上げましょうっていうことでござますですわよね?」

「それがお前の限界か?」

「ジネットちゃん、無理しなくていいからね」

「あぅう……優しさがなんだか痛いです……」


 落ち込むジネットの頭をエステラがあやすように撫でる。

 ジネットに『品格』やら『風格』を求めるのは土台無理な話なのだ。

 取り繕った『格』は、すぐにボロが出て崩壊する。

 客は見せかけでもまぁ許容されるが、受け入れる側がそれではダメだ。

 格上の客が来た時なら尚のこと、ボロを出すようなことがあってはいけないのだ。


 だからこそ、『無理はしない範囲で可能な限り格を上げる』ということが重要になる。

 なにも、陽だまり亭を一流料亭にしようなんてことじゃない。俺はそこまで無謀じゃないからな。


「まぁ、要するにだ。無いに等しく埋没したド底辺以下のこの店の格をほんのちょっとだけでも嵩上げしていっぱしに見えなくもない程度には体裁を整えようってことだ」

「酷いです、ヤシロさん!」


 ジネットが「あぁ、やっと言えました」みたいな達成感に満ちた表情をしている。

 こいつの達成目標低くていいよなぁ。人生楽しそうだ。


「それで、何か具体的な案はあるのかい?」

「なきゃこんな話してねぇよ」


 俺には秘策がある。

 というか、とても王道で、日本では当たり前のことなのだが。


「制服を作った」

「「制服?」」


 ジネットとエステラが揃って首を傾げる。


「格を上げて客の質を向上させるには、訪れる者をこちらの思惑に引き摺り込む必要がある。要は人心掌握が必要になってくるわけだ」


『この店にいる間はこうしなければいけない』『これはしちゃいけない』という意識を植えつけるのだ。

 それには、相手の心を掴んでおく必要がある。

 潜在意識の中で、『あ、こいつには逆らえないな』と思わせることが出来ればこちらの思惑はすんなりと通る。


「人の心を掴むには、『権威を着る』ことが最も手っ取り早い」


 人間は制服に弱い。

 警備員の制服を見ると、たとえその中身が学生バイトであったとしても威圧感を与えられるものだ。

 通りすがりの一般人に「そこに自転車を停めるな」と言われても、「は? うっせぇよ!」と返せるだろうが、警備員相手なら「はい。すみません」と素直に従うことだろう。

 両者の違いは制服を着ているか否かにしかなく、着るものによって権威は大きく左右されるということだ。


「というわけで、これだ!」


 俺は、自分用に作った大きめの鞄から一着のエプロンドレスを取り出す。


「わぁ!」


 それを見た途端、ジネットが瞳をキラキラさせる。

 食い入るようにエプロンドレスを見つめ、「わぁ~」とか「ほぁ~」とか空気の抜けるような声を漏らしている。


「これ、ヤシロさんが作ったんですか?」

「あぁ。前に物置の布をもらっただろ? あれでな」

「凄い! 凄いです! あの古い布がこんな可愛いものになるなんて!」


 この世界の人間は、自分で自分の服を作るのが一般的なようで、裁縫道具や布はそれなりのものが揃っていた。

 ジネットがいつも着ている服も、どう見てもお手製というクオリティだ。

 まぁ、服を買うなんてのは、この世界の人間には贅沢なことなのかもしれないがな。アウトレットとかなさそうだし。古着はあったけど、高かったし。


 そんなわけで、余っていた布をもらい受け、俺はせっせと夜なべをしてエプロンドレスを作っていたのだ。


「プロ並みの美しい縫製だ…………本当に君が作ったのかい?」

「その嘘吐きを見るような目は称賛だと受け取っておくよ」


 エステラがエプロンドレスを手に取り、その縫製技術にため息を漏らす。

 素人が作ったとはとても思えないクオリティだ。俺が着ていたブレザーに負けず劣らずの出来栄えだと言えよう。

 つまり、こいつさえ着ていれば「この店、グレード高ぇ!」と思わせることが出来るのだ。なにせ、ブレザーを着ているだけで俺を貴族だと勘違いするようなヤツがいたからな。


「このひらひらが可愛いです!」


 ジネットは肩口にあしらったフリルが甚くお気に入りのようだ。

 そういえば、こいつのパンツはフリルのものが多かったな。きっとこういうのが好きなのだろう。

 パンツといえば、レースのものもあったっけな。

 時間があればレースでも編んでやりたかったのだが、まぁ、それは追々でいいだろう。

 この先ずっと現状維持ってわけにもいかないからな。客は常に進化を求めるものだ。

 レースは次の段階でいいだろう。


「ヤシロさんって器用なんですね」

「ふふん。もっと褒めるがいい」


 なにせこちとら、各種ブランド物の『バッタもの』を手製していたからな。

 服だろうが鞄だろうが、靴だって作れるのだ。……靴は、マスターするのに本当に苦労した。腕時計もしんどかったけど。

 ちなみに、俺の鞄も俺が作ったものだ。いろんなポケットがあちこちについている非常に『使える』鞄となっている。

 具体的には、万引きした商品をバレにくいポケットに隠して、「どこに隠したって言うんだよ!? 鞄の中見てみろよ!」みたいなことに使えたりする。

 もっとも、『精霊の審判』で、「盗った?」と聞かれれば一発アウトだけどな。


「あの! これ、さっそく着てみてもいいですか!?」

「おう。集客アップのためだ、大いに着てくれ」

「はい!」

「あ、ちょっと待て」


 普段着の上からエプロンを着けようとしたジネットを制止し、俺はもう一着服を取り出す。


「こいつをエプロンの下に着てくれ」

「もう一着あるんですか!? わぁ……綺麗な色」


 完璧主義者として名高いこの俺が、エプロンドレスだけで終わるはずがない。もちろん、その下に着るワンピースも制作済みだ。

 ジネットの明るくてぽわぽわしたイメージを活かせるように華美ではない薄桃色のワンピースに純白のエプロンドレスを合わせて着てもらうのだ。


「公と私をきっちりと分け、それを着ている時はプロフェッショナルな振る舞いを心がけるようにするんだ。そうすることで、客も、そしてこの店も、自然と格が上がっていくことだろう」

「プロフェッショナル…………はい! 分かりました!」


 ジネットの表情が真剣なものに変わる。

 可愛いとキャーキャー喜んでいた表情から一転、プロの顔つきになった。


「それでは、着てきます!」


 ワンピースとエプロンドレスをギュッと抱きしめ、ジネットはカウンターを越えて店の奥へと姿を消す。

「手伝おうか?」と、申し出たかったのだが……エステラが怖い顔でこちらを睨んでいたのでやめた。

 ……俺の行動を先読みして抑制するのやめてくれないかな。


「君にしては、珍しく真面目な立案だったね」

「珍しくとはなんだ。俺は常に真剣なんだぞ」

「その『真剣』の方向性が問題あるんじゃないかと、ボクは言っているのだが?」


 痛いところを突いてくる。

 それには反論出来ないな。


「しかし、あれだけの服が作れるんなら、ボクもお願いしたいくらいだな」

「いくら出す?」

「早速お金の話かい?」

「無償提供してもらえるとでも思ったか?」

「君に限って、それだけは絶対ないだろうね」


 よく分かってるじゃないか。


「しかし、材料費と労力に見合った賃金を支払ってくれるなら作ってやらなくもないぞ」

「ぼったくられそうだ」

「いや。今はいろいろ金が要る時期なんだ。ぼったくるのはもう少し地盤を固めてからだな。まずは信用を勝ち取らないと」

「……そんなことをさせないようにボクが目を光らせておかないといけないようだね」


 勝手に光らせているがいい。

 俺はその光を避けて上手くやる。どっちにせよ、詐欺なんて陰でこそこそやる商売だからな。


「でも、適正な価格でということなら一考してみようかな。デザインに口は出せるのかな?」

「ある程度の要望は聞いてやる。その代わり、要望が増えればその分料金は上がっていくぞ」

「それは当然だよね。でも、ボクが言いたいのは『動きやすく』とか『丈夫に』とか、そういうことなんだよ。あ、あとは色くらいかな」

「最初に言ってくれれば対応出来ると思うが」

「そうか……う~ん、どうしようかなぁ……」


 発注を真剣に悩み始めたエステラ。

 こいつの経済状況はよく分からんが、ある程度は金を持っているような気配はする。

 衣服がきちんとしていること。

 髪がきちんと手入れされていること。

 毎日入浴しているようでにおいがまるでしないこと。

 それに、今川焼きを土産に持ってくるような余裕もあるようだし、実は大貴族のご令嬢だったりするのかもしれない。…………ないか。大貴族のご令嬢が孤児の集まる教会に朝飯を集りに来るなんてあり得ないよな。経済的にというより、対面的な問題が先に立つ。要するに「みっともないことをするな」と家族が言うはずだからだ。

 が、以前も言ったが、あえて自分を「ボク」なんて呼んでいるあたり、それなりにしがらみのある小金持ちではあるのだろう。

 それこそ、オーダーメイドの服を発注しても構わないと思える程度には金を持っているということだ。


 だとすれば、真面目に服を作ってやった方が利益になるだろう。

 服屋になるつもりはないが、定期的に金を落としてくれるリピーターは大歓迎だからな。


 あ、ってことは。


「お前のサイズを測らせてくれ」

「はぁっ!?」


 般若みたいな顔がこちらを睨む。

 い、いや……エロい意味でじゃなくてだな……


「どうせ作るなら着心地のいい方がいいだろう?」


 出来が良ければ二着三着と発注がかかるかもしれないし。


「……もしかして、ジネットちゃんのサイズも……?」

「あぁ。測ったぞ」

「何してんのさっ!?」


「店のためだ」と言ったところ、物凄く恥ずかしがってはいたが測らせてくれた。

 ……いやぁ、凄まじかった。


「Iカップだったぞ」

「アィ…………ッ!?」


 エステラが指折り数えている。

 そして、絶望したような表情で肩を落とした。衝撃的過ぎたようだ。

 ……つか、アルファベットってどうやって翻訳されているんだろう?

 ちゃんと意味伝わってるのかな?


「お前の服をジネットと同じサイズで作るわけにもいかないだろう?」

「……それは、新手のいじめだと解釈するしかないね」


 胸元スッカスカのブッカブカだ。着られたもんじゃないだろう。


「ちょっとした小物が入れられるぞ?」

「入れたくないよっ!?」


 スイカとかの持ち運びに便利かもしれんのに……


「フリーサイズの服でいいよ」

「だとしたら、わざわざオーダーメイドにする意味がないだろう?」

「……サイズは、言いたくない」

「何をいまさら。どうせAカップなんだろ? 分かりきってることなんだから……って、目がめっちゃ怖いっ!」


 視線だけで射殺されるかと思った。


「発言を取り消すか、人生をやり直すか、どちらかを選ぶといい」


 すでにやり直しの人生真っ只中だっつうのにもう一回やり直せとか無しだろう。この次はきっと六歳からのやり直しだ……それは面倒くさい。


「分かった、訂正する」


 俺が言うと、エステラは不服そうながらも納得した表情を見せる。


「『所詮』Aカップなんだろ?」

「どこを訂正してるんだっ!?」

「『どう転んでも』Aカップなんだろ?」

「悪意の塊か、君はっ!?」


 腕を組み、そっぽを向いてしまった。

 俺から胸を隠したつもりだろうが、横向いた方が胸の凹凸は強調されるんだぞ?

 そんなことにも気付かずに、エステラは気分を害したとばかりに頬を膨らませる。


「おぉ、Bカップ」

「ほっぺたにカップ数なんかあるか! あと、ほっぺたに負けたくない!」


 今のは、自分がAカップであると自供したようなものだろう?

 こいつ、誘導尋問に弱そうだなぁ。

 よし、誘導尋問やってみるか。


「あれ、そういえばお前、何カップだっけ?」

「誘導尋問のつもりかな、それは!?」

「急激に知りたくなった。吐け!」

「聞きたいにしても、もう少し言いようがあるだろう!?」


 強情なヤツめ!

 しかし、こっちには奥の手があるのだ!


「『精霊の審判』!」

「はぁっ!?」


 エステラの体が淡い輝きに包まれる。


「さぁ、これで嘘は吐けないぞ! 教えてもらおうか、お前は何カップだ!?」

「………………」


 蔑むような視線を俺に向け、エステラはずっと口を閉ざしていた。

 やがて、淡い輝きは溶けるように消えていく。


「黙秘って有りなのっ!?」

「嘘を吐かなければ問題はないんだよ」

「そういうことは先に言っておけよ!」

「悪用しか考えない君に教えてやることなんか何一つ無いけどねっ!」


 おのれ、エステラめ……っ!

 なんて狭量なヤツだ!

 憤懣やるかたないヤツだな、まったく!


「あ、あのぉ……」


 そんなこんなで大騒ぎをしていると、ジネットが食堂へと戻ってきた。

 が、カウンターの陰に隠れるようにしゃがみ込んで、顔だけを出しこちらを窺っている。


「一応、着てきたんですが…………」

「何してんだよ? こっち来いよ」

「い、いえ……それがその…………ヤシロさん、この服、サイズは合ってますか?」

「あぁ! Iカップだ!」

「大きな声で言わないでくださいっ!」

「……(Iカップ)」

「囁かないでくださいっ!」


 わがままなヤツだな。


「どうしたんだい、ジネットちゃん。あんなに嬉しそうだったのに。まさか、またヤシロがろくでもない仕掛けを施していたのかい? 水に濡れると溶けるとか、凄くスケスケだとか!」

「そんなもんを店の制服に選ぶか!」


 商売繁盛のための制服だと言ってあるだろうに。

 卑猥な店にするつもりはないし、もしそうならジネットには無理だ。そういう店で働くには、そういうことに免疫のある女の子でなければ上手くいかないのだ。具体的には、精神がもたない。あれにも、向き不向きがあるんだよ。向こうは向こうでプロフェッショナルだからな。


「サイズも合ってるし、おかしなところはないはずだが?」

「そ、そうなんですか……じゃ、じゃあ、コレが正解なんですね?」


 ジネットは、カウンターの陰で自分の服装を再度確認する。

 そして、「……よし」と気合いを入れて、勢いよく立ち上がった。


「おぉ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 俺の想像以上に似合っている。


 控えめな薄桃色のワンピースが可愛らしさを演出しながら、同時に明るさを引き立たせ、その上に纏う純白のエプロンドレスが清楚な印象を与えている。

 ふわふわと広がるスカートの裾と、肩口とエプロンの裾にあしらわれたフリルが動く度に揺れ視線を惹きつける。

 まぁ、要するにメイド喫茶のような制服だ。

 ワンピースの胸元には、ジネットの巨乳が綺麗に見えるように縫製ダーツも入れ立体的な縫い方をしてある。エプロンドレスはその胸元をそっと支え激しく強調するようなデザインだ。

 一目見た瞬間、「パイオツカイデー!」と叫びたくなるような完璧なデザインであると自負している。

 そして、スカートの丈は膝上15センチッ!!


 サイズがどうこうと言っていたのはこれのことだったのだろう。

 しかし、日本の女子高生はこれくらいが普通だ。気にするな気にするな。

 俺は大いに楽しいけどな!


「あ、あの……ど、どうでしょうか?」

「いいね! 可愛いよ! 凄くいい!」

「本当ですか!? ……よかったぁ」


 まだまだ照れは抜けきっていないものの、俺からの合格サインをもらって安堵の息を漏らすジネット。

 まぁ、服装なんてそのうち慣れるだろう。


「ふむ……確かに、可愛い」


 エステラがジネットをジッと見つめている。

 視線が鋭いせいで、ジネットが少し委縮している。


「可愛い……の、だが…………」


 その鋭い視線がこちらに矛先を向ける。


「ヤシロ……この衣装を正当化するための演説だったね?」


 うっ…………見抜かれている。


 だって、ジネットのヤツ、ダイナマイトおっぱいを持っているにもかかわらず、それが全然活かされていない地味な服を着ているんだもんよ。

 活かせるものはすべて活かす! それは、商売人としては至極当然のことではないか!

 故に、おっぱいを活かす!


 これこそが、活おっぱい――『活っぱい』だ!


 絶対に話題になる!

 そして男性客が増える!

 何より、俺が毎日楽しい!


 いいこと尽くめじゃないか!


「……よく分かったよ。結局ヤシロはヤシロなんだね。君が真面目に取り組む先には『真剣なろくでもないこと』があるってことだ!」


 言い得て妙だな。


「しかし、その『ろくでもないこと』が結果を残すのもまた事実だ。お前も、この制服を見て可愛いと思ったろう? 客に『また来たい』と思わせることが、食堂みたいな客商売には最も重要なことなんだよ」

「……それに関しては、反論の余地はないが…………ジネットちゃんはこれでいいの?」

「え?」


 突然話を振られて、ジネットがおろおろとする。

 が、グッと拳を握り、強い意志を込めた瞳で言う。


「はい! ヤシロさんが真剣にお店のことを考えてくださった結果ですから。私に出来ることならなんだってしたいと思います!」


 また危うい発言を……

 俺が『精霊の審判』を盾に、お前に『なんでも』やらせようとしたらどうするんだよ?

 ジネットはそのことに全く気が付いていないようだが……

 チラリとエステラを見ると、恐ろしく尖った視線をこちらに向けていた。

「分かってるよね?」と、その目が如実に物語っている。

 あぁ、分かってるとも。ジネットを罠に嵌めても、今のところ俺に益はないからな。こいつは活用させてもらうに留めておくのがベストだ。


「どうやら、ボクはしばらくの間、毎日ここに通う必要がありそうだね。ジネットちゃんに悪い虫がつかないように」

「お前がそれをしてくれるなら助かるな。『ここの店員には手を出しちゃいけない』という空気を生み出してくれれば、この店の『格』がもう一つ上がることになる」

「悪い虫の代表は君なんだけどね」

「商品に手は出さねぇよ」

「あの……わたしは商品ではないですよ? …………ですよね?」


 ジネットは自信なさげに俺たちの顔を窺う。……自信ないのかよ。


「あ、そうだ!」


 おろおろとしていたジネットだったが、エステラを見て妙案が浮かんだのか手をポンと打ち鳴らした。


「エステラさんもお揃いの制服を着ませんか?」

「……ジネットちゃん…………それは、いじめに該当する行為だよ……」

「えっ!? えぇっ!? どうしてですか!?」


 ジネット……天然娘の無慈悲な攻撃は時にかくも残酷なものなのだな。

 同じ衣装を着て、しかもかなり胸を強調するようにデザインされたその服を着て、規格外の爆乳の隣に『抉れてないだけマシ』レベルのまな板を並べるとか……精神的ダメージがカンストする勢いだろうが。


 がくりとうな垂れるエステラを見て思う。

 今日一日くらいはそっとしておいてやった方がいいだろうな。


「ジネット。お前は開店準備を進めろ。抉れちゃんのことはそっとしておいてやれ」

「誰が『抉れちゃん』だ!? 抉れてはないからねっ!」

「『精霊の審判』!」

「いい度胸してるよね、ホントに君はっ!?」

「シュレディンガーのネコという話があってだな……要は、『見なきゃ分からん』という話なんだが……」

「見せないからねっ! 君だけには、絶対に!」

「なぜだっ!?」

「説明が必要かなぁっ!?」


 おのれ、エステラめ……っ!

 なんて狭量なヤツだ!

 憤懣やるかたないヤツだな、まったく!


 えぇい、もういい!

 さっさと店を開けてしまうぞ!

 金でも稼いで憂さを晴らさなきゃやってられるか!


「さぁ、ジネット! 開店の準備だ! 膨らみ亭のオープンだ!」

「陽だまり亭ですよっ!?」



 こうして、賑やかに、膨らみ亭……もとい、陽だまり亭は今日もオープンしたのだった。






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