十 状況説明(偽)

「ふむ、なるほど。そういうことかい。それでは朧榮君、もう言い訳は通じないみたいだが……君はどうする気なんだい?」


 殺人鬼の死体は駆け付けた研究員によって回収された。その他の証拠や現場の被害も非常に優秀な手際で隠蔽していき、程なくして終わった。


 水町薫と翼は被害者三人の傷の手当てを終え、無事に水町薫宅まで到着し――。


「……なんなの。ねえ」


 現在。正気を取り戻した麻衣が翼を庇い、どことなく可愛いげの残る殺気を水町薫に突き刺していた。

 因みにこの家は彼の家のリビングではあるが、三人はその事実を知らない。


「村雲、この場合はどうすればいいと思う」


「早計でやってしまったのは君のミスじゃないか。僕は尻を拭うような能力を備えてない、訊かれても困る」


 翼は水町薫から、大方の状況は聞いていた。


 翼を殺した現場を麻衣と夢に発見され、記憶を改竄したこと。どうやら二人は偶然、というわけでもなく、翼を追い掛けて廃工場まで来ていたこと。


 彼の能力で行うは強いきっかけさえ掴めれば記憶を取り戻すことが可能なこと。

 恐らく二人は記憶の引っ掛かりを求めて廃工場まで来てしまい、運悪く【血】に遭遇してしまったこと。


 ここまで状況を知られてしまったり外傷が発生してしまうと、流石の水町薫でも辻褄合わせができないということだ。


「ちょっと、話聞いてんの!」


 今にも水町薫の胸ぐらを掴み掛からんとする麻衣を押さえ、翼はふうと一息吐いた。


「麻衣さん。僕はこうして生きてるんだし、一先ず溜飲は下げてくれないかな」


「でも……てか、なんで翼がこいつの家にいるの? 助けに来たの? どういうことなの」


 今、この場で重体の夢と麻衣の母親が目覚めていないのが幸いか。三人も居たらまず間違いなく収集が着かなくなる。特に麻衣の母親辺りはうるさそうだ。


「……そりゃ、なぁ」


 彼の目が、切実にこちらへ助けを求めていた。立場の悪い彼ではどんな巧妙な言い訳も通じまい。


 仕方ない、一肌脱いでやろうじゃないか。

 口の動きで“狂人”と“化身”の単語を刻み、「いいのかい?」と聞くと首を横に振ったので、どうやら真実をありのまま伝えるのはよろしくないそうだ。


「麻衣さん、心配なら僕から説明するよ」


「え、う……うん。わかっ、た」


 とりあえずの落ち着きを見せた麻衣に安堵し、急ぎ気味で嘘の情報を組み立てる。


 ある程度は本当のことも混ぜようか。


「まずは誤解を取らねばならないね。この人は水町薫ではないよ、よく似ているけれど、別人だ。朧榮雄海と言って、水町薫の親戚らしい」


「……え?」


 信じられない、という顔をする麻衣もそっちのけで説明を続ける。

 こんなもの、強引にでも信じさせればそれで終わりだ。彼が水町薫である証拠などどこにもないのだから。あったとしても、麻衣では調べることなどできやしない。


「実は僕が水町薫に刺された後、この人に助けられてね。朧榮君は快楽殺人者の水町薫を止めようと裏で動いている人で、僕も手伝うことにした。その過程で麻衣さん達を助けることになったのかな、とにかく無事でよかったよ」


 少しだけ遊びを含みながら説明をしていくと、水町薫は無言でこちらを睨み付けていた。その場凌ぎはしてやるつもりだが、後始末は考えていないよ。


「それはこの町で起きている異変と少しだけ関わりがあってね。僕も朧榮君もよくは知らない」


「……あんまり分からないけど、じゃあ……この人は翼を刺した人じゃないん、だよね?」


「そうだよ。あと幼く見えるかもしれないが僕達より三つほど年上だから、最初は敬語の方がいいんじゃないかな」


「な、なるほど……っとと、すみませんでした! 朧榮さん!」


 嘘の状況を正しく理解した麻衣は、少々の疑問を残しながらも水町薫へ頭を下げた。


「……ああ」


 短く返事した彼は次にこちらを見て“何で余計な情報を与える”と口だけで伝えてきたものだから、そのまま無視を決め込んだ。

 その余計な情報に気を取られて欲しいのだから、その程度は許してくれとしか言いようがない。というのは殆ど言い訳に過ぎない部分があって、実のところは自分が愉しんでいるという理由が半分を占めているのだが。

 それが気に食わなければ後で改竄してしまえばいいだけだ。できるかは知らない。


「それにしても、学校で話したきりだったね。居残りの再テストはどうだったんだい?」


 この流れで世間話に移れば、麻衣はそちらの方を考えざるを得なかった。故に先の話は質問も与えられずに終わり、その内「そうだったような」となるだろう。人間は案外適当にできている生物だ。


「テスト……うん、翼のお陰でかなり解答欄埋まったよ。と、いっても合ってるかはまだわかんないけどさ……えへへ」


「あの時もできていたから、全く見当外れの答えは書いていないと保証するよ」


 すっかり調子も戻したみたいで、彼女は栗色の髪を弄って苦笑いしていた。あれだけ凄惨な現場を見せつけられて、この短期間で気を戻せれば上出来だ。


「学校、しばらく休校みたいだね」


「……うん。最近、霞町おかしいよね。正直、怖い。あの影の薄かった水町薫がまさか殺人してたなんて……信じられないけど。翼、刺されたの見ちゃったし」


 少し落ち込んだ彼女は視線を下に落とし、黒いシャツの袖を弱々しく掴んだ。これは翼の普段着を貸したもので、それまで麻衣の着ていた服には血が付着していたため着替えて貰ったのだ。

 こちらで綺麗にはするつもりだが、血を完全に落とすのは流石に難しいだろう。気を失っている二人の分も用意してあるが、さていつ目を覚ますのか。できれば早い内に説明を付けたいところだ。


「おい、そろそろいいか」


「僕は構わないよ」


 承諾すると、彼はこほんと咳払いを一つして麻衣に向き直った。今度は彼の話だが、現段階の麻衣ならば話を聞いてくれるだろう。


「如月麻衣、と言ったな」


 本当は最初から知っていたのに、水町薫は翼の説明のお陰で一々キャラクターを作りながら口火を切ることとなってしまった。

 妙な白々しさを翼は感じていたが、先入観がなければそうでもないのだろう。


「は、はい。さっきはすみませんでした。あと、ありがとうございます! 助けてくれなかったらどうなるか、本当に……」


「気にするな。それに、お前らを助けたのは村雲で俺は標的と戦っただけだ。お礼なら村雲にしてやってくれ。で、だ」


 泣きそうになる麻衣を彼なりに宥め、さっさと本題に入る。


「今日のことは、他言無用で頼む。できれば警察にも言わないで欲しい。無理を承知で言っているが……どうだ」


「なんで、ですか?」


 普通であれば、警察などに保護して貰って安全を図るものだ。少々疑心暗鬼気味な麻衣の気を察し、水町薫はメモを取り出してそこに何やら書き記していく。


「今日お前を襲った奴は警察には手に負えんような奴らだ。だから話したところで理解されないし、逆にお前が怪しまれかねない。更に言えば、変に動かれても被害が拡大するだけだからな。それで――一応俺は奴みたいな危ない奴らを専門にした組織の一員でな。これを渡しておく」


 さら、と書いたメモを渡して彼は余りをテーブルの横に掃けた。


「電話番号とメールアドレスだ。知りたいことがあれば気軽にメールしてきてくれ。番号は二つあるが、片方で出なければ両方に掛けて貰って構わない」


 なんだ連絡先か、と翼は頷いた。

 それにしても、映画にでも登場しそうな探偵らしい台詞回しと動作だ、咄嗟のキャラにしては上手いことできている。

 芝居臭さは恐らく先入観だろう。


「あの……一つ、聞いてもいいですか」


「すまんが、詳しいことは話せない。だが安心しろ、必ず奴は俺が始末する。水町薫も、俺が必ず」


 微妙にぶつ切りにされた台詞が、ある意味真に迫っている。

 見物して楽しんでいると彼の黒瞳に睨まれているような気がしたが、さっさと視線を逸らせて回避した。


「……あ!」


 ふと麻衣の方へ視線を逃がせば、彼女は何かに気が付いたように素っ頓狂な声を上げた。


「……んん? ……麻、衣」


 夢が頭を押さえて、開きっぱなしにしてある翼の部屋から出てきていた。

 夢はしばらく眠そうに辺りを見回していたが、水町薫を見た瞬間に硬直する。


「あんた、は――」


 不可解に表情を歪める夢を見やってから、翼と水町薫は同時に溜め息を吐いた。







「ああ、疲れた」


「そうかい。僕はちょっとした気分転換になったよ」


 夢を説得し、最後に麻衣の母にも同じような説明をし。

 三人を家まで送り届けると、水町薫は疲労した様子で眉間を指でつまんだ。


「ほとんどお前のせいだがな」


「フォローはできたじゃないか」


 素気なく返すと、彼は髪を掻いて苦笑いした。


「記憶の改竄つってもな、万能じゃないんだ。程々にしてくれ」


「まあいいじゃないか。君が快楽殺人者だという情報は何とかなったのだし」


「止めてくれ」


 それきり会話は終了する。水町薫の家に着くと、彼の扉の前のポストに手紙が入っていた。


「研究員からだな」


 苛々した風にそれをひったくった彼は、内容を確認して深い溜め息を吐いた。これは何かがあるなと翼もその手紙を受け取って内容を見て、ふむと頷く。


「死体は無事隠蔽が完了した、しかし悪い報告が二つある。化身の【血】が町から消失した。それと、近い内に学校が始まるが、狂人が僕を狙っているから常に離れず傍で護衛をすること――ああ」


 それからは無言で彼に手紙を返し、翼は口の動きだけで“君も大変だな”と告げ、先に家の扉を開いた。

 まるで人事のように言ってしまった。

 まぁ人事なのだから仕方ない。


「音読すんじゃねぇよ……ったく」


 彼の嘆きだけが、後ろから静かに聞こえていた。

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