第2話 鍛冶師(臨時)ピィーヨコちゃん

 

 木の上に立つ小さな家の中小振りな寝台の上で毛布に覆われた何か膨らんだものがもぞもぞ動き出す。

 言わずと知れたピィーヨコちゃんである。

 その動きは何とも緩慢で、寝起きのせいか黄色い身体がゆらゆらふらふら揺れている。

 そして寝台から転げ落ちるようにべたんと床に倒れ伏せる。


「びぅ〜」


 まだ半分寝ているようだ。しばらくうとうとしてからムクリと起き上がり、隅にある小さな小部屋へと入っていく。

 ぼふっ。

 そんな大きな音を放ってしばらくの沈黙の後、ピィーヨコちゃんがスッキリした顔で出て来る。

 その後は洗面台で顔を洗い、歯?磨きをして作り置きしていたスープとパンを軽く食べて後片付けを終えてから出掛ける用意をする。

  帽子掛けに掛けていた肩掛け鞄を手に取り斜めにかけていき、ベルトを腰に巻いて剣を佩く。


「ピゥ!」


 全ての準備を終えてよしっと言うように声を上げて家を出る。

 ビィーヨコちゃんの住まいは街の南側のはずれの林の中にある。

 5メートルほどの高さから軽々と飛び降りシュタッと華麗に着地する。そしてクルリと1回転。

 やりきったと言わんばかりにドヤ顔を見せる。

 どうやらここまでが一工程のようだ。

 何やら満足したピィーヨコちゃんは、そのまますたすたと歩き始める。

 

 このピィーヨコちゃんが住んでる街は辺境ではあるが、王都への通り道となっておりそれなりに人も集まり賑わっている数少ない領主街である。

 大街道が東西を街の横を通り、背後に“清き乙女の湖”と言われるハレィティア湖が水源となって街を潤していた。

 

 ピィーヨコちゃんが住んでる林から東へしばらく進み十字に区切られた大通りを北へと進む。

 この街は大通りを十字に区切った場所で大雑把に区分けされており、南東には商店などが多く立ち並ぶ商業区、南西は街の人間の住居が立ち並ぶ居住区。

 北西には各種届け出や登録など、そして警ら隊の官吏のいる役所区、北側の1/4は領主や貴族が住まう場所として全面に設えられて、平民などは立ち入る事もかなわない貴人区となっている。

 

 そしてピィーヨコちゃんが向かっているのは、北東にある鍛冶や、建具建築など物を作る職人達が仕事場と住居としている職人区だった。

 そこにある一つの工房にピィーヨコちゃんは勝手知ったる何とやらでずんずん入って行った。


 中を進むと作業をしている丁稚達へを挙げて挨拶をする。

 

「ピィップ!」

「あ、ピィーヨコちゃんおはようございますっ!」

 

 丁稚達が次々と挨拶をする中、軽く頷きを返して奥へと進んでいく。

 奥へと進んでいくと、親方と思われる背の低いドワーフ族とよばれる筋骨隆々で髭もじゃの男性が目の前の見習い丁稚へ何やら指導をしている姿があった。

 

「ピィプゥ」

 

 ピィーヨコちゃんが親方に軽く挨拶をすると、それに気づいた親方が破顔して言葉を返す。

 

「おーっ、ピィーヨコちゃんじゃねぇか。久し振りだな、今日はどうしたい?」

 

 気安い仲なのか親しげに話し掛ける親方をよそに、傍にいた見習いが偉そうな態度でピィーヨコちゃんへと相対する。

 

「なぜケモノがこの様なところにいるのだっ!ケモノはケモノらしく森へと帰るがよいっ!」 

 

 ゴンっ!ドゴォッ!

 親方の怒りの鉄拳がその見習いの鳩尾へ炸裂した。

 

「どぅぼへぇぐっっ!!」

 

 その一撃に膝落ち蹲る見習いの丁稚しょうねんを不思議そうに見下ろすピィーヨコちゃんに親方が申し訳無さそうに謝ってくる。

 

「わりぃな、ピィーヨコちゃん。こいつはお貴族様の庶子なんだが成人前に仕事を学ばせたいつうんで俺ンとこに来たんだが、どうも育て方が貴族よりなもんで態度がコンナンなんだわ。ちょいと勘弁してやってくれ」


 親方が手を立てて謝ってくるのを、ピィーヨコちゃんは翼を軽く振り頷き返すことで了承をする。


「ピィップッ!」

「そうか?悪ぃな。それで今日はどうしたい。得物の修繕かなんかかい?」

 

 蹲っている丁稚を余所に親方が来訪の理由をピィーヨコちゃんに尋ねる。

 

「ピィプップピィ」

「あ?いいぜ。いつものところでいいか?勝手に使ってくれて構わねぇよ」

 

 ピィーヨコちゃんが鍛冶場を使わせて欲しいと願い出ると笑顔で快諾する親方。

 その言葉にピィーヨコちゃんはペコリと一礼おじぎをしてその場を後にしようとすると、腹を抑えながら蹲っていた見習い丁稚が立ち上がり口を挟んでくる。

 学習するということを知らないらしい。

 

「貴様!私を誰だと思っている。由緒正しきバルヴァーロ侯爵につらなる者なのだぞ!この地の安寧を一手に率いる我が一族を敬うがいい……」


 ゴスッ!

 

「あがっっ!!きっ、きさっ……」


 ドスッ!ボガッ!ドゴォッッ!

 

「あがっ、ほおごっっ、ぶぐふぅっ……」


 親方の3連撃が見習い丁稚の身体に突き下ろされる。

 

「ピィー……プポ?」

 

 庶子とは言え、侯爵家と関わりのある者に対してこの行為は大丈夫なのか?とピィーヨコちゃんは親方に心配そうな声音で尋ねる。

 

「大丈夫、大丈夫。こいつこんな態度なもんでよ、あっちこっちの店をおん出されちまって、俺ンとこに来たって訳だ。なもんで、ちょっとやそっと殴っても誰も文句入って来たやしねぇのさ」

 

 白目を剥いて気を失っている少年の首根っこを掴み親方がそう言う。

 

「ピブッ」

 

 わかった〜と1つ頷きピィーヨコちゃんは改めて鍛冶炉の前へと向き直る。

 そして庫封鞄セラーバッグから掌ほどの大きさの丸い石を取り出して自分の前にコトリと置く。

 

「そいつぁ、光の結晶石、まさか………」

 

 その意志を見て親方が目を見開く。

 鍛冶師がそれを使う理由というのはたった1つだけだ。

 

呪詛武器カースディアか………」

「ピプ」

 

 ビィーヨコちゃん頷きながら庫封鞄セラーバッグから2本の小剣を取り出す。

 その小剣は拵えこそは平凡であったが、その剣身は血の様に赤く染め上げられており、見たものを負の方向へと引き付けてやまなくさせてしまう代物だ。

 

 呪詛武器カースディア―――様々な要因と原因で魔の瘴気を纏うようになった武器のことをそう呼び習わす。

 要因、原因の1つとしては同族及びそれに近しい種族を殺め続けると、その血に狂い、変化へんげを起こすと謂われている。

 ただこれは実証されたものではなく、噂の範疇に過ぎない。

 

 もう1つは魔術・魔法による付与の結果、魔瘴を纏うというものだ。

 あとはダンジョンや魔樹海のモンスターから手に入ることもあるらしい。

 ピィーヨコちゃんはそんな武器ものを取り出し一体何を為そうというのか。

 

 しかしまたしても気絶していた見習い丁稚が、意識を取り戻しその呪詛武器の1本を手に取ってしまう。

 

「ピブッ」

 

 その速さは親方も反応できなかった程だ。

 どこにでも才能とは隠れてるものだなぁと、ピィーヨコちゃんはそれを見て少しだけ感嘆したようにひと鳴きする。 

 

「ふはははっはっ!これこそ私が求めた剣っ………けっけっけけけけぇ――――っ、キッきっききるるるキルキル斬るキィ――――っっ!!ふべっぼぉっっ!」

 

 その剣を掴みとった瞬間、喜色に顔を染めた見習いは精神を剣に支配されて気がれたように剣を振り回そうとした。

 それを先んずるようにビィーヨコちゃんが素早く動いて鳩尾を突き、剣をはたき落として事なきを得る。

 

「ピッププ」

 

 ピィーヨコちゃんは剣を再び金床へと置き直す。

 

「す、すまねぇピィーヨコちゃん。まさか目覚めるとは思いもしなかったぜ」

「ピプ」

 

 気にするなという風にピィーヨコちゃんは親方を見て手を振る。

 

「悪ぃな。ちょっとこいつを置いて来るわ」

 

 その姿を見て親方は安堵して息を吐いた後、見習い丁稚を引き摺ってその場を一旦後にする。

 騒がしかった空気が落ち着いたのを見て、ビィーヨコちゃんは作業へ取り掛かることにする。

 

「ピィィップゥ」

 

 ピィーヨコちゃんが何かを唱えると、光の結晶石が輝きだして地面に蒼白く輝く魔法陣が描かれていく。

 それはビィーヨコちゃんを中心に炉や金床と周囲の物を包み込み結界を作り上げていった。

 

 そしてピィーヨコちゃんは2本の剣の拵えを外しヤットコで挟んで轟々と燃え盛る炉の中へと入れて行く。

 

「ピピルア、ピプルーア、ピププッピィーアープ」

 

 ピィーヨコちゃんがさらに呪文を唱えると、光の結晶石が黄色く光りだし、魔法陣の紋様が変化する。

 

『ギィィィイイヒャガァアアアァァアアッ――――――ッッ!!』

 

 魔法陣の変化と共に何処から―――いや、燃え盛る炉の中から怨嗟にも似た聞くもの皆が震え上がるほどの叫び声が響き渡る。

 しかしピィーヨコちゃんも周囲の者達も、特に何かの影響が現れることはなかった。

 それこそが光の結晶石の結界の力だった。

 

『ァァアアアアァ………』


 叫び声が治まったのを見て取ったピィーヨコちゃんがヤットコを使って2本の剣を取り出し、反対側に持つ槌を剣に向けて打ち始めた。

 

 魔瘴を帯びた剣は黒い靄のようなドクロを纏い威嚇するようにピィーヨコちゃんに対峙するが、それを気にするでもなくピィーヨコちゃんは2本の剣へと槌を穿つ。

 カンカカカ――――ンッ!

 

「ピプッ」

『グゥガアアァアッ!!』

 

 槌を手元でくるくる回転させ、光を纏わせては打つ。

 ピィーヨコちゃんはその度に声を上げ何かを唱えながら交互に打つ。

 回転は幾度と回数を増して、槌にさらなる光が纏わせられる。

 

「すげぇ………」

 

 離れたところで様子を見たいた見習い鍛冶師たちを思わず声を漏らす。

 普段見ることの適わない光景がその場で繰り広げられていた。

 才能と努力と学ぶ力があれば、一流と呼ばれる鍛冶師にはなれるかもしれない。

 だが、呪詛を祓うことが出来る鍛冶師などというのはあまり、いや全く見ることは出来ないのだ。このような機会がなければ。

 彼等はある意味幸運であった。

 至る上にあるさらにその上の存在を間近で見ることが出来るたのだから。

 

 そして剣は魔瘴の断末魔を上げる。

 黒き靄のドクロが幾つも連なり重なり叫び声を上げ、蒸発するように浮かび上がり散り消えていった。

 

「ピィップゥ…………」

 

 紅黒かった剣身は魔瘴と共に色を消し、蒼みがかった半透明のものへと変わっていた。

 それを見ながらピィーヨコちゃんは力無く声を上げて息を吐く。

 この魔瘴に侵された武器を浄化・除霊の術は、大量に魔力と精霊力を駆使するので、非常に疲れるものだった。

 庫封鞄から取り出したまりょく回復ポーションを呷る様に口にしてひと息ついて剣を確認する。

 

 先ほどまで禍々しい気を発していたとは思えないほど清浄さと清廉さを辺りに漂わせている。

 

「ピィーヨコちゃんっ!こいつぁ、クリステライト製だったのか!」

 

 戻って来た親方が、ビィーヨコちゃんが持つ剣を見て思わず喉をゴクリと鳴らす。

 クリステライトという金属は、その採掘量も少ない上に精錬精製にもかなりの技術が必要といわれるもので、この金属を扱うことが出来る鍛冶師は一流と言われる程のものだった。

 へぇーそうなんだぁという感じで首を傾げたピィーヨコちゃんが柄を親方へ向けて剣を差し出す。

 

「っ!み、見せて貰っていいのか?」

「ピプ」

 

 新しいもの珍しいものを見て触りたいという気持ちは、ピィーヨコちゃんにも痛いほど分かっているのだ。

 それを人は業という。

 

 親方は傅くように剣を受け取り、験す眇めつその姿を眺め見る。

 

「こりゃ、大した造りのもんだ。相当名のある鍛冶師ごじんが打ったもんに違えねぇ」

 

 銘はなく。拵えに隠れていた部分には何も刻まれていなかった。

 それでも目利きには自信のある親方は、感心と感嘆の息を吐きながら誰となくそう呟く。

 

 こうなるとお約束というか、オチというか。2度あることは3度あるという事でやって来ました見習い丁稚。

 そして親方が手に持つ剣を素早く奪い取ると声高らかに叫ぶ。

 

「これこそ私が!私が持つに相応しきものだ。ふはっふはははは――――――っっ!ぎゃっ、ぎゃあああぁあぁぁぁ―――――――っっっ!!!」 

 

 ピィーヨコちゃんはその姿を見て目を眇める。

 まるで見習いしょうねんかげに何かがあるように。

 

 そして清浄と化した剣に呼応するように、見習い丁稚の身体から先程の剣のように黒い靄が立ち昇り、一瞬女性の姿を象って消えていった。

 

「ありゃあ、いったい…………」

「ピィップピッピピピプッウ……」

 

 光に還された魔瘴の消された剣を掴んで、何故苦しみだしたのか不思議に思い親方が首を傾げ思わず漏らした言葉に、ピィーヨコちゃんがその理由を説明する。

 

「こいつにとり憑いていた死霊が剣の神威を浴びて消えちまったっていうのか……。まさか……」

 

 そのまさかは、親方が知る見習いに関することを裏付ける“まさか”なのだろう。

 それが全ての元凶とは言わない迄も、小指の爪の先ほどの影響力はあったのだろう。

 その証拠と言っては何だが、その見習い丁稚はひと言呟くと打って変わったように大人しくなった。

 

「ははうえ………」

 

 親方がその見習い丁稚を連れ去ってからピィーヨコちゃんはしばし考える。

 これどうしよかと。

 ピィーヨコちゃんを襲ってきた冒険者から巻き上げたものだが、よもやそれ程大した代物ではないと思っていたのに、ましてやそれほどのひと振りとは理解できわからなかったのだ。

 

 いくら物を見るのに長けたピィーヨコちゃんでも、そこまで分け識ることなど出来ないものだった。

 クリステライト製の剣などピィーヨコちゃんにとって面倒事の種でしか無い。

 そんな事を考えながらピィーヨコちゃんが採掘してきた鉱石をインゴットにしていると、親方が戻って来て話を切りだす。

 

「すまん!ピィーヨコちゃん!!そのクリステライトの剣を俺に譲っちゃくれないか?お代は俺が出来る限り希望に沿うようにするっ!どうか頼むっ!」


 どういう経緯でそういう話になったのかは分からない。

 だけどピィーヨコちゃんにとっては渡りに船だ。少しばかり都合がいいじゃね?とも思わずにはいられなかったが、もちろんピィーヨコちゃんは快諾する。

 ただしある程度の条件はつけるが。

 

「ピプップ。ピィーピプププウ!」 

「そ、そうか!すまねぇ、いや、ありがとうよ!ピィーヨコちゃん!!」

 

 親方に礼を言われはするが、ピィーヨコちゃんにとっても都合がいい。

 自分の事を伏せてもらい、冒険者ギルドから譲って貰ったという形にしてもらえれば、さしたる影響もないかも知れないとピィーヨコちゃんは思ったのだ。

 

 あくまで冒険者ギルドからの依頼があった故に入手した物なので、あっちに丸投げするのが道理となる訳だとピィーヨコちゃんは勝手に決めつる。

 実際親方はそのように動いてくれて、冒険者ギルドも肩を竦めつつその様に取り計らってくれた。

 これでピィーヨコちゃんは面倒事に巻き込まれることもなく、冒険者稼業に邁進することになる。

 たまに鍛冶仕事や他の仕事をしながら。

 

 その後その剣は、1つは拵えと鞘を立派にして親方の店の中で飾られ、もう1つは領主へと献上される。

 それを領主である侯爵は、王へと更に献上したという話が聞こえたという。

 ちなみに正気を戻した件の見習い丁稚しょうねんは、ちょっとだけ態度を改めて領主の元で仕事に励んでいるとのこと。

 

 ピィーヨコちゃんにはどうでもいいことで、親方にその話を聞かされた時「ピプだれ?」と逆に尋ねられたという。じゃんじゃん。

 

 

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ピィーヨコちゃんがゆく パッペッポ13世(ぷっぷくぷー5064) @pappeppo-no13

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