~エピローグ~

 ――冬の海は静かに波と風の二重奏を奏でていた。時折強く吹き付けてくる風は 潮騒の音と共に耳元で大きなうねりを伴って掠めてゆく。  

 此処に一人で立っていれば、光の中で眩しそうに笑うあの方がじきにやってくる気がする。あれはもしかすると幻だったのかもしれない。   

 燕尾の襟元が時折、強い風に煽られ耳元でぱたぱたと煩く音を立てた。

 ――アスカ、こちらにいらして?ほら、あんなに空が高いわ。

 ふとそんな声に導かれた方向に視線を向けるも、そこには鉛色の空と相変わらず風と波の二重奏しか聞こえない――


 幻ではない。確かにぬくもりとそして束縛という鎖で二人は結ばれていたのだから。

 白い軍服と令嬢の影を静かに見送ると、実海に描かれていた幻影も消えて元の鉛色をした海が激しい潮騒の音を再び立て始めた。実態を持たない影はやがて鉛色の空に消えていく…。

 

 ロココ調の姿見に映るのは紺燕尾に身を包む執事の姿。常と変わらずに襟元からパンツの裾まで皺一つなく、清楚な手袋越しの指先が品の良いワインレッドのタイを整える。

 紫水晶の色にも見える黒い瞳、美しい銀髪は肩まで流れていた。背で束ねたシルクの黒いリボンは令嬢の美しい髪の色…。

 ドビュッシーの『月の光』が流れる中、古い暖炉には温かなペチカの灯火が弾け、最後の頁を指先でなぞるとぱたん、と表紙を閉じると視線を上げた。

 

 さて…。これで蓮アスカの物語はおしまいです。ですがまだ蓮飛鳥のお話は始まったばかり。このお話には第二章がございます。その第二章を紡ぐのは、そう、共に時の旅をご一緒して下さった貴女との物語が始まるのです。

 長い旅の間に、貴女の中で私はどの様に映りましたでしょうか?

では先に夢でお待ち申し上げております。お体が冷えぬ様、暖かくしてお休み下さいませ。お休みなさいませ。お嬢様。


 さあ、第二章の始まりです。


                   『お嬢様へ――』【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お嬢様へ… あふひ みわ @miwa140cm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ