第十三話『霧島少佐』

 霧島晃児は将軍の部屋へ呼び出されていた。

 父親であり帝国軍将軍である霧島龍聖(きりしま りゅうせい)は、白い軍服姿の息子を前に穏やかな視線を向けた。

「任務は予定通り運んでいるか?」

「はっ。まだ時間は掛かりそうですが目下、調査中でございます」   

 軍内では父子ではなく部下と上官の関係になる。将軍は黙って深く頷いてみせ、その瞳の色は穏やかな「父」の色へと変わった。

「…どころで、松平のお嬢様とはどうだ?最近よく通っているそうじゃないか」

「先日の晩餐会にてお目に掛かり、あちらもお気に召して頂いているのか、最近ではこちらの訪問を楽しみにして下さっているようです」

「そうか。しかし…お前には大切な任務がある。それを忘れるな。お楽しみもほどほどに、な」

 再び晃児は敬礼を落とすと将軍は笑い、「今はそんな事をするな」と言った。  

 霧島家は代々優れた軍人を出す家柄である。

 父である龍聖は嘗(かつ)て、帝国とロシアとの戦いの際、敵側十万の兵に対したった1万程の兵力にて相手を鎮圧へ導いたのである。  

 敵側の裏と人間的な心理を巧みに操る戦略に加え、天候や気温、果ては敵の食糧や武器の調達状況などあらゆる情報を短期間に調査し、ある夜、豪雨が吹きすさぶ中、奇襲を掛けた。

 奇襲は代々霧島家の名たる将達が最も得意とする攻撃方法であった。それが功を奏し帝国は勝利した。

 息子の晃児もまた陸海空と各部署を渡り、今現在は元帥より与えられた機密任務遂行の為、表向きは海軍少佐を名乗りながら諜報部の少佐として在籍していた。

 松平美鈴と出会った晩餐会は、その機密任務遂行計画の為に赴いていた。そこで彼は運命的な出会いをしたのだ。松平美鈴嬢と、令嬢に仕える銀髪の麗しき女執事に…。

「美鈴様…ご機嫌よう。本日は夏日が高く暑いですね。中庭では打ち水をしておりました」

 霧島は令嬢の部屋を訪ねた。もう何度目の訪問となろうか。

 何時しか彼の軍服も冬の厚く重たい生地から、夏服の白い半袖シャツに変わっていた。その袖から伸びる逞しい腕は令嬢。その先に続く白い軍用手袋を着けた掌は優しく令嬢の小さな手へと差し伸べられた。

「ご一緒に中庭へお散歩など如何でしょう?」

 令嬢はそれに応える様に目を細め、少しぎこちない動きでその手を取る。

「はい。霧島様とご一緒でしたら喜んで」

 令嬢をエスコートする霧島の背に夏日が照らし、その白い色をより眩しく見せた。

 時折、令嬢の顔を伺うように見つめる霧島の瞳は何とも複雑な色を潜ませていた。  

 ……私はこのお嬢様にどうやら本気になってしまったらしい。この可憐で清楚で、そして弱い美鈴様に。誰かが守って差し上げなくては。その手が私であるならどんなに幸せだろう……

ふと霧島少佐は眩しい空を仰ぎながらそんな事を想う。

 中庭の噴水の水へ指先を浸し水しぶきの中ではしゃぐ令嬢の姿は、霧島の瞳にはまるで天使の如く映るだろうか…。

 中庭へ出るポーチの片隅で執事の眼差しが二人の様子を伺っていた。 静かな瞳の奥に鋭い光を宿らせ、その心中では複雑な色を潜ませていた。  

 ……松平家のご令嬢…寂しげで儚(はかな)い、それでいて何処か凜とした強さと、ガラスの細い柱のように触れると折れてしまいそうな弱さ。その身体ごと支える手が私に委ねられたなら、私は…彼女を壊してしまうだろうか……

 霧島は遠くにある視線に、あの執事はいつも自分を見ている、そんな気配をいつも背で感じていた。それは霧島家の血と軍人の性が、研ぎ澄まされた彼の意識をより尖鋭にさせる強い『何か』を感じ取っているようだった。

 二人の心に芽生えた兆しは、夏の陽光にも似た強い光矢と影を落とした。

   

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