【STAGE-3】

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一九八六年 十月二十四日(金)

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 体育祭に文化祭に中間試験、そして秋冬服への衣替え。

 大きなイベントを矢継ぎ早に消化して、二学期もそろそろ折り返し地点。

 成績は、夏休み明けの実力試験で少し順位を落としたものの、中間試験では盛り返して学年十位以内に復帰。

 我ながら、よくがんばったと思う。

 ただ、おかげでここしばらく、身の回りが騒がしい。

「往復四時間かけてバス通学してる変な一年生」という評判は、さすがにもう飽きられて話題に上ることもなくなっていたのに、その変わり種が学年トップクラスの成績をキープしていることが広まって、改めて周囲の注目を集めてしまった。

 一体どんな勉強法をしているのかと、最近本当によく聞かれる。

 もちろんぼくは、特別なことなんてしていない。

 塾にも通ってないし、家庭教師も頼んでないし、参考書や問題集もごく普通のものしか使ってない。

「それでこの成績は納得いかない」ということで、一部の生徒がぼくの身辺調査に挑んだそうだ。

 その結果――。


■週に二回は図書室で本を借りている。

 さらに、学校に置いてないSFやファンタジーやジュブナイル小説を何冊も買い込んでいる。

 いわゆる活字中毒であるらしい。


■放課後、一人で物珍しそうに街の中をうろついている。

 駅から遠く離れた田んぼのあぜ道や海岸の防波堤でも目撃例がある。

 不審者として通報されないか心配との意見も寄せられている。


■授業中の態度は非常に真面目。他の成績上位者と違い、別教科の内職に勤しむこともない。

 しかし通学事情と前述の行動内容から、授業以外の勉強時間はごく短いと考えられる。

 もしくは、睡眠を必要としない特異体質である可能性も考慮すべきか。


■テスト前になると、クラスの有志を集めて勉強会を開いている。

 テストが終わると、担任の先生まで巻き込んでパーティーを開いている。

 結構お祭り好きな性格。


■『北』の不良を一睨みで退散させたことがある。

 野生のイノシシに比べれば、同年代の不良など相手にもならないらしい。


 調査員にも納得いかない結果だったようだけど、ぼくにだって色々と納得がいかない。

 特に最後の項目については断固抗議したい。



 ……とは言うものの。


 調査結果に「ゲームセンターに入り浸っている」なんて書かれなかったのはラッキーと思うべきだろう。

 客観的に見て、最近のぼくには油断があった。

 ゲーム・パラダイスに通うことに慣れができて、ろくに周囲の確認もせず店内に入ることがよくあった。

 だけど、これまで大丈夫だったからと言って、これからも同じだなんて保証は無い。

 まだ身辺調査がこっそり続けられてる可能性だってあるんだし。


 そんなわけで、慎重に。

 裏通りに入る前から周囲の様子には気を配り、お店の前では右見て、左見て、もう一度右を見てから、ガラス扉の内側へ身を滑り込ませる。


 直後、全身をPSGとFM音源の喧騒が包み込んだ。

 今日もゲーム・パラダイスは大盛況。<MOR>や<TET>や<SPC>さんたちが、思い思いのゲームに挑んでいる。


 一学期の頃に比べれば、ゲーム・パラダイスのラインナップもだいぶ入れ替わった。


【マーブルマッドネス】は八月の頭に撤去されてしまい、全面クリアならず。

 全六面のうち、五面の後半で苦戦してるところだったから、ちょっと残念。

 替わりに入荷されたのが、【マーブルマッドネス】と同じアタリの新作、最大四人まで同時プレイ可能な【ガントレット】。

 戦士・女戦士・魔術師・エルフがダンジョンの中を冒険するアクションシューティングで、『北』の三人組が<MOR>を強制的に巻き込みよく遊んでいる。


【ツインビー】に替わって入荷されたのが、コナミの新作シューティング【沙羅曼蛇】。

 あの【グラディウス】の続編にあたる作品で、<TET>と、それから未だに正体がわからない<BNG>が、熾烈なハイスコア争いを展開中。


 タイトーの新作【バブルボブル】も入荷され、<SPC>さんが全面攻略に励んでいる。

【フェアリーランドストーリー】と同じ、固定画面のアクションゲームで、こちらも相当に奥が深いらしい。


 ナムコの新作【ザ・リターン・オブ・イシター】は、なぜかこのゲームだけ筐体の上にダンボールの囲いが置かれ、周囲からは画面が見えなくされていた。

 プレイヤーの多くがメモ帳や手作りのマップを持参しているせいもあり、ここだけ「一見さんお断り」な独特の空気が漂っている。


 眼鏡少年が最近ご執心なのは、SNKの【アテナ】。

 横スクロールのアクションゲームで、主人公はビキニ姿の女の子。

 こういうキャラクターが主人公なら、難易度もそれほど高くないんじゃ……と思って一回プレイしてみた。

 例によって、全然そんなことはなかった。

 ビデオゲームの世界は、かわいいキャラクターに対しても本当に容赦がない。


 そして、つい先日入荷されたのが、セガの【アウトラン】デラックス筐体。

 真っ赤なスポーツカーの助手席に彼女を乗せて、カーステレオからBGMを流しながら美しい風景の中を走る、これまでの「レースゲーム」とはまったく異なる雰囲気を持った、言わば「ドライブゲーム」。

 これがもう、入ったその日から大人気。

 一回二百円の高額料金であるにも関わらず、常に数人の順番待ちができていてシートが空いてるのを見たことが無い。

 車には興味が無いぼくも、このゲームは一度ぐらい遊んでみたいと思っている。ただ、それが叶うのは当分先のことになりそうだ。


 ゲーム・パラダイスに来るのは数日ぶり。

 どうやらその間に、また新機種が入ったらしい。

 聞き覚えの無い金属的な効果音の発生源を探してみると、ブロック崩しのリメイク版、タイトーの【アルカノイド】だった。

 一つ後ろの列には、少し前のBASICマガジンベーマガで特集されていた横スクロールアクション、テーカンの【アルゴスの戦士】。

 それから……。


 あれ? これは知らないタイトルだな。


 デモ画面では、白いマントを身に着けた剣士がモンスターを次々と斬り伏せている。

 基本は【魔界村】や【アルゴスの戦士】のような横スクロールアクション。

 ただし、真横ではなく斜め上から見下ろした構図になっていて、画面の奥や手前にも移動可能。

 見た目的には、ナムコの【メトロクロス】や、テクノスジャパンの【熱血硬派くにお君】に近い。

 インストラクションカードに書かれたタイトルは、【ノースポール】。


「北極」、ねえ。

 その割に、剣士の戦っている場所が朽ち木の立ち並ぶ荒地なのはどうなんだろう。

 北極は大陸じゃないから、地面そのものが存在しないのに。

 まあ、気が向いたらそのうち一回ぐらい遊んでみるか。今日はまず、ベーマガで読んでからずっと気になっていた【アルゴスの戦士】あたりをプレイ……。


 ちょうどその時、視線を外すか外さないかのタイミングで、画面の表示が切り替わった。

 オーロラ輝く夜の雪原にそびえ立つ、一本の巨大な氷の柱。

 筆記体で描かれるゲームタイトル、「The North Pole」。


 この巨大な氷柱は……まさか「北極柱」?

 もしかしてこれ、J.R.R.トールキン「サンタ・クロースからの手紙」のゲームなの?



 トールキンと言えば、「指輪物語」や「ホビットの冒険」の作者として押しも押されぬファンタジー小説の第一人者。

 ……だとぼくは思っているんだけど、残念ながら身の回りではあんまり知っている人がいない。

 中学までの友人は元より、『南』でも「指輪物語」の話が通じるのはほんの一握り。

 どうもファンタジーというジャンルは「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」のイメージが強くて、お子様向けの読み物だと思われているようだ。

「指輪物語」って、ものすごく重厚で奥深い作品なのに。

 ベーマガによると、最近流行っているロールプレイングゲームというジャンルはファンタジー世界が主流だそうだから、これをきっかけに日本でももっとファンタジーの愛好家が増えることに期待したい。

 ゲーム自体の愛好家がまだまだ少ないという問題は、とりあえず置いておくとして。


 そのトールキンは、毎年サンタに代わって自分の子供たちへ絵手紙を送っていた。

「サンタ・クロースからの手紙」は、その手紙をまとめた絵本。

 サンタと、その相棒である北極熊を中心とした生活がトールキン直筆のイラストと共に綴られている。


 絵本と言いつつ文字の割合が多く、しかも漢字や難しい言い回しも多用されてるものだから、当時幼稚園児だったぼくにはとても読むことができなかった。

 でも、両親に読んでもらった北の果ての物語は、幼いぼくの心を激しく魅了した。

 気は優しくて力持ち。それなのに、毎年なにかしら大騒ぎを引き起こしてしまう北極熊。

 小さな妖精サイズでありながら、非常に頼りになる存在の赤いエルフと緑のエルフ。

 北極熊の甥っ子である「パクス」と「ヴァルコツッカ」。

 雪ン子、洞穴熊、地の精ノウム、月の男。

 そして、数度に渡ってサンタの家を襲い、クリスマスを危機に陥れたゴブリン……。

 時に楽しく時にスリリングな北極からの手紙は、ぼくのファンタジーの原体験であると同時に、読書が好きになるそもそものきっかけでもあった。

 大人に読んでもらうだけでなく、自分でもこの本を読んでみたいという切実な欲求から、同い年の幼なじみよりずっと早く文字を覚えたんだよね。

 代償として、サンタ・クロースの実在は早々にあきらめざるを得なくなったけど。

「もっとサンタのことが知りたい」とクリスマスの本を読み漁った結果、まだ知らなくて良いことまで知ってしまって涙にくれたのも、今となっては良い思い出。


北極柱ノースポール」は、「サンタ・クロースからの手紙」に登場する巨大な氷の柱。

「北極点」と「北の柱」をかけた英語のシャレであることは、小学四年生の時にようやく気が付いた。

 しかし、タイトル画面に「トールキン」や「サンタ」という記述は見当たらない。

 たまたま似たようなデザインになっただけなんだろうか?

 テーブル筐体に向き直り、ゲーム画面とインストカードの説明をじっくり観察してみる。


 操作は、八方向レバーに、攻撃ボタンとジャンプボタン。

 二つのボタンを同時に押すと特殊攻撃。

 体力を示すハートマークが0になる、崖下や川などに落っこちる、残り時間が0になる等で一ミス。

 変わっているのは、このゲーム、使用キャラクターを三人の中から選べるらしい。

【ツインビー】【沙羅曼蛇】【バブルボブル】のように、二人同時プレイ可能なゲームで主役キャラのデザインが異なるのはよく見かける――と言うより、そうしてもらえないとどちらが自機かわからなくて困るんだけど、【ノースポール】はデザインだけでなく、性能まで異なるようだ。

 一人は、白いマントを身に着けた大柄な剣士、「Karlカール」。

 一人は、赤い服を着て背中に弓を背負った「Willウィル」。

 一人は、大きなフキの葉っぱを傘がわりにしている小さな女の子、「Pocklポックル」。


 ……いやいやいや。


 カールは北極熊、ウィルは赤いエルフがモチーフ。

 そこまではいい。

 だけど、ポックルってコロポックルじゃないか。北極じゃなくて北海道じゃないか。

 いくら緑のフキを持ってるからと言って、緑のエルフとコロポックルじゃ全然違う!


 まったくもう、「サンタ」の世界観を踏襲したいんだか、壊したいんだか……。


 でも、開発者が「サンタ・クロースからの手紙」を意識していることは間違いない。

 ポックルにしても、いわゆる「ツッコミ待ち」な気配をひしひしと感じる。


 ……うん。

 このゲームがどんな世界を見せてくれるのか興味が湧いた。

 丸椅子に座って、カバンを足元に置く。

 五十円玉を投入。スタートボタン押下。

 使用キャラは、あえてポックルを選択。

 画面が切り替わり、オープニングが始まった。


 タイトル画面にも使われていた、雪原にそびえ立つ巨大な氷の柱。

 白く輝いていたその柱から、急速に光が失われる。

 それに伴って空からはオーロラが消え、周囲が闇に染まる。

 場面が切り替わって、どこかの森。

 青々と繁っていた葉っぱが茶色に変わり、すべてが枯れ果てて朽ち木と化す。


 魔力を秘めた北極柱に異変が生じ、その影響で緑が失われた……というところか。

 変わり果てた森の姿は、デモ画面でカールが戦っていた荒れ地。

 画面左側からポックルが走りこんで来る。

 ゲームスタート。

 制限時間一二〇秒。

 ハートマークは三個。


 右へ進みたくなる欲求を抑え、まずはその場で操作感覚を確かめてみる。

 レバーを傾けると「とてとて」という感じでポックルが移動。

 右側のボタンでジャンプ。

 意外と飛距離があって、横方向なら半画面、縦方向なら道の上端から下端までひとっ飛びで移動できる。

 左側のボタンで攻撃。

 手にしたフキを振ると、丸い葉っぱがお猪口になった傘のように前方へ伸びる。素振りしただけで折れるか千切れるかしちゃいそうで、頼りないことこの上ない。


 そうやって画面をスクロールさせないまま留まっていると、「早く行け」と言うようにポーンと音を立てて右への矢印が表示された。

 促されるまま、ポックルを右へ進ませる。

 中央より少し右側に移動したところで画面スクロールが始まり、前方から棍棒を持った犬のような狐のような生き物が現れた。

 前にファンタジー関連の本で、似たようなモンスターを見たことがある。

 確か「コボルド」って名前だったかな? デモ画面でカールが戦っていたのもこいつだ。

 最初に出てくる以上、そんなに強い敵じゃ無いはず。真っ正面から近付き、タイミングを計って攻撃ボタンを連打する。

 まず、右から左に一撃。

 返す刀ならぬ返す葉っぱで、左から右に一撃。

 大きく振りかぶって、上段からとどめの一撃。

 三連撃を受けたコボルドは地面に叩きつけられた。


 うわ、予想以上にフキ強い。


 倒れたコボルドの前で攻撃ボタンを連打していると、起き上がった瞬間またも三連撃がヒット。

 再度倒れこんだコボルドは、そのままなかなか動かない。

 ……もう倒したのかな?

 そう思って前進すると、画面が半分ほど右スクロールしたところで、コボルドがむくりと身を起こした。

 しかも、前方から新たに二体のコボルドが出現。


 まずい、このままじゃ挟み撃ちになる。でも、最初の一体はあと少しで倒せるはず。


 後ろに戻って、再び歩き出したコボルドを攻撃。

 一撃、二撃、三撃……!

 最後の攻撃、ポックルは勢いよく突きを繰り出した。コボルドは後ろに吹っ飛んで、今度こそ画面から消滅する。


 最後の「突き」攻撃、上段からの叩きつけ以上に強力だったようだ。

 その反動なのか、ポックルが動かない。突きのポーズのまま、固まってしまっている。

 背後に二体のコボルドが迫る。

 ようやく硬直が解けてポックルが振り返るものの、一瞬遅い。

 棍棒でぶん殴られ、ごろごろと地面を転がった。


 ハートマークは……三個のまま減ってない?

 ノーダメージ?

 今の痛そうな効果音とやられパターンから、完全に無傷だったとは思えないけど?


 ぴょこんと起き上がるポックル。二体のコボルドが改めて間合いを詰めて来る。

 一旦距離を取ろう、と考えたところで、ポックルの身体が薄く明滅していることに気が付いた。

 これ、もしかして無敵時間かな? ダメージを受けてからしばらくは、敵の攻撃が当たらない?

 だったら話は別だ。その場に止まって攻撃ボタン連打。

 二体のコボルドを同時にフキの葉っぱが捉え、三撃目でまとめて地面に叩きつけた。


 今度は突きじゃなくて、上段からの叩きつけだった。

 最後の技を決める要素はなんだろう?

 敵との距離? それとも、敵の残り体力とか?


 起き上がったコボルドのうち、一体はまっすぐポックルへ向かい、もう一体はちょっと怯えたように後方へ下がる。

 同じモンスターであってもまったく同じ行動は取って来ない。

 一対一で戦うメリットより、ばらばらの二体と戦うデメリットの方が大きい。できればさっきのように、二体まとめて攻撃を当ててやりたい。

 こちらも前進。一体のコボルドに体当たりをする勢いで、攻撃を仕掛ける。

 右からの一撃、左からの一撃、そして……突き!

 コボルドは、後ろの仲間を巻き添えにして後ろに吹き飛んだ。


 ああ、そうか。レバーを前に入力しておくと、最後の攻撃が突きになるんだ。

 もしかして、他にも攻撃パターンがあるのかな?

 二体のコボルド相手に色々と試してみる。

 残念、三連撃の最後は「叩きつけ」か「突き」の二択だけらしい。


 敵の前で後ろを向いたり、上下に動いたりしていたせいで、何度か反撃されてしまった。

 実験はここまで。コボルド二体を片付けて、先へ進む。


 今度は前から普通のコボルドが、後ろから皮の鎧を着たコボルドが現れた。

 距離が近いのは後ろの鎧コボルド。

 まずはこっちから……と近付いたら、ポックルが攻撃する前に鎧コボルドの棍棒が命中して、画面右側へ跳ね飛ばされた。

 ハートマークが一個消滅。残り二個。

 転がった先は、ノーマルコボルドの足元。無敵時間を使って突きを決め、画面外まで追い払う。

 振り向きざま、鎧コボルドにも攻撃を試みるも、こちらは失敗。

 無敵が切れてしまい、再び棍棒の一撃をお見舞いされる。


 だめだ、鎧コボルドの方がリーチが長い。

 正面から向かって行くと、ポックルより先に鎧コボルドの攻撃がヒットする。


 画面外から戻って来たノーマルコボルドと挟み撃ちにされそうだったので、慌てて回避。

 鎧コボルドを避けつつ画面左側に回り込んで、二体の敵がどちらも右に来るよう位置取る。

 でも、ここで正面から突っ込んで行っても、また返り討ちに遭うだけ。

 これまでと違う攻撃方法……あ、そうだ、ジャンプ。

 コボルドに向かってジャンプで飛び込み、タイミングを計って空中で攻撃ボタン。

 振り下ろしたフキの葉っぱがヒットして、二体のコボルドが地面に倒れ込んだ。

 チャンス。これまでの必勝パターン、起き上がりに重ねて攻撃ボタンを連打。レバーを右に入れっぱなしにして、鎧コボルドを突き飛ばす。


 その直後、フキを突き出したままのポックルの目の前で、ノーマルコボルドがむくりと起き上がった。

 げっ、攻撃が当たったの、鎧コボルドだけだ。しかも突きの硬直で動けない。

 為す術もなく、ノーマルコボルドの攻撃を食らう。


 複数の敵を相手にする時は、起き上がって来るタイミングも考えなくちゃダメか。

 無敵時間でノーマルコボルドに突きを決め、後ろの鎧コボルドと一緒に吹っ飛ばす。

 でも、追い撃ちのための接近ができない。片方に反撃されるのが怖くて、三連撃を決めに行けない。

 仕方ないので、鎧コボルドが起き上がるのを見てから、ジャンプ攻撃。

 すぐさま後ろへ下がり、今度はノーマルコボルドが起き上がるのを見てから、ジャンプ攻撃。

 単発でしかダメージを与えていないので、どちらの敵もなかなか倒せない。

 しかも攻撃の度に、敵が後ろ――右の方へ倒れるものだから、少しずつ画面がスクロールしていく。


 これ、まずい……と悟った時には遅かった。

 前方から新たな鎧コボルドが、通り過ぎた朽ち木の陰から二体のノーマルコボルドが姿を現す。

 焦ったところで、ジャンプ攻撃の目測を誤った。

 フキを空振りして、鎧コボルドの目の前に着地してしまう。

 棍棒の一撃を食らってハートマーク消滅。残り一個。

 画面内にはノーマルコボルド三体、鎧コボルド二体。

 多勢に無勢、とても対抗しきれない。すぐに最後のハートマークも消失して、ポックルは大地に倒れ伏した。


 ポックルの受難はまだ続く。

 一人目のポックルが画面から消えた後、新たなポックルが空中から舞い降りた。

 このゲームでは、やられても同じ場所から再スタートになるらしい。

 もう一度同じ場面をやり直さなくていいのは楽だけど、敵の包囲網を抜け出せないということでもある。

 スタート直後の無敵時間、少しでもコボルドを減らすべく、必死の連続攻撃。

 ノーマルコボルド一体を倒したところで、身体の点滅が終わる。

 ほどなく、二人目のポックルは右に左に棍棒で吹っ飛ばされ、すべてのハートマークを消失させた。


 三人目、最後のポックル。

 ジャンプで敵の群れに飛び込み、着地と同時の三連撃で、まとめて地面に叩きつける。

 もう反撃が怖いとか言ってられない。そのまま足下で攻撃ボタンを連打、二度目の叩きつけでようやく鎧コボルド一体が消滅。

 が、そこでもう一体の鎧コボルドが起き上がった。今から後退しても逃げられない。

 焦った拍子に、右手が攻撃とジャンプ両方のボタンを同時に叩いた。

 ポックルが身を丸めると同時に、フキの葉っぱがその身体を包み込む。

 そのまま斜めにジャンプして、鎧コボルドに体当たり。

 ぽーんと後ろに跳ね返って、何事もなかったかのように着地。


 えっと……ああ、今のがボタン同時押しの特殊攻撃ってやつ?


 試しにもう一度攻撃ボタンとジャンプボタンを同時に押してみる。

 丸まったポックルが斜めに跳び上がって、鎧コボルドに体当たり。

 空中でもレバー操作が有効なので、ノーマルコボルドの頭に降下して、こちらにも体当たり。

 反撃されないよう、大きく距離を取って着地。

 見た目からも、効果音からも、与えるダメージ量は期待できない。

 でも、緊急避難の手段としては、なかなか有効っぽい。

 それにこの特殊攻撃、ぽんぽん弾んで気持ちがいい。

 ジャンプ攻撃と三連撃、危なくなったら丸まっての体当たりで、残った敵を一掃する。

 よしよし、たくさんの敵が相手でも、やりようはあるみたいだ。


 喜んでばかりもいられない。

 残り時間があとわずか、二十秒ちょっとしか無い。

 最後のポックルだから、時間切れになればその時点でゲームオーバーだ。

 一面クリアまであとどれぐらいかかるかわからない。とにかく先を急ぐ。


 不意に、遠吠えのような声が響いた。

 良い兆候とは思えない。

 注意しながら先に進むと、思った通り、灰色の野犬だか狼だかが二頭、画面に飛び込んで来た。

 とっさに振るったフキが一頭にヒットするも、もう一頭は攻撃をかわし、ポックルの背後に回り込む。

 三連撃を中断して、攻撃中の狼を飛び越すようにジャンプ。その先に、これまでのキャラより一回り大柄なコボルドが現れた。

 避けずに、そのままジャンプ攻撃を当てる。さらに、着地と同時に三連撃を狙う。

 しかし、背後に二頭の狼を抱えての攻撃は無謀だった。

 狼に体当たりされ、大コボルドの足元を抜けてゴロゴロと転がされてしまう。


 ……あ、画面がスクロールしない。前に進まない。


 この大コボルドが一面ボス?

 いや、それにしては、ちょっと迫力とか威厳というものに欠けてるような気もする。

 ここまでの道のりも、一面分にしてはちょっと短かったし。

 中盤のボス――中ボスとでも呼ぶべき存在なのかな。

 とにかく、こいつらを倒さないと先に進めないことだけは確か。


 戦況は厳しい。

 無敵時間中に三体まとめて突き飛ばしを狙ったけれど、狼一頭に回避される。

 ……うわっ、体当たりじゃなくて、噛み付いて来た!

 ポックルはもがくばかりで動けない。噛み付かれているうちに体力を失ったのか、やがてハートマークが一個消滅した。

 レバーをガチャガチャ動かしまくって、ようやく狼を振りほどく。だけど、その時にはもう大コボルドが攻撃モーションに入っている。

 体格に相応しい大きな棍棒で、豪快に跳ね飛ばされるポックル。

 転がった先には、また狼。

 無敵時間中に三連撃を決めたものの、硬直時間中にもう一頭の狼にお返しをされる。

 二頭のコンビネーションに翻弄され、ハートマークをさらに消失。


 あー、もうダメだー。

 残り時間も少ないし、とても敵を倒し切れないー。


 ……とあきらめかけたところで、空中をなにかが通り過ぎた。

 今のは、フクロウ? とっさのことで見逃したけど、真っ白いフクロウだったような気がする。


 謎の白フクロウは、雷を示すジグザグ記号の描かれた水晶球を落として行った。

 もしかして、お助けアイテムだろうか?

 大急ぎでポックルに水晶球を拾わせる。


 途端、モンスターを無数の落雷が襲った。

 感電して倒れる大コボルドと狼。

 そして、ポーンと音を立て、右への矢印が表示される。


 えっと……大コボルドも狼も、まだ倒してないよね?

 感電の影響か、膝をついたまま動けずにいるけど、画面から消える様子は無い。

 本当に進んじゃっていいんだろうか?


 不安はある。でも、ここでじっとしていてもタイムオーバーを待つだけ。

 意を決して前進。


 朽ち木の林を抜け、岩山に出る。

 平地から険しい山道となり、画面スクロールも横から斜めになる。

 これは絶対なにか落ちて来るなと思っていたら、案の定、ごろんごろんと大岩が転がって来た。

 とっさにジャンプで回避するも、運悪く、着地したところにまた大岩。こちらはかわせず、後ろに跳ね飛ばされる。

 幸いハートマークは消えていない。

 まだやられたわけじゃない。

 もう同じミスはしないぞと前方を警戒していたら、いきなり後ろから狼が突進して来て噛み付かれた。

 さらに大コボルドまで姿を現し、棍棒を振りかぶる。


 雷に打たれた敵、やっぱり倒せてなかった!

 後ろから追いかけて来たー!


 噛み付かれてもがいているところを大コボルドに吹っ飛ばされ、最後のハートマークが消失。

 ゲームオーバー。



 つるべ落としがなんとやら。

 すっかり日が落ちるのが早くなり、バスの窓から見えるのも、ほとんどが車内の光景だ。

 ガラス越しに自分の顔と向かい合いながら、ぼんやりと今日のプレイを思い返す。


【魔界村】や【戦場の狼】は、その場でじっとしていても際限なく敵が湧き出して来る。

 一方【ノースポール】は、どこでどんなキャラが出現するか、すべて決まっているようだ。

 キーになっているのは、画面がどこまでスクロールしたか、かな?

 先に進まなければ新しい敵が出現することは無いし、進んでしまえばその時の状況がどうであろうと新しい敵が出現する。


 だったら、敵が一気に出て来ないよう少しずつ進んで、画面内の敵は確実に全滅させるようにすれば、「多勢に無勢」な状況にはならないはず。

 明日、また挑戦してみよう。

 もうしばらくあの【ノースポール】に付き合ってみよう。


 結局「サンタ・クロースからの手紙」を思わせるシーン、「北極柱」しか見られなかったしね。


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一九八六年 十月二十五日(土)

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 いろんな新作ゲームが人気を博している中、うれしいことに【スペースハリアー】は今も現役だった。

 ぼくはまだ【スペースハリアー】を全面クリアーできていない。

 後半の、苛烈としか言いようがない攻撃にまったく歯が立たない。

 だけどやっぱりこのゲームは大好きなので、店内に残されていることはすごくうれしい。

「まだ撤去されませんように」という願いを込めて、久しぶりに一プレイ。

 今日は十四面、三度目の天井付きステージでゲームオーバーになった。

 この辺りまで来ると「気が付いた時には死んでる」状態が多くて、もう出現パターンを覚えることすらままならない。

 ノーコンティニューでクリアできる気がまったくしない。

 要は、鈍いってことなんだろう。

 学業第一の『南』にいるから目立たないだけで、ぼくはスポーツ全般、決して得意な方じゃないし。


 対して【ノースポール】。

 このゲームは、反射神経だけに頼って突き進めば、かえって痛い目に遭う。

 慌てず焦らず少しずつ進み、敵を小出しにして一体一体確実に仕留めることを心がける。

 挟み撃ちと、意図せぬ画面スクロールを避けるため、敵はなるべく画面左側にまとめる。

 タイムオーバーを避けるために、効率よくダメージを与えることも大事。

 丸まりジャンプは、基本的に緊急避難用。攻撃の手段としては使わない。


 記憶を頼りに編み出したこれらの攻略法は、多分、まだまだ穴だらけだと思う。

 それでも、ゲーム序盤においては十分に効果を発揮してくれた。

 昨日の苦戦が嘘のように、ぼくの操るポックルはノーマルコボルドと鎧コボルドを打ち倒して行く。


 中ボスエリア、狼のペアと大コボルドが登場。

 ジャンプ攻撃を空振りして狼の目の前に降り立ち、ハートマーク一個を失ってしまった。

【ノースポール】のような斜め見下ろし画面のゲームは、空中での位置が把握しづらい。

 地面を歩いて上に移動した時と、その場で真上にジャンプした時。存在する位置は異なるのに、キャラクターが表示される位置は、見た目上まったく同じ。

 もちろん、歩いてる時とジャンプ中ではキャラクターのポーズが異なるけれど、焦っている時は自分の位置を見失うことが多い。

 ジャンプ中、自分がどこに着地するのか、とっさに判断できないことが多い。

 とは言え、この程度で動揺なんかしてられない。

 一つや二つ苦手な問題が出たからってパニックに陥ってるようじゃ、『南』の試験で上位に入ることはできない。

 被害を最小限に止めることを心がけ、ついに狼二体と大コボルドを撃破。

 残り時間六十秒追加。

 一面後半戦スタート。


 朽ち木の林を抜け、岩山に出る。

 転がり落ちて来る大岩を、丸まりジャンプで回避。

 フキの葉っぱの防御力は凄まじく、大岩に触れてもダメージを受けない。

 敵に体当たりした時と同じく、ぽーんと跳ね返る。


 やがて、切り立った崖の上に、三体のコボルドを発見。

 ジャンプしても届かない場所でなにをしているのかと思えば、山道に向けて大岩を落っことして来た。

 さっきから転がって来てた大岩、こいつらの仕業か。

 これは、ちょっと見過ごせない。

 ほんの小さな小石でも、山道で転がせば人に怪我をさせることは十分にあり得る。

 山の子供たちは、その危険性を嫌と言うほど叩き込まれている。

 ぜひとも教育的指導をしてやりたいけど、ポックルのジャンプ力をもってしても、崖の上には届かない。

 丸まりジャンプで大岩を踏み台にすれば、あるいは……と思ったけれど、自分も空中、大岩も空中、どっちの位置も読み違えて見事に空振り。

 地面に着地したところへ真上から岩を落とされ、ハートマーク消失。

 残り一個。


 さすがにこんなところで残機を失うのはもったいない。

 あきらめて先に進もうとした、ちょうどその時。

 画面右上から、白フクロウが飛んで来た。


 出現場所が昨日と違う?

 キャラクターの出現位置がすべて決まっているというぼくの仮定、間違ってた?


 でも、このタイミングで出て来てくれたのはありがたい。

 水晶球を取って落雷を発生させると、感電したコボルドが崖からぼとぼと落ちて来た。

 全員にお仕置きを決めて、心置きなくその場を後にする。


 上り坂が終わって、再び横方向へのスクロール。

 敵が出て来ない。

 BGMが徐々に小さくなり、やがて無音となる。

 緊迫感に満ちた静寂が周囲を満たす。


 そこへ、遠吠えが朗々と響き渡った。

 うわ、また狼?

 中ボスの時にも苦労したし、あんまりたくさん出て来ないで欲しいなあ。


 そんな願いが通じたのかどうか。待ち受けていた狼は、一頭だけだった。

 ただし、大きい。

 大コボルドより大きい。

 狼王とでも呼びたくなる風格だ。


 ポックルの目の前で一声遠吠えを響かせて、狼王がその巨体をたわめる。

 危険を感じて丸まりジャンプで距離を取った次の瞬間、画面内を灰色の暴風が襲った。

 左、右、左、右と、狼王が連続して画面の端から端へ突進する。

 かわしきれず、空中で体当たりされた。

 丸まりジャンプのおかげでダメージこそ受けないものの、画面端まですごい勢いで跳ね飛ばされる。

 その威力に動揺して、思わず狼王を避け、ポックルを地面に降り立たせてしまう。

 これこそが致命的な判断ミス。

 丸まり状態が解除された直後、狼王の突進をまともに食らった。

 フキの葉っぱに守られていない状態ではひとたまりもなく、ハートマーク消失。ついに一人目のポックルが倒れる。


 わずかな間を置いて、二人目のポックルが画面内に舞い降りる。

 画面の右端では、狼王が再び遠吠えを響かせている。

 無敵時間のうちに一太刀浴びせたかったけど、惜しくも数歩届かない。

 ポックルの明滅が終わったところへ、狼王の突進が再開。回避も間に合わず、再びまともに食らってしまった。

 わずか一撃でハートマークが消失。

 起き上がりざまにフキの一撃を当てるも、狼王の突進は止まらない。ダメージを与えた様子が無い。


 ――もしかして、突進中は攻撃が通じない?


 そう悟った時には、無敵時間が終わっていた。

 またもポックルは跳ね飛ばされ、ハートマーク、残り一個。


 待て、待て、落ち着け。

 攻撃手段は絶対ある。

 突進中に攻撃できないのなら……そう、止まってる時ならダメージが通るかも。


 吹っ飛ばされたポックルの現在位置は、画面左端。

 狼王は画面右端に降り立って遠吠え中。

 右側に走って、そのまま大きくジャンプ。空中で攻撃ボタン。

 ヒット!

 ズバン!という効果音と共に、狼王のグラフィックがフラッシュした。

 そのまま着地して三連撃……を決めるには、惜しくもタイミングが遅かった。

 ダメージを受けながらも、狼王が突進開始。二人目のポックルも力尽きる。


 しかし、攻略の糸口はつかめた。

 突進中の狼王には手を出さず、動きを止めたところで攻撃を加える。

 このやり方で倒すことが可能なはず。一面を突破できるはず。



 そう思ったのに……。



 結論から言えば、その日ぼくは【ノースポール】一面をクリアできなかった。

 三人目のポックルも、健闘むなしく狼王に敗れた。


 帰りのバスの中、頭の中で最後の戦いをリピートする。


 突進中の狼王には手を出さず、丸まりジャンプで安全にしのぐ。

 ――考え方としては、そう間違っていなかったと思う。

 だけど、丸まりジャンプ中に狼王の突進を受けるとすごい勢いで跳ね飛ばされ、その先のコントロールが難しくなる。

 おまけに、着地した狼王に丸まりジャンプで接近すると、その気も無いのに体当たりとなってしまい、再び空中に舞い上がることがしばしば。

 せっかくの連続攻撃チャンスを、何度も不意にしてしまった。


 数少ない攻撃を体当たりだけで終わらせていたら、残り時間がいくらあっても狼王は倒せない。

 方針変更。狼王が突進を始めても、丸まりジャンプを使わず回避を試みた。

 徒歩だけで一回、ノーマルジャンプを使って三回、突進をかわすことができた。

 しかし狼王は素早く、かつ正確に、ポックルの位置を目指して突っ込んで来る。

 地上で、空中で、それぞれ一回ずつ跳ね飛ばされて、ハートマーク残り一個。

 瀕死のポックルを掠めるように狼王が飛び、そして画面右端に降り立つ。

 恐らくこれが最後のチャンス。

 遠吠えを始めたところにジャンプ攻撃! 着地と同時に三連撃!


 決まった!

 合計四回の攻撃が、すべて狼王にヒットした!


 だけど最後の攻撃時、レバー操作に力が入って、「叩きつけ」ではなく「突き」になってしまった。

 いくらポックル最強の攻撃と言っても、巨大な狼王を吹っ飛ばすには至らない。

 ダメージを受けた狼王が、それでもおもむろに身をたわめる。

 ポックルは突きのポーズで硬直したまま逃げられない。

 ゲームオーバー。


 いや、でも……!

 攻撃パターンはある程度つかんだ。最後はちゃんと有効な攻撃を叩き込めた。

 もう一度やれば、多分倒せる。一面クリアできる。

 明日は日曜だから、次の挑戦は月曜日になるのかな。

 それともなにか理由を付けて、明日も街まで来ちゃおうかなあ……?


――――――――――――――――――

一九八六年 十月二十八日(火)

――――――――――――――――――

 日曜日は中学時代のクラスメイトに宿題の手伝いを頼まれ、月曜日は委員長に市立図書館へ誘われて、三日ぶりのゲーム・パラダイス。

 今日は他のゲームに目もくれず、まっすぐ【ノースポール】を目指す。

 五十円玉を投入。キャラ選択はもちろんポックル。


 序盤は好調だったけれど、中ボスの大コボルド戦でまたも狼に手こずり、ハートマークを一個失う。

 続く坂道では、敵もいないのに白フクロウが雷の水晶を持って来て、タイミングの悪さを嘆いていたところに大岩が直撃。

 泣きっ面に岩で、ハートマーク消失。


 崖の場面では、半ば偶然に落下中の大岩へ丸まりジャンプが決まった。

 これまでにないハイジャンプが実現して、崖の上のコボルド二体を叩き落とすことに成功する。

 しかし、残った一体がなかなか鬱陶しい。地上のコボルドを攻撃しているところに大岩を落とされると、連撃を中止して逃げ出すしかない。

 一度は成功したハイジャンプも、狙って決めようとすると、これが難しい。

 立て続けに三回失敗したところで地上のコボルドに攻撃され、今はここまでと先に進む。

 今日の目標は、あくまで一面クリア。敵をすべて片付けることにこだわって、余計な危険を冒したりしない。

 崖を登り切ったところで、追いかけて来たコボルド二体のお掃除。後顧の憂いを無くしてから狼王の元へ進む。


 ハートマークの残りはたった一つ。

 でも、その後ろには無傷のポックルが二人も控えている。戦力としては十分なはず。

 いざ、勝負だ狼王!



 なんでだー!

 帰りのバスの中、ついつい頭を抱えてしまう。

 狼王の突進はジャンプでかわす。動きを止めたら攻撃する。

 たったそれだけの作業を繰り返せば勝てるはずなのに、結果は今日も一面クリアならず。

 ポックル三人がかりでも、狼王を倒すことができなかった。


 とにかく攻撃が当たらない。

 いや、当たることは当たるんだけど、狼王が着地してから近付いて行っても、攻撃できるのはせいぜい一回か二回。三連撃まで粘っていたら、突進が再開して跳ね飛ばされる。

 着地と同時に接近できていれば、三連撃をすべて当てるだけの余裕はある。

 でも、狼王の突進回数は最少三回、最大六回。

 このうち、いつ動きを止めるのかがわからない。

 四回目に山を張り、ジャンプで突っ込めば、目の前でターンされてカウンターを食らった。

 六回目だと読んで待ち構えれば、反対側で悠々と遠吠えを始められた。

 そのうち残り時間が十秒を切り、タイムオーバーの警告音に焦ってミスを連発、自滅も同然にすべてのハートマークを失ってしまう。

 新しいポックルが登場すると、時間は三十秒まで戻った。

 それでも打開策を見出すことはできず、ほとんど同じパターンでゲームオーバー。

 狼王は最後まで元気に画面内を飛び回り、ひざをつくとか、身体が明滅を始めるとか、ダメージの蓄積を感じさせる動作は見せてくれなかった。


 せめて……せめて半分でも読みが当たっていれば。

 土曜日に一度だけ決まったジャンプ攻撃プラス三連撃が、ほんの数回でも成功していれば。

 そうすれば、もう少しまともな戦いができたはずなのに。

 狼王が着地するタイミングを全部読み外すなんて、いくらなんでも運が悪すぎた……。


「……………………」


 ……運? 本当にそうなんだろうか?

 狼王の突進は、六回フルに往復されても三秒足らず。遠吠えの時間は、大体二秒ぐらい。

 突進と遠吠えのセットで五秒として、最初のポックルは大体一分、残り二人も二十秒以上戦っていた。

 単純計算で二十回は攻撃のチャンスがあったのに、三回目から六回目の確率四分の一、右か左かで考えれば確率二分の一を、ことごとく全部外した?

 それはもはや、運の良し悪しとは別の原因があると考えるべきじゃないのか?


 目を閉じて、理想的な攻撃が決まった三日前の状況を、もう一度思い返す。

 狙ってできた攻撃じゃない。たまたま、ジャンプ中のポックルの目の前に狼王が着地してくれたから成功したに過ぎない。

 ポックルの目の前に着地……ジャンプで逃げるポックルを、狼王が背後から掠めるように追い越して、そのまま着地……。

 あの時の突進は、何回目だった?

 ポックルをどの位置からどの位置へ、どのように操作した時だった?

 攻撃が成功した理由は、一体なんだ?


 頭の中で、必死にこれまでの戦いのシーンを再生する。

 一度だけ成立して、それ以外は成立しなかった、特定の条件を洗い出す……。


――――――――――――――――――

一九八六年 十月二十九日(水)

――――――――――――――――――

 画面真ん中寄りに位置して、上下の動きで狼王の突進をかわす。

 灰色の巨体が右から左へ、そして左から右へ跳ぶ。

 三度目のジャンプ、右から左へ跳ぶ寸前、ポックルを狼王のいる側――画面の右寄りに移動させる。

 狼王が左側へ跳ぶのと同時に、ポックルも画面左端へ向けて大きくジャンプ。

 狼王の突進とポックルのジャンプでは、高さと速度が違う。

 狼王はポックルの後ろから猛スピードでその足元を通過し……画面左端に着地して、遠吠えのモーションに入った。

 ポックルの降り立つ先は、その頭上。

 着地寸前に一撃を食らわせ、間髪入れず一撃! 二撃! 叩きつけ!

 硬直が解けるのを待って、もう一回三連撃!

 合計七回の攻撃を命中させて、大急ぎで空中に避難。すでに突進のポーズに入っていた狼王は、ポックルの足下を猛然と通過する。


 できた……できた!

 恐らくこれが、狼王へのベストな攻撃パターン。

 ポイントとなるのは、ポックルの位置。

 狼王が突進を始める時、ポックルが画面のどの位置に存在しているか。

 それが、狼王の突進回数を決める条件だった。


 狼王は、画面の端から端へ、ポックルのいる位置を通過するように突進する。すなわち、突進の寸前にポックルの位置を確認している。

 そして三回目以降は『着地地点の近くに敵がいるかどうか』で次の行動を決定している。


 近くにポックルがいれば、着地してすぐに攻撃されないよう、次の突進に入る。

 遠くにポックルがいれば、そのまま降り立って、遠吠えを始める。


 どの程度を『近く』と判定するかは、どうも画面の右半分にいるか、左半分にいるかというざっくりした分け方らしい。

 ならば、必要な時にほんの少しだけポックルを画面左右のどちらかに寄せれば、狼王の突進を止めることができる。

 狼王が三回目の突進を始める寸前、少しだけ狼王がいる側にポックルを移動させれば、四回目の突進を止められる。


 これが狼王の行動パターンのすべてだとは思ってない。

 でも、自分の考えた方法で実際に狼王を誘導できた。自分の編み出した「攻略法」が、実際のプレイで通用した。

 うれしい。

 気持ちいい。

 昨日、ノートまで持ち出して必死に考え続けた甲斐があった。

 数学の難問がようやく解けた時のような……いや、それ以上の達成感が込み上げて来る。


 ただしこれは、ペーパーテストじゃなくてビデオゲーム。

 いくら回答がわかっても、それだけじゃ意味が無いわけで。


 ジャンプのタイミングが狂って、空中で撃墜される。

 誘導に失敗して、目の前でターンされる。

 攻撃開始が遅れたのに欲張って三連撃を続け、最後の最後に跳ね飛ばされる。

 頭の中の計算に身体がついて行かない。ポックルの動きが理想とは微妙にずれてしまう。

 狼王にもダメージを与えつつ、ポックルもじわじわとハートマークを削られる。


 一人目のポックルが倒れ、二人目のハートマークも残り一つとなったところで、狼王の動きに変化が現れた。

 がくりと首をうなだれ、舌を出して大きく喘ぎ始める。

 遠吠えを始めることも、突進のために身をたわめることもしない。


 ポーンと音を立て、前進を促す矢印が表示された。

 ……えっ?

 この狼王、一面ボスだよね? 先に進んだら一面クリアだよね?


【グラディウス】を始め、シューティングゲームのボスキャラはしばらく倒さずにいると自爆してしまうことがある。

 パワーアップ不足などの理由で勝てそうもない時は、逃げ回って自爆を待つのも攻略法の一つ。

 だけど、この【ノースポール】でもボスからの逃走が可能だとは思わなかった。【魔界村】なんかじゃ、ボスを倒さずにいてもタイムオーバーでミスになるだけなのに。


 あと一撃で二人目のポックルもやられてしまうから、無理せずクリアしてしまうのが正しい選択かもしれない。

 でも、ボスが自爆するとその点数は入らないのが普通だし、なによりこれだけ苦労した狼王との決着を「逃亡」という形で終わらせるのは面白くない。


 動けずにいる狼王に三連撃を叩き込む。

 息を吹き返し、突進の態勢に入ったと見るや、すかさずジャンプで距離を取る。

 大丈夫、狼王の体力も残りわずか。

 慎重にポックルをコントロールして、狼王の突進を三回で止める。攻撃回数を欲張らず、危険を感じればすぐ逃げる。

 タイムオーバーまで余裕はある。焦らなくても倒しきれる。

 もう少し、もう少しがんばれば、きっと……。


 叩きつけが決まった瞬間、画面の動きがスローモーションになった。

 狼王が断末魔の悲鳴を上げて上体をのけぞらせ、そのままどさりと倒れ込む。

 しばらく攻撃モーションで固まっていたポックルは、ぼくのレバー操作によらず右側へ歩き始めた。

 画面がスクロールして現れたのは、ぽっかりと開いた洞窟の入り口。

 ポックルが暗がりの中へ姿を消し、画面がフェードアウト。

 残り時間×百点のタイムボーナスと、ボスのスコア五千点が加算され、「STAGE 1 CLEAR」と一面クリアが宣告される。



 初めてたどり着いた二面、薄暗い洞窟の中での戦いは、なんだか思考の焦点が定まらず、ぼんやりした状態のまま終わってしまった。

 一面から引き続き登場のコボルドと鎧コボルド、天井から襲いかかって来るコウモリ、ずんぐり体型で大斧を持ったモンスター――多分「オーク鬼」だろう――などを、攻撃して、攻撃されて、最後は通路の裂け目を飛び越えるのに失敗して、ゲームオーバーを迎える。


 スコアは四万八千三百点。ランキングは二位。

 ちなみに初期登録のハイスコアが五万点で、これはちょっと悔しかった。

 一面クリアの余韻に浸ることなく集中できていれば、あと二千点ぐらい稼げていただろうに。


 でも、今日のプレイはそれなりに満足できた。

 これまではハイスコアにランクインしていても名前を入力するのは控えていたけど、この結果なら、自分の名前を残しておいても良いかなと思う。

 レバーとボタンで<HAL>と入力。

【ノースポール】における、初めての一面クリア、初めてのハイスコアネーム登録。

 なんの情報もないところから少しずつ攻略して来たせいか、今日の登録は一際感慨深いものがあった。


――――――――――――――――――

一九八六年 十月三十日(木)

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 委員長たちクラス役員の仕事を手伝っていたら、帰りが遅くなってしまった。

 いつものバスはとっくに発車済みで、次に来るのは二十分後。

 ゲームをプレイするには、ちょっと微妙な待ち時間。

 でも、昨日の高ぶりが消えないまま胸の内でくすぶっていて、このまま帰っては不完全燃焼に苦しみそうだ。

 早くも赤みを帯びてきた西の空を気にかけつつ、小走りで裏通りへ向かう。


 ガラス扉を開いて、普段より人口密度の高い店内にちょっとたじろいだ。

 入り口近くの大型筐体エリアが特にすごい人だかりで、テーブルゲームの島が見えない。

 普段より時間が遅いせいもあるんだろうけど、春頃に比べればお客さんの数が明らかに増えている。

『北』以外の学生服も何種類か混じっていた。


 そんな状況になっても、『南』の制服を着ているのはぼく一人。

 やっぱり珍しいのか、お店に入るとあちこちから視線が集中するのを感じる。

 まあ、それにもいい加減慣れた。

 ゲーム・パラダイスには、確かに不良っぽい人もいる。

 でも、恐喝されたり喧嘩を売られたりということは、これまでに一度も無いしね。


【ノースポール】は、「不良っぽい人」の筆頭である<MOR>がプレイ中だった。

 使用キャラは剣士カール。一面の中ボス、大コボルドと戦っている。

 ポックルに比べ、移動速度が遅い。ジャンプの軌道も低い。

 その代わり、大剣の一撃はフキの葉っぱより遙かに威力がありそうだ。アニメーションといい効果音といい、ポックルのそれよりずっと「重い」。

 三連撃の最後、豪快なフルスイングで吹っ飛ばされた狼が、悲鳴を上げて昇天した。

 その背後にもう一頭の狼が回り込み、襲いかかる。カールは攻撃後の硬直で動けない。牙を突き立てられ、膝を付いて身をよじる。そこへ大コボルドまで近付いて来た。

 絶体絶命のその瞬間、<MOR>は二つのボタンを叩くように押した。

 雄叫びを上げ、カールが回った。

 大剣を突き出したままその場で勢いよく回転し、背後の狼も接近していた大コボルドもまとめて跳ね飛ばす。


 ――特殊攻撃!


 今のはポックルの丸まりジャンプと同じ、攻撃ボタンとジャンプボタン同時押しの特殊攻撃だ。

 狼が息切れモーションに入ったところを見ると、この回転斬りもそれなりの威力があるらしい。

 その一方、カールの方も剣を突き出したまましばらく動けない。どうやら三連撃と同等以上に硬直してしまうようだ。


 カールとポックル、本当に見た目も性能もまったく違う。

 動きが素早い代わりに攻撃力が低いポックルだと、どうしても距離やタイミングを気にしつつの慎重なプレイになっちゃうけど、カールなら中ボス、もしかするとボスキャラが相手でも、真っ向からの豪快なバトルが実現できるのかもしれない。


 いや……これはカールの特性と言うより、<MOR>の性格なのかな?


 ずかずか近付いて大剣で斬りかかり、危なくなったら回転斬り。

 攻撃こそ最大の防御と言うけれど、空振りした隙に反撃されたり、しぶとく生き残っている狼に噛み付かれたり、カールの受けるダメージも決して少なくは無い。

 坂道エリアでは大岩にぶつかり、とうとう一人やられてしまった。硬直時間の長い回転斬りは、丸まりジャンプと違って緊急避難にはあまり向かない。

 大岩にぶつかること、さらに一回、二回……狼王まで残機が持つか、怪しくなって来た。


 バスの時間も迫ってるし、今日のところはここで引き上げることにする。

 カールの特性は、そのうち自分で使って確かめることにしよう。


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一九八六年 十月三十一日(金)

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 今日も【ノースポール】の周りには黒い学生服の姿。それも複数。

『北』の三人組が、いつものように筐体を取り囲んでわいわいとプレイしていた。

 最近ようやくこの三人のハイスコアネームが<ATK><JET><STR>であるとわかった。ただし、誰がどの名前なのかは未だに不明。

 まあいいや。

 わからなくてなにか不都合があるかと言えば、特に無いし。


 三人で楽しんでいるところに近付いて画面を覗き込むのは、ちょっと抵抗がある。

 でも、今流れているのは一面ボス戦のBGM。

 見たい。他の人が狼王とどう戦うのか、すごく興味がある。

 プレイするゲームを選んでいるように装いつつ、少し離れた場所から画面を視界の中に納める。


 遠吠え中の狼王を弓矢で攻撃しているのは、赤い服の戦士、ウィルだった。

 プレイ中の『北』高生はリズミカルに二つのボタンを連打している。そのタイミングに合わせ、ウィルは次々と矢をつがえ、狼王に向けて発射する。

 この弓矢、特殊攻撃だ。確かにインストラクションカードには、特殊攻撃の説明に弓を射るウィルの絵が描いてあった。

 しかし、ここまでなんの制限も無しに弓矢を連射できるとは思わなかった。弾数制限があるとか、一定の時間を置いてしか撃てないとか、何か制約があるものだ想像してた。

 ウィルは、遠距離攻撃がいつでも可能なキャラだったのか。


『北』高生操るウィルは、攻撃を続けながら狼王に迫り、間合いに入ったところで細剣を抜いた。

 一撃、二撃……三撃目で、惜しくも狼王の突進に跳ね飛ばされる。

 だけど、遠くでも近くでも相手を攻撃できるのは、相当な強みじゃないだろうか。

 うまく使いこなせば、ポックルやカールより有利にゲームが進められるような気がする。


 起き上がったウィルは、これ以上突進を食らうまいと空中へ逃げた。

 ……あ、ジャンプの方向がぼくと違う。

『北』高生の操るウィルは、必ず着地した狼王と距離を取るように、画面の反対側へと逃げていた。

 このやり方だと、ウィルは必ず狼王の着地する側に存在することになる。

 当然、三回目以降も静止することなく、最大の六回目まで突進を続けることに……。


「!」


 瞬間、頭を殴られたような衝撃を覚えた。

 そうか、そうだよ。狼王の突進は最大で六回なんだ。

 苦労して誘導なんかやらなくても、六回目まで逃げ回っていれば狼王は勝手に止まってくれるじゃないか。


 六回目の突進。

 画面右側に着地した狼王の頭上に、ウィルが舞い降りる。

 細剣でのジャンプ斬り。

 そして着地と同時に、一撃、二撃、突き飛ばし! 硬直時間を置いて再度一撃、二撃、突き飛ばし!

 ……二度目の突き飛ばしが命中するのとほぼ同時に、狼王の突進が再開した。

 跳ね飛ばされるウィル。ハートマークがすべて消失して、ウィルが大地に倒れ伏す。

 残りのウィルはあと一人。

 ミスしたせいかジャンプのタイミングが噛み合わず、無敵時間終了と同時に、またもや体当たりを食らってしまう。

 大きく距離を離されて遠吠えの開始。弓矢で攻撃しながら接近を試みるけど、細剣で攻撃できるほどには接近できない。

 中途半端に近付いたところで突進の体勢に入られ、慌ててウィルは避難の態勢に入る。


 ――これは、勝てないな。


 ギャラリーの『北』高生がはやし立てるせいもあって、ウィルの動きがすっかりちぐはぐになってる。

 この状態じゃ、攻撃はおろか、突進を避けることだって満足にできないだろう。

 もう少し待ってれば、あの席は空くかもしれない。バスが来るまで時間はあるし、一回遊んで行く余裕は十分にある。


 あるんだけど……。

 ぼくはゲームオーバーを待つことなく、そっとその場を後にした。


 帰りのバスの中、前の空席の背もたれに額を乗せ、そっと溜め息をつく。

 なんだってあんな簡単な条件を見過ごしちゃったんだろう。

 狼王の突進回数は、三回から六回。

 そこまでわかっていながら、なんで最大回数ではなく、最小回数で止める方法ばかり考えちゃったんだろう。

 そりゃ、ぼくの考え自体は間違ってなかった。

 でも、もっと単純で、もっと実行しやすい方法が、最初から目の前に転がっていたんじゃないか。

 得意になっていた昨日までの自分がものすごく恥ずかしい。

 周囲に他の乗客がいないのを幸い、ぼくは後方二人がけの席と、前の席の背もたれを独占したまま、何度も溜め息を繰り返した。


――――――――――――――――――

一九八六年 十一月一日(土)

――――――――――――――――――

 何度かコボルドや狼の攻撃を受けたものの、ハートマークを減らすほどのダメージには至らず、ほとんど無傷で狼王に到達。

 画面真ん中寄りで突進の誘導を行い、三回目の着地タイミングでジャンプ攻撃を一回、三連撃を二回ヒットさせる。

 一晩落ち込み続け、逆に開き直りの心境に達してしまった土曜日の午後。

 妙な気合が入りまくっているせいか、二日間のブランクもまったく影響を見せないまま、ぼくの操るポックルは着実に狼王を追い詰めていた。


 いいんだ、ぼくはこのスタイルで。

 最初に選んだポックルで、自分で考えた攻略法で、どこまで行けるか試してやるんだ。


 狼王が息切れモーションに入り、右への矢印が表示されても、もちろん攻撃続行。

 突進が始まるギリギリまで攻撃を叩き込んで、空中に避難。

 数秒後、再度攻撃に転じる。


 ポックルの猛攻の前に、ついに狼王が力尽きた。

 一面クリア時のスコアは……四万八千点?

 前回二面でゲームオーバーになった時と同じ点数だ。残り時間とハートマークのボーナスで、これだけ差が出るものなのか。

 さらにハートマークが一個追加され、ゲーム開始時よりも多い四個となる。

 理想的な状態で二面目スタート。



 その二面、洞窟ステージでは、意識的に丸まりジャンプを多用する。

 もっとも警戒すべきなのは、頭上から襲ってくるコウモリだ。

 一面の狼と同じく、噛み付かれると動きを封じられるし、上からの敵にはこちらの武器がなかなか当たらない。

 だけど丸まりジャンプなら、簡単にコウモリを迎撃することができる。

 体当たり一発でコウモリは地上に落下、あとは瀕死のところを数回引っぱたくだけ。

 同じく二面からの新キャラであるオーク鬼は、ずんぐり体型で動きが遅い。

 落ち着いて対処すれば、スピードに勝るポックルの敵じゃない。


 危なげなく進んでいる最中、スコアが五万点を突破してポックルが一人増えた。

 さらにおまけ。一面にも登場した白フクロウが飛んで来て、ハートの描かれた水晶球をプレゼントしてくれる。

 取るとハートマークが増加して、合計五個。

 残機もハートマークもゲームスタート時より多いなんて、なんだかすごくお得な感じ。


 しかし、ここで気は抜かない。

 見えて来たのは、前回落っこちてゲームオーバーになった通路の裂け目。画面内の敵をすべて片付けてから丁寧に飛び越える。

 前方から、大型のオーク鬼が二体現れた。どうやらここが中ボスエリアらしい。

 柄の長い大斧――「ハルバード」ってやつかな?――を持っていて、一面の大コボルドよりさらに攻撃の間合いが広そうだ。

 挟み撃ちにならないよう、慎重に距離を取って……いたところ、不意にポックルの姿が消えた。


「…………?」


 ああっ、画面左端に通路の裂け目が残ってる!

 後ろに下がりすぎて、ここから落っこちたんだ!

 まったくの無傷だったのに、予想もしない形でポックルを一人失ってしまった。

 くそー、うかつだった。

 ちゃんと裂け目の部分も画面に映っているのに、中ボス二体に気を取られて、完全に見落としていた。

 これは戦っている最中も気を付けないと、跳ね飛ばされた勢いで裂け目に転落なんて事態も起こり得る……。


 いや、待てよ?


 二体の大オークを同じ位置にまとめ上げ、画面の左側まで誘導する。

 そして反対側に回り込み、ジャンプ攻撃で突っ込んで、一撃、二撃、突き飛ばし!

 サイズ的にちょっと不安だったけど、大オークはそろって画面端――通路の裂け目まで吹っ飛び、そのまま谷底に落下した。


 よし、思った通り!

 自分が落ちる可能性のある場所は、敵を突き落とせる場所でもあるわけだ。

 ハートマーク五個を犠牲にして得られた貴重な情報、しっかり覚えておこう。


 とは言え正直、墜落の危険がある場所は好きじゃない。

 二面の後半は、洞窟内にかかる長大な天然の橋が舞台だった。

 ガードレールなど存在しない細い道、しかもあちこち崩落して穴が開いている。

 映画や小説では、こういう場面で必ず誰かしら落っこちそうになるものだけど、それはさっきもうやった。すでにポックルが一人落ちた。ワンパターンの展開は避けたい。

 ジャンプ時の微調整は相変わらず苦手なので、危険な場所にはなるべく近寄らず、安全第一で前進する。

 幸いここは、敵の数が多くない。

 鍾乳石の陰に潜むコウモリがちょっと鬱陶しいけれど、丸まりジャンプさえ使っていれば、衝突事故を起こしてもノーダメージですむ。


 多分、カールやウィルだと、この場面でかなり苦労するんだろう。

 どのキャラも一長一短。

 ポックルにも、ちゃんと有利な点が存在する。


 穴を飛び越え、コウモリを叩き落とし、オーク鬼を谷底へ突き落としながら前進。

 そろそろ二面ボスかな……と思い始めたところで、洞窟の中が大きく揺れた。

 天然橋にひびが入り、左側から崩れ始める。

 追いすがって来たオーク鬼が、崩落に巻き込まれて墜落していった。もたもたしているとポックルまで同じ運命をたどってしまう。

 慌てて前進。たまに先の方にも穴が開くから、その都度ジャンプで回避。

 ゴール地点、橋の向こう岸が見えたところで、大きく丸まりジャンプ。

 ちょうど放物線の頂点に達するあたりで天井から伸びる鍾乳石にさしかかり……その陰から、ふらりとコウモリが現れた。

 正面衝突して、ポックルが後ろにぽーんと跳ね返る。

 その先に、もう橋は存在していなかった。


 くっ、くやしい! 最後の最後で罠にはまった!


 崩れ行く橋だけを映してスクロールが進み、陸地に到達したところで新たなポックルが画面に舞い降りる。

 反対側から現れたのは、岩石の巨人、ゴーレム。

 どうやらこれが二面ボス。

 いかにも硬そうでパワーもありそう。ただし動きは鈍いと見た。

 ゴーレムがゆっくりとポックルの方へ歩き始める。

 まずは定番のパターンで様子見。ジャンプ攻撃で突っ込み、三連撃を狙う。

 決まった! そのままもう一度三連撃、叩きつけ二回がきれいにクリーンヒット!

 ゴーレムが両腕を振り上げたので、それ以上は欲張らず足元から離れる。

 構わず、ゴーレムはそのまま両腕を振り下ろした。

 大きな両拳が地面を叩き、洞窟内が揺れ動く。

 そして……頭上から、多数の大岩が地面に降り注いで来た!

 一面後半でコボルドが投げつけて来た岩より、さらに数が多い。

 慌てて逃げようとしたものの、ここで斜め見下ろし型の視点が仇となった。落下地点をとっさに判断できず、大岩に押しつぶされてしまう。

 一発でハートマーク消失。

 負けじとこちらも、無敵時間中に三連撃を二回決める。

 そしてゴーレムが両腕を振り上げた時点で退避。降り注ぐ大岩を、必死になって回避する。


 ……ん?

 もしかしてゴーレムの近くには大岩が落ちていない? 安全地帯?


 試しに、ゴーレムが腕を振り上げたタイミングで、懐に飛び込んでみる。

 するとゴーレムは万歳の格好で動きを止め、ぐるんぐるんと両腕を振り回した。逃げる間もなく吹っ飛ばされ、ハートマークをさらに消失。


 接近していると、攻撃パターンが変わる……のかな?

 データが少なすぎて断言はできないけど、とにかくゴーレムに張り付く作戦はダメだ。


 他に策も思い付かず、とにかくヒット&アウェイ、攻撃して、大岩を避けて、また攻撃して――の繰り返しに徹する。

 途中、攻撃を止めるタイミングを見誤ってゴーレムに殴り飛ばされ、またも落下地点を見誤り大岩に潰されて、残りのハートマークをすべて失った。


 ポックル、あと一人。

 しかしゴーレムにも、確実にダメージが蓄積されている。

 もう何度目かの三連撃を食らわせると、ゴーレムはゼンマイの切れかけた人形のような、ぎくしゃくとした動きを見せた。

 これがゴーレムの「息切れ」モーションらしい。画面に右向きの矢印が浮かび上がる。

 まだハートマークは二つ残っているし、クリアは拒否して攻撃続行。

 さらに一回大岩に潰されたものの、どうにかそこでゴーレムを倒すことができた。

 ぼろぼろと崩れ落ちたゴーレムの残骸を後に、画面がスクロールする。

 差し込む光。洞窟の出口。二面クリア。



 登った山は、下りなければならない。

 三面は、道無き道を決死の下山。

 ところどころで道幅が極端に狭くなっていたり、一部が崩落していたりする。

 鎧コボルドとオーク鬼に加え、洞窟では姿を見せなかった狼が再登場。

 不安定な足場で素早く接近されると、攻撃を受けなくとも操作ミスで谷底へ滑落しそうになる。

 いよいよ本格的に難易度が上がって来た。


 途中、コボルドが遠くから弓矢で攻撃して来た。

 一直線に飛ばすウィルと違い、山なりの軌跡で飛んで来るから、避ける余裕は十分にある。

 その代わり、落下地点を予想するのは、まっすぐ落ちてくる大岩よりはるかに難しい。

 地面を歩いてかわす自信が無かったので丸まりジャンプを使ってみたら、飛んできた矢に当たってぽーんと跳ね返り、危うく谷底へ落ちそうになった。

 洞窟でコウモリと衝突事故を起こした時と同じだ。丸まりジャンプは物理法則を無視して大きく「弾む」ものだから、使いどころを誤るとかえって危ない。


 それでも、基本的には丸まりジャンプの方が安心であることは間違いない。

 空中でなにかにぶつかりそうな時は、「弾む」ことを念頭に置いて、地上へ降り立つことに集中する。

 弓矢コボルドへの攻撃に失敗したって構わない。ダメージを受けたわけじゃないし、残り時間にもまだ余裕がある。

 突撃と退避を繰り返し、ようやく立ちはだかる弓矢コボルドの背後へ降り立つことに成功。全員を道から叩き落として、さらに前進。

 最後に上の方から大岩が落ちて来てひやりとしたけど、これもなんとか回避に成功した。無事に山岳地帯を抜け、平地にたどり着く。

 お祝いのように、白フクロウが砂時計の描かれた水晶球をくれた。

 取ると、時間が三十秒加算。

 タイムアウトが近いわけでもないので、ありがたみはちょっと微妙。


 道の先が、ぬかるんだ泥のような黒っぽい色になっている。

 足を踏み入れたら抜け出せない底なし沼……とまでは行かなくても、見るからになんだかイヤな予感。

 直後、風切り音と共に多数の矢が飛来した。

 道幅いっぱい、しかも山なりではなくまっすぐの軌道。とっさに前方にジャンプして、矢を飛び越す。

 画面がスクロールした先には、丸太を組み合わせた柵が立てられていた。向こう側には横一列に整列した弓矢コボルド。

 柵の手前、黒っぽく変色した地面に着地。

 どぷりと湿った音がして、ポックルの下半身が泥の中に埋もれる。


 うわ、やっぱりだ! 沈むと思ったんだ、色合い的に!


 泥の中では動きが遅くなり、しかもジャンプができない。

 柵で前には進めないようだし、とりあえず後ろの乾いた地面を目指す。

 その後ろで、弓矢コボルドたちが新たに矢をつがえた。

 道幅いっぱいの一斉射。慌てて二つのボタンを叩いたけれど、丸まれない。跳べない。

 背後から矢を受けてポックルが倒れる。ここでハートマークが一個消失。

 その代わり、攻撃された勢いでぬかるみを脱出することができた。

 無敵時間が続いているうちに、柵へ向けてジャンプ。飛び越えるのは無理だったけど、攻撃すると柵の一部が小さくフラッシュした。

 柵に対して攻撃が効いてる。でも、三連撃を一回決めたぐらいじゃ破壊には至らない。

 弓矢コボルド、再び一斉射。矢を受けたポックルが、泥の中で引っくり返る。


 あーもう、これじゃ長篠の戦いだよ!

 しかもコボルドが織田で、こっちが武田!


 今度は逃げずに、柵への攻撃を続行。そして破壊しきれず、またも被弾。

 文字通り、泥沼の戦いが続く。

 なにか……なにか攻略法があるはず。でも、それが思い付かない。どうすれば良いのかわからない。

 迷っていても、残り時間が少なくなるだけ。やむを得ず、こちらの被害を無視した力技で押し通ることにした。

 硬直時間の長い突きではなく、叩きつけをひたすら繰り返す。

 ハートマークが消失する。

 ポックルが倒れて画面から消える。

 新たなポックルが現れて、再び柵へと攻撃を続ける。


 ようやく柵の一部が壊れ、ポックルが通過可能になった時点で矢印が表示された。どうやら三面では、この柵が中ボス扱いらしい。

 ただし周囲には、まだ弓矢コボルドが残っている。

 柵が壊れると同時に逃げ散っていたコボルドが、遠くの方で弓をつがえた。

 ポックルは柵を壊した位置から動き始めたばかり。まだ泥の部分を抜け出せていない。ジャンプできない。

 弓矢の一斉射撃を受けて、ポックルが泥の中に倒れ込む。

 ゲームオーバー。


 いや、でも……だけど!

 ほとんど初めての挑戦だった二面をいきなりクリアするなんて、結構すごいんじゃないだろうか。

 今日のプレイをしっかり復習しておけば、三面までノーミスで進むことも十分に可能。それだけの残機とハートマークがあれば、三面クリアだって、四面クリアだって、決して夢じゃない。

 つい笑みが浮かびそうになるのを押し止め、ハイスコアネームを入力してから席を立つ。

 今朝はお昼代の他に、十一月のお小遣いもテーブルに置いてあった。

 帰る前に、本屋さんに寄って行こうっと。


――――――――――――――――――

一九八六年 十一月三日(月)

――――――――――――――――――

 ノーミスで三面まで来られたのは良いけれど、下山時の操作ミスで、ポックルを二人も転落させてしまった。

 さらに途中の行程でハートマーク二個を失い、柵にたどり着いた時には残機一、ハートマーク一個の、土曜日と同じ状況。

 その後も似たり寄ったりの展開であきらめムードが漂い始めたところ、たまたま使った突き飛ばしで、柵の向こうのコボルドが吹っ飛んだ。


 そ……そういうことか!

 行く手を阻んでいるのは「壁」ではなく、丸太を組み合わせた「柵」。

 十分なリーチさえあれば、向こう側に攻撃を届かせることができるんだ!


 残念ながら、今日も柵を抜けられないままゲームオーバー。

 だけどもう、ここの攻略法はわかった。

 次こそ絶対突破してやる。


――――――――――――――――――

一九八六年 十一月五日(水)

――――――――――――――――――

 学校の都合で、一日置いての挑戦。

 二面の洞窟でジャンプに失敗し、ポックルを一人転落させてしまう。

 しかし、それ以外は順調。

「柵」の攻略も、今度こそうまく行った。


 泥の前で一斉射撃を待ち、攻撃の直後に柵までジャンプして、突き飛ばし。

 吹っ飛ばされたコボルドは、再び柵の前に戻って来るまで矢を射ることが無い。そして、他のコボルドもまっすぐ前方に矢を射るだけで、柵に密着したポックルに攻撃を集中させたりはしない。

 戻って来たコボルドにとどめをさせば、その場所はもう安全地帯だ。上下にずれて同じ攻撃を繰り返せば、柵を破壊する前に弓矢コボルドを全滅させることもできる。

 注意点としては、急いで柵を壊さないことぐらい。柵が壊れると弓矢コボルドが遠くに逃げて、攻撃を避けるのが大変になる。

 攻略法がわかってしまえば、難しくもなんともない。

 いくら命令に忠実でも、応用が効かない兵士はもろいなあ。SFでよくあるロボット兵みたい。

 もちろん、どんな状況にも対応できる兵士なんて配備されてたら、難しすぎてゲームにならないんだけど。


 平坦な普通の道に出ると、画面の奥に海が見えて来た。

 海と言っても、その色は重苦しい鉛色。見るからに寒々しい冬の海だ。

 コボルドやオーク鬼を蹴散らしつつ先に進み、やがて、寂れた港町にたどり着く。

 古びた人家。海岸に打ち捨てられた小舟。

 荒れ果てた町の光景が物悲しい。


 船着き場らしき場所で、ボス戦BGMが流れ始める。

 細い桟橋を渡っていると、海から大きな半魚人が這い上がって来て、戦闘開始。

 この半魚人、攻撃するとすぐ海の中に逃げ込んでしまうため、連続してダメージを与えるのが難しい。

 しかも、海から這い上がるところへ接近すると、足をつかまれて海中へ引き込まれてしまう。

 ダメージを受けるのではなく、崖や水中への転落と同じ即死判定。

 完全に海から上がるまではうかつに近寄れない。

 だからと言って距離を取ると、遠くから水の弾を吐いてくる。慌てて画面の上か下へ動き過ぎると、桟橋から落ちてミスになる。


 め……面倒だな、このボス!

 勢いに任せた力押しができないぞ!


 慎重に、丁寧に、間合いと半魚人のリアクションに気を付けながら、攻撃を繰り返す。

 二人のポックルが海の藻屑と消え、残るは一人。しかし半魚人にもかなりのダメージを与えた。

 口からの水鉄砲を飛び越え、ジャンプ攻撃。そして着地と同時に三連撃。

 叩きつけを食らった半魚人が苦しげに身をよじり、海へと転落した。矢印が表示され、クリアを促される。


 ここでぼくは、判断に迷った。

 残機はもう無い。

 ハートマークには余裕があるけど、ここでの死因はすべて海への転落。いくらハートマークが残っていようと同じこと。

 ここは得点や、必ずボスを倒すというこだわりを捨てて、安全策を取るべきか……?


 その逡巡は、ほんの数瞬。しかしそれが命取り。

 ポックルの足下から半魚人の腕が突き出された。息切れ時間が終了していたのだ。

 足をつかまれ、最後のポックルが海中に引っ張り込まれる。

 ゲームオーバー。


――――――――――――――――――

一九八六年 十一月十日(月)

――――――――――――――――――

 や、やっと半魚人を倒せた……。

 初めて対峙したのが水曜日だから……日曜日を除いても五日かかった。

 だけどこれで、ようやく次の面に進むことができる。


 こんなに手こずった原因は、半魚人の強さと言うより、そこまでの過程にあった。

 二面の天然橋や三面の崖下りで、ポックルを転落させてしまうミスが減らないのだ。

 ボロボロになって半魚人の元にたどり着いても、ジャンプ攻撃を決めようとして空振りしたり、近すぎる位置に着地して海に引きずり込まれたり、ひどい時は自分から海の中に飛び込んだりで、残機をすべて失ってしまう。


 とにかくぼくは、ジャンプ時の操作が下手だ。

 にも関わらず、ポックル最大の武器はその身軽さ。画面中を跳ね回るポックルを使っていながら、ジャンプコントロールが苦手と言うのは、ひょっとすると致命的かもしれない。


 桟橋の先で、ポックルは三角帆の船に乗り込んだ。

 四面は、道を歩いて行くのではなく、雪混じりの風を受けて進む船の上が舞台だった。

 画面の約半分を占める甲板で、船体をよじ登ってくる小さめサイズの半魚人や、人間の顔と鳥の身体を持つモンスター――「ハーピー」だな――と戦いを繰り広げる。

 船体の周囲には手すりがあるから、歩いているだけで海に落ちることは無い。

 ただし、ジャンプで海に飛び込むことはできそうだ。わざわざ試したりはしないけど。


 必死にミニ半魚人やハーピーと戦っていると、こちらより一回り大きな帆船が近付いて来て、画面上方から体当たりして来た。

 マストが折れ、船の速度が低下して、船体がじわじわ画面左側に下がり始める。

 さらに、ぶつかって来た船からは、弓矢コボルドが次々と矢を射掛けて来る。


 どうすれば良いかわからず逃げ惑っていると、効果音と共に矢印が表示された。

 右ではなく、上に向かって。

 上……敵の船に乗り移れってことか。

 弓矢で撃墜されないよう、丸まりジャンプで大きく上に飛ぶ。

 画面が上方向にスクロール、ポックルが新たな船の甲板に降り立つ。


 敵船には弓矢コボルドの他にも多くの敵が乗り込んでいた。

 しかも空からは、相変わらずハーピーが襲いかかって来る。

 ザコキャラばかりとは言え、この数は厳しい。

 丸まりジャンプで逃げ回り、隙があれば反撃を試みるものの、いくらなんでも戦力差がありすぎる。コボルド一体すら倒しきれず、その一方でこちらのダメージは増えるばかりだ。

 途中、白フクロウが現れてハートマークを一個補充してくれたけど、正直言って焼け石に水。

 体力だけでなく残り時間も気になり始めた頃……突然、船が氷山に激突した。

 衝撃でポックルが前方に――氷山の上に投げ出される。

 ごろごろ転がり、氷上の平らな部分で停止。

 効果音と共に、右向きの矢印が表示される。


 ……ひょっとして今の、中ボスエリアだったの?


 三面の柵に引き続き、わかりやすいボスキャラが存在しない中間地点の山場。

 面白い……うん、面白かった。先の展開が読めなくてハラハラした。

 この【ノースポール】、いろんな展開があって、まるで映画や小説の世界を体験しているようで、楽しい。


 しかし、のんきに楽しんでいられたのもここまでだった。


 氷山なんだから、当然右に進んでも道は無い。

 その代わり、海上には大小入り乱れた複数の氷山が浮かんでいる。

 矢印が出なくてもわかる。氷山の上を、ジャンプで渡って行くしかない。

 迷っていたところで、海が割れて道ができるわけじゃない。観念して宙に飛ぶ。


 足場が小さい!

 波に揺られて目標地点が動く!

 おまけに氷の上だから足が滑る! レバーを入れてもすぐには歩き出せないし、動き出したらしばらく止まれない!


 あっという間に、残りのポックルすべてが極寒の海に沈んだ。


 帰り道で本屋さんに寄り、ベーマガの十二月号を購入。巻末の「スーパーSOFTコーナー」を確認するも、【ノースポール】の記事は載っていなかった。

 攻略情報が得られなくて残念に思う反面、先の展開を知らずにすんで、少しだけ安堵する気持ちもある。

 でもこのままだと、ぼくのポックルは北の海を渡れそうにない。

 どうしよう……?


――――――――――――――――――

一九八六年 十一月十三日(木)

――――――――――――――――――

 三面の港町の中に一軒だけ、入り口が開け放たれたままの家がある。

 中に入れそうだな……と思って何気なく近付いてみたら、本当に中に入れた。

 画面が切り替わって建物の中。オーク鬼二体が宝箱を守っている。


 知らなかった。こんなところに隠しアイテムがあったのか。

 オーク鬼を倒すと宝箱が開き、靴マークの水晶球が現れた。

 ゲットするとファンファーレが鳴り響き、ポックルの靴が光り輝く。

 ……靴?

 もしかしてこれ、次の面で役に立つんじゃない?


 思った通り、水晶球の効果は四面で発揮された。

 氷の上でも滑らない。普通の地面とまったく同じ感覚でポックルを操作できる。

 おかげで今日は、スリップ事故の発生率はゼロ。


 だからと言ってジャンプ中の操作が上達したわけじゃないから、四面クリアには至らなかったけど……。


――――――――――――――――――

一九八六年 十一月十四日(金)

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 来る日も来る日もポックルに寒中水泳を強いるばかり。

 流れ来る氷山と、邪魔をするハーピーの出現パターンは完全に覚えたし、隠しアイテムのおかげで足を滑らせることも無くなった。

 最近は帰りのバスを遅らせて、一日に二回はプレイしている。


 それなのに、どうしても陸地までたどり着くことができない。

 バスの中で理科Ⅰの宿題をノートに書き込みながら、小さく溜め息をつく。

 そろそろ家族への言い訳でなく、本当に期末試験の対策を始めなくちゃ。

 来週からは、ゲーム・パラダイスに通うのも止めた方がいいだろう。


 もう、見切り時なのかもしれない。

 ポックルではなく、カールかウィルで再挑戦してみるか。それとも【ノースポール】の攻略そのものをあきらめるか。

 でも、くやしいなあ。

 せっかくここまでがんばったのになあ。

 なんとかポックルで全面クリアしたかったんだけどなあ……。


 そんなことを考えていたら、もう降りる停留所が迫っていた。

 慌てて降車ボタンを押し、荷物をカバンに仕舞い込む。

 日はとっくに沈み、外はもう真っ暗。

 タラップを降りると、車内の明かりに照らされて、目の前の地面に影法師が伸びる。



 影…………。


 影!?



 頭の中に【ノースポール】のゲーム画面が蘇る。

 これまでの戦いの場面が脳内で次々と再生されて行く。


 間違いない……間違い、ない!

 あーっ、もうっ! 一面ボス、狼王の攻略法に悩んでいた時よりもっとひどい!

 ぼくはこれまで、あのゲームの一体なにを見ていたんだ!!


 背後で扉が閉まり、バスが走り去ったことにも気付かないまま。

 ぼくはただ、闇雲に喚き散らしたい衝動をひたすら抑え込み続けた。


――――――――――――――――――

一九八六年 十一月十五日(土)

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 午後からも練習のある部活組と一緒に、お昼を食べながら試験範囲の広さを嘆き合う。

 そのまま教科書やノートを持ち寄って、ポイントとなりそうな点の簡単な確認。

 期末試験まで二週間。

 来週からは毎日こういう勉強会が開かれ、参加者も倍増の予定。


 それにしても、勉強会の仕切り役はすっかりぼくで定着しちゃったなあ。

 大した手間じゃないし、勉強会の恩恵はしっかり受けているし、別にいいんだけど。


 約一時間後。

 部活組と別れたぼくは、ゲーム・パラダイスの入り口に立っていた。

 明日からは試験勉強に集中する。

 その代わり、これからしばらくの時間は【ノースポール】のことだけに集中する。

 胸の内でたぎりにたぎったこの想いを解放する。

 小さく深呼吸して気合いを入れ、ぼくは入り口のガラス扉を押し開けた。


 一面、二面とも無傷でクリア。

 ハートマークが減らなかったという意味ではなく、一度も攻撃を受けることが無かった本当のノーダメージ。

 三面は何度かミスしてしまったものの、ハートマークが減るほどのダメージには至らずクリア。もちろん隠しアイテムの靴も確保済み。

 この時点で、ポックルの残機は四人、ハートマークは五個。

 ハートマークは五個までしか増えないので、ベストの状態で海に乗り出せたことになる。

 船上の戦いを経て、問題の氷山シーンへ。

 ぼくの操るポックルは、ここ数日の苦闘が嘘のように、正確な足取りで氷山の上を飛び渡る。


 ――影。


 このゲーム、空中にいるキャラクターはすべて地上に影を落とす。

 影は、対象キャラの真下に存在している。空中のキャラが地面に降り立つ位置は、影のある場所とぴったり一致する。

 斜め見下ろし視点のゲームは、確かに空中での位置が把握しづらい。

 そのため、補足となる情報が最初から画面に表示されていた。

 表示されていたのに……ずっとぼくは、見落としていた。

 視野が狭かったと言うか、なんと言うか……昨夜は布団の中で枕を抱え、自己嫌悪に悶え苦しんだけれど……。


 でも、気付いてしまえばこれは強力な武器。

 上から落ちてくる大岩も、放物線を描いて飛来する矢も、影から落下地点を予測できる。

 ジャンプ攻撃を失敗することも減ったし、たとえ飛び移る先が揺れ動く小さな氷山でも、着地地点にポックルの影を合わせることで、正確に着地することが可能――!



 氷山シーンに挑戦を始めてから五日。

 ようやくぼくは、北の海を渡り切った。



 凍てついた大地に待ち受けていたのは、白く巨大な狼。

 あれ、もしかして一面狼王の色違い? ボスキャラの使い回し?

 ……と思っていたら、ポックルの後を追うように画面左からもう一頭、白い狼が現れた。

 使い回しは使い回しでも、今度は二頭、しかも挟み撃ちの態勢だ。下手をすると両側から袋叩きにされる。

 なんとかして一カ所にまとめることができれば……いや、それは難しい。二頭の動きを完全に同期させるのは、ほとんど不可能じゃないだろうか。

 それなら……うん、最速で一頭を片付ける。恐らくはそれがベスト。


 二頭の白狼が、交差するように突進を開始する。

 ジャンプで回避し、画面中央寄りで行う例の誘導方法を使って、一頭だけに攻撃を集中させる。

 幸いなことに、白狼二頭の行動パターンは一面ボスの狼王とまったく同じ。

 ならば、読める。

 どちらの白狼がどのタイミングで突っ込んで来るか、正確に予測できる。

 一度はムダな努力だったと後悔した狼王の徹底分析が、ここに来て大いに生きた。


 回避のため、度々攻撃が中断させられる。

 硬直時間を避けるため、突きはおろか、叩きつけすら滅多に使えない。

 それでもぼくの操るポックルは、着実に片方の白狼へダメージを蓄積させていく。

 ついに、攻撃していた白狼が膝をついた。

 タイミングよく、もう一頭も遠吠えの真っ最中。ここぞとばかりに三連撃を二回決め、弱った白狼にとどめを刺す。

 残り一頭となった白狼は、もう一面ボスの狼王となんら変わりが無い。

 四面クリア。



 五面が始まる前にデモが流れた。

 オープニングにも使用された、雪原にそびえ立つ巨大な氷の柱。

北極柱ノースポール」。

 空にオーロラは無く、柱自体の輝きも失われたままだ。

 画面が切り替わり、北極柱を目指して進撃する黒いモンスターの群れが描かれる。


 ――ゴブリン!


「サンタ・クロースからの手紙」における最大の災厄、ゴブリンが登場した!

 さらに画面が切り替わり、ゴブリンの群れのさらに外、小高い丘の上に立つポックルが表示された。

 目指すは北極柱。ゴブリンの集団を突っ切った先に、旅の目的地がある。

 いよいよ最終決戦。

 五面目は、まず間違いなくこのゲームのラストステージ。


 雪の丘を下るシーンから、五面はスタートした。

 三面の崖下りのような、足を踏み外せば即座に真っ逆さまといった感じの険しい道じゃない。

 ただ、雪面のあちこちに、ひびとか、陥没とか、不自然な盛り上がりとかあるのが気にかかる。


 果たして、ひびの部分に近付くと雪が崩れ落ち、底の見えないクレバスになった。

 不自然な盛り上がりからは弓矢コボルドが現れ、矢を射掛けて来た。

 矢を避けようとして陥没部分に近付いた結果、深みにずぼりと半身が埋まってジャンプ移動が封じられた。すかさずコボルドやオーク鬼が、寄ってたかってポックルを攻撃する。

 三面の「長篠の戦い」で学んだこと。こうなったら多少のダメージはあきらめて、無敵時間中に深みを抜け出す方がいい。

 脱出できたら、丸まりジャンプで周囲の敵に体当たりを繰り返し包囲網を脱出。

 深みを避けながら、周囲の敵を一掃。


 まさしく総力戦だな。

 油断ひとつで、あっという間に大ダメージを受けかねない。

 それでもゴールまではあとわずか。なんとしても押し通る。

 ここまで来てエンディングが拝めないんじゃ、悔しくて明日からの試験勉強に集中できない。


 空中からハーピーが、地上から通常サイズの狼が、野獣の素早さで襲いかかって来る。

 鎧コボルドとオーク鬼が、フォーメーションを組んでポックルを取り囲む。

 氷の橋を渡っていると、後ろから、さらに前方までが、ぼろぼろと崩れ始める。しかも対岸では弓矢コボルドが矢をつがえ、一列に並んで待機している。

 敵の猛攻の前に、ついに一人目のポックルが雪の中に倒れた。

 でも、こっちだって負けてない。

 クレバスや谷底に落ちるような一発死はなんとか回避。ダメージを受けても無敵時間中に反撃の態勢を整え、被害を最小限に抑える。


 ギリギリの攻防の中、ぼくは必死に思考を働かせる。

 物語の中で戦士が頼りにする物と言えば、類いまれなる反射神経だったり、戦いの中で培われた「勘」だったりするんだろうけど、生憎ぼくにそんな持ち合わせは無い。

 だから、目の前の状況すべてを元に考え続ける。

 現在出現しているキャラは、それぞれどんな行動パターンだったか。

 現在の画面構成なら、どんな罠を仕掛けることができるか。

 そして……このゲームの開発者は、どうやってプレイヤーの裏をかいて来るか?

 どうやってこちらにダメージを与えようとして来るのか?


 ハートマーク二つを失ったところで、スクロールが停止した。

 中ボスエリアで登場したのは、大コボルドが二体、大オーク鬼が二体。

 こいつらは狼王ほどの強敵じゃない。

 数が増えたところで、落ち着いて対処すれば十分勝ち目はある。


 ……と思った矢先、地面が一斉に崩れ落ちた。


 為す術などあるはずもなく、中ボス四体と一緒にポックルも墜落する。

 落ちた先は、薄暗い洞窟の中。

 全員ダメージを受けた時と同じ転倒パターンが表示されたけれど、幸いこれは画面上の演出だけだったらしく、ハートマークの減少は無かった。


 一連の急展開に、驚くと言うより呆気に取られる。

 次いで、周囲の壁面に動物の絵や不思議な文様がびっしりと描かれていることに気付き、笑いが込み上げて来る。

 やっぱりプロのゲーム開発者ってすごい。たかが高校生には予想もできない展開を盛り込んで来る。

 ここ、「サンタ・クロースからの手紙」に出て来たゴブリンの洞窟だ。

 唐突に地面が崩れることも予想外なら、ここに来て「サンタ」世界の名場面が出て来ることも完全な不意討ちだった。


 中ボス四体が起き上がる。

 さらに岩陰から小柄で真っ黒なモンスター、ゴブリンが姿を現す。

 中ボス戦、再開。


 ゴブリンの動きがいやらしい。なかなかポックルの攻撃範囲に入ろうとせず、遠くからちくちくと槍を投げて来る。

 怖いのは槍のダメージそのものより、攻撃を受けて動きが止まること。

 中ボスが四体もいると、一瞬の停滞が命取り。大きな武器で殴り飛ばされ、ハートマークを確実に奪われる。

 どうにか大コボルドと大オーク鬼一体ずつ撃破。しかしその直後、三連撃後の硬直時間を狙われてゴブリンが迫り寄り、至近距離から槍の一突きを食らってしまった。

 動きが止まっているところで大オーク鬼の攻撃を食らい、最後のハートマークが消失。

 残りのポックルは二人。


 中ボス戦の犠牲は一人ですんだ。だけど、その後の攻撃も厳しい。

 コウモリに乗ったゴブリンが空中から槍を投げて来たり、飛び越そうとした穴から突然マグマが吹き出したり、二面の洞窟には無かった要素でダメージが蓄積される。

 ハートマーク、残り一つ。頼りの白フクロウも姿を現さない。

 やがてたどり着いた上り坂。行く先には光が差し込み、しかもBGMがフェードアウトした。

 この演出は、いよいよ最終面ボス!


 ……と喜んだところで、いきなり大量の岩が転がって来た。

 一瞬の油断を突かれ、押し潰される。

 残るポックル、あと一人。


 洞窟を抜けてすぐに画面スクロールが止まる。

 緊迫感あふれるBGMと共に現れたのは、巨大なドラゴン。


 ――ドラゴン!


 うん、やっぱり西洋ファンタジーにはドラゴンだよね。

 強敵であることは間違いない。

 でも、大好きなモンスターの登場に胸が高鳴る。


 しかしよく見ると、このドラゴン、首輪を付けられて背中にゴブリンを乗せている。

 作品によっては神にも匹敵する存在とされるドラゴンが、「サンタ」世界においてもドブネズミ呼ばわりされるゴブリンに飼い慣らされているのは、なんだかいたたまれない。

 そんな立場に甘んじてていいのか、ドラゴン。


 別に、ぼくの同情めいた思いを感じ取ったわけではないだろうけど。

 ドラゴンは天に向かって雄叫びを上げ、翼を広げてポックルへ攻撃態勢を取った。

 いけない、集中。

 このドラゴンを倒せばエンディングのはず。全面クリアまであと少し。

 とは言え、まだこのドラゴンがどんな攻撃を仕掛けて来るのかわからない。

 まずは様子見、丸まりジャンプで相手の出方を確かめる。



 ――数十秒後、ドラゴンの吐く炎に焼かれて、最後のポックルが雪原に倒れた。



 自分よりも先に、周囲から複数の嘆声が上がった。

 いつの間にか、複数のギャラリーが【ノースポール】の筐体を取り囲んでいた。

 中には<TET>や<SPC>さん、ちょっと離れた位置からは<MOR>までこちらに視線を向けている。

 これまでもプレイしているところを見物されることはあったけど、これほどの大人数、それもゲーム・パラダイスのトッププレイヤーから観戦されるなんて初めてのことだ。

 おかげでゲーム中より緊張してしまい、ハイスコアネームを入れ間違えて<HAM>になってしまった。

 最後の最後に恥の上塗り。


 カバンを持って席を立つ。

 だけど、今日はまだ帰らない。今の状態で帰っても勉強に集中できるわけがない。

 とりあえず自動販売機に移動して、冷たいオレンジジュースで一息入れる。

 ゲーム・パラダイスの自販機は紙コップ式で五十円。

 缶ジュースの半額で買えるのが、高校生の財布にはありがたい。


 その後、席が空くのを待って再挑戦。

 ポックル二人を残してドラゴンと対峙するも、返り討ちに遭う。

 気分を変えるため、近くの本屋さんでしばらく過ごす。

 戻って来て三回目の挑戦。

 展開は二回目とほとんど同じ。クリアならず。


 今度はオレンジジュースではなく、ミルク入り砂糖無しのホットコーヒーを選んだ。

 ぼくがコーヒーを飲むのは、基本的に試験勉強の時だけ。

 カフェインの効果とやらは今ひとつ実感できずにいるけど、この熱くて苦い液体を口にすると気持ちが引き締まる。

 試験勉強の時と同じ状態で目の前の問題に集中できるよう、頭のスイッチを切り替える。


 ドラゴンは「噛み付く」「炎を吐く」「しっぽでなぎ払う」「空を飛んで急降下」など多彩な攻撃パターンを持っている。

 しかも、炎や真上からの体当たりは丸まりジャンプでも防げず、ダメージを受けてしまう。

 それだけでも大変なのに、さらに厄介なのは、画面左端でぽっかり口を開けたままの洞窟からゴブリンがどんどん湧いて出ることだ。

 ゴブリンは、耐久力こそ少ないものの、近くにいる時は槍で突き、遠くにいる時は槍を投げ、さらにはコウモリに飛び乗って上空からまで攻撃を仕掛けて来る。

 画面内どこにいても、まったく油断できない。

 そんなゴブリンが、倒しても倒しても、新しく洞窟から補充される。

 切りがないので放っておいたら、最終的に十体以上にも増えてしまった。

 こうなるともう攻撃どころではなく、逃げ回っているうちにドラゴンからとどめを刺されてしまう。


 なら、どうする……?


 ドラゴン自身ではなく、背中に乗っているゴブリンを倒せないかと思い、試してみた。

 背後に回り込んでゴブリンの辺りに一撃を食らわせても、他の部分を攻撃した時となにも変わらなかった。

 次に、洞窟を塞ぐ方法が無いか探してみた。

 こちらもハズレ。ボスエリアに到達する前からあちこち攻撃してみたけど、洞窟を崩落させるような仕掛けは見つからない。

 港町にあった靴のように、なにか隠し要素を見落としている可能性は否定できない。

 でも、あるか無いかもわからないお宝を探してプレイするのは効率が悪すぎる。そんな余裕は、今のぼくには無い。


 そもそも、現在わかっている情報でドラゴンを倒すことは不可能なんだろうか?

 隠し要素に頼らないと、絶対にクリアできないボスなんだろうか?


 ドラゴンだけなら……多分、なんとかなる。

 ドラゴンの攻撃力は絶大だ。食らうと問答無用でハートマーク一つを失ってしまう。

 だけど、その攻撃にはすべて予備動作がある。前兆さえ見逃さなければ対応できる。

 むしろ問題なのは、ゴブリンの群れ。

 数が増えてしまうと、どうしようもない。一体や二体ならまだしも、それ以上出現してしまうと手に負えない。


 ……なんだ。

 落ち着いて問題を分析すれば、答えは自然と導き出された。

 ゴブリンをできるだけ出現させない。目安は二体。

 それまではドラゴンを攻撃し、ゴブリンが増えそうになったら攻撃対象を切り替える。


 空になった紙コップをゴミ箱に捨てて【ノースポール】へ向かう。

 本日四度目、そして最後の挑戦。

 時刻はすでに夕方。さすがにこれ以上は集中力が持たないだろう。

 なにより次のバスを逃すと、帰る頃には真っ暗。家族へ言い訳するのが大変になる。


 筐体の前では、ぼくと同じくお昼からずっと残っている<MOR>がポケットを探っていた。

 プレイしようとしていたはずなのに、ぼくに気付くと丸椅子の前を離れてしまう。

 どうやら、順番を譲ってくれたらしい。

 なんだかんだで半年の付き合い、なにも言われずともそれぐらいの気遣いはわかる。

 ありがたく席に座らせてもらい、五十円玉を投入。

 スタートボタンを押し、キャラクター「ポックル」を選択。

 オープニングデモが流れている間、両手の指を軽く動かして戦闘に備える。


 一面……ノーダメージクリア。

 二面……ボス戦で一回だけ岩にぶつかった。ミスはそれだけ。

 三面……半魚人との戦いでハートマーク一個を失ったものの、クリア後に回復。

 四面……最終面への意気込みで集中力が増しているのを感じる。ノーダメージクリア。


 五面の中ボス戦で、ハートマーク二個を失う。

 攻撃力の大きいキャラとゴブリンの群れが組むと、本当に危険極まりない。

 それでも「ゴブリンを増やさない」対応の予行演習にはなったと思う。

 あとはドラゴンまで一直線。

 強キャラがいない状況でどんなにゴブリンが湧き出そうと、ぼくの操るポックルは止められない。


 雄叫びを上げるドラゴンに先制攻撃。

 強烈なドラゴンの反撃を食らわないよう細心の注意を払いつつ、着実にダメージを与え続ける。

 何度もプレイしていると、洞窟の出口からゴブリンが出現するタイミングが読めて来る。

 たとえドラゴンを攻撃している最中でも、その時が来ればゴブリンの撃退に急行。

 大事なのは、洞窟付近にドラゴンを寄せ付けないこと。

 もし洞窟の近くに移動されたら、全力で反対側へ誘導する。

 ドラゴンがいると、いざゴブリンが現れても攻撃を邪魔される可能性が高い。

 その時になって洞窟の前からどかそうとしても遅い。事前準備が大事。戦いの舞台は、最初から画面右側に限定するよう心がける。

 もっとも、ドラゴンを誘導するのは簡単じゃない。

 ドラゴンの攻撃範囲は広く、移動にも空中という選択肢が加わっている。なかなかこちらの思い通りに動いてくれない。


 それでも……。

 噛み付かれ、踏みつぶされ、炎に焼かれながら、画面の右側を中心に戦いを押し進める。

 そして、ゴブリンが出現しそうになれば洞窟の出口へ急行する。

 敵も総力戦なら、こちらもこれまでの経験すべてを駆使した総力戦。

 ポックルが一人倒れ、二人倒れ、しかし懸命に食い下がる。

 ゴブリンの増援を食い止めつつ、ドラゴンへの攻撃を繰り返す。


 やがて。

 ついに。


 ドラゴンがその長い首を大きく反らし、苦しげに身をよじった。

 背中のゴブリンは振り落とされないよう必死にしがみついている。

 効果音と共に矢印が表示される。

 当然、拒否。ここまでがんばって、中途半端な判定勝ちなど許せない。

 息切れから復活したドラゴンに噛み付かれ、その間に数体のゴブリンが洞窟から現れる。

 もちろん、その程度の増援で戦況は揺るがない。揺るがしたりしない。


 ポックル渾身の突き飛ばしで、ドラゴンが再度、大きく仰け反った。

 BGMが消え、ドラゴンの絶叫のみが響き渡り、そしてゆっくりとスローモーションで雪原に倒れ込む。

 残ったゴブリンが洞窟の中へ逃げ戻る中、ポックルが自動で右へと移動を始める。

 画面がスクロールして、巨大な氷柱――ノースポールが現れる。


 ノースポールには、凍り付いた扉が付いていた。

 扉……? ひょっとして、ノースポールって氷の塔?

 ポックルがフキを振るうと、扉を閉ざしていた氷が砕け散る。

 効果音と共に開け放たれる扉。中に足を踏み入れるポックル。

 画面が暗転し、タイムボーナス、ボスのスコア、残機ボーナスが点数に加算。

 そして、静かな音楽と共にエンディングデモが始まった。


 ノースポールの中には、女神の氷像があった。

 その氷像が光に包まれ、赤と白のドレスをまとった女神の姿へ変わる。

 画面が切り替わり、ノースポールのバルコニー。

 BGMが一気に盛り上がる中、ポックルを従えた女神が魔法の杖を振るう。

 かすかに星が瞬くだけだった漆黒の夜空に、鮮やかなオーロラが輝き浮かぶ。

 寂れた港町に、荒れ果てた大地に、次々と生命の輝きが戻って行く。

 世界は救われた。

 ポックルが――ぼくの操るポックルが、女神を復活させ、世界を救った。


 ……まずい。

 ごくごくありふれた、なんでもないストーリーなのに、目頭が熱くなってしまった。

 クリアした。

 とうとう【ノースポール】を全面クリアしたんだ。


 エンディングデモが終了し、ハイスコアネームの入力画面になる。

 沸き立つ感情を抑えながら<HAL>と入力。

 到達ステージが「ALL」になっているのを見て再び熱い物が込み上げる。


 席を立つと、予想以上に多くのギャラリーが筐体を取り囲んでいた。

 相変わらず言葉を交わすことは無いけれど、軽く微笑んだり、小さく頷いたり、祝福のような仕草を見せてくれる人もいる。

 明らかに最後まで見ていた<MOR>は、ぼくと視線が合う前に体感ゲームの方へ歩き去った。

 その後を追うように、エプロン姿のお姉さんがポケットから煙草を取り出しながら通り過ぎて行ったけど、こちらは今のプレイを見ていたのかどうか、ちょっとわからない。


 足元に置いたカバンを持ち、なんだかふわふわした足取りでゲーム・パラダイスを出る。

 停留所のベンチに座り、機械的な動作で教科書を取り出して、開いたページに書かれている英文に目を走らせる。


 物の見事に、まったく頭に入って来ない。


 今は……今ぐらいは、達成感で頭をいっぱいにしてもいいかな?

 そうするべきかな?


 教科書の下で、ぎゅっと右手を握りしめる。

 誰に見せることもない、小さなガッツポーズ。

 今日、ぼくは、生まれて初めてビデオゲームを全面クリアした。



 それにしても……と小さく思い出し笑いがこぼれたのは、そろそろ頭も冷えた夜のこと。

 赤と白のドレスをまとった女神って、あれ、サンタ・クロースがモデルだよね。

 まさか、サンタを女神にして登場させるとは思わなかった。

 海外には熱狂的なトールキンファンが数多くいると聞いたけど、そういう人たちがあのゲームを見たら、一体どんな感想を抱くんだろう。

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