【STAGE-4】

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一九八六年 十二月五日(金)

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 期末試験もどうにか乗り切って、年内の予定と言えば、もう冬休みを待つぐらい。

 うちのクラスでは、終業式が終わった後クラスメイトの家族が経営している喫茶店でパーティーを開くことになっていて、教室の中には『南』らしからぬ浮き足だった空気が流れている。

 ここしばらく、委員長から最近興味があることをあれこれ聞かれるようになったのが、悩みとも言えないほどの小さな悩み。

 真面目な委員長が相手でなくとも、やっぱり『南』でゲームの話題を持ち出すのは怖い。

 まして、ぼくが興味あるのはファミコンやセガ・マークⅢと言った家庭用ゲームでも、PCやX1やMSXと言ったパソコンゲームでもない、校則違反ギリギリのアーケードゲームだもの。


 試験前に【ノースポール】をクリアして三週間。

【アルゴスの戦士】や【アルカノイド】、そして【スペースハリアー】を間に挟みつつ、ぼくは【ノースポール】のプレイを続けている。

 もう安定して全面クリアできるようになったし、調子が良ければノーミスクリアだって行ける。

 でも、<SPC>さんと<TET>にハイスコアで及ばない。

 ぼくの知る限り、ゲーム・パラダイスにおける現時点のハイスコアは<SPC>さんの四十二万点。<TET>の三十九万点がそれに続き、ぼくは三十四万点がせいぜい。


【ノースポール】は、複数の敵を同時に倒すと、その数に応じて点数が二倍、三倍と積算される。

 コボルドを一体倒すと、その点数は二百点。

 三体同時に倒すと、一体の得点は二百点×三の六百点。

 三体の合計で六百点ではなく、一体の得点がそれぞれ六百点になるので、合計すると六百点×三の千八百点。一体ずつ倒した時と比べ、その差は千二百点にもなる。

 攻撃を当てるだけではダメで、適用されるのはあくまで倒した時のみ。

 弱らせた敵を一カ所に集め、まとめてとどめを刺すのが【ノースポール】における点数稼ぎの基本テクニックとなる。


<SPC>さんの操るカールは、パワーファイターの特長を最大限に生かして大量の敵を一気に片付ける。

 なにせカールの三連撃は、息切れしてない敵も倒してしまうほどの破壊力を持つ。

 そして<SPC>さんは、自分の攻撃した敵がどれぐらいのダメージを負っているか、常に把握している。

 出現した敵に細かく攻撃を加えて行き、タイミングを見計らって三連撃で殲滅!

 その瞬間は、何度見ても「爽快」の一言に尽きる。


 対する<TET>の操るウィルは、とにかく弓矢の使い方が洗練されている。

 弓矢は攻撃力が低いし、剣と違って一度に一体しかヒットしない。

 遠くまで攻撃できるから便利そうに見えるけど、実はかなり使い勝手の悪い武器だ。

 ただ、弓矢には当たった敵をその場で硬直させる効果がある。しかも、残り体力が少ないほど硬直している時間は長くなる。

<TET>は、弱った敵を弓矢で足止めし、一カ所にまとめあげる方法を得意としていた。

 倒さないよう、散らさないよう、敵をひとかたまりにして行く技量は他のプレイヤーの追随を許さない。

 見ていると感嘆の溜め息が漏れてしまう。


 一方、ぼくの操るポックル。

 最大の特長は身の軽さ。移動速度もジャンプ力も、カールやウィルより遙かに勝る。

 そして、いざと言う時とても頼りになる丸まりジャンプ。

 この特殊攻撃、どうやら敵を倒すことができないらしい。

 自分でも「まさか?」と思って色々試してみたけど、どんなに攻撃を続けても敵が死なない。息切れ状態にしかならない。

 丸まりジャンプだけひたすら当て続けていると、最終的にはフキで一発小突いただけで倒れるようになるから、ダメージ自体は与えている。

 でも、相手の体力を0にすることはできない。丸まりジャンプというのは、そういう技らしい。

 この変わった特性を利用すれば、出現する敵を倒すことなく体力だけを削って、最後にまとめて倒すという点数稼ぎが可能なはず。

 しかし実際にやろうとすると、これがなかなか難しい。

 非力なポックルの場合、最低でも息切れ状態、中ボスクラスならそれ以上にダメージを与えておかないと、三連撃を当てても倒しきれない。

 かと言って丸まりジャンプだけでそこまで体力を削るのは、残り時間的にムリ。そして普通の攻撃を織り交ぜると、すでに十分弱らせた敵を攻撃に巻き込んで倒してしまうリスクが上がる。

 焦って、失敗して、ハイスコア更新どころか全面クリアすら危うくなる。

 こつこつ練習しているのに、なかなか結果に結びつかない。


 今日なんて一面中ボスの大コボルドで、最初のポックルがやられてしまった。

 うう、恥ずかしい。今のみっともないプレイ、何人ぐらいに見られちゃったんだろう。

 全面クリアした時の残機ボーナスは、一人につき一万点。

 これを失ってしまえば、もうハイスコアの更新は絶望的。


 さりとて貴重な五十円、捨てプレイで浪費するのはもったいない。

 ふと思い付いて、ぼくは狼と大コボルドを全部息切れ状態にして、倒さないまま先へと進んでみた。

 坂道を駆け上がり、崖の上のコボルドを地面に叩き落とす。そのまま全員を引き連れ、狼王の元へ。


 これだけの敵と狼王を一緒に倒せれば、スコアは大幅に伸びる!


 ……と言っても、実はボスには同時撃破ボーナスが適用されない。

 ボスの点数は、タイムボーナスと同じでステージをクリアした時に計算される。

 狼王は五千点で、この点数はどんな倒し方をしても変わらない。

 がんばってコボルドと狼王を一緒に倒したのに五千点のままだった時は、ちょっと泣きたくなった。

 それでも、中ボスである大コボルドの点数は千点。ザコでもボスでも巻き込んで五倍にしてしまえば、狼王をもう一体倒すのと同じ点数になる。

 狼王とザコキャラを同時に倒すのは本当に大変だから、ボスの手前で一旦止まって挑戦した方がいいかもしれないけど、そこはまあ勢いってやつ。

 少なくとも一度はボスとコボルドを一緒に倒せたんだし、試しにやってみる。


 実験は思ったよりスムーズに進んで行った。

 すでに狼王の攻撃パターンは身に染みついている。周囲にザコキャラがいたところで、「ちょっと鬱陶しい」以上の障害にはなり得ない。

 最初に狼、次いでコボルドと大コボルドが息切れ状態に陥る。

 あとは狼王を息切れさせて、全員を同じ場所で倒すことができれば……と思ったのに、本当に難しいのはここからだった。

 当然ながら、ザコキャラが息切れ状態に陥り、そこから回復するタイミングはみんなバラバラ。

 あっちが息切れを始めればこっちが回復し、そっちを息切れさせれば残り全員が回復してたりする。


 ようやく狼王が息切れを始めたので、動き始めた大コボルドを誘導して一緒に攻撃する。

 最初の攻撃で、大コボルドだけが息絶えた。

 おまけに狼王が息切れから回復して、離脱が間に合わず、体当たりを食らってしまった。

 同様に、散々痛めつけたザコキャラはちょっと攻撃しただけでどんどん倒れて行く。狼王と一緒に倒すどころか、二倍、三倍の同時撃破ボーナスすら入らない。

 最後は狼王だけが生き残り、タイムオーバーの警告音が鳴り出したところで孤独にご臨終を迎える。

 ほぼすべてのキャラを単発で倒したうえ、タイムボーナスもほとんど無し。

 一面クリアだと言うのに、胸の内は敗北感でいっぱい。


 結局この日は、四面の氷山渡りに失敗してゲームオーバーになった。

 ハイスコアどころか最終面にも到達できない体たらく。

 今日は本当にひどいプレイだった……。


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一九八六年 十二月六日(土)

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 どうせなら、一面に出てくる敵を全員狼王のところまで連れて行ってみよう。


 そう思いついて、コボルドも鎧コボルドも倒さないまま突っ走る。

 中ボスエリアで大コボルドと狼を相手にしていると、後ろのコボルドたちが追いついて画面が賑やかになる。

 倒すだけならどうとでもなる。でも、全員を同時に息切れさせるのは難しい。


 大丈夫。

 ここでは、慌てず騒がず大コボルドの体力を減らしておき、残りは倒さないよう気を付けておけばいい。

 すると……ほら来た、白フクロウ。

 落雷で全員が麻痺している間に先へ進む。


【ノースポール】の敵キャラはマップ上に配置……つまり、主人公が決められた位置まで進むことによって、その場所に配置された敵が出現するシステムになっている。

 だけど、お助けキャラの白フクロウだけは、時間によって登場タイミングが決められている。

 一面の場合、急いで進めば崖の上で登場することが多いけれど、進まず待っていればそのうち白フクロウが雷の水晶球を運んで来てくれる。

 タイムボーナスが犠牲になるのは、この際目をつぶるとしよう。


 崖の上のコボルドを地面に叩き落とし、これも相手をせずまっすぐ狼王の元へ。

 ザコキャラが来る前に、なるべく多くのダメージを狼王に与える。じきにコボルド三体、狼二体、大コボルド、その他諸々が続々と集まって来る。


 集まりすぎて、キャラの画像がまともに表示されなくなった。

 あるタイミングから、敵の姿がちらちらと明滅するようになり、やがてはっきりと身体の一部が欠け始める。

 キャラクターオーバー、もしくはスプライトオーバーって呼ばれる現象だっけ。

 ゲームのキャラクターは「スプライト」という技術で表示されているんだそうだ。

 ただし表示できる数に限りがあり、それを越えると消えてしまう。家庭用のゲーム機やパソコンに比べ、アーケードゲームはかなり多くのスプライトが表示できるらしいけど、限界があることは変わらない。

 キャラが完全に消えてしまったりはしないものの、こう画面がちらついたんじゃ、やっぱりプレイしづらい。

 攻撃を外したり、思わぬところでダメージを受けたりのミスが増える。


 ……こういう現象が起きないよう、もう少しなんとかできなかったのかなあ?


 胸の内でゲーム開発者への不満をつぶやきつつ、狼王にフキを、その他の敵には丸まりジャンプを当て続ける。

 苦労の甲斐あって、いい感じに全員の体力が削れて来た。

 途中でコボルドを一体倒してしまったけれど、これぐらいは許容せざるを得ないだろう。

 ちょうどザコキャラが集まっている地点に、狼王が着地する。

 普通の攻撃では弱ったモンスターを倒してしまう。

 ここは丸まりジャンプで、多少なりとも狼王の体力を削るように……。


「あ」


 丸まった状態のポックルが、狼王の背中と画面右端の狭いスペースに挟まった。

 ピンボールで丸いバンパーに挟まれた時のように、ポックルが連続して小刻みに跳ねる。

 不意に効果音が止まり、ポックルが地面に降り立って、画面が右側にスクロールを始めた。

 せっかく弱らせた敵をすべて置き去りにして、洞窟の中へ足を進めるポックル。

 一面クリア。


 やっちゃった……。

 連続丸まりジャンプで、狼王まで息切れ状態になったんだ。

 大きな敵に画面の端で丸まりジャンプを使うと、たまーに今のような連続攻撃になる。

 タイミングも位置関係も難しいし、じきに上の方へ飛び出してそこまでの大ダメージを与えられるわけでもないから、狙ったことなんて一度も無い。

 それなのにまさか、こんな場面で決まってしまうとは……。


 二面のゴーレムは、直前に橋が崩れるからザコキャラを連れて行くのはムリ。

 三面の半魚人は、うかつに近寄ると海の中に引きずり込まれるので、ザコキャラと同時撃破を狙うのは一面以上に難しい。

 ここでもう無謀な実験はあきらめた。

 無難に四面、五面をクリアして、とりあえず女神と世界だけ救っておく。

 スコアは三十万点ちょい。自己ベストを四万点も下回るとは、まったくもって情けない……。


 溜め息をついて顔を上げると、脇の通路をお姉さんが通り過ぎて行った。

 いつものように、手には煙草の箱がある。

 あのお姉さん、結構なヘビースモーカーでありながら、煙草を吸う時はいつも外なんだよね。

 それを見ならってか、ゲーム・パラダイスではお店の中で喫煙する人がほとんどいない。おかげで制服に臭いが付くこともなく、すごく助かってる。

 職員室やバス停で煙草の煙に触れる機会があるとは言え、毎日その臭いを染みつかせていたら、さすがに怪しまれるもんなあ。


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一九八六年 十二月八日(月)

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 お休み明けの月曜日、【ノースポール】の前で凍り付いた。


 現在のハイスコアは十六万点。

 点数だけなら、全然大したことはない。


 だけど、到達ステージが三面ってのはどういうこと?

 しかも使用キャラはポックル?


 ぼくの普段のプレイだと、一面クリアで五万点、二面クリアで十万点前後というところ。

 三面クリアでようやく十六万点を超えるけど、これはボスを倒してからの話。この場合、ハイスコア画面に表示される到達ステージは四面になる。

 三面の途中で十六万点というのは、ぼくの経験ではあり得ない。


 ハイスコアネームを見て、さらに驚愕。


 <BNG>!?


<TET>や<SPC>さんに並ぶ、トッププレイヤーの一人じゃないか!

 これまで【ノースポール】には手を出してなかったのに、なんで今さら!?



 動揺を静めるため、自動販売機へ移動。

 ホットコーヒーを口に含みながら考える。


 一面ボスですべての敵を同時に倒して、二面も同時撃破ボーナスを最大限に生かせば、<BNG>のスコアも達成できる……?

 頭の中で電卓を叩く。

 計算上は……可能だ。

 一面に出て来る敵を、狼王も含めて全部同時に倒せたら、一面クリア時のスコアはざっと七万点ほどになる。

 二面でも同じことをやれば、三面の途中で十六万点に到達するだろう。


 でもこれ、現実的にはまず不可能。

【ノースポール】のザコキャラの動きにはランダム性がある。完全にパターン化することはできない。

 一面と二面の両方で、すべての登場キャラを一度に倒すなんて、奇跡の領域だ。そんなの<SPC>さんや<TET>だって成功していない。

 なにより、そんな神がかった腕があれば全面クリアなんて余裕のはず。

 にも関わらず、<BNG>の到達ステージは三面。<BNG>は、まだ【ノースポール】に慣れていないと考えるのが自然だろう。

 なにかあるんだ。

 初心者の<BNG>にも実行できる、隠された攻略法が……。


 自分でも意外なほど「くやしい」という気持ちが抑えきれない。

 ずっと遊んで来た【ノースポール】に、自分の知らない攻略法が存在した。

 ずっと使って来たポックルで、その攻略法を実践された。

 そのことが、本当にくやしい。

 このまま黙って見過ごすなんて、とてもできない。


 空っぽになった紙コップをゴミ箱に入れて、自動販売機の脇を離れる。

 向かう先は【ノースポール】……ではなく、お店の出口。

 今【ノースポール】をプレイしても、<BNG>の記録には届かない。例えハイスコアを塗り替えたとしても、それだけじゃ<BNG>を越えたことにはならない。

 今日は、じっくりと考える。考えに考えて、答えを見つけ出す。

【ノースポール】に出会ってから約一ヶ月、ずっとそうして来たように。


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一九八六年 十二月十日(水)

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 寝不足のせいで、ちょっと頭が重い。

 それなのに、【ノースポール】を前にすると自然に目が冴えて来るのを感じる。

 丸椅子に座って五十円玉を投入。小さく深呼吸してからスタートボタンを押す。


 すべての敵を倒さないまま狼王の元へ急ぐ。

 ザコキャラが追いついて来るまでに狼王を集中攻撃。ザコキャラが来たら、攻撃手段を丸まりジャンプ中心に切り替える。

 狼王や大コボルドはもちろん、コボルド一体すら倒さないよう細心の注意を払う。

 先週に比べれば、少しはザコキャラの誘導にも慣れて来た。うまい具合に画面の右側へ――洞窟の入り口がある右の方へ、すべての敵を集めることに成功する。

 狼王が着地。丸まりジャンプで飛び込む。

 失敗。ほんの数回しか体当たりできない。

 同じ手順を踏んで、もう一度。

 今度は成功。狼王と画面右端の間で、ポックルが激しくバウンドする。

 狼王が息切れに入るのと同時に、画面がスクロールを開始。

 敵を一体も倒すことなく一面クリア。


「NO KILL BONUS: 50000pts」


 ステージクリアの画面に、見慣れない文字列が並んでいた。

 ノーキルボーナス、五万点。

 これだ……。

【ノースポール】は、敵を倒さずにクリアすることで隠しボーナスが入るんだ!


 興奮を必死に押し止めながら二面目。

 ポックルにとって、二面はそう難しくない。

 コウモリは叩き落とすだけでは死なないし、中ボスの大オーク鬼二体も動きが遅いから誘導は簡単。おまけに途中で橋が崩れるから、後続のザコキャラがボスエリアに乱入して来ることも無い。

 なんの問題もなくゴーレムを叩きのめし、息切れを始めたところでクリアする。


 ……あれ? ノーキルボーナスが入らない?

 敵は一体も倒さなかったはずなのに、どうして?

 まさか一面だけの限定ボーナスだったとか……いやいや、それだと<BNG>の点数が説明できない。

 二面でもノーキルボーナスを取る方法は、きっとあるはず。


 考えがまとまらないまま三面へ。

 弓矢コボルドを残しておかなければいけないのがつらい。

 柵を壊そうとしているところで、前から後ろから矢を射掛けられる。泥の中では丸まりジャンプが使えないので被弾を避けられない。

 ポックル一人を犠牲にして、どうにか柵エリアを突破。港町に入ったところで、もうひとつ問題に気付く。


 ノーキルボーナスを取ろうとすると、隠しアイテムが取れないんじゃないの?


 氷の上で足が滑らなくなる靴は、宝箱を守るオーク鬼二体を倒して初めて獲得できる。ただ宝箱の前に移動するだけじゃ、中身を取り出すことはできない。

 試しに二体を息切れ状態にしてみた。

 宝箱は開かない。

 これはもう、ノーキルボーナスかアイテムかの二択を迫られてると判断すべきだろう。


 ノーキルボーナスを選択するしか無い。

 オーク鬼も宝箱も残して家を出る。


 そのまま三面ボス、半魚人の元へ。

 細い桟橋の上では、ザコキャラが自然にまとまってくれるのが幸いだ。

 画面左側で息切れ状態を継続させて、ただでさえ面倒な半魚人との戦いを邪魔させない。

 残り時間が危なくなって来た頃、ようやく半魚人が息切れに入り、三面クリア。

 今度は無事にノーキルボーナスを獲得。点数は十万点。一面の倍。

 この時点でスコアは十七万点。

 二面でろくに点数を稼げなかったのに、普段の三面クリア時のスコアより高い。


 四面。

 丸まりジャンプで体当たりしたハーピーが、海に落ちて姿を消した。

 そしてポックルも、ついいつもの調子で氷山に降り立ち、そのまま止まることができず海の中に転落した。

 ゲームオーバー。


 ただ、ハーピーの最期は大きなヒントになった。

 二面でノーキルボーナスが取れなかったのは、それが理由か!


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一九八六年 十二月十一日(木)

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 二面の終盤で、天然橋が崩れ始める。

 放っておくと、ポックルを追って来たオーク鬼が巻き込まれて墜落してしまう。

 事前に待ち構えておいて、登場と同時に左側――崩れずに残る地面の方へ突き飛ばす。

 転がったオーク鬼の先で天然橋が崩れ始める。急いで前進、ボスの元へ。

 無事ゴーレムに作動不良を起こさせ、二面クリア。


 ノーキルボーナス獲得。

 点数は十万点。

 倒さないだけでなく、自滅する敵をわざわざ助けてやらなくちゃいけないなんて、不殺主義を貫くのも大変だ。


 続く三面も、ポックル一人を失ったもののノーキルクリア達成。

 ボーナスは十五万点。

 昨日は一面が五万点、二面で失敗、三面が十万点だった。

 三回連続達成で十五万点になってるところを見ると、ノーキルクリアは一回達成する毎に点数が五万点上がるらしい。

 つまり、すべての面でノーキルを達成すると、五万の、十万の、十五万の……ボーナスだけで七十五万点。

 残機ボーナスやタイムボーナスを加えると、<SPC>さんにダブルスコアを付けることも、可能……。


 これは……ちょっと、すごいかもしれない。

 これまで想像すらしなかった、ゲーム・パラダイスでトップのスコアを記録する、千載一遇のチャンスかもしれない。


 そんな高ぶった思いを、氷の海が強制冷却する。

 発見以来、隠しアイテムの靴は必ず取り続けていたから、足が滑る感覚を忘れている。

 冷静に考えると、空中では自由に方向転換できるにも関わらず、氷に足がついた途端慣性の法則が復活するのはおかしい。

 おかしいんだけど、それを言っても始まらない。その方がゲームとしておもしろいのは自分でもわかるし。


 なんとかするしかない。

 いや、意地でもなんとかしてみせる。

 今のぼくの目標は全面ノーキルクリア。

 たかだか足が滑る程度であきらめたりするもんか。


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一九八六年 十二月十二日(金)

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 十二月も中盤に入り、さすがに朝晩冷え込むようになって来た。

 特に、目覚ましが鳴り出す朝五時は、一日で一番気温が低い時間帯。

 布団を出るのにかなりの意志力が必要になる。

 だけど、この季節の寒さは嫌いじゃない。

 冬休み、クリスマス、お正月。

 楽しい行事が次々と迫っていることを、文字通り肌で感じ取れて、自然に気持ちが浮き立って来る。


 冬休みが終わってしまうと、布団から出るのがただただ憂鬱なだけになるけどね。

 気温そのものは大して変わらないのに、人間というのは勝手な生き物だと思う。


 もっとも今年は、のんびり冬の到来を喜んでばかりもいられない。

 ある意味、受験対策に追われていた去年の状況とよく似ている。


【ノースポール】の全面ノーキルクリア、なんとか冬休み前に達成したい。

 冬休みに入ると、またしばらくゲーム・パラダイスに通えなくなる。

 その間に<BNG>ないし他のプレイヤーが、ポックルで全面ノーキルクリアを達成する……。

 いやだ。それはイヤだ。

 しかし現実問題、学校が休みで、臨時収入もあって、二週間も時間があれば、ゲーム・パラダイスの誰かが必ずそれを成し遂げるだろう。


 負けたく……ない……。


 なんの情報も無いところから【ノースポール】を遊び始め、散々苦労して、一度はあきらめかけて、それでもポックルを使って全面クリアを果たした。

 ノーキルクリアを発見したのは、確かにぼくではなく、<BNG>。

 でも、だからって全面ノーキルクリアを達成する権利まで<BNG>に譲る気はない。

 ぼくは、誰よりも早く、ぼく自身の手で、全面ノーキルクリアを達成したい。



 今日のプレイ。

 一面中ボス、狼と大コボルドの誘導が理想的に決まった。

 後ろのコボルドたちが追いつく前に中ボスエリアを抜け、そのまま狼王の元まで突っ走る。

 ボス戦の直前、白フクロウが雷の水晶球を落とした。

 取らずに前進。狼王が登場して遠吠えを始める。

 残しておいた水晶球は……まだ画面左端に映っている!

 水晶球を取ると同時に、今まさに突進を始めようとしていた狼王が落雷に打たれた。

 後続のザコキャラが誰一人追いつく間も無く一面クリア。

 所要時間、いつもの半分。


 この白フクロウの出現タイミングは、絶対に偶然じゃない。

 敵を普通に倒していれば中ボス戦で、ノーキルクリアを目指せばボス戦で使えるように、最初から計算して配置されていたんだ。

 三面に出て来る砂時計の水晶も、ノーキルクリアのためのアイテム。

 これまで全然ありがたみが感じられなかったけど、今ならわかる。

 あれが無いと、半魚人で時間が足りなくなる可能性が高い。


 同じゲームなのに、遊び方が変わると見え方が全然変わって来る。

 ビデオゲームって、本当に面白い。


 今日も四面のハーピーを海に落としてしまい、全面ノーキルならず。

 さらに氷山で二人もポックルを減らしてしまったため、五面の序盤でゲームオーバーになってしまった。

 その代わり、四面ボスの白狼二体は息切れで抜けることに成功。

 四面は、道中は厳しいけど、ボス戦に乱入して来るのはハーピー数体だけ。

 耐久力が低く、すぐに息切れしてくれるから、ほとんど意識することなくボスに集中できる。

 道中については、ハーピーを海に落とさないことと、ポックル自身が海に落ちないこと。

 この二点を、なんとか実現しないとね……。


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一九八六年 十二月十三日(土)

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 半日授業を終えてのお昼。

 今日は、委員長も教室で一緒にパンを食べた。

 そのまま、用事があると言う委員長に付き合うことになって、駅前のデパートへ。

 この時期のデパートは、クリスマスムード一色。

 委員長の目的もクリスマス関係だそうで、一緒に本屋やオモチャ売場や文具売場を見て回る。

 ぼくも委員長の意見を参考に、家族や幼なじみ用のプレゼントをいくつか購入した。


 肝心の委員長がなにも買わなかったのは、ぼくがうまくアドバイスできなかったせいだろうか。

 ずいぶん遅くまで付き合わせたのに、悪いことをしてしまった。

 その割に委員長は、なんだかご機嫌だったけど。


 バス停の前で委員長と別れ、しばらく様子をうかがってからゲーム・パラダイスへ移動する。

 混んでる。

 さすが土曜日の午後、大型筐体からテーブルゲームまで、どのエリアも混んでる。

 相変わらず周囲から視線が集まるのを感じつつ【ノースポール】のところへ行くと、ちょうど<MOR>がプレイ中で、それを取り囲むように『北』の生徒数人が順番待ちをしていた。


 こりゃ今日はダメだな……と帰ろうとしたその時、ぼくに気付いた『北』高生たちが無言で脇にどいた。

<MOR>の後ろ、次の順番待ちの位置を、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、全員が空けてくれた。


 ……いや、ちょっと待って。

 そこまでしてくれなくていいから。

 て言うか、なんで話したこともないぼくに、そんなことしてくれるの?


 全員に向かって小さく頭を下げ、順番を譲ってくれようとした感謝の念だけ伝える。

 そしてそのまま回れ右、なにもプレイしないまま店を出た。


 やっぱり『南』の制服のせいなんだろうか?

 以前からうすうす感じてはいたけど、ぼくはゲーム・パラダイスの中で特別視されてるようだ。

 そりゃ、確かに『南』は県内有数の進学校だ。

 でも、同じ高校生、同じゲームセンターのお客さん同士なんだから、変な気を回さなくてもいいのにな……。


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一九八六年 十二月十四日(日)

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 そう言えば、毎年十二月になると、日曜日ごとに公園や公民館や神社の掃除を手伝わされていた。

 今年はやらないのかと朝食の席で家族に聞いてみたら、弟が不満そうに顔をゆがめた。


 なんでも、毎日四時間かけて『南』に通っているぼくを休日までこき使うのは忍びないと、掃除の手伝いは弟だけに声がかけられていたらしい。

 これは両親が言い出したことではなく、町内会でそういう話になったんだそうだ。


 気遣いはありがたいけれど、この時期は勉強が忙しいわけでもない。

 最近は地元を見て回る機会も減っていたし、今日は弟と一緒に公民館の掃除に参加してみた。

 ご近所さんや幼なじみは、みんな普通にぼくの参加を歓迎してくれて、内心ほっとした。


『南』の生徒だからって、特別扱いして欲しいわけじゃないんだよね。

 地元でも……。

 それから、ゲーム・パラダイスでも。


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一九八六年 十二月十五日(月)

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 船の上で乱闘を繰り広げている最中、突然テーブル筐体から引きはがされた。

 右腕を抱えられ、ずるずると店の奥まで引きずられて、これまで一度も使ったことのない裏口から外に放り出される。

 続いて足元にカバンが投げ置かれ、目の前で乱暴にドアが閉じられた。


「…………?」


 な……なに、今の?

 今の暴挙に及んだのは、確かにエプロン姿のお姉さん。

 右腕には、押し当てられた胸の膨らみの感触が、まだ生々しく残っている。

 でも、いきなり追い出された理由がまったくわからない。

 ぼく、お姉さんを怒らせるようなこと、なにかした?


 裏口には鍵がかけられ、店内に戻ることはできない。

 あきらめて周囲を観察。

 初めて見るゲーム・パラダイスの裏は、駐輪場を兼ねた小さな空き地になっていた。

 そして、ぼくが放り出された裏口のすぐ脇には、二階に続く階段。


 ……例のバニーガールのお店には、ここから入ることができるらしい。


 もちろん、階段を上がるような真似はしない。

 カバンの汚れを払い、建物の隙間にある細い通路から、裏通りの方へ向かってみる。

 通路の出口では、いつもの『北』の三人組を始め、総勢十人ほどが通りの様子をうかがっていた。

 全員が息を潜め、緊張に顔を強ばらせている。とても声をかけられる雰囲気じゃない。しばらく黙って待機する。

 やがて「今!」という小さなかけ声と共に、全員散り散りに裏通りへ飛び出して行った。


 ぼく一人、ちっとも状況が飲み込めない。


 とにかく前は開いたので、そのまま裏通りに出る。

 もう帰るか、それとも店内に戻ってみるか迷っていると、すぐ脇でガラス扉が勢いよく押し開けられ、中からジャージ姿のおじさんが現れた。

 がっしりした体格で、表情から振る舞いからとにかく「いかつい」。

 まるで体育の先生だ。ゲームセンターの雰囲気にはまったくそぐわない。

 左腕には「補導員」と書かれたビニール製の腕章をはめていて……。


 ……って、補導員!?


 補導の先生は、横目でぼくをちらりと見ると、軽く鼻を鳴らしただけで背中を向けてくれた。

 どうやら、『南』の生徒が数分前までこの中にいたとは思わなかったらしい。


 た、助かった……。

 お姉さんが外に連れ出してくれてなかったら、一体どうなっていたか……。


 お礼を言いたいけれど、さすがに今からお店に入るのは怖い。

 パトロールしている補導の先生が一人だけとも限らないわけだし。

 今日はおとなしく帰るとしよう。

 多分それが、お姉さんの意志を尊重することにもなるはずだから。


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一九八六年 十二月十六日(火)

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 二日連続で見回りが来ることは無い……と思いたい。

 いつも以上に周囲の様子を気にかけつつ、ガラス扉を通ってゲーム・パラダイスの中へ。

 ちょうどお姉さんが、煙草を手にこちらへ歩いて来るところだった。

 慌てて頭を下げ、昨日助けてくれたお礼を言う。


 お姉さんはしばらく無言のままぼくを見つめた後、ほんの少し唇の端を緩め、ついて来いと手招きした。

 向かった先は【ノースポール】。

 ベルトに下げた鍵束で筐体の天板を開け、中のボタンを操作して二回分のクレジットを入れてくれる。

 昨日中断したプレイ代+サービスということらしい。


 ぼくはただお礼を言いたかっただけで、そんなつもりはなかったんだけど……。

 でも、せっかくの厚意を固辞するのもなんだし、終業式までの期日が迫っている中、練習の機会はなるべく逃したくない。

 もう一度お礼を言って、ありがたくプレイさせてもらうことにした。


 半魚人と戦っている時、『北』の三人組がお姉さんに話しかける声が聞こえた。

 ぼくがそうしてもらったように、昨日中断したゲーム代を補償して欲しいみたいだ。

 しかし彼らの場合、ぼくよりずっと早く補導員の接近に気付いて、自分からゲームをやめて店を飛び出して行ったらしい。

 お姉さんはしばらく適当にあしらっていたけど、やがて相手をするのが面倒になったのか、店内に硬いゲンコツの音が三回響いた。


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一九八六年 十二月十八日(木)

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 四面、船上での戦い。

 弱ったハーピーは早めに船の甲板の上に落としてしまう。

 空中の敵を甲板に集めたら、後は丸まりジャンプで氷山エリアへの到着を待つ。

 ここでは、すべての敵を息切れさせる必要は無い。

 敵を倒さないこと、そしてハーピーを空中に戻さないことだけ気を付けていればいい。

 白フクロウがハートマークの補給を持って来たら、あと少し。

 やがて船は氷山に激突し、ポックル一人だけ前方に投げ出される。


 船に残っている敵が倒した数に含まれないことを祈りつつ、氷山渡りを開始。

 慎重に、慎重に、着地後に滑る距離も計算に入れて、ポックルを次の氷山に移動させる。

 終盤で空中にハーピーが現れ、ポックルの行く手を阻む。

 普通にプレイするなら、先に進む前に倒してしまうのが安全だけど、今その選択を採るわけにはいかない。

 おまけに足が滑るから、陸地のように繊細な動きで攻撃をかわすこともできない。


 だから……ここは逆に、ハーピーを利用する!


 ハーピーの頭上に向かって丸まりジャンプ。

 一撃を食らわせた後、より高く、そして画面右側に向かってポックルを移動させる。

 ハーピーは体力が低めだけど、コウモリのように丸まりジャンプ一発で墜落するほどじゃ無い。

 自分を踏み台にしたポックルを追って、ハーピーが右側に移動する。

 その上で、改めて丸まりジャンプ。

 同様の手順で数体のハーピーの上を跳び渡り、対岸を目指す。


 途中、急に方向転換したハーピーの頭を踏み損ね、一人のポックルが海に沈んだ。

 でもまだハーピーはすべて無事。ノーキルの条件は外していないはず。

 新たなポックルで再度挑戦。

 今度は岸まで、届くか、届け……。


 ……届いた!


 陸地まで運んでくれたハーピーには、丸まりジャンプの集中攻撃をプレゼント。

 海岸でしばらく休んでもらい、その間に白狼二体と対戦を開始する。

 ハーピーが復活するまでに白狼撃破。

 四面までノーキルクリア達成。

 ボーナス二十万点を獲得。


 この時点で、スコアは五十万点ちょっと。

 全面クリアする前に、<SPC>さんの記録を八万点も超えた。


 最終面では、敵をクレバスに突き落としてしまって早々にノーキルクリア失敗。

 方針を全面クリアに切り替え、どこまでスコアが伸びるか試す。

 結果は、五十八万点。

 途中でミスをしたし、最終面序盤の敵は倒さないままだったから、まだスコアが伸びる余地はある。

 もちろん、全面ノーキルクリアが最も高得点になるのは間違いないだろう。


 残る課題はドラゴンだなあ。

 正確に言うなら、ドラゴンと戦っている時、無数に湧き出すゴブリン。

 あれをどうすれば全員息切れさせられるのか、現時点ではまったく見えて来ない。

 とにかく、色々試してみるか……。


――――――――――――――――――

一九八六年 十二月十九日(金)

――――――――――――――――――

 まず本屋さんに入り、文庫本を購入。

 店を出て、周囲の様子をよーく見てから、小走りでゲーム・パラダイスに駆け込む。

 店内は今日もかなりの人混み。

 もしこの人たちが一斉に逃げ出すようなことがあれば、ぼくもまた裏口を使わせてもらおう。


 ……って、いつの間にやらアウトローな思考になってる!

 ゲーム・パラダイスは、いつから禁酒法時代の地下酒場みたくなってしまったのか。


 軽く頭を振って気持ちを入れ替え、【ノースポール】の元へ。


 ハイスコア画面に明確な変化があった。

<TET>がウィルを使って四十二万点を突破している。

 以前の<TET>の記録は三十九万点だから、約三万点のアップ。

 普通のプレイで三万点も追加で稼ぐのは、かなり難しい。

 でも、ノーキルクリアを三回以上成功させたのなら、もっとスコアは伸びてるはず。

 二面までノーキルクリアを達成したけど、三面後半であきらめて普通にプレイ……ってところかな。


 その下の、カールを使った三十万点のスコアには、名前が入力されていない。

 多分これ、<SPC>さんだ。

 ノーキルクリアに挑戦して、途中であきらめて、全面クリアだけしてみたんじゃないだろうか。

 一面でほとんどスコアを稼げず、二面目以降を普通にプレイしたら、大体これぐらいのスコアになると思う。

 パワーが売りのカールでは、ノーキルクリアを達成するのは相当困難なはずだ。

 ウィルも、弓矢を当て続けると相手を倒してしまうから、三面あたりでザコを生かし続けておくのが苦しいと思う。


 ハイスコアにもっとも有利なキャラクターは、ポックル。

 その認識は、どうやらゲーム・パラダイスの中ですでに共有済みらしい。

<TET>と名無しのカール使いを除けば、使用キャラがみんなポックルだ。

<BNG>は【沙羅曼蛇】の攻略に戻ったようで、【ノースポール】のハイスコア画面に名前は無かった。

 てっきり全面ノーキルクリアを目指して来ると思っていたから、ちょっと拍子抜け。


 今日のプレイ。

 四面の氷山渡りで、踏み台にしていたハーピーが海に落ちた。

 途中で氷山を経由して丸まりジャンプの回数を減らさないと、対岸までハーピーの体力が持たないようだ。

 ハイスコアの更新はあきらめ、最終面でノーキルクリアの練習。

 序盤の崩れる氷の橋で、鎧コボルドとオーク鬼、さらにポックル自身も谷底に落ちた。

 四面ボス白狼戦と、最終面の大半のステージは雪原が舞台だけど、特に足は滑らない。

 ただし、氷の上は別。

【ノースポール】の世界では、氷だけずば抜けて摩擦が小さいらしい。

 おかげで氷の橋では、敵を落とさないのはもちろん、自分も落ちないよう気を付ける必要がある。

 どう動くのがベストか、帰りのバスの中で今のプレイを復習しておかないと。


 四面に続いて、最終面でもノーキルクリアはダメになった。それでも不殺のスタイルを貫き、練習続行。

 ゴブリンの洞窟に落ちてからが、また厄介だった。

 大コボルドと大オーク鬼はともかく、ゴブリンがすぐに逃げ出して攻撃を与えるのに苦労する。

 しかもゴブリンは小柄な分、ハーピーよりさらに体力が少ない。うかつにフキを振るえば、事故で倒してしまう。

 ポックル一人を犠牲にして、どうにか全員を息切れさせる。

 中ボスを倒していないから、タイマーの回復が無い。残り時間が厳しい。

 大急ぎでドラゴンへと向かうものの、焦りが操作ミスを呼び込んだ。

 二人のポックルが立て続けに倒れ、ゲームオーバー。


――――――――――――――――――

一九八六年 十二月二十日(土)

――――――――――――――――――

 四面までノーキル達成。これだけでも本日のハイスコアは確定。

 もちろん、ぼくの目標はその先にある。


 問題の最終面。

 最初の難関、崩れる氷の橋で、画面左側に突き飛ばしたオーク鬼がそのまま奈落の底に消えた。

 後方にあった橋の部分はすべて崩れてしまい、二面と違って救助にならなかった。

 ここでは、まだ崩れていない前方、画面右側に向かって突き飛ばすしか無いらしい。

 でも、突き飛ばした敵はしばらく起きて来ない。

 そのままだと結局、崩れる橋に巻き込まれるんじゃ……。


 いや、違う。

 二面の天然橋と違って、この氷の橋は整然と後ろから崩れて行くわけじゃない。

 目の前が突然崩れることもあるし、崩れず持ちこたえる場所もある。


 ……その安全地帯を狙って突き飛ばせってことか。

 まったく、人助けならぬモンスター助けも楽じゃない。


 洞窟に落ちてからはゴブリン最優先。これに尽きる。

 中ボスの大コボルドと大オーク鬼は後回しでいい。ゴブリンに攻撃のチャンスがあれば、なにを置いてもすっ飛んで行く。

 体力が少ない分、ゴブリンは一度息切れを起こすとしばらく立ち直れない。

 その間に大物たちへ三連撃を叩き込み、まとめて息切れさせる。

 中ボスエリア突破。ドラゴンの元へ。

 まだ突破口は見えない。それでも挑んでみるしかない。

 まずはドラゴンへ空中攻撃からの三連撃。ゴブリンが湧き出す前に、少しでも多くダメージを与えるよう心がける。


 際限なくゴブリンの増援が届く。

 弱ったゴブリンと出現したばかりのゴブリンが入り乱れているので、もう通常攻撃はできない。

 うっかり弱ったゴブリンに通常攻撃を当ててしまったら、その時点でノーキルクリアはアウト。

 スプライトオーバーでキャラが消えまくっているから、ドラゴンだけを攻撃したつもりで見えないゴブリンを巻き込んでしまう可能性もある。

 ひたすら丸まって体当たり。

 でも、そんな微々たるダメージでは一向にドラゴンが弱ってくれない。

 残り時間が少なくなる。

 ゴブリンは増え続ける。

 懸命にまとわりつくポックルを、ドラゴンが豪快に炎で焼き、巨体で押し潰す……。


 残りのポックルがあと一人になった時、イチかバチか空中のドラゴンにジャンプ攻撃を当ててみた。

 画面に表示されていないのに、ゴブリンの甲高い悲鳴が響いた。

 危惧していた通り、コウモリに乗ったゴブリンを巻き込み、しかも倒してしまったらしい。


 あきらめて三連撃主体の攻撃に切り替える。

 だけど、ここまでゴブリンが増えてしまうと普通に攻撃することも困難。槍で突かれて動きが止まったところを、ドラゴンが的確にとどめを刺しに来る。

 最後のポックルが雪原に倒れる。

 全面クリアならず。ゲームオーバー。


――――――――――――――――――

一九八六年 十二月二十一日(日)

――――――――――――――――――

 山道を車で揺られること一時間。

 駅前のデパートで「お一人様一点限り」のお肉だのトイレットペーパーだのカセットテープ十本セットだのに並ばされ、任務が完了したところで文具売場に移動する。


 この前委員長が見てたの、確かこのシステム手帳だったよね。

 派手すぎず、渋すぎず、高校一年生の割に大人っぽい委員長が持つのにぴったりだと思う。

 問題は、お値段の方も大人向けになってることだけど……ええい、もうすぐお年玉も入るし、なんとかなるだろう。

 プレゼント用ラッピングは百円……はいはい、【スペースハリアー】一回分ぐらい出しますよ。

 せっかくのプレゼント、きれいにラッピングしてください。


 帰りの車の中で、二十四日は家でもご馳走を作るから、あまり遅くならず帰って来るよう母に言われた。

 パーティーを途中で抜ける必要があるかな。

 まあ、ぼくの通学事情を知らない人はいないし、特に問題無いだろう。


――――――――――――――――――

一九八六年 十二月二十二日(月)

――――――――――――――――――

 終業式まで残り二日。

 今日と明日は、授業も半日だけとなる。

 教室でお昼を食べてから、ゲーム・パラダイスへ。


 四面の氷山渡りで、ポックル一人を海に沈める。

 五面の氷の橋で、オーク鬼と一緒に転落する。


 せめて靴が使えれば……と無い物ねだりをしても仕方がない。

 紙コップのオレンジジュースを飲んで一休み。

 飲み終わっても自動販売機の前を離れず、【ノースポール】の筐体が空くのを待つことにする。

 本当はすぐ後ろに並んで順番待ちをしたいけれど、また他の人に変な気を遣わせても悪いし。


 ……でもやっぱり、気を遣われてしまったのかもしれない。


 ぼくの次に【ノースポール】を遊んでいた『北』高生がゲームオーバーになった。

 当然、後ろに並んでいる人が遊び出すと思ったのに、周囲のギャラリーも含め、みんなその場を離れてしまう。


 偶然……じゃないよね、これ。

 えーいもう、仕方ない。

 ここは厚意に甘えさせてもらうか。


 四面までノーキルクリア達成。

 五面は……氷の橋で、前方から現れる鎧コボルドの救助に失敗。

 崩れない場所へ突き飛ばそうとして、目測を誤った。

 安全地帯の先の、ひびの入った場所まで飛ばしてしまった。


 ……ああっ、そうだよ! すべてのモンスターを突き飛ばす必要なんか全然無いよ!


 崩れない場所はわかっているし、鎧コボルドはその上を一度は通過する。

 わざわざ通り過ぎるのを待って、その場所まで戻してやる必要なんか無い。

 最初の通過時に叩きつけを食らわせてやれば、周囲が崩れるまでその場で寝ててくれる!


 これまで自覚は無かったけれど、ぼくって意外と頭が固いのかも。

 一度なにかを思い付いたら、その考えに固執して、周囲が見えなくなってしまいがちのようだ。

 最初の狼王攻略の時しかり、今のモンスター救出作戦についてもしかり。

 今後は視野を広く持つよう心がけよう。

 目の前の『影』の存在を見落とすような大ポカは、可能な限り避けたいからね。


 ノーキルクリアはダメになったので、それ以降は同時撃破ボーナスを狙いつつゲームを進めてみる。

 最終スコアは六十二万点。四体の中ボスとゴブリン数体を同時に倒せたのが大きかった。

 これだけでも、ゲーム・パラダイスでは頭一つ抜けたハイスコア。

 もちろん、山頂が見えてるのにここで引き返すつもりなんて、まったく無い。


――――――――――――――――――

一九八六年 十二月二十三日(火)

――――――――――――――――――

 ポックルを押し潰そうと、ドラゴンが宙に舞い上がる。

 少しでもダメージを積み重ねようと、ギリギリまで体当たりを続ける。

 すると、あるタイミングでポックルが激しくバウンドを始めた。

 地面のゴブリンと空中のドラゴンの間で、連続して小刻みに跳ね続ける。


 ……そうか! この連続バウンドがあった!


 地面に降り立てば、丸まり状態は解除される。

 でも、下に敵キャラがいればポックルは再び空中に舞い上がる。壁と大キャラの間に挟まった時と同じく、連続しての体当たりが可能になる。

 ドラゴンが画面の端に寄ったら横のバウンド、空中に飛んだら縦のバウンドを駆使。

 これまでに比べ、攻撃回数が飛躍的に上がる。


 だけど、飛び上がったドラゴンは落ちて来る。

 そして、連続バウンド中のポックルは、移動が著しく制限される。

 攻撃から脱出に切り替えるタイミングがつかめず、ことごとく押し潰されてゲームオーバーを迎えた。


 自動販売機ではなく、本屋さんに移動して小休止。

 補導員の先生がいないか十分に確認してから、ゲーム・パラダイスへ戻る。


 再戦。


 敗退。


 それでも押し潰される確率は三割程度まで減り、ドラゴンを含め壁際の大キャラに連続バウンドを決められる確率は大幅に上昇した。


 明日は終業式。

 パーティーが始まるまでに一度解散するから、その時にゲーム・パラダイスへ立ち寄ることは可能だろう。

 でも、それで【ノースポール】を遊べる回数はせいぜい一度。

 できれば今日のうちに全面ノーキルクリアを達成したい。


 バスの時間が迫っている。

 あともう一回プレイして、乗れるかどうかは本当にギリギリ。

 このバスを逃すと、帰りが遅くなりすぎる。

 でも……あと、もう一回だけ……!


 失敗。

 気持ちが焦っている時に、こんな大事な挑戦するんじゃ無かった。

 早く片付けようと無理な攻撃を仕掛けた結果、半魚人につかまって海中に引っ張り込まれた。

 これで緊張の糸が切れてしまい、四面のプレイはボロボロ。

 五面の氷の橋でゲームオーバーという、なんともひどいプレイになった。


――――――――――――――――――

一九八六年 十二月二十四日(水)

――――――――――――――――――

 一学期でも十分すぎる内容だった通知表は、二学期でさらに評価を高めていた。


 ……これ、逆に「現状維持」の目標が達成できてないよね?


 だからと言って足を止めるわけにもいかない。

 今のぼくは、委員長を始め、たくさんの人から期待されたり頼りにされたりしている。

 その気持ちを裏切ってしまうのは、できる限り避けたい。


 もちろん、一番の目的がビデオゲームを遊び続けるためであることは変わらないけれど。


 一旦クラスメイトと別れて、一人裏通りへ進む。

 本屋さんの前で様子をうかがってから、早足でガラス扉の内側に駆け込む。


「うわっ……」


 店内は、いつも以上の大賑わいだった。人がいっぱいで、テーブルゲームの島に移動するのも苦労しそうだ。

 今日は終業式で、冬休みの始まり。

 友だちと連れ立って遊びに行こうと考えるのは、むしろ当然だろう。

 しかしまさか、学校が終わったばかりの時間帯でここまで混んでるとは……。

 待ち合わせ時間までに【ノースポール】を遊ぶこと、できるかな……?


 と……。


 気が付けば、ぼくの前の道が開いていた。

 いつもの『北』の三人組を始め、店内のお客さんがみんな脇へどいている。

 【ノースポール】への道ができている。


 な……なにこれ? 一体なにが起きてるの?


 混乱しつつ、それでも筐体の前へ。

 そこでは、<MOR>や<TET>や<SPC>さん、ビデオカメラを持った眼鏡少年、それにエプロン姿のお姉さんが待っていた。


 戸惑うぼくに、お姉さんが状況を説明してくれる。


 ぼくのプレイを、ベーマガの「チャレンジ!ハイスコア!」コーナーに申請したいという意見が、複数の常連さんから出ていること。

 ハイスコア集計に参加していないゲーム・パラダイスだと、証拠となる記録もあった方が良いだろうということ。

 本人の許可を得ないまま、一部のお客さんが勝手に準備を進めていたこと。

 もしイヤだと言うなら、お店として絶対に無理強いはさせないこと。


 イヤとかなんとか以前に、不思議でしょうがない。

 ここには、ぼくよりゲームがうまい人なんて一杯いるのに。それこそ<TET>や<SPC>さんは全国でも通用するスコアを何度も叩き出してるのに。

 それなのに、なんでぼくを……と考えて、別の可能性に思い至る。

 ハイスコアを申請したいのは、ぼくと言うより、【ノースポール】なんだろう。

 このゲームはベーマガで紹介されていない。ハイスコアもまだ集計されていない。

 ノーキルボーナスという特大の隠し要素も、どれだけ知れ渡っているかわからない。

 今なら全国トップの記録として、ベーマガの紙面に掲載される可能性があるんだ。


 不意に、全身を緊張が貫いた。

 全国トップ……?

 ビデオゲームを始めて半年ちょっとのぼくが、全国トップのハイスコアを狙う……?

 確かに……他に、いない。

 こと【ノースポール】に関する限り、<TET>も、<SPC>さんも、<BNG>も……他の誰も、ぼくのスコアに追いついていない……。


 しばらく考えて、ハイスコアの申請とビデオの撮影、どちらも了承した。

 ただし、撮影するのはゲーム画面だけ。ぼくの姿は映さないこと。間違っても『南』の関係者が映像を見たら困る。

 眼鏡少年がこくこくと何度も頷き、お姉さんは責任を持って映像のチェックを行うと約束してくれた。

 丸椅子に座り、カバンを足元に置く。

 眼鏡少年がビデオを回し始める。

 五十円玉を投入。スタートボタンを押下。使用キャラにポックルを選択。


 挑戦が、始まった。



 一面。二面。

 なんの問題もなくノーキルクリアを達成。

 緊張で手元が狂わないか自分でも不安だったけど、うまい具合に気持ちを切り替えることができたようだ。

 ギャラリーの中にはノーキルプレイを初めて見る人もいるらしく、プレイの要所要所で驚きや感嘆の声が上がる。

 自分のプレイを喜んでもらえるなんて初めての経験で、ちょっとこそばゆい。


 三面クリアの画面で小さく深呼吸して、気合いを入れ直す。

 緊張感と同様、気の緩みも厳禁。特にここから先は一瞬のミスが命取り。

 失敗したら……とか、全面ノーキルクリアを達成できなかったら……とか、余計な心配も頭から追い出す。

 ただ、画面の中の戦いにだけ意識を集中する。


 船上での戦いを無傷で切り抜け、氷山渡りのシーンへ。

 同じハーピーにばかり乗らないよう、氷山に着地する時は足が滑ることを忘れないよう、学んだことすべてをきちんとこの場で生かせるよう、ひたすらに集中する。

 わざわざ途中の氷山に降りる意味が、一部のプレイヤーには伝わったらしい。すぐ脇で<TET>が小さく「へえ……」と声を漏らす。

 対岸に到着。ハーピーを地上に落とす。白狼二体を息切れさせて四面クリア。


 ここまでミスはひとつも無い。

 ハートマークを失うことも無く、タイムボーナスもほぼ理想的に稼いでいる。

 最終面でノーミス・ノーキルクリアを達成できれば、計算上限界に近いハイスコアが達成できる……はず。

 画面の中では、ゴブリンが北極柱へ進撃するデモが流れている。

 いよいよ最終面開始。


 騒ぎが起きたのは、その時だった。


 入り口の方で「どけ!」だの「満員だ!」だの、険悪なやり取りが聞こえて来る。

 お客さん同士のトラブルだろうか。今日は本当に混んでるもんね。

 意識の焦点をゲームから外さないよう気を付けつつ、頭の隅でそんなことを考える。


 雪原での戦いを乗り切り、氷の橋へ。

 後ろから現れるオーク鬼は、前方の安全地帯目掛けて突き飛ばす。

 前方から現れる鎧コボルドは、安全地帯に差し掛かったところでその場に叩きつける。

 橋の出口に待ち構える弓矢コボルドを丸まりジャンプで飛び越え、中ボスエリアへ。

 敵を一体も倒さないまま、ゴブリンの洞窟へと落下する。


 入り口の騒ぎが収まらない。むしろ大きくなっている。

 周囲のギャラリーにも、ピリピリとした緊張感が漂って来たように感じる。

 でも、画面では四体の中ボスとゴブリンたちがポックルへ攻撃を開始している。

 今は画面の外に目を向ける余裕なんて無い。

 ゴブリンを最優先で息切れさせ、少し離れた位置で大コボルドと大オーク鬼にフキを振るう。間違ってもゴブリンを巻き込まないよう、攻撃時には最大限の注意を払う。

 騒ぎがこちらへ迫って来る。

 ゲーム・パラダイスにはそぐわない野太い怒声が、湧き起こる抗議の声を圧倒する。


 そして――。

 はっきりと、他でもないこのぼくに向けて、その言葉が放たれた。



「『南女なんじょ』ん生徒が、こぎゃん店でなんばしちょんかあっ!!」



 この街には、駅を挟んだ対角線上に二つの高校が存在する。

 一つは「県立鷹津北たかつきた男子高等学校」。通称『きた』。もしくは『北男ほくだん』。

 もう一つは「県立鷹津南たかつみなみ女子高等学校」。通称『みなみ』。もしくは『南女なんじょ』。

 駅の周りで見かける高校の制服と言えば、大半が『北』の詰め襟か『南』のブレザー。

 しかしゲーム・パラダイスの中で『南』のブレザーを着ているのはぼく一人。

 やっぱり、どうしても、目立っちゃうのは仕方ないか……。


「先生、そぎゃん怒鳴らんで落ち着けっちゃ」

「ちょこっとだけちゃ。じきん終わるき、もうちょいだけ待てち」

「おー、先生、卒業式以来じゃねー。ちっと外で一杯やらん?」


 周囲のみんなが、補導の先生を押し止めようとしてくれている。

 これだけの人数が集まっていたのは、ひょっとすると、このためだったのかもしれない。


 思考が停止している。

 今起きていることも、これから起きるであろうことも、なにもかもどこか別の世界の出来事のようで、現実感が無い。

 今のぼくにとっての現実は、画面の中の、ゴブリンの洞窟での戦い。

 中ボス四体を息切れさせ、ゴブリンが回復する前に先へ進む。

 目指すはドラゴン。

 今はただ、それだけしか考えられない。


 画面の内側と外側で、激しい争いが湧き起こる。

 ついにドラゴンと対峙したポックルは、後続の敵が追いつく前に、新しくゴブリンが湧き出す前に、ありったけの攻撃を浴びせかける。

 テーブル筐体のすぐ近くで、人の揉み合う気配が伝わって来る。殴り合いになるギリギリの境界線で踏み止まっているような、きしんだ空気が充ち満ちている。

 ついにゴブリンが、そして中ボスやその他のザコキャラが、洞窟から姿を現す。

 入り口の方で新たな怒声が響き渡る。騒ぎを聞きつけ、他の補導の先生まで集まって来たらしい。


 額を汗が伝わる。背筋に冷たいものが張り詰めている。

 緊張。恐怖。焦り。不安。

 ぼくが落ち着いて見えるのは表面だけだ。

 心の中はパニック寸前にまで追い詰められている。


「姉ちゃん、炎!」


 反射的にポックルを退避させる。

 次の瞬間、それまでポックルの存在した位置をドラゴンの炎が襲った。

 危ない。スプライトオーバーでドラゴンの身体が欠けていたため、攻撃の予備動作を見落としていた。

 助けてくれたのは、今もぼくのすぐ脇で画面を見つめている<TET>。


「大丈夫ちゃ。兄ちゃんたちがなんとかしてくるっち」


 そう……だね。

 今はとにかく、自分の戦いに集中しよう。

 それにしても「姉ちゃん」、か。

 弟以外にそう呼ばれるのは久しぶりだな。


 こんな状況にも関わらず、戦況は決して悪くない。

 チャンスと見るや横の連続バウンドと縦の連続バウンドを確実に決め、自己ベストと言えるペースでドラゴンにダメージを与えている。

 押し潰されてダメージを受けることもない。ここ数日の練習の成果が、プレイにきちんと反映できている。

 ゲームが故障したのでは無いかと思えるほど表示されるキャラクターが欠けまくる中、ポックルは攻撃を外すことも、ドラゴンの攻撃を食らうこともなく、すべての敵に体当たりを繰り返している。

 恐らくもう少し、もう少しで、ドラゴンが息切れ状態になる。

 その間に他のザコキャラをすべて息切れさせれば、全面ノーキルクリアが達成できる……。


 画面右端で横の連続バウンドを決めた時、ついにドラゴンが苦しげに身をよじった。


 ドラゴンが息切れに入った!

 すかさずポックルが攻撃の対象を切り替える。

 大オーク鬼、大コボルド、溢れかえるゴブリンたちに、片っ端から体当たりを繰り返す。

 もう少し、もう少し、もう少し、もう少しで…………。


 ドラゴンが息切れから回復した。

 クリアを促す右への矢印は、表示されないままだった。


 多分……途中で、ゴブリンの増援が間に合ったんだ。

 目に付く限りの敵は息切れさせた。

 でも、ドラゴンが再度動き出した時、洞窟の出口に黒いキャラクターのかけらが新しく表示されていた。


 残り時間がもう無い。タイムオーバーの警告音が鳴り始めた。

 あと十秒未満で、すべての敵を再度息切れさせられるか……?

 難しい。

 タイムオーバー前に、もう一度ぐらいゴブリンの補充が行われるはず。それを含めて全キャラをもう一度息切れさせるのは、かなり厳しい。

 なら、このままドラゴンを倒す?

 こっちも相当難しいけど……やれないことは無さそうだ。

 ドラゴンの体力は十分に減らしている。ハートマークも五個を維持している。

 仮にポックルがダメージを受けても、無敵時間を利用して倒し切ることは可能だろう。

 ただしその場合、【ノースポール】全面ノーキルクリアの夢は潰える。

 今日中に、という意味じゃない。恐らく、もう二度とそのチャンスは無くなる。


 今の、このプレイが、ぼくにとって最後の【ノースポール】になるはずだから……。



 自分でも、相当がんばったと思う。

【ノースポール】を本当の意味で「クリア」したくて、本気でがんばって来たと思う。

 かけた時間やお金は、ゲーム・パラダイスの他のプレイヤーに敵わないかもしれない。

 でも、必死になって、夢中になって、これだけは他の誰にも負けたくなくて、ずっとずっとがんばって来た。

 がんばって、がんばって、がんばって……。

 それでも、やっぱり、ダメなことはある。

 認めるしか、あきらめるしか……受け入れるしか、ない。

 現実は、ぼくの好きな物語の世界とは違うんだから…………。



 いや……!!



 電撃のように、脳裏に閃くものがあった。

 現実は、確かに物語の世界とは違うのだろう。

 報われない努力も、叶わない夢も、確固としてあるんだろう。

 だけど、今ぼくが――ぼくの分身であるポックルが戦っている場所はどこだ? それこそ「物語の世界」じゃないか!

 物語には、筋書きがあり、伏線があり、クライマックスがある。

 この世界には、【ノースポール】には、それがある!


 タイムオーバーの警告音が鳴り響く。

 ポックルは丸まったまま、ドラゴンやその他の敵に体当たりを繰り返している。

 ポックルを一人失う毎に、全面クリア時のボーナスから一万点が引かれる。ベーマガにハイスコアを申請しても、掲載される確率が下がる。

 周囲にあきらめのムードが漂う。

 その空気を感じ取りつつ、ぼくはその時を待ち続ける。

 残り時間、あと七秒、六秒、五秒……。



 来た!



 画面右上に白いものが映った瞬間、ぼくはポックルを大きくジャンプさせた。

 身体の画像が半分以上欠けている。

 でもそれは、確かに一面からずっとポックルを助けてくれた白フクロウ。

 これまで姿を現さず、最終面には登場しないものと思っていた白フクロウが、最後の最後、絶体絶命の窮地で、ついに登場した。

 すべての状況をひっくり返す、一発逆転の切り札を携えて――!


 画面を落雷が埋め尽くす。

 ドラゴンを、ゴブリンを、画面内すべての敵を雷が打ち据える。

 操作レバーは右側に入れっぱなし。

 落雷の演出が終われば、そのまま画面がスクロール……。



 バタン!



 突然、視界が<MOR>の上半身で埋まった。

 テーブル筐体の上に、<MOR>が仰向けに倒れ込んで来た。


<MOR>が、倒れたまま小さく呻く。

 そして、痛そうに後頭部をさすりながら目を開き、そこでようやくぼくの顔に気付く。

 自分がどこに倒れたかを知って、<MOR>の表情が凍り付いた。慌てて跳ね起き、画面を見つめる。

<MOR>だけじゃない。ぼくも含め、筐体の周りのすべての視線がブラウン管に集中する。


 画面には……なにも映っていない。

 誰も言葉を発さず、暗転した画面を見つめ続ける。

 まるで永遠にも思える、ほんの数瞬……。



「ALL STAGE CLEAR」



 白いアルファベットが画面に浮かび上がった。

 続いてタイムボーナス、残機ボーナス、ノーキルボーナスが加算される。


「NO KILL BONUS: 250000pts」


 その点数は、五面すべてでノーキルクリアを達成したことを示していた。

 静かな音楽と共にエンディングデモが始まる。

 氷像が光に包まれ、赤と白のドレスをまとった女神が復活する。

 画面が切り替わり、ノースポールのバルコニーで……。

 女神は、手にした杖をポックルに差し出した。


 ……エンディングデモが違う!?


 魔法の杖を受け取ったポックルは、自らの手でそれを振るった。

 鮮やかなオーロラが、生命の息吹が、世界に復活して行く。

 苦難の道のりの中、決して生命を奪うことの無かったポックルの手で、世界は救われた。


 両手に力がこもる。

 自然に言葉がこぼれ落ちる。



「やっ……た!!」



 歓声で、ゲーム・パラダイスが揺れた。

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