3-(10) 「今は湯加減の調整に使っているわ」

10


 それから三日が経った。

 世界は〔ゲート〕が消えたことでてんやわんやになっていた。〔潜者ダイバー〕を生業としていた人は突然職を失う形になったが日本では大半が環境省の役員を兼任していたので大した問題が起こらないようだった。ほかの人たちも環境省が中心となって職探しを手伝っているらしい。

 世界にただよう〔魔力エーテル〕は旋律さんの見解だと、地球の浄化能力によって数年後には完全になくなるらしかった。

 ちなみにIMAMIは軍事兵器開発が露見し、それに加担していた社長や社員は全員解雇され、加担していた環境省、防衛省の役人も一新された。解雇された役人の天下り云々も問題視されているが、それは政治家が解決する問題だろう。

 今見はの問題で少しだけ気まずそうにしていたが、本人が妾の子だったこともあったりして「あの親父はクソだぞ」と相変わらずの皮肉を飛ばしていた。

 当然、俺たちにも変化があった。

 〔ゲート〕がなくなり、世界が〔異界シェオール〕と断絶したことで〔異界専門学科ダイビングコース〕は不要になった。そのため、俺たち〔潜者ダイバー〕見習いは希望すれば、違う高校に編入できるという特例処置が取られた。ただ、通常の授業を行ってなかったということで、全員が一年生からやり直しみたいだ。

 俺たち五班は全員が編入を希望し、前日まで手続きに忙殺されていた。

 全員が一年生になるということもあり、センパイとは同級生になる。なんだか複雑な気分だ。

 それとボンクラとトドビーバーがつき合い始めた。昨日、俺たちの知らぬ存ぜぬところでなにかあったらしい。俺はふたりの恋路を生暖かく見守ろうと、そう決めている。

 俺個人としてはなにも変わってない。

 俺の左胸には〔魔流封玉プリママテリア〕が寄生していた。

 受け入れると決めたのだから後悔はまったくない。

 ワイシャツに袖を通し、ボタンをとめる。

 新しく変わった黄土色のブレザーを着る。濃紺色のスラックスは既にはいている。ネクタイは赤いままだ。

「行くか」

 誰に言うこともなく俺はひとり呟いて外に出る。

「遅いわよ」

 センパイの――いや躑躅……さんの声が響く。俺と同じ黄土色のブレザーに紺と白のチェックのスカート、赤の帯リボンをつけたその姿は新鮮だった。

 今日、新しい高校へと初登校となるわけだが、チームメイト全員(今見を除く)から一緒に行こう、とお声がかかっていた。

 だからまあ、全員で待ち合わせをしていたわけだが、躑躅さんが迎えに来てくれるとは思いもよらず、なんだか嬉しい。

 ちなみにセンパイではなく躑躅さんと呼んでいるのは本人から「これからは同級生だからセンパイなのはおかしい」とご指摘があったからだ。ごもっとも。

 けれど年上なので呼び捨てにするわけにもいかず、俺は躑躅さんと呼ぶことにした。躑躅さんはそれを聞いて少し頬をふくらませていたが、俺にどうしろと。

 ちなみに躑躅さんは湯かき棒を背負っていなかった。もう持ち歩く必要はないからだ。

 歩きがてら、今、湯かき棒をどうしているのか尋ねると躑躅さんは言った。

「今は湯加減の調整に使っているわ」

 俺はそれを聞いて微笑んだ。

 今でも、躑躅さんは――

 彼女は湯かき棒を振るっている。

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彼女は湯かき棒を振るう 大友 鎬 @sinogi_ohtomo

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