3-(9) 「先輩曰く、友人なら迷惑をかけてもいいらしいですよ」
9
「悪い、つじっちともみっちは〔
学校へとたどり着いた俺へ宮直先輩が謝る。センパイも大山も既に〔
「そうですか……。でもありがとうございます」
となると俺が計画を実行するのは、まずはセンパイと大山を止めてからということになるわけだ。手間が増えたが、宮直先輩たちを責めることはできない。
「そういや、音乗たちはどうしてここに?」
「ああ、それは簡単っすよ。オールがピンチだから助……モガモガ」
宮直先輩の言葉を音乗と八咲が必死に押さえ、
「宮直先輩からメールが来たから手伝いにきたんだよ」
八咲が代表して早口で答えた。なんで焦っているのか俺にはよくわからない。
「ありがとな。朝早いのに」
「いやはや、毎日呼び出される身にもなってほしいものである」
そう答えたのは後野さん。だが髪が赤紫。つまり
「悪いな、いつも」
「今見はどうしたんだ?」
「メールは打ったっすけど返事がないっす。ただのしかばねにはなってないと思うっすから、たぶん寝てるんっすね」
「起こすことはないだろ。寝かせとけ」
昨日はあの冷気噴出装置で方々を回り大活躍したらしいから今日は大いに疲れているだろう。それを思えばこそ、無理につき合わせることはないと考えた。
「でやっぱり大山先輩たちは昨日と同じ目的だよな」
確認するように八咲が尋ねてくる。
「それはそうだ」
「では昨日と同じく躑躅先輩方を止めに行くんですの?」
「今回は違う。俺は〔
そう言ってのけると、みんなが驚いていた。
「正気っすか……」
宮直先輩が驚いて呟いていたが、俺は正気ですし本気ですよ。
そしてこれこそが旋律さんに打ち明けた内容だった。
「具体的にはどうするつもりっすか?」
「宮直先輩たちはセンパイたちを止めてくれるだけでいいです」
「それだけでいいっすか?」
「ええ、〔
そう言うと宮直先輩たちは呆気に取られたかのように押し黙った。
「まあいいや。よくわかんねぇーけど、オレらがやれることだけやろうぜ」
八咲は俺の考えていることがなんなのか知ろうともせずにそんなことを言った。
「確かにそうっすね。迷惑かけるのが友人って今朝言ったばっかりっすからねえ」
八咲の言葉を受けて、宮直先輩が笑った。
「音乗はいいのか?」
震える音乗に尋ねると、音乗は呆れたようにため息をついて、
「昨日も言ったでしょう。行くつもりがないなら来てませんわ」
「そうだったな」
俺がふと笑うと音乗も笑った。
俺のチームメイトは事情がわからなくとも手伝ってくれる、いいやつらばかりだった。
「ありがとな」
自然と言葉がこぼれる。
「我には訊かぬのであるか?」
不意に
「あんたは後野さんへの愛のために行くんだろ」
後野さんへの愛に生きる
「バレているであるか……」
「バレバレだっつーの」
とまあ覚悟を決めつつも緊張感をほぐした俺たちは〔
「誘っといておれを置いていくンじゃねぇーよ」
中世の騎士のような鎧を着た今見が姿を現した。
「重そうだな」
「強そうだな、と言え!」
いばる今見だが足が震えていた。
「ありがとな」
全員がそろい〔
「オールっち、話し合いに失敗したからって、やけになって死ぬのはなしっすよ」
「当たり前じゃないですか、なんでそんなことを?」
「張りつめた顔してるっす。もっと気楽に行かなきゃ成功するものも成功しないっす」
それに――と宮直先輩は言葉を続ける。
「うちの男性恐怖症治してもらってないっすからね、約束を破るのはなしっす」
「ええ。だから俺は死ぬ気なんてありませんよ」
「オール、オレとの約束も忘れるなよ」
「わたくしとの約束もですわ」
「当たり前だ」
俺は笑う。抱えていた不安が、少しだけ和らいだ。
俺は〔
初めて入るとき、俺はこの〔
「行くぞ!」
俺は一歩を踏み出し〔
潜った先、〔
対峙する相手はあひるの顔に岩肌の人の四肢、コウモリの翼を持った
ただふたりに勢いはない。エンドレスで続く戦闘に疲労が溜まっているのだろう。〔
俺たちは号令もないままにその戦闘に加わる。
宮直先輩が
俺はといえば〔
俺の身体に当たった火炎球は打ち消される。
ただ旋律さんの実験で立証されているようにこれは打ち消されたように見えるだけで、その実、俺の胸に寄生する〔
「どうして来たのよ」
センパイが俺に問いかける。
「そりゃチームですから」
俺はセンパイに自分の目的は言わなかった。センパイだって俺に自分の目的を言うことはなかったのだからおあいこ、ということにしておく。
「いい迷惑ね」
「宮直先輩曰く、友人なら迷惑をかけてもいいらしいですよ」
俺がそう言うとセンパイはなにも言わなくなった。
けれどセンパイがどう思っているのであれ、俺が引きさがることはないのだ。
俺も
宮直先輩や八咲の健闘もあり、徐々に
俺もそれに気づき急いで追いかける。今のセンパイには〔
センパイが背負う湯かき棒は、ただの湯かき棒だからだ。
センパイは単純だと紫苑さんが言っていた。だから紫苑さんが話しかけてこないのも、なにか事情があって話しかけてこないと思っているのだろう。
いやそれどころか昨日気を失ったままで今日にいたり、憎悪を引きずったままで〔
俺はセンパイを追うかたわら、戦っている宮直先輩に視線で合図を送る。
宮直先輩は頷き、大山にさりげなく近寄る。宮直先輩には大山を〔
〔
牽制だろう、〔
〔
けれどセンパイが持つ、その湯かき棒は、ただの湯かき棒だ。プラスチックでできた、ただの、湯かき棒。そのなかに〔
その湯かき棒は火炎球に当たり、そして一瞬にしてドロッと溶けた。
センパイと〔
「なんでっ?」
思わずセンパイがこぼした言葉を聞いて〔
その間、俺は
接近しつつあった〔
「どうして、キミがそれを持っているの?」
俺がにぎる湯かき棒が、自分の湯かき棒であると気づいたセンパイが尋ねる。
「昨日、借りたときにすり替えました。すいません……」
謝るとセンパイはなにか言おうと口を開いたが、それよりも早く俺は〔
「話し合いだ、〔
「果たし合い? 望むところだ」
そう言って動き出そうとする〔
「話し合い? そんなものができるとでも思っているのか!」
「思っているさ。思っているからこそ、こんな提案をしている!」
そう言うと俺をえぐろうとしていた腕はピクッと止まる。俺は湯かき棒を構えることもしてなかった。
「ちょっと……待ってよ。話し合いって、どういうこと? こいつは、父さんと母さんを殺したのよ! そんなやつと話し合いってどういうことよ?」
「そのまんまの意味ですよ。センパイに〔
復讐が正しいのか間違っているのかなんて、知ったこっちゃない。
けれどセンパイは復讐にとらわれすぎている。
そのせいで、センパイは前に進めていない。
それに復讐したところで前に進めるような気もしない。
正直、復讐に躍起になるセンパイなんて見てられないのだ。
だから俺はただ、それだけの気持ちでセンパイを救いたかったのだ。
「ふざけないでよ!」
センパイが怒り出す。当然だろう、俺はセンパイの復讐を阻もうとしているのだから。けれどセンパイの身体を紫電の網が襲い、それ以上、なにも言えなくなった。
その紫電を作ったのは当然、
「早く話し合いをすませるのである」
大山もセンパイと同じように紫電に捕らわれている。
俺は再び〔
けれど〔
「話し合いに応じろ、〔
叫びつつ、俺は避ける。
「我輩様になんのメリットもない。ゆえに話し合う必要も余地もない!」
「あんたも見ただろう、この鉱石の力を」
〔
「これをやる。これをやるから話し合いの場につけ!」
すると〔
「ふん。なるほどな。我輩様は話し合いをしようとするだけでそれがもらえるわけだ。でそれはなんだ? どうやって手に入れた? こちらの世界のものだとはわかるが、我輩様も見たことはないな」
「これは〔
「……事実か?」
「事実だ」
「だったら、交渉は決裂だ。話し合いする余地などない。
再度、
「ふざけてんのはそっちだ! しもべが……仲間が死んで悲しみ、憤怒するなら、センパイの怒りにも少しは同情しろ。俺がお前に復讐されるなら、お前はセンパイに復讐されるべきだ。そうだろう? あんたはセンパイの両親を殺したんだ、違うのか?」
違わないよな。
確かに〔
「あんたが悲しいって思うように、センパイだって悲しいんだ。わかったら、話し合いの場につけ!」
「……」
〔
「オールだったな……ひとまずお前の話を聞いてやる。ただし、我輩様がお前の申し出を受け入れるかどうかは別だ」
「それでいい」
ひとまず安堵した俺は〔
「いいのか?」
〔
「ああ、それが約束だっただろ」
「くく、確かに。だが、これをもらった瞬間、我輩様が裏切るということは考えなかったのか?」
「俺はあんたを信じる」
「根拠は?」
「
「〔
「ああ、それは〔
「吸いとるだけか?」
たぶん、と俺が答えると、くくく、と〔
「だとすると〔
そう言って〔
すると〔
「だが、〔
その後なにやら呟いた〔
「では、オール。話を聞いてやる」
どっしりと座った〔
俺が一言目を発するのに合わせて二重の足音が響いた。それはセンパイと大山のものだった。
俺は
「オールくん、こいつと話し合うことはないわ。こいつは私たちの家族を殺したのよ!」
「お姉ちゃんの言う通りよ。こいつは生かしておいたらダメ。あたしたちのような不幸な人間がたくさん出るの」
センパイと大山の前に俺は立ちふさがった。
「どきなさい!」
センパイが俺の目の前に
「どきません!」
センパイの怒鳴り声に負けじと声を張り上げ、俺は道を譲らない。
「こいつは私たちを不幸にした!」
「だから、こいつも不幸にする、ですか?」
センパイが続けようとした言葉を俺が続け、そして別の言葉を投げかける。
「センパイは勘違いしてる!」
「してないっ!」
怒鳴るセンパイを無視し、俺は訴えた。
「〔
俺はそう主張した。さらに俺の主張が続く。
「だからみんな不幸になったんです。宮直先輩は強姦されかけて男性恐怖症になったし、後野さんは生き返らせてもらったにしろ、一度は死んで、その記憶を持って生きてる。音乗は母親を、八咲は父親を亡くしてるし、さらに八咲は親友とだって離ればなれになった。今見だって、不幸なんだ」
「どういうことだよ、おい……」
今見自身は気づいていなかった。だからこれを言うのは少し悪い気はしたがそれでも俺は言った。
「IMAMIは環境省と防衛省と共謀して、いや利用されているだけかもしれないが……〔
「そうだったのか」
そう呟いた今見だったがあまり驚きはないようだった。
「だから防衛省の役人が何度も親父のところに来てたのか……へっ、そういうことか……」
それどころか妙に納得し、ざまあみろ、と笑った。今見はあまりショックを受けてないようだった。
「それにセンパイ、〔
「けど、侵略してきたのは〔
「〔
「だから侵略していいって言うの? あんたのせいで、私の家族だけじゃない、たくさんの人が不幸になったよ」
「それは我輩様とて同じ。多くの部下を失った。もっともお前らが我輩様に刃向かう種族を殺してくれたのはありがたかったが……」
言い合うセンパイと〔
「センパイ、俺の話は終わってません、聞いてください!」
俺は声を張り上げて叫んだ。
センパイの罵声が止まり、視線が俺へと注がれる。
「センパイは俺が〔
センパイが頷くのを見て俺は言葉を続ける。
「けどセンパイは俺が〔
「どう、不幸なのよ……」
「こう、不幸なんです」
俺はここに来るとき、
初めから話し合うつもりだったからというのもあるが、一番の理由は、やはりこれだ。
Tシャツを脱いで、それを全員に見せつける。
センパイは目を見開き、絶句した。誰もが声を出せずにいた。
「俺は祖父が……面舵大全が亡くなってから、ずっとこの〔魔流封玉〕《不幸》とともに歩んできた。この学校に入ったのも、〔
「はずす方法はわかったの?」
センパイがおそるおそる尋ねた。俺は首を横に振る。それを見て、くくく、と〔
「嘘をつけ。お前はどうやら頭の回転が速いようだから、はずす方法をうすうすは気づいているんだろう?」
「どういうことよ?」
「大全というのは我輩様から〔
俺は無言を貫いていた。
「〔
「待ってよ、〔
「勘違いするなよ、小娘。あれは我輩様の胸元の〔
「どうするか、だと? そんなの決まってる!」
〔
「俺は〔
仮にほかにはずす方法があったのだとしても俺は、センパイのように不幸を背負い込むと決めていた。でなければセンパイを止めることなんてできやしない。
知ったような口をきくな、そう言われておしまいだ。
同じ
すると〔
くっくっく、という笑いをかみ殺すような笑いではなく、「はーっはっはっは」という豪快な笑いだった。
「なるほどな。いい覚悟だ。でお前は我輩様になにを提案するのだ? まあ、〔
「そうだ、その代わり、こちらはセンパイたちに復讐をあきらめてもらう。〔
「そんな……勝手に……お姉ちゃんの思いも知らないで……」
俺の提案に大山が反発する。けれどそれを制したのはセンパイだった。
「オールくん……私は復讐をあきらめたらたぶん、キミのこと恨むよ」
「そりゃ、当然の権利だと思います」
俺の祖父も〔
けれど結果的に〔
だから俺は祖父を恨んでいた。けれどいつの間にかその恨みはふと消えていた。
おそらく祖父の行いが正しいと気づいたからだ。
だから俺が恨んでいたようにセンパイも俺を恨んでもいい。
それでも俺はそのセンパイの恨みがいつか消えると信じる。
もしかしたら祖父もそれを信じていたから恨まれ続けても耐えていられたのかもしれない。
「わかったわ。じゃあ、あきらめる」
「お姉ちゃん……」
納得がいかないような顔で大山はセンパイの顔をながめた。
「いいの……いいのよこれで」
センパイはまるで自分を納得させるかのように大山に呟いた。
「お姉ちゃん、あたしが〔
大山は少し悲しげな表情をしていた。
「だってお姉ちゃんまでいなくなったらあたしは一人ぼっちだよ。おばさんたちも優しくしてくれるけどやっぱり今の家族はお姉ちゃんだけなの。そんなお姉ちゃんがひとりで〔
なんてことはない、大山はセンパイが心配だった――いや守りたかったから〔
けれどセンパイよりも復讐にはとらわれていなかった。ただただ姉のため、ただそれだけのために大山は動いていたのだ。
――言ったろ、紅葉はお姉ちゃん子だって――
今まで口をはさまなかった紫苑さんが口を出す。
「だから、突然〔
センパイにもそのことが伝わったのだろう、うん、と大山が呟く。
「バカなんだから」
センパイは大山を、自分の妹を強く強く抱きしめた。
抱かれた大山は肩の荷がおりたかのように少しだけ泣いていた。しばらく抱き合ったあとセンパイは俺のほうを向いて、こう言った。
「オールくん、兄さんと話がしたいの」
大山がそれを聞いて驚いていた。
「兄さんがいるの?」
「黙っててごめん。私が持ち歩いていた湯かき棒にね、兄さんは宿ってるの」
「嘘……」
「嘘じゃないわ。けどごめん、証拠を見せられないわ」
「ううん、いいよ」大山は湯かき棒に触り「信じるよ」と笑みをこぼした。
「ということだ、〔
「わかった。あきらめてやろう」
〔
「意外だな。すんなり受け入れたのが逆に怪しいと思うかと思ったが……」
「少しはそう思ったけどな、俺はあんたを信じる、そう言ったはずだ」
「くくく、なるほどな。だからか。面白いな、お前は……」
ならば特別に説明してやる、〔
「そもそもお前の胸に寄生する〔
「なに、って……〔
「違う。我輩様にとっての〔
「だから侵略するために〔
「そうだ、〔
〔
「さらに〔
「こっちの世界の植物が二酸化炭素を酸素に変えるようなものか」
俺は思わず呟くが〔
「ただ、我輩様が必要とする〔
だからそれを持っていなかった〔
「だったらなおさら、〔
それでも〔
「まあ待て。我輩様がお前に殺してやろうかと問うたとき、こう言っただろう。『元々それが目的だった』と。つまりあの時点で〔
「どういうことだよ、それ……」
「お前がくれた〔
「待て。じゃあ〔
「〔
「そうだったのか」
つまり俺が〔
センパイの復讐をあきらめさせ、〔
俺は安堵していた。いや安堵してしまった。まだ終わってなどいないのに。
それを証明するかのように〔
「なにを安堵したような顔をしている。我輩様は〔
そうなのだ。俺は〔
「ふざけんな!」
今まで口をはさまずにいてくれた八咲が吼える。
「我輩様は別に侵略を取りやめてもいい。我輩様は王だからな、多くのものがつき従い、逆らうものは殺せばいいだけの話だ。けれど〔
「どうするのよ、オールくん? 私が復讐をあきらめたところで、野放しにしておけばこいつはまた私のような復讐者を産むわよ」
「ならば、どうする? 我輩様を殺すか?」
「今日、俺はここに殺し合いに来たんじゃない、話し合いに来たんだ。俺は〔
「じゃあどうするのよ?」
「どうするもこうするも、俺は侵略するのをやめろと訴えになんて来ちゃいない」
センパイがそれを聞いて、なにか言おうとしていた。表情を見るからに怒鳴ろうとしていたのだろう、けれど俺はセンパイがなにか言うよりも早く、こう言った。
「協力してくれ、〔
「ふん、それを知ってどうする? なぜ我輩様がそれを知っていながら今までそれをしようとしなかったのか、その意味がわかるか?」
言われてみればそうだ。隔絶の仕方を知っているなら、とっくに〔
「簡単だ。我輩様は王ゆえにいろいろなやつらに命を狙われている。ゆえにそれを行おうとすればその隙に殺されてしまう。しかもそんなおりに〔
「けど今は違うんじゃないか? お前の存在は危ぶまれていない」
「しかし我輩様を狙う刺客がいるのは確かだ。城に居座っているときもどれほどの刺客が襲ってきたと思っている?」
「だったら俺たちが動く。あんたの知っている方法を使って俺たちが世界を隔絶する」
「結局、なにも変わらんよ。お前たちがなにかをしていると勘ぐれば、動くやつは動く」
「そこで〔
「囮になれ、と?」
「言い方を悪くすればそうだ。けど役目を逆にした場合とどっちのほうが、成功確率が高いと思う?」
「それはお前の提案通りのほうだろうな」
〔
「だったら協力してくれ」
俺は嘆願する。すると〔
「ただひとつ、難点があるぞ」
そして続く言葉は俺たちを大いに驚かせた。
「お前らのうち、ひとりは〔
「……きちんと説明してくれ」
状況を把握するため、俺は〔
「隔絶の仕方は簡単だ。この世界には〔旧き
「ようは、その〔
「そうだ。そして逆も然り。出現したときとは逆の押し方で世界は隔絶される。しかし先も述べたように我輩様が動けば、刺客が動くため我輩様はそれができないでいた」
「で、なんで俺たちのひとりが〔
「〔旧き
最後の〔旧き
「ほかに方法はないのか? 例えば最後のひとつだけ、お前の部下が押すとか……」
「途中でそれに気づかれたら隔絶どころの問題ではないぞ」
それはその通りだ。だとしたら、誰かが残るしかないのか――いや誰かがなんて考える必要なんてなかった。
「だったら、俺が……」
残ると言い切る前に、
「マツリが残るよ~」
後野さんがそう言った。
後野さん自身を確認しても当然のように髪の色は後野さんが本来持つ灰色に近い黒色だった。
だからつまりその発言は本人の意志によるものだ。
「マツリは一度死んで~ポイちゃんに助けられた~」
ポイちゃんというのはおそらく
「それでね~、ポイちゃんが乗り移って、マツリを治してくれている間に、すごいすご~いポイちゃんの愛情が伝わってきたの~。それで~マツリはポイちゃんに恋してしまったんだと思う~」
戦場カメラマンを彷彿とさせるようなゆったりとした口調で、後野さんはそう言った。
「だから~マツリ、残ってもいいよ~。ポイちゃんがいるから~全然、さびしくないし~」
「けど両親が心配するんじゃ」
「両親はいないよ~。〔
そう語るときの後野さんは少しさびしげな目をした。
俺はそこで初めて後野さんの境遇を知った。けれど、それでも後野さんは
それはすごいことだった。
「……本当にいいんですね?」
「いいよ~」
その言葉に迷いはなかった。
「じゃあすいませんが、お願いします」
それでもなんだか申し訳ないように感じて俺は謝った。
「わかってる~。任せてよ」
「祭、本当にいいの?」
心配になったセンパイが後野さんに声をかける。
「いいとも~。でも~、つーちゃんと別れるのは少しさびしいかも~。けどもう決めたことだから~。悲しいお別れにならないように~最後は~、笑顔でね~」
「うん。わかった。ごめんね、ひどいことも言ったのに。私、まだ謝ってない」
ごめんね、とセンパイが呟くと、後野さんはニヒヒと独特の笑いを見せて、「とっくに許してるよ~」と明るく弾んだ声を響かせる。
「それと音乗にはやってほしいことがある」
俺は静かに経緯を見守っていてくれた音乗に言葉を投げかける。
「なんですの?」と反応した音乗に俺は続けて、
「上とかけ合って全世界の〔
「確かに、〔
「そういうことだ」
「わかりましたわ。それではかけ合ってみますわ」
そう言って音乗は〔
「あとはみんなで手分けして〔旧き
「けど順番が大事なんっすよね、遠距離の意志疎通ができないと手分けしてなんて無理っすよ」
「なんのための我輩様だ。〔
そう言って〔
なにも変化が起きてないように感じられたが、
「なにが起きたっすか?」
宮直先輩の声が頭に響き、意志疎通ができていることに気がついた。
「それと〔旧き
〔
「それでは行くぞ」
そう言ってからは速かった。
〔
〔
しかしやはり王というべきだろう、それらを軽々と倒していく。
さらに〔
俺たちはその間に、点在する〔旧き
そしてとうとう、百八個目の〔旧き
後野さんとの別れということもあり、俺たちはその〔旧き
「じゃあ、ここでお別れだね~」
立ち止まった後野さんをセンパイが抱きしめる。目尻には涙が溜まっていた。
それから宮直先輩も後野さんを軽く抱きしめた。別れを惜しむように。
そして俺たちは
後野さんは見送るためか俺たちを見ていた。
「待つのである」
そんなとき、
見れば、
「ポイちゃん~、どうして……?」
後野さんが驚いて声を出した。
「後野さんの身体から離れて大丈夫なのかよ?」
俺が尋ねると、
「マツリ嬢の身体は修復し終えているから大丈夫である」
「で、どうして出てきたんだ? お前も俺たちとの別れを悲しんでいるってことか?」
「惜別に対してはあまり感慨がわかないのである」
「じゃあなんで?」
「マツリ嬢を連れて帰るのである」
「待ってよ~! ポイちゃん、なにも言わなかったじゃない~!」
「ここに残っていいとは言ってないのである」
「でもマツリはここにいたい~! ポイちゃんと一緒にいたい!」
「ダメである。ここは人間が住めるような場所ではないのである」
「でも……」
引きさがらない後野さんに
「どうして?」
腹にケガを負った後野さんは、泣きそうな表情になっていた。
「去るのである!」
近づこうとする愛しの人に
「行くわよ」
センパイがそれに気づいて後野さんの手を引く。
「で、でも~」
「いいから……彼の気持ちを考えるのよ」
「……」
後野さんはもうなにも言わなかった。
「あとはお前がやってくれる、ってことでいいんだよな?」
「ふむ。なにか裏があるとは考えないのであるか?」
「今更、それを聞くのかよ。俺は何度でも言ってやるよ。信じてる、ってな」
「そうであったな」
「〔
それは
「わかった。絶対に渡す」
俺はその羽根を受け取って
「
また会おうな、俺はそう言おうとした。けれどそれは再び〔
だから俺はその代わりとなる言葉を紡ぐ。
「じゃあな!」
「うむ。さよならである」
〔
俺は〔
荒れたグランド、年季が入った校舎。少しだけ薄暗い空――見慣れた光景が俺たちを迎える。
俺たちは別れを惜しむように〔
けど、そこに〔
「終わったんだな……」
俺は呟いた。
そして思い出したように
「それは……?」
羽根に気づいたセンパイが尋ねる。
「
俺は後野さんにその赤紫色の羽根を渡す。
けれどその羽根は後野さんが受け取る前に変化を起こした。赤紫色の羽根は、金色に輝き、空へと舞いあがる。そして弾けた。
その弾けた光はハートをかたどった。さながらハート型の花火だった。
愛に生きた
後野さんはそこで初めて声に出して泣いた。
異なる生物同士の恋物語の終わりだった。
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