3-(8) 「こんなグロテスクなものをキミに見せるつもりはなかったよ」

8


 音乗の家にたどり着くと、音乗がちょうど家から出ていくところに出くわす。こんな朝早くどこにでかけるんだ? とはいえ、見つかるのはまずい。

 俺は物陰に隠れてやり過ごす。音乗が角を曲がったのを見計らい、俺は音乗の家のチャイムを鳴らす。

「待っていたよ」

 旋律さんに出迎えられ、俺は旋律さんの部屋へと向かう。旋律さんの部屋に入ると、そこには地下へと続く階段があった。

「ボク専用研究室ってやつさ」

 そう言って笑った旋律さんは俺を下へとうながす。

 研究室は俺の想像と違って案外普通だった。もっと近未来的な装置とか巨大なガラス管になにかがホルマリン漬けにしてあるだとか、そういう想像をしていたんだが、そんなことはなかった。

 理科室にありそうな黒い鉄の板のようなテーブルにはワニグリップ的なものがいっぱい刺さった豚の顔があった。しかもその豚の顔は半分に割れている。

 そのワニグリップの先はケーブルが続いており、それらは全てパソコンから延びるUSBハブの端子につながっている。パソコンのモニターにはなにやらよくわからないデータの書かれたウインドウが重なって開かれていた。

「俺に見せたかったのってその割れた豚の顔ですか?」

 あまりの気持ち悪さに顔をしかめた俺が尋ねると、ああ違う違う、と旋律さんはワニグリップ的なものをはずし、豚の顔にシートを被せる。

「こんなグロテスクなものをキミに見せるつもりはなかったよ。一応、キミの元クラスメイトでもあるしね。ただ、かるめるに見つかりそうになって慌ててたら、直後にキミが来てかたづけるひまがなかったんだよ」

 旋律さんは言い訳のように早口でそう続ける。

「そういえば音乗はどこに行ったんだ?」

「学校の先輩に呼ばれたって言ってたなあ。心当たりはあるかい?」

「もしかしたら……」

 俺はセンパイを見張っていなかったこと、センパイの捜索を宮直先輩に依頼していることを自白する。

 すると旋律さんは笑い、

「ま、そんなこともあるさ。ままならないのが人生だからね」

 研究所の隅に置いてある音乗の母親、旋律さんの妻である女性の写真を見ながら少しもの哀しげに呟いた。なにか旋律さんにもそういうことがあったのだろう。

「それより、これを見てほしい」

 旋律さんはポケットから六角形状のものを取り出した。

「それって、俺の……」

「そうキミが持つ〔異界王ソドム〕の欠片によく似ている。けれどわかると思うけどこれは寄生なんてしない。それはボクが持っているということを見れば明らかだよね?」

 確かにそうだ。俺に寄生している〔異界王ソドム〕の欠片――〔魔流封玉プリママテリア〕は寄生していた祖父の死後、俺に寄生した。

 けれど旋律さんの持っている〔魔流封玉プリママテリア〕によく似た鉱石は寄生してなどいない。ということはやはり〔魔流封玉プリママテリア〕とは別物ということになるのだろう。

「紫苑さんを連れてきてもらったのは、少し尋ねたいことがあるからなんだ。もちろんキミの話じゃ紫苑さんと話せる人は限られているらしいからキミが中継役になってくれよ」

 わかりました、と了承した俺はナップサックから湯かき棒を取り出し、にぎりしめる。

「大丈夫ですよ。なんでも訊いてください」

 俺がうながすと旋律さんは、

「率直に訊くよ。これはいったいなんなんだろうか?」

 ――わからない――

 そう紫苑さんが答える。すると俺に寄生する〔魔流封玉プリママテリア〕はもちろんのこと、豚の顔からできてきた〔魔流封玉プリママテリア〕によく似た鉱石もなぜだか、その声に共鳴して震える。

「今のは?」

「わかりません。けど紫苑さんの喋りに反応して……」

 俺がそう説明すると……旋律さんは近くにあったイスに座り、頭を抱え出した。

「旋律さん、どうしたんですか?」

 ――放っておこう。きっとなにかに気づいたんだ――

 紫苑さんが喋るとまた〔魔流封玉プリママテリア〕に似た鉱石が共鳴する。〔魔流封玉プリママテリア〕が共鳴し俺に痛みが走るのは日常茶飯事だから省いておく。

「紫苑さんはこの鉱石についてなにか言っていたかい?」

「いえ、わからないとだけ」

「だろうね。紫苑さんは鉱石にはかなり詳しかったはずだ。つまり、わからないってことはなにか特別なものなんだろう。そういえば紫苑さんは〔異界王ソドム〕の欠片――〔魔流封玉プリママテリア〕についてなにか知ってることはあるのかい?」

 ――〔魔流封玉プリママテリア〕はすぐに大全さんに寄生したからね、なかなか研究ははかどらなかった。ただオールくんはわかっていると思うけど、〔魔流封玉プリママテリア〕は〔魔法オーラム〕をかき消すことができる――

 俺は紫苑さんの言葉をそのまま旋律さんに伝える。

「〔魔法オーラム〕をかき消すか……なるほどね。ところで紫苑さんはどうやってキミと会話してるんだい? テレパシーみたいな感じかい?」

「そんな感じですね。俺は原理を知りませんけど」

 俺がそう呟くと、紫苑さんが反応し、言葉が響く。

 ――〔魔法オーラム〕だよ。そういう〔魔法オーラム〕が存在するんだ。もっとも教科書には記載されてない〔魔石アルカンシェル〕を組み合わせて作らないといけないけどね――

「〔魔法オーラム〕みたいです」

 俺がそれを伝えると、

「なるほど……だとしたら」

 旋律さんがなにかに気づくのを見て俺は急かすように尋ねた。

「なにかわかったんですか?」

「仮説でしかないけどね、この鉱石は〔魔力エーテル〕の変動を察知して吸いとっている」

 旋律さんは豚の顔から出てきた鉱石を机に置き、よくわからない粉末を周囲に振りまいた。

「もう一度、紫苑さんに喋ってもらっていい、なんでもいいよ」

「だそうです」と俺がにぎっている湯かき棒に問いかけると、

 ――隣の柿はよく客食う柿だ――

 なぜか間違った早口言葉を発した。柿が客を食うとか凶悪すぎる。

 すると湯かき棒から鉱石へ、そして俺の胸へと光の道筋が作られた。その道は鉱石、そして俺の胸へと吸い込まれるように消えていく。

「これは……?」

「ボクがまいた粉末は目には見えない微量の〔魔力エーテル〕の流れを調べるものなんだ」

「つまり、紫苑さんが喋ったときに〔魔力エーテル〕が生じて、それに〔魔流封玉プリママテリア〕やその鉱石が反応したってことですか」

「そうだね、そしてこれでボクの仮説も一応成り立つわけだ。ただ、空気中の〔魔力エーテル〕には反応しないようだ。そこらへんはよくわからないな。けど見たように〔魔流封玉プリママテリア〕にもこの鉱石にも同じ反応があった。つまり性質自体は似てるってことだね」

 俺は旋律さんから説明を受けて、とあることを思いついた。

 当然、どう転ぶかはわからない。けれどうまくすればあるいは……。

 ――いい方法かもしれない。成功すれば、躑躅だって救える。だけどキミの考えるその方法じゃ……キミは……――

 紫苑さんが俺の思考を読み取り、少しためらったようだが、それでも後押ししてくれる。若干の迷いがあった俺だったが紫苑さんの後押しで、その迷いは吹き飛んでいた。

「旋律さん、少し俺の話を聞いてもらえますか?」

 だから俺は、俺が考えている計画を旋律さんにも話した。

 その全てを聞き終えた旋律さんはうんうんと頷いて、こう言った。

「それについてはとやかく言わないよ。持っていくがいいよ、〔魔流封石プリマミネラル〕を!」

 そして、豚の顔から出てきた鉱石を投げ渡す。

「〔魔流封石プリマミネラル〕って……名前があったんですか?」

「いや今つけたんだ。命名権は発見者にあるからね、まあ〔魔流封玉プリママテリア〕の劣化版ってことで〔魔流封石プリマミネラル〕さ」

「じゃ、エリ草とかも命名者がいるってことですか?」

「ああ、確か、その草はボクの知り合いのゲーム好きがつけたはずだね」

 それを聞いて大いに呆れた。

 なんにしろ、旋律さんから〔魔流封石プリマミネラル〕を受け取った俺はお礼を言って音乗の家を出ると急いで学校へと向かった。湯かき棒はまたナップサックに入れておく。

 旋律さんに俺の思いつきを話している間に宮直先輩からメールが届き、センパイはやはり〔異界シェオール〕に向かっていたらしい。なんとか説得して思いとどまらせようとしているが持ちそうもないということだった。

 出る間際、旋律さんは思い出したようにこう言った。

「環境省の件ね、どうやら解決しそうだよ。も少し痛い目を見るかもしれない」

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