3-(7) どれもこれも最悪な結末。迎えたくもない結末。

7


 センパイがいた。正面には〔異界王ソドム〕がいる。

 〔異界王ソドム〕はセンパイをなぶり殺し、そして高らかに笑った。

 これが悪夢だと俺は理解していた。

 けれど目は覚めない。俺にその光景を見せつけるように。

 ――景色が変わる。

 センパイが倒れている。正面には〔異界王ソドム〕がいた。

 センパイの代わりに俺が〔異界王ソドム〕へと立ち向かう。一瞬にして胴体を貫かれる。

 ――景色が変わる。

 センパイが死んでいる。大山が死んでいる。宮直先輩が死んでいる。後野さんが死んでいる。赤紫梟雀ポイホークスが死んでいる。音乗が死んでいる。

 俺は我を忘れて〔異界王ソドム〕に立ち向かい、そして死んだ。

 ――景色が変わる。

 センパイが死んでいる。大山が死んでいる。宮直先輩が死んでいる。後野さんが死んでいる。赤紫梟雀ポイホークスが死んでいる。音乗が死んでいる。今見が死んでいる。トドビーバーが死んでいる。ボンクラが死んでいる。旋律さんが死んでいる。誰も彼もが死んでいる。

 〔異界王ソドム〕が笑いながら〔ゲート〕を潜り〔異界シェオール〕に戻っていく。そこに俺はいない。

 ――景色が変わる。

 センパイがいる。正面には俺がいる。

 俺はセンパイを説得し、俺たちは〔異界王ソドム〕を倒すのをやめる。

 けれど〔異界シェオール〕はなくならない。〔魔力エーテル〕汚染は進み、俺たちの世界に〔異界生物シャドー〕があふれる。

 やがて〔異界王ソドム〕もやってきて俺たちを殺す。

 そして虐殺が始まる。誰も彼もが殺されて、俺たちの世界は〔ゲート〕を遺して空っぽになる。

 ――景色が変わる。

 センパイがいる。正面には〔異界王ソドム〕の亡骸。けれどセンパイは涙をこぼす。

 〔異界王ソドム〕が死んでも〔異界シェオール〕はなくならない。

 〔魔力エーテル〕汚染は進み、俺たちの世界に〔異界生物シャドー〕があふれる。

 〔異界王ソドム〕の側近が新たな〔異界王ソドム〕を名乗り、センパイを殺す。俺が激怒し、その〔異界王ソドム〕を殺す。その〔異界王ソドム〕を殺されたことに激怒した別の〔異界生物シャドー〕が俺を殺す。

 そしてまた誰かが〔異界生物シャドー〕を殺し、違う〔異界生物シャドー〕がその殺した誰かを殺し――負の連鎖が続いていき、どちらの世界も空っぽになる。

 ――景色が変わる。

 センパイがいる。正面には俺がいる。

 センパイは湯かき棒を俺へと向けて、泣いていた。

 俺の口が開く。なにかを告げているようだった。

 今度はどんな最悪な結末なのだろうか、それがわからぬまま俺はそこで目を覚ます。

 夢から醒めたあとにも断片的な記憶があった。どれもこれも最悪な結末。迎えたくもない結末。今見た悪夢以外の未来はないと予知しているようだった。それとも、そうなってはダメだと俺に警告してくれているのか。

 悪夢のせいで自分のやろうとしていることが正しいのか、不安になる。

 俺はセンパイを救えるのだろうか。

 不安を押し殺すように、大丈夫だ、と強く念じる。

 ベッドから起きあがり、ふとカーテンの隙間を見ると日がのぼっていた。

 時計を見ると午前六時。

 しまった! 深夜ぐらいにセンパイの家を見張ってセンパイが出てくるようなら足止めするはずだったのに!

 もしセンパイが昨日目覚め、そしてすぐに〔異界王ソドム〕のもとに向かっていたとしたら、ただの湯かき棒で太刀打ちできるはずがない。

 けれどもしかしたら、と俺は一縷の望みにかけて、湯かき棒をにぎりしめると家を飛び出した。

 ただ俺は決定的なミスをしていた。

 俺はセンパイの家を知らないのだ。そう俺の目論みは最初から破綻していた。

 ――そんなときこそ、出番だね――

 俺の思考を読み取った紫苑さんが張り切った声を響かせる。確かに紫苑さんなら、センパイの家がわかる。

 ――でここはどこだい?――

 けれど紫苑さんは拍子抜けしたような声を出す。

 俺のアパートの近くです。

 ――ごめん。ここがどこなのかわからないな。こっからだと我が家はどう行けばいいんだろうね、オールくん?――

 俺に聞かれても……。

 嘆息した俺だったが、それでも打つ手なしというわけでもなかった。

 焦っていて頭が回らなかったが、紫苑さんの申し出は、俺に誰かに尋ねるという発想を与えてくれた。その点は感謝してもいい。

 ――そうだろう? もっと感謝してもいいんだよ――

 俺の思想を読み取った紫苑さんがそんなことを言ってくるが、俺は無視。断じてそれ以上の感謝を述べなかった。

 スマホを取り出し、宮直先輩へと電話する。

 早朝だし、ケガをしていて休んでいるだろうから迷惑かもしれないが、事情が事情なのでやむをえない。

『おはようっす、オールっち!』

 しかし宮直先輩はそんなこと気にせず、明るい声を発した。

「昨日は大丈夫でしたか?」

『大丈夫なわけないっすよ。全身打撲中っすよ』

 そう言い放った宮直先輩に俺は少し驚いていた。

 全身打撲ですむはずがない。たぶん、俺に心配させまいとしているのだ。

「あー、宮直先輩にセンパイの家を教えてもらおうと思ったんですが、それなら無理ですね」

 だからこそ俺は、宮直先輩の冗談に乗るふりをして断りを入れる。しかし、

『かわいい後輩の頼みなら全身打撲だろうとなんだろうと教えてしんぜるっすよ』

 ……しんぜる、って相変わらず宮直先輩の会話には緊張感がない。

『で今、オールっちはどこにいるっすか?』

「俺は家の前ですけど?」

『ああ、じゃあばりばり近いじゃないっすか。少しそこで待っているっすよ』

 宮直先輩はそう言ってスマホを切る。

 俺は急いで部屋に戻ってナップサックに湯かき棒を詰め込む。持っていることに対する説明が面倒だからだ。

 再び電話した場所に戻ると既にその場所には宮直先輩がいた。

 着ているジャージの裾からは包帯が見えた。やっぱり全身打撲ですんでいるはずがないのだ。

 それでも宮直先輩はそのことを俺に気取られないようにしているのがわかった。だから俺もそのことには触れない。

「早っ!」

「言ったじゃないっすか。ばりばり近いって。あそこっすよ、うちの家」

 そう言って宮直先輩が指さしたのは、道路をはさんで向かい側に立つ、俺のボロアパートとは段違いの高級マンションだった。

「つか、なんで俺の家、知ってるんです?」

「乙女は秘密のひとつやふたつ持ってるもんっすよ」

 呆れてしまった俺に宮直先輩はとっとと行くっすよ、と歩き出した。我に返った俺はそれに続く。俺と宮直先輩の距離はまだ開いているが、初めて会ったときよりも近い。そのまま、俺たちは歩く。

 センパイの家は高校の近くにあった。

 白い壁の一戸建て。表札には『氷ノひょうのせん』と書いてあった。

「ここはつじっちの親戚の家なんすよ」

 俺が表札に気づくと宮直先輩は言った。

 時刻はまだ八時前、訪問するには早いだろう。

 俺が玄関のチャイムを鳴らすのをためらっていると、宮直先輩が代わりに押した。

 すると玄関からセンパイの親戚のおばさんが駆け寄ってくる。

「ああ、宮直さん。またうちの子たちがいなくなったのよ」

 おばさんは心配げにそう答えた。

「安心するっす、またうちが見つけてくるっすから。心配はいらないっすよ」

「けど、またあの子ったら〔異界シェオール〕に……」

「たぶん、そうっすけど大丈夫っすよ。昨日は帰ってきたじゃないっすか」

「ええ、チームメイトに連れられてだけど」

「だったら今回もそうっすよ。そりゃ多少生傷が増えてるかもっすけど、また無事に帰ってくるっす」

「……わかったわ。宮直さん、何度も迷惑かけるけどお願いね」

「おばさん、うちは迷惑だなんて思ってないっすよ。いや違うっすね。迷惑だろうとなんだろうとかけていいのが友人ってもんっす。うちはつじっちの友人っすから、そんなの気にしてないっす」

 宮直先輩はおばさんを元気づけるように笑顔で答えた。

「オールっち、事情はわかったっすね」

 宮直先輩の言葉に俺が頷くと宮直先輩は走り出した。この方角には学校がある。おそらく学校に行くつもりだろうと察した俺はなにも言わずに宮直先輩について行く。

 その途中、俺のスマホが鳴った。旋律さんからだった。

『やあオールくん、解析が終わったよ』

「まだ一日経ってないですよね?」

『研究者たるもの、常々新記録を打ちたてるものだよ』そう軽口を叩いた旋律さんは『それよりも気になること、というかよくわからないものがあってね、紫苑さんの意見を訊きたいんだ。今からでも来てくれるかい?』

 俺は少しばかり迷ったが「わかりました」と答えた。

 その後、少し先を行く宮直先輩を呼び止める。

「なんっすか?」

「ちょっと行かないといけない場所がありまして……」

 どう説明すべきか迷いつつ、そして申し訳なさをかもし出しつつ俺が喋り出すと、「なら、行ってくればいいっす。つじっちはうちが探しとくっす」

 説明の途中にもかかわらず、宮直先輩はそう言った。あまりのスムーズさに俺は戸惑ってしまう。

「さっき言ったっすよね。友人になら迷惑かけられても気にしないって。それはオールっちにも適用されるんっすよ」

「すいません、ありがとうございます」

 俺はお礼を言って宮直先輩と別れた。

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