3-(3) 「先に言えよ! 隠れた意味ねぇーだろ!」
3
後野さんは茫然としている俺たちのもとへと現れ、言った。
「大変な事態になっているようであるな」
その口調は後野さん特有のゆったりとしたものではなかった。
「お前……
俺は声を振り絞った。
「そうである」
後野さんそっくりの
「けど、どうしてお前が……」
「どうもこうも、お主らがマツリ嬢を呼んだのであろう。そうしたら
「だからお前が後野さんに乗り移って……」
「乗り移って、という言い方は心外である。借りて、と言ってほしいのである。しかも本人の同意はもらっているのである」
「本人、って後野さんと話せるのか?」
「遠慮したかったであるが緊急ゆえにマツリ嬢に話をして承諾してもらったのである。ただ話をしたときにどうやら死んだことは覚えてるような口ぶりであったな」
「そうなのか……」
俺はなにを言っていいのかわからずにそんなことを呟いていた。
そしてあることを思い出す。
「けど、お前。そんなに長い間、こっちにいられないんじゃなかったのか」
「このぐらい〔
後野さんの体を借りた
「で、いったい、なにがあったのであるか?」
センパイに宮直先輩、大山は気絶していて、今見は焦燥気味で、音乗は怯え、俺は傷だらけだった。八咲は傷もなく怯えもしてないが、その胸のうちは複雑だろう。
「八咲、一旦〔
「だよな。やっぱ倒せてないよな。つーか蘆永は〔
「こっちの人間が羽をはやすか?」
はやさないよな、と八咲が納得する。
「あいつは
「知っていたのか?」
「そのくらいのことは気配でわかるのである」
「だったら教えろよ!」
八咲が容赦のないツッコミをした。やつあたり、ともいう。
「我はてっきり知っていてつき合っているのかと思っていたのである」
それにマツリ嬢が害をこうむることはなかったので我が動く道理もないのである、と後野さんに無償の愛をささげる
俺たちは呆れるしかなかった。
「とりあえず、離れよう」
俺がそう言うと、八咲は今見をにらみつけ、大山を運ばせる。
八咲は宮直先輩を、俺はセンパイを背負い、音乗と手をつなぐ。そうしてなんとか武器庫まで運んだ。
するとスマホの着信音が鳴り『こっちに躑躅先輩はいないみたいだよ@甘利先生情報』という空気を読まないボンクラのメールが送られてきた。
蘆永が現れたのはそれから数分後のことだった。同時にすぐに追ってこなかった理由も明白になる。
蘆永とともに現れたのは〔
大群を形成する〔
巨大なウマオイムシの形をした粘液が赤い核のような球体をおおった
座っていた音乗はその大群を見て、両手で顔をおおった。今見もげんなりとした表情を浮かべている。
その虫たちで構成される大群の後ろで、指揮を執るのが蘆永だった。蘆永は俺たちの位置がわかっているのかまっすぐに武器庫へ向かってくる。
「なんで蘆永に俺たちのいる場所がわかるんだ?」
「我がいるからであろうな。我があやつの気配を読めるということは、逆もありえるということである」
「先に言えよ! 隠れた意味ねぇーだろ!」
八咲が容赦のないツッコミをした。やつあたり、ともいう。二回目だ。
「とにかく見つかった以上、ここを出よう」
「出てどうする?」
八咲が尋ねてきたが、どうするもこうするも隠れることが不可能な以上、できることはひとつだ。
「センパイたちを守る」
「簡単に言うよな、お前」
「八咲も無理しなくていい。俺はお前も守るつもりだ」
「言ってろ。どうみてもこの数はひとりじゃ無理だ。当然、手伝うさ。なにか手はあるんだろ?」
「〔
俺がそう語ると
「そううまくいくとは限らないのである」
「なぜだ?」
「仮にもあやつは〔
『オール! 〔
メールはそこで途切れていた。
〔
「どうした?」
スマホをながめながら俺が少しだけ深刻そうな表情を浮かべていることに気づいたのか、八咲が尋ねてくる。
「学校の〔
マジかよ……と八咲が驚くかたわら、
「おそらく、それでほかの〔
「救援はなしってことだな……」
俺は嘆息した。だからと言って逃げるわけにはいかない。
「それでも、俺は守るつもりだ」
自分に言い聞かせるように言った言葉に、八咲も
「今見、てめぇも手伝えよ」
「なンで、おれが……」と言いかけた今見は八咲のにらみにビビってなにも言えずに頷いた。
「わたくしも……戦いますわ」
小さく呟いた音乗だったが、その体は相変わらず震えていた。
「無理しなくていい」
俺は音乗を気遣ったが、音乗は首を横に振る。
「だったら最初からこんなところに来ていませんわ。無理してでも、ここに来たのは、なにか役に立とうと思ったからですのよ」
「そのわりには震えてばっかで役に立ってないよな」
揚げ足を取るように今見が呟く。最低な野郎だ。
「てめぇこそ大した役に立ってねぇだろ」
音乗をかばうように八咲がにらみをきかせる。それだけで今見はなにも言えなくなり、舌打ちだけが響く。
「……オールさん。あなたがなにを言おうともわたくしは、戦いますわ。今見さんの言う通り、今までずっと震えていましたが、今度こそ、今度こそ、わたくしはあなたの役に立ちたい」
音乗は震える声でけれども力強く言った。俺はその覚悟をむげにするようなことはできなかった。
「頼りにしてる」
俺の口から言葉がこぼれ落ちた。
けれどその実、俺は音乗のことを意外と頼りにしていた。なにせ、音乗の〔
それで頼りにならないわけがないのだ。
「行くぞ!」
武器庫から新しい
今見も渋々と行った感じで外に出たが、出た瞬間、目にも止まらぬ速さで逃げ出した。端からセンパイたちを守るために戦うつもりはないらしかった。思えば今見は〔
「今見!」
八咲の怒声が聞こえてもなお、今見の足は止まらない。
「おれはIMAMIの御曹司だぞ!」
負け惜しみのように今見は叫び、俺たちから遠ざかっていく。
あまりにもムカついたので俺は追いかけようかと思ったが、前方には〔
「くそっ! あの腰抜けがっ!」
俺と同じことを考えたのだろう、八咲が悪態を吐く。
今見が逃げると同時に、大群にもふたつの変化があった。
まず、ひとつ目は
スマホでどこかに電話している今見は
「どうして今見のほうに
「
「そんな特性があるのかよ……」
「ええ、最近わかったことですけれど、確かな情報ですわ」
「だったら教えてやれよ」
「そんなひまねぇよ。蘆永が来るぞ、あのハエ野郎!」
ハエ野郎と八咲は蘆永を表現したが、事実、蘆永はハエのような姿をしていた。それがふたつ目の変化だ。
蘆永の姿はアシナガバエに似ていた。ただ決定的に違うのは、豚の顔を持っているということだ。ただ、眼だけはハエが持つ複眼だった。二枚だった羽は四枚に増え、その四枚の翅には大きくドクロの印がかたどられていた。
人間だった頃の蘆永の姿はそこにはまったくなかったのだ。
蘆永――いや変貌してしまった以上、
飛行し先行する
「ふむ、身体を借りるというのは意外と不便であるな」
とはいえ、それでも俺たちよりもはるかに早く動けているのだから十分すぎるほど役に立ってくれている。
「ただ、武器というのであるか。これが持てるのは便利である」
群れのなかで〔
「わたくしたちも行きますわよ」
少し遅れて音乗が言った。相変わらず震えていたが、それでもその言葉に宿る覚悟は見てとれた。
音乗が走り出すと「おう」と八咲が続き、俺も続く。
八咲が
「
そう言って音乗がS
「助かったぜ」
お礼を述べた八咲も音乗に言われた通りに
音乗は
八咲の太刀筋を豪快で大胆だとすれば、音乗の太刀筋は流麗で軽やか。だからこそだろう、音乗は次々と
俺は飛び交う
一匹の
その隙に加速。そのまま狙いを定めて、
時折、八咲や音乗、
俺も
しかしなんと言っても〔
いったい、いつになったらこの戦いは終わるのか、それを考えただけで気力が奪われ、集中力が途切れ、つまらないミスが増えていく。
音乗も八咲も剣が〔
そう思ったときだった、突然、
なんだと思って周囲を見ると、消防士のような衣服に身を包み、グラサンをかけた怪しい集団とその中心に凛と立つ今見がいた。
「これがIMAMIの御曹司の力だ!」
自慢するように、叫ぶ。
今見は逃げたわけじゃなかった。俺はてっきりスマホで迎えを呼んだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「なんなんだ、そいつらは?」
「これはおれの私兵団だ! 感謝するなら感謝してもいいぞ!」
またもや自慢してきた。そのウザさは別にしてこいつにもいいところはあるらしい。
「ああ、今見、ありがとよ」
素直に礼を述べると、今見はなぜか驚いたように唇をすぼめて、嬉しそうな顔をした。けれども再びしかめ面に戻ってグラサン軍団に命令を飛ばす。
周囲のグラサン軍団はその指示でよくわからない装置をいじった。そこから冷気が噴出し一瞬にして〔
「今見さん、
その光景を見た音乗は立ち止まり、今見に問いかける。
「まいた」と今見は呟いたが、音乗の表情は少しだけ曇る。
「もうひとつお聞きしますが、今見さんはガムかなにかを今持ってらっしゃいますか?」
「当たり前だろ。ガムはおれの必需品だ」
今見がそう宣言したとたん、その冷気噴出装置のひとつが爆発した。
「なにが起きた!?」
今見の動揺する声に、
「どうして
怒鳴る今見に音乗は冷静に言った。
「
それを聞いた今見は慌ててポケットからチューインガムをつかみ出して捨てる。たちまち何十匹ものの
今見はグラサンの男に指示を出して、その群がった
その間に音乗は冷気噴出装置の裏へと回って、
「見ていないで今見さんも、
「どうしてだよ?」
「
「どういうことなンだ? 意味わかンねぇ。電磁波かなにかを発してるってことか?」
「そこまではまだわかっていませんわ。そもそも〔
「そういえば、そうだな……」
呆れる今見だったが、今見が見ている目の前で
「オレも手伝う」
八咲もその装置へと駆け寄り、
俺は
ほかの〔
「どうやら残るはお前だけみたいだぞ、蘆永!」
俺は
「どうやら、あなた方の力量を見誤っていたみたいですねえ」
「けれどだからと言ってあなた方は僕には勝てませんよ!」
「大丈夫であるか?」
「やはり〔
「お前でもそうなのか? 俺から見ればお前も十分に強いんだが……」
「我と〔
「どういうことだよ、それ。もっと具体的に……」
と言ったところで
「お喋りとは余裕ですね」
「ぶるううううああああああ!」
しかし、その慈悲短剣を
その隙に俺が
けれどそのおごりが
蛇のような炎の口にそのまま飛び込んだ
その瞬間、
「撃てぇ!」
今見の合図とともに〔
そして冷気が大量に噴きかけられた。
冷気が消えたとき、見えたのは
「やったぜ!」
今見が喜ぶかたわら、
「どういうことだ?」
「言ったはずである、
俺にはそれが理解できない。怪訝な表情の俺を見て、
「つまり、我らは〔
「だからなんなんだ?」
「〔
さらに
「どう、すればいいんだ?」
「なにを慌てているのであるか。お主らは既に〔
パニくる俺に
けれど
「
「言われなくてもである。さっさとあやつを仕留めぬとマツリ嬢は常に危険な状態に置かれたままである」
俺は無事に武器庫へとたどり着き、気を失っているセンパイのもとへと急いだ。
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