3-(3) 「先に言えよ! 隠れた意味ねぇーだろ!」

3


 後野さんは茫然としている俺たちのもとへと現れ、言った。

「大変な事態になっているようであるな」

 その口調は後野さん特有のゆったりとしたものではなかった。

「お前……赤紫梟雀ポイホークスか……」

 俺は声を振り絞った。

「そうである」

 後野さんそっくりの赤紫梟雀ポイホークスは頷いた。

「けど、どうしてお前が……」

「どうもこうも、お主らがマツリ嬢を呼んだのであろう。そうしたら獅鰐鴉竜リンドカームがいるではないか、我はマツリ嬢を頼むとお主らに頼んだはずである。けれどもお主らは見当たらず、獅鰐鴉竜リンドカームがマツリ嬢を襲った」

「だからお前が後野さんに乗り移って……」

「乗り移って、という言い方は心外である。借りて、と言ってほしいのである。しかも本人の同意はもらっているのである」

「本人、って後野さんと話せるのか?」

「遠慮したかったであるが緊急ゆえにマツリ嬢に話をして承諾してもらったのである。ただ話をしたときにどうやら死んだことは覚えてるような口ぶりであったな」

「そうなのか……」

 俺はなにを言っていいのかわからずにそんなことを呟いていた。

 そしてあることを思い出す。

「けど、お前。そんなに長い間、こっちにいられないんじゃなかったのか」

「このぐらい〔魔力エーテル〕が濃ければ問題ないのである。それに身体を借りているわけであるから〔魔力エーテル〕もそれほど必要とはしてないのである」

 後野さんの体を借りた赤紫梟雀ポイホークスが後野さんの顔のままで笑った。それは本来の後野さんののほほんとした笑顔ではなく、きりっとしたつり目の笑顔だった。

「で、いったい、なにがあったのであるか?」

 赤紫梟雀ポイホークスは俺たちを見て、そう問いかけた。

 センパイに宮直先輩、大山は気絶していて、今見は焦燥気味で、音乗は怯え、俺は傷だらけだった。八咲は傷もなく怯えもしてないが、その胸のうちは複雑だろう。

「八咲、一旦〔ゲート〕から離れるぞ。いつ蘆永が襲ってくるかわからない」

「だよな。やっぱ倒せてないよな。つーか蘆永は〔異界生物シャドー〕だったのか?」

「こっちの人間が羽をはやすか?」

 はやさないよな、と八咲が納得する。

「あいつは悪王豚蠅ベルゼブーブというのであるよ」

 赤紫梟雀ポイホークスがさらりとそんなことを言った。

「知っていたのか?」

「そのくらいのことは気配でわかるのである」

「だったら教えろよ!」

 八咲が容赦のないツッコミをした。やつあたり、ともいう。

「我はてっきり知っていてつき合っているのかと思っていたのである」

 それにマツリ嬢が害をこうむることはなかったので我が動く道理もないのである、と後野さんに無償の愛をささげる赤紫梟雀ポイホークスはつけ加える。

 俺たちは呆れるしかなかった。

「とりあえず、離れよう」

 俺がそう言うと、八咲は今見をにらみつけ、大山を運ばせる。

 八咲は宮直先輩を、俺はセンパイを背負い、音乗と手をつなぐ。そうしてなんとか武器庫まで運んだ。

 するとスマホの着信音が鳴り『こっちに躑躅先輩はいないみたいだよ@甘利先生情報』という空気を読まないボンクラのメールが送られてきた。

 蘆永が現れたのはそれから数分後のことだった。同時にすぐに追ってこなかった理由も明白になる。

 蘆永とともに現れたのは〔異界生物シャドー〕の大群だった。

 大群を形成する〔異界生物シャドー〕は数種類いたがほとんどが小型で、分類的には虫だった。

 巨大なウマオイムシの形をした粘液が赤い核のような球体をおおった澱粘馬追スイッチョム。「じぃいいいいいいいいい」と叫び続けながら二足歩行する、俺の膝丈ぐらいの大きさを持つセミの化け物絶叫蝉人バンジー。そしてウサギぐらいの大きさを持つ、ウサギの耳をはやしたスズムシ――戯兎鈴虫グレムリーン。それに石甲山椒サブーンドラ飛蝶蝗蠅バッタフライもいる。

 座っていた音乗はその大群を見て、両手で顔をおおった。今見もげんなりとした表情を浮かべている。

 その虫たちで構成される大群の後ろで、指揮を執るのが蘆永だった。蘆永は俺たちの位置がわかっているのかまっすぐに武器庫へ向かってくる。

「なんで蘆永に俺たちのいる場所がわかるんだ?」

「我がいるからであろうな。我があやつの気配を読めるということは、逆もありえるということである」

「先に言えよ! 隠れた意味ねぇーだろ!」

 八咲が容赦のないツッコミをした。やつあたり、ともいう。二回目だ。

「とにかく見つかった以上、ここを出よう」

「出てどうする?」

 八咲が尋ねてきたが、どうするもこうするも隠れることが不可能な以上、できることはひとつだ。

「センパイたちを守る」

「簡単に言うよな、お前」

「八咲も無理しなくていい。俺はお前も守るつもりだ」

「言ってろ。どうみてもこの数はひとりじゃ無理だ。当然、手伝うさ。なにか手はあるんだろ?」

「〔異界生物シャドー〕の大群が現れたならすぐにでも薬袋先生やほかの〔潜者ダイバー〕が来るはずさ。それまで耐えればなんとか……」

 俺がそう語ると赤紫梟雀ポイホークスは苦い表情で――と言っても後野さんの顔なのだが、こう言った。

「そううまくいくとは限らないのである」

「なぜだ?」

「仮にもあやつは〔異界シェオール〕の統一を成し遂げた〔異界王ソドム〕の側近である。つまりこちらにはたくさん〔潜者ダイバー〕がいると知っている。だからなにも策をろうさないというのはおかしいのである」

 赤紫梟雀ポイホークスが言った直後、再び俺のスマホが鳴る。ボンクラからのメールだった。

『オール! 〔ゲート〕から〔異界生物シャドー〕がうようよ』

 メールはそこで途切れていた。

 〔異界生物シャドー〕に襲われてそれだけでも送信しようとしたのだろう。

「どうした?」

 スマホをながめながら俺が少しだけ深刻そうな表情を浮かべていることに気づいたのか、八咲が尋ねてくる。

「学校の〔ゲート〕から〔異界生物シャドー〕が出てきたらしい」

 マジかよ……と八咲が驚くかたわら、

「おそらく、それでほかの〔潜者ダイバー〕を足止めする作戦であろうな」

「救援はなしってことだな……」

 俺は嘆息した。だからと言って逃げるわけにはいかない。

「それでも、俺は守るつもりだ」

 自分に言い聞かせるように言った言葉に、八咲も赤紫梟雀ポイホークスも頷いた。

「今見、てめぇも手伝えよ」

「なンで、おれが……」と言いかけた今見は八咲のにらみにビビってなにも言えずに頷いた。

「わたくしも……戦いますわ」

 小さく呟いた音乗だったが、その体は相変わらず震えていた。

「無理しなくていい」

 俺は音乗を気遣ったが、音乗は首を横に振る。

「だったら最初からこんなところに来ていませんわ。無理してでも、ここに来たのは、なにか役に立とうと思ったからですのよ」

「そのわりには震えてばっかで役に立ってないよな」

 揚げ足を取るように今見が呟く。最低な野郎だ。

「てめぇこそ大した役に立ってねぇだろ」

 音乗をかばうように八咲がにらみをきかせる。それだけで今見はなにも言えなくなり、舌打ちだけが響く。

「……オールさん。あなたがなにを言おうともわたくしは、戦いますわ。今見さんの言う通り、今までずっと震えていましたが、今度こそ、今度こそ、わたくしはあなたの役に立ちたい」

 音乗は震える声でけれども力強く言った。俺はその覚悟をむげにするようなことはできなかった。

「頼りにしてる」

 俺の口から言葉がこぼれ落ちた。

 けれどその実、俺は音乗のことを意外と頼りにしていた。なにせ、音乗の〔異界シェオール〕に関する知識量はすさまじい。さすがあれだけの資料を持つ旋律さんの娘、と言ったところだ。

 それで頼りにならないわけがないのだ。

「行くぞ!」

 武器庫から新しい剣囲盾ソードシールドを取った俺のかけ声で、赤紫梟雀ポイホークスと八咲、音乗は武器庫から飛び出す。

 今見も渋々と行った感じで外に出たが、出た瞬間、目にも止まらぬ速さで逃げ出した。端からセンパイたちを守るために戦うつもりはないらしかった。思えば今見は〔異界シェオール〕に落とした片手半剣ハーフアンドハーフソードの代わりになるものをなにも持っていなかった。それはおそらく軽身のほうが逃げやすいからだろう。

「今見!」

 八咲の怒声が聞こえてもなお、今見の足は止まらない。

「おれはIMAMIの御曹司だぞ!」

 負け惜しみのように今見は叫び、俺たちから遠ざかっていく。

 あまりにもムカついたので俺は追いかけようかと思ったが、前方には〔異界生物シャドー〕の大群がいる。センパイたちを守るほうが優先だと思い、追いかけるのをやめる。

「くそっ! あの腰抜けがっ!」

 俺と同じことを考えたのだろう、八咲が悪態を吐く。

 今見が逃げると同時に、大群にもふたつの変化があった。

 まず、ひとつ目は戯兎鈴虫グレムリーンが群れからはずれ今見を追いかけ始めた。

 スマホでどこかに電話している今見は戯兎鈴虫グレムリーンが自分のところにやってきているとわかって顔色をなくして悲鳴をあげていた。

「どうして今見のほうに戯兎鈴虫グレムリーンが?」

戯兎鈴虫グレムリーンの特性のひとつに、チューインガムが大好きというのがありますの。もしかしたらそれに関係しているのかも知れませんわ」

「そんな特性があるのかよ……」

「ええ、最近わかったことですけれど、確かな情報ですわ」

「だったら教えてやれよ」

「そんなひまねぇよ。蘆永が来るぞ、あのハエ野郎!」

 ハエ野郎と八咲は蘆永を表現したが、事実、蘆永はハエのような姿をしていた。それがふたつ目の変化だ。

 蘆永の姿はアシナガバエに似ていた。ただ決定的に違うのは、豚の顔を持っているということだ。ただ、眼だけはハエが持つ複眼だった。二枚だった羽は四枚に増え、その四枚の翅には大きくドクロの印がかたどられていた。

 人間だった頃の蘆永の姿はそこにはまったくなかったのだ。

 蘆永――いや変貌してしまった以上、悪王豚蠅ベルゼブーブと呼ぶべきだろう。

 悪王豚蠅ベルゼブーブ澱粘馬追スイッチョム絶叫蝉人バンジー石甲山椒サブーンドラ飛蝶蝗蠅バッタフライの群れを引き連れて、こちらへと向かってきた。悪王豚蠅ベルゼブーブだけほかの〔異界生物シャドー〕より段違いに速かった。

 飛行し先行する悪王豚蠅ベルゼブーブに立ち向かったのは赤紫梟雀ポイホークスだ。赤紫梟雀ポイホークスは後野さんの武器なのであろう慈悲短剣ミセリコルデを持っていた。

 赤紫梟雀ポイホークスははるか上空まで一気に跳躍し、その後急降下。

 慈悲短剣ミセリコルデの長い棒状の剣身の鋭い切っ先を悪王豚蠅ベルゼブーブめがけて突き刺そうとしたが、回避される。

 赤紫梟雀ポイホークスは地面に着地するがその着地点は〔異界生物シャドー〕の大群のなか、けれど赤紫梟雀ポイホークスは焦りもしない。慈悲短剣ミセリコルデで、襲ってくる〔異界生物シャドー〕を一匹一匹、串刺しにしていく。

「ふむ、身体を借りるというのは意外と不便であるな」

 赤紫梟雀ポイホークスの呟きが俺の耳に届く。後野さんの身体を借りている赤紫梟雀ポイホークスは自身が呟いたように本領発揮できないようだった。

 とはいえ、それでも俺たちよりもはるかに早く動けているのだから十分すぎるほど役に立ってくれている。

「ただ、武器というのであるか。これが持てるのは便利である」

 群れのなかで〔異界生物シャドー〕を屠る赤紫梟雀ポイホークスへと悪王豚蠅ベルゼブーブが襲いかかる。

「わたくしたちも行きますわよ」

 少し遅れて音乗が言った。相変わらず震えていたが、それでもその言葉に宿る覚悟は見てとれた。

 音乗が走り出すと「おう」と八咲が続き、俺も続く。

 八咲が猪槍牙剣ボア・スピアー・ソード澱粘馬追スイッチョムに切りつけたが粘つくような澱粘馬追スイッチョムは斬れずむしろ剣にまとわりついてきた。

澱粘馬追スイッチョムは真ん中の核を狙うのですわ」

 そう言って音乗がS鍔剣カッツバルケル澱粘馬追スイッチョムの真ん中の核を的確に貫く。

「助かったぜ」

 お礼を述べた八咲も音乗に言われた通りに澱粘馬追スイッチョムの核を貫く。先端が細い八咲の剣は音乗の剣よりも澱粘馬追スイッチョムの核を貫きやすかった。

 音乗は澱粘馬追スイッチョムを八咲に任せ、飛蝶蝗蠅バッタフライに向かう。飛蝶蝗蠅バッタフライは俺や八咲がかなり苦労して追い払った覚えがあるが音乗は違う。音乗は飛蝶蝗蠅バッタフライの動きを読み、一撃で屠った。

 八咲の太刀筋を豪快で大胆だとすれば、音乗の太刀筋は流麗で軽やか。だからこそだろう、音乗は次々と飛蝶蝗蠅バッタフライを屠っている。あれだけの腕を持っていても怖いのだろうか、時折、身体が震えているのがわかった。

 俺は飛び交う飛蝶蝗蠅バッタフライを無視して絶叫蝉人バンジーへと向かっていた。「じぃいいいいいいい」と叫ぶたびにごくごく小さな衝撃波が俺を襲う。俺はそれを剣囲盾ソードシールドで防いで前へ進む。

 一匹の絶叫蝉人バンジーによる衝撃波は大したことはない、けれども数匹がまとまり発する「じぃいいいいいいい」という叫び声は塵も積もれば山となるように、共鳴しながら強い衝撃波へとパワーアップして俺を襲う。剣囲盾ソードシールドがその衝撃によってビリビリと震えながらきしむも、壊れるほどの威力はない。そのまま突っ切る。息切れしたように絶叫蝉人バンジーの叫び声が止まる。

 その隙に加速。そのまま狙いを定めて、剣囲盾ソードシールドを突き刺す。絶叫蝉人バンジーは避けもせずに絶命。もしかしたらセミのように短い命を謳歌するべく叫ぶことだけに全てをささげているのかもしれない。

 時折、八咲や音乗、赤紫梟雀ポイホークスの戦いぶりをみるが、みんな必死にがんばっていて〔異界生物シャドー〕に負けていない。

 俺も絶叫蝉人バンジー石甲山椒サブーンドラを突き刺し、叩き潰していく。俺が多少の余裕を持って戦えるのは剣囲盾ソードシールドで時折防御できるからかもしれない。八咲たちはそんなひまがないようだった。

 しかしなんと言っても〔異界生物シャドー〕は数が多い。最初は倒した数を数えていたが五十を超えたあたりでやめた。キリがない。

 いったい、いつになったらこの戦いは終わるのか、それを考えただけで気力が奪われ、集中力が途切れ、つまらないミスが増えていく。

 音乗も八咲も剣が〔異界生物シャドー〕に当たる回数が徐々に減ってきていた。

 赤紫梟雀ポイホークスだけは無類の強さで、悪王豚蠅ベルゼブーブと戦いながらほかの〔異界生物シャドー〕を倒していた。でもそれもいつまで持つか。

 そう思ったときだった、突然、飛蝶蝗蠅バッタフライたちが俺たちを攻撃するのをやめて、なにかを警戒するように一ヶ所に集まった。

 なんだと思って周囲を見ると、消防士のような衣服に身を包み、グラサンをかけた怪しい集団とその中心に凛と立つ今見がいた。

「これがIMAMIの御曹司の力だ!」

 自慢するように、叫ぶ。

 今見は逃げたわけじゃなかった。俺はてっきりスマホで迎えを呼んだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。

「なんなんだ、そいつらは?」

「これはおれの私兵団だ! 感謝するなら感謝してもいいぞ!」

 またもや自慢してきた。そのウザさは別にしてこいつにもいいところはあるらしい。

「ああ、今見、ありがとよ」

 素直に礼を述べると、今見はなぜか驚いたように唇をすぼめて、嬉しそうな顔をした。けれども再びしかめ面に戻ってグラサン軍団に命令を飛ばす。

 周囲のグラサン軍団はその指示でよくわからない装置をいじった。そこから冷気が噴出し一瞬にして〔異界生物シャドー〕を凍らせ始めた。

「今見さん、戯兎鈴虫グレムリーンはどうしたのですか?」

 その光景を見た音乗は立ち止まり、今見に問いかける。

「まいた」と今見は呟いたが、音乗の表情は少しだけ曇る。

「もうひとつお聞きしますが、今見さんはガムかなにかを今持ってらっしゃいますか?」

「当たり前だろ。ガムはおれの必需品だ」

 今見がそう宣言したとたん、その冷気噴出装置のひとつが爆発した。

「なにが起きた!?」

 今見の動揺する声に、戯兎鈴虫グレムリーンが吸気口から機械のなかに入り込んでモーターを過熱させたようです、とグラサン集団のひとりが答えた。

「どうして戯兎鈴虫グレムリーンがいるンだよ!」

 怒鳴る今見に音乗は冷静に言った。

戯兎鈴虫グレムリーンはチューインガムが大好物なのですわ。あなたがそれを持っている限り、連中はどこまでもついて行きますわ」

 それを聞いた今見は慌ててポケットからチューインガムをつかみ出して捨てる。たちまち何十匹ものの戯兎鈴虫グレムリーンがそれに群がる。

 今見はグラサンの男に指示を出して、その群がった戯兎鈴虫グレムリーンを凍らせていく。

 その間に音乗は冷気噴出装置の裏へと回って、戯兎鈴虫グレムリーンを払いのけ始めた。

「見ていないで今見さんも、戯兎鈴虫グレムリーンを払いのけるのを手伝ってくださいな」

「どうしてだよ?」

戯兎鈴虫グレムリーンは精密な機械を壊す特性を持っているのですのよ」

「どういうことなンだ? 意味わかンねぇ。電磁波かなにかを発してるってことか?」

「そこまではまだわかっていませんわ。そもそも〔異界シェオール〕には精密機械などありませんからね」

「そういえば、そうだな……」

 呆れる今見だったが、今見が見ている目の前で戯兎鈴虫グレムリーンによって冷気噴出装置が次々破壊されるさまを見て、慌てて戯兎鈴虫を払いのけ始めた。

「オレも手伝う」

 八咲もその装置へと駆け寄り、戯兎鈴虫グレムリーンを引きはがし、猪槍牙剣ボア・スピアー・ソードを突き刺した。

 俺は悪王豚蠅ベルゼブーブがその装置に近寄らないように赤紫梟雀ポイホークスを加勢しに行った。

 ほかの〔異界生物シャドー〕はグラサン軍団が操る冷気噴出装置の冷気によってどんどん凍結していった。

「どうやら残るはお前だけみたいだぞ、蘆永!」

 俺は悪王豚蠅ベルゼブーブに向かって叫んだ。

「どうやら、あなた方の力量を見誤っていたみたいですねえ」

 悪王豚蠅ベルゼブーブはそう言って笑った。

「けれどだからと言ってあなた方は僕には勝てませんよ!」

 悪王豚蠅ベルゼブーブは目にも止まらぬ早さで俺へと体当たりをしてきた。俺はそれをなんとか剣囲盾ソードシールドで防ぐも反動で吹っ飛ばされる。

「大丈夫であるか?」

 赤紫梟雀ポイホークスが俺のもとに駆け寄り声をかけていきた。俺はうめきながらも立ちあがる。

「やはり〔異界王ソドム〕の側近は一筋縄ではいかないようであるな」

「お前でもそうなのか? 俺から見ればお前も十分に強いんだが……」

「我と〔異界王ソドム〕やその側近とでは〔魔力エーテル〕の構成比が違うのであるからな……」

「どういうことだよ、それ。もっと具体的に……」

 と言ったところで悪王豚蠅ベルゼブーブが俺たちの間に割り込んでくる。

「お喋りとは余裕ですね」

 悪王豚蠅ベルゼブーブが振るった拳に反応して俺が剣囲盾ソードシールドで防御。その隙をついて赤紫梟雀ポイホークスが横から慈悲短剣ミセリコルデを突き刺そうとした。

「ぶるううううああああああ!」

 しかし、その慈悲短剣を悪王豚蠅ベルゼブーブが叫び声とともにつかんだ。そして慈悲短剣ミセリコルデごと赤紫梟雀ポイホークスを持ち上げる。

 赤紫梟雀ポイホークスはすぐさま手を離し、身体をねじると空中で回し蹴りを放つ。見事その蹴りは直撃し、悪王豚蠅ベルゼブーブは転がるようにして地面に倒れるもすぐに立ちあがる。

 赤紫梟雀ポイホークスは地面に転がった慈悲短剣ミセリコルデを拾い、そして一瞬も休むことなく悪王豚蠅ベルゼブーブを攻撃し続ける。同時に俺も左から剣囲盾ソードシールドを一閃。

 悪王豚蠅ベルゼブーブは右手に燃えさかる剣のようなものを出現させると、その刀身を長く伸ばし、振り回した。するとその鞭のようになった炎の先端がふたつに割れて、長い、蛇のような炎へと変貌し、赤紫梟雀ポイホークスへと襲いかかる。

 その隙に俺が剣囲盾ソードシールドで斬りかかると、悪王豚蠅ベルゼブーブは盾の剣を指ではさんで止めた。挙句、力の差が歴然としていることを教えるかのように嘲笑しやがった。

 けれどそのおごりが悪王豚蠅ベルゼブーブの油断だった。

 蛇のような炎の口にそのまま飛び込んだ赤紫梟雀ポイホークスは火傷を負いながらも悪王豚蠅ベルゼブーブの頭をつかみ、放り投げる。

 その瞬間、

「撃てぇ!」

 今見の合図とともに〔異界生物シャドー〕を駆逐し終えた冷気噴出装置が投げ倒された悪王豚蠅ベルゼブーブめがけて放たれる。悪王豚蠅ベルゼブーブは飛んで逃げようとしたが、赤紫梟雀ポイホークスが指を鳴らすと悪王豚蠅ベルゼブーブの身体に紫電が走り、身体が拘束された。

 そして冷気が大量に噴きかけられた。

 冷気が消えたとき、見えたのは悪王豚蠅ベルゼブーブの凍った姿。

「やったぜ!」

 今見が喜ぶかたわら、赤紫梟雀ポイホークスが呟いた「まだである」という言葉を俺は聞き逃さなかった。

「どういうことだ?」

「言ったはずである、悪王豚蠅ベルゼブーブは我らとは〔魔力エーテル〕の構成比が違うのである、と」

 俺にはそれが理解できない。怪訝な表情の俺を見て、赤紫梟雀ポイホークスは言葉を続ける。

「つまり、我らは〔肉体ユニテ〕と〔魔力エーテル〕によって存在が作られているわけである。我は大部分が〔肉体ユニテ〕で残りが〔魔力エーテル〕によって構成されているのである。けれど、〔異界王ソドム〕は〔魔力エーテル〕のみで、側近はほとんど〔魔力エーテル〕で構成されており、〔肉体ユニテ〕はわずかしかないのである。とはいえ代償として大量の〔魔力エーテル〕が空気中にただよってないとその存在は維持できないのである」

「だからなんなんだ?」

 赤紫梟雀ポイホークスがなにを言わんとしているのか、俺には正直わからなかった。

「〔魔力エーテル〕を多く持つものは〔肉体ユニテ〕をほとんど持たない、ゆえに身体などに傷がつきにくいのである。さらにいえば〔魔力エーテル〕が多いものほど〔魔法オーラム〕も多く使え、しかも自身は〔魔法オーラム〕が効きにくいのである。ゆえに悪王豚蠅ベルゼブーブを凍らせたところでほとんど意味はない」

 赤紫梟雀ポイホークスが告げ終わると悪王豚蠅ベルゼブーブをおおっていた氷は一瞬にして溶ける。

 さらに悪王豚蠅ベルゼブーブの体に変化が起こっていた。複眼が赤く輝き、翅のドクロも金色に発光し始めた。

「どう、すればいいんだ?」

「なにを慌てているのであるか。お主らは既に〔魔力エーテル〕で構成された存在に対抗しうる策を持っているではないか」

 パニくる俺に赤紫梟雀ポイホークスはあっけらかんとした表情で言った。俺は一瞬意味がわからなかった。

 けれど赤紫梟雀ポイホークスが視線を送る先――武器庫を見て、赤紫梟雀ポイホークスの言葉の意味を理解した。

赤紫梟雀ポイホークス、足止めを頼めるか」

「言われなくてもである。さっさとあやつを仕留めぬとマツリ嬢は常に危険な状態に置かれたままである」

 赤紫梟雀ポイホークスは俺の依頼を快諾し、悪王豚蠅ベルゼブーブへと立ち向かっていく。悪王豚蠅ベルゼブーブは俺が武器庫に駆け出したのを見て、あとを追おうとしていたが赤紫梟雀ポイホークスが紫電を放ち、それを阻む。見れば八咲と音乗も悪王豚蠅ベルゼブーブへと向かっていた。今見だけはグラサン軍団になにやら指示を出しているようだった。

 俺は無事に武器庫へとたどり着き、気を失っているセンパイのもとへと急いだ。

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