2-(10) 「じゃあ、俺の円満学校ライフは筒抜けってことですか」

 グランドの〔異界生物シャドー〕を掃討した薬袋先生は全員が生存していることを確認後、ケガ人を保健室に向かわせるなど対応していた。

 比較的外傷の少ない生徒はそのまま帰宅となった。

 ――が、俺はそのまま帰宅とはならなかった。

 音乗の家を知っている生徒が俺しかいないため、俺が気絶した音乗を家へと送ることになった。

 ちなみに眠ったままの後野さんは宮直先輩が送るらしい。

 ということで俺は音乗を背負い、夕日が沈む街中を歩いていた。

 音乗の家までは繁華街を通ると時間がかかるため、俺は途中から道をそれ、路地裏に入った。

 路地裏に入ると中華料理店のゴミ捨て場や裏玄関に溜まっている生ゴミなど、都市生活の裏側を見ているようで意外と面白い。

 俺はそのまま路地裏をぐんぐん進み、途中で迷ったことに気づく。なにせ、ここらへんはなじみがなく、音乗の家にも一回しか行ってない。

 そんな俺が近道だからと言ってうろ覚えの道を行くべきではなかったと後悔。

 T字路の左右どちらに進めばよいかわからず、俺は自分の直感を頼りに左に進む。

 たどり着いた先は行き止まりだった。

 けれど落胆するよりも前に、眼前に広がる光景に俺は絶句していた。

 そこにはかつて俺を狙った黒服たちの死体が転がっていた。

 少しだけ唖然としていた俺はすぐに気を引き締め、周囲を警戒する。そして誰かが隠れていないか物陰を確認していく。音乗を背負ったまま、誰かに出くわしたら、逃げ切れる自信はないからだ。

 そのとき、死体のひとつが動いた。壁にもたれた男はまだ生きていた。

 俺は音乗を背負ったまま、駆け寄りしゃがみ込むと、大丈夫か、と尋ねる。

「その声……櫂徹夜か……」

 その声に聞き覚えがあった。俺を襲い、そして俺がキン蹴りしたリーダー格の男だ。

「なにがあった?」

 俺が問いかけると、男は少しためらいを見せたものの、開き直ったのか、それとも最期に俺に伝えておこうと思ったのか口を開いた。

「〔異界生物シャドー〕だ。お前たちを見張るため学校の周囲に部下たちを展開していたら、いきなり襲われた」

「グランドにいた〔異界生物シャドー〕たちはもしかしてあんたたちを狙って……」

「そうだろうな。やつらはなぜか我らの部隊を見つけたとたん、襲いかかってきた。ほとんどのものはその場でやられ退避しようとした我々もここで……」

「あいつら、確かに数は多かったけど、そんなには強くはなかっただろ?」

「いや、〔異界生物シャドー〕には人間に変身できるやつもいた。そいつが……お前も気をつけろ」

「ご忠告どうも。けど俺に取っちゃ、あんたたちのほうが怖い。あんたたちは何者だ?」

「答えると思うか?」

「環境省に送りこまれたってことは、わかっているんだ」

「フン、三分の一正解というところだな」

 ニヤッと笑ってそう呟くと、男は首をたれた。

「おい、しっかりしろ!」

 俺は男を抱き起こして揺さぶった。

 既に事切れていた男の首はぐらぐらと揺れ、唇の端から血がこぼれ落ちた。背中に当てた手のひらに、なにやら硬いものが当たる。

 抜き取ってみるとそれは俺たちを襲ったときに使った銃だった。

 もしかして〔異界生物シャドー〕が襲ったのはこいつらがこの銃を持っていたからだろうか。

 俺はその銃をかばんにしまって、T字路に戻った。今度は反対側へと進み、広い道路に出て、音乗の家を見つける。

 決意して俺は音乗の家のチャイムを押した。

 廊下を走る音がして、扉が開き、旋律さんが現れる。

「キミか……学校から連絡は受けてるよ。かるめるを届けてくれてありがとう」

 旋律さんにうながされて俺は音乗を二階の部屋に連れて行き、ベッドに寝かせた。

 俺はかばんに入った銃を取り出して言った。

「お話があります」

 旋律さんは銃を見て、表情を一変させ、

「なぜ、それを……?」

 うめくように言った。

「知ってるんですね?」

 俺の問いかけに旋律さんは「場所を変えようか」とだけ呟いた。

 旋律さんにうながされ、俺は旋律さんの部屋へと移動する。

 初めてここに来たときのように俺がデスクの前に、旋律さんが積ん読の本の上に腰をすえる。

 さて、と最初に声を出したのは旋律さん。

「それをどこで?」

 俺が持つ銃を指さし、尋ねる。

 俺は今日の実習後に起こった〔異界生物シャドー〕の襲来、そしてここに来る途中、〔異界生物シャドー〕に殺された男と出くわしたことを話した。

「なるほど、そういう経緯があったのか。この銃をよく持ち帰ってくれた」

 と旋律さんは俺をほめた。

 俺の頭に疑問符が浮かぶ。

「ああ、混乱させてすまない。これでやつらの悪事があばけると思ってね」

「悪事って……旋律さんは環境省の人間ではないのですか?」

 俺がそう言うと旋律さんは「表向きはね」とふふっと笑った。

「ボクは環境省に潜りこんだ政府の監査員なんだ」

「監査員ですか……」

「ああ、環境省は防衛省、そしてIMAMIと協力して秘密裏に兵器開発を行っているという情報があってね」

「じゃあ、この銃が……それってことですか……。でも兵器開発って別に違法じゃないでしょう?」

「それが〔異界シェオール〕で使うものではないとしたら?」

 旋律さんの言葉に俺は絶句した。

「防衛省は環境省から〔異界シェオール〕の鉱石を支給してもらい、IMAMIに資金提供して対人用兵器を作っていたんだ」

 情報だけ手に入れていても証拠がつかめなきゃどうしようもなかったけど、これで阻止できる、と安堵したように旋律さんは呟く。

「この銃はね、〔反魔金属オハロフ〕を使って作られている。〔反魔金属オハロフ〕の特性はわかる?」

「いや……」

 俺が返答するのにつまると、

「〔反魔金属オハロフ〕は運動エネルギーを加えると〔魔力エーテル〕を拡散させるといわれているんだ」

 そう言われて俺は気づく。

「だから銃弾がまっすぐ飛んだのか」

 〔魔力エーテル〕は一定量以上の運動エネルギーに干渉する。それを拡散してしまえば、銃弾は本来の運動エネルギーに従って飛ぶ。

「ああ。その銃弾は〔反魔金属オハロフ〕でできているんだろう。そしてこの銃は、その銃弾を飛ばす専用の銃ってことかな。恐ろしいものを作り出したものだね」

「でもだとしたらなんで俺やセンパイを襲ったりしたんですか?」

「センパイというのは大山躑躅さんでいいのかい?」

 俺が頷くと、なら理由は簡単だ。と旋律さんは言い、さらにこう続けた。

「まず環境省はキミのおじいさんと躑躅さんの両親からあるものを手に入れようと躍起になっていたことは知っているね」

「……というか俺の祖父が面舵大全だってバレてるんですね」

「そのくらいのことは常識じゃないかな? とはいえボクもキミが環境省に襲われるまでは正直、ノーマークだったけどね」

「なんで俺が襲われたこと知ってるんですか?」

 俺がにらみつけると、

「おや、甘利さんから聞いてないんですか。甘利さんも監視役のひとりですよ」

 旋律さんは優しく微笑んだまま、さらりと言ってのけた。

「じゃあ、俺の円満学校ライフは筒抜けってことですか」

 ま、そうだね。旋律さんはもう一度、俺に微笑みかけ、

「躑躅さんの両親は、キミの祖父から〔反魔金属オハロフ〕を受け取っていた。そしてキミの祖父は〔異界王ソドム〕の欠片を持っていた。けれどどちらも死後に行方知れずになっている。そんななか、大全の孫であるキミと大山夫妻の娘、そのふたりが接触したら、なにかあると考えるのが普通だろう」

「でも、俺たちの間になにもないことは調べればわかるはずです」

「いや、もしかしたらキミの気づいてないところで、なにか重要な事件が起こったんじゃないか?」

「なにか重要な事件……?」

 俺は思い出した。重大な事件といえばあのときしかない。

 後野さんの暴発した〔魔法オーラム〕が音乗に向かっていったとき、俺は身を挺して〔魔法オーラム〕から音乗を守った。あれだけの目に遭いながら無傷で助かったのは〔異界王ソドム〕の欠片の効果に違いない。

 それをそのまま旋律さんに伝えると、

「それって、今見くんが目撃しているかい? もしそれを今見くんが見ていたのなら、それを父親に喋った可能性がある」

「なんで今身が関係し……」

 そこで俺は気づく。今見はIMAMIの御曹司だ。だから今見が父親に話すことは十分にありえた。そして今見の父親がそのことを知れば……今見の父親は〔異界王ソドム〕の欠片が力を発現したと考えるかもしれない。

「たぶん、環境省が襲った理由はそういうことだ。でももうひとつ、わからないことがある。なぜ〔異界生物シャドー〕は環境省の秘密組織を襲ったんだろう?」

「それは俺には……なんとも……」

 そりゃそうだね、と旋律さんは納得し、それから笑顔を引っ込めて、真剣な表情になる。

「で率直に聞くよ。キミは大全さんから欠片を受け取ったのかい?」

 この人なら信用できる、素直にそう思った。だから言おうと思ったが、ふと祖父の遺言が頭を過ぎり、言うのをためらう。

 それでも俺は頷いた。すまん、じいちゃん。

 俺はワイシャツのボタンを取り、胸を、〔異界王ソドム〕の欠片を見せた。

 旋律さんはそれを見て絶句していた。

「それはキミに寄生しているのかい?」

 俺は首肯する。

「旋律さん、これをはずす方法ってわかりますか?」

「ごめん。わからない。調べたら、もしかしたらわかるかもしれないけど、成分を調べるためにはどうしても欠片を取りはずす必要がある」

「そうですか……」

 俺は少し落胆した。

「けど、ボクはキミに協力しよう。キミはボクにこの銃を持ってきてくれた。だから恩返しというわけではないが協力しあっていこう」

 なにかわかれば連絡するよ、旋律さんはそう言った。

 わかりました、俺は頷くと音乗の家を出た。

 進展はあった。

 環境省は防衛省、そしてIMAMIと結託して〔反魔金属オハロフ〕を対人用、つまりは軍事兵器として使おうとしていた。

 それを知った俺の祖父は自分が手に入れた〔異界王ソドム〕の欠片も軍事利用されるだろうと推測して隠蔽した。

 だから遺言にも環境省には気をつけろと書いてあったのだ。

 いろいろありすぎて頭が整理できない。

 けれど、俺が〔異界王ソドム〕の欠片を持っているように、おそらくセンパイは〔反魔金属オハロフ〕を持っている。なんとなくだが、そんな確信があった。

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