2-(8) 「はは、すまんね。視力が悪いんだ」

 8


 数日後、俺は薬袋先生に呼ばれ職員室へと向かった。

 冗談だと思っていたのに、薬袋先生は本当に補習を口実に俺を呼んだ。

 そのせいでボンクラには「補習とはオールはおバカさんだね」と言われる始末。

 どう責任取るつもりなんだ、と胸中で毒づきながら職員室へとたどり着く。

 途中、放送の意味に気づいた八咲が「オレも行ったほうがいい?」と尋ねてきたが、呼び出されたのが俺だけだったので、断っておいた。

 職員室に入ると薬袋先生の隣にはセンパイがいた。

 なぜいるのか尋ねるひまもなく薬袋先生の誘導で俺とセンパイは生徒指導室へとおもむく。

 移動中、センパイが隣にいるからか、また胸が痛んだ。

「でどうして、センパイが?」

 生徒指導室にたどり着いた俺はセンパイに尋ねる。

「ちょっと先生に相談しに行ったら、キミも同じ状態だって聞いてね」

「もしかして、センパイも、あの変なやつらに」

「ええ。けどこれであいつらが言っていたことが本当だって確信に変わったわ」

「どういうことですか?」

「どうもこうも、オールくんって、面舵大全さんの孫でしょう?」

「……」

 言葉につまった。祖父のことに関しては隠すつもりもなく、けれども言うつもりもなく、だからこそバレた今は妙に気まずい。

「ええ、そうです」

 言葉につっかかりながらも俺は肯定する。

「なんで隠してたの?」

「言う必要がないからです」

 センパイの質問に淡泊に答える。

「どこまで知ってるの?」

 なにをだろうか、そして遺言で口止めをされている俺はどこまで言ってもいいのだろうか。

 迷った挙句、「環境省に気をつけろ、とだけ」と俺は呟く。センパイはそれを聞いて「全然知らないのね」と残念そうに呟いた。

「ラブラブ中のところ悪いんだが、本題に入っていいか?」

 いいですよ、と俺は呟き、ついでにこう言ってやる。

「ってか俺たちがラブラブ中に見える先生の目を疑いますね」

「はは、すまんね。視力が悪いんだ」

「視力のせいにすんじゃねぇよ、眼鏡してねぇだろうが」

「と場が和んだところで話を始めるよ、ふたりとも。ちなみにわたしゃ、コンタクトだよ」

 俺のツッコミを流して、いや利用してセンパイとの会話を終わらせた薬袋先生は俺たちがなにか口出しする前に口を動かし、言葉を呟いた。

「さっきキミたちの話にも出たけど、キミたちを襲ったのは環境省だ」

「やっぱり……」

 薬袋先生の言葉を聞いたセンパイがそう呟いた。センパイはなにやら知っているようだった。

「やっぱり、って……センパイ、なにか知ってるんですか?」

「昔、面舵さんが亡くなったあと、環境省のやつらがしつこく家を訪ねてきたことがあるの。それで兄さんたちが適当にあしらうと、兄さんたちは見知らぬやつらに襲われたのよ」

「それが今回、俺たちを襲ったやつと同じってことですか? けど、なんで今更……なんのために?」

「なんで今更かはわからない。けどやつらがなんのために私を、そしてオールくんを狙ったのかはわかるわ」

「なんでですか?」

 と尋ねつつも、俺はなんとなく気づいていた。

 おそらく環境省のやつらが欲しがっているのは祖父の胸に寄生していた〔異界シェオール〕の欠片だ。音乗の家から帰ったあと、旋律さんから貸してもらった鉱石の資料を調べてみたが、あの欠片がなんなのかわからなかったが、それを欲しがっているのなら、環境省は胸の欠片がなにかを知っているのか。

「本当にわかってないの?」

 センパイは俺の胸のうちを見透かしたように怪しみ、まあいいわと続けて言った。

「面舵大全が〔異界王ソドム〕の身体の欠片を持っていると思ったからよ。やつらはそれを欲しがっている」

 それは衝撃の一言だった。驚いてはいけない、と思いつつも俺は衝撃のあまり、驚いてしまった。いや驚かざるをえないだろう。だって俺が祖父から否応なしに受け継いだ〔異界シェオール〕の欠片は、〔異界王ソドム〕の身体の欠片だったのだから。

「その顔、やっぱりなにか知っているのね?」

「いや……その……」

「知ってるのなら教えて! それがあれば……」

 そこまで言ってセンパイは口を閉ざした。

「それがあれば……なんですか?」

 だから俺は尋ねた。センパイはそのまま無言を貫いていた。

 すると存在を忘れてしまうぐらい静かにやりとりを見ていた薬袋先生が言った。

「それがあれば、〔異界王ソドム〕がその欠片を取り戻すために動き出す。そうだろ?」

 けれどセンパイはうんともすんとも頷かない。

「そうすれば、復讐しやすくなるものな」

 センパイは答えを見透かされ、薬袋先生をにらみつける。

「オールくん、仮にキミが知っていたとしても言う必要はないよ」

 薬袋先生はそう言って、俺を廊下へと追いやり、自分も廊下へと出た。

「いいか、あいつに教える必要はないよ」

 薬袋先生はもう一度、そう言って去っていく。

 生徒指導室には唇を噛みしめるセンパイがいた。

 センパイは祖父が持っていた欠片を、自分の復讐に利用しようとしていた。

 それほどまでにセンパイは復讐にとらわれている。

 俺にはなにができるんだろうか。俺がそれを考えるのはおこがましいのかもしれない。

 けれどそう考えたうえで、やはり〔異界王ソドム〕の欠片が今、どういう状況であるかを教えるべきではない。そう決めた。

 昼休憩が終わるチャイムが鳴り、掃除当番でもない俺は実習へと向かった。

 その日、センパイは実習には現れなかった。

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