2-(6) 「でとりあえず、二、三、質問するよ」

 6


 コロッケの誘惑に負けた俺は放課後、音乗とともに音乗の家へと向かった。

 八咲に一緒に帰ろうと誘われたが、今日は用事があると断ると少しだけさびしそうな顔をした。

 そんな顔を見て、明日は一緒に帰ろうと決意。たまにはこっちから誘ってみるか。

 そんなこんなで音乗の家に着いた。

 学校から音乗の家まで俺と音乗はずっと手をつないでいた。

「なんで手をつないでいるんだ」という俺の疑問に「いつもつないでいるじゃありませんか」と言い返された。

 それは〔異界シェオール〕での話で、しかも手をつないでいるのは怖がる音乗を落ち着かせるためだが、こっちでも手をつなぐってことはこっちも怖いってことなのか。よくわからん。

 閑話休題。

 俺が勝手に抱く音乗の家のイメージは豪華絢爛。西洋風の容姿に似合う、メイドとかいそうな、そんな家。

 けど実際はそんなことはなかった。たどり着いた音乗の家は新しく開発された住宅街の住宅メーカーが一斉に売り出した、いくつもの建売住宅が立ち並ぶなかのひとつだった。

「さあ、遠慮せずに入ってよろしくてよ」

 玄関の扉を開ける音乗にうながされ、俺は音乗の家にあがる。もちろん、お邪魔しますの一言は忘れない。

 リビングに案内され、俺はうながされるままにソファーに座る。

「少し待っていてください。今、作りますから」

 そう言われて、さて困った。

 まさか音乗の手作りだとは思わなかった。コンビニだとすぐに買えるから、もうあるものだと思い込んでいた。

 というか、できるまでひとりでなにをしておけというんだ、音乗は……。

 困り果てた俺はとりあえずあたりを見回した。するとおそらく音乗の父と母、そして幼い音乗の三人が写った写真があった。成長の記録なのか右から順に音乗が成長していっている。

 けれど俺はあることに気づいた。ある写真を境に母親の姿がないのだ。

 口に出すのがはばかられたが俺は思わず尋ねてしまった。

「音乗……、母親ってさ、いるの?」

 そう尋ねたとたん、不気味な静寂があたりを包んだ。

 キッチンのコンロが火を噴き出す音だけが聞こえた。

 やがて音乗は言った。

「母はこの世界の〔魔力エーテル〕汚染がある程度進み、わずかな〔魔力エーテル〕でも存在できる〔異界生物シャドー〕がこちらに来て、そして……」

 その後の言葉を言うのを音乗はためらっていた。けどそこまでで、十分に伝わった。

 すまん、と俺は謝って、それでもこう尋ねた。

「音乗は……〔異界生物シャドー〕を、〔異界シェオール〕を恨んでいるか?」

「いいえ」

 今度は即答だった。

「わたくしの母も父も環境省の人間でしたの。それで母は不用意に〔異界生物シャドー〕に近寄って……ですから自業自得の面もありますの」

 そうは言うものの、音乗の言葉からはさびしさがありありと見てとれた。

 けれど八咲と同じく音乗も〔異界シェオール〕を恨んではいないようだった。

 しばらく間を置いて、俺は音乗の気を紛らわすように喋り始める。

「けど、これでわかったよ」

「なにがですの?」

「音乗が〔異界シェオール〕の知識をたくさん持っている理由だよ。両親の影響だったんだな」

「まあ、そうですわね」

 音乗が頷く。

 俺は音乗の写真が並ぶ棚の隅に飾ってある祖父――面舵大全の写真を見ながら遺言を思い出していた。

 環境省には気をつけるんじゃ。

 祖父は遺言状にそれだけ書いてそれ以外にはなにも教えてくれなかったが、『環境省』という言葉が出てきたぐらいだ。

 環境省がなにか関係しているはずなのだ。

「音乗、すまないが……トイレ、貸してくれないか」

「ここを出て、廊下をまっすぐですわ」

 丁寧に教えてくれた音乗だったが、俺はトイレに行くつもりなんて端からなかった。向かうのは音乗の父親の部屋だった。

 とはいえ、音乗の父親の部屋がどこにあるかなんてわからない。

 俺は廊下に出て、とりあえずトイレのほうへ向かってみる。するとトイレの近くに階段と、そして部屋があった。

 その部屋の扉には音乗が幼い頃に作ったものだろうか『旋律せのりパパの部屋』と粘土細工で作られた看板がかけられていた。間違いない、ここが音乗の父親――旋律さんの部屋だ。

 俺は物音を立てないように扉を開ける。どうやら鍵がかかっていないようだった。扉の隙間からなかを覗き込んで誰もいないことを確認すると忍び足でその部屋に入っていく。

 事務用のデスクにはミニノートPCとなにかの資料だろう紙が大量に積まれていた。左右の棚には見知らぬ本から〔異界シェオール〕の教科書まで様々な〔異界シェオール〕の本が置いてあった。

 俺は床に散らばる資料の間をぬって、デスクへと向かう。

 視線の先には〈重要〉と朱印された資料がある。そこにどんな情報が載っているかわかりはしないが、それでも〈重要〉なものには違いない。

 そう思って、俺がその資料に手をかけた瞬間――扉が開き、声が飛んだ。

「誰だい、キミは?」

 俺は慌てて振り向くとそこにはどこぞの研究所にいる博士のような男がいた。剃るひまがないのか、無精ひげをはやしている。おそらくその人が旋律さんだろう。こうなった以上、言い訳はできない。

「えっと、俺は音乗……さんのチームメイトで……、それであのすいません」

「謝ったということは、勝手に入ったってことでいいのかな?」

「すいません」

 そうか、と旋律さんは納得したように呟き、俺をデスクのイスに座るようにうながす。

「先に自己紹介だけしとくとボクは音乗旋律。かるめるのパパさ。でとりあえず、二、三、質問するよ」

 積ん読になっている本の上に腰をかけた旋律さんは俺にそう言い渡した。

 その言葉に俺は頷くしかない。

「まず、キミはボクの部屋に入るため、かるめるを利用したのかい?」

「……どういう意味ですか?」

「ボクが環境省の人間だと知ったからこそ、かるめるに近づいたのか、ってことさ」

 俺がとぼけたと思ったのか、このときばかりは、旋律さんの目差しが厳しくなった。

「それは違います。俺は今日ここで音乗の父親、つまりあなたが環境省の人間だと知りました」

 そうか、と旋律さんは笑顔を見せ、「なら安心した」と胸をなでおろす。

「でキミはオールくんでいいんだよね?」

「えっ……ああ、まあ」

 いきなりニックネームで呼ばれたことに驚く俺を尻目に旋律さんは笑い、「ああ、娘がよくキミの話をしていてね」

 まあ悪い男ではなくてよかった、と旋律さんは小さく呟いた。

「で、オールくん。ボクの部屋に入った理由をもちろん話してくれるよね?」

 あくまでも優しい笑顔を見せる旋律さんの顔を見ながら、

「俺はとある鉱石を探しているんです。教科書にも載ってない鉱石のことを知りたくて、環境省のかたならそういった資料をお持ちかもしれない、と思い勝手に忍び込みました」

 すいません、と俺はもう一度頭をさげる。

「なるほど、研究熱心だね」

 それを聞いて旋律さんは納得したように俺のほうへと近づき、資料の山の中腹から資料を一気に取り出す。

「鉱石についてはこの資料に今まで見つかったものが全て載っているはずだよ」

 そう言って取り出した資料の束を俺に渡してくる。

「いいんですか?」

「いいもなにも調べたいことがあるんだろ。ボクは研究熱心な子には寛大なんだ」

 本来なら勝手に忍び込んだ俺を怒るべきはずなのに旋律さんは俺を許し、さらには資料も貸してくれた。

「ありがとうございます」

 俺がそうお礼を述べると、閉まっていた扉が開き、音乗が顔を覗かせた。

「オールさん、こんなところにいましたの。どこに行かれたかと思いましたわ」

「ごめんよ、かるめる。お父さんが少し話をしたくて、オールくんを部屋に呼んだんだ」

「あら、そうでしたの」

「それより、もしかしてごはんできたのかな?」

 昨日、張り切……と続いた旋律さんの言葉は慌てた音乗にふさがれる。

「さあ、オールさん。リビングに移動しますわよ」

 旋律さんの口をふさいだままの音乗にうながされ、俺はリビングへと移動した。

 そして俺を待っていたのは、ありえないほどうまいコロッケだった。しかもかぼちゃコロッケだ。きつね色の衣はサクサクでかぼちゃはいい具合に柔らかい。コンビニのコロッケが神だとしたら、このコロッケは超神だろう。

「こんなうまいコロッケを作れるなんて、かるめるは将来は立派なお嫁さんになれるよ」

 思わず旋律さんが言った言葉には俺は何度も頷く。

 音乗は照れて頬を朱色に染めていた。

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