2-(5) 「お前んちの今日の夕食はなんなんだ?」 「コロッケですわ」 「行く!」

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 その日の昼休憩、俺はかすかな不安を抱えたまま、コロッケをむさぼっていた。そのうまさに少しだけ不安が薄れたような気もしたが、なくなりはしなかった。

 とはいえ、その不安感を表情に出して八咲やほかの学友を同じ気持ちにさせては意味がない。俺はできるだけいつも通りを装うように務めた。

「ねえ、聞いてるかい、オール。ぼくはね、つくづく不幸の星のもとに生まれたんじゃないかと思うんだ。昨日もね、トドビーバーってば……」

「なあ、その愚痴、また聞かないとダメか」

 最近のボンクラの話題はトドビーバーについてばかりで正直、滅入る。

 トドビーバーがぼくばかりをしごいてくるだの、トドビーバーがチームメイトの呼び出しに使いたいからとしつように電話番号を聞いてくるだの。

 俺に言わせればトドビーバーがお前に気があるんじゃないのか、ってな話だが、それは言わずにおいた。

 ボンクラの愚痴にうんざりしていたそんなときだ、

「オールくん、呼んでるよ」

 クラスの女子が俺を呼ぶ。ボンクラのせいで俺が認めてないニックネームが学校全体に広がってしまっていたが、もうどうしようもない。

 愚痴り続けるボンクラを放っておいて俺は席を立つ。

 薬袋先生がなにか情報を手に入れたのかもしれない、そんな期待を胸に教室の入り口まで行くと、そこには、

「俺を呼んだのって音乗かよ」

「わたくしじゃ悪いんですの」

「ああ、ごめん。悪くない、全然悪くない」

 俺は言い方が悪かったのを言い繕う。

 にしてもいちいち俺を呼び出すとはなんの用だろうか。急を要するものじゃないのなら、実習の前でもいいはずだ。

「でなんの用?」

「あの……その……」

 俺が尋ねると音乗はもじもじとなにか言おうとするのをためらい、何度も視線を行き来させる。

 そして意を決したのか、音乗は神妙な面持ちでこう言った。

「オールさん! あ、あなたを我が家の食卓へご招待しますわ!」

「いや、別にいいよ」

 だってそうだろう。いきなり理由もなしにそんなこと言われたら誰だって、断るさ。

「な、なんでですの。せっかく、わたくしが夕食を食べさせてあげようとしていますのに!」

「いや、俺が音乗の家で夕食食べる意味がわからないんだけど」

 俺は正直にそう伝える。

「いえ、あの……それは……聞いたんですのよ。宮直先輩から」

 すると音乗はたどたどしい言い方で言葉を紡ぐ。

「暴走した火球からあなたがわたくしを助けてくれた、と。ですから、なんと言いますか……そう、これはお礼なのですわ」

「いや、気にしなくてもいいんだが」

「お黙りなさい! わたくしがこうやって誘っているのですから、あなたは、はい、と頷けばいいんですの!」

 音乗の言葉はどことなく強気で、どうしても俺を夕食に招待したいという意志がありありと見てとれた。

 さて、どうするか? 俺は悩んだ挙句、ひとつ質問を投げかけてみる。

「ちなみに、音乗。お前んちの今日の夕食はなんなんだ?」

「コロッケですわ」

「行く!」

 何を隠そう、俺はコロッケが大好物なのだ。

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