2-(4) 「いや、違うけど」

 4


「櫂徹夜だな」

 人通りの少ない道を八咲とふたりで歩いていたときのことだ。突然現れた、サングラスをかけた黒服の男に俺はそう声をかけられた。

「いや、違うけど」

 あからさまに怪しい人物に「はい、そうです」と親切に教える必要などなく、俺はわざとすっとぼけた。おそらくこのあと、B級映画にありそうな言葉を吐くんだろうなと予想する。

「嘘をつくな。調べはついている」

 だったら訊くなよ、俺は予想通りの言葉にさらに呆れる。

「おとなしく我々についてきてもらおうか」

 その言葉を合図に前後からふたりずつ、黒服が現れる。最初に名前を尋ねてきたやつを合わせて五人。

 その五人は見たこともない銃を持っていた。その銃は楕円のボンベをつけた水鉄砲に似ている。百均のおもちゃ売り場に置いてありそうで正直、ダサい。

 俺は反射的に手をあげ、無抵抗の意志を示す。

 俺が手をあげるのにならって八咲も手をあげた。

「銃を見せただけで、降参するなんて素直でいいな」

 リーダー格の男は物わかりのいい俺たちに感心し、俺たちに近づいた。

 俺は隣の八咲を見る。八咲は俺と視線が合うと、くすりと笑った。

 八咲は俺が降参なんてするわけがないとわかっているようだった。

 その通りだ、

「降参なんて、するわけねぇだろうが!」

 俺は近づいてきたリーダー格の男の股を蹴り上げた。ぞくに言うキン蹴りだ。

 男は飛び跳ねるように股を押さえ、そしてうずくまる。

「撃て! 殺さなければいい!」

 それでも任務を遂行しようとマヌケな体勢で叫ぶ。

 こいつらが何者なのか知らないが、〔異界生物シャドー〕よりは怖くなかった。

 それに〔魔力エーテル〕の影響で銃は使いものにならないことをこいつらは知らないのか。

 男の叫び声よりも早く八咲は前にいる男へと走り、スカートなのをお構いなしに、男の頭めがけて電光石火の回し蹴りを放った。

 フィギュアスケートの回転ジャンプよりも派手に回転しながら男は倒れる。残っていたもうひとりの男は八咲の迫力に怯えて、悲鳴をあげた。

 その男は八咲ににらみつけられ、足がすくんだのか、その場から動けずにいた。

 八咲はその怖じ気づく男に近づき、その男の股を蹴りあげた。

「ひぎぃ!」

 自分でやるのは平気だけど他人のを見ると思わず守りたくなるのが男の本能だよな、と自分の股を思わず隠した自分に言い訳しつつ、

「逃げるぞ!」

 俺は倒れるふたりの男をまたぐように走り出す。

 後ろから「撃てぇ、撃たんか!」というリーダー格の男の声が聞こえたが、残るふたりの男は撃つことをためらっているようだった。おそらく脅しの道具として使う程度にしか言われてなかったのだろう。

 後ろを振り向くと、悶えから立ち直ったリーダー格の男が銃を構え、そして撃った。

 銃弾は発射時に消費される莫大な運動エネルギーを〔魔力エーテル〕に干渉されて、まっすぐ飛ぶはずはない。でも俺はほとんど反射的に、

「伏せろ!」

 八咲の体におおいかぶさり、地面に伏せた。その俺の背中を銃弾がかすめた。

「なんで銃が使えるんだよ!」

 八咲が愚痴を吐き捨て、俺たちは起きあがり、低い体勢のまま角を曲がり、その後も全力で走りぬけた。

 俺たちはしばらく走って、近くにあった公園の土管のなかに身をひそめた。

 すると八咲が問いかけてきた。

「オール。なんなんだよ、あいつら」

「知らん。心当たりもまったくない……いや、もしかしたら……」

 そう言いかけてやめる。八咲は気になったのか「なんだよ。言えよ」と問い詰めてきた。

「すまん。気のせいだ」

「だけどあの黒服野郎、オールの名前を知ってたぞ?」

「ああ」

「オール、お前……あいつらになんかしたんじゃねぇの?」

「してないことぐらい、さっきの見てればわかるだろ」

「まあ、そりゃそうだろうな」

「ま、なんにしろ、明日、薬袋先生にでも相談してみる」

 そうすればあの〔魔力エーテル〕のなかでも撃てる銃についてなにか知ることができるかもしれない。なにせ、〔異界専門学科ダイビングコース〕の先生は俺たち以上に〔異界シェオール〕に関することに詳しい。

 警察に頼らないのは、〔潜者ダイバー〕は一部だが警察が持つ権限を持っているからだ。〔異界シェオール〕関連なら、結局〔潜者ダイバー〕任せになってしまうため、警察を通すと手間になる。

「まあ、それがいいかもな」

 それからしばらく俺たちは土管のなかに隠れて、本当にたわいもない話をした。デートの延長戦みたいなものだ。

 その話の終わりは実に唐突で、八咲のおなかが鳴ったのが合図だった。

「……オレの、じゃねぇよ」

 気まずさをごまかすように八咲が言い訳したので「悪い、俺の腹の音だ」と俺が言い訳しておいた。

「……ったく、しょうがないやつだな」

 八咲は笑いながら土管を出て、俺たちは歩き出した。

「コンビニでコロッケでも食って帰るか」

 それから俺はコンビニでコロッケをふたり分買って、神社の石段に座って食べた。

「おいしいな」

 アツアツのコロッケをかじった八咲が感想をこぼす。

「だろ。神なんだよ、コンビニのコロッケは」

 サクサクの衣に染み込んだソースがなんともいえない味を出している。アツアツなのもおいしさを底上げしていた。

 それから俺は八咲を家まで送って、自分のボロアパートへと帰った。

 俺たちを襲った謎の黒服たちが待ち伏せしていたらどうしようと思ったが何事もなく夜は更けた。


***


 そして翌日、俺と八咲は朝イチで職員室におもむいた。当然、昨日の黒服たちのことだ。

「なんだ、お前ら、なんか用か?」

 薬袋先生は俺たちがおもむくなり、眠たげな目をこちらへと向けてきた。猫耳のような髪は湿気にやられたのかどうかはわからないが、へにょーんと垂れ下がっている。

「ちょっと、相談がありまして」

 俺がそう言うと、薬袋先生は俺と八咲を交互に見て、

「駆け落ちの相談になんて乗らないぞ」

 きっぱり言い放った。

「なわけねーだろ!」

 八咲は顔を真っ赤にして職員室に響き渡る大声を出した。

 ノーキンやほかの教師の視線が集まったことに気づいた八咲はそのまま顔をうつむかせる。

 そんななか、薬袋先生は平然と、

「冗談はさておき、相談ってのはなんだ?」

「昨日の放課後、街中で変な集団に襲われました」

 俺がそう言うと薬袋先生はしばらく考え込んでいたが、

「学校内でのことじゃないのか……だったら門外漢だわ。あたしゃ女だけど」

 と軽口を叩いてきた。薬袋先生は実習以外では親しく話すこともないので堅苦しい人だと思い込んでいたが、話してみると意外とラフだった。機嫌を損ねる=死亡フラグは授業中もしくは髪型について触れたときだけなのかもしれない。

「けど、そいつら。銃を……しかも〔魔力エーテル〕のなかをまっすぐに銃弾が飛ぶ銃を持っていました。だから学校外とはいえ、〔異界シェオール〕関連じゃないですか」

「〔魔力エーテル〕の影響を受けない銃だと?」

「ああ、オレも見たぜ。確かに銃弾はまっすぐ飛んできた」

「ということはオールくんの勘違いということではないということだな」

「いやちょっと待ってください」

「どうした?」

「どうしたもこうしたも木下もありません。なんで薬袋先生までそのニックネームを知ってるんですか?」

「いや、ボンクラくんだったか。あの子に教えてもらってな。ちょうどいい機会だし呼んでみたんだ。気にするな」

「気にしますよ。俺は先生にまでニックネームで呼ばれて殺意を覚えましたよ」

「そこは敬意を覚えろよ」

 言い返した薬袋先生は、言葉を続ける。

「ま、なんだ。その〔魔力エーテル〕の影響を受けない銃のことについては初耳だ。こっちでも調べておくことにする。オールくんと凛子はとりあえず、またその集団に襲われないようにさびしい夜道とか歩くんじゃないぞ。なんだったらアベックで行動するんだぞ」

 俺は後半のボケを無視して、話を進める。八咲が反応して喚いていたが、そっちも無視する。

「なにかわかったことがあったら、教えてくださいよ」

「内容によりけりだが、その時は校内放送で補習の呼び出しと称して呼んでやるよ」

「すげー迷惑ですよ、それ」

 気にするな、と薬袋先生は言い返し、俺はげんなりした。だから気にするっつーの。

 職員室から出て廊下で、八咲がこう言った。

「ま、とりあえず一安心ってことでいいんじゃねぇーの」

 けれど俺は不安を拭えなかった。

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