2-(3) 「今日の帰り、デートするぞ」
3
俺は落ち込んでいた。
センパイもセンパイで実習中どこかに行ってしまうのは以前の通りだが、例えば実習前とかでも後野さんに話しかけたりはしなくなった。
後野さんは後野さんで、ボーッとしている時間よりも、事情がわからずオロオロしている時間のほうが長くなっていた。
なんとかしなければ、と思う反面、なにもしてない自分がいる。
宮直先輩はなんとかしようと動いていたが、自分はその手伝いすらできてない。
俺はただ、焦るだけ。
そのせいか、ボンクラが話しかけてきても、「ああ」とか「そうだな」としか答えなくなった。
「そんなのオールじゃない! どうしたんだ。ぼくのオールを返しておくれ」
ボンクラが変なことを叫ぶほど、俺は落ち込んでしまっていた。誰がお前のもんだ、とかツッコミをしてくれよオール、というボンクラの叫びも耳に入らない。
そんなときだ、落ち込んだ俺を見かねたのか、八咲がこんなこと言い放った。
「今日の帰り、デートするぞ」
思わず呆気に取られた。開いた口が本当にふさがらなかった。……正気か。
とはいえ、どうやら八咲の言い方的に俺に拒否権はないらしく、俺は頷いていた。
夕方、気まずい実習を終えた俺は、八咲と校門で待ち合わせし、繁華街へと向かった。
「悪かったな、突然誘って」
向かいがてら、八咲が謝った。
「謝ることないだろ。まあ、突然は突然だったけど」
「お前が落ち込んでるのが悪いんだ」
つまり、八咲は俺をはげまそうとしてるのか。
それにしても方法がデートとは……なんて不器用なやつだ。ほかにやりようがあるだろ。
それでも俺は思わずニコリと笑って、お礼を述べた。
「ありがとな」
「べ、別に気にしなくていい。……それにお礼もしてないしな」
「お礼? なんの?」
「ああ、お前がチームメイトに誘ってくれたそのお礼だ」
「それこそ、気にしなくていいのに」
「だぁー。うっさい。とにかく行くぞ」
顔を真っ赤にして八咲は叫ぶ。
「へいへい、おつき合いしますよ」
八咲は俺の手をまるで接着剤でくっつけたかのように強くにぎって引っ張った。
「引っ張らなくても歩くって」
「うっさい。音乗はいつもにぎってるだろ」
「あー、わかった。わかったから。少し歩幅だけ縮めてくれ」
でどこに行くんだ? そう言葉を続けて尋ねると八咲は「いいから、来い」とまた怒鳴って俺の手を引っ張っていく。
はげまそうとしてくれているのだから俺はなにも文句を言わずに、手をにぎったまま八咲について行った。
***
「で、ボーリングですか……」
「なんか文句あっか? 落ち込んでるときなんかは身体を動かすのが一番だろ」
「〔
「あんな陰気な場所と比べんな。気分が違うだろ、あと雰囲気とか!」
「まあ、そりゃそうだな。ありがとよ」
「だから、お礼とか別にいらねぇし」
そう言って、八咲はボールを持って、ピンめがけて投げ――
ガーターに落ちた。頭上のテレビモニターに「アッチャアアア!」とすっ転ぶウサギが表示される。
「……」
得意じゃないんだな、という俺の表情が見てとれたのか、八咲が「なんだよ!」と怒ってきた。
「いや、すまん。八咲は自分が得意だからボーリングに連れてきたと思ってな」
それがおかしくて俺はいつの間にか笑っていた。
「そう。それだよ。お前はノーテンキに笑っておけよ」
八咲がわざとガーターを狙ったのかどうか、それはわからない。けれど俺が笑ったのを見て、八咲はそう言った。
それを聞いて俺はもう一度笑った。
少し元気を取り戻した俺が話を持ちかけたのは、一ゲーム目が終わり、二ゲーム目に入った頃だった。ちなみに現在のスコアは俺が百五十ぐらいで八咲が百六十ぐらいとどっこいどっこいだ。
「なあ、八咲」
「ん、なんだよ。改まったような口ぶりで」
「ぶっちゃけ、お前は後野さんに対するセンパイとか大山の態度……どう思う?」
事情を知らない音乗や端から期待してない今見はともかく、俺は八咲がなにを思っているのかを知りたかった。
八咲はその言葉を無視するかのようにピンへとボールをぶつける。
ピンが全て倒れ、頭上のモニターに「ヤッタアァアア!」と飛び跳ねて喜ぶウサギが表示される。
「オレは大山先輩たちにとやかく言うつもりはないよ。オレもふたりの気持ちはわかるから」
「どういうことだよ?」
「オレの親父は自衛隊だった、って言ったらわかるか?」
それだけで十分理解できた俺は頷く。
〔
「だからオレは大山先輩たちに共感もできる。けど、共感はしたくねぇんだ」
俺は八咲の言葉を黙って聞いていた。
「……オレの親父はオレたちを守るために死んだんだ。だから〔
「強いな」
俺の口から自然と言葉がこぼれた。けれど八咲には届かなかったのか、そのまま八咲は話を続ける。
「けど大山先輩たちは〔
「つまり、誰かに殺されたか、誰かのために死んだか、っていう……なんだその……解釈、とは言いたくないが、解釈の違いってことか」
「まあ、そうだな。それで大山先輩たちは復讐にとらわれすぎている。〔
「そっか。そうだよな……」
被害者の気持ちは、被害に遭った人にしかわからないというがその通りだ。俺はセンパイの、そして大山の気持ちなどまったくわかってなかった。理解しようなどと思ってなかった、それは確実に俺が悪い。
けれど後野さんによそよそしい態度を取るのは、違うと思う。
当面の課題が決まった気がする。
「ありがとな。お前に話してよかったよ」
「いいから、とっとと次投げろよ」
八咲は照れるのをごまかすようにそう言った。俺はボールを投げる。
俺の意志を示すかのようにボールはピンを全てなぎ倒した。
続いて八咲がボールを投げ、またもストライクを取る。「ヤッタアァアア!」と頭上でウサギが飛び跳ねる。
「ところでさ、八咲が弓形に入ったのはやっぱり親父さんのようになりたかったからとかなのか?」
「そんな高尚なもんじゃねぇーよ」
八咲は昔を思い出すようになつかしく笑い、
「オレには親友がいたんだ。そいつがこの町から引っ越すことになってな、そのとき、そいつと約束したんだ。この街にまた戻ってくるから、そのときはまた遊ぼうって」
で、その後父さんが死んでオレも転校したからよ……、そう言ってまた八咲は微笑んだ。
「じゃ、その親友のために戻ってきたのか」
「ああ、つってもこのスマホのキーホルダーしか手がかりがないんだけどな」
スマホを取り出した八咲は、そこにぶらさがる、ツギハギだらけの熊のキーホルダーを見せた。
俺はそのキーホルダーをどこかで見た気がした。記憶の糸を探り、そして思い出す。
「それ、小学生のときに、はやってたやつだよな。どこかで見た気がしたんだ」
「そんなにはやってたか、これ」
「じゃなきゃ俺、たぶん、それを見ただけじゃわからない気がするぞ」
「だとしたら、親友を見つけるのは難しいかもしんねーな」
「ま、それ持ってるやつを見かけたら教えてやるよ」
「ああ、頼む」
「でも、親友探すためならこの学校に入らなくてもいいよな?」
俺がそう尋ねると、八咲はかなり嫌な顔をして、
「バカだから、弓形にしか入れなかったんだよ!」
「……すまん」
俺は怖じ気づいて即座に謝った。
それからボーリングの間、八咲は終始不機嫌だった。俺は八咲のご機嫌を取るため、というわけではないが、せっかくのデートらしいので、楽しんでもらうために、ボーリングを終えたあとも、八咲に振り回されることにした。
夕食時になり、解散となった頃には八咲も楽しんだのか、ちらほら笑顔を見せてくれるようになった。
それで一日が終われば、おそらく楽しい思い出として残ることになったのだろうが、残念ながらそれをぶち壊しやがった出来事が、八咲を家まで送る、その帰り道に起こった。
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